婚姻費用や養育費の不払いによる給与の差し押さえを取り消してもらうことはできるか?

 

婚姻費用や養育費を公正証書や裁判所で取り決めた場合、約束を破ると給与の差し押さえを受けることがありますが、その際、過去の滞納分だけではなく、将来分についてもあらかじめ差し押さえの手続きをとることができます(民事執行法第151条の2)。

 

このような差し押さえが可能とされているのは婚姻費用や養育費などが生活の維持に不可欠な権利であるためですが、将来分の差し押さえは義務者にとっても負担が大きいことから、これを取り消してもらうことができるかが今回のテーマです。

 

手段はあるがハードルは高い

 

方法としてまず考えられるのは、滞納分を速やかに支払ったうえで差し押さえをした権利者に差し押さえを取り下げてもらうよう依頼することですが、過去に滞納したからこそ差し押さえに至っている以上、権利者側から取り下げを拒絶されることもあります。

 

次に、民事執行法第153条では「執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。」との定めがあるため、この条文を根拠にして差し押さえの取り消しの申し立てをすることが考えられます。

 

もっとも、この点に関連する以下のような裁判例を見る限り、一度給与の差し押さえを受けると取り消してもらうことには相当なハードルがあります。

 

 

東京地裁平成25年10月9日決定

①差押命令の発令後、義務者は支払期限の到来していた養育費等を一括して支払い、その後も期限が到来した養育費を送金した。

 

②義務者が代理人に対して期限未到来分を含めた養育費全額相当額を預託し、権利者に期限未到来分も含めた養育費全額を直ちに支払うことを提案し、それを養育費の支払いに充てる旨を代理人とともに誓約した。

①②の事情から、客観的に養育費の任意履行が見込まれる状況にあり、差押命令発令時点で養育費支払義務の一部不履行があったことによる予備的差押えの必要性は現時点では失われたというべきと判断し、将来分のよる差し押えを取り消した。

東京地裁令和5年7月27日決定

「差押えがされた後において、任意履行の見込みがあることを理由として差押えを取り消すためには、債務者が任意履行の意思を表明しているというだけでは足りず、客観的にも将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情が必要」

義務者は過去の滞納分を支払い、今後の婚姻費用については毎月必ず遅れずに支払うことを誓約する旨の裁判所宛の誓約書を作成して提出したが、それを踏まえてもなお、「客観的に将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情は見当たらない」として取り消しの申立を却下。

※東京高裁令和5年10月31日付決定も原審の判断を維持。

 

以上の裁判例では、民事執行法第153条1項によって将来履行期が到来する部分に関する給与の差し押さえを取り消すには客観的にみて今後の履行が見込まれる事情が必要であるとされています。

 

取り消しが認められた平成25年の審判例では将来の養育費相当額の全額を代理人に預託したうえで支払いを誓約している点に特徴があり、取り消しが認められなかった令和5年の審判例では誓約書を提出しただけでは客観的に履行が見込まれるとはいえないとされています。

 

今回紹介した裁判例では具体的にどの程度の準備をすれば足りるのかまでは明確に判断していませんが、いずれにしても単に将来の支払いを約束した程度では取り消しを認めてもらうのは難しそうです。

 

このように婚姻費用や養育費の滞納によって給与の差し押さえがなされてしまうと、たとえその後に支払いを約束しても差し押さえを取り消してもらうのは容易ではありませんので、一度取り決めをしたらくれぐれも不払いがないように気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

養子縁組していない再婚相手の収入の一部を権利者の収入に加算し、養育費の減額を認めたケース

 

 離婚後、子どもを引き取った側(権利者)が再婚したものの再婚相手と養子縁組はさせなかった場合、再婚相手は子どもに対する扶養義務を負っていないため、義務者は養育費の支払義務を免れないことが一般的です。

 

 しかし、再婚相手が裕福で実際上も子どもを養育しているにもかかわらず、形式として養子縁組をしていないというだけで義務者の負担を軽減できないとすることは事案によっては義務者に酷な場合もあります。

 

 そこで、このような場合、再婚相手の収入を権利者本人の収入とみなして養育費の減額を認める余地はないのが問題になることがありますが、今回はこのような考え方を採用した裁判例を紹介します。

 

 

宇都宮家裁令和4年5月13日審判

【事案の概要】

権利者が離婚後、医師と再婚して子どもをもうけたが、前婚時の子ども(連れ子)とは養子縁組しないまま4人で生活している状況で、権利者から養育費の減額請求がなされた。

 

【裁判所の判断の概要】

①本件において、権利者が再婚して連れ子が再婚相手の養子に準ずる状態にあることは養育費の合意時に前提とされておらず、これによって合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至ったといえるから、再婚相手と子が養子縁組に準ずる状態であることは養育費の変更を認めるべき事情の変更にあたる。

 

②再婚相手の基礎収入のうち、仮に連れ子に対して扶養義務を負うとした場合のその子への生活費を計算し、これを権利者の収入に加算して養育費を算定。

 

 養育費の減額が認められるには合意当時予測できなかった事情の変更があり、当初の合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに到ったことが必要とされていますが、上記裁判例では権利者が裕福な者と再婚して自身の子どもが事実上の養子として養育される状況にあるという事態は事情の変更にあたると認めています。

 

 その上で、本件では再婚相手の基礎収入のうち、事実上の養子に振り分けられるべき生活費の部分を権利者自身の収入に合算(上乗せ)することにより養育費の減額を認める、という判断を下しています。

 

 このケースは再婚相手が経済的に余裕があると思われる医師であったことや、減額を求められた権利者側が再婚相手の確定申告書等の収入資料を開示しなかったという特殊な事情があり(裁判所は再婚相手の職業や権利者の態度等から再婚相手の事業収入を算定表上の上限額である1567万円はあるはずと事実認定。)、再婚したが養子縁組していないというケースすべてに妥当するかは何とも言えないところですが、同種事案があった場合には参考になるものと思われるため紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

婚姻費用の計算において、暗号資産の売却等で得た額と取得額との差額は収入にあたらないと判断されたケース

 

 婚姻費用についてはお互いの収入や子どもの人数・年齢などをもとに算定する標準算定方式が浸透していますが、一口に収入といってもどこまでのものを収入に含めるかは必ずしも明確でないこともあり、実際に取り決めをする際にはお互いの収入額がいくらかを巡って争いになることがあります。

 

 婚姻費用の計算に含めるべきかどうかという点について比較的問題になりやすいのは、結婚前から保有していたり相続した不動産からの賃料収入や株式配当金などですが、今回は義務者が保有していた暗号資産の売却等をしていたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

福岡高裁令和5年2月6日決定

 

 このケースは、婚姻費用の支払義務者が暗号資産を売却したり他の暗号資産に変換したところ、売却等によって得た額と取得原価との差額は婚姻費用の計算において収入とみるべきであると権利者が主張したものです。

 

 しかし、この権利者の主張に対し、裁判所は以下のような理由を述べて本件では売却等と取得原価との差額は収入としては扱わないと判断しました。

 

 

①義務者が暗号資産の売却又は他の暗号資産への変換により継続的に収益を得ていたとは認められないこと

 

②売却等は実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎないこと

 

 

 本裁判例の論理からすると、暗号資産の処分によって継続的に収入を得ていたと評価できるときはそれを婚姻費用の計算において収入と扱える余地がありそうです(①)。

 

 他方、夫婦共有財産である暗号資産を単に現金化したり他の暗号資産に変換したにすぎない場合はダメという点(②)ですが、このケースでは暗号資産以外にも義務者が加入している従業員持株会からの配当金の取り扱いが問題となり、裁判所はそれがさらなる自社株購入の原資とされていて生活費の原資にはなっていなかったことから収入にあたらないと判断しているため、実際に婚姻生活の原資として使用されていたことを必要とする趣旨ではないかと思われます。

 

 特定の高裁での事例判断であるため他の裁判所でも同じ結論になるとは限りませんが、婚姻生活の原資として実際に使用されていた場合に限って収入としてみるという考え方は類似のケースでもみられるところであり(特有財産からの配当金や不動産所得に関する大阪高裁平成30年7月12日決定、賃料収入に関する東京高裁昭和57年7月26日決定)、同種事例では参考になりそうですのでご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

同居したことがない夫婦の一方からの婚姻費用請求は認められるのか?

 

 婚姻費用を請求する典型的なケースは元々同居していた夫婦が別居した場合ですが、入籍はしたものの同居する前に関係が悪化し、そもそも一度も同居したことがないというケースでも婚姻費用を請求できるのでしょうか。

 

 一度も同居したことがないまま関係が悪化したケースは早期に離婚が成立し婚姻費用が問題になることは少ないようにも思われますが、中には当事者の一方が離婚を拒み別居状態が長期化する場合も想定されますので、そのような場合には婚姻費用の支払いを巡って紛争となることもあり得るところです。

 

 この点については、婚姻費用の請求者が相手方との同居を拒否したというケースにおいて、以下のように婚姻費用の請求が可能と判断した高裁の裁判例と否定した裁判例(原審)がありますので、今回はそれらを紹介したいと思います。

 

東京高裁令和4年10月13日決定

 裁判所は、以下のような理由を述べ、たとえ同居することがないまま婚姻関係が破綻していると評価される事実状態に到ったとしても、夫婦間の扶助義務はなくならない(=婚姻費用の請求はできる)と判断しています。

 

①当事者双方が互いに連絡を密に取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を進め勤務先の関係者にも結婚する旨を報告して祝福を受けるなどしつつ、週末婚あるいは新婚旅行と称して毎週末ごとに必ず生活を共にしており、婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできず婚姻関係を形成する意思がなかったということもできないこと。

 

②婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものであり、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないこと。

 

 もっとも、この裁判例でも、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて婚姻費用の請求が認められなかったり減額される場合はある、として一定の例外を認めています。・・・※

 

※結論としては本件の請求者にそのような事情があることを認めるに足る的確な資料はないとして、調停を申し立てた月からの支払いを命じています。

 

 

横浜家裁令和4年6月17日審判(原審)

 一方、上記高裁決定の原審では、以下のような点を述べて逆の結論を導いていました。

 

【要旨】

①請求者である申立人の同居拒否の理由が相手方の支配欲や夫婦観・人生観が基本的に相容れないことにあって、2人が十分な交流を踏まえていればそもそも入籍しなかったものと推認でき、婚姻は余りに尚早であり夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではない。

→通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情はない。

 

②申立人は高い学歴と資格を有し働く意欲も高いため潜在的な稼働能力が同年代の平均的な労働者に比べて劣るとは考えにくく、婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能。

→具体的な扶養の必要性は認められない。

 

→却下

 

 以上のように本件では原審と高裁で判断が分かれていますが、実務上、婚姻関係が破綻した別居の夫婦の間でも婚姻費用の支払義務が認められる傾向にあることも踏まえると、たとえ一度も同居したことがなかったとしても支払いを命じられる可能性は無視できませんので、実際のケースでは破綻原因が請求者の側にあるという証明がどこまで可能かも検討した上で慎重に対応する必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

一人株主が自分の経営する会社の利益を内部留保した場合、養育費の計算でその利益は収入とみなされるか?

 

 養育費の計算において役員報酬は給与収入と同視して扱われますが、一口に会社役員といっても立場は様々であり、ある程度規模の大きい会社の取締役の一人に過ぎない場合もあれば、小規模な会社の唯一の株主(=一人株主)兼代表者といったケースもあります。

 

 小規模な会社の代表者のようなケースでは、その年の業績によって役員報酬が大きく変動していたり、養育費を少なくするためあえて役員報酬を減額したことが疑われるケースもあるため、そのようなときは複数年の役員報酬の平均値を参考にしたり統計(賃金センサス)を利用して収入を認定するという方法をとることがありますが、それに似たような問題として、経営者がいわゆる一人株主であり会社経営によって生じた利益を会社に貯めている場合に(内部留保)、その利益を養育費の計算において株主である本人の収入として扱うことができるかが争われることがあります。

 

 要するにこれは、個人である一人株主兼役員と、本来は別の権利義務主体である会社(法人)とを一体視することができるのかという問題ですが、今回はこの点について判断した近時の裁判例(東京高裁令和4年5月24日決定)を紹介します。

 

東京高裁令和4年5月24日決定

 

 上記裁判例は、「一人会社であっても、法人格が形骸化し又は濫用されている場合でない限り、人格の異なる会社の内部留保を株主が自由に使用できるわけではないから、直ちに株主個人の収入と同視することはできない。」と判断しており、基本的には会社に内部留保された利益を株主の収入と同視することはできないとしつつも、法人格が形骸化又は濫用されている場合には例外的に会社の内部留保を株主本人の収入と同視することができるとしています。

 

 もっとも、このケースの結論としては、裁判所は、①会社には複数の取締役と40名以上の従業員がいること(=形骸化を否定する方向の事情)、②近い時期の決算期において資産と負債を比較した場合にマイナスとなっており、会社の中核事業について新型コロナウイルス感染症の感染拡大により経営が悪化した同業者もあることから内部留保を最大化させて早期の債務圧縮を目指すことは会社存続のための一つの合理的な経営判断といえる(=濫用を否定する方向の事情)と指摘し、本件では法人格を否認して内部留保を個人の収入と同視すべき事情はないと判断しています。

 

 上記裁判例は、いわゆる「法人格否認の法理」と呼ばれる理論を養育費の算定の場面において適用したものであり、この裁判例の判断枠組みを前提とすると、法人格が形骸化していたり(法人格はあるが、経営実態は個人事業であるケース)、一人株主が法人格を濫用している場合(会社経営を支配できる立場にあることを背景に、会社への内部留保が違法または不正な目的のために行われたケース)でなければ、会社の内部留保を株主本人の収入と扱うことはできないということになります。

 

 法人格が形骸化しているかどうか、あるいは法人格が濫用されているかどうかは結局のところ具体的な事実関係次第というほかはありませんが、たとえば、法人とは名ばかりで実際には業務・資産・会計が混同しており、株主総会や取締役会など会社の事業運営上の手続も無視しているようなケースであったり、会社の経営状況が好調で多額の内部留保をしておく必要がないのに、離婚問題が持ち上がってから突然多額の内部留保を積み上げはじめ、その代わり(他の役員がいる場合には他の役員の報酬はそのままにしながら自分だけ)役員報酬を減らしているようなケースであれば、会社が内部留保した直近の利益を個人の収入とみなして養育費の算定をしてもらえる可能性があると思われます。

 

 会社の内部留保を収入と同視できる場合、その額によっては養育費が大きく変わる可能性もありますので、当事者のいずれかが一人会社の株主である場合にはそのような例外的な事情がないか注意する必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫に認知した子どもがいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 子どものいる夫婦が別居するなどして離婚までの間の婚姻費用の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、婚姻費用を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の婚姻費用の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで婚姻費用を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・別居によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の婚姻費用と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

権利者世帯に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者(B)と、Bが養育する子(C・D)に対する生活費(年額=Z)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

B・C・Dに割り振られる生活費(Z)

=義務者(A)から割り振られる額(X)

+権利者(B)から割り振られる額(Y)

 

X=Aの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

Y=Bの基礎収入×B・C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+Bの生活費数(=100)+C・Dの生活費指数)

 

※権利者であるBはAの認知した子(E)に対して扶養義務を負わないため、Yの計算ではEの生活費指数は考慮しません。

 

【B・C・Dに割り振られる生活費(Z)】

X=246万円×224÷(100+100+124+43)≒150万1471円

 

Y=50万円×224÷(100+100+124)≒34万5679円

 

Z=X+Y=184万7150円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された権利者世帯に割り振られる生活費(Z)のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

権利者世帯に割り振られる生活費(Z)-Bの基礎収入

 

【Aの負担額(年額)】

184万7150円-50万円=134万7150円

 

【Aの負担額(月額)】

11万2262円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子に養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の婚姻費用から認知した子に支払っている養育費の金額をから差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、権利者世帯に対する婚姻費用を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫に認知した子どもがいる場合の養育費の計算方法

 

 子どものいる夫婦が離婚に伴って養育費の取り決めをする際、いわゆる簡易算定表が広く用いられますが、養育費を支払う側(義務者)に認知した子がいる場合、算定表をそのまま使うことはできません。

 

 そこで今回は、義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算についてお話しします。

 

義務者に認知した子がいる場合の養育費の計算方法

 

 義務者に夫婦間の子以外にも認知した子がいる場合、義務者は認知した子に対しても扶養義務を負います。

 

 そのため、このようなケースで夫婦間の子の養育費を計算する場合には、認知した子の人数や年齢などを考慮したうえで養育費を計算することになり、具体的な金額は以下のステップによって計算されます。

 

 このケースでの計算は複雑ですので、計算過程が分かりやすくなるよう、ここでは簡単な例を設定して解説します。

 

設例

【夫・義務者(A)】

 総収入600万円

 

【妻・権利者(B)】

 総収入100万円

 

【AB夫婦の子】

 8歳(C)と5歳(D)

 ・・・離婚によりBが監護

 

【義務者が認知した子(E)】

 10歳

 

【Eの母親(F)】

 総収入250万円

 

計算方法

 

義務者の基礎収入の計算

通常の養育費と同様、義務者の総収入に基礎収入割合を乗じ、義務者の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Aの総収入×基礎収入割合

 

※基礎収入割合は給与所得者かどうかや総収入の額によって異なります。

 

【Aの基礎収入】

600万円×41%=246万円

権利者の基礎収入の計算

次に、権利者である妻の基礎収入を計算します。

 

【計算式】

Bの総収入×基礎収入割合

 

【Bの基礎収入】

100万円×50%=50万円

認知した子の母の基礎収入の計算

次の計算で用いるため、ここで認知した子の母親(F)の基礎収入を計算します。

 

なお、今回は認知した子の母(F)の年収が分かるという前提であるため計算は容易ですが、実際にはFの収入がわからない場合もあります。

 

認知した子の母親の年収が不明な場合、母親の年齢や職業、学歴などをもとに統計上の資料(賃金センサス)を用いて推計することになります。

 

【計算式】

Fの総収入×基礎収入割合

 

【Fの基礎収入】

250万円×43%=107万5000円

夫婦間の子の生活費指数の計算

子の生活費指数は、15歳未満の場合62、15歳以上は85となりますので、今回の設例では以下のとおりとなります。

 

【生活費指数】

15歳未満:62

15歳以上:85

成人   :100

 

【C・Dの生活費指数】

C:62 

D:62 → 合計124

認知した子の生活費指数の計算

認知した子についても、基本的には15歳で生活費指数を区分します。

 

ただし、認知した子には、義務者(A)のほかにも養育者である母(F)がおり、Fも認知した子の養育費を負担すべきですから、認知した子の生活費指数は以下の計算式によって修正します。

 

【計算式】 

(62or85)×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Fの基礎収入)

 

【Eの生活費指数】

62×246万円÷(246万円+107万5000円)≒43

夫婦間の子に割り振られる生活費を計算

これまでの計算結果をもとに、権利者が養育する子(C・D)に対する生活費(年額)を計算します。

 

なお、義務者は、夫婦間の子のほか、認知した子に対しても扶養義務を負っているため、ここの計算において認知した子の(修正後の)生活費指数を考慮することになります。

 

【計算式】

Aの基礎収入×C・Dの生活費指数÷(Aの生活費指数(=100)+C・Dの生活費指数+Eの生活費指数

 

【C・Dに割り振られる生活費】

246万円×124÷(100+124+43)≒114万2472円

義務者の負担額の計算

最後に、上の計算で算出された夫婦間の子に割り振られる生活費のうち、義務者が負担すべき金額を計算します。

 

【計算式】

C・Dに割り振られる生活費×Aの基礎収入÷(Aの基礎収入+Bの基礎収入)

 

【Aの負担額(年額)】

114万2472円×246万円÷(246万円+50万円)=94万9486円

 

【Aの負担額(月額)】

7万9123円

 

認知した子に対する実際の支払額は考慮されるか?

 

 夫婦間の子以外に認知した子にも養育費を支払っている場合、義務者からは、「算定表の金額から認知した子に支払っている養育費の金額を差し引いてほしい」といった申出がなされることがあります。

 

 しかし、その取り決めは認知した子(の養育者)と義務者との間の問題であることから、夫婦間の子の養育費を計算する際には、算定表の額から認知した子に対する支払額を控除するといった方法ではなく、ここで紹介したような方法(認知した子に対する実際の支払いの額に関係なく計算する方法)で計算するという考え方が主流ではないかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

婚姻費用・養育費の計算において、年金はどう扱われるか?

 

 別居や離婚に伴って婚姻費用や養育費の取り決めをする際、当事者の一方が年金を受給していることがあります。

 

 婚姻費用や養育費を請求する際にはいわゆる標準算定方式による簡易算定表が広く用いられていますが、この簡易算定表では給与所得者や自営業者に関する表しかないため、年金受給者がいる場合に収入をどう考えるべきかというのが今回のテーマです。

 

年金を給与へ換算する

 

 先ほど述べたとおり、簡易算定表では給与所得者と自営業者を前提とした表しかありませんが、年金収入については給与所得者における職業費が生じないため、年金を給与収入に換算する方式がとられます(年金と給与があるときは換算後の年金と給与を合算します)。

 

換算方法

 

 具体的な換算方法は、給与所得者の職業費の統計値が算定表改訂後では概ね15%であることから、年金額を85%で割り戻して(=年金額÷0.85)、年金を給与に換算する方法がとられることがあります(東京高裁令和4年3月17日決定など。なお、これ以外にも、基礎収入の割合を修正して換算する方法もあります)。

 

 したがって、たとえば年金として年間100万円を受給しているのであれば、受給者の年金を【100万円÷0.85=1,176,470円】として、これを前提に算定表に当てはめていくことになります。

 

障害年金は?

 

 なお、年金の中には、国民年金等以外にも障がい者に対して支給される障害基礎年金・障害厚生年金がありますが、これらは受給者の自立等のために支給されるものであるとして婚姻費用等の計算において除外すべきという考え方もあります。

 

 しかし、障害基礎年金が子どもがいる場合に加算される場合があること(国民年金法33条の2)や、障害厚生年金についても65歳未満の配偶者がいる場合に加算されること(厚生年金法50条の2)からすると、制度上、本人以外の家族の生活費としても使用されることが想定されているといえることなどから、婚姻費用等の計算においても収入に含めて計算する考え方の方が有力と思われます。

 

 この点については、実際の裁判例でも障害年金について収入として取り扱い、年金額を0.85で割り戻して婚姻費用を算定した例があります(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判)。

 

 ただし、障害年金については、国民年金等の場合とは異なり、受給者の医療費などの特別経費があることを別途考慮する必要があることに注意が必要です。

 

 たとえば、上記裁判例では、障害年金を給与に換算して婚姻費用を計算すると概ね14万円程度になったものの、障害年金を受給している義務者には年間6万円程度の医療費がかかることなどを考慮して最終的な分担額を13万円に軽減しており、そのほかにも、福岡高裁平成29年7月12日決定においては、権利者側の収入に障害年金が含まれていることを考慮して、換算後の収入をもとに計算した婚姻費用から若干の上乗せを行っています。

 

 

関連裁判例
東京高裁令和4年3月17日決定

「抗告人の年金収入は年額A円に相当するところ、年金収入については給与収入と異なり職業費の支出を考慮する必要がないため、近時の統計資料に基づく総収入に占める職業費の割合(おおむね18~13%であり、高額所得者の方が割合が小さい。本件報告書参照)のうち15%を採用して給与収入に換算すると、おおむね年額B円(A÷(1-0.15)=・・・)となる。」

 

※老齢基礎年金の事例

※本件報告書:養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究(司法研究報告書第70輯第2号)

さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判

「障害者年金は、前記認定事実記載のとおり子らのための相当額の加算もあり、受給する申立人及び子らの生活保障の一部といえるから、申立人の収入と評価するのが相当である。ただし、障害者年金は職業費を要しない収入であり、標準算定方式の前提となった統計数値により、全収入における職業費の平均値である15%で割り戻すのが相当である。」

 

「標準算定方式における算定表[(表16)婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子0~14歳)]に当てはめると、12万円ないし14万円の上限程度と算定される。前記認定事実によれば、申立人が、障害者年金受給の前提となった病状についての治療費を、障害者年金額からではなく生活保護における医療扶助によっているのに対し、相手方は、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることなどに鑑み、相手方が負担すべき額は月額13万円とする。」

 

※抗告審の東京高裁令和4年2月4日決定も原審の判断を維持。

福岡高裁平成29年7月12日決定

「相手方世帯に割り振られる婚姻費用は、・・・106万2017円(月額8万8501円)となる。ただし、相手方の収入の一部が障害基礎年金であり、医療費等の特別経費を通常よりも多くみる必要がある点を考慮すると、婚姻費用月額は、少なくとも9万円を下回ることはないというべきである。」

 

※申立人(義務者)が、障害年金を受給している相手方(権利者)に対して婚姻費用の減額を申し立てたところ、標準算定方式による相当な婚姻費用は月8万8501円であるが、相手方には医療費等の特別経費があるため計算結果から若干の上乗せをした9万円を相当としたもの。

 

弁護士 平本丈之亮

 

失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮