交通事故での受傷後、症状固定の前に、被害者が事故とは無関係の原因で死亡したとき、後遺障害に関する損害を請求できるのか?~交通事故㉙~

 

 交通事故で不幸にも受傷し、後遺障害が残った場合、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の請求をすることになります。

 

 通常、後遺障害事案では、一定期間の治療後、これ以上は治療しても効果があがらないという段階(症状固定)になってから損害額の計算をして示談交渉や裁判手続を行うことになります。

 

 もっとも、稀なケースとして、事故後、被害者が治療を継続している最中に、肺炎などの別の病気や自死によって死亡してしまうことがあり、このような場合、相手方の保険会社から、後遺障害が確定していなかった以上、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益は支払えない、という対応をされることがあります。

 

 今回は、このようなケースにおいて、本来であれば後遺障害が残っていたはずであるとして後遺障害に起因する慰謝料や逸失利益の請求はできるのか、という点についてお話しします。

 

後遺障害が残ることがはっきりしているようなケースのときは請求できる可能性がある

 この点については否定例と肯定例の裁判例がありますが、死亡しなかったとしても後遺障害が残存した蓋然性が認められる場合には、残存したであろう後遺障害に基づく損害賠償請求ができる可能性があります。

 

肯定例

 

大阪地裁平成19年2月16日判決(自死の事例)

「前記のとおり、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係は認められないが、仮にAが自殺をしなかったとすれば、後記のとおり、Aには後遺障害が残存した蓋然性が高かったと認められる。
 そのような場合は、残存する蓋然性が高いと認められる後遺障害を負ったものとして損害賠償請求権が成立するというべきである。」

 

→被害者の治療経過をもとに、被害者には13級相当の下肢短縮障害と12級相当の右股関節機能障害の併合11級の後遺障害が残存した蓋然性があるとした上で、被害者が症状固定前に死亡したことから障害が改善した可能性もあるとして、11級本来の労働能力喪失率20%から3%を減じた17%の労働能力喪失率を認め、これを前提に後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料を肯定した。

 

さいたま地裁平成30年10月11日判決(肺炎による死亡の事例)

「亡○は、本件事故により、脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となったことが認められる。被告は、亡○の症状は改善傾向にあったと主張し、確かに、△病院に転院した平成○年○月○日頃には、亡○は開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが(乙3)、上記各証拠によれば、同時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであったこと、全身の骨折について外科的整復は行わず保存的加療となったまま、療養目的で入院していたこと、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、医師からは回復の見込みはないと告げられていたことが認められるのであって、亡○の本件事故後の状態は、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、その状態で死亡に至ったものと認められる。
 とすると、亡○について、上記等級に対応する後遺障害慰謝料を認めるのが相当である。」

 

→後遺障害慰謝料を肯定(事故当時70歳を超える高齢者で生活保護受給者であったためか、逸失利益の請求はなし)。

 

東京高裁平成31年4月11日判決(上記さいたま地裁判決の控訴審)

「亡○は、本件事故により脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となり、平成○年○月○日頃には、開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが、その時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであり、全身の骨折についても保存的加療となったまま、療養目的で入院し、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、遅くとも死亡までには症状固定したと認めるのが相当であることは、前記1説示のとおりである。亡○の後遺障害診断書(甲4)の症状固定日が空欄であることは、上記認定の妨げにはならない。」

 

否定例

 

横浜地裁平成27年7月15日判決(交通事故後の別の医療事故による死亡事例)

「ところで、被害者が症状固定前に後発の事故により死亡した場合、先行事故による後遺障害の症状固定を前提とする損害の発生を認めることができるかであるが、先行事故による障害の治療中はそれによる後遺障害の有無、程度は不明であるし(殊に他覚的所見を伴わない「神経症状」については、死亡しなければ治療の継続により先行事故に基づく後遺障害が残存しなくなる可能性も否定できない。)、死亡時を症状固定時期とみなすことも著しい擬制を前提とすることになり相当とはいえない。」

「そうすると、・・・本件事故による上記障害の症状固定を前提とする逸失利益及び後遺障害慰謝料の請求はできないというほかない。」

 

→被害者は頸椎捻挫及び腰椎捻挫により両下肢の神経症状が残り歩行さえ困難となったとして、被害者の死亡時に症状が固定し、後遺障害等級9級10号に該当する後遺障害が残存したと主張したが、上記理由により後遺障害の主張は排斥。

 

 以上のとおり、治療中に事故とは無関係の理由によって被害者がお亡くなりになった場合に、そのまま治療を継続していれば残存していたであろう後遺障害に基づく損害の請求については、肯定例と否定例が存在します。

 

 もっとも、否定例をみても、先行事故による怪我の治療中は後遺障害の有無、程度が不明であることや、怪我の内容が他覚的所見を伴わない「神経症状」であったことが大きな理由になったものと思われるため、肯定例のように治療中の段階で既に後遺障害が残存する蓋然性が高く、その程度についてもある程度見通しがつくケースであれば、残存する蓋然性のある後遺障害等級を前提に後遺障害慰謝料や逸失利益の請求が認められる可能性があると思われます(要するに後遺障害が残ったであろうことを立証できるかどうかの問題)。

 

 確かに、頸椎捻挫のように、レントゲンやMRIでは所見が認められづらい傷害だと、将来、本当に後遺障害が残存するかどうか不明な場合が多いと思われますが、肯定例のように元々の怪我の程度が重かったり、治療経過からある程度残存しそうな後遺障害が予想できる段階にまで至っていれば、症状固定前になくなった場合でも後遺障害に起因する損害を請求できる可能性はあると思いますので、そのようなケースについては弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(四輪車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉘~

 

 前回のコラムでは、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について説明しました。

 

 これに対して今回は、同じような事故状況のうち、自転車側ではなく、四輪車側に一時停止規制があった場合の過失割合についてお話しします。

 

典型的な事故状況

 

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=10:90】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【自動車が一時停止後、交差点に進入した場合】

自転車に対して+10% 

 このケースにおける基本的な過失割合は、自動車に一時停止義務違反があることを前提としたものであるため、自動車が一時停止義務を果たした場合には、その分、自動車側の過失割合が減る(自転車側の過失割合が増える)ことになります。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合(上記の図でいえば、Aの自転車が上から下に向けて右側走行していたケース)、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-5%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-5

重過失:自転車に対して-10%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(自転車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉗~

 

 これまで自転車と四輪車の接触事故に関する過失割合についていくつかのケースをご紹介してきましたが、今回は、自転車と四輪車の接触事故のうち、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について、別冊判例タイムズ38号をもとに説明します。

 

典型的な事故状況

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=40:60】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【夜間に起きた事故の場合】

自転車に対して+5% 

 夜間は見通しが悪くなりますが、自転車側からは前照灯をつけた自動車は発見しやすく、他方、四輪車からは自転車の発見が必ずしも容易ではないため、自転車側の過失が加重されます。

 

 なお、「夜間」とは、日没時から日の出までの時間をいいます。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-10%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が一時停止していた場合】

自転車に対して-10% 

 上記の基本的な過失割合は、自転車側に一時停止義務違反があることを前提としていますので、自転車が一時停止していた場合には過失割合が修正されます。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-10% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自転車が横断歩道を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 自転車横断帯がなく横断歩道しかない場所でも、そのような場所を通行する場合、自転車は横断歩道によって横断した方が安全と考えて通行する実情があり、自動車は歩行者と同様に注意してくれるであろうと期待して通行していることから、自転車横断帯ほどではないにしても、自転車側の過失割合が減算されます。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-10

重過失:自転車に対して-20%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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自転車が路外から道路を横断し、直進する四輪車と接触した場合の過失割合~交通事故㉖~

 

 以前、同一方向に進行する自転車と四輪車の接触事故に関する過失割合についてご紹介したことがありましたが、今回は、自転車と四輪車との接触事故のうち、自転車が路外から出て道路を横断しようとした際、直進してきた四輪車と接触した事故の過失割合について、別冊判例タイムズ38号をもとに説明します。

 

典型的な事故状況

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=30:70】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【夜間に起きた事故の場合】

自転車に対して+5% 

 夜間は見通しが悪くなりますが、自転車側からは前照灯をつけた自動車は発見しやすく、他方、四輪車からは自転車の発見が必ずしも容易ではないため、自転車側の過失が加重されます。

 

 なお、「夜間」とは、日没時から日の出までの時間をいいます。

 

【幹線道路で事故が起きた場合】

自転車に対して+10% 

 「幹線道路」とは、歩車道の区別があり、車道幅員が概ね14メートル以上(片側2車線以上)で、車両が高速で走行する通行量の多い国道や一部の都道府県道などが想定されています。

 

 このような道路では、路外から自転車が進入する際、自転車は通常の道路に比べて直進車の動静により強く注意を払うべきであり、他方で直進する四輪車は接触を回避する余地が少ないため、自転車側の過失が加重されます。

 

【直前直後横断の場合】

自転車に対して+10% 

 少し分かりにくい表現ですが、要するに、自動車が通り過ぎる直前に道路に出たり、自動車が通り過ぎた直後に道路に出たことで事故が起きた場合です。

 

 このような横断行為は非常に危険な行為であるため、その分、自転車側の過失が加重されます。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

自転車に+10~20%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-10%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-20~25% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自転車が横断歩道を通行していた場合】

自転車に対して-15~20% 

 自転車横断帯がなく横断歩道しかない場所でも、そのような場所を通行する場合、自転車は横断歩道によって横断した方が安全と考えて通行する実情があり、自動車は歩行者と同様に注意してくれるであろうと期待して通行していることから、自転車横断帯ほどではないにしても、自転車側の過失割合が減算されます。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

自転車に対して-10~20%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されますが、その程度には幅があることから、修正要素にも幅がもたされています。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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盗まれた自動車で交通事故を起こされた場合、所有者が損害賠償責任を負うことがある?~交通事故㉕~

 

 自動車が盗難に遭い、その後、盗んだ者が交通事故を起こすことがあります。

 

 このような場合に、運転者が交通事故によって生じた被害について損害賠償責任を負うことは当然ですが、一定の場合、盗難に遭った自動車の所有者も法的責任を負う場合があることはご存じでしょうか?

 

 今回は、盗難車両の所有者が交通事故の責任を負う場合についてお話しします。

 

泥棒運転の被害者が責任を負う場合とは?

 車両の盗難に遭った者は基本的に被害者ですから、どのような場合でも必ず責任を負うわけではありません。

 

 他方で、過去の裁判例では、所有者が第三者の運転を容認していたと非難されても仕方ないような事情があった場合には、被害者である自動車の所有者が、その後に起きた交通事故について責任を負うことを認めています。

 

 そして、そのような場合に当たるかどうかは、主に以下のような事情を考慮して総合的に判断されます。

 

自動車盗難被害者の責任に関する判断要素の一例

①駐車場所

 

②駐車時間

 

③車両の管理状況

 

④泥棒運転の経緯・態様

 

⑥盗難から事故までの時間的・場所的近接性

 

⑦盗まれた者の行動

 

責任が認められやすくなる具体的事情

 以上のとおり、窃盗被害者である所有者が交通事故の責任を負うかどうかは様々な事情から判断されますが、責任が認められやすい事情についてもう少し具体的に説明すると、以下のようなものになります。

 

・公道や公道に面する出入り自由な場所に駐車していたこと

 

・エンジンキーをつけたままドアロックをせずに駐車していたこと

 

・盗難から交通事故発生まで1~2時間程度であること

 この点については、一応、盗難から事故発生まで時間が短い方が責任が認められやすいとは言えますが、過去の事例では盗難から5時間半程度経過していても責任を認めた事例や、事故から10日以上経過していても被害者が被害届を出していなかった点を捉えて責任を認めた事例もあるようですので、これだけで責任の有無が決まるわけではありません。

 

・盗難発覚後、被害者が被害届を出していなかったこと

 

・長時間駐車していたこと

 

過去の裁判例

責任の肯定例と裁判例が考慮した事情

①横浜地裁平成28年12月7日判決

 

※原付の盗難事例

 

・被告は東側が公道に面し、駐車場への出入りを制限する柵等の設備がなく、管理人が常駐せず照明灯も設置されていない駐車場の奥側の駐車場の端部分に、管理権限者等に無断で、エンジンキーを付け、被告車両を長期間駐車したままとしていたこと

 

・被告が帰宅した直後、被告車両が紛失していることを知り警察署に盗難届出をしようとしたが、型番や車両番号が不明であるとして受け付けてもらえず、車両の登録名義人と連絡を取ってこれらを聞き出すこともできなかったほかは車両を探そうとせず、放置したままであったこと

 

【結論】

 

 以上の事実に照らすと、被告は、第三者が被告車両を無断で運転することを容認していたとみることができるものであって、第三者が引き起こした本件事故についても,自賠法3条の運行供用者責任を負う。

 

 

②東京地裁平成22年11月30日判決

 

・被告車両が駐車されていた場所は被告の支店敷地内の駐車場であり、公道との間に外壁はなく、第三者が自由に出入りできたこと

 

・被告車両は施錠されず、鍵は運転席サンバイザーに挟まれていたこと

 

→そうすると、被告は、第三者が無断で被告支店駐車場に侵入し、施錠されていない被告車両を盗み出すことは容易に予想することができ、被告は第三者が運転することを容認していたと同視されると評価されてもやむを得ない。

 

【+αの事情】 

 

・被告車両が窃取されてから事故の発生まで長くても5時間半程度しか経過していないこと

 

・本件事故現場は窃取された場所から遠隔地でもないこと

 

・被告が被告車両を盗まれた後、事故が発生するまでの間に、被告車両が運転されないようにする措置を取った事実は認められないこと

 

【結論】

 

 そうすると、事故発生当時、被告は被告車両について運行供用者としての地位を失っていなかったというべきであり、被告は本件事故によって生じた原告の人身損害を賠償すべき責任がある。

 

※この判決は、上記理由から自賠法3条の運行供用者責任を認めて人身傷害については賠償責任を認めたものの、第三者が摂取した自動車を運転したことによって事故が起きたこと自体については過失が認められないとして、物損についての賠償責任は否定しています。

 

責任の否定例と裁判例が考慮した事情

①最高裁令和2年1月21日判決

 

・盗難被害者の会社は、自動車を会社の独身寮に居住する従業員の通勤のために使用させていたものであるが、第三者の自由な立入りが予定されていない独身寮内の食堂にエンジンキーを保管する場所を設けた上、従業員が自動車を駐車場に駐車する際はドアを施錠し、エンジンキーを保管場所に保管する旨の本件内規を定めていたこと

 

・駐車場は第三者が公道から出入りすることが可能な状態であったものの、近隣において自動車窃盗が発生していたなどの事情も認められないこと

 

→会社はこのような内規を定めることにより、自動車が窃取されることを防止するための措置を講じていたといえる。

 

【+αの事情】

 

 従業員は、以前にもドアを施錠せず、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で自動車を駐車場に駐車したことが何度かあったものの、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないこと

 

【結論】

 

 以上によれば、本件事故について、会社に自動車保管上の過失があるということはできない。

 

 

②名古屋地裁平成30年6月6日判決

 

【責任を肯定する方向の事情】

 

・被告の従業員が、週6日、毎朝、施設に弁当を配達する際、日常的にエンジンをかけたまま被告車両を停車し、その場を離れることを繰り返していたこと

 

・停車場所も施設の入口付近の路上であったこと

 

→本件事故当時、被告車両は相当程度窃取され易い状況にあったと評価すべきであり、窃取時点においては、第三者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない状況にあった。

 

【責任を否定する方向の事情】

 

・被告は、被告車両が窃取された後、1時間以内に警察に被害届を提出していること

 

・被告車両が窃取されてから事故までの間に約12時間、被害届が提出されてからでも約11時間が経過していること

 

・窃取場所から事故現場までの距離も直線距離で20.38km、最短走行距離でも24.4kmもあること

 

・加害者は、被告車両を運転中、コンビニエンスストアに立ち寄ったり、2回パトカーに追跡されながら逃げ切ったりした挙句、本件事故現場付近でもパトカーに追跡され、逃走中に本件事故を発生させていることなど

 

→これらの事情は、被告が被告車両の運転を客観的に容認していたことを否定する方向の諸事情といえる。

 

【結論】

 

 以上の諸事情を総合考慮すると、本件事故当時においては、もはや被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することは困難であると言わざるを得ないから、本件事故につき、被告の運行供用者責任を認めることはできない。

 

 

③東京地裁平成8年8月22日判決

 

・本件車両は、盗難に遭った際、ドアが施錠されており、エンジンキーは外部から一見して分からないような車輪泥よけの内側部分に収納されていたこと

 

・本件車両は、路上や空き地に漫然と駐車されていたものではなく、外部との遮断が十分でないとはいえ専用の駐車場に駐車されており、同駐車場には柵や看板等も設置されていたこと

 

【結論】

 

 以上からすると、本件車両は、外部とは区画された専用の駐車場に置かれていたものであり、その車両の形状、本件事故当時の施錠と鍵の収納状況等に照らし、被告に本件車両の盗難予防上の保管管理について過失があったとは認められない。

 

盗難被害者が責任を負わないための対策

 以上のように、被害者の駐車場所が第三者の自由な出入りを禁止する構造や管理状況であった場合や、きちんとエンジンキーを抜いて施錠していたケースでは所有者の責任が否定されており、そのほかにも、盗まれた後に速やかに被害届を出していることが責任を否定する事情として考慮されているケースもあります。

 

 また、最高裁判決で示されたように、従業員に自動車を使用させているケースでは、使用者の不注意で自動車を盗まれることのないように、所有者側が内規を定めるなど盗難防止の措置を講じていることが責任を否定する事情とされています。

 

 このように、盗難被害者が交通事故の責任を負わないためには、①盗難に遭いやすい場所に駐車することを避けたり、②自動車から離れるときはエンジンキーを抜いたり施錠する、③他人に貸すときは管理を徹底させるための指示をするなど、車両管理を徹底することが基本的な対策であり、万が一盗難に遭った場合には速やかに被害届を出すことも重要となります。

 

 路肩に一時停止して一時的に自動車から離れることは普段の生活の中でもあり得ますが、そのようなときに施錠を怠ったりキーをそのままにしていたりすると、窃盗の被害者であるにもかかわらず交通事故の責任を問われることがありますので、自動車の管理にはくれぐれも注意していただきたいと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

もらい事故と示談交渉~交通事故㉔~

 

 交通事故に遭った場合、普通の方は、自分の加入している保険会社が自分に代わって示談交渉してくれるから安心だ、と考えるのが普通だと思います。

 

 このような感覚は、自分の側にも過失(落ち度)がある場合には正しく、多くの事故ではまずは保険会社同士の話し合いから示談交渉が始まります。

 

 しかし、信号待ちで追突された場合やセンターラインをオーバーして衝突されたなど、被害者にまったく落ち度のない「もらい事故」の場合、自分の加入している保険会社が示談交渉を代行してくれないということは意外に知らない方がいらっしゃいますので、今回はもらい事故と示談交渉についてお話しします。

 

もらい事故で保険会社が示談交渉できない理由

 保険会社が本人に代わって示談交渉を代行できるのは、保険会社が相手に支払いをする必要があるから、つまり保険会社自身が事故の当事者の立場に立つためですが、本人にまったく過失のないもらい事故の場合、保険会社は相手に支払いをする必要はなく、事故について法律上の利害関係はありません。

 

 そして、このような無関係の者が事故の賠償問題に介入することは、法律事務の取り扱いを弁護士にのみ許している弁護士法によって禁止されることから、もらい事故では保険会社は示談代行を行うことができないのです。

 

もらい事故での示談交渉の方法

自分で交渉する

 

 このように、もらい事故では保険会社に示談代行をお願いすることはできませんので、基本的には自分で相手方保険会社や本人と交渉をする必要があります。

 

弁護士に依頼する

 

 もっとも、交通事故の経験の乏しい被害者と日常的に事故処理に携わっている保険会社の担当者とでは知識も経験も全く異なります。

 

 そして、交通事故賠償の場面では、残念ながら裁判であれば認められるであろう水準の賠償額の提案がなされていないケースがあります。

 

 そのため、そのような知識・経験の差を埋めて適正な賠償を受けるため、弁護士への委任が選択肢の一つとなります。

 

弁護士費用特約

 弁護士に依頼するか自分で交渉するかを判断する際の重要な判断材料としては、やはり弁護士費用の問題があると思います。

 

 この点、交通事故の分野では示談交渉や裁判手続のための弁護士費用を本人に代わって負担してもらえる弁護士費用特約が普及していますので、この特約に加入している場合には、特約を利用することによって弁護士費用がカバーされることがあります。

 

 弁護士費用特約には限度額があり全額がカバーされないこともありますが、もらい事故で弁護士への委任を考えているときは、まずこの特約の有無を確認していただきたいと思います。

 

 また、最近では、ある程度の増額が見込めるようなケースであれば、回収額の中から費用を清算する成功報酬制で依頼を受ける事務所もありますので、弁護士費用特約に加入していない場合には相談してみるのも一つの方法です。

 

 

 もらい事故に遭った場合、被害者は自分に落ち度がないにもかかわらず保険会社に交渉を任せられないため、大きなストレスがかかります。

 

 交通事故は一生に何度もあるような出来事ではありませんので、中には相手の保険会社の担当者と話をするのも心理的に辛いという方もいますし、実際に相談を受けていると相手の提案してきた内容に疑問のあるケースもありますので、もし疑問や不安がある場合には一度弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

車両保険を使って自動車を修理した場合、保険料の増加分は損害として請求できるのか?~交通事故㉓~

 

 交通事故で車両が損壊した場合、被害者が車両保険に加入していたときは、被害者は相手方に修理費を損害として賠償請求するか、自分の加入している車両保険を使用して修理するかを選択することができます。

 

 自分の加入している車両保険を使用した場合には保険等級が下がり、保険料が増えてしまうデメリットがありますが、では、車両保険を使用したことによって保険料が上がった場合に、加害者に対してその増加分の保険料を損害として請求できるのでしょうか?

 

増加した分の保険料は請求できないという見解が有力

 この点については、車両保険を使用して修理するか、それとも加害者に対して賠償請求して修理するかは本人の自由であることや、そもそも任意保険というものが保険契約者の自衛手段であり、自己の損害を補填するための備えとして加入している以上、そのコストは契約者が負担すべきである、などといった理由から請求できないという見解が有力であり、過去の裁判例においても否定されているものがあります(名古屋地裁平成9年1月29日判決、東京地裁平成13年12月26日判決。なお、裁判例ではありませんが、平成11年版の民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(赤い本)に収録された裁判官の講演録においても、同様に否定する見解が示されています)。

 

 このように、車両保険を使用したことによって増加した保険料は相手方に請求できない可能性が高いと思われますが、車両保険には示談交渉等の煩雑な手続を省いてスピーディーに被害回復できる独自のメリットがあり、特に相手方が対物賠償保険に加入していないなど回収可能性に問題がありそうなケースでは、保険料の増額というデメリットを差し引いても車両保険を利用する意味があります。

 

 最終的には、相手方の保険加入状況や資力、保険料の増額の金額などを総合的に考慮して決めることになると思いますが、いずれにせよ、車両保険の使用を考える場合には、保険料の増加分については相手方に請求することが難しいことを念頭においてご判断いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

交通事故で怪我をした場合に治療やリハビリを怠るとどうなる?~交通事故㉒~

 

 交通事故で怪我をした場合、通常は治療やリハビリに専念し、それを前提に損害賠償額を計算していきます。

 では、そのような通常の治療経過を辿らず、適切な治療やリハビリを怠った場合、損害賠償の場面ではどのような影響があるのでしょうか?

 今回は、このような治療行為と損害賠償の関係についてお話します。

 

治療費の支払いを早期に打ち切られる可能性

 相手に保険会社がついている場合、通常だと、ひととおりの治療が終了するまで、保険会社が医療機関に医療費を支払ってくれます(内払い)。

 このような取り扱いは被害者に治療に専念してもらうため保険会社が行っているものですが、治療費の内払いは損害賠償金の仮払いであるため、最終的には示談や裁判の段階で差し引き清算されることになります。

 もっとも、当然ながら保険会社としては不要な治療費の支払いを継続することはなく、定期的に医療機関に治療状況を問い合わせ、被害者の状況を確認しています(そのため、保険会社からは医療情報を取得することの同意書の提供を求められます)。

 そうすると、必要な治療やリハビリをサボった場合には、通院の実績がないということになりますから、保険会社としてはもはや治療の必要性がないと判断し、治療費の内払いを早期で打ち切る方向で検討することになります。

 

傷害慰謝料の計算で不利益を受ける可能性

 怪我による慰謝料の計算は、原則として入院期間と通院期間の長さを基礎として算出されます。

 そのため、適切な治療やリハビリを怠った場合には通院期間が短くなり計算上の慰謝料が少なくなることがありますし、通院期間自体は長くても通院頻度が少なくなるため、通院期間を基準とするのではなく実通院日数の3~3.5倍の日数を基準とした低額の慰謝料しか認められなくなる可能性も生じます。

 

後遺障害の等級認定で不利益を受ける可能性

 治療やリハビリを怠った場合には、そもそも後遺障害が生じるほどの怪我ではなかったとか、あまり病院に行っていなかったのだからもう怪我は治っているはずだなどと判断されて、後遺障害の認定において不利な判断を受ける可能性があります。

 その場合には、本来受けられたはずの後遺傷害慰謝料や後遺障害逸失利益が得られないか減ってしまうことになりますが、後遺障害事案ではこの2つの損害がかなりの額を占めることも多いため、最終的な賠償の時点で大きな差となって現れることになります。

 

裁判で賠償額が減らされる可能性

 これに対して、後遺障害の等級認定そのものについては不利な扱いを受けなかったとしても、治療やリハビリを怠ったという被害者側の不適切な対応が問題視され、後遺障害が残った責任の一端は被害者にもあるといった理由で賠償額を減らされるケースもあります(そのほかにも、後遺障害は治療等を怠ったことや他の原因によるものであり、交通事故と後遺障害の間に因果関係はないと争われるケースもあります)。

 

 たとえば、事故の内容からみて通常想定されるよりもかなり重い後遺障害が残ったというケースで、東京地裁平成26年1月16日判決では、被害者がリハビリを継続していれば現在の症状に至らなかったと指摘し、そのほかにも精神的な疾患を抱えていたことなどの事情も加味したうえで、加害者に損害の全部を賠償させることは公平を失するとして6割の減額がなされています。

 また、交通事故ではありませんが、ゴルフコースでボールが目に当たったという事故のケースでは、被害者が治療に消極的であり医師から手術を再三にわたって検討を促されたのにこれに応じず、その結果、視野の欠損範囲の拡大や大幅な視力低下を招いたということなどを理由に、6割の過失相殺がなされたというものもあります(東京地裁平成27年3月26日判決)。

 

適切な治療が重要

 以上の通り、適切な治療やリハビリを怠るということは、ご自身の怪我を治すためという一番の目的を遠ざけるだけではなく、その後の賠償の場面においても影響を及ぼします。

 様々な事情により治療等に通えないというケースも確かにありますが、やむを得ない理由がないにもかかわらず治療やリハビリに消極的な姿勢を取った場合、様々な問題が生じることになりますので、くれぐれも注意が必要です(ただし、だからといって過剰な治療行為等を行うべきではありませんので、治療行為は医師などと相談しながら妥当な範囲で行うべきことは当然です)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定期金賠償と被害者の死亡の関係~交通事故㉑~

 

 交通事故で重い後遺障害が残った場合、様々な損害が生じます。

 代表的なものは後遺傷害慰謝料、後遺障害逸失利益ですが、そのほかにも、特に障害が重い場合には将来の介護費用が認められることがあります。

 このうち、将来の介護費用と後遺障害逸失利益については、年1回など定期的に支払いを受ける場合があり、これを「定期金賠償」といいます(※)。

 

 定期金賠償は、一時金賠償の際に行われている「中間利息控除」と呼ばれる控除計算が行われないため、それぞれの賠償の終期(平均余命又は就労可能期間)まで問題なく受け取ることができた場合、一時金賠償よりも受取総額が多くなる可能性があるという特徴があります(もっとも、のちに被害者が回復した場合や物価の著しい変動などがあった場合にはそれに応じて減額される可能性はありますし(民訴法117条1項)、民法改正によって中間利息控除に用いられる法定利率が引き下げられ以前よりも控除額が減少したことから、必ずしも定期金の方が多くなるとまでは断言できません)。

 

 このように定期金賠償は将来の一定期間まで継続的に賠償が行われるものですが、それでは、事故後に病気など別の事情によって被害者が亡くなってしまった場合、定期金賠償として受け取っていた後遺障害逸失利益や将来介護費はその後どうなるのでしょうか?

 今回は、この点をテーマにお話ししたいと思います。 

 

※ 定期金賠償の可否

 将来の介護費については古くから定期金賠償が認められていましたが、後遺障害逸失利益については定期金賠償が認められるか争いがありました。

 この点については、最近の最高裁判決(最高裁令和2年7月9日判決)により一定の場合(被害者が定期金賠償を求めており、定期金賠償をさせることが損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるとき)には本来の就労可能期間までの間について定期金賠償が認められるとされました。

 

後遺障害逸失利益→死亡しても受け取れるが、一時金に変更される可能性もある

 後遺障害逸失利益を一時金として受け取る場合、たとえ途中で死亡しても、本来の就労可能期間までの分についても賠償請求ができるとするのが従来の判例でしたが(最高裁平成8年4月25日判決)、先ほど紹介した定期金賠償を認めた最高裁判決でも同様に解されており、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、被害者が死亡した後の分についても加害者の賠償義務はなくならないと判断されています。

 

最高裁令和2年7月9日判決(抜粋)

「上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。」

 

 もっとも、被害者の死亡によってもその後の賠償義務はなくならないということと、死亡後も定期金賠償の方式が継続されるかどうかはまた別の問題です。

 中間利息控除が行われないという理由から、被害者の遺族が死亡後も定期金賠償を望むことがあり得ますが、他方、加害者側(主に保険会社)からすると定期金賠償は支払総額の問題だけでなく債務管理コストが嵩むという問題もあるため、被害者の死亡後には一時金賠償に変更することを望む場合もあると思われます。

 この点については、上記最高裁判決(最高裁令和2年7月9日判決)において小池裕裁判官が補足意見を述べており、被害者が死亡した後は、民訴法117条の(類推)適用により加害者側が定期金賠償から一時金賠償に変更する訴えを起こす方法があり得ると示唆されています。

 そのため、仮にこの補足意見にしたがった場合には、被害者の死亡後に定期金賠償が一時金に変更される可能性もあり、この場合、死亡後の分について受け取れなくなるわけではないものの、一時金賠償に計算をし直す際に中間利息の控除計算をするため、その分、総受取額が減少することになると思われます。

 

将来介護費→死亡により受け取れなくなる

 将来介護費は、後遺障害逸失利益のような本来得られたはずの利益を喪失したこと(消極損害)の賠償ではなく、実際に発生した損害(積極損害)の賠償ですが、被害者の死亡によって具体的な支出が生じなくなった以上、被害者の死亡後は介護費の支払いを求めることはできないとされています(最高裁平成11年12月20日判決)。

  この判決は直接的には将来介護費について一時金の支払いを求めた事例に関するものですが、被害者の死亡によって具体的な支出がなくなるという将来介護費の性質は支払方法によって変化するわけではありませんので、定期金賠償で受け取っていた場合も同様に死亡後の介護費は受け取れなくなります(そのため、定期金の支払いを命じる判決では支払いの終期が「死亡するまで」とされます)

 

 

 このように、後遺障害逸失利益、将来介護費用の定期金賠償についてはその後の被害者の死亡によって受け取ることができるかどうか異なります。

 定期金賠償は受取総額が多くなる可能性があるというメリットがありますが、他方で、必ず満額を受け取ることができるのかどうか不確実であるなど特有のデメリットもありますし、そもそも一時金賠償と定期金賠償を被害者がどこまで自由に選択できるかどうかという問題もあることから、具体的な賠償請求の場面では被害者の方の後遺障害の内容や程度を踏まえ、弁護士に相談しながら慎重に対応していくことをお勧めします。

 

弁護士平本丈之亮

 

保険金の支払いを拒否される酒気帯び運転とは?~交通事故⑳~

 

 自動車保険には、通常、酒気帯び運転をした場合には保険金を支払わないといういわゆる「酒気帯び運転免責条項」が定められています。

 飲酒運転が許されないことは当然のことであり、今日、この点について異論を差し挟む余地はないと思いますが、酒気帯び免責条項が適用されると、その運転者は一切保険金の支払いが受けられないという重大な不利益を受けるため、酒気帯び免責条項の適用について、処罰対象となるアルコール濃度が検出された場合に限るなど制限を加えるべきではないかという議論があります。

 そこで今回は、この点について、過去の高裁判決においてどのような考え方が取られているのかをご紹介したいと思います。

 

名古屋高裁平成26年1月23日判決

 このケースでは、運転者側が「酒気を帯びて(道路交通法第65条1項違反またはこれに相当する状態)」との免責条項について、処罰対象である血中アルコール濃度0.3mg/ml程度、呼気アルコール濃度0.15mg/lが適用基準となるべきと主張したのに対して、裁判所は以下のように判示しています。

 

「(中略)酒に酔うことには個体差もあるし、通常の状態で身体に保有する程度にも個体差があるため、道路交通法は、酒に酔った状態、すなわちアルコ-ルの影響により正常な運転ができないおそれがある状態にあったもの(道路交通法117条の2第1号)及び身体に政令で定める程度以上にアルコ-ルを保有する状態にあったもの(同法117条の2の2第3号)に対してのみ、罰則を設けることにした。したがって,政令で定めるアルコ-ル濃度呼気1リットル中のアルコ-ル濃度0.15mg以上(血中アルコ-ル濃度0.30mg/ml)に達しない場合であっても、道路交通法65条1項に該当することになる。
 本件免責特約は、飲酒運転の根絶という世論が刑法や道路交通法の改正に影響を及ぼしたことを受けて、平成16年に、「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態」で被保険自動車を運転しているときに生じた傷害や損害が免責の対象とされていたのを、「酒気を帯びて」と改定し、「酒気を帯びて」の意味について、道路交通法65条1項違反またはこれに相当する状態と注釈したものである。
 また、一般の保険契約者は、道路交通法の規定を具体的に知らなくても、常識的に見て、酒気を帯びているといわれる状態での運転が同法によって禁止され、かつ本件免責特約では、そのような状態での運転の事故が免責の対象となると理解するのが通常であって、政令の数値以上の酒気帯び運転中の事故に限り免責されると考えていない。そのように考えないと、酒気を帯びても、酒気帯び運転の罪で処罰されうる程度を超えなければ事故を引き起こしても保険金の支払を受けられることを期待するという不当な結論が導かれることになってしまう。
 このような本件免責特約改定の経緯や一般保険契約者の合理的意思を総合勘案するならば、呼気検査でアルコ-ルが通常保有する程度以上に検知されたり、顔色等により外観上認知することが出来る状態にあれば、道路交通法65条1項にいう酒気帯び運転に該当することになり、特段の事情がない限り、本件免責特約が適用されると解するべきである。」

 

大阪高裁令和元年5月30日判決

 このケースにおいても、「道路交通法第65条(酒気帯び運転等の禁止)第1項に定める酒気帯び運転またはこれに相当する状態」との免責条項について、処罰対象となるアルコール濃度が検出された場合に限って適用されるべきかどうかが争われ、裁判所は以下のように判断しました。

 

「酒気帯び運転の場合、運転者が身体に保有するアルコールの量が刑事罰の対象とならない程度であったとしても、認知力、注意力、集中力及び判断力等が低下し、反応速度が遅くなるなどして、交通事故の発生の危険性が高まることは公知の事実である。そして、酒気帯び運転の結果、数々の悲惨な事故が惹起されたことなどから、酒気帯び運転をしてはならないということは、社会全般の共通認識であり、公序を形成しているといえる。本件免責条項は、こうした点を踏まえた上で設けられたものと推認される。
 そうとすれば、本件免責条項にいう「道路交通法(昭和35年法律第105号)第65条(酒気帯び運転等の禁止)第1項に定める酒気帯び運転」とは、文言どおりに解するのが相当であり、刑事罰の基準と同程度のアルコールを身体に保有している状態で車両を運転する場合とか、酒気を帯びることにより正常な運転をすることができないおそれがある状態で車両を運転する場合などと限定的に解釈するのは相当とはいえない。
 そして、上述した本件免責条項の趣旨目的等に照らせば、本件免責条項にいう酒気帯び運転とは、通常の状態で身体に保有する程度を超えてアルコールを保有し、そのことが外部的徴表により認知し得る状態で車両を運転する場合を指すと解するのが相当である。
 もっとも、本件免責条項が適用されると、被保険者は、交通事故による損失を一切填補されないという過酷な状況に置かれることとなる。この点に、本件免責条項の趣旨目的が上述のとおりであることなどを併せ考慮すれば、酒気帯び運転をするに至った経緯、身体におけるアルコールの保有状況、運転の態様及び運転者の体質等に照らして、酒気帯び運転をしたことについて、社会通念上、当該運転者の責めに帰すことができない事由が存するなど特段の事情がある場合には、本件免責条項は適用されず、保険者は免責されないと解すべきである。」

 

 以上の通り、上記2つの高裁判決では、酒気帯び運転免責条項について処罰対象となる程度のアルコール濃度に達しなくても、およそ酒気を帯びて運転した場合には原則として保険金は支払われないというスタンスを取っています(他の裁判例として仙台高裁平成31年2月28日判決、東京地裁平成23年3月16日判決等)。

 

 もっとも、上記2つの高裁判決でも、特段の事情がある場合には酒気帯び免責条項が適用されないことがあると述べています。

 このうち名古屋高裁の判決では、その具体的な判断要素について触れられておらず、最終的には証拠上、運転者が酒気を帯びて運転していたとまで認めることができないという理由で免責条項の適用が否定されているため、どのような場合が特段の事情にあたるかは判然としません。

 これに対して大阪高裁の判決では、特段の事情の有無について「酒気帯び運転をするに至った経緯、身体におけるアルコールの保有状況、運転の態様及び運転者の体質等に照らして、酒気帯び運転をしたことについて、社会通念上、当該運転者の責めに帰すことができない事由が存するなど」の場合であるとし、運転者が前日の晩に少なくとも500ミリリットル入りの缶ビール1本と焼酎の水割りを3杯飲み、翌日午前8時30分頃に車両を運転して事故を起こしたこと、飲酒検知において呼気1リットルにつき0.06ミリグラムのアルコールが検出されたという事実関係について、運転者は前日の晩に決して少量とはいえない程度の飲酒をしたのであるから、翌朝、身体に相当程度のアルコールを保有していることを認識することが可能であり運転を控えるべきであったとして、免責条項の適用を否定すべき特段の事情は認められないと判断しています。

 このケースの運転者がいつ頃まで飲酒していたかは不明ですが、「前日の晩」とされていることからすると少なくとも事故発生まで8時間以上は経過していたと思われますので、飲酒から相当程度の時間が経過したという事情では免責条項の適用は否定できないという判断が背景にあると思われます。

 この2つの高裁の判決を前提にすると、ケースによっては救済される余地があると一応言えそうではあるものの、実際に免責条項の適用を否定することは非常にハードルが高いと言わざるを得ませんので、翌日に運転を控えている場合の飲酒にはくれぐれも注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮