過去の婚姻費用を遡って請求することはできるのか?

 

 別居や離婚を考えたときに検討するものの一つとして婚姻費用がありますが、諸事情からすぐに請求できなかったり支払いがなされないまま時間がたってしまったというケースがあり、そのような場合にいつの分から請求できるのか、あるいは過去に支払われなかった分を遡ってどこまで請求できるのかというご質問を受けることがあります。

 そこで今回は、この点についてお話ししたいと思います。

 

婚姻費用について具体的な取り決めがあった場合

 この場合には既に婚姻費用の支払いを求める権利が具体的に発生している以上、単なる未払いの問題として過去の分を遡って請求することが可能です。

 もっとも、婚姻費用はそれぞれの支払期限(毎月末払いであれば各月の末日の経過)から5年が経過すると時効によって消滅していくため、あまりに古いものについては請求できないことになります。

 

婚姻費用について具体的な取り決めがなかった場合

 以上に対して、相手と婚姻費用について取り決めがなかった場合には、いつまで遡ってもらえるのか(始期)の問題が生じます。

 この点は裁判所の裁量的判断に属するため明確に決まるものではありませんが、実務上は請求の意思が明確になった時点から認められることが多いと思います。

 

 【婚姻費用の調停を申し立てた場合】 

 この場合、裁判所では、調停申立時点で請求の意思が明確になったとして、その時点まで遡って請求を認める傾向にあります。

 

  しかし、最終的にどの時点まで遡るかは裁判所の裁量ですから、個別の事情(相手方の収入や資産、申立がなされるまでに時間を要した場合にはその理由など)によっては、申立以前に遡って支払いを命じられる可能性もあります。

 たとえば、婚姻費用そのもののケースではありませんが、医学部に進学した子どもが医師の父親に扶養料の請求をしたというケースで、父親が再婚後に子どもとの交流を拒否するようになり、手紙で面会の申入れをしたことに対しても、今後一切連絡してこないようにと応答したなどといった事情を指摘し、扶養料の請求の始期を裁判所への申立や協議の申し入れのときではなく、医学部への進学の月まで遡らせたという裁判例があります(大阪高裁平成29年12月15日決定)。

 

 【内容証明郵便などで請求していた場合】 

 調停の申立以前に請求していた場合にはそこまで遡って請求できるケースもあり、実際にも内容証明郵便で支払いの意思を示したところまで遡って請求できるとした裁判例もあります(東京家裁平成27年8月13日決定)。

 そのほか、個別の事情如何では請求時より前に遡る可能性があることは先ほど述べたとおりです。

 

 

離婚成立まで具体的な請求をしていなかった場合

 以上に対して、そもそも離婚が成立するまで婚姻費用について請求しないままというケースもありますが、このようなときに、離婚成立後になってから過去の婚姻費用を遡って請求することは容易ではないと思われます(養育費は当然ながら請求可能ですが、請求時以降に限定される可能性があるのは婚姻費用と同じです)。

 

 これと異なり、裁判所への申立後に離婚が成立したという逆のパターンについては、最高裁令和2年1月23日決定において離婚成立までの分の婚姻費用の請求も可能と判断されましたので、とりあえずは離婚成立前に請求しておけば、請求から離婚までの分は救済される可能性があります。

 この最高裁決定は婚姻費用の請求を裁判所に申し立てた後に離婚が成立したケースに関するものであり、請求しないまま離婚が成立した場合について判断したものではありません。

 そのため、離婚まで請求していなかった場合にまで遡って請求できるかどうかは解釈問題となりますが、離婚が成立しているのであれば、どこかのタイミングで婚姻費用を請求できたことが多いと思いますので、離婚成立まで請求しなかった場合にまで、後になってから過去分の請求を遡って認めるのは個人的には難しいのではないかなと考えています。

 

 なお、上記のように離婚成立までに過去の未払分の婚姻費用を請求していなかった場合でも、離婚成立の際に財産分与について解決が未了だったのであれば、後の財産分与の請求において過去の婚姻費用分を加算するよう求めることができることもあり、その場合、過去のお互いの収入を参考に本来支払われるべきであった婚姻費用相当額を計算し、その全部ないし一部を本来の財産分与額に上乗せするという形で処理します。

 ただし、どこまで上乗せすることが許されるのかについて明確な定めがあるわけではなく、この点も最終的には個別の事情を踏まえた裁判所の裁量判断になりますし、離婚の際に今後は互いに請求しないという清算条項を付していた場合にはこのような形で追加請求することもできなくなります。

 このように、過去の未払婚姻費用が当然に加算されるとまではいえませんし、財産分与の場面では過去の婚姻費用はあくまで財産分与額を決める際の一つの考慮要素にすぎないことから、そもそも分与すべき財産が存在しないと請求できません。

 そのため、未払いの婚姻費用がある場合、基本的には婚姻費用それ自体を早期に直接請求する形を取っておく方が無難です。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

夫に認知した子どもがいることは、婚姻費用や養育費の計算に影響するのか?

 

 夫の不貞行為によって子どもが生まれ、認知するケースがありますが、では、このようなケースで(元)妻が婚姻費用や養育費を請求した場合、夫側に認知した子どもがいることは婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算においてどう扱われるのでしょうか?

 

認知した子どもの存在は婚姻費用や養育費の計算に影響する

 認知した子どもを夫婦間の子どもと同じように扱った場合、その分扶養すべき者が増えるため婚姻費用や夫婦間の子どもに対する養育費は減ることになりますが、夫がこのような主張をすることは信義則に反し許されない、すなわち、(元)妻からの婚姻費用や養育費の計算にするにあたっては認知した子どもはいないものとして計算すべきである、という考え方もあります(岐阜家裁中津川出張所平成27年10月16日審判 ※ただし抗告審である後記名古屋高裁決定により取り消し)。

 

 しかしながら、出生の経緯がどうあれ、同じ父親の子どもである以上、夫婦間の子どもかそうでないかによって扶養義務の程度に差を設けることは相当ではないと考えられます。

 近時の裁判例でもこのような考え方が採用されており(名古屋高裁平成28年2月19日決定、東京高裁令和元年11月12日決定など)、不倫相手の子どもがいても、その子どもがいるものとして婚姻費用や養育費を計算することが主流の考え方ではないかと思われます(もっとも、夫が認知しただけで実際に扶養義務を果たしていない場合も同じように考えるべきかは不明です)。

 

東京高裁令和元年11月12日決定

「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり、当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず、」

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)は考慮されるのか?

 

 婚姻費用については、双方の収入によって金額を算定する標準算定方式が浸透しています。

 そのため、婚姻費用を計算する場合には双方の収入をどこまで考慮するかが重要な課題となりますが、この点について、結婚前から保有していたり相続・贈与によって取得した「特有財産」からの収入(不動産収入や株式配当金などの果実)をどのように扱うかが問題となることがあります。

 この点は過去にいくつかの裁判例が存在しますが、近時も高裁決定が出ているところですので、今回はそのような裁判例を紹介したうえで、婚姻費用と特有財産の関係についてお話したいと思います。

 

東京高裁昭和42年5月23日決定

「申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。」

 

東京高裁昭和57年7月26日決定

「申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、就中○○○のマンションに住んでいた当時、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。
 以上の通りであるから、相手方が相続によりかなりの特有財産(その貸与による賃料収入を含む)を有していることも、また、相手方が右相続により相当多額の公租公課を負担しているごとも、いずれも、本件において相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである。」

 

大阪高裁平成30年7月12日決定

「相手方は、相手方の配当金や不動産所得に関し、「抗告人との婚姻前から得ていた特有財産から生じた法定果実であり、共有財産ではない」から、婚姻費用分担額を定めるに当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るべきである旨主張する。
 しかし、相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」

 

 以上のように過去の裁判例においては、特有財産からの収入(果実)について、特段の制限なく収入として算入するもの(東京高裁昭和42年5月23日決定)と、婚姻中の生活の原資になっている場合には収入に算入するもの(東京高裁昭和57年7月26日決定、大阪高裁平成30年7月12日決定)に分かれています。

 婚姻費用について定める民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、婚姻費用の算定について互いの資産を考慮することを明らかにしているほか、「収入」についても特段限定はされておらず、また、婚姻費用分担義務が生活保持義務(=自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)であることからすると、このような特有財産からの収入も当然に収入に算入されるべきように思われます。

 婚姻中の生活の原資にあてられていた場合には考慮(算入)するとした裁判例が、何故そのような限定を施すのかはいまいち判然としませんが、財産分与の場面においては特有財産が対象外であることとの整合性を図る趣旨なのかなと想像しています。

 いずれにしても、生活の原資にあてられていたかどうかがポイントになるという裁判例がある以上、このような特有財産からの収入が婚姻費用の計算において問題となる場合には、権利者側であれ義務者側であれ、この収入が実際上どのように使われていたのかについて積極的に主張立証していく必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

無職の妻からの婚姻費用の請求について潜在的稼働能力の有無が問題となった2つの事例

 

 婚姻費用や養育費を計算する場合、基本的には当事者の実際の収入をもとに計算します。

 もっとも、様々な事情によって無職の状態にある場合でも、実際には収入を得られるだけの能力があるはず(潜在的稼働能力)として、一定の収入があるとみなして金額を算定する場合があります。

 今回は、このような潜在的稼働能力による婚姻費用の算定が問題となった事例を2つご紹介します。

 

過去の勤務実績や退職理由から潜在的稼働能力をもとに婚姻費用を算定したケース(大阪高裁平成30年10月11日決定)

 このケースでは、婚姻費用を請求した無職の妻について以下の事情があるとして、妻の収入を退職の前年に得られていた収入をもとに計算しました。

 

①妻は教員免許を有していること

②妻は数年前に手術を受け、就労に制約を受ける旨の診断を受けているが、手術後に2つの高校の英語科の非常勤講師として勤務し、約250万円の収入を得ていたこと

③妻の退職理由は転居であり、手術後の就労制限を理由とするものとは認められないこと

 

 この裁判例では、妻の勤務実績と、退職理由が手術後の就労制限ではなく転居であるという点に着目して、退職する前年の収入をもとに婚姻費用を計算しています。

子どもが幼少で幼稚園や保育園にも通っていないという事情から潜在的稼働能力を否定したケース(東京高裁平成30年4月20日決定)

 原審は、妻に以下の事情があることを指摘して妻の潜在的稼働能力を肯定し、賃金センサスの女子短時間労働者の年収額程度の稼働能力を前提に婚姻費用の金額を定めました。

 

①妻が歯科衛生士の資格を持ち歯科医院で10年以上の勤務経験があること

②長男及び長女は幼少であるものの長男は幼稚園に通園していること

③妻は平日や休日に在宅していることの多い母親の補助を受けられる状況にあること

 

 これに対して、高裁は、長男は満5歳であるものの長女は3歳に達したばかりであり,幼稚園にも保育園にも入園しておらずその予定もないという事情を重視して、妻の潜在的稼働能力を否定し妻の収入を0として計算しました。

 ただし、高裁決定においても、この判断は「長女が幼少であり,原審申立人(※注 妻)が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。」と述べ、将来的には潜在的稼働能力による金額変更の可能性を認めています。

 

 以上のとおり、当事者に無職者がいる場合の潜在的稼働能力は、無職者の家族関係や過去の勤務実績、保有する資格や退職理由などの諸事情から判断されることになります(子どもが幼少の場合は潜在的稼働能力が否定されやすい傾向にあるとはいえますが、両親等の同居家族の存在やサポート体制によっては必ずしもそう言い切れないところです)。

 潜在的稼働能力が肯定された場合の収入認定についてもまちまちであり、今回ご紹介したように直近の収入を基礎とするケースもあれば、統計上の平均的な収入を基礎とするケースもあります。

 今回は権利者が妻である場合を例にお話ししましたが、潜在的稼働能力が問題となるのは義務者の場合も同じであり、義務者となるのも夫とは限りません(夫が子どもを引き取るケース)。

 このように、別居中にいずれかが無職になってしまった場合には妥当な婚姻費用を計算することが難しくなることがありますので、そのような事情があるときは一度弁護士への相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

有責配偶者からの婚姻費用の請求は認められるのか?

 

 別居に至った場合、配偶者の一方から婚姻費用の請求がなされることがあります。

 婚姻費用の請求は権利であり、通常、これを行使することに何ら問題はありませんが、別居に至った原因が不貞行為など婚姻費用を請求してきた側にあった場合、これを認めて良いのか疑問が生じます。

 そこで今回は、いわゆる有責配偶者から婚姻費用の請求があった場合にこれが認められるかどうかについて、最近の裁判例を2つほどご紹介したいと思います。

 

東京高裁平成31年1月31日決定

 妻が夫に対して婚姻費用の請求をした事案において、裁判所は概要以下のような理由から婚姻費用の請求を否定しています(夫と子どもが同居、妻は単身で居住)。

 

①夫婦は互いに協力し扶助しなければならず、別居した場合でも他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負い、夫婦の婚姻関係が破綻している場合においても同様であるが、婚姻費用の分担を請求することが当事者間の信義に反し又は権利の濫用として許されない場合がある。

②本件において夫婦が別居に至った経過は、酔って帰宅した妻が子どもの首を絞め、壁に押し付けて両肩をつかむなどの暴力をふるい、これを注意した夫ともみ合いつかみ合いとなり、包丁を持ち出して夫に向けて振り回し負傷させるなどの暴力行為に及び、それを見た子どもが玄関から裸足で飛び出したことから、危険を感じた夫が子どもとともに家を出て別居するに至ったというものである。

③妻は、上記暴力行為以前から、子どもを叩く、蹴るなどしており、このような度重なる暴力によって子どもの心身に大きな傷を負わせていたことがうかがわれ、その上、酔って生命に危険が生じかねない暴力行為に及んだものであって、このような暴力が子どもに与えた心理的影響は相当に深刻であったとみられる。

④児童相談所は、子どもについて一時保護の措置をとり、夫は妻と別居して家庭裁判所により子どもの監護者に定められ、その監護をすることとなった。

⑤婚姻関係の悪化の経過の根底には、妻の子どもに対する暴力とこれによる子どもの心身への深刻な影響が存在するのであって、必ずしも夫に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面はあるが、別居と婚姻関係の深刻な悪化については妻の責任によるところが極めて大きい。

⑥妻には330万円余りの年収があるところ、夫が住宅ローンの返済をしている住居に別居後も引き続き居住していることによって住居費を免れており、相応の生活水準の生計を賄うに十分な状態にある。

⑦夫は会社を経営し約900万円の収入があるが、妻が居住している住宅の住宅ローンを支払っており、さらに、子どもを養育して賃借した住居の賃料及び共益費、私立学校に通学する学費や学習塾の費用などを負担している。

⑧以上のお互いの経済的状況に照らせば、別居及び婚姻関係の悪化について極めて大きな責在がある妻が、夫に対し、夫と同程度の生活水準を求めて婚姻費用の分担を請求することは信義に反し、又は権利の濫用として許されない。

 このケースでは、妻の子どもに対する暴力行為があり、これが夫婦関係を悪化させたという経緯があることや、妻にもそれなりの収入があり、かつ、夫が別居後に妻の住居費を負担していること、夫が子どもの生活費や学費を負担していることなどから、妻からの婚姻費用の請求を認めませんでした。

 なお、裁判所は、妻が子どもの世話のほとんどを担い、子どもの問題行動に悩み、注意しても一向に治まらなかったことから暴力に及んだものであって、相当に鬱屈した精神状態であったことがうかがわれると指摘し、他方、夫側にも育児を妻に任せたり2年ほど子どもを無視する、妻とも話をしない状態となっていたとして相応の非があったと述べ、妻のおかれていた事情にも一定の理解を示しています。

 しかし,このような双方の責任とを比較すると、夫側の非はごく小さな比重のものにとどまると述べ、上記のような結論に至っています。

 

大阪高裁平成28年3月17日決定

 本件は、不貞行為があったとされた妻から夫に対する婚姻費用請求について、以下のように述べて妻の分を否定し、子どもの分のみの分担を命じたものです。

 

「夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。」

 

 なお、妻は、手続の中で不貞行為の存在を争ったようですが、不貞相手と目される男性とのSNSの通信内容から、「単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。」として排斥されています。

 このケースでは不貞行為の立証が成功したため、有責配偶者である妻の分の請求は排斥されていますが、夫が高収入であったことが影響し、審理期間中の12ヶ月分の婚姻費用から既払い額を控除した額として200万円近くを遡って支払う決定がなされています(+将来にわたって子どもの養育分の支払い)。

 ここまで高額になるケースはそこまで多くはないかもしれませんが、不貞行為など請求者の有責性を理由に婚姻費用の排斥を求める場合には、立証に失敗する可能性があるほか、相手方が監護する子どもの分については支払いは免れないことから、過去に遡ってまとめて支払いを命じられるリスクがあることに注意が必要です。

 

 以上のように、婚姻費用を請求する側に有責性がある場合、信義則違反あるいは権利の濫用として婚姻費用が否定されることがあります。

 もっとも、婚姻費用が否定されるのは、別居に至った原因がもっぱら又は主として権利者側にのみあると立証できた場合に限られますし、否定されるのも配偶者の部分に限られます(配偶者の部分についても、全額を否定するのではなく一部は認めるという裁判例もあります)ので、実際に婚姻費用を請求された場合にどう対応すべきかは難しい判断が要求されます。

 相手の有責性を立証できなければ過去の分に遡って支払いを命じられるというリスクもあり、この問題については慎重な対応が求められますので、迷った場合には弁護士への相談をご検討ください。  

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用・養育費の請求方法と注意点

 

 別居することになった場合、離婚するまでの生活費として重要になるのが婚姻費用であり、離婚後の子どもとの生活のために重要となるのが養育費です。

 では、いざ婚姻費用と養育費を請求しようと思った場合、いったいどうやって請求すれば良いのでしょうか? 

 

婚姻費用

 【裁判所外での請求に決まった方式はない】 

 実は、婚姻費用を裁判所外で請求する方法に、こうでなければならないという決まった方法はありません。

 そのため、相手方が誠実に話し合いに応じる可能性が高いのであれば、口頭でもメールでも良く、方法は問いません。

 

 【請求した時点の証拠化が重要】 

 もっとも、実際のケースでは金額や支払いの期間などを巡って交渉しなければらならないことも多いですし、残念ながら請求しても何かしら理由をつけて相手が話し合いに応じないケースもあります。

 

 このように交渉で解決せず、最終的に裁判所での審判にまで至るケースでは、請求した時点に遡って支払いを命じてもらえることが多いのですが、そこで問題となるのが、果たしていつ請求したのかということです。

 つまり、口頭での請求だと実際にいつ請求したのかが不明確であるため、協議が整わず裁判所に問題が持ち込まれた場合、請求したことが証拠上明確になった時点、すなわち調停時までしか遡ってもらえないことがあります。

 そのため、裁判所での解決を求める前に任意で交渉する場合には、少なくとも、いつ婚姻費用を請求したのかを明確に証拠化しておくことが重要となります。

 この点については、内容証明郵便で婚姻費用を請求した場合にその時点まで遡って支払いを命じた裁判例(東京家裁平成27年8月13日決定)がありますので、少なくとも内容証明郵便で請求しておけば安心です。

 もっとも、証拠として残す方法はなにも内容証明郵便に限らず、例えば電子メールなどであっても、それが相手に到達した事実と到達日を証明できればそこまで遡ってもらえる可能性がありますので、最低限、そのような形で証拠化しておくことをお勧めします。

 

養育費

 【離婚と同時に取り決めする場合】 

 この場合は離婚と同時に養育費の支払いがスタートするため、請求の時期や請求方法については特に気をつけることはありません。

 ただし、ご相談を受けていると、口頭で養育費の合意をしたものの離婚協議書などの形にしていないことがあり、そのようなケースだと改めて養育費の請求をやり直さなければならないこともあるため、離婚と同時に養育費を合意する場合には形にしておくことが重要です。

 

 【離婚後に請求する場合】 

 このケースでは基本的に婚姻費用と同様に考えてよく、当事者間での交渉からスタートする場合にはまずは請求したことを明確に証拠化し、解決が難しければ調停・審判という流れに至ることになります。

 

協議が難しければいきなり調停を起こしても良い

 なお、様々な事情から婚姻費用と養育費について相手と交渉することができない場合もあると思いますが、その場合には交渉を省いて調停を起こしても手続上は問題ありません。

 むしろ、別居に至る経緯や離婚の際の事情によっては、交渉を挟むことがかえってトラブルを招く場合もあり得ますので、そのようなケースであれば初めから調停を起こすことを考えることになります。

 

 

 今回は、婚姻費用や養育費を請求する方法や注意点についてお話ししました。

 交渉からスタートする場合には請求したことを証拠化しておくこと、取り決めしたことはきちんと形にしておくことが重要ですので、それらの点に気を付けていただきたいと思います。 

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用・養育費の不払いと勤務先情報の開示手続について

 

 婚姻費用・養育費について公正証書や調停などで取り決めをしても、残念ながら途中で支払いが滞ってしまう例がありますが、今回は、不払いに対する対応手段として新設された制度についてお話しします。

 

口座の差押えは実行性が乏しいケースが多かった

 養育費などの未払いがあった場合、公正証書や調停調書などの債務名義があれば強制執行によって財産を差し押さえるというのがセオリーですが、養育費などの未払いをする人には財産もないことが多く、これまでは預金口座を差し押さえても空振りになる例が少なくありませんでした。

 

給与を差し押さえるのが有効だが職場が分からないことが課題だった

 そのため、婚姻費用や養育費の不払いがあった場合には給料に対する強制執行をするのが有効な手段でしたが、別居や離婚から時間が経過してしまうと相手がどこで働いているのかわからなくなる場合もあり、そのようなケースでは給料の差押えをすることもできないという問題がありました。

 

民事執行法の改正によって、勤務先情報を得られるようになった

 婚姻費用や養育費については女性が権利者になる例が多く、収入が乏しい場合は婚姻費用や養育費が生活維持にとって非常に重要となりますが、このように保護すべき要請が強い権利であるにもかかわらず強制執行に実効性が伴わない状態が続いていました。

 そこで、今回、民事執行法が改正され、2020年4月1日から婚姻費用や養育費などの権利を有する人が公正証書や調停調書、審判書、判決などの債務名義を有する場合、裁判所に対する申し立てによって市町村や日本年金機構、公務員の共済組合等から相手の勤務先情報の開示を受けることができるようになりました。

 

情報開示だけで不払いの解消につながる可能性もある

 裁判所が情報提供命令を発したことや給与情報が開示されたことは、不払いをしている債務者にも通知されます(民事執行法第206条2項、同205条3項、同208条2項)。

 この手続が実施されたことは強制執行の準備をしていることの表れですが、預金などの流動資産と違って勤務先は軽々に変えることができない場合が多いため、情報開示後に実際に差押手続にまで至らずとも、開示手続が開始された時点で差押えを恐れ、自発的に支払いをする債務者もいると思われます。

 また、このような制度があるということがきちんと知識として広まれば、給与所得を得ている債務者は差押えを嫌い、不払いが発生する事例も減っていくことが一定程度期待できます。

 

公正証書や調停調書などでは、「婚姻費用」や「養育費」と明確に定めるべき

 このように、婚姻費用や養育費の不払いについては勤務先情報の開示という新たな対抗手段が設けられましたので、給与所得者に限られるという限界はあるものの、これまで回収を断念していた方が強制執行によって回収できるようになる可能性が出てきましたし、これから養育費等の取り決めをする人についてもこの制度は有効な手段となり得ます。

 もっとも、勤務先情報は債務者に与える影響も大きく、そのために婚姻費用や養育費などの一定の権利に限って認められるものです。

 公正証書や調停調書などで「婚姻費用」、「養育費」などと明確に定めれば良いのですが、実務的には「解決金」や「和解金」なとという玉虫色の名目で取り決めをする例もあり、このような定め方をすると開示制度の利用ができない可能性もありますので、これから取り決めをする場合にはきちんと名目を明らかにしておく必要があります(なお、判決や審判であれば裁判所が決めるためそのような問題はありません)。

 

勤務先情報の開示を受けるには、いくつかの条件がある

 婚姻費用や養育費等の権利者がこの手続きを利用するには、概ね以下のような条件が必要となっていますが、これらの条件を自分だけでみたすのは難しい場合もあるかと思いますので、必要に応じて弁護士への相談を推奨します。

 

主な条件

①執行力のある債務名義を有していること

②債務者に対して債務名義の正本又は謄本が送達されていること

③3年以内に財産開示手続が行われたこと

④以下のⅰかⅱのいずれかをみたすこと

ⅰ 6か月以内に行われた強制執行(又は担保権の実行)による配当で全額の弁済を受けられなかったこと

ⅱ 債権者が通常行うべき調査をし、その結果判明した財産に強制執行等をしても全額の弁済が得られないことの疎明があったこと

 

 ③の財産開示手続とは、今回の改正で新設された第三者からの情報取得制度ができる前から存在した制度で債務者自身に財産状況を報告させる制度ですが、従来は罰則が軽かったこともありあまり活用されていませんでした。

 今回の改正によって、財産開示手続に対して正当な理由なく出頭を拒否したりや回答拒否をした場合には刑罰を科せられることになりましたので、第三者から勤務先情報を得る前に、まずは債務者自身に財産情報を開示させることが必要とされました。

 

 ④は、いわゆる執行不奏効要件といわれるものですが、ⅱに記載のあるとおり実際に強制執行をすることまでは必要ではありません。たとえば、財産開示手続に債務者が出頭しなかったり、あるいは開示された内容にめぼしい資産がなかった場合には、そのような財産開示手続の結果もⅱの条件をみたすかどうかの判断材料になると思われます。

 

 婚姻費用や養育費は、本来、配偶者や子どものセーフティネットとして位置づけられるべきものと思いますが、現状は残念ながらそのような機能を果たしているとは言い難く、経済的に苦しい思いをしている方が多くいらっしゃいます。今回の改正法の活用によって、婚姻費用や養育費の不払いで困る方が少しでも減ることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

婚姻費用・養育費の算定方法の変更について

 

 既に報道でご存じの方も多いと思いますが、昨年12月23日に婚姻費用と養育費の算定について、これまで取り扱いを変更する内容の司法研究が公開されました。

 これにより今後の婚姻費用・養育費の算定実務に大きな影響が生じると思われるため、今回はこの司法研究の概要についてご紹介したいと思います。

 

基本的な計算方法に変更はない

 旧算定表と今回の研究で示された新算定表のもとになった計算方法は、いずれも、子どもの年齢や人数などから算出した生活費を権利者と義務者の基礎収入で按分して金額を決めるというもの(収入按分型)であり、基本的な計算方式に変更はありません。

 

変更点は「基礎収入割合」と「生活費指数」

 このように基本的な計算方式は変わらないものの、過去の計算方式が公開から15年以上経過し、当事者双方の収入や子どもの生活費を算出するために使用していた統計資料が今の実体とそぐわない部分が生じていたため、計算に用いる統計資料を更新した結果、収入を算定するための数字(=「基礎収入割合」)と子どもの生活費・教育費を算定するための数字(=「生活費指数」)に変更が加えられた、というのが今回の研究結果の中身となります。

 

基礎収入割合の変更

 婚姻費用・養育費を算出するためには、当事者双方の総収入から、子の生活費等にあてられるものではない経費(=公訴公課、職業費、特別経費)を差し引き、計算の基礎とすべき「基礎収入」を認定するという作業が必要となりますが、今回、この基礎収入を算定する際に用いられる指数(=「基礎収入割合」)に変更が生じました。

 

【旧算定方式】

 給与所得者 42~34%

 自営業者  52~47%

 【新算定方式】 

 給与所得者 54~38%

 自営業者  61~48%

 

生活費指数の変更

 また、婚姻費用・養育費の計算には、親の生活費を100とした場合に子どもに充てられるべき生活費(学校教育費含む)の割合(=「生活費指数」)が用いられますが、この点にも以下の変更が生じました。

 

【旧算定方式】

 0~14歳 55

 15歳以上 90

 【新算定方式】 

 0~14歳 62

 15歳以上 85 

 

実際の金額はどう変わったか?

 以上のように計算に用いる数字が変わったといっても、実際にはこれを計算式や算定表にあてはめないとどのように変わったかはわかりませんので、以下では、いくつかの事案をもとにどのような変化が生じたかをご紹介してみたいと思います。

 今回は計算をシンプルにするため下記のような事例を設定しましたが、全体的に見ると、横ばいのケースもあるものの、全体的には金額は増加傾向にあるのではないかと思われます。

 なお、2~4万円など幅があるのは算定表の幅を示しており、( )内の金額は、算定表の縦軸と横軸にお互いの収入を当てはめて線を引いた場合に交差した部分の金額です。

 基本的には縦軸と横軸が交差した部分が標準的な金額となりますが、収入以外の様々な事情を加味した結果、金額が幅の範囲内で増減されることもありますので、幅の範囲内にあればとりあえず相場から外れたものではないと言えると思います(ただし、旧算定表でもそうですが、算定表の中でもともと考慮されていない特別の事情がある場合には、事情次第ではこの幅を外れることもありますので、その点には注意を要します)。

 

事例

 義務者 給与所得者

 権利者 給与所得者

 子ども 1名(14歳以下)

 

 事案1 

 義務者の総収入 400万円

 権利者の総収入 200万円

 

【旧算定表】

 2~4万円(3万円程度)

 【新算定表】 

 2~4万円(4万円程度)

 

 事案2 

 義務者の総収入 600万円

 権利者の総収入 400万円

 

【旧算定表】

 2~4万円(4万円程度)

 【新算定表】 

 4~6万円(5万円程度)

 

 事案3 

 義務者の総収入 1000万円

 権利者の総収入  500万円

 

【旧算定表】

 6~8万円(7万円程度)

 【新算定表】 

 8~10万円(8万円程度)

 

 事案4 

 義務者の総収入  350万円

 権利者の総収入  500万円

 

【旧算定表】

 1~2万円(2万円程度)

 【新算定表】 

 2~4万円(2万円程度)

 

 事案5 

 義務者の総収入 1600万円

 権利者の総収入  300万円

 

【旧算定表】

 12~14万円(13万円程度)

 【新算定表】 

 16~18万円(16万円程度)

 

今回の変更をもとに増額の請求ができるか?

 婚姻費用や養育費の変更は、当初取り決めしたときの前提となった客観的事情に変更が生じたこと、その事情変更を当事者は予見しておらず、予見もできなかったこと、金額の変更を求める側に事情変更について落ち度がないこと、当初の合意による支払いを続けさせることが著しく公平に反すること、といった条件が必要であると考えられていますが、この研究結果の公表そのものは養育費等の金額を変更する事情の変更にはあたらないとされています。

 もっとも、今回の研究結果の公表とは関係なく、当事者双方の収入や身分関係など客観的事情に変更があった場合には、それが理由となって金額が変更される可能性はあり、その際には新たな計算方式に基づいて再計算がなされるものと思われますので、権利者側に収入の大幅な減少などの事情が生じた場合には増額の請求を検討してみる価値はあると思います。

 ただし、ふたを開けてみたら義務者側の収入も当初より大幅に減っていたとか、義務者が再婚して子どもが生まれていたといった相手側の事情変更の可能性もあります。

 そのような場合は期待したような増額が認められないこともありますし、かえって、それを機に相手方から減額を求められるという事態も考えたうえで行動しなければなりませんので、果たして増額を求めても良いものか、このままの状態を維持した方が良いのかについては慎重に検討する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

養育費の減額請求についてのお話

 

 離婚の際や離婚後に養育費について取り決めをしても、その後の事情の変更によって養育費の減額や免除を求められたり、逆に求めたりするケースがあります。

 今回は、このような申し出があった場合の対応や、申出をする場合の注意点などについてお話しします。

 

一度取り決めた養育費もあとで変わる可能性がある

 養育費の支払期間は通常長期間であるため、一度養育費の額を決めても、その後の身分関係や経済状況の変化によって養育費の金額が変わることがあり(民法766条3項)、典型的な例だと、支払義務者の大幅な収入減少(経済状況の変化)や、権利者の再婚相手と子どもの養子縁組(身分関係の変化)などがあります。

 

養育費を減額(免除)してもらうための手続は?

 このように、養育費については、当初の取り決めが実体に合わなくなった場合に、事後的に金額が変更されることが予定されていますが、養育費の減額や免除を求める場合、まずは当事者間で協議が行われることが多いと思われます。

 しかし、当事者間で金額の変更について折り合いがつかなかった場合には、金額の変更を求める側が家事調停を起こし、調停がまとまらなければ、最終的には審判手続によって裁判所が決めるという流れを辿ることが通常です。

 

金額はいつから変更されるのか?

 この点については、最終的には裁判所の合理的・裁量的判断によって決められますが、調停や審判を申し立てたときを原則としつつ、内容証明郵便などで金額変更の意思を相手方に明確に示した場合には、その時点まで金額変更の効果が遡るという考え方が有力ではないかと思います。

 たとえば、東京高裁平成28年12月6日決定では、義務者が別件の面会交流審判事件において、子どもの養子縁組を理由として養育費の支払義務が消滅したことを主張し、実際に支払いを打ち切ったあとに養育費免除の調停を申し立てたというケースで、支払い打ち切りの時点で金額を0とする意思が明確になったとしてその時点から養育費の支払義務がなくなったとし、養育費免除の調停の申し立てよりも前の段階で金額変更の効果が生じることを認めています。

 

養育費の減額(免除)を求められた場合の対応

 先ほどの高裁決定の考え方からすると、養育費の減額や免除を求められた場合、権利者側としては慎重な対応が必要となります。

 たとえば、減額ないし免除の申し出について納得がいかないとして拒否し、義務者がやむなく従前の金額を払っていた場合、その後に調停や審判を起こされると、事案によっては、過去に受領していた養育費をまとめて返還しなければならなくなる可能性があります。

 したがって、このような申し出があった場合には、義務者が減額や免除を求めている理由やその根拠について詳しく聞き取り、必要に応じて弁護士に相談するなどして、以前と同じ金額をそのまま受け取って良いかどうかを検討する必要があります。

 特に、再婚して子どもと再婚相手が養子縁組した場合には、子どもの扶養義務は第一次的には再婚相手が負担し、実親である義務者の扶養義務は二次的なものにとどまると考えられていますので(→「親権者の再婚と養育費の関係~離婚⑧・養子縁組した場合~」)、注意を要します。

 

養育費の減額(免除)を求める側の注意点

 他方、養育費の減免を求める側も、一方的に減額するような対応にはリスクがあります。

 裁判所で最終的に養育費の減額が認められなかった場合には、未払分があるとして後でまとめて請求される危険があるからです。

 先ほどの高裁決定のように一方的に打ち切ったとしても責任を負わずに済むケースもあり得るところですが、本当に支払義務が減ったりなくなるのか、減額されたりなくなるとしてどの時点から支払義務が変わるのかという判断は諸般の事情から裁判所が判断するものであり、必ずしも予想通りになるとは限りません。

 そのため、減額や免除を求める側としては、可能であれば従前の支払いを継続しながら協議を行い、権利者側が応じない場合には速やかに調停を起こすなどの対応がリスクが少ないと思われますし、迷った場合にはやはり弁護士に相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

成人年齢の引き下げと養育費への影響

 

 先日、成人年齢を18歳に引き下げる法律が成立し、2022年4月から施行されることが決まりました。

 この改正により、それまでは未成年者として保護されていた18歳、19歳の若年者について消費者被害の増加を懸念する声などが上げられていますが、今回は、成人年齢の引き下げによって養育費の支払時期に何らかの影響があるのか、という点についてお話したいと思います。

 

改正法の成立前に既に養育費の合意をしていた場合

 養育費の支払期限は基本的に当事者の自由な合意で決めることができますが、成人すなわち20歳までとする例が比較的多かったと思われます。

 その場合の具体的な決め方については、「20歳まで」という表現のほか、「成人するまで」「成年に達するまで」という表現の場合もあります。

 合意の際、「20歳まで」という明確な表現をしていた場合は問題は起きませんが、たとえ「成人するまで」という表現をしていたとしても、この先、法律で成人年齢が18歳に引き下げられたからといって、連動して養育費が18歳で打ち切られるということはありません。

 当事者が合意した時点では【成人年齢=20歳】であった以上、当事者は養育費の支払いを20歳までとする前提だったことが明らかだからです。

 もっとも、非親権者(義務者)から18歳で打ち切りたいという申し入れがあり、親権者(権利者)がこれに応じた場合、そのように変更する合意そのものは有効ですから、親権者側は不用意に変更に合意してしまわないよう注意が必要です。

 

改正法の施行後に合意する場合

 このケースでは、【成人=18歳】ということを前提に合意するわけですから、「成人するまで」「成年に達するまで」という定め方をした場合、養育費の支払いは18歳までで終わりという判断にならざるを得ないと思います。

 そのため、20歳まで支払ってもらいたいということであれば、合意する際、明確に「20歳まで」などの表現にしておく必要があります。

 

 【相手方から、18歳までとするべきだと言われたら?】 

 養育費というのは、子どもが未成熟子(=自己の資産又は労力で生活できる能力のない者)である限り負担するべきものです。

 法律上、18歳が成人として扱われるようになったからといって、世の中の全ての18歳が突然、経済的に自立するわけはなく、その子どもが未成熟子かどうかは、結局のところ、その子どもを取り巻く家庭環境や本人の能力、健康状態、将来の志望などによって変わってくるところですから、成人年齢が18歳になったからといって当然に養育費の支払いが18歳で終わりになることはありません。

 したがって、「成人年齢が18歳になったのだから養育費も当然に18歳になるはずだ。」と言われても、そのようなことはないと反論することは可能です。

 

 この点については、参議院の附帯決議において、「成年年齢と養育費負担終期は連動せず未成熟である限り養育費分担義務があることを確認する」と明確に決議されており、法務省のHPでも、「成年年齢の引下げに伴う養育費の取決めへの影響について」という記事の中で、「成年年齢が引き下げられたからといって,養育費の支払期間が当然に「18歳に達するまで」ということになるわけではありません。」と述べられています。

 

今から改正法の施行までの間に合意する場合

 このようなケースで「成人するまで」「成年に達するまで」という定め方をすると、20歳を前提としているのか、それとも18歳を前提としているのか不明確ですから、後々トラブルになる可能性があります。

 調停や審判など裁判所で、あるいは弁護士が関与して養育費が決まる場合には、当然、そこに目配りをしますから、「20歳まで」のように明確な書き方をして、18歳までか20歳までかというところで問題が起きることは考えにくいと思います。

 これに対して、当事者間の協議で決める場合には、今後も「成人するまで」のような曖昧な決め方をしてしまうことがあり得ますので、そのような決め方はせず明確な表現にすることをお勧めします。

 

※2019年12月23日追記

 同日、裁判所が婚姻費用・養育費の新算定表を公表しましたが、その概要の中で、成人年齢を引き下げる法律の成立又は施行前に養育費の終期を「成年」と定めた場合、基本的には20歳と解するのが相当である、とされました。

 また、改正法の成立・施行という事情は、養育費の支払義務の終期を20歳から18歳に変更する事情にあたらず、子どもが18歳になったこともただちに婚姻費用の減額事由に該当するとはいえない、とされています。

 

 

弁護士 平本丈之亮