協議離婚で公正証書を作るまでの流れ

 

 離婚手続には協議・調停・裁判の3つの方法がありますが、このうち当事者間での協議により離婚する協議離婚が早期解決に適しています。

 

 他方、協議離婚で何らかの取り決めをしても、口頭で約束したケースでは「そんな約束はなかった」、当事者間で協議書を作ったケースでも「無理矢理書かされた」などと合意の成立が争われることがあったり、相手が約束を破ったときに合意内容を実現することができず別の手続をしなければならないといったトラブルが起きることがあります。

 

 そのため、協議離婚をする際に後日のトラブルへの備えとして公正証書を作成する方法がとられることがありますが、今回は公正証書を作るまでの流れについてお話しします。

 

公正証書作成までの流れ

 

STEP1 当事者間での協議

公正証書を作成する場合、前提として夫婦間で協議を行い、離婚条件や協議書を公正証書の形で作成することについて合意しておく必要があります。

 

離婚協議には、当事者同士で協議する方法のほか、双方が弁護士に依頼する方法、どちらか片方だけが弁護士に依頼する方法がありますが、どのような方法によるべきかは事案によって異なります。

 

協議の内容も多岐にわたりますが、一般的な協議事項としては、離婚届の提出者、親権者、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料、年金分割といったものがあり、ケースによってそれ以外の事項についても適宜協議を行うことになります。

 

協議をする時点で具体的な文言まですべて決めておく必要まではありませんが、お金の問題については合意内容をできる限り細かく決めておくと後々手続がスムーズに進みます。

 

たとえば養育費であれば、支払開始時期、支払終了時期、一人あたりの毎月の金額、支払日(毎月25日など)といった事項を協議し、財産分与や慰謝料であれば、支払総額、支払方法(一括か分割か)、支払日、分割払いのときは回数、各回の支払金額・支払期間・各回の支払日・支払いを怠ったときの一括払いその他のペナルティなどについて協議します。

 

また、後々の追加請求を防ぐため、通常、協議書に定めた事項以外にはお互いに請求しない旨の条項(清算条項)を入れることも協議します。

STEP2 事前打ち合わせ

当事者間で合意が得られ、ある程度内容が固まった時点で公証人役場に連絡します。

 

公証人役場に連絡を入れるのはどちらからでもかまいませんが、通常は公正証書の作成を希望する側がやりとりをすることが多いと思います。

 

日本公証人連合会のホームページには最寄りの公証人役場の所在地・電話番号・連絡用メールアドレスが記載されていますので、そちらを通じて連絡し、公正証書の作成を希望していることを伝えます。

 

公証人役場に連絡を入れると、その後は適宜の方法によって合意内容の確認をされますが、事前の協議で合意した内容が法律的にみて不明確・不十分なときは、必要に応じ夫婦間で再協議をしながら公証人役場とのやりとりを進めていくことになります。

 

内容が十分に固まっていない状態で公証人役場とやりとりしても次のステップには進めず、夫婦間で何度も協議をし直さなければならなくこともありますから、事前に内容を十分詰めておくことがポイントです。

 

先ほど述べたとおり、特にお金のやりとりについては支払条件に関する取り決めが不十分になりがちですので注意が必要です。

 

また、公証人役場からは、作成したい公正証書の内容に応じて必要書類等の準備の指示と写しの事前提出を求められますが、年金分割をするときに必要となる「年金分割のための情報通知書」は取得するのにある程度時間がかかりますので、公証人役場に問い合わせをする段階で取得しておくのがお勧めです。

 

代理人が出頭して公正証書を作成する場合は本人確認資料に加えて委任状や代理人の本人確認資料が必要となるため、公証人役場には早めに代理人による作成を希望していることを伝え、それを踏まえて資料の準備を進めます。

 

公証人役場との事前協議が終わると、公証人が合意内容を公正証書案という形にまとめますので、今度はこれを双方で確認します。

STEP3 日程調整等

公正証書の文案が確定すると作成費用も決まり、その後、公証人役場に行く日を当事者間で決めて公証人役場との間でも日程を調整します。

 

公正証書の作成費用をどちらが負担するかは特に決まりはないため、単純に折半したり、公正証書の作成を希望する側が負担する方法、収入に応じて案分負担するといった方法を適宜選択します。

 

なお、作成費用の負担に関する取り決めを公正証書に盛り込むことも可能ですが、文案が確定しないと作成費用も決まらないため、この場合は概算額を前提に負担額を合意してしまい、それを記載するか、あるいは金額はあえて明示せず単に折半するなどと記載することが考えられます。

STEP4 当日の出頭など

以上のような事前準備を整え、作成日当日には本人や代理人が公証人役場に出頭します。

 

当日の持参資料を忘れるとその日の作成ができなくなりますので、原本が必要かどうかも含め、当日の持参資料についてはきちんと確認をしておきます。

 

ちなみに、作成費用については、令和4年4月1日からクレジットカード( VISA・Master・JCB・Diners・AMEXの5種類のみ)による支払いも可能となりました。ただし、公正証書を送達するための料金についてはクレジットカード決済は使用できません。

 

作成日当日は公証人が本人確認を行ったうえで公正証書の内容を確認し、双方異論がなければ公正証書の原本に署名・押印して写しを受領し、公正証書の作成手続は終了となります(現金払いのときはこのときに作成費用を支払います)。公正証書の作成が終了したら、事前の取り決めに従い離婚届を役所に提出します。 

 

公正証書の作成が終了すると当事者双方は公正証書の写しを受領しますが、お金の支払いを受ける側(債権者)は、お金を支払う側(債務者)の支払いが滞ったときの強制執行の準備として、相手が公正証書を受け取ったことを証明する「送達証明書」の交付を申請しておくことがお勧めです。

 

ちなみに、債務者側が代理人を出頭させた場合、債務者の代理人にはその場で公正証書を渡す「交付送達」ができず、後日、債務者本人に公証人役場から郵送する手続が必要となりますので、送達証明書はその後に申請することになります。

 

本人が受け取る公正証書は写しのため印鑑は押してありませんが、署名・押印した原本は公証人役場で保存していますので、手元にある公正証書に押印がなくても問題はありません。

 

その他、年金分割を合意したときは別途年金機構で年金分割の手続(標準報酬改定請求)をすることが必要なため、公正証書の記載事項のうち年金分割に必要な部分だけを抜粋した「抄録謄本」の申請もしておくとよいと思います。

 

 以上、離婚協議で公正証書をつくるときの一般的な流れや注意点についてご説明いたしました。

 

 公正証書は当事者同士で協議した結果をまとめるものですから必ずしも弁護士の関与が必須というわけではありませんが、ご自分で対応するのが難しい事情があるときは、相手との協議から公正証書の作成に至るまでの一連の流れについて弁護士に委任することもご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2023年1月20日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫に認知した子どもがいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 子どものいる夫婦が別居するなどして離婚までの間の婚姻費用の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、婚姻費用を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで婚姻費用を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・別居によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の婚姻費用と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

権利者世帯に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者(B)と、Bが養育する子(C・D)に対する生活費(年額=Z)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

B・C・Dに割り振られる生活費(Z)

=義務者(A)から割り振られる額(X)

+権利者(B)から割り振られる額(Y)

 

X=Aの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

Y=Bの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数)

 

※権利者であるBはAの認知した子(E)に対して扶養義務を負わないため、Yの計算ではEの生活費指数は考慮しません。

 

【B・C・Dに割り振られる生活費(Z)】

X=246万円×224÷(100+100+124+43)≒150万1471円

 

Y=50万円×224÷(100+100+124)≒34万5679円

 

Z=X+Y=184万7150円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された権利者世帯に割り振られる生活費(Z)のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

権利者世帯に割り振られる生活費(Z)-Bの基礎収入

 

【Aの負担額(年額)】

184万7150円-50万円=134万7150円

 

【Aの負担額(月額)】

11万2262円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子に養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の婚姻費用から認知した子に支払っている養育費の金額をから差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、権利者世帯に対する婚姻費用を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫に認知した子どもがいる場合の養育費の計算方法

 

 子どものいる夫婦が離婚に伴って養育費の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、養育費を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで夫婦間の子の養育費を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで養育費を計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・離婚によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の養育費と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

夫婦間の子に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者が養育する子(C・D)に対する生活費(年額)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

Aの基礎収入×C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

【C・Dに割り振られる生活費】

246万円×124÷(100+124+43)≒114万2472円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された夫婦間の子に割り振られる生活費のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

C・Dに割り振られる生活費×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Bの基礎収入)

 

【Aの負担額(年額)】

114万2472円×246万円÷(246万円+50万円)=94万9486円

 

【Aの負担額(月額)】

7万9123円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子にも養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の金額から認知した子に支払っている養育費の金額を差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、夫婦間の子の養育費を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

婚姻費用・養育費の計算において、年金はどう扱われるか?

 

 別居や離婚に伴って婚姻費用や養育費の取り決めをする際、当事者の一方が年金を受給していることがあります。

 

 婚姻費用や養育費を請求する際にはいわゆる標準算定方式による簡易算定表が広く用いられていますが、この簡易算定表では給与所得者や自営業者に関する表しかないため、年金受給者がいる場合に収入をどう考えるべきかというのが今回のテーマです。

 

年金を給与へ換算する

 

 先ほど述べたとおり、簡易算定表では給与所得者と自営業者を前提とした表しかありませんが、年金収入については給与所得者における職業費が生じないため、年金を給与収入に換算する方式がとられます(年金と給与があるときは換算後の年金と給与を合算します)。

 

換算方法

 

 具体的な換算方法は、給与所得者の職業費の統計値が算定表改訂後では概ね15%であることから、年金額を85%で割り戻して(=年金額÷0.85)、年金を給与に換算する方法がとられます。

 

 したがって、たとえば年金として年間100万円を受給しているのであれば、受給者の年金を【100万円÷0.85=1,176,470円】として、これを前提に算定表に当てはめていくことになります。

 

障害年金は?

 

 なお、年金の中には、国民年金等以外にも障がい者に対して支給される障害基礎年金・障害厚生年金がありますが、これらは受給者の自立等のために支給されるものであるとして婚姻費用等の計算において除外すべきという考え方もあります。

 

 しかし、障害基礎年金が子どもがいる場合に加算される場合があること(国民年金法33条の2)や、障害厚生年金についても65歳未満の配偶者がいる場合に加算されること(厚生年金法50条の2)からすると、制度上、本人以外の家族の生活費としても使用されることが想定されているといえることなどから、婚姻費用等の計算においても収入に含めて計算する考え方の方が有力と思われます。

 

 この点については、実際の裁判例でも障害年金について収入として取り扱い、年金額を0.85で割り戻して婚姻費用を算定した例があります(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判)。

 

 ただし、障害年金については、国民年金等の場合とは異なり、受給者の医療費などの特別経費があることを別途考慮する必要があることに注意が必要です。

 

 たとえば、上記裁判例では、障害年金を給与に換算して婚姻費用を計算すると概ね14万円程度になったものの、障害年金を受給している義務者には年間6万円程度の医療費がかかることなどを考慮して最終的な分担額を13万円に軽減しており、そのほかにも、福岡高裁平成29年7月12日決定においては、権利者側の収入に障害年金が含まれていることを考慮して、換算後の収入をもとに計算した婚姻費用から若干の上乗せを行っています。

 

 

関連裁判例
さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判

「障害者年金は、前記認定事実記載のとおり子らのための相当額の加算もあり、受給する申立人及び子らの生活保障の一部といえるから、申立人の収入と評価するのが相当である。ただし、障害者年金は職業費を要しない収入であり、標準算定方式の前提となった統計数値により、全収入における職業費の平均値である15%で割り戻すのが相当である。」

 

「標準算定方式における算定表[(表16)婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子0~14歳)]に当てはめると、12万円ないし14万円の上限程度と算定される。前記認定事実によれば、申立人が、障害者年金受給の前提となった病状についての治療費を、障害者年金額からではなく生活保護における医療扶助によっているのに対し、相手方は、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることなどに鑑み、相手方が負担すべき額は月額13万円とする。」

 

※抗告審の東京高裁令和4年2月4日決定も原審の判断を維持。

福岡高裁平成29年7月12日決定

「相手方世帯に割り振られる婚姻費用は、・・・106万2017円(月額8万8501円)となる。ただし、相手方の収入の一部が障害基礎年金であり、医療費等の特別経費を通常よりも多くみる必要がある点を考慮すると、婚姻費用月額は、少なくとも9万円を下回ることはないというべきである。」

 

※申立人(義務者)が、障害年金を受給している相手方(権利者)に対して婚姻費用の減額を申し立てたところ、標準算定方式による相当な婚姻費用は月8万8501円であるが、相手方には医療費等の特別経費があるため計算結果から若干の上乗せをした9万円を相当としたもの。

 

弁護士 平本丈之亮

 

別居中に生活用品の引き渡しを求めることは可能か?

 

 離婚する場合、同居しながら離婚について協議できる場合だけではなく、別居した上で条件面について協議や調停などを行うことが一般的に行われます。

 

 この場合、事前に良く話し合いをした上で別居できれば別居後の生活に支障が生じることはありませんが、実際には様々な事情から着の身着のままで別居に踏み切らざるを得ないこともあり、そうすると衣類や生活用品が足りず、当面の生活に支障を生じることもあります。

 

 別居時に自宅においてきた生活用品の中には、夫婦の協力により取得したといえるもの(=夫婦共有財産)と、結婚前に購入したり贈与で取得した物あるいは婚姻期間中に所得したものではあるが衣類や安価な装飾品など社会通念上夫婦の一方が所有するべきと考えられる専用財産(=特有財産)がありますが、別居中にこのような生活用品がどうしても必要になった場合、一方の配偶者は他方の配偶者に対して生活用品の引き渡しを求めることができるでしょうか?

 

特有財産の場合

 

 相手が占有している生活用品が特有財産である場合、特有財産は財産分与の対象にはなりません。

 

 そのため問題となる生活用品が特有財産であることを証明できるのであれば、所有権に基づいて相手に対して引き渡しの請求ができる可能性があります。

 

 

夫婦共有財産の場合

 

 これに対して夫婦共有財産については、本来、その帰属は離婚時の財産分与の問題の中で取り扱われるべきものです。

 

 そして、夫婦共有財産については、今回のようなケースとは異なりますが、夫婦の一方が別居時に持ち出した共有財産について財産分与とは別に裁判で直接返還を求めることができるかどうかが争われたケースにおいて、当事者間で協議がされるなど具体的な権利内容が形成されない限り相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないとして返還請求を否定した裁判例が存在するため(東京地裁平成27年12月25日判決など)、このような裁判例の存在を前提とすると生活用品が夫婦共有財産にあたる場合には引き渡しは認められないようにも思えます。

 

 もっとも、このような裁判例とは別のものとして、別居中の夫婦であっても夫婦である以上は原則として互いに協力扶助の義務を負うことから(民法752条)、別居中の夫婦の一方が他方に対して生活上必要な衣類や日用品等の物件の引渡を求めたときは、求められた側は自己の生活に必要でない限りこれに応じる義務を負うとした裁判例も存在しています(大阪高裁平成元年11月30日決定)。

 

 この裁判例は、問題となる物件が特有財産か夫婦共有財産かという観点ではなく、それが相手にとって生活上必要なものであり、他方で自分にとっては必要でないときは民法752条により引渡義務が認められると判断していますので、対象物件が夫婦共有財産にあたる場合でもこのような条件を満たすときには引き渡しが認められる可能性があるということになります(ちなみに決定によると自己所有物件が含まれているときでも民法752条を根拠に引き渡しを認めることができるように読めるため、特有財産については所有権に基づく引渡請求のほか、民法752条に基づく引渡請求も認められる可能性があるように思われます(私見))。

 

大阪高裁平成元年11月30日決定

「別居中の夫婦であっても、また既に離婚訴訟が裁判所に係属していても、夫婦である限り原則として右規定(注)にいう協力扶助の義務を免れることはできず、その一方は他の一方に対し事情に応じた協力扶助を求めることができるものと解するのが相当であるから、その一態様として、別居中の夫婦の一方が他の一方に対し生活上必要な衣類や日用品等の物件の引渡を求めた場合には、他の一方は自己の生活に必要でない限り、これに応じる義務を負うものといわなくてはならない。また、別居中の夫婦の一方が他の一方に対して引渡を求める物件の中に自己の所有物件が含まれている場合、これについては民事訴訟法上の仮処分によってその引渡を求めることができるとしても、そのために右仮処分とは趣旨・目的を異にする家事審判法による審判前の保全処分が許されないものとする理由はない。」
 
注 民法752条

 

 以上述べたとおり、生活用品が特有財産であれ夫婦共有財産であれ引き渡しが認められる可能性はあると思われますが、生活用品の引き渡しについて、これを離婚の協議や調停などとは別の手続で求めるのが果たしてベストな選択といえるかどうかについては良く考えるべきです。

 

 そもそも離婚問題は双方が高葛藤の状態にあることが多く話し合いによる解決が元々難しいケースがあるところ、協議すべき本体部分とは別に動産の引き渡しについて裁判等で求めると離婚本体について話し合いベースでの解決が不可能になり、裁判にまで発展してしまうこともあり得るためです。

 

 このように、協議や調停などの話し合いの中で任意の引き渡しを求めるにとどめておくべきか、それとも裁判などを起こすべきかについては、①離婚本体について話し合いによる解決をどの程度希望しているか、②解決までに要する期間としてどの程度までであれば許容できるか、③問題となっている生活用品の重要性や価値、④別途裁判などを起こす場合にかかる金銭的コストの程度、などをもとにして慎重に検討する必要がありますので、この点が問題となったときは弁護士への相談を推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2022年9月2日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫婦関係が円満な間に過当に負担した婚姻費用は財産分与で考慮されるか?

 

 離婚協議等において財産分与が問題となるとき、財産分与をする側の配偶者から、夫婦関係がうまくいっていた期間に生活費を多く払い過ぎていたとして、過去に払いすぎた分を財産分与から差し引くべきだと主張するケースがあります。

 

 婚姻費用は夫婦双方の資産、収入その他一切の事情を考慮して分担するものとされていますが(民法760条)、実務上採用されている標準算定方式に基づき作成された「簡易算定表」に基づいて計算するとおおよその標準額が算出できるため、一見するとこのような差額清算にも合理性があるようにも思えます。

 

 しかし、夫婦関係が円満な間、夫婦はお互いに妥当な婚姻費用がいくらなのか、あるいは払いすぎの部分を後で清算しようなどということは意識していないことが一般的であり、生活費の負担方法や額について夫婦が了解した上で共同生活を営んでいたにもかかわらず、婚姻関係が壊れてからこのような過去の分の差額清算を認めることは相手方にとって酷な場合もあります。

 

 そこで今回は、果たしてこのような主張は認められるのかについてお話しします。

 

夫婦円満な間における生活費は原則として贈与

 

 この点については、このような円満期間中における婚姻費用は配偶者の一方から他方に対する贈与の趣旨であると考えて超過分の清算は不要とする見解があり、過去の裁判例においても原則として贈与とみるべきと判断したものがあります(高松高裁平成9年3月27日判決)。

 

高松高裁平成9年3月27日判決

「離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるに当たっては、夫婦の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第七〇六号、同年一一月一四日第三小法廷判決・民集三二巻八号一五二九頁参照)。しかしながら、夫婦関係が円満に推移している間に夫婦の一方が過当に負担する婚姻費用は、その清算を要する旨の夫婦間の明示又は黙示の合意等の特段の事情のない限り、その過分な費用負担はいわば贈与の趣旨でなされ、その清算を要しないものと認めるのが相当である。」

 

 過去の婚姻費用を財産分与においてどのように考慮するべきかに関しては、別居以降の未払い分を考慮(加算)することは認められています。

 

 他方で、別居中にいわゆる標準算定方式で計算した金額を超える額を負担していたケースでは、原則として差額清算(控除)を否定した高裁レベルでの裁判例があり(大阪高裁平成21年9月4日決定)、円満期間中の超過負担部分についても上記のとおり原則として考慮(控除)されないとの高裁裁判例があることからすると、別居の前後を問わず、婚姻費用の超過払い分を財産分与で考慮すべきという主張が採用される可能性は高いとはいえないように思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

不貞行為を隠されて離婚してしまった場合、その後に改めて慰謝料の請求ができるか?

 

 配偶者が不貞行為に及んだときは離婚の際に慰謝料の支払いを伴うことが多く見られますが、離婚協議の際、一方配偶者が不貞の事実を隠したまま慰謝料の支払いを免れようとするケースがあります。

 

 では、離婚の時点では不貞行為があったことを隠されたため分からなかったが、その後に不貞行為が判明した場合、元配偶者に対して改めて慰謝料の請求ができるのでしょうか?

 

・離婚協議書を作成せずに離婚した場合

 

 この場合は、通常、慰謝料を含む離婚給付について何も取り決めをしていないことが多いでしょうから、離婚後に不貞行為が発覚した場合には改めて慰謝料の請求が可能なケースが多いと思われます。

 

・離婚協議書を作成した場合

 

 離婚協議書を作成して離婚する場合には、作成した離婚協議書の中で「清算条項」(今後、理由の如何を問わず互いに何らの請求をしないといった文言)を記載しているケースが多く存在することから、このような清算条項があった場合、それでも改めて慰謝料の請求をすることが可能かが問題となります。

 

 もっとも、この点については、このような清算条項は錯誤によって無効(民法改正前の事案であるため「無効」ですが、改正後のケースでは錯誤の効果は「取消」になります。)であるとして、以下の通り慰謝料の請求を認めた裁判例が存在します。

 

 ただし、離婚協議書を作る場合にもいろいろなパターンがあり、たとえば弁護士に依頼して協議をまとめたような場合だと、相手の不貞行為の可能性も検討した上で清算条項を加えたのであるから錯誤までは認められないと判断される可能性もあると思われます。

 

東京地裁平成28年6月21日判決

「幼子がいる夫婦の有責配偶者からの離婚請求は一般的には認められないこと、そのような離婚には慰謝料の支払を伴うことに照らすと、被告Aが被告Bとの継続した不貞関係や婚外子の妊娠の事実を隠して、清算条項を含む本件協議離婚書を原告Cに示し署名させたことは、被告Aが、慰謝料の支払いを免れて被告Bとの再婚を果たすためであったものと認められ、その清算条項は、原告Cの要素の錯誤により無効であるから、原告Cは、被告らに対し、不貞行為による慰謝料の請求ができるものとするのが相当である。

 

・協議書の作成は慎重に

 

 いったん清算条項を記載した協議書を作成してしまうと、たとえ後で錯誤により取消ができると言っても、相手方が任意に支払いに応じることは期待できないことが多いと思います。

 

 上記判決のように運良く判明すれば後日慰謝料を請求できる場合はあると思いますが、そもそも離婚後は相手の情報が手に入らなくなるため不貞の事実をつかむこと自体が難しくなりますので、怪しいと思ったときは焦って離婚に応じることなく、ある程度じっくりと時間をかけて協議することも大事だと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年7月28日 | カテゴリー : 慰謝料, 離婚 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

扶養的財産分与として定期金を支払う旨を合意した後、減額や支払期間の短縮などを求めることはできるか?

 

 離婚した場合、夫婦は互いに扶養義務を負わなくなるため、原則として離婚後は生活費の支払いをする必要はありませんが、離婚の際の条件として、夫婦共有財産の清算や慰謝料、養育費といったものとは別に、相手方の離婚後の生活保障(=扶養的財産分与)として、一定期間、金銭を支払い続ける旨(定期金)を合意することがあります。

 

 しかしながら、当初、このような定期金の合意をしても、事後的に事情の変更が生じ、合意した金額や支払期間を少なくしたいというニーズが生じることがあります。

 

 では、扶養的財産分与として定期金の合意をした後、当初の合意内容の変更を求めることはできるのでしょうか?

 

民法880条の類推適用

 

 扶養的財産分与に基づく定期金は、上記の通り本来の扶養義務に基づくものではありません。

 

 しかし、上記のような合意をした後、それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたときは、民法880条の類推適用によって扶養的財産分与に基づく定期金の合意の変更や取消が認められる可能性があります(東京高裁平成30年8月31日決定参照)。

 

 具体的にどのような場合に変更を求められるかについては、上記裁判例では「それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたとき」としか判示されていないため、事案に応じてケースバイケースというほかはありませんが、婚姻費用や養育費の増減額請求の場合には合意当時予測可能であった事情は変更理由にならないとされていますし、軽微な収入変動等で安易に変更を認めると離婚後の生活保障という扶養的財産分与の本来の趣旨が没却されるため、ハードルは相応に高いものと思われます。

 

 他方、扶養的財産分与の趣旨が離婚後の生活保障であることに鑑みると、たとえば権利者が定期金の支払期間中に再婚し、再婚相手の収入によって安定的な生活を送ることができるようになった場合であったり、合意当時の予想に反し、権利者が相当額の収入を得られるようになった場合であれば、事情変更があったとして当初の合意内容が変更される可能性があるように思われます(私見)。

 

 離婚の条件として、一定期間の生活費の支払いを合意するケースはそれなりにありますが、今回ご説明したとおり定期金の合意をした場合でも事後的な事情の変更によって変更される可能性があります。

 

 事情変更が認められるかどうかは義務者側に生じた事情の内容やその事情による義務者の生活への影響の程度、権利者側の保護の必要性など様々な事情を総合的に検討する必要があると思われますので、事情変更による変更を求めたい場合、あるいは変更を求められた場合には弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

別居中、配偶者の一方が夫婦共有財産である自宅に居住していても、他方配偶者には居住利益相当額の不当利得返還義務はないとされたケース

 

 別居中、配偶者の一方が夫婦共有財産である他方配偶者名義ないし夫婦共有名義の不動産に住み続けることがあります。

 

 このような場合、居住していない側の配偶者からの明渡請求は権利濫用等として否定される場合があり、離婚が成立するまでの間、居住していない側の配偶者が物件そのものの明け渡しを求めることは必ずしも容易ではありません。

 

 そのため、このようなケースにおいて、非居住者側の配偶者が、居住者に対して夫婦共有財産に対する使用利益相当額の不当利得を主張して支払いを求める場合がありますが、今回は、このような権利は認められないとした裁判例を一つご紹介します。

 

東京地裁令和4年1月17日判決

 

 このケースは、非居住者側の配偶者が居住者である他方配偶者に対して不当利得返還請求をするような典型的なケースではなく、婚姻費用について合意したがその支払いを一部しなかった非居住者側配偶者が、相殺によって自己の支払義務を減らす目的で居住利益相当の不当利得返還請求権の存在を主張したものですが、裁判所は以下のように述べてこの主張を排斥しました。

 

東京地裁令和4年1月17日判決

「夫婦共有財産については、その夫婦の婚姻関係が破綻して離婚に至った場合、実質的な夫婦共有財産を含めた財産の共有関係を清算するため、財産分与が予定されていることを考慮すると、婚姻中の夫婦の一方は、夫婦共有財産について、その清算をするに際して当事者間で協議がされるなど、具体的な権利内容が形成されない限り、相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきである。

 

→一方の配偶者が自宅不動産の建物の共有持分2分の1を有しているとしても、他方配偶者は自宅不動産に居住することによって利益を不当に利得したとはいえないと判示して不当利得返還義務を否定。

 

居住利益については、婚姻費用において考慮してもらえる可能性がある

 

 上記判決は、夫婦共有財産については協議等によって内容が形成されない限り相手に主張できる具体的権利はないとして夫婦共有財産である預金の引出について不当利得返還請求を否定した裁判例(東京地裁平成27年12月25日判決)と同様の枠組みによって判断しています。

 

 今回ご紹介した裁判例は下級審の裁判例ではありますが、夫婦共有財産については協議等によって具体的権利が形成されない限り、相手に対して直接返還請求できないとした裁判例が複数存在することからすると、このような形で相手に対して金銭の請求することは容易ではないものと思われます。

 

 もっとも、一方の配偶者が夫婦共有財産である自宅、特に相手方が住宅ローンを負担している自宅に住み続けている場合には、一定の限度ではあるものの、婚姻費用の計算の場面において減額事由として考慮してもらえる可能性がありますので、このようなケースでは居住利益を直接請求するというやり方よりも、婚姻費用の計算の中で考慮してもらう方向で争う方が有効ではないかと思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年5月30日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮