(元)妻が実家で暮らしている場合、婚姻費用や養育費の計算はどうなるか?

 

 前回のコラム(→「妻(夫)の住居費用を夫(妻)が負担している場合の婚姻費用・養育費の計算方法~離婚②~」)でもご紹介したとおり、婚姻費用・養育費については簡易算定表が普及しているものの、実際にはこれをそのまま適用して良いかどうか迷う場面があります。

 

 今回は、婚姻費用や養育費を計算する上で問題となることが多いケースとして、(元)妻が実家に住んでいる場合についてお話したいと思います。

 

実家に住んでいることは減額理由となるか?

 

 別居あるいは離婚後に(元)妻や子が妻側の実家に身を寄せて生活するというのは、実際にご相談を受けていて非常に多いパターンです。

 

 そして、このような状態で(元)妻が(元)夫側に婚姻費用や養育費を請求したところ、「実家に暮らしていて住居費がかからないのだから、その分、金額を減らすべきだ。」と主張されるということもよくあります。

 

 似たようなケースとして、夫が妻子の住む借家の家賃を負担したり、夫名義の住宅に住んでいる妻子のために住宅ローンを負担している場合がありますが、この場合に夫側が負担している部分を考慮しないと夫は自分の住居費と妻側の住居費を二重に負担することになり酷であるため、このような事情は減額の理由として考慮するという扱いが一般的です(→上記コラム参照)。

 

 これに対して、(元)妻や子が妻の実家に暮らしている場合は(元)夫が二重に住居費を負担しているわけではありません。

 

 また、これを理由に減額を認めてしまうと、妻あるいは子に対して第一次的な扶養義務(生活保持義務)を負っている夫がそれよりも順位の下がる扶養義務(生活扶助義務)を負うに過ぎない妻側の実家に自分の義務を押しつける結果になり、かえって不公平とも考えられます。

 

 また、親族から援助を受けていた場合に、そのような事情は養育費の金額を定めるに当たって考慮しないとした審判例もあり(①福島家裁会津若松支部平成19年11月9日審判、②和歌山家裁平成27年1月23日審判)、実家に無償で住まわせることも一種の援助といえることからすると、今回のようなケースも同様に考えるのが妥当と思われます。

 

 そのため、(元)妻側が実家暮らしであることは婚姻費用や養育費の減額事由としては考慮されないのではないかと思われます。

 

働けるのに働いていないと減額の可能性がある

 

 ただし、(元)妻が実家からの援助を受けながら生活している場合に本当なら働くことができる状態であるにもかかわらず働いていないという事情があるときは、実家から援助を受けているからという理由ではなく、働ける能力があること(=潜在的稼働能力)を理由として婚姻費用や養育費が減額される可能性があるとも言われていますから、(元)妻が働けるのに働かず、実家から生活費の援助をしてもらっているような場合は注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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主婦(夫)の後遺障害事案における逸失利益の計算方法~交通事故⑥~

 

 交通事故によって後遺障害が残った場合、その程度に応じ、失われた利益(=後遺障害逸失利益)が支払われることがあります。

 

 実務上、後遺障害逸失利益は【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】という計算式で算出することとなっていますが(→「後遺障害によって前と同じように働けなくなったら、その補償はどうなるか?~交通事故⑤・逸失利益~」)、それでは、交通事故で受傷した方が家事従事者(主婦・主夫)だった場合、後遺障害逸失利益はどのように計算するのでしょうか?

 

 この問題について、かつては、家事従事者には収入の喪失という意味の逸失利益はないのではないかということ自体が問題とされていたようですが、現在では家事従事者であることを理由に逸失利益を一律に否定することはなく、議論は専ら家事従事者の方の基礎収入をどのように考えるべきかという点に移っています。

 

基本:賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金額

 

 家事従事者の逸失利益を計算する場合、原則は「賃金センサス」という国の統計資料に記載されている女性労働者の全年齢平均の賃金額を基準とします(正確にいうと、賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均の賃金額を用います)。

 

 たとえば、交通事故の後遺障害について症状固定と診断されたのが平成28年だった場合、平成28年度の賃金センサスを使用します。

 

 そうすると、同年度の賃金センサスでは女性労働者の全年齢平均賃金額は376万2300円となっていますので、この金額をもとにして逸失利益を計算していくことになります。

 

 なお、男性の家事従事者についても、女性の平均賃金を用いて計算しますので注意が必要です。

 

例外:高齢の家事従事者の場合

 

 事故に遭った家事従事者の方が高齢の場合、年齢による労働能力の衰えを考慮して、①全年齢平均賃金額ではなく、それよりも金額の低い年齢別平均賃金額を基礎に計算するケースや、②全年齢平均賃金額の何割かを基礎として計算するケース、あるいは③その両方を適用して計算するケースがあり、いわゆる現役世代よりも基礎収入が低く見積もられることがあります。

 

 なお、このように減額修正される可能性があるのは高齢者の場合だけではなく、同居の家族の中で被害者以外にも家事労働を分担していた人がいる場合も含まれます(たとえば母親だけではなく、娘も家事を分担していたなど)。

 

有職主婦(夫)の場合

 

 主婦(夫)の方が仕事を持っている場合、実収入と賃金センサスの平均賃金を比べて高い方を基礎収入とします

 

 そのため、たとえば、平成28年に症状固定した主婦の方の事故前の実収入が200万円だったとすれば、賃金センサスの全年齢平均賃金額(376万2300円)の方が実収入よりも高いため、基本的には賃金センサスの金額を基準に計算することになります。

 

 なお、平均賃金額と比較する対象が実際の労働収入であるということは、要するに、家事労働分は別途加算しないということを意味します。

 

 もし、実際の労働収入に家事労働分を加算して平均賃金と比較することができれば被害者にとっては有利なのですが、残念ながら、現在の裁判所の考え方では仕事を持つ家事従事者の逸失利益を計算する際、実収入に家事労働分を加算するという扱いは採られていません(最高裁昭和62年1月19日判決)。

 

一人暮らしの無職者の場合

 

 家事労働者の逸失利益は、家事労働が他人のための労働である場合に限られますので、一人暮らしの無職の方が自分自身の身の回りのことを行う場合には逸失利益は認められません。

 

 もっとも、事故時には一人暮らしの無職者であっても、将来働ける蓋然性があったことを証明できれば、交通事故がなければ労働収入を得られたはずであることを理由として逸失利益が認められる場合もあります。

 

被害者の注意点

 

 家事従事者の逸失利益については、上記のとおり通常の労働者に比べて計算方法が複雑ですので、保険会社から示談案を示されても市民の方がご自分で妥当性を判断するのはなかなか困難です。

 

 示談の際には、そもそも逸失利益が計上されているか、兼業主婦なのに賃金センサスよりも大幅に低い実収入で逸失利益が計算されていないかなど、本来認められるべき金額よりも低い内容となっていないかを慎重に検討することが重要です。

 

 家事従事者については、計算のやり方一つで最終的な賠償額が大きく変わってしまう可能性もありますので、示談をする前に弁護士に相談し、場合によっては示談交渉などを依頼することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

自己破産しても手元に残せるものとは?~自己破産⑦・自由財産~

 

 「自己破産をすると、全ての財産を処分しなければならない」。

 

 自己破産というと、このように考える方が大半だと思います。

 

 しかし、実際にはこのようなイメージは不正確なものであり、自己破産をしても手元に残すことができるもの(=「自由財産」といいます)はそれなりにあります。

 

 今回は、自己破産をしても手元に残せるものは何か、というテーマについてお話していきます。

 

現金

 破産手続では、99万円までの現金は自由財産として扱われますので、99万円までは手元に残すことができます(破産法第34条第3項1号、民事執行法第131条3号)。

 

 ただし、預金を破産申立直前に下ろして現金にした場合や破産申立直前に保険を解約して現金にしたような場合、現金としてはカウントされず元の預金や保険として扱われますので、直前に預金を下ろしたり保険を解約して99万円にしても意味はありません。

 

 

預金

 合計で20万円までであれば自由財産として扱われます。

 

家財道具

 自己破産をすると、家具や布団、テレビや冷蔵庫など、家財道具を一切合切処分しなければならないのではないかと思われる方がいらっしゃいますが、実は家財道具の多くは差押禁止財産(=自由財産)とされていますので、個人の破産手続の中で処分されることはほぼありません(少なくとも、当職は個人の破産事件で家財道具を処分されたという経験はありません)。

 

 ただし、高価な貴金属、最新型で高額な家電製品など、客観的に見て財産価値のあるものについては、その評価額次第で処分されてしまうことはあり得ます。

 

不動産

 不動産に関しては、基本的に処分されてしまうことを覚悟しなければなりません。

 

 ただし、ほとんど価値のない農地、山林や雑種地など売却できる可能性がないものは、破産管財人の判断で処分されない場合もあります(これを財団からの放棄といい、放棄された不動産は結果として処分されないまま残ります)。

 

 また、そのようなケースではない場合でも、破産者の親族が資金を用意して、不動産の評価相当額や住宅ローンの残額を支払うことで不動産の処分を避けられる例もあります。 

 

 このように、不動産については例外的に残せる場合もいくつかあるのですが、通常、不動産は高額であり資金を用意するのも簡単ではないため、宅地や建物などについては自己破産すると手放さなくてはならないのが一般的といえます。

 

 そのため、住宅ローンを組んでいる方である程度安定した収入のある方については、まずは自己破産ではなく「個人再生」(→「自宅を残して負債を整理する方法はあるか?~個人再生~」)を検討することになります。

 

 

(軽)自動車

 自動車関係については、ローンが残っているかどうか、初年度登録から何年経過しているか、普通自動車か軽自動車か、国産か外国車かなどによって自由財産となるかどうかの結論が変わってきます。

 

 この点は、別のコラム(→「自己破産すると、自動車はなくなるか?~自己破産①~」で詳しく説明していますので、興味のある方はそちらをご覧下さい。

 

退職金・保険関係

 退職金や保険については、概ね20万円を超える価値があるかどうか、あるいは退職金の性質によって結論が変わります。この点は資産価値をどのように評価するのかが絡むところですが、以下のコラムで詳しく説明していますので、そちらをご覧下さい。

 

 

自由財産にあたらない財産を残すには?~自由財産の拡張~

 このように、自己破産の手続では手元に残せるものと残すことが難しいものがありますが、では、そのままでは手元に残すことができないような資産(20万円を超えるような資産がある場合)はすべて処分されてしまうのでしょうか?

 

 実は、このような場合には「自由財産の拡張」という制度を利用し一定の限度で資産を手元に残すことが可能となる場合があります。

 

 自由財産の拡張は、原則として、現金を含めて総額99万円の範囲内であれば比較的広く認められています。

 

 この制度を利用した場合、たとえば、現金が20万円、預金が30万円、保険の解約返戻金が50万円、というケースでは、資産の合計が100万円になりますので、99万円を超えた1万円を破産管財人に納め、残りの99万円分は手元に残すことが可能になります。

 

 また、いくつかの財産のうちどの財産を残すか選択することも基本的には可能ですので、たとえば現金が19万円、預金が30万円、保険1の解約返戻金が50万円、保険2の解約返戻金が50万円というようなケースでは、保険1と保険2のどちらかを選んで残すということも可能です。

 

 なお、自由財産の拡張の対象にならない財産(これを拡張不相当の財産といいいます)もあり、典型的なところでいうと、①不動産、②破産手続開始後に破産管財人の調査によって発見された隠匿財産などがこれにあたります。

 

例外的に99万円を超える拡張が認められる場合もある

 さきほど述べたように、自由財産の拡張が認められるのは原則として99万円の範囲内です。

 

 しかし、例外的に99万円を超えて拡張が認められるケースもあります。

 

 たとえば、破産者が脳梗塞などの病気で働くことができず、今後、継続的に高額の医療費がかかり、他の財産ではそのような医療費をまかなうことができないようなケースが典型例です。

 

 当職自身も、申立代理人、破産管財人の双方の立場で99万円を超える拡張が問題になったケースを何度も担当したことがありますが、ご本人が病気のケースだと、金額次第ではあるものの裁判所も比較的拡張を認める傾向にあると思われます。

 

 当職の経験上、これまでに99万円を超える拡張が認められたケースとしては、入院給付金や生命保険の解約返戻金などがあります。

 

 また、財産の原資が給与や年金などその全部ないし一部が本来は差押禁止財産であった場合には、たまたま破産申立の直前で振り込まれて預金になってしまい99万円を超えたようなケースでも、本来は差押禁止財産だったことを考慮して超過分の拡張が認められることがあります。

 

 以上ご説明したとおり、自己破産をしても一定の範囲で財産を残せる場合があり、【自己破産=すべての資産の没収】ではないことがお分かりいただいたと思います。

 

 当職のところに債務整理のご相談にいらっしゃった方の中には、保険などの資産を全て処分して支払いに回し、まったく財産がなくなった段階で初めてご相談に訪れる方もおり、タイミング次第は財産を残せたかもしれないという残念なケースもあります。

 

 このように、自己破産するタイミングによっては残すことができる資産が大きく変わることがありますが、では適切なタイミングはいつなのかという点をご本人が判断するのは難しいところですので、自己破産を含め債務整理を検討されている場合には、早い段階で弁護士に相談されることをお勧めします。

弁護士 平本丈之亮

 

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破産管財人の役割とは?~自己破産⑥・破産管財人~

 

 これまでの自己破産のコラムの中で、何度か「破産管財人」(はさんかんざいにん)というキーワードが出てきました。

 

 破産管財人は破産の手続の中で重要な役割を果たしていますが、これから自己破産を申し立てようと考えている人や破産手続中の人にとっては、破産管財人というものが一体どういう人で、どのようなことをするのか分からないという方もいらっしゃるかと思います。

 

 当職もこれまで数多くの破産管財人を務めてきましたが、今回はその経験を踏まえ、主に個人破産を前提に、破産管財人がどういうことをするのかについてQ&A方式でお話ししたいと思います。

 

Q1 破産管財人には、誰が選ばれるのか?

 弁護士が選任されます。

 

Q2 どういう場合に選ばれるのか?

 ざっくり言うと、①財産がある場合、②借り入れの理由に問題がある場合です。

 

 どの程度の財産や問題があれば破産管財人が選ばれるかはケースバイケースとしか言えませんが、財産について言えば、20万円を超える評価の財産があるかどうかが一応の目安にはなります。

 

Q3 破産管財人がつく場合とつかない場合で、費用は違うのか?

 破産管財人がつかない事案(同時廃止)では、郵便代を含め申立の費用は概ね2万円弱程度ですみますが、破産管財人がつく事案では規模に応じて追加の予納金が必要になります。

 

 当職の経験では、非事業者の個人であれば10~30万円、個人の事業者では20~50万円程度ですが、資産や負債の規模が大きくなれば、それに従って予納金も高額になります。

 

 追加で納める予納金は、破産手続を進めていく上で必要な各種費用や管財人の報酬にあてられます。

 

Q4 破産管財人は具体的にはどういうことをするのか?

 大きく分けて、①資産の調査・管理・回収・債権者への配当と、個人の破産事件の場合であれば、①に加えて、②自由財産拡張の申立・上申に対する意見を述べること、③免責不許可事由の有無を調査して裁判所に報告することです。

 

Q5 破産管財人が選ばれると、普段の生活にはどういう影響があるか?

 大きいところでいえば、破産者宛の郵便物が破産管財人宛に転送されます。

 

 これは破産者の資産調査の一環として行われるものですが、転送された郵便物から隠しごとがばれることもあります。

 

 また、破産に至った理由や経緯について説明するため、破産管財人の事務所に出向いていただく必要があります。

 

Q6 破産管財人はどのような調査ができるのか?

 先ほど述べた転送郵便物の調査のほか、破産管財人は、金融機関に対して口座の有無を確認したり保険会社に保険の有無を確認するなど、必要に応じて関係各所に対する調査が可能です。

 

 このように、たとえ口座や保険などを隠していても管財人がその気になって調査すればすぐにばれてしまいますし、ばれた場合には資産隠しと評価され免責が不許可になるリスクがありますので注意が必要です。

 

Q7 破産管財人に対する調査を拒否したらどうなるか?

 破産者には破産管財人に対する協力義務・説明義務がありますので、これを拒否したり虚偽の説明をすると犯罪になります(破産法268条1項、同40条第1項1号)。

 

 また、当然ながら、誠実な債務者ではないとして、破産管財人は裁判所に免責は許可すべきでないという意見を出すことになります。

 

Q8 自由財産の拡張について、破産管財人は何をするのか?

 破産手続では、一定の範囲の財産(概ね99万円以下の範囲)を手元に残せる場合があるのですが(「自己破産すると、保険は解約しなければならないのか?~自己破産②~」)、これを自由財産の拡張といいます。

 

 自由財産の拡張については、破産者から財産の一部を残して欲しいという申立・上申があった場合に、破産管財人がその適否を調査して裁判所に意見を述べ、裁判所が判断するという流れになっています。

 

 このように最終的な判断は裁判所が行うのですが、実際には破産管財人の意見が重視される傾向がありますので、どうしても一部の財産を残したいというときは、その財産の必要性を破産管財人に理解してもらえるかどうかが鍵となります。

 

 

 いかがだったでしょうか?

 

 このように、破産の手続では破産管財人の役割がとても大きいということをご理解いただけるかと思います。

 

 これから自己破産を考えている方にとっては、破産管財人がつく可能性があるかどうかで進め方や費用が大きく変わりますので、財産や借り入れの理由などで問題がありそうだという場合には、積極的に弁護士に相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

後遺障害の認定を受けた場合の逸失利益の計算方法~交通事故⑤~

 

 交通事故で受傷し、不幸にして後遺障害が残ってしまった場合、認定された後遺障害等級に応じて慰謝料が支払われることになります(「後遺障害に対する慰謝料はどのように計算されるのか?~交通事故③・後遺障害慰謝料~)。

 

 しかし、後遺障害によって生じるのは精神的な苦痛だけではなく、以前と同じようには働けなくなるという重大な不利益も生じることになります(労働能力の喪失による減収)。

 

 このように、被害者は、後遺障害によって労働能力を失う結果となりますが、この場合の補償として認められるのが「後遺障害逸失利益」です。

 

 後遺障害逸失利益は、金額が高額になることや、不確実な事柄をもとに計算するものであることといった理由から、保険会社との争いも激しくなりがちなところです。

 

 計算にあたっての方法や用語も難しく、専門的な話となりますが、今回はその基本的な考え方についてご説明してみたいと思います。

 

後遺障害逸失利益の計算式

 後遺障害逸失利益は、以下の計算式によって算出されることとされています。

 

【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】

 

基礎収入

 

 原則として、事故前の現実収入を基にします。

 

 もっとも、現実に収入がなければまったく逸失利益が認められないというわけではなく、たとえば学生や専業主婦、年少者など、現実収入がない場合でも、統計資料を利用して一定の逸失利益が認められています。

 

 給与所得者以外の方について基礎収入をどのように計算するかは被害者の有する属性によってまちまちですので、今回は基本的な考え方を説明するにとどめ具体的に問題となる事例はまた別のコラムでお話ししたいと思います。

 

労働能力喪失率

 

 これは、後遺障害によって失われた労働能力の割合を意味するもので、「後遺障害別等級表・労働能力喪失率」という表により、各等級毎に割合が定められています。

 

 この表では、認定された後遺障害等級毎に100%(1級)から5%(14級)まで細かく労働能力喪失率が記載されていますので、後遺障害等級が認定された場合には、まずは認定された等級に応じた労働能力喪失率をもとに計算することになります。

 

 もっとも、外貌醜状や腰椎の圧迫骨折、鎖骨の骨折、歯牙障害など、直ちに労働能力の喪失に結びつかない可能性のある後遺障害については、保険会社から労働能力喪失率の割合について争われることがありますし、また、被害者の職業等との関係で、等級表に記載のある喪失率以下の割合しか認めないとして争われる事例もあります。

 

 そのような場合は、被害者の具体的な職業や生活実態との関係で後遺障害が労働能力にどの程度影響しているかを立証することが必要となりますので、場合によっては逸失利益が否定されてしまったり、パーセンテージが低くなってしまうこともあります(なお、その場合でも、後遺障害慰謝料の増額事由として考慮してもらえる場合があります)。

 

労働能力喪失期間

 

 逸失利益は、後遺障害によって失われた労働能力の程度に応じて賠償してもらうというものですから、後遺障害が残ったとき(=症状固定)から、働けなくなる年齢までの期間に限って認められます。

 

 このような逸失利益の対象となる期間を「労働能力喪失期間」と呼んでいます。

 

 労働能力喪失期間は、基本的には症状固定から67歳までの期間とされていますが、以下の①~④のようなケースでは異なる計算をするとされています。

 

 特に、むち打ちの場合には、労働能力喪失期間が制限されることに注意が必要です。

 

労働能力喪失期間の具体例

 ①未就労者の場合 

原則として18歳から67歳まで

 

 ②症状固定時に67歳を超えている場合 

原則として簡易生命表記載の平均余命の2分の1

 

 ③症状固定から67歳までの期間が平均余命の2分の1より短くなる場合 

原則として簡易生命表記載の平均余命の2分の1

 

 ④むち打ちのケース 

・12級の場合、10年程度

・14級の場合、5年程度

 

労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

 

 先ほど述べたとおり、逸失利益は労働能力が失われた期間に応じて計算されるものですから、単純に考えれば【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(年数)】という形で計算すれば良いようにも思えます。

 

 しかし、逸失利益というものは、将来受け取れるはずであった減収分を、将来になってからではなく、現時点で先取りしてもらうというものです。

 

 そうすると、たとえば、本来は10年後にもらえるはずだった100万円を現時点で先取りした場合、もらった人はその100万円を運用し、10年後には100万円を超える金額を手にすることが可能となります。

 

 このように、逸失利益は将来得られるはずであった利益を先取りするものであることから、先取りして運用した結果、得られるであろう利息分は賠償から差し引くと考えるのが公平であると考えられます。

 

 そこで、先取りした分の運用益を差し引くために考案されたのが中間利息控除という考え方であり、その計算に当たって使用される係数が「ライプニッツ係数」です。

 

 実際に逸失利益を計算するにあたっては、単に労働能力喪失期間を掛けるのではなく、その期間に対応する一定の係数(ライプニッツ係数)をかけて計算することになります。

 

計算例

 

 最後に、典型的な事例について、基本的な計算例をお示ししたいと思います。

 

設例

・症状固定時の年齢:50歳

 =労働能力喪失期間17年

 

・労働能力喪失期間17年に対応する

 ライプニッツ係数:11.2741

 

・事故前の年収:400万円(会社員)

 

・後遺障害等級:11級7号

 =労働能力喪失率:20%

 

【計算】

 

400万円×20%×11.2741

=9,019,280円

 

 以上、後遺障害が残った場合の逸失利益の計算方法をご説明しましたが、逸失利益の計算が複雑ということはお分かりいただけたかと思います。

 

 このように逸失利益の計算は、日常的に交通事故を扱っていない一般の方が正しい計算かどうかを判断するのが難しく、保険会社からの提案の妥当性を判断するには弁護士の専門的知識が必要な場合がありますので、後遺障害が認定された場合には、示談する前に弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

個人用住居の賃貸借契約を中途解約した場合の違約金は有効か?~消費者契約法第9条1号~

 

 4月に入り、転勤や就職などでそれまで住んでいた家を離れた方も多いと思いますが、この時期になると、今まで住んでいたアパートやマンションなどを退去する際にトラブルになっているという相談が増えてきます。

 賃貸借契約のトラブルとしては、原状回復や敷金の返還の範囲を巡るものが一般的ですが、急な転居が必要になったので解約を申し入れたところ、契約書記載の違約金の請求をされたというご相談もあります。

 そこで、今回は、賃貸借契約を契約期間の途中で解約した場合、一定の違約金の支払いを求める特約の有効性について考えてみたいと思います。

 

良くあるケース・・・即時解約の際の違約金

 よくあるケースとして、退去前には3ヶ月前に申し出ること、3ヶ月の経過を待たずに即時に解約する場合には家賃3ヶ月分の違約金を支払うこと、という条項がある場合があります(そのほか、予告期間に足りない分、たとえば2ヶ月前に予告した場合には足りない1ヶ月分だけ違約金を払うというケースもあります)。

 また、ストレートに違約金の支払いを求める条項のほかに、契約時に一定の額の保証金を差入れ、契約期間の途中で即時解約する場合には差し入れた保証金を違約金として没収するという定め方がなされている場合もあります。

 

消費者契約法第9条1号・・・「平均的な損害」を越える部分は無効

 このような契約書の記載は、大家さんに対して解約時の損害賠償として一定額の支払いを約束するものであり、「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」として消費者契約法9条1号の適用を受けます。

 そして、消費者契約法では、このような違約金条項については、大家さんに生ずべき「平均的な損害」の額を超える部分は無効と規定しています。

 

【どの程度までであれば有効か?】

 それでは、個人用の賃貸住居の契約を契約期間の途中で解約する場合、いったいどの程度の違約金であれば「平均的な損害」として有効となるのでしょうか?

 この点についてはいくつかの裁判例がありますが、当職の調べた範囲では、1ヶ月を超えるような違約金の定めがある場合において、1ヶ月分を越える部分は無効と判断するものがありました

 その理由としては、①通常、賃貸借契約終了から1ヶ月程度あれば次の賃借人を入居させることが可能であり、仮にそれ以降も入居者が見つからなかったとしても、その部分まで前の賃借人に違約金として負担させるのは相当ではないこと(京都地裁平成22年10月29日判決)、②賃貸住宅標準契約書においては、解約予告期間及びそれに代えて支払うべき違約金の設定が1ヶ月とされており、次の入居者を探すまでの所要期間として相当であること、があげられています(東京簡裁平成21年2月20日判決、東京簡裁平成21年8月7日判決)。

 最終的には事案ごとの判断になると思われますが、このような裁判例があることを踏まえると、即時解約の場合に1ヶ月を超える金額を支払う内容の違約金条項については、消費者契約法第9条1号によって一部無効になる可能性があるものと思われます

 なお、東京地裁令和2年2月6日判決は、2年間の契約期間中に契約を中途解約する場合に1か月分の賃料及び管理費相当額を支払うという違約金条項について、平均的な損害を超えるものではないとして有効と判断しています。

 

解約予告期間をおきつつ、中途解約のときは一定の違約金の支払いを約束するケース

 先ほどの例は、解約予告期間を設定したうえで、その期間が満了するまで契約を続けるか、それとも、即時に解約して違約金を支払うか、といういわば二者択一のケースでした。

 これに対して、解約予告期間をおいて、その期間が満了するまでは賃貸借契約が存続することを前提にしながらも、それとは全く別の特約として、契約期間内の中途解約の場合は一律に一定の違約金を払うという定めがなされる場合があります。

 たとえば、契約期間2年間の賃貸借契約において、解約には3ヶ月前までに申出をすること(=解約通知から3ヶ月後に契約が終了する)という条項と、契約期間内に解約する場合には一律1ヶ月分の違約金を払うこと(あるいは違約金として保証金を没収すること)という条項が入っている場合です。

 このようなケースでは、2年間の契約期間内に解約の通知をすると、そこから3ヶ月が経過してはじめて賃貸借契約が終了することになり、その間の3ヶ月分の家賃が発生しつつ、さらに1ヶ月分の違約金まで発生してしまう(合計4ヶ月の負担)という問題が生じます。 

 

 では、仮にこのような定めがあった場合、違約金を支払うという条項は消費者契約法第9条1号によって無効にならないのでしょうか?

 この点は寡聞にして消費者契約法第9条1号の問題とした裁判例や文献を見つけることができなかったため当職の私見ですが、そもそも解約予告期間が満了するまでの間賃貸借契約が存続するということは、大家さんはその間の3ヶ月間の家賃収入を確保できることを意味しますので、即時解約の場合と異なり、解約予告期間内の賃料収入の喪失という損害はないことになります。

 また、解約予告期間経過後の残存契約期間について、仮に契約が続いていれば得られたであろう賃貸収入(いわゆる逸失利益)が損害に含まれるという主張も考えられますが、大家さんとしては解約後に他に賃して賃貸収入を得ることが可能であり、これを損害に含めると解約後に新しい賃借人を入れた際の賃料との二重取りを認めることになるため、対象となる居室が他の賃借人には貸すことのできないような特殊な物件であるような特別の事情がない限り、ここでいう損害には含まれないと考えられます(※1,2)。

 


※1 大阪地裁平成14年7月19日判決

 自動車の売買契約解除のケースで、他に販売可能であることなどを理由に、販売店が得られるはずであった得べかりし利益は平均的な損害にあたるとはいえないとした裁判例

 

※2 東京地裁平成17年9月9日判決

 結婚式の予約を撤回する場合には10万円の取消料が必要であるとの条項が無効になるかが争われ、当初の予定どおりに挙式が行われたならば得られたであろう利益については、消費者が1年も前に撤回していることなどから、仮にこの時点で予約が解除されたとしてもその後新たな予約が入ることが十分期待し得る時期だった等の理由により、平均的な損害に当たらないとした裁判例


 

 その他、中途解約によってあらたに募集のための費用が生じると思われますが、賃借人の再募集は中途解約に限らず契約が終了するときには必ず生じるものであり、また、このような費用は事業者として賃貸事業を営む上で日常的に支出すべきものと思われることから、解約による損害には含まれるべきではないと思われます。

 そうすると、解約予告期間が満了するまで賃貸借契約が存続し、その間の賃料を得ることができる契約になっている場合には、当然に空き室が発生する即時解約のケースとは異なり、必ずしも大家さん側に損害が発生するとはいえないように思われます。

 このように考えていくと、解約予告期間内は賃貸借契約が存続することを前提にその間の家賃を請求しながら、契約期間内の解約であるという理由で家賃以外に違約金の支払いを求める特約は、消費者契約法第9条1号によって無効になる可能性があるように思われます。

  なお、同様の事例で、契約期間2年、解約申出2ヶ月後に契約が終了するという賃貸借契約について、契約期間未満で解約した場合には賃料・共益費の1ヶ月分の違約金を支払う条項を、消費者契約法9条ではなく、同法10条によって無効とした裁判例が存在します(※3)。

 


※3 東京地裁平成22年6月11日判決

 本件賃貸借において,同違約金の支払条項(特約36項)が存在することは,当事者間に争いがないが,同特約条項は,消費者契約法10条に違反すると解するのが相当である。すなわち,本件においては,賃借人からの解約申し出後2か月で賃貸借契約が終了する旨の特約が別途存在するのであり,賃貸借契約が2年以内に解約されることにより,賃貸人に特段の不利益があるとは考えられない。本件賃貸借は居住用マンションの賃貸借であるが,その契約時期は,平成20年2月であるところ,一般的には,4月に居住用マンションの新規需要が生じるのであるから,契約後2年間の契約期間に特段の意味はないといわなければならない。そうすると,上記特約は,事業者である被告と消費者である原告との間に取り交わされた消費者契約の条項であって,消費者である原告の利益を一方的に害するというべきである。)。

 したがって,原告の違約金の支払いは無効の約定に基づいて,法律上の原因がなくされたものであって,被告は同額を利得しているから,これは不当利得に該当し,原告はその返還を求めることができる。


 

解約予告期間が満了するまでの分の家賃を請求しつつ、期間満了前に新たな賃借人を入れていたような場合

 仮にこのようなケースがあったとすれば明らかに賃料の二重取りとなりますので、大家さん側に二重の利得を許すのは不当である、という価値判断には疑問の余地はないと思われます(少なくとも当職はそう考えます)。

 問題は法的な理屈ですが、裁判例も見当たりませんでしたので、以下は当職の私見を述べるにとどめます。

 そもそも、解約予告期間をおき、その期間が満了した時点で賃貸借契約が終了することを前提にして期間満了までの家賃を請求する場合、賃貸人は、その賃料の対価として、解約予告期間が満了するまでは賃借人に当該居室の使用収益をさせる義務を負い、その中には賃借人の使用収益を妨げる行為をしてはならないという不作為的な義務も含まれていると思われます。

 そうすると、一方で契約の存続を前提に、期間満了までの賃料の支払いを請求しておきながら、他方では賃借人の承諾なく、期間満了前に新たな賃借人を入れて賃料を得ていた場合には、賃借人の使用収益権を侵害したものとして、前の賃借人は家賃相当額の損害賠償請求をすることができる、と考えることができるように思います。

 あるいは、このような場合、新しい賃借人が入居した以上、前の賃借人はもはやその居室の利用ができなくなるわけですから、賃貸目的物が物理的に滅失した場合と同視できるとして、新たな賃借人が入居した時点で前の賃貸借契約は当然に終了し、それ以降の賃料として前払いした部分は法律上の原因のない不当利得として返還を求められる可能性もあるのではないかと考えます(なお、改正民法第616条の2では、「賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。」とされ、物理的な滅失以外の理由での賃貸借終了を明確に認めています)

 

 弁護士 平本丈之亮

 

整骨院の施術費は払ってもらえるのか?~交通事故④~

 

 交通事故で怪我をした場合、痛みがなかなかとれず、つらい状態が続くことがあると思います。

 このようなときに、整形外科など病院での治療に加えて整骨院で施術を受ける方や、整形外科に通わずに整骨院だけに通うという方がいらっしゃいます。

 それでは、このような整骨院の費用(施術費)は、交通事故による損害として支払いを受けることができるのでしょうか?

 

医師の指示がある場合

 整骨院での施術について医師の指示がある場合、特段の事情がない限りは、症状固定までの間の施術費のうち合理的かつ相当な範囲で損害として認められる、とされています。

 そもそも施術費の賠償が認められるには、①施術を行うことが必要な身体の状態だったこと(施術の必要性)、②施術を受けたことで症状が緩和したこと(施術の有効性)が必要とされているところ、医師法による国家資格を有する医師が整骨院での施術を指示した場合には、医師自身が治療方針として施術を選択したといえることから、基本的には①と②の条件を満たすと考えられているためです。

 「合理的かつ相当な範囲」で認められるというのは、要するに、施術を受けていた期間が長すぎたり施術費が高額すぎる、あるいは不必要な施術があったという場合には、その部分の施術費は認められないということです。

 

医師の指示がない場合

 では、医師の指示がないまま施術を受けた場合はどうなるでしょうか?

 整骨院を営む柔道整復師は国家資格を有する専門家ですが、医師としての資格は有していません。

 そのため、医師の指示がない場合には、被害者が①施術の必要性と②施術の有効性、さらには③施術内容が合理的なものであること、④施術期間が相当なものであること、⑤施術費が相当な範囲であること、といった点について具体的に主張・立証する必要があり、医師の指示がある場合と比べてハードルが高くなっているため、一部しか認められない場合や、ケースによってはまったく認められないという可能性もあります。

 

医師の指示はないが、同意がある場合はどうか?

 このように、施術費を認めてもらうためには医師の指示を受けた方が良いのは確かなのですが、医師との関係などから整骨院等での施術を明確に指示してもらうのは実際には難しいという場合もあるかと思われます。

 そこで、指示をもらうことまでは難しいが、医師から同意を得たらいいのではないか、という発想が出てきます。

 しかし、ひとくちに医師の同意といっても、医師が施術内容を把握した上で明示的に同意したものから黙認に近いものまで同意の内容は様々であることから、単に同意を得たというだけでは当然に損害として認められるわけではなく、やはり①~⑤について具体的に主張・立証することが必要と考えられます。

 もっとも、医師の関与が一切ない場合に比べれば、同意があった方が認められる可能性は高くなると思われますので、医師の指示が得られない場合には、最低限、同意だけでも得ておくことには意味があると考えます。

 

施術費が損害として認められなかった場合の影響は?

 【施術費が損害として認められない=支払ってもらえない】 

 整骨院での施術費が損害として認められない以上、支払った施術費は支払ってもらえないということになります。

 

 【入通院慰謝料に影響する可能性がある】 

 交通事故による怪我で入院や通院した場合、基本的には治療期間に応じて慰謝料が算出されますが(「入院・通院に対する慰謝料はどのように計算するのか?~交通事故②・入通院慰謝料~」)、整骨院での施術が必要性・相当性を欠くものであったと判断された場合には、整骨院への通院期間は慰謝料算定の通院期間としては扱われず、慰謝料額が減額されてしまう可能性があります。

 

後遺障害等級認定に影響する可能性がある

 怪我によって後遺障害が残った場合、通常は医療機関から「後遺障害診断書」を作成してもらい、後遺障害についての等級認定を受けた上で、後遺障害慰謝料後遺障害逸失利益の請求を行っていくことになります。

 しかし、先ほど述べたとおり、柔道整復師は医師ではないため、仮に後遺障害が残ったとしても後遺障害診断書を作成してもらうことができず、さりとて、その時点で慌てて病院に行っても、事故から症状固定までの経過が分からないため、医師からも後遺障害診断書を取得することができなくなる可能性があります。 

 

 このように、整骨院等での施術は、単に支払った施術費が返ってくるかどうかという問題だけではなく慰謝料や後遺障害認定にも影響する可能性があり、交通事故の示談交渉の中でも比較的トラブルになりやすいところです。

 整骨院等での施術が症状の緩和に有効な場合があることは確かですが、このような施術を受けつつ適正な賠償を受けるには気をつける点がありますので、施術を受けたいというご希望がある場合には、弁護士のアドバイスを受けながら慎重に対応していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由②・期間の定めのない場合~

 

 前回のコラム(「辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由①・期間の定めのある場合~」)では、契約期間のある雇用契約を交わした労働者が辞める場合について説明しました。

 今回は、期間の定めのない雇用契約を交わした場合についてお話しします。

 

民法第627条

 期間の定めのない雇用契約については、民法第627条に定めがありますが、具体的な辞め方は労働者の給与形態によって以下のように異なっています。

 

時給制・日給制

 アルバイトが典型例ですが、この場合は2週間の予告期間を置くことで自由に辞職することができます(民法第627条1項 ※)。

 


※ 民法第627条1項

 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。


 

日給月給制

 一日あたりの給料が決まっていて、勤務日数に応じて1ヶ月に1回、まとめて給料が払われれる場合ですが、この場合も民法第627条1項が適用され、2週間の予告期間を置くことで辞職が可能です。

 

完全月給制(欠勤しても減給されない場合)

 管理職ですとこのような給与体系になっていることがありますが、この場合は民法第627条2項(※2)が適用されます。

 もっとも、条文をただ読んだだけではわかりにくいので、これをもう少しかみ砕いてみると、以下のようになります。

 たとえば、給料が毎月末日締めで、4月に辞職の申出をしたとすると、辞職の効力は以下のようになります。

 

 【給与計算期間の前半に辞職の申出をした場合】 

=その給与計算期間の末日に辞職の効力が生じる。

→4月15日までに辞職の申出をした場合

→4月30日で辞職の効力が生じる。

 

 【給与計算期間の後半に辞職の申出をした場合】 

=その給与計算期間の次の給与計算期間の末日に辞職の効力が生じる。

→4月16日~4月30日までの間に辞職の申出をした場合

→5月31日で辞職の効力が生じる。

 


※2 民法第627条2項

 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。


 

月給日給制(欠勤すると減給される場合)

 この場合、①欠勤すれば減給される点は日給月給制と同じであるため、2週間前に辞職の申出をすれば足りるという見解(民法第627条2項は完全月給制にだけ適用されるという考え方)と、②月給制である以上、辞めるには2週間以上の期間が必要になる(民法第627条2項は完全月給制以でなくても適用されるという考え方)、という見解があります。

 ざっと調べた範囲ではどちらの見解が優勢か判然としませんでしたが、法的にみて、より問題になりにくい辞め方というものを追求するなら、②の見解を前提に、給与計算期間の前半のうちに辞職の申出をしておくのが無難と思われます。

 このように考えても、たとえば上記の事例でいうと、4月15日に辞職の申出をしておけば、仮に②の考え方でも4月30日に辞職の効力が生じますので、①の考え方と比べてあまり差が生じないことになります。

 

6ヶ月以上の期間で給与額を決めた場合

 あまり一般的な給与形態ではないかもしれませんが、この場合には、民法第627条3項(※3)により、3ヶ月以上前の予告が必要とされていますので注意が必要です。

 


※3 民法第627条3項

 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。


 

就業規則で辞職の申出期間について規定がある場合

 たとえば、日給月給制の社員について、「退職するには退職する半年以上前に申し出て会社の許可を得ること」などといった定めがある場合、どのように考えるべきでしょうか?

 就業規則と民法第627条との関係については、労働者の退職の自由を不当に拘束しない限り、2週間を超える予告期間を求める就業規則も有効とする見解がありますが、過去の裁判例では、民法第627条の規定よりも長い予告期間を定めた就業規則を無効と解したものがあります(東京地裁昭和51年10月29日判決  ※4 大阪地裁平成28年12月13日判決 ※5)。

 なお、会社の承諾を得なければならないとする点は、辞職の自由を著しく制限するものであるため、どちらの見解でも無効と思われます。

 上記の事例は、先ほどの裁判例の見解によれば当然に就業規則は無効となりますが、仮に一定の範囲では有効とする見解でも、6ヶ月もの予告期間を置くことは業務の引き継ぎの必要性などを考慮しても長すぎますので、労働者の辞職の自由を不当に拘束するものとして無効になる可能性が高いと考えます

 

東京地裁昭和51年10月29日判決(※4)

以上によれば、法は、労働者が労働契約から脱することを欲する場合にこれを制限する手段となりうるものを極力排斥して労働者の解約の自由を保障しようとしているものとみられ、このような観点からみるときは、民法第六二七条の予告期間は、使用者のためにはこれを延長できないものと解するのが相当である。
 従って、変更された就業規則第五〇条の規定は、予告期間の点につき、民法第六二七条に抵触しない範囲でのみ(たとえば、前記の例の場合)有効だと解すべく、その限りでは、同条項は合理的なものとして、個々の労働者の同意の有無にかかわらず、適用を妨げられないというべきである。
 なお、同規定によれば、退職には会社の許可を得なければならないことになっているが(この点は旧規定でも同じ。)、このように解約申入れの効力発生を使用者の許可ないし承認にかからせることを許容すると、労働者は使用者の許可ないし承認がない限り退職できないことになり、労働者の解約の自由を制約する結果となること、前記の予告期間の延長の場合よりも顕著であるから、とくに法令上許容されているとみられる場合(たとえば、国家公務員法第六一条、第七七条、人事院規則八-一二・第七三条参照)を除いては、かかる規定は効力を有しないものというべく、同規定も、退職に会社の許可を要するとする部分は効力を有しないと解すべきである。」

 

大阪地裁平成28年12月13日判決(※5)

「民法627条1項は,期間の定めのない雇用契約の解約の申入れについて,労働者・使用者いずれからであっても,いつでも解約の申入れをすることができ,解約の申入れから2週間の経過によって雇用契約が終了する旨を定めている。
 もっとも,労働基準法は,その20条において,使用者が労働者を解雇しようとする場合には少なくとも30日の予告期間を設けるか,30日分以上の平均賃金を支払うこととして民法627条の期間を延長しているところ,これは労働者が突如としてその地位を失うこととなることを防止し,労働者の保護を図る趣旨であると解される。これに対し,労働基準法においては,労働者からの解約申入れ(退職)については,何ら規定が設けられていない。
 また,労働基準法は,使用者が労働契約の不履行について違約金を定めたり,損害賠償額を予定する契約をすることを禁止したり(労働基準法16条),使用者が前借金その他労働することを条件とする前貸しの債権と賃金を相殺することを禁止しているところ(労働基準法17条),これらの規定は,違約金または損害賠償額の予定をすることや,将来の賃金から差し引くことを予定して前借金を貸し付けることなどが,労働者の退職に関する自由意思を制限し,労働を継続することの強制あるいは拘束となり,労働者に対する足留めとなることから,そのような事態を防止する趣旨であると解される。
 さらに,労働基準法は,その18条において,労働契約に付随して貯蓄の契約をさせたり,貯蓄金を管理する契約をすることを禁止しているところ,これも,貯蓄の強制や貯蓄金の管理が労働者の足留めとなることを防止する趣旨であると解される。
 このような労働基準法の各規定の趣旨に照らせば,同法は,労働者が労働契約から離脱する自由を保障することで労働者の保護を図っているということができ,そのような労働基準法の趣旨に鑑みれば,民法627条1項の期間については,使用者のために延長することはできないものと解するのが相当である。
 そうすると,その余の点について検討するまでもなく,退職する際には3か月前に退職届を提出しなければならないとする本件規定は無効となる(民法627条1項が定める期間に短縮されることとなる。)。」

 

就業規則の方が有利な場合

 これに対して、民法第627条よりも労働者にとって有利な就業規則を定めることは問題なく許されますので、そのような場合は就業規則が優先的に適用されることになります。

 すると、たとえば「退職するには退職する10日前までに申し出ること」などという就業規則は、2週間の予告期間を求める民法第627条1項よりも労働者にとって有利ですから、このような定めは有効であり、辞める際には就業規則を前提に対応すれば足りると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由①・期間の定めのある場合~

 

 ここ数年、働いている会社やアルバイト先を辞めようとしても、人手不足などを理由になかなか辞めさせてもらえない、という相談が増えています。

 そこで、今回は、労働者の「辞職の自由」についてお話しします。

 なお、労働者側からの辞職については、大きく分けて、契約期間のある場合と、契約期間のない場合がありますが、今回は契約期間のある場合についてお話しします(契約期間のない場合については、後日、別のコラムでお話したいと思います)。

 

労働者には辞職(退職)の自由がある

 憲法上、労働者には職業選択の自由があり、奴隷的拘束が禁止されていますので、原則として労働者には辞職する自由があります。

 しかし、労働者に辞職の自由があるといっても、法律上、そのために必要な手続きが定められていますので、勤務先と話し合ったものの折り合いがつかず一方的な意思表示によって辞職せざるを得ないという場合には、法律に沿った形での対応が必要となります。 

 

期間の定めのある雇用契約を途中で解消する場合の法律(民法628条)

 このケースについては民法628条が定めており、労働者は「やむを得ない事由」がある場合」には期間途中でも契約を解消することができるとされています。

 どのような事由があれば「やむを得ない事由」と言えるかは条文上必ずしも明確ではありませんが、労働者の病気や怪我、家族の介護、妊娠や出産、給料の未払い、違法な長時間労働等劣悪な労働環境であることなどが考えられます。

 また、近時、問題となっている学生のいわゆるブラックアルバイトについては、学生はあくまで学業が本分であり、雇い主側も労働者が学生であることを認識・理解した上で雇用していることが通常と思われること、辞職することは原則として自由であることなどから、当職の私見ですが、ある程度緩やかな事情でも「やむを得ない事由」に該当すると考えるべきであり、たとえば卒業準備など学業へ専念する必要があることやアルバイトによって学業に支障が生じているといった事情でも広く辞職は許されるべきと考えます。

 なお、民法628条には続きがあり、「やむを得ない事由」が「当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う」とされていますので、働けなくなった理由が労働者側の落ち度による場合には、勤務先から損害賠償の請求がなされる可能性がある点に注意が必要です。

 

 【契約から1年以上勤務した後で辞める場合】 

 たとえば、契約期間を2年とした雇用契約について、1年が経過した時点で辞めるというケースですが、この場合、基本的には「やむを得ない事由」がなくても自由に辞職することができます(労働基準法第137条)。

 ただし、労働基準法第137条は、①専門的知識・技術・経験を有する労働者をその専門的知識などを必要とする業務に就ける場合(医師、税理士、薬剤師、弁護士等の有資格者や一定の学歴及び実務経験を有するシステムエンジニアやデザイナー等で年収1075万円を超える者など)や、②満60歳以上の労働者との契約については適用されません。

 

 【事前に示された労働条件と実際の労働条件が異なっていた場合】 

 最近では、ハローワークや求人雑誌で示されていた労働条件(給料、労働時間、就業場所、従事する業務など)と実際の労働条件とが違っていたという相談もありますが、この場合、労働基準法第15条2項により、労働者は即座に辞職することができます。

 実際に辞職する場面では、事前に示された労働条件と食い違いがあったかどうかが問題になる可能性がありますので、働き始める際には事前にもらった労働条件通知書や雇用契約書、ハローワークの求人票を保管しておくなどの工夫をしておくと良いと思われます。

 

 【就業規則で辞職についての定めがある場合】 

 では、就業規則において「退職には会社の承諾を受けること」「辞めるには代わりの人員を見つけること」といった定めがある場合はどうでしょうか。

 民法628条と就業規則との関係については、就業規則で民法628条よりも条件を厳しくすることはできないが、民法628条よりも条件を緩やかにすることはできる、とされています(大阪地裁平成17年3月30日判決・・・※)。

 そうすると、先ほどのような就業規則は「やむを得ない事由」がある場合には辞職できるとする民法628条よりも厳しい条件をつけるものですので、無効になると思われます。

 

 ただし、逆に会社側から解雇する場合については、労働契約法第17条1項が「やむを得ない事由」がない限り期間途中に解雇できないと定めているため、会社側が解雇しやすくなる内容の就業規則を定めても、この部分は無効となります(※2)。

 

 ・労働者からの辞職

  →「やむを得ない事由」がなくても辞職できると定めるのはOK

 

 ・会社からの解雇

  →「やむを得ない事由」がなくても解雇できると定めるのはNG

 

大阪地裁平成17年3月30日判決(※)

「民法は,雇用契約の当事者を長期に束縛することは公益に反するとの趣旨から,期間の定めのない契約については何時でも解約申入れをすることができる旨を定める(同法627条)とともに,当事者間で前記解約申入れを排除する期間を原則として5年を上限として定めることができ(同法626条),同法628条は,その場合においても,「已ムコトヲ得サル事由」がある場合には解除することができる旨を定めている。
 そうすると,民法628条は,一定の期間解約申入れを排除する旨の定めのある雇用契約においても,前記事由がある場合に当事者の解除権を保障したものといえるから,解除事由をより厳格にする当事者間の合意は,同条の趣旨に反し無効というべきであり,その点において同条は強行規定というべきであるが,同条は当事者においてより前記解除事由を緩やかにする合意をすることまで禁じる趣旨とは解し難い。

 したがって,本件解約条項は,解除事由を「已ムコトヲ得サル事由」よりも緩やかにする合意であるから,民法628条に違反するとはいえない。」

 

労働契約法第17条(※2)
(契約期間中の解雇等)
第十七条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

 

辞職の申出をしても受け容れてもらえない場合の対応は?

 辞職を考える際、まずは会社との間で話し合いをすることが通常と思われますが、会社が聞く耳を持ってくれないような状況では、そのまま話し合いを続けても埒があきません。

 このような場合には、やむを得ない方法として、内容証明郵便で辞職の申出をするという方法を採らざるを得ないことになります。

 内容証明郵便を送るようなケースでは、退職後に元の勤務先から損害賠償請求を受けるなど法的なトラブルに発展するケースも想定されますので、そのような場合には弁護士にご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

自己破産できない場合とは?~自己破産⑤・免責不許可事由2~

 

 以前のコラムで、自己破産を認めない理由(=「免責不許可事由」(めんせきふきょかじゆう)」のひとつであるギャンブル、浪費についてお話ししました(「ギャンブルなど浪費がある場合、自己破産できないのか?~自己破産④・免責不許可事由~」)。

 

 それでは、ギャンブルや浪費以外で、自己破産が認められない場合としてはどのようなものがあるでしょうか?

 

 今回は、免責不許可事由全般について説明していきます。

 

代表的な免責不許可事由

 免責不許可事由については、「破産法」という法律で定められているのですが、その中でも代表的なものは以下のとおりです。

 

 ・債権者に害を与える目的で財産を隠したり、債権者に不利益に処分したり、あるいはその価値を減少させた場合 

 

 ・現金を得る目的で、クレジットで買い物をし、品物を安い値段で売り払ったり質入れしたりしたような場合 

 

 ・浪費・ギャンブルなどによって借金を増やしたような場合 

 

 ・既に借金を返すことができない状態にあるにもかかわらず、そうではないかのように債権者を信用させ、お金を借りた場合 

 

 ・自分の財産について「陳述書」や「財産目録」にうその事実を書いたり、嘘の事実を書いた「債権者一覧表」を提出したり、自分の財産について裁判所に嘘を述べた場合 

 

 ・過去7年以内に免責を受けたことがある場合 

 

 ・破産法で課せられた一定の義務(裁判所に対する説明義務、重要財産開示義務など)に違反した場合 

 

 ・「破産管財人」(=破産者の財産をお金に換えて債権者に分配したり、免責不許可事由がないかを調査したりするため、裁判所が選任する弁護士)の職務を妨害したこと 

 

免責不許可事由があると、絶対に免責は認められないのか?

 このように、法律では借金の免除をみとめてもらえない理由が列挙されていますが、これに該当する事情があるからといって、必ずしも免除が認められないわけではありません。

 

 破産法第252条第2項では、免責不許可事由に該当する場合であっても、「裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる。」と定めており、事情次第では借金の免除を認めても良いとなっています。

 

 この制度を「裁量免責」といい、形式的には免責不許可事由があるケースでも、裁判所のいわば温情によって立ち直りの機会を与えていただくという制度です。

 

 先ほど述べた7年以内の2度目の自己破産の場合も、この裁量免責を求めていくことになりますが、そのためには、破産に至った経緯や、今後の生活の見通し、破産者の反省状況などについて積極的に資料を提出する必要があり、どのような資料をどれだけ提出できるかが勝負の分かれ目になってきます。

 

 当職が過去に取り扱った事案では、7年以内のケースではないものの、ギャンブルが原因で2度目の自己破産を検討したケースにおいて、ギャンブル依存症が疑われる方にギャンブル依存症の立ち直りのためのカウンセリングに通っていただき、カウンセリングの資料を裁判所に提出して、将来同じ間違いを犯さないように積極的に努力していることをアピールし、裁量免責をいただいた例があります。

 

 なお、当職の印象ですが、免責不許可事由としてギャンブルや浪費などの問題がある場合でも、そのことを正直に裁判所に申告すれば裁量免責は認めてもらいやすいですが、裁判所に対して提出する書類に嘘を書いたり、嘘をついたことが後で判明した場合には非常に厳しく見られる気がします。

 

 過去には、本人が一部の通帳の存在を隠し、破産手続中の破産管財人の調査に対しても申告漏れはないと説明していたにもかかわらず、その後の追加調査で隠し口座が発見された例があり、代理人として大変苦い思いをした経験があります。

 

 免責制度は誠実な債務者を救済する制度ですから当然のことですが、自分に不利な事情や隠したいことがあるからといって隠すことは、破産手続を進める上ではデメリットしかないと考えておいた方が良いと思います。

 

自己破産が認められない場合の解決方法は?

 では、免責不許可事由に該当し、どうがんばっても借金の免除が認められなさそうだというケースはどうしたら良いでしょうか?

 

 このような場合には、債権者と長期の分割払いについて交渉する「任意整理」にチャレンジする場合や、借金の一部を免除してもらい、残額を3~5年の長期分割で支払うという法的整理手続である「個人再生」を検討することになります。

 

 また、岩手県では、債務整理資金の貸付を専門に行う生協組織があるため、本人にある程度の返済能力があり、かつ親族の協力が得られるケースでは、そういった機関を紹介する場合もあります。

 

 いずれにせよ、自己破産を認めてもらえるかどうか自分では判断が難しいという場合には、弁護士や最寄りの消費生活センターなどに債務整理の方法をご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮