家庭内別居と財産分与の基準時

 

 財産分与で問題になるものとして、どの時点での財産を基準に財産分与を決めるのかということがあります。

 この点については原則として別居時に存在した財産が基準となりますが、ご相談を受けていると、実際に別居した時期よりも相当前から家庭内別居の状態だったので、家庭内別居が始まった時点の財産を基準にするべきではないかというご質問を受けることがあります。

 このような話は、別居時点を基準とするよりも家庭内別居開始の時点を基準とした方が分与すべき財産が少なくなるケースで生じるものであり、自分名義での財産を多く保有している側(多くの場合は夫)から呈される疑問ですが、このような主張がどこまで通るのかが今回のテーマです。

 

財産分与の基準時が原則として別居時とされる理由

 財産分与はそれまで夫婦が築き上げた財産を清算する制度であるため、財産形成に対する夫婦の経済的協力関係が終了した時点を基準に清算するのが公平です。

 そして、夫婦が別居に至った場合、通常、その時点で夫婦間の経済的協力関係が終了するため、財産分与の基準時は原則として別居時とされています。

 このように財産分与の基準時を別居時とする根拠は、通常は別居の時点で夫婦間の協力関係が終了するところに求められます。

 

家庭内別居の場合は?

 そうすると、逆に言えば、たとえ同居していても既に財産形成に対する経済的協力関係が終了したといえる場合であれば、その時点を基準時とすることも不可能ではないことになります。

 もっとも、曲がりなりにも同居を継続している場合に、夫婦間の経済的な協力関係が完全に終了していたと証明することは困難であるため、実際には家庭内別居であるとの主張によって基準時を別居以前に遡らせることは難しいところです。

 たとえば東京地裁平成17年6月24日判決は、「財産分与は,夫婦が協力して形成した財産を対象とするものであるから、本件においては、協力関係の終了したと考えるべき別居時点(平成15年○月○日)を一応の基準時として、財産分与の対象とすべきと考える。」「被告は,平成13年秋以降,原告において被告の食事を一切作らなくなった経緯を考慮し,同年○月の住宅ローンボーナス支払いの前の時点を基準時とすべき旨主張するが,平成15年○月○日までは同居しており、同居中は財産形成の協力関係は一応継続していたというべきであって,その間の財産の増減は、一切の事情として分与にあたり考慮すれば足りるというべきである。」と判断し、別居時点を基準時とする判断を下しています。

 

 以上のように、家庭内別居を理由に財産分与の基準時を別居以前に遡らせるのはなかなか難しいところですので、この点について争う場合には単に家庭内別居であったという抽象的な話ではなく、夫婦間の経済的協力関係がなくなっていたことを裏付ける事実を丹念に拾い上げて主張・立証していくことが必要となります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年10月28日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫婦間の金銭貸借と夫婦共有財産の関係について

 

 夫婦が離婚する場合には、残っている財産や負債だけではなく、過去の様々なお金のやり取りも含めて清算することがありますが、その中で問題となることがあるものが夫婦間でのお金の貸し借りです。

 そこで今回は、夫婦間のお金の貸し借りがあった場合に、離婚の際に、これがどのように扱われるのかについてお話します。

 

多くは財産分与その他の離婚条件の交渉時に同時に協議される

 このような貸し借りについては、他の財産の清算と同時に解決することが楽であるため、財産分与などの問題を扱うのと同時に話し合い、その中で清算されることが多いかと思います。

 

離婚協議等で解決できない場合

 しかしながら、借入の事実や現在の貸金残高などに認識の食い違いがあるなどの理由により、離婚時にまとめて解決できなかった場合、納得できなければ最終的には民事訴訟によって解決が図られることになります。

 

貸金の原資が夫婦共有財産だった場合は?

 ところで、このような訴訟の中では、そもそも金銭の授受があったかどうかや返済の約束があったのかどうか、返済の有無等が争点になると思われますが、そのほかの問題として、たとえば貸金の原資となったお金が夫婦共有財産だった場合、果たして貸金が成立するといえるのか、ということも問題となります。

 貸金の原資が夫婦共有財産だった場合、実質的には夫婦共有財産を相手に渡しただけとも思えるため、仮に貸金の形式を整えていたとしても金銭消費貸借は成立しないのではないか、というのがここでの問題意識ですが、この点については、原資が夫婦共有財産だった場合には貸金は成立しないと判断した裁判例が存在します。

 

東京地裁平成30年4月16日判決

「被告は、原告から交付を受けた金員は、夫婦の共有財産であると主張するところ、原告と被告は夫婦であり、証拠(原告本人,被告本人)によれば、被告は、収入を(全部か一部かはともかく)原告に渡し、原告は、被告から受領した金員と原告自身の収入から生活費を支出していたことが認められる。そうすると、被告が、原告から○○○円を借りたことを認める確認書で署名しているとはいえ、その原資が夫婦の婚姻後に形成された共有財産である場合には、被告は、当該共有財産を費消したにすぎないことになるから、原告の被告に対する貸金には当たらないことになる。
 したがって、上記金銭の授受が、原告の被告に対する貸金であるといえるためには、原資が原告の特有財産であることが必要である。」

 

 上記裁判例では、結局、借りたことを書面で確認した金額の一部については夫婦共有財産が原資であったとして、それを除いた部分に限って貸金が成立するという判断が下されています。

 この裁判例を前提にすると、夫婦間で貸し借りの形でお金のやりとりがあったとしても、その原資が夫婦共有財産であると判断された場合には貸金の返還が認められないことになりますので、夫婦間での貸し借りについては、単に借用書を作成するだけではなく、その原資が夫婦共有財産とは無関係のものであることについても明らかにする必要があることになります。

 

貸金の成立が否定された場合、渡したお金の取り扱いはどうなる?

 ところで、原資が夫婦共有財産であるため貸金は成立しないと判断された場合に渡したお金がどう扱われるかですが、渡したお金がそのまま、あるいは別の形で残っているのであれば、財産分与の対象財産となります。

 これに対して、渡したお金がもはや残っていない場合には、これを残っていると仮定して分与対象財産に含めることは難しいと思われますが、たとえばその使い道が浪費など問題のあるものだった場合には、その程度によっては寄与割合において考慮される余地はあると思います(たとえば東京高裁平成7年4月27日判決では、ゴルフ等の遊興に多額の支出をし,夫婦財産の形成及び増加にさほどの貢献をしていないことを一つの理由として、夫婦の分与割合に修正を施しています)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年9月15日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫に認知した子どもがいることは、婚姻費用や養育費の計算に影響するのか?

 

 夫の不貞行為によって子どもが生まれ、認知するケースがありますが、では、このようなケースで(元)妻が婚姻費用や養育費を請求した場合、夫側に認知した子どもがいることは婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算においてどう扱われるのでしょうか?

 

認知した子どもの存在は婚姻費用や養育費の計算に影響する

 認知した子どもを夫婦間の子どもと同じように扱った場合、その分扶養すべき者が増えるため婚姻費用や夫婦間の子どもに対する養育費は減ることになりますが、夫がこのような主張をすることは信義則に反し許されない、すなわち、(元)妻からの婚姻費用や養育費の計算にするにあたっては認知した子どもはいないものとして計算すべきである、という考え方もあります(岐阜家裁中津川出張所平成27年10月16日審判 ※ただし抗告審である後記名古屋高裁決定により取り消し)。

 

 しかしながら、出生の経緯がどうあれ、同じ父親の子どもである以上、夫婦間の子どもかそうでないかによって扶養義務の程度に差を設けることは相当ではないと考えられます。

 近時の裁判例でもこのような考え方が採用されており(名古屋高裁平成28年2月19日決定、東京高裁令和元年11月12日決定など)、不倫相手の子どもがいても、その子どもがいるものとして婚姻費用や養育費を計算することが主流の考え方ではないかと思われます(もっとも、夫が認知しただけで実際に扶養義務を果たしていない場合も同じように考えるべきかは不明です)。

 

東京高裁令和元年11月12日決定

「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり、当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず、」

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)は考慮されるのか?

 

 婚姻費用については、双方の収入によって金額を算定する標準算定方式が浸透しています。

 そのため、婚姻費用を計算する場合には双方の収入をどこまで考慮するかが重要な課題となりますが、この点について、結婚前から保有していたり相続・贈与によって取得した「特有財産」からの収入(不動産収入や株式配当金などの果実)をどのように扱うかが問題となることがあります。

 この点は過去にいくつかの裁判例が存在しますが、近時も高裁決定が出ているところですので、今回はそのような裁判例を紹介したうえで、婚姻費用と特有財産の関係についてお話したいと思います。

 

東京高裁昭和42年5月23日決定

「申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。」

 

東京高裁昭和57年7月26日決定

「申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、就中○○○のマンションに住んでいた当時、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。
 以上の通りであるから、相手方が相続によりかなりの特有財産(その貸与による賃料収入を含む)を有していることも、また、相手方が右相続により相当多額の公租公課を負担しているごとも、いずれも、本件において相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである。」

 

大阪高裁平成30年7月12日決定

「相手方は、相手方の配当金や不動産所得に関し、「抗告人との婚姻前から得ていた特有財産から生じた法定果実であり、共有財産ではない」から、婚姻費用分担額を定めるに当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るべきである旨主張する。
 しかし、相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」

 

 以上のように過去の裁判例においては、特有財産からの収入(果実)について、特段の制限なく収入として算入するもの(東京高裁昭和42年5月23日決定)と、婚姻中の生活の原資になっている場合には収入に算入するもの(東京高裁昭和57年7月26日決定、大阪高裁平成30年7月12日決定)に分かれています。

 婚姻費用について定める民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、婚姻費用の算定について互いの資産を考慮することを明らかにしているほか、「収入」についても特段限定はされておらず、また、婚姻費用分担義務が生活保持義務(=自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)であることからすると、このような特有財産からの収入も当然に収入に算入されるべきように思われます。

 婚姻中の生活の原資にあてられていた場合には考慮(算入)するとした裁判例が、何故そのような限定を施すのかはいまいち判然としませんが、財産分与の場面においては特有財産が対象外であることとの整合性を図る趣旨なのかなと想像しています。

 いずれにしても、生活の原資にあてられていたかどうかがポイントになるという裁判例がある以上、このような特有財産からの収入が婚姻費用の計算において問題となる場合には、権利者側であれ義務者側であれ、この収入が実際上どのように使われていたのかについて積極的に主張立証していく必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

無職の妻からの婚姻費用の請求について潜在的稼働能力の有無が問題となった2つの事例

 

 婚姻費用や養育費を計算する場合、基本的には当事者の実際の収入をもとに計算します。

 もっとも、様々な事情によって無職の状態にある場合でも、実際には収入を得られるだけの能力があるはず(潜在的稼働能力)として、一定の収入があるとみなして金額を算定する場合があります。

 今回は、このような潜在的稼働能力による婚姻費用の算定が問題となった事例を2つご紹介します。

 

過去の勤務実績や退職理由から潜在的稼働能力をもとに婚姻費用を算定したケース(大阪高裁平成30年10月11日決定)

 このケースでは、婚姻費用を請求した無職の妻について以下の事情があるとして、妻の収入を退職の前年に得られていた収入をもとに計算しました。

 

①妻は教員免許を有していること

②妻は数年前に手術を受け、就労に制約を受ける旨の診断を受けているが、手術後に2つの高校の英語科の非常勤講師として勤務し、約250万円の収入を得ていたこと

③妻の退職理由は転居であり、手術後の就労制限を理由とするものとは認められないこと

 

 この裁判例では、妻の勤務実績と、退職理由が手術後の就労制限ではなく転居であるという点に着目して、退職する前年の収入をもとに婚姻費用を計算しています。

子どもが幼少で幼稚園や保育園にも通っていないという事情から潜在的稼働能力を否定したケース(東京高裁平成30年4月20日決定)

 原審は、妻に以下の事情があることを指摘して妻の潜在的稼働能力を肯定し、賃金センサスの女子短時間労働者の年収額程度の稼働能力を前提に婚姻費用の金額を定めました。

 

①妻が歯科衛生士の資格を持ち歯科医院で10年以上の勤務経験があること

②長男及び長女は幼少であるものの長男は幼稚園に通園していること

③妻は平日や休日に在宅していることの多い母親の補助を受けられる状況にあること

 

 これに対して、高裁は、長男は満5歳であるものの長女は3歳に達したばかりであり,幼稚園にも保育園にも入園しておらずその予定もないという事情を重視して、妻の潜在的稼働能力を否定し妻の収入を0として計算しました。

 ただし、高裁決定においても、この判断は「長女が幼少であり,原審申立人(※注 妻)が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。」と述べ、将来的には潜在的稼働能力による金額変更の可能性を認めています。

 

 以上のとおり、当事者に無職者がいる場合の潜在的稼働能力は、無職者の家族関係や過去の勤務実績、保有する資格や退職理由などの諸事情から判断されることになります(子どもが幼少の場合は潜在的稼働能力が否定されやすい傾向にあるとはいえますが、両親等の同居家族の存在やサポート体制によっては必ずしもそう言い切れないところです)。

 潜在的稼働能力が肯定された場合の収入認定についてもまちまちであり、今回ご紹介したように直近の収入を基礎とするケースもあれば、統計上の平均的な収入を基礎とするケースもあります。

 今回は権利者が妻である場合を例にお話ししましたが、潜在的稼働能力が問題となるのは義務者の場合も同じであり、義務者となるのも夫とは限りません(夫が子どもを引き取るケース)。

 このように、別居中にいずれかが無職になってしまった場合には妥当な婚姻費用を計算することが難しくなることがありますので、そのような事情があるときは一度弁護士への相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

有責配偶者からの婚姻費用の請求は認められるのか?

 

 別居に至った場合、配偶者の一方から婚姻費用の請求がなされることがあります。

 婚姻費用の請求は権利であり、通常、これを行使することに何ら問題はありませんが、別居に至った原因が不貞行為など婚姻費用を請求してきた側にあった場合、これを認めて良いのか疑問が生じます。

 そこで今回は、いわゆる有責配偶者から婚姻費用の請求があった場合にこれが認められるかどうかについて、最近の裁判例を2つほどご紹介したいと思います。

 

東京高裁平成31年1月31日決定

 妻が夫に対して婚姻費用の請求をした事案において、裁判所は概要以下のような理由から婚姻費用の請求を否定しています(夫と子どもが同居、妻は単身で居住)。

 

①夫婦は互いに協力し扶助しなければならず、別居した場合でも他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負い、夫婦の婚姻関係が破綻している場合においても同様であるが、婚姻費用の分担を請求することが当事者間の信義に反し又は権利の濫用として許されない場合がある。

②本件において夫婦が別居に至った経過は、酔って帰宅した妻が子どもの首を絞め、壁に押し付けて両肩をつかむなどの暴力をふるい、これを注意した夫ともみ合いつかみ合いとなり、包丁を持ち出して夫に向けて振り回し負傷させるなどの暴力行為に及び、それを見た子どもが玄関から裸足で飛び出したことから、危険を感じた夫が子どもとともに家を出て別居するに至ったというものである。

③妻は、上記暴力行為以前から、子どもを叩く、蹴るなどしており、このような度重なる暴力によって子どもの心身に大きな傷を負わせていたことがうかがわれ、その上、酔って生命に危険が生じかねない暴力行為に及んだものであって、このような暴力が子どもに与えた心理的影響は相当に深刻であったとみられる。

④児童相談所は、子どもについて一時保護の措置をとり、夫は妻と別居して家庭裁判所により子どもの監護者に定められ、その監護をすることとなった。

⑤婚姻関係の悪化の経過の根底には、妻の子どもに対する暴力とこれによる子どもの心身への深刻な影響が存在するのであって、必ずしも夫に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面はあるが、別居と婚姻関係の深刻な悪化については妻の責任によるところが極めて大きい。

⑥妻には330万円余りの年収があるところ、夫が住宅ローンの返済をしている住居に別居後も引き続き居住していることによって住居費を免れており、相応の生活水準の生計を賄うに十分な状態にある。

⑦夫は会社を経営し約900万円の収入があるが、妻が居住している住宅の住宅ローンを支払っており、さらに、子どもを養育して賃借した住居の賃料及び共益費、私立学校に通学する学費や学習塾の費用などを負担している。

⑧以上のお互いの経済的状況に照らせば、別居及び婚姻関係の悪化について極めて大きな責在がある妻が、夫に対し、夫と同程度の生活水準を求めて婚姻費用の分担を請求することは信義に反し、又は権利の濫用として許されない。

 このケースでは、妻の子どもに対する暴力行為があり、これが夫婦関係を悪化させたという経緯があることや、妻にもそれなりの収入があり、かつ、夫が別居後に妻の住居費を負担していること、夫が子どもの生活費や学費を負担していることなどから、妻からの婚姻費用の請求を認めませんでした。

 なお、裁判所は、妻が子どもの世話のほとんどを担い、子どもの問題行動に悩み、注意しても一向に治まらなかったことから暴力に及んだものであって、相当に鬱屈した精神状態であったことがうかがわれると指摘し、他方、夫側にも育児を妻に任せたり2年ほど子どもを無視する、妻とも話をしない状態となっていたとして相応の非があったと述べ、妻のおかれていた事情にも一定の理解を示しています。

 しかし,このような双方の責任とを比較すると、夫側の非はごく小さな比重のものにとどまると述べ、上記のような結論に至っています。

 

大阪高裁平成28年3月17日決定

 本件は、不貞行為があったとされた妻から夫に対する婚姻費用請求について、以下のように述べて妻の分を否定し、子どもの分のみの分担を命じたものです。

 

「夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。」

 

 なお、妻は、手続の中で不貞行為の存在を争ったようですが、不貞相手と目される男性とのSNSの通信内容から、「単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。」として排斥されています。

 このケースでは不貞行為の立証が成功したため、有責配偶者である妻の分の請求は排斥されていますが、夫が高収入であったことが影響し、審理期間中の12ヶ月分の婚姻費用から既払い額を控除した額として200万円近くを遡って支払う決定がなされています(+将来にわたって子どもの養育分の支払い)。

 ここまで高額になるケースはそこまで多くはないかもしれませんが、不貞行為など請求者の有責性を理由に婚姻費用の排斥を求める場合には、立証に失敗する可能性があるほか、相手方が監護する子どもの分については支払いは免れないことから、過去に遡ってまとめて支払いを命じられるリスクがあることに注意が必要です。

 

 以上のように、婚姻費用を請求する側に有責性がある場合、信義則違反あるいは権利の濫用として婚姻費用が否定されることがあります。

 もっとも、婚姻費用が否定されるのは、別居に至った原因がもっぱら又は主として権利者側にのみあると立証できた場合に限られますし、否定されるのも配偶者の部分に限られます(配偶者の部分についても、全額を否定するのではなく一部は認めるという裁判例もあります)ので、実際に婚姻費用を請求された場合にどう対応すべきかは難しい判断が要求されます。

 相手の有責性を立証できなければ過去の分に遡って支払いを命じられるというリスクもあり、この問題については慎重な対応が求められますので、迷った場合には弁護士への相談をご検討ください。  

 

弁護士 平本丈之亮

 

離婚を考えたときに検討すべきポイントについて~離婚㉔~

 

 様々な理由で離婚を考えたとき、離婚が本当にできるのか、子どものことはどうなるのか、お金の問題はどうなのかなど、一度に色々考えなければならないことがあります。

 このような場合、とりあえず弁護士に相談してみるのも有効ですが、その前に、まずは自分自身である程度問題点を整理することができていれば、その後の進め方についても迷いが少なくなります。

 そこで今回は、離婚が頭によぎったら考えておくべきポイントにどのようなものがあるのかをお話しします。

 

【Point1 相手が離婚を承諾してくれる見込みはあるか】

 何はともあれ、ここがまずもって一番大事なポイントです。

 ここでどの程度の見込みがあるかどうかで、離婚の進め方が大きく変わる可能性があるからです。

 たとえば、離婚そのものについては応じてくれそうであれば、基本的な方針は協議離婚となりますし、そもそも相手が離婚に対して大きく抵抗することが予想される場合には、協議離婚については選択肢から外すかほどほどにしておき、早期に調停の申し立て、あるいは訴訟まで見据えて準備を整えておくなど、その後の方針が大きく変わります。

 

【Point2 子どもの親権や面会交流について】

 離婚自体の進め方について見通しを立てたら、次に考えるのは子どものことです。

 子どもがいない夫婦であれば関係ありませんが、子どもがいる夫婦の場合、離婚そのものやお金の問題よりもこの点を巡って紛争になるケースが非常に多いため、以下のような点について相手の希望を予想して今後の見通しや方針を立てておくことをお勧めします。

 

 1 親権 

①こちらが取得を希望するのかそれとも相手に委ねるのか

 

②親権を希望した場合には取得できる可能性がどの程度あるのか(この点は弁護士への相談を推奨します。)

 

 2 面会交流 

①親権を相手に委ねる場合

 この場合、面会交流についてどのような取り決めを希望するかを考えておきます。

 具体的には、月の面会回数、1回の面会時間の目安、子どもの受渡方法、学校等の行事の取り扱いなどについてです。

 

②親権を希望する側

 この場合、相手が望むと思われる面会交流についてどのようなスタンスで臨むのか、あらかじめ検討しておくことが有益です。

 

【Point3 お金について】

 次に検討するのは、離婚に伴うお金の問題です。

 お金の問題として考えておくことは、概ね以下のようなものがあります。

 

 1 婚姻費用 

①婚姻費用を請求する側

 離婚成立までどの程度かかるかによりますが、話し合いが長引いたり調停などの手続が考えられる場合には当面の生活費として婚姻費用の請求が重要になります。

 そのため、婚姻費用としてどの程度の金額を望めるのか、どのような方法で請求するべきかなどについてはあらかじめ検討しておいた方が良いと思います。

 

②婚姻費用を支払う側

 他方、婚姻費用を支払うことになる側も、いつからいつまで、毎月いくら支払う可能性があるのかについて目途を立てておくことがその後の離婚の進め方に影響しますので、検討しておく必要があります。

 

 2 養育費 

①親権を希望する側

 養育費としてどの程度の金額を望めるかについては、離婚を切り出すタイミングにも影響しますので、必ず検討しておくべきポイントです。

 

②親権を委ねる側

 養育費を支払うことになる側も、いくら支払う必要があるのかを把握しておくと離婚を切り出す適切なタイミングを計ることができますので、検討しておくと良いポイントです。

 

 3 財産分与 

①請求する側

 この場合、相手にどの程度の資産があるのかや証拠の確保など、事前に検討しておくべきポイントがあります。

 証拠の確保などはあとでリカバリーが困難になることもありますので、財産分与を希望する場合にはできればアクションを起こす前の段階で弁護士へご相談ください。

 

②請求されることが予想される側

 この場合、実際に財産分与を求められたらどの程度の負担を覚悟しなければならないかを検討しておかなければ、離婚後の生計維持に支障を生じる可能性がありますので、あらかじめ試算しておく必要があります。

 

 4 慰謝料 

①請求する側

 何を根拠に慰謝料を請求するのか、その理由が本当に慰謝料の根拠となるのか、証拠はどの程度あるのか、望める金額はどの程度か等検討すべき点は多くありますが、慰謝料についてはご本人が検討しても的確に判断することは難しいところですので、弁護士への相談をお勧めします。

 

②請求される可能性のある側

 このケースでは、そもそも慰謝料の金額よりも有責配偶者として離婚自体が否定される可能性がどの程度あるかを検討しておく必要がありますので、自分に非があると考える場合にはその点も含めて慎重に検討しておくべきです。

 

 5 年金分割 

①請求する側

 年金分割を求めるには、あらかじめ必要な書類を取り付けておくことや合意方法に気を付けるべき点がありますので、事前の検討が有効です。

 

②請求されることが予想される側

 年金分割においてどの程度のものが分割されるかを検討しておくことは有益ですが、婚姻期間が短いようなケースでは請求されないこともありますし、年金分割の按分割合について争うことは困難な場合も多いため、他の検討事項に比べれば優先度は低くなります。

 

 離婚を考えた場合には概ねこのような視点で状況を整理しておくと、いざ実行に移そうと思った場合にどこが問題になりそうか、ある程度クリアになると思いますので、参考にしていただければ幸いです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月14日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用・養育費の請求方法と注意点

 

 別居することになった場合、離婚するまでの生活費として重要になるのが婚姻費用であり、離婚後の子どもとの生活のために重要となるのが養育費です。

 では、いざ婚姻費用と養育費を請求しようと思った場合、いったいどうやって請求すれば良いのでしょうか? 

 

婚姻費用

 【裁判所外での請求に決まった方式はない】 

 実は、婚姻費用を裁判所外で請求する方法に、こうでなければならないという決まった方法はありません。

 そのため、相手方が誠実に話し合いに応じる可能性が高いのであれば、口頭でもメールでも良く、方法は問いません。

 

 【請求した時点の証拠化が重要】 

 もっとも、実際のケースでは金額や支払いの期間などを巡って交渉しなければらならないことも多いですし、残念ながら請求しても何かしら理由をつけて相手が話し合いに応じないケースもあります。

 

 このように交渉で解決せず、最終的に裁判所での審判にまで至るケースでは、請求した時点に遡って支払いを命じてもらえることが多いのですが、そこで問題となるのが、果たしていつ請求したのかということです。

 つまり、口頭での請求だと実際にいつ請求したのかが不明確であるため、協議が整わず裁判所に問題が持ち込まれた場合、請求したことが証拠上明確になった時点、すなわち調停時までしか遡ってもらえないことがあります。

 そのため、裁判所での解決を求める前に任意で交渉する場合には、少なくとも、いつ婚姻費用を請求したのかを明確に証拠化しておくことが重要となります。

 この点については、内容証明郵便で婚姻費用を請求した場合にその時点まで遡って支払いを命じた裁判例(東京家裁平成27年8月13日決定)がありますので、少なくとも内容証明郵便で請求しておけば安心です。

 もっとも、証拠として残す方法はなにも内容証明郵便に限らず、例えば電子メールなどであっても、それが相手に到達した事実と到達日を証明できればそこまで遡ってもらえる可能性がありますので、最低限、そのような形で証拠化しておくことをお勧めします。

 

養育費

 【離婚と同時に取り決めする場合】 

 この場合は離婚と同時に養育費の支払いがスタートするため、請求の時期や請求方法については特に気をつけることはありません。

 ただし、ご相談を受けていると、口頭で養育費の合意をしたものの離婚協議書などの形にしていないことがあり、そのようなケースだと改めて養育費の請求をやり直さなければならないこともあるため、離婚と同時に養育費を合意する場合には形にしておくことが重要です。

 

 【離婚後に請求する場合】 

 このケースでは基本的に婚姻費用と同様に考えてよく、当事者間での交渉からスタートする場合にはまずは請求したことを明確に証拠化し、解決が難しければ調停・審判という流れに至ることになります。

 

協議が難しければいきなり調停を起こしても良い

 なお、様々な事情から婚姻費用と養育費について相手と交渉することができない場合もあると思いますが、その場合には交渉を省いて調停を起こしても手続上は問題ありません。

 むしろ、別居に至る経緯や離婚の際の事情によっては、交渉を挟むことがかえってトラブルを招く場合もあり得ますので、そのようなケースであれば初めから調停を起こすことを考えることになります。

 

 

 今回は、婚姻費用や養育費を請求する方法や注意点についてお話ししました。

 交渉からスタートする場合には請求したことを証拠化しておくこと、取り決めしたことはきちんと形にしておくことが重要ですので、それらの点に気を付けていただきたいと思います。 

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用・養育費の不払いと勤務先情報の開示手続について

 

 婚姻費用・養育費について公正証書や調停などで取り決めをしても、残念ながら途中で支払いが滞ってしまう例がありますが、今回は、不払いに対する対応手段として新設された制度についてお話しします。

 

口座の差押えは実行性が乏しいケースが多かった

 養育費などの未払いがあった場合、公正証書や調停調書などの債務名義があれば強制執行によって財産を差し押さえるというのがセオリーですが、養育費などの未払いをする人には財産もないことが多く、これまでは預金口座を差し押さえても空振りになる例が少なくありませんでした。

 

給与を差し押さえるのが有効だが職場が分からないことが課題だった

 そのため、婚姻費用や養育費の不払いがあった場合には給料に対する強制執行をするのが有効な手段でしたが、別居や離婚から時間が経過してしまうと相手がどこで働いているのかわからなくなる場合もあり、そのようなケースでは給料の差押えをすることもできないという問題がありました。

 

民事執行法の改正によって、勤務先情報を得られるようになった

 婚姻費用や養育費については女性が権利者になる例が多く、収入が乏しい場合は婚姻費用や養育費が生活維持にとって非常に重要となりますが、このように保護すべき要請が強い権利であるにもかかわらず強制執行に実効性が伴わない状態が続いていました。

 そこで、今回、民事執行法が改正され、2020年4月1日から婚姻費用や養育費などの権利を有する人が公正証書や調停調書、審判書、判決などの債務名義を有する場合、裁判所に対する申し立てによって市町村や日本年金機構、公務員の共済組合等から相手の勤務先情報の開示を受けることができるようになりました。

 

情報開示だけで不払いの解消につながる可能性もある

 裁判所が情報提供命令を発したことや給与情報が開示されたことは、不払いをしている債務者にも通知されます(民事執行法第206条2項、同205条3項、同208条2項)。

 この手続が実施されたことは強制執行の準備をしていることの表れですが、預金などの流動資産と違って勤務先は軽々に変えることができない場合が多いため、情報開示後に実際に差押手続にまで至らずとも、開示手続が開始された時点で差押えを恐れ、自発的に支払いをする債務者もいると思われます。

 また、このような制度があるということがきちんと知識として広まれば、給与所得を得ている債務者は差押えを嫌い、不払いが発生する事例も減っていくことが一定程度期待できます。

 

公正証書や調停調書などでは、「婚姻費用」や「養育費」と明確に定めるべき

 このように、婚姻費用や養育費の不払いについては勤務先情報の開示という新たな対抗手段が設けられましたので、給与所得者に限られるという限界はあるものの、これまで回収を断念していた方が強制執行によって回収できるようになる可能性が出てきましたし、これから養育費等の取り決めをする人についてもこの制度は有効な手段となり得ます。

 もっとも、勤務先情報は債務者に与える影響も大きく、そのために婚姻費用や養育費などの一定の権利に限って認められるものです。

 公正証書や調停調書などで「婚姻費用」、「養育費」などと明確に定めれば良いのですが、実務的には「解決金」や「和解金」なとという玉虫色の名目で取り決めをする例もあり、このような定め方をすると開示制度の利用ができない可能性もありますので、これから取り決めをする場合にはきちんと名目を明らかにしておく必要があります(なお、判決や審判であれば裁判所が決めるためそのような問題はありません)。

 

勤務先情報の開示を受けるには、いくつかの条件がある

 婚姻費用や養育費等の権利者がこの手続きを利用するには、概ね以下のような条件が必要となっていますが、これらの条件を自分だけでみたすのは難しい場合もあるかと思いますので、必要に応じて弁護士への相談を推奨します。

 

主な条件

①執行力のある債務名義を有していること

②債務者に対して債務名義の正本又は謄本が送達されていること

③3年以内に財産開示手続が行われたこと

④以下のⅰかⅱのいずれかをみたすこと

ⅰ 6か月以内に行われた強制執行(又は担保権の実行)による配当で全額の弁済を受けられなかったこと

ⅱ 債権者が通常行うべき調査をし、その結果判明した財産に強制執行等をしても全額の弁済が得られないことの疎明があったこと

 

 ③の財産開示手続とは、今回の改正で新設された第三者からの情報取得制度ができる前から存在した制度で債務者自身に財産状況を報告させる制度ですが、従来は罰則が軽かったこともありあまり活用されていませんでした。

 今回の改正によって、財産開示手続に対して正当な理由なく出頭を拒否したりや回答拒否をした場合には刑罰を科せられることになりましたので、第三者から勤務先情報を得る前に、まずは債務者自身に財産情報を開示させることが必要とされました。

 

 ④は、いわゆる執行不奏効要件といわれるものですが、ⅱに記載のあるとおり実際に強制執行をすることまでは必要ではありません。たとえば、財産開示手続に債務者が出頭しなかったり、あるいは開示された内容にめぼしい資産がなかった場合には、そのような財産開示手続の結果もⅱの条件をみたすかどうかの判断材料になると思われます。

 

 婚姻費用や養育費は、本来、配偶者や子どものセーフティネットとして位置づけられるべきものと思いますが、現状は残念ながらそのような機能を果たしているとは言い難く、経済的に苦しい思いをしている方が多くいらっしゃいます。今回の改正法の活用によって、婚姻費用や養育費の不払いで困る方が少しでも減ることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

不貞行為に基づく慰謝料請求でLINEデータの証拠能力と信用性が争われた事例

 

 不貞行為に基づいて慰謝料請求をする場合、もっとも頭を悩ませるのが証拠の確保ですが、最近ではメールやSNSでのメッセージのやりとりが証拠として提出される例が多くなっています。

 しかし、このようなものを証拠として使用する場合、相手から証拠の収集方法に不正があり証拠としては使えない(証拠能力)とクレームがつく場合があり、また、デジタルデータは改ざんが容易であり、このデータも改ざんされたものであって証拠として信用できない(信用性)、という反論がなされることもあります。

 そこで今回は、不貞行為の慰謝料請求について、LINEデータの証拠能力と信用性が問題となった最近の裁判例を一つご紹介したいと思います(なお、本件で問題となったのは、スマートフォンアプリのLINEのトーク履歴ではなく、ログイン機能のあるPC版のLINEでのやりとりに関するものです)。

 

東京地裁平成30年3月27日判決

 この裁判は配偶者の一方が不貞相手に対して慰謝料請求をした事案ですが、その中で提出されたLINEデータについて、①不正に取得されたものであるから証拠として使用できない(証拠能力)、②使用できるとしても中身が改ざんされたものであるため証拠として信用できない(信用性)、という形で争われました。

 

 【証拠能力に関する判断基準】 

 この判決では、まず、民事訴訟において使用できる証拠の範囲(証拠能力)について、以下のように判示しています。

 

「民事訴訟に関しては,証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在しない。この点,訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現が民事訴訟の重要な目的の一つであるとしても,同時に,民事訴訟の場面においても信義則が適用されることからすれば(民事訴訟法2条),訴訟手続において用いようとする証拠が,著しく反社会的な手段によって収集されたものであるなど,それを証拠として用いることが訴訟上の信義則に照らしておよそ許容できないような事情がある場合には,当該証拠の証拠能力が否定されると解すべきである。」

 

 【証拠能力に関する被告の主張と裁判所の判断】 

 

 1 住居侵入 

 まず、被告は、原告は持っていた鍵を使って別荘に無断で侵入してLINEデータを取得したとして、この証拠は住居侵入罪を犯して不正に入手したものであるため証拠能力がないと主張しましたが、裁判所は以下の事情からこの主張を退けました。

 

①原告がLINEデータを入手したのは別居を開始した約2か月後であるものの,その時点ではまだ別荘の鍵を所持しており,それを使用して入ったこと

 

②別荘は,婚姻後に配偶者が購入し,以後,配偶者とその家族が使用してきたものであること

 

③別荘は平成25年の贈与を原因として、平成26年に親名義に名義変更されているが,実際に名義変更がなされたのはLINEデータの入手後であること

 

④別荘は,平成25年の贈与日以降も配偶者及びその家族が使用し続けていたこと

 

→①~④からすると,原告に建造物侵入の故意があったかどうかも定かではなく,また,別荘への立入方法が著しく反社会的であると評価できるものではない。

 

 2 不正ログイン 

 次に、被告は、原告が無断でIDとパスワードを入力してログインし、LINEデータを不正に取得したと主張し、配偶者もその主張に沿う供述をしましたが、裁判所は以下の事情を示してこの主張も退けました。

 

 ・配偶者の供述内容 

①別荘に置いてあるパソコンは自分専用のものであり,パソコンにログインするためにはパスワードが必要であるが,それは誰にも教えていない

 

②LINEデータはアカウント内にのみ保存してパソコンのハードディスクには保存しておらず,このデータにアクセスするためには,アカウントのIDとパスワードを入力してログインする必要がある

 

③アカウントのIDはGmailアドレスと同一のためGmailアドレスを知っている者であればIDを知り得るが,パスワードは誰にも教えておらず,このパスワードはパソコンにログインするためのパスワードとは別のものである(ただし、いずれも,家族で共用している他のパスワードから推測することは可能)

 

④原告が立ち入った当時、建物内にあるパソコンとアカウントがいずれもログイン状態にあったことはない

 

 ・裁判所の判断 

①仮に、配偶者の言うとおりであったとすれば、原告はLINEデータを取得するためにPCとアカウントそれぞれに設定されていた二重のパスワードをいずれも探し当ててログインしたことになるが,いくら配偶者が他に似たようなパスワードを使っていて、原告がそれを知っていたとしても,そのような行為を成し遂げる可能性は相当に低い

 

②そもそもアカウントのパスワードを探知できるのであれば、自分のパソコンを使用するなどして配偶者のアカウントにログインできるのであって、別荘で行う必要性はない

 

③原告はLINEデータ入手の翌日、代理人弁護士に対し、昨夜別荘に行ったところ運良くログインしたままのPCがあったので中を見てみたこと、旅行中に証拠隠滅されたLINEのやり取りがフォルダに分けられ保存されていたこと、そのデータとともに、女性と別荘で過ごしたかも知れない写真があったためこれも一緒に送る、といった趣旨のメールを送信している

 

④約1週間前に配偶者と被告が別荘を訪れていることがうかがわれ,失念等の原因からアカウントにログインしたままの状態であった可能性は否定できないこと

 

→①~④からすれば,不正ログインによってLINEデータを入手したとは認められず,その入手方法が著しく反社会的であると認めるに足りる事情もない。

 

【証拠能力に関する判断のまとめ】

 このように、裁判所は、住居侵入、不正ログインの主張についていずれも認めず、結果として問題となったLINEデータの証拠能力を認めました。

 

 このうち住居侵入については、住居侵入の故意があったとまでは言い切れないのではないか(本人の認識)という点や、原告が以前に渡された鍵を使って入ったという事情(立入の態様)を考慮して、立ち入りは著しく反社会的な方法ではないと判断しています。 

 

 また、不正ログインについては、二重のパスワードを突破することができる可能性は低いことや、パスワードを知っていればわざわざ別荘に入る必要がないこと、データ入手後の弁護士へのメール内容といった事情を総合し、不正ログインがあったとは言えないという事実認定がなされています。

 

 以上のとおり、本件は具体的な事実関係をもとに証拠能力が認められましたが、仮に住居侵入や不正ログインがあったという認定だった場合、証拠能力が否定された可能性があった事案と思われます。

 

信用性に関する判断

 次に,証拠としての信用性について、裁判所は以下のように判断してLINEデータが被告と配偶者とのやりとりであることを認め、記載内容の正確性についても認めました。

 

 ・被告の主張 

①LINEデータがテキストデータであり、ねつ造ないし改ざんが可能である

 

②LINEデータの一部はやり取りの相手が「Unknown」となっており、その相手が被告かどうかも疑わしい

 

 ・裁判所の判断 

①被告は,平成26年のある時期から毎日のようにLINEのやり取りをするようになったと供述しているが,LINEデータはその期間に対応していて、やりとりもほぼ毎日であること(供述と証拠の整合性)

 

②被告自身,細かい部分はともかくLINEデータにあるようなやり取りをしたことはあった旨供述していること

 

③やり取りの相手が「Unknown」となっている部分においても、いたる所で被告の名前に相当する名称が記載されていること

 

④LINEデータには、原告が知り得ない被告の子の名前や愛称、被告の知り合いの名前が記載されていること

 

⑤LINEデータが約3か月半に及ぶ期間のほぼ毎日の膨大なやり取りのデータである(A4用紙で147頁分)ことからすれば、一から作成することはもとより、つじつまを合わせながら原告に都合が良いように改変することも極めて困難であること

 

⑥被告が具体的な改変箇所を一箇所も指摘していないこと

 

→①~④の事情からすれば、LINEデータは原告の配偶者と被告との間のやりとりと認められ、⑤⑥の事情からすればLINEデータの正確性は担保されていると認められる

 

証拠収集は慎重に行う必要がある

 本判決では、民事訴訟における証拠能力が制限される場合について一般的な基準を示していますが、その判断内容自体は特段目新しいものではなく、住居侵入や不正アクセス禁止法違反など刑事上罰せられるような行為によって取得した証拠については証拠能力が否定される可能性があります。

 不正アクセスの点について、本件ではLINEデータの取得時にパソコンとアカウントがログイン状態にあったかどうか(=IDとパスワードを入力してログインしたかどうか)が争点となりましたが、この判決は具体的な事実関係から不正ログインの主張を排斥したものにすぎませんので、事案が異なれば証拠能力が認められるとは限りません。

 少なくとも、今回ご紹介したように、実際の裁判で集めた証拠の証拠能力が問題とされるケースがあることは事実ですので、慰謝料請求などを考えて証拠を集める場合にはやり方を工夫する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮