一人株主が自分の経営する会社の利益を内部留保した場合、養育費の計算でその利益は収入とみなされるか?

 

 養育費の計算において役員報酬は給与収入と同視して扱われますが、一口に会社役員といっても立場は様々であり、ある程度規模の大きい会社の取締役の一人に過ぎない場合もあれば、小規模な会社の唯一の株主(=一人株主)兼代表者といったケースもあります。

 

 小規模な会社の代表者のようなケースでは、その年の業績によって役員報酬が大きく変動していたり、養育費を少なくするためあえて役員報酬を減額したことが疑われるケースもあるため、そのようなときは複数年の役員報酬の平均値を参考にしたり統計(賃金センサス)を利用して収入を認定するという方法をとることがありますが、それに似たような問題として、経営者がいわゆる一人株主であり会社経営によって生じた利益を会社に貯めている場合に(内部留保)、その利益を養育費の計算において株主である本人の収入として扱うことができるかが争われることがあります。

 

 要するにこれは、個人である一人株主兼役員と、本来は別の権利義務主体である会社(法人)とを一体視することができるのかという問題ですが、今回はこの点について判断した近時の裁判例(東京高裁令和4年5月24日決定)を紹介します。

 

東京高裁令和4年5月24日決定

 

 上記裁判例は、「一人会社であっても、法人格が形骸化し又は濫用されている場合でない限り、人格の異なる会社の内部留保を株主が自由に使用できるわけではないから、直ちに株主個人の収入と同視することはできない。」と判断しており、基本的には会社に内部留保された利益を株主の収入と同視することはできないとしつつも、法人格が形骸化又は濫用されている場合には例外的に会社の内部留保を株主本人の収入と同視することができるとしています。

 

 もっとも、このケースの結論としては、裁判所は、①会社には複数の取締役と40名以上の従業員がいること(=形骸化を否定する方向の事情)、②近い時期の決算期において資産と負債を比較した場合にマイナスとなっており、会社の中核事業について新型コロナウイルス感染症の感染拡大により経営が悪化した同業者もあることから内部留保を最大化させて早期の債務圧縮を目指すことは会社存続のための一つの合理的な経営判断といえる(=濫用を否定する方向の事情)と指摘し、本件では法人格を否認して内部留保を個人の収入と同視すべき事情はないと判断しています。

 

 上記裁判例は、いわゆる「法人格否認の法理」と呼ばれる理論を養育費の算定の場面において適用したものであり、この裁判例の判断枠組みを前提とすると、法人格が形骸化していたり(法人格はあるが、経営実態は個人事業であるケース)、一人株主が法人格を濫用している場合(会社経営を支配できる立場にあることを背景に、会社への内部留保が違法または不正な目的のために行われたケース)でなければ、会社の内部留保を株主本人の収入と扱うことはできないということになります。

 

 法人格が形骸化しているかどうか、あるいは法人格が濫用されているかどうかは結局のところ具体的な事実関係次第というほかはありませんが、たとえば、法人とは名ばかりで実際には業務・資産・会計が混同しており、株主総会や取締役会など会社の事業運営上の手続も無視しているようなケースであったり、会社の経営状況が好調で多額の内部留保をしておく必要がないのに、離婚問題が持ち上がってから突然多額の内部留保を積み上げはじめ、その代わり(他の役員がいる場合には他の役員の報酬はそのままにしながら自分だけ)役員報酬を減らしているようなケースであれば、会社が内部留保した直近の利益を個人の収入とみなして養育費の算定をしてもらえる可能性があると思われます。

 

 会社の内部留保を収入と同視できる場合、その額によっては養育費が大きく変わる可能性もありますので、当事者のいずれかが一人会社の株主である場合にはそのような例外的な事情がないか注意する必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫に認知した子どもがいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 子どものいる夫婦が別居するなどして離婚までの間の婚姻費用の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、婚姻費用を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで婚姻費用を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・別居によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の婚姻費用と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

権利者世帯に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者(B)と、Bが養育する子(C・D)に対する生活費(年額=Z)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

B・C・Dに割り振られる生活費(Z)

=義務者(A)から割り振られる額(X)

+権利者(B)から割り振られる額(Y)

 

X=Aの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

Y=Bの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数)

 

※権利者であるBはAの認知した子(E)に対して扶養義務を負わないため、Yの計算ではEの生活費指数は考慮しません。

 

【B・C・Dに割り振られる生活費(Z)】

X=246万円×224÷(100+100+124+43)≒150万1471円

 

Y=50万円×224÷(100+100+124)≒34万5679円

 

Z=X+Y=184万7150円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された権利者世帯に割り振られる生活費(Z)のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

権利者世帯に割り振られる生活費(Z)-Bの基礎収入

 

【Aの負担額(年額)】

184万7150円-50万円=134万7150円

 

【Aの負担額(月額)】

11万2262円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子に養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の婚姻費用から認知した子に支払っている養育費の金額をから差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、権利者世帯に対する婚姻費用を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫に認知した子どもがいる場合の養育費の計算方法

 

 子どものいる夫婦が離婚に伴って養育費の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、養育費を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで夫婦間の子の養育費を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで養育費を計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・離婚によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の養育費と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

夫婦間の子に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者が養育する子(C・D)に対する生活費(年額)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

Aの基礎収入×C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

【C・Dに割り振られる生活費】

246万円×124÷(100+124+43)≒114万2472円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された夫婦間の子に割り振られる生活費のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

C・Dに割り振られる生活費×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Bの基礎収入)

 

【Aの負担額(年額)】

114万2472円×246万円÷(246万円+50万円)=94万9486円

 

【Aの負担額(月額)】

7万9123円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子にも養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の金額から認知した子に支払っている養育費の金額を差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、夫婦間の子の養育費を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

婚姻費用・養育費の計算において、年金はどう扱われるか?

 

 別居や離婚に伴って婚姻費用や養育費の取り決めをする際、当事者の一方が年金を受給していることがあります。

 

 婚姻費用や養育費を請求する際にはいわゆる標準算定方式による簡易算定表が広く用いられていますが、この簡易算定表では給与所得者や自営業者に関する表しかないため、年金受給者がいる場合に収入をどう考えるべきかというのが今回のテーマです。

 

年金を給与へ換算する

 

 先ほど述べたとおり、簡易算定表では給与所得者と自営業者を前提とした表しかありませんが、年金収入については給与所得者における職業費が生じないため、年金を給与収入に換算する方式がとられます(年金と給与があるときは換算後の年金と給与を合算します)。

 

換算方法

 

 具体的な換算方法は、給与所得者の職業費の統計値が算定表改訂後では概ね15%であることから、年金額を85%で割り戻して(=年金額÷0.85)、年金を給与に換算する方法がとられることがあります(東京高裁令和4年3月17日決定など。なお、これ以外にも、基礎収入の割合を修正して換算する方法もあります)。

 

 したがって、たとえば年金として年間100万円を受給しているのであれば、受給者の年金を【100万円÷0.85=1,176,470円】として、これを前提に算定表に当てはめていくことになります。

 

障害年金は?

 

 なお、年金の中には、国民年金等以外にも障がい者に対して支給される障害基礎年金・障害厚生年金がありますが、これらは受給者の自立等のために支給されるものであるとして婚姻費用等の計算において除外すべきという考え方もあります。

 

 しかし、障害基礎年金が子どもがいる場合に加算される場合があること(国民年金法33条の2)や、障害厚生年金についても65歳未満の配偶者がいる場合に加算されること(厚生年金法50条の2)からすると、制度上、本人以外の家族の生活費としても使用されることが想定されているといえることなどから、婚姻費用等の計算においても収入に含めて計算する考え方の方が有力と思われます。

 

 この点については、実際の裁判例でも障害年金について収入として取り扱い、年金額を0.85で割り戻して婚姻費用を算定した例があります(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判)。

 

 ただし、障害年金については、国民年金等の場合とは異なり、受給者の医療費などの特別経費があることを別途考慮する必要があることに注意が必要です。

 

 たとえば、上記裁判例では、障害年金を給与に換算して婚姻費用を計算すると概ね14万円程度になったものの、障害年金を受給している義務者には年間6万円程度の医療費がかかることなどを考慮して最終的な分担額を13万円に軽減しており、そのほかにも、福岡高裁平成29年7月12日決定においては、権利者側の収入に障害年金が含まれていることを考慮して、換算後の収入をもとに計算した婚姻費用から若干の上乗せを行っています。

 

 

関連裁判例
東京高裁令和4年3月17日決定

「抗告人の年金収入は年額A円に相当するところ、年金収入については給与収入と異なり職業費の支出を考慮する必要がないため、近時の統計資料に基づく総収入に占める職業費の割合(おおむね18~13%であり、高額所得者の方が割合が小さい。本件報告書参照)のうち15%を採用して給与収入に換算すると、おおむね年額B円(A÷(1-0.15)=・・・)となる。」

 

※老齢基礎年金の事例

※本件報告書:養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究(司法研究報告書第70輯第2号)

さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判

「障害者年金は、前記認定事実記載のとおり子らのための相当額の加算もあり、受給する申立人及び子らの生活保障の一部といえるから、申立人の収入と評価するのが相当である。ただし、障害者年金は職業費を要しない収入であり、標準算定方式の前提となった統計数値により、全収入における職業費の平均値である15%で割り戻すのが相当である。」

 

「標準算定方式における算定表[(表16)婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子0~14歳)]に当てはめると、12万円ないし14万円の上限程度と算定される。前記認定事実によれば、申立人が、障害者年金受給の前提となった病状についての治療費を、障害者年金額からではなく生活保護における医療扶助によっているのに対し、相手方は、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることなどに鑑み、相手方が負担すべき額は月額13万円とする。」

 

※抗告審の東京高裁令和4年2月4日決定も原審の判断を維持。

福岡高裁平成29年7月12日決定

「相手方世帯に割り振られる婚姻費用は、・・・106万2017円(月額8万8501円)となる。ただし、相手方の収入の一部が障害基礎年金であり、医療費等の特別経費を通常よりも多くみる必要がある点を考慮すると、婚姻費用月額は、少なくとも9万円を下回ることはないというべきである。」

 

※申立人(義務者)が、障害年金を受給している相手方(権利者)に対して婚姻費用の減額を申し立てたところ、標準算定方式による相当な婚姻費用は月8万8501円であるが、相手方には医療費等の特別経費があるため計算結果から若干の上乗せをした9万円を相当としたもの。

 

弁護士 平本丈之亮

 

失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

過去の未払婚姻費用を計算する場合、改訂前と改訂後、どちらの算定表を使用するのか?

 

 婚姻費用と養育費については、令和元年12月23日に算定表が改訂され、それ以降は改訂後の算定表によって婚姻費用や養育費が計算されています。

 

 ところで、改訂前の算定表と改訂後の算定表を比べると、改訂後の算定表を使用した方が金額が高くなる傾向がありますが、過去の未払婚姻費用を計算する際にその計算期間が算定表の改訂時期を跨いでいた場合、改定前の期間の婚姻費用はどちらの算定表を使用することになるのでしょうか?

 

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつ紹介したいと思います。

 

宇都宮家裁令和2年11月30日審判

「改定標準算定方式及び改定算定表は、前記のとおり、税制等の法改正や生活保護基準の改定等を踏まえて、現状の社会実態を反映させたものであるところ、公租公課に関する税率及び保険料率については、平成30年7月時点のもの、職業費に関する統計資料としては、標準算定方式及び算定表の提案当時の資料に相当する資料のうち平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、特別経費に関する統計資料についても、職業費と同様に平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、ならびに生活費指数の算出のための生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料については、基本的には平成25年度から平成29年度までのもの(ただし、学校教育費のうち子が15歳以上の区分については、平成26年度から平成29年度までのもの)をそれぞれ用いるなどして算出した結果を取りまとめたものである(前記司法研究報告書参照)。
 以上によれば、改定標準算定方式及び改定算定表は、本件において未払の婚姻費用を算定するに際しても、当時の社会実態を踏まえて、これを反映させた考え方であるといえ、十分な合理性を有するものと認められる。
 したがって、本件婚姻費用分担額を算定するに当たっては、未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表を用いるのが相当である。」

 上記裁判例では、改訂算定表のもとになった統計資料中、公租公課に関する税率や保険料率が平成30年7月時点のものを使用していることや、職業費・特別経費・生活保護基準・学校教育費に関しては基本的に平成25~29年度までのもの(学校教育費のうち子が15歳以上の部分は平成26~29年度までのもの)を利用していることなどから、算定表改訂前の期間にかかる未払婚姻費用(令和元年8月~11月分)についても、そのまま改訂後の算定表を使用するという判断をしています。

 

 この裁判例とは異なり、算定表の改訂前後で適用すべき算定表を変えるという考え方もあり得るところですが、そもそも婚姻費用は請求の意思を明確にした時点以降について認めるというのが裁判所の傾向であることからすると、いずれの見解をとるにせよ、今後、純粋な婚姻費用の計算においてこの点が問題となることはなくなっていくように思われます。

 

 なお、過去の婚姻費用は、財産分与の場面でも問題となることがあり、過去に婚姻費用の未払いがある場合、未払分を考慮して財産分与額が決められる場合があります。

 

 財産分与においてどこまでの期間の未払分を清算の対象とするか、あるいは未払分のうちどの程度の割合を清算の対象にするかは裁判所の裁量ですが、このように財産分与を決める際の材料として過去の未払婚姻費用が考慮される場合があることからすれば、事案によっては財産分与額を決定する際、どちらの算定表を参照して過去の婚姻費用を計算すべきかを巡り争いになる可能性もありますので、財産分与で過去の婚姻費用が問題となったときはこの点を意識しておくのも良いかもしれません。

 

弁護士 平本丈之亮

 

育児休業給付金は、婚姻費用や養育費の計算において考慮されるのか?

 

 雇用保険に加入している労働者が育児休業を取得した場合、一定期間、雇用保険から育児休業給付金が支給されることがあります。

 

 では、このような育児休業給付金の支給が予定されている間に婚姻費用の請求があった場合、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金は収入として扱われるのでしょうか?

 

大分家裁中津支部令和2年12月28日審判

 この点に関しては、別居中の妻が夫に対して自分と子どもの分の婚姻費用の請求をしたが、夫には不貞相手との間に認知した子どもがいたというケースで、認知した子の母である不貞相手の育児休業給付金を収入として扱い、これをもとに妻と子の婚姻費用を算定した裁判例があります(大分家裁中津支部令和2年12月28日審判)。

 

 このケースは、権利者や義務者自身が育児休業給付金を受給していた場合ではなく、婚姻費用の計算において考慮する必要のある認知した子の生活費を計算する際に、その母親である不貞相手の育児休業給付金を収入として計算したというイレギュラーなケースです。

 

 もっとも、この裁判例は、育児休業給付金が婚姻費用の計算にあたって収入として扱うべきことを当然の前提としたものですので、たとえば妻が育児休業中に夫に婚姻費用を請求したようなスタンダードなケースでも、この裁判例と同様の立場に立てば育児休業給付金が収入として扱われるものと思われます(なお、この裁判例では、育児休業給付金が収入として考慮される理由について特段理由は述べていませんが、育児休業給付金が雇用保険給付の一つとして休業中の所得を補填とすることからすると、個人的にも収入として扱うことが妥当ではないかと考えます)。

 

職業費に注意を要する

 ただし、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金を収入として扱う場合には、育児休業期間中は職業費がかからない点を計算に反映させる必要があることに注意が必要です。

 

 いわゆる標準算定方式では、総収入に応じた一定のパーセンテージを乗じて「基礎収入」を算出し、それをもとに婚姻費用や養育費を計算しますが(このパーセンテージを「基礎収入割合」といいます。)、通常のケースで用いられる基礎収入割合は、働いている人に一定の職業費がかかることを前提としています。

 

 これに対し、育児休業給付金を受給している期間はこのような職業費が生じないため、このようなケースでは、基礎収入を計算するにあたり職業費がかからないことを前提に計算を修正する必要があります。

 

 この点について、上記裁判例では、統計上の資料から実収入に占める職業費の平均値が概ね15%であることに着目し、通常の計算の場合に利用される基礎収入割合に15%を加算して基礎収入を計算するという計算方法を採用していますので、同様のケースではこの方法を参考にすることが考えられるところです。

 

 たとえば、年額120万円の給与収入を得ている場合、通常の基礎収入割合は46%であるため基礎収入は120万円×46%=556,000円ですが、この120万円が育児休業給付金の場合、上記裁判例のような考え方だと46%に15%を加算し、基礎収入は120万円×61%=732,000円となり、これをもとに婚姻費用や養育費を算出します。

 

 

 婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金が問題になる例はそこまで多くはないと思いますが、最大で子どもが2歳になるまで受給できるものであるため、元々の収入が高いケースだと、これを収入に加えるかどうかによって計算が大きく変わってくることもあり得ます。

 

 今回ご紹介したように、育児休業給付金を受給していたりその予定がある場合には婚姻費用や養育費について特殊な計算が必要になる可能性がありますので、この点が問題となる場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

私立学校や大学の学費は養育費に加算してもらえるのか?

 

 養育費の交渉をするときに、子どもの学費が問題となることがあります。

 

 子どもが小さいときに離婚するケースでは、学費が将来どの程度かかるかを正確に計算することは難しいところですが、子どもがある程度大きくなり、たとえば私立学校や大学に進学するなど、学費の負担が現実的な話になった場合には、学費の費用負担を巡って交渉がシビアになることがあります。

 

 そこで今回は、子どもが私立学校や大学に進学する場合、その学費を養育費として請求できることがあるのか、という点についてお話ししたいと思います。

 

 

標準算定方式で考慮されている学費の範囲

 

 養育費の計算において広く使用されている「標準算定方式」では、あらかじめ双方が負担すべき学校教育費が考慮されているため、考慮済みの学費部分について重ねて負担を求めることは困難です。

 

 もっとも、標準算定方式において考慮されている「学費」とは具体的には公立高校までのものであるため、今回のテーマである私立学校や大学の学費については基本的な養育費には含まれないことになります。

 

 

私立学校や大学の学費を養育費として請求できる場合は?

 

 このように、標準算定方式では私立学校や大学の学費が養育費の計算において考慮されていないことから、子どもが進学を希望するときにその学費の負担を養育費の一環として請求しうるかが問題となります。

 

 この点については、当然に相手に対して負担させることができるとまではいえませんが、下記①②のような場合であれば負担を求めうると考えられています。

 

増額がなされるケース

①義務者が私立学校や大学への進学を承諾している場合

※承諾は黙示のものでも良いと考えられています。

 

②収入・資産の状況や親の学歴・地位などから私立学校や大学への進学が不相当ではない場合

 

 

具体的な負担額の計算方法は?

 

 上記のとおり、一定の場合には標準的な養育費のほかに私立学校や大学の学費の負担を求めることができることがありますが、その場合であっても学費の全額を負担するわけではなく、年間の教育費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を控除し、それによって算出された残額を父母が按分して負担しあうことになります。

 

【年間の教育費の内容は?】

 

 私立学校や大学の学費負担を相手に求める場合には、まず年間の教育費をいくらと見るべきかが問題となりますが、文部科学省の行っている子供の学習費調査に関する統計資料の用語解説では、「学校教育費」として授業料、通学費、図書費などの項目を列挙して示していますので、問題となる学費を算出するにあたってはこのような資料をもとに学費を積算していくことが考えられます。

 

 なお、子どもが奨学金を受けて学費を賄っていたり、アルバイトで学費を賄うことができるような状況のときは、義務者に私立学校や大学の学費分の追加負担を求める必要はないと判断されるケースもあります(婚姻費用の計算において学費の加算が問題となったケースとして東京家裁平成27年8月13日審判など)。

 

 この点に関連して、私立高校については高等学校等就学支援金制度の改正により、世帯収入によっては授業料が実質無償化されるためこれが加算額の計算に影響するかどうかが問題となり得ます。

 

 もっとも、婚姻費用に関する過去の裁判例では、公立高校の授業料の不徴収制度は婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(最高裁平成23年3月17日決定)や、子ども・子育て支援法の改正による幼稚園、保育所、認定子ども園等の利用料の無償化が婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(東京高裁令和元年11月12日決定)があることに鑑みると、私学加算の場面でも同様に考えるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

【年間の教育費から差し引くべき金額】

 

 次に、養育費に加算すべき額を算出するために、実際に生じる私立学校や大学の学費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を差し引くことになります(この計算をしないと、義務者に二重に教育費を負担させてしまう部分が生じるためです)。

 

 標準算定方式では、公立中学校の学校教育費として年間131,379円、公立高等学校の学校教育費としては年間259,342円が考慮されていますので、一つの方法としては、私立学校等の年間教育費からこれらの金額を控除する方法が考えられます(大学の進学費用の加算が問題となったケースで、公立高等学校の学校教育費を控除した例として大阪高裁平成27年4月22日決定参照)。

 

【義務者が負担すべき割合は?】

 

 以上のような過程を経て、標準算定方式では考慮されていない超過分の学費の額を計算したら、最後に義務者が負担すべき金額を計算することになります。

 

 分かりやすい計算方法としては、これまでの計算で得られた額を互いの基礎収入の割合で按分して義務者の負担額(年額)を計算し、これを12ヶ月で割って養育費の月額に加算するというものが考えられますが、最終的には裁判所が諸般の事情を考慮して負担額を決めることになります。

 

 

異なる計算方法もある

 

 以上のような計算方法は、公立中学校の子どもがいる世帯として約730万円、公立高等学校の子どもがいる世帯として約760万円の平均収入があることを前提にした簡易な計算方法であるため、義務者の収入がこの平均値と大きく異なる場合には、計算方法そのものを修正することが必要となる場合があります。

 

 この点は込み入った話になりますので詳細は割愛しますが、このような場合の計算方法として、まず、①私立学校や大学の学費を双方の基礎収入に応じて按分計算して義務者の負担額を計算し、これを12で割って月額に直し、次に、②標準算定方式によって義務者が負担する基本的な養育費を算出して、③②の中に含まれている教育費相当額を生活費指数(14歳以下では62分の11程度、15歳以上では85分の25程度)をもとに計算したあと、④最後に①の金額から③の金額を控除する、というものがあります。

 

 

計算例

 

 最後に、参考として計算例をひとつ示してみたいと思います。

 

計算例

【設例】

義務者(父・給与所得者):年額750万円

権利者(母・給与所得者):年額200万円

子ども(19歳):国立大学1年生

(奨学金はなく、アルバイトも困難とします。)

 

【学費】

年間授業料   535,800円(標準額)

学用品(年間)     60,000円

年間学費合計  595,800円 

(入学金は両親の合意のもと支払済みとします。)

 

【養育費(標準算定方式)】

概ね8万円

 

【標準算定方式では考慮されない学費相当額】

595,800円-259,342円=336,458円

 

【義務者(父)の負担すべき学費】

父の基礎収入:750万円×40%=3,000,000円

母の基礎収入:200万円×43%=860,000円

 

  336,458円

×3,000,000円÷(3,000,000円+860,000円)         

=261,495円(年額)(月約2.2万円)

 

【養育費総額】

 8万円+2.2万円=10.2万円

 

 養育費は子どものために支払われるものであり、今回ご紹介したように進学のために一定額を加算して支払わなければならない場合がありますが、基本的な養育費に加えて学費分の加算を求めるとなると計算や交渉が複雑化することがありますので、加算を求めるかどうかや求める加算額については、専門家と相談の上、十分に検討していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

養育費を請求しない旨の合意の有効性と合意後の事情変更

 

 法律相談のうち一定数ある類型として、離婚したときに養育費を請求しないという約束をしてしまったが、今から改めて請求はできないのか、というものがあります。

 

 離婚協議(公正証書含む)や離婚調停において養育費の請求をしないという合意をすること自体は、多くはないもののそれなりにあるという印象ですが、今回はこのような合意が有効かどうかについてお話ししたいと思います。

 

養育費を請求しないとの合意の有効性

 

 過去のいくつかの裁判例では、このような合意も未成年者らの福祉を害するなどの特段の事情がない限り法的には有効であるものの、例外的に合意時には想定できなかったような事情の変更があった場合には、改めて養育費を請求できると判断されています。

 

大阪家裁平成元年9月21日審判

『申立人と相手方は,前記離婚に際し、未成年者らの監護費用は申立人において負担する旨合意したものと認めることができ、こうした合意も未成年者らの福祉を害する等特段の事情がない限り、法的に有効であるというべきである。
 しかしながら、民法880条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるベき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は金審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所はその協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、同規定の趣旨からすれば、前記合意後に事情の変更を生じたときは、申立人は相手方にその内容の変更を求め、協議が調わないときはその変更を家庭裁判所に請求することができるといわなければならない。』

 

【事情の変更の有無】

①相手方は離婚当時無職で収入もなく、その後も安定した稼働状況とはいえず収入も安定したものではなかったが、途中から会社に勤務して経済的にも一応安定した生活状況となったこと

 

②他方、申立人の基礎収人は申立人と未成年者らの最低生活費をも下回るほどの少額であったこと

 

→遅くとも裁判所への申立て後には相手方は経済的に安定した状態となり、反面、申立人には同人と未成年者らの最低生活費をも下回る基礎収入しかないことから事情の変更が生じたとして,申立人が相手方に対して合意内容の変更を求めることができると判断した。

 

大阪高裁昭和56年2月16日決定

『民法八八〇条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、右規定の趣旨からすれば、抗告人と相手方が離婚する際相手方の方で子供三人全部を引取りその費用で養育する旨約したとしても、その後事情に変更を生じたときは、相手方は抗告人に右約定の変更を求め、協議が調わないときは右約定の変更を家庭裁判所に請求することができるものというべきである」。

 

【事情の変更の有無】

①離婚後、子どもらの成長に伴いその教育費が増加したこと

 

②相手方は子どもらとともに実家に同居しているが、相手方の両親も次第に老齢となり体力が衰え、相手方の父は職場を退職することになってており、それ以後はわずかばかりの農業収入が主な収入となること

 

③離婚後、予期に反して相手方の叔父から祖父の遺産につき分割の要求があり、相手方の父は孫の養育費にあてるためにとっておいた有価証券の大部分を遺産分割として叔父に譲渡したこと

 

④子どもらはいずれも大学進学を希望しており更に教育費の増加が予想されるのに、長女が満18歳となつたため、同人に関する児童手当の支給を打ち切られることになったこと

 

→上記各事実から、当事者間の事情に変更を生じたものと認め、養育費を支払わない旨の合意の変更を求めうるに至ったと判断した。

 

福岡家庭裁判所小倉支部昭和55年6月3日審判

『ところで、両親が離婚する際いずれか一方が養育費を負担することを定めて親権者を指定した場合、その合意に反して子を養育する親が他方の親に対してその養育費を請求することは原則として失当というべきで、現に養育する親が経済上の扶養能力を喪失して子の監護養育に支障をきたし、子の福祉にとつて十分でないような特別の事情が生ずるなど上記合意を維持することが相当でない特別の事情が生じた場合は子を養育する親から他方の親に対し養育費を請求しうるものと解すべきである。』

 

【特別の事情の有無】

 理由付けは不明確であるものの、請求者側に収入があり子どもと一応の生活をしていることや、相手方が再婚して子どもが生まれ、不動産などの資産もないという事実関係を前提に、「未だ相手方をして養育料を負担せしめるを相当とする特別の事情が生じたものと解することはできない。」と判断した。

 

 

子どもの扶養料請求の形で請求することの可否

 

 以上の通り、夫婦間での養育費を請求しないとの合意は一応有効であるとしても、このような合意はあくまで父母間でのものにすぎません。

 

 そこで、子ども自身が有している扶養料請求権を親が子の法定代理人として行使することで、実質的に養育費を請求するのと同じような結果にできるのではないか、という点が問題になることがあります。

 

 古い裁判例においては、扶養の権利は処分することはできないという理由のみで請求を認めるものもありますが(東京高裁昭和38年10月7日決定)、子の扶養需要が増大したり、親の一方又は双方の資力に変動を生じるなど、合意成立のときに前提となった諸般の事情に変更が生じた場合でなければそのような請求はできないと判断するものもあり(札幌高裁昭和51年5月31日決定)、裁判所の判断は分かれています。

 

 札幌高裁の決定を前提とすると、養育費として請求する場合であれ、子どもの扶養料請求権として請求する場合であれ、要するに合意当時から事情の変更があった場合でなければ請求は難しい、と整理することができるように思います。

 

 いずれが正当かは悩ましいところですが、この問題は、法的安定性と未成年者の保護の双方に目配りする必要があると思われるため、個人的には無制限に認める見解よりも、事情変更の有無を基準とする見解の方が説得力を感じるところです。

 

 

 以上、いくつかの裁判例をもとに御説明しましたが、一旦成立した合意を後から変更するのは簡単なことではありませんので、何らかの理由によって改めて養育費を請求したいと考える場合には弁護士への相談をご検討下さい。

 

  弁護士 平本丈之亮