失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

過去の未払婚姻費用を計算する場合、改訂前と改訂後、どちらの算定表を使用するのか?

 

 婚姻費用と養育費については、令和元年12月23日に算定表が改訂され、それ以降は改訂後の算定表によって婚姻費用や養育費が計算されています。

 

 ところで、改訂前の算定表と改訂後の算定表を比べると、改訂後の算定表を使用した方が金額が高くなる傾向がありますが、過去の未払婚姻費用を計算する際にその計算期間が算定表の改訂時期を跨いでいた場合、改定前の期間の婚姻費用はどちらの算定表を使用することになるのでしょうか?

 

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつ紹介したいと思います。

 

宇都宮家裁令和2年11月30日審判

「改定標準算定方式及び改定算定表は、前記のとおり、税制等の法改正や生活保護基準の改定等を踏まえて、現状の社会実態を反映させたものであるところ、公租公課に関する税率及び保険料率については、平成30年7月時点のもの、職業費に関する統計資料としては、標準算定方式及び算定表の提案当時の資料に相当する資料のうち平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、特別経費に関する統計資料についても、職業費と同様に平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、ならびに生活費指数の算出のための生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料については、基本的には平成25年度から平成29年度までのもの(ただし、学校教育費のうち子が15歳以上の区分については、平成26年度から平成29年度までのもの)をそれぞれ用いるなどして算出した結果を取りまとめたものである(前記司法研究報告書参照)。
 以上によれば、改定標準算定方式及び改定算定表は、本件において未払の婚姻費用を算定するに際しても、当時の社会実態を踏まえて、これを反映させた考え方であるといえ、十分な合理性を有するものと認められる。
 したがって、本件婚姻費用分担額を算定するに当たっては、未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表を用いるのが相当である。」

 上記裁判例では、改訂算定表のもとになった統計資料中、公租公課に関する税率や保険料率が平成30年7月時点のものを使用していることや、職業費・特別経費・生活保護基準・学校教育費に関しては基本的に平成25~29年度までのもの(学校教育費のうち子が15歳以上の部分は平成26~29年度までのもの)を利用していることなどから、算定表改訂前の期間にかかる未払婚姻費用(令和元年8月~11月分)についても、そのまま改訂後の算定表を使用するという判断をしています。

 

 この裁判例とは異なり、算定表の改訂前後で適用すべき算定表を変えるという考え方もあり得るところですが、そもそも婚姻費用は請求の意思を明確にした時点以降について認めるというのが裁判所の傾向であることからすると、いずれの見解をとるにせよ、今後、純粋な婚姻費用の計算においてこの点が問題となることはなくなっていくように思われます。

 

 なお、過去の婚姻費用は、財産分与の場面でも問題となることがあり、過去に婚姻費用の未払いがある場合、未払分を考慮して財産分与額が決められる場合があります。

 

 財産分与においてどこまでの期間の未払分を清算の対象とするか、あるいは未払分のうちどの程度の割合を清算の対象にするかは裁判所の裁量ですが、このように財産分与を決める際の材料として過去の未払婚姻費用が考慮される場合があることからすれば、事案によっては財産分与額を決定する際、どちらの算定表を参照して過去の婚姻費用を計算すべきかを巡り争いになる可能性もありますので、財産分与で過去の婚姻費用が問題となったときはこの点を意識しておくのも良いかもしれません。

 

弁護士 平本丈之亮

 

育児休業給付金は、婚姻費用や養育費の計算において考慮されるのか?

 

 雇用保険に加入している労働者が育児休業を取得した場合、一定期間、雇用保険から育児休業給付金が支給されることがあります。

 

 では、このような育児休業給付金の支給が予定されている間に婚姻費用の請求があった場合、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金は収入として扱われるのでしょうか?

 

大分家裁中津支部令和2年12月28日審判

 この点に関しては、別居中の妻が夫に対して自分と子どもの分の婚姻費用の請求をしたが、夫には不貞相手との間に認知した子どもがいたというケースで、認知した子の母である不貞相手の育児休業給付金を収入として扱い、これをもとに妻と子の婚姻費用を算定した裁判例があります(大分家裁中津支部令和2年12月28日審判)。

 

 このケースは、権利者や義務者自身が育児休業給付金を受給していた場合ではなく、婚姻費用の計算において考慮する必要のある認知した子の生活費を計算する際に、その母親である不貞相手の育児休業給付金を収入として計算したというイレギュラーなケースです。

 

 もっとも、この裁判例は、育児休業給付金が婚姻費用の計算にあたって収入として扱うべきことを当然の前提としたものですので、たとえば妻が育児休業中に夫に婚姻費用を請求したようなスタンダードなケースでも、この裁判例と同様の立場に立てば育児休業給付金が収入として扱われるものと思われます(なお、この裁判例では、育児休業給付金が収入として考慮される理由について特段理由は述べていませんが、育児休業給付金が雇用保険給付の一つとして休業中の所得を補填とすることからすると、個人的にも収入として扱うことが妥当ではないかと考えます)。

 

職業費に注意を要する

 ただし、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金を収入として扱う場合には、育児休業期間中は職業費がかからない点を計算に反映させる必要があることに注意が必要です。

 

 いわゆる標準算定方式では、総収入に応じた一定のパーセンテージを乗じて「基礎収入」を算出し、それをもとに婚姻費用や養育費を計算しますが(このパーセンテージを「基礎収入割合」といいます。)、通常のケースで用いられる基礎収入割合は、働いている人に一定の職業費がかかることを前提としています。

 

 これに対し、育児休業給付金を受給している期間はこのような職業費が生じないため、このようなケースでは、基礎収入を計算するにあたり職業費がかからないことを前提に計算を修正する必要があります。

 

 この点について、上記裁判例では、統計上の資料から実収入に占める職業費の平均値が概ね15%であることに着目し、通常の計算の場合に利用される基礎収入割合に15%を加算して基礎収入を計算するという計算方法を採用していますので、同様のケースではこの方法を参考にすることが考えられるところです。

 

 たとえば、年額120万円の給与収入を得ている場合、通常の基礎収入割合は46%であるため基礎収入は120万円×46%=556,000円ですが、この120万円が育児休業給付金の場合、上記裁判例のような考え方だと46%に15%を加算し、基礎収入は120万円×61%=732,000円となり、これをもとに婚姻費用や養育費を算出します。

 

 

 婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金が問題になる例はそこまで多くはないと思いますが、最大で子どもが2歳になるまで受給できるものであるため、元々の収入が高いケースだと、これを収入に加えるかどうかによって計算が大きく変わってくることもあり得ます。

 

 今回ご紹介したように、育児休業給付金を受給していたりその予定がある場合には婚姻費用や養育費について特殊な計算が必要になる可能性がありますので、この点が問題となる場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

私立学校や大学の学費は養育費に加算してもらえるのか?

 

 養育費の交渉をするときに、子どもの学費が問題となることがあります。

 

 子どもが小さいときに離婚するケースでは、学費が将来どの程度かかるかを正確に計算することは難しいところですが、子どもがある程度大きくなり、たとえば私立学校や大学に進学するなど、学費の負担が現実的な話になった場合には、学費の費用負担を巡って交渉がシビアになることがあります。

 

 そこで今回は、子どもが私立学校や大学に進学する場合、その学費を養育費として請求できることがあるのか、という点についてお話ししたいと思います。

 

 

標準算定方式で考慮されている学費の範囲

 

 養育費の計算において広く使用されている「標準算定方式」では、あらかじめ双方が負担すべき学校教育費が考慮されているため、考慮済みの学費部分について重ねて負担を求めることは困難です。

 

 もっとも、標準算定方式において考慮されている「学費」とは具体的には公立高校までのものであるため、今回のテーマである私立学校や大学の学費については基本的な養育費には含まれないことになります。

 

 

私立学校や大学の学費を養育費として請求できる場合は?

 

 このように、標準算定方式では私立学校や大学の学費が養育費の計算において考慮されていないことから、子どもが進学を希望するときにその学費の負担を養育費の一環として請求しうるかが問題となります。

 

 この点については、当然に相手に対して負担させることができるとまではいえませんが、下記①②のような場合であれば負担を求めうると考えられています。

 

増額がなされるケース

①義務者が私立学校や大学への進学を承諾している場合

※承諾は黙示のものでも良いと考えられています。

 

②収入・資産の状況や親の学歴・地位などから私立学校や大学への進学が不相当ではない場合

 

 

具体的な負担額の計算方法は?

 

 上記のとおり、一定の場合には標準的な養育費のほかに私立学校や大学の学費の負担を求めることができることがありますが、その場合であっても学費の全額を負担するわけではなく、年間の教育費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を控除し、それによって算出された残額を父母が按分して負担しあうことになります。

 

【年間の教育費の内容は?】

 

 私立学校や大学の学費負担を相手に求める場合には、まず年間の教育費をいくらと見るべきかが問題となりますが、文部科学省の行っている子供の学習費調査に関する統計資料の用語解説では、「学校教育費」として授業料、通学費、図書費などの項目を列挙して示していますので、問題となる学費を算出するにあたってはこのような資料をもとに学費を積算していくことが考えられます。

 

 なお、子どもが奨学金を受けて学費を賄っていたり、アルバイトで学費を賄うことができるような状況のときは、義務者に私立学校や大学の学費分の追加負担を求める必要はないと判断されるケースもあります(婚姻費用の計算において学費の加算が問題となったケースとして東京家裁平成27年8月13日審判など)。

 

 この点に関連して、私立高校については高等学校等就学支援金制度の改正により、世帯収入によっては授業料が実質無償化されるためこれが加算額の計算に影響するかどうかが問題となり得ます。

 

 もっとも、婚姻費用に関する過去の裁判例では、公立高校の授業料の不徴収制度は婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(最高裁平成23年3月17日決定)や、子ども・子育て支援法の改正による幼稚園、保育所、認定子ども園等の利用料の無償化が婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(東京高裁令和元年11月12日決定)があることに鑑みると、私学加算の場面でも同様に考えるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

【年間の教育費から差し引くべき金額】

 

 次に、養育費に加算すべき額を算出するために、実際に生じる私立学校や大学の学費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を差し引くことになります(この計算をしないと、義務者に二重に教育費を負担させてしまう部分が生じるためです)。

 

 標準算定方式では、公立中学校の学校教育費として年間131,379円、公立高等学校の学校教育費としては年間259,342円が考慮されていますので、一つの方法としては、私立学校等の年間教育費からこれらの金額を控除する方法が考えられます(大学の進学費用の加算が問題となったケースで、公立高等学校の学校教育費を控除した例として大阪高裁平成27年4月22日決定参照)。

 

【義務者が負担すべき割合は?】

 

 以上のような過程を経て、標準算定方式では考慮されていない超過分の学費の額を計算したら、最後に義務者が負担すべき金額を計算することになります。

 

 分かりやすい計算方法としては、これまでの計算で得られた額を互いの基礎収入の割合で按分して義務者の負担額(年額)を計算し、これを12ヶ月で割って養育費の月額に加算するというものが考えられますが、最終的には裁判所が諸般の事情を考慮して負担額を決めることになります。

 

 

異なる計算方法もある

 

 以上のような計算方法は、公立中学校の子どもがいる世帯として約730万円、公立高等学校の子どもがいる世帯として約760万円の平均収入があることを前提にした簡易な計算方法であるため、義務者の収入がこの平均値と大きく異なる場合には、計算方法そのものを修正することが必要となる場合があります。

 

 この点は込み入った話になりますので詳細は割愛しますが、このような場合の計算方法として、まず、①私立学校や大学の学費を双方の基礎収入に応じて按分計算して義務者の負担額を計算し、これを12で割って月額に直し、次に、②標準算定方式によって義務者が負担する基本的な養育費を算出して、③②の中に含まれている教育費相当額を生活費指数(14歳以下では62分の11程度、15歳以上では85分の25程度)をもとに計算したあと、④最後に①の金額から③の金額を控除する、というものがあります。

 

 

計算例

 

 最後に、参考として計算例をひとつ示してみたいと思います。

 

計算例

【設例】

義務者(父・給与所得者):年額750万円

権利者(母・給与所得者):年額200万円

子ども(19歳):国立大学1年生

(奨学金はなく、アルバイトも困難とします。)

 

【学費】

年間授業料   535,800円(標準額)

学用品(年間)     60,000円

年間学費合計  595,800円 

(入学金は両親の合意のもと支払済みとします。)

 

【養育費(標準算定方式)】

概ね8万円

 

【標準算定方式では考慮されない学費相当額】

595,800円-259,342円=336,458円

 

【義務者(父)の負担すべき学費】

父の基礎収入:750万円×40%=3,000,000円

母の基礎収入:200万円×43%=860,000円

 

  336,458円

×3,000,000円÷(3,000,000円+860,000円)         

=261,495円(年額)(月約2.2万円)

 

【養育費総額】

 8万円+2.2万円=10.2万円

 

 養育費は子どものために支払われるものであり、今回ご紹介したように進学のために一定額を加算して支払わなければならない場合がありますが、基本的な養育費に加えて学費分の加算を求めるとなると計算や交渉が複雑化することがありますので、加算を求めるかどうかや求める加算額については、専門家と相談の上、十分に検討していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

養育費を請求しない旨の合意の有効性と合意後の事情変更

 

 法律相談のうち一定数ある類型として、離婚したときに養育費を請求しないという約束をしてしまったが、今から改めて請求はできないのか、というものがあります。

 

 離婚協議(公正証書含む)や離婚調停において養育費の請求をしないという合意をすること自体は、多くはないもののそれなりにあるという印象ですが、今回はこのような合意が有効かどうかについてお話ししたいと思います。

 

養育費を請求しないとの合意の有効性

 

 過去のいくつかの裁判例では、このような合意も未成年者らの福祉を害するなどの特段の事情がない限り法的には有効であるものの、例外的に合意時には想定できなかったような事情の変更があった場合には、改めて養育費を請求できると判断されています。

 

大阪家裁平成元年9月21日審判

『申立人と相手方は,前記離婚に際し、未成年者らの監護費用は申立人において負担する旨合意したものと認めることができ、こうした合意も未成年者らの福祉を害する等特段の事情がない限り、法的に有効であるというべきである。
 しかしながら、民法880条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるベき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は金審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所はその協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、同規定の趣旨からすれば、前記合意後に事情の変更を生じたときは、申立人は相手方にその内容の変更を求め、協議が調わないときはその変更を家庭裁判所に請求することができるといわなければならない。』

 

【事情の変更の有無】

①相手方は離婚当時無職で収入もなく、その後も安定した稼働状況とはいえず収入も安定したものではなかったが、途中から会社に勤務して経済的にも一応安定した生活状況となったこと

 

②他方、申立人の基礎収人は申立人と未成年者らの最低生活費をも下回るほどの少額であったこと

 

→遅くとも裁判所への申立て後には相手方は経済的に安定した状態となり、反面、申立人には同人と未成年者らの最低生活費をも下回る基礎収入しかないことから事情の変更が生じたとして,申立人が相手方に対して合意内容の変更を求めることができると判断した。

 

大阪高裁昭和56年2月16日決定

『民法八八〇条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、右規定の趣旨からすれば、抗告人と相手方が離婚する際相手方の方で子供三人全部を引取りその費用で養育する旨約したとしても、その後事情に変更を生じたときは、相手方は抗告人に右約定の変更を求め、協議が調わないときは右約定の変更を家庭裁判所に請求することができるものというべきである」。

 

【事情の変更の有無】

①離婚後、子どもらの成長に伴いその教育費が増加したこと

 

②相手方は子どもらとともに実家に同居しているが、相手方の両親も次第に老齢となり体力が衰え、相手方の父は職場を退職することになってており、それ以後はわずかばかりの農業収入が主な収入となること

 

③離婚後、予期に反して相手方の叔父から祖父の遺産につき分割の要求があり、相手方の父は孫の養育費にあてるためにとっておいた有価証券の大部分を遺産分割として叔父に譲渡したこと

 

④子どもらはいずれも大学進学を希望しており更に教育費の増加が予想されるのに、長女が満18歳となつたため、同人に関する児童手当の支給を打ち切られることになったこと

 

→上記各事実から、当事者間の事情に変更を生じたものと認め、養育費を支払わない旨の合意の変更を求めうるに至ったと判断した。

 

福岡家庭裁判所小倉支部昭和55年6月3日審判

『ところで、両親が離婚する際いずれか一方が養育費を負担することを定めて親権者を指定した場合、その合意に反して子を養育する親が他方の親に対してその養育費を請求することは原則として失当というべきで、現に養育する親が経済上の扶養能力を喪失して子の監護養育に支障をきたし、子の福祉にとつて十分でないような特別の事情が生ずるなど上記合意を維持することが相当でない特別の事情が生じた場合は子を養育する親から他方の親に対し養育費を請求しうるものと解すべきである。』

 

【特別の事情の有無】

 理由付けは不明確であるものの、請求者側に収入があり子どもと一応の生活をしていることや、相手方が再婚して子どもが生まれ、不動産などの資産もないという事実関係を前提に、「未だ相手方をして養育料を負担せしめるを相当とする特別の事情が生じたものと解することはできない。」と判断した。

 

 

子どもの扶養料請求の形で請求することの可否

 

 以上の通り、夫婦間での養育費を請求しないとの合意は一応有効であるとしても、このような合意はあくまで父母間でのものにすぎません。

 

 そこで、子ども自身が有している扶養料請求権を親が子の法定代理人として行使することで、実質的に養育費を請求するのと同じような結果にできるのではないか、という点が問題になることがあります。

 

 古い裁判例においては、扶養の権利は処分することはできないという理由のみで請求を認めるものもありますが(東京高裁昭和38年10月7日決定)、子の扶養需要が増大したり、親の一方又は双方の資力に変動を生じるなど、合意成立のときに前提となった諸般の事情に変更が生じた場合でなければそのような請求はできないと判断するものもあり(札幌高裁昭和51年5月31日決定)、裁判所の判断は分かれています。

 

 札幌高裁の決定を前提とすると、養育費として請求する場合であれ、子どもの扶養料請求権として請求する場合であれ、要するに合意当時から事情の変更があった場合でなければ請求は難しい、と整理することができるように思います。

 

 いずれが正当かは悩ましいところですが、この問題は、法的安定性と未成年者の保護の双方に目配りする必要があると思われるため、個人的には無制限に認める見解よりも、事情変更の有無を基準とする見解の方が説得力を感じるところです。

 

 

 以上、いくつかの裁判例をもとに御説明しましたが、一旦成立した合意を後から変更するのは簡単なことではありませんので、何らかの理由によって改めて養育費を請求したいと考える場合には弁護士への相談をご検討下さい。

 

  弁護士 平本丈之亮

 

養育費の一括請求はできるのか?

 

 離婚の際、あるいは離婚後に養育費の合意をする際、養育費を一括で支払ってほしいという希望が出ることがあります。

 

 今回は、このような養育費の一括請求が可能かどうか、という点についてお話しします。

 

一方の意思だけで養育費の一括請求は難しいが、合意があれば問題なく可能

 

 養育費は一定の時期ごとに発生する定期金としての性質を有しているため、権利者側が一括で支払ってほしいと請求しても、裁判所が判断する審判や判決では、一定期間ごとに支払いをするよう命じられることが一般的です。

 

東京高裁昭和31年6月26日決定

「元来未成熟の子に対する養育費は、その子を監護、教育してゆくのに必要とするものであるから、毎月その月分を支給するのが通常の在り方であつて、これを一回にまとめて支給したからといつてその間における扶養義務者の扶養義務が終局的に打切となるものでもなく、また遠い将来にわたる養育費を現在において予測計算することも甚だしく困難であるから、余程の事情がない限りこれを、一度に支払うことを命ずべきでない。」

 

 なお、【長崎家裁昭和55年1月24日審判】は、①養育費の義務者が外国人であり、時期は未定だが将来母国に帰国する予定であること、②子どもが自分の子であることは認めているが、自分が子どもを引き取らない限りは子どもを自分の戸籍に入籍させるを拒否している、といった事情から、相手方が将来にわたって養育料の定期的給付義務の履行を期待し得る蓋然性は乏しいと指摘し、このような場合には一括払いを認める特段の事情があるとして一括での支払いを命じています。

 

 そのため、これに近いようなケース、例えば義務者が子どもとの親子関係を争い、裁判所で親子関係が認められた後も認めずに養育費の支払いを拒否しているような場合などであれば、養育費の履行を期待しうる蓋然税は乏しいとして例外的に一括払いが命じられる可能性はあるのではないかと考えます。

 

 もっとも、ここでお話ししたことは、あくまで審判や判決など裁判所が支払いを命じる場合ですので、当事者双方が合意すれば養育費を一括で支払ってもらうことは問題なく可能です。

 

養育費の一括払いを合意するときの金額はどうやって決める?

 

 合意によって養育費を一括払いする場合、次の問題は、いくらを支払ってもらうかです。

 

 この点は当事者間で協議するほかありませんが、一応の方法として、合意時点における双方の収入と子どもの人数と年齢をもとに、いわゆる「簡易算定表」に当てはめ、これによって算出された月額に子どもが成長するまでの月数分を乗じるという方法が考えられます。

 

 なお、このような場合、本来であれば将来受け取るべき金額を前もって受け取ることになりますので、単純に【月額×支払月数】で計算するのではなく、将来受け取るべき分について中間利息を控除するなどして金額を減らすことを検討事項にすることもあります(先ほど紹介した長崎家裁の審判ではそのような計算をしています。)。

 

 もっとも、一括払いを検討する場合には、そのような減額計算をするかどうかも含めて当事者が話し合いによって決めるものであり、協議の結果合意に至った以上、中間利息の控除計算等をしないまま金額を決めたからといって、それがただちに不当であり合意が当然に無効になるとは言い切れませんので、支払う側は注意が必要と思われます。

 

 中間利息を控除する計算等をした場合、支払総額で考えると、毎月定期金で受け取った場合に比べて受け取れる金額がその分少なくなりますが、他方で養育費が途中で支払われなくなるリスクを避けられますので、一括払いの合意をするときに減額の有無が問題になったときは、総額を重視するか(→定期金払い)、不払いリスクを重視するか(→一括払い)によってとるべき結論が変わることになります(そのほかにも、贈与税が課されるかどうかの事前検討も必要です)。

 

 いずれにしても、養育費の合意をするときは、そのような支払方法の問題のほか、そもそもの金額の妥当性や支払いの終期なども問題となることがありますので、協議が難航しそうなときや実際に難航したときは専門家へのご相談をお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

親権者が再婚し、子どもが再婚相手と養子縁組した場合、養育費の支払義務はいつからなくなるのか?

 

 離婚後に親権者(養育費の権利者)が再婚し、子どもを再婚相手と養子縁組させた場合、事情の変更にあたり義務者の養育費の支払義務がなくなったり減額されたりすることがあります。

 

 では、そのような事情変更が生じた場合、養育費の減免はいったいいつから生じるのでしょうか?

 

考え方は大きく分けると3つあるが、決め手はない

 この点については、大きく分けると①免除の請求をした時点、②養子縁組をした時点、③変更の審判の時点、の3つの考え方があります。

 

 もっとも、いつの時点から養育費の減免を認めるかは、裁判所が当事者間に生じた諸事情、調整すべき利害、公平を総合考慮して、事案に応じて、その合理的な裁量によって定めることができるとされていますので(東京高裁平成30年3月19日決定)、具体的な判断も以下のように分かれています。

 

東京高裁平成30年3月19日決定

①養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたとの事情の変更は、養子縁組という専ら権利者側に生じた事由であること

 

②養育費を定めたときに基礎とした事情から養育費支払義務の有無に大きな影響を及ぼす変更があったことは権利者にとって一見して明らかといえ、権利者において、養子縁組以降は養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分可能であったこと

 

③他方、義務者は、養子縁組の事実を知らなかった時期までは養育費減額の調停や審判の申立てをすることは現実的には不可能であったから、養子縁組の日から養子縁組を知った日までの養育費の支払義務を負わせることはそもそも相当ではないこと

 

④また、それ以後の期間についても、権利者は、養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたことを認識していたことに照らすと、義務者が減額の調停や審判を申し立てなかったとしても、義務者の養育費支払義務が変更事由発生時に遡って消失することを制限すべき程に不当であるとはいえない。

 

→養子縁組した時点に遡って養育費の支払義務がなくなったとした。

 

東京高裁令和2年3月4日決定

①義務者は調停申立ての前月まで養育費を支払っており、支払済みの毎月の養育費は合計720万円に上る上、権利者は子どもの留学に伴う授業料も支払っているため、このような状況の下で既に支払われ費消された過去の養育費につきその法的根拠を失わせて多額の返還義務を生じさせることは、義務者に不測の損害を被らせるものであること

 

②義務者は、権利者の再婚後間もなく、権利者から再婚した旨と養子縁組を行うつもりであるとの報告を受けており、これにより義務者は、以後、子どもに養子縁組がされる可能性があることを認識できたといえ、自ら調査することにより養子縁組の有無を確認することが可能な状況にあったこと

 

③②のように、義務者は権利者の再婚や子どもの養子縁組の可能性を認識しながら、養子縁組につき調査、確認をし、より早期に養育費支払義務の免除を求める調停や審判の申立てを行うことなく720万円にも上る養育費を支払い続けたわけであるから、むしろ義務者は、養子縁組の成立時期等について重きを置いていたわけではなく、実際に調停を申し立てるまでは子どもらの福祉の充実の観点から養育費を支払い続けたものと評価することも可能であること

 

→調停申立時から支払義務がないとした。

 

東京高裁平成28年12月6日決定

・養育費額を変更すべき客観的な事情が発生し、当事者の一方がその変更を求めたにもかかわらず、他方がこれを承諾しない限り養育費額が変更されないというのは合理的ということはできないから、家事審判事件において養育費額を変更すべき事情があると判断される場合、養育費の増額請求または減額請求を行う者がその相手に対してその旨の意思を表明した時から養育費額を変更するのが相当である

 

→養子縁組を知り、養育費の支払いを打ち切った時点から支払義務がなくなったとした。

 

まとめ

 このように、養子縁組をしたことによっていつから支払義務がなくなるかはケースバイケースですが、上記のとおり具体的に請求した時点から減免を認める裁判例がありますので、養子縁組をしたことを理由に減免を請求したいのであれば、養子縁組の事実を知ったあと早期に手続に着手することをお勧めします。

 

 他方、養子縁組した側についても、今回紹介した裁判例では過去の受領分を遡って返還することが否定されたものがあるものの、そもそもどの時点から支払義務がなくなるかは裁判所の判断次第であり、場合によって過去分の返還が必要になる可能性もありますので、養子縁組をした際にはきちんと元配偶者に伝えた方が無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

婚姻費用の金額は明確に取り決めをした方が良いというお話

 

 夫婦関係が悪化して別居をする場合などに、夫婦の一方から相手に対して、当面の生活費として婚姻費用の支払いを請求することがあります。

 

 婚姻費用については、いわゆる簡易算定表によって双方の収入や家族構成に応じたある程度相場がありますので、きちんとした手順を踏めば多くの場合請求できますが、別居の時点で明確な取り決めをしないと、調停の申立などをするまでの間、婚姻費用を支払ってもらえないことがあります。

 

 また、一応、夫婦間で話し合ったものの、内容をきちんと詰めずに口頭だけで済ませてしまった場合、相手が自発的に支払わないと後になって合意の成立が否定されてしまうことがあり得ます。

 

東京地裁令和2年11月5日判決

 例えば、過去に夫が妻に一定額の支払いをしていたことを根拠に婚姻費用についての約束があったとして、民事裁判で不払い期間の分や将来の分の支払いを求めたケースにおいて、東京地裁令和2年11月5日判決は「婚姻費用の分担額について,夫婦の協議または家庭裁判所の調停・審判により支払義務が具体的に確定していない場合,不適法な訴えとして却下すべきものと解するのが相当である。」と述べた上で、本件では「夫婦の資産、収入などを踏まえて具体的に婚姻費用分担金の金額について真摯な協議をしていた事情を認めることはできない。被告が上記支払をしていたのは、原告や原告の両親との円満な生活のために、単に支払うことができる金額の支払をしていただけにすぎないともいえる。」として婚姻費用の合意を否定し、民事裁判での支払請求を却下しました。

 

 このケースにおいて、もしも毎月の婚姻費用についてきちんと書面で取り交わしをしていたのであれば、当事者間で合意が成立していたとして支払請求が認められた可能性があります。

 

 このように、当事者間での合意内容が口頭だけにとどまっていると、不払いが発生した場合に結局は調停等の手続から始めなければならなくなり、手続の着手が遅れれば遅れるほど、最終的に支払ってもらえる額が少なくなる可能性があります。

 

 口頭での合意であっても相手が自発的に支払ってくれるのであれば特に問題はありませんが、今回裁判例をご紹介したとおり、ひとたび不払いが生じた場合は裁判では回収できない場合がありますし、だからといって改めて調停を申し立てても、それまでの期間の分は回収できなかったり、調停等で従前の合意金額が維持されるとは限りません(このことは離婚後の養育費でも同じと思われます)。

 

 したがって、当事者間で婚姻費用について取り決めをするときには、きちんと書面で明確にしておくのが無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

婚姻費用の減額請求が認められた結果、もらい過ぎた分について分割清算を命じられた事例

 

 一度取り決めをした婚姻費用であっても、その後、取り決めをした当時に予期できなかった事情変更が生じたことによって以前の金額を維持するのが不当になったときは、後になって婚姻費用の金額が変更されることがあります。

 このこと自体は比較的知られた話ではありますが、権利者の収入増加や義務者の収入減少などの事情変更が生じ、義務者から減額の申し入れがあったにも関わらずそのまま支払いを受け続けていると、裁判所で将来の分について減額されるほかに、その間もらいすぎていた分について、遡って返さなくてはならなくなる場合があることはあまり知られていません。

 そこで今回は、婚姻費用の減額請求が認められ、払い過ぎとなった過去の分について遡って清算を命じられた裁判例を紹介したいと思います。

 

福岡高裁平成29年7月12日付決定

  この事案は、以前の裁判所の審判で婚姻費用の支払いが命じられ、その際には権利者が障害基礎年金を受給していたことが計算の前提になっていたところ、その後に権利者が就職して給料をもらえるようになったため、義務者が婚姻費用の減額を申し立てたというケースです。

 このケースにおいて、裁判所は、権利者の就職による給与収入の発生は婚姻費用の減額を認める事情の変更にあたるとして義務者からの婚姻費用減額を認め、減額の効力は、減額審判の申立時まで遡ると判断しました。

 そして、婚姻費用の減額の効果が裁判所への審判申立の時まで遡った結果、審判の申立から審判までの間に権利者が受け取っていた婚姻費用の一部が過払いとなったため、権利者はその過払い分を返還する必要があるとし、ただ、一括での返還は権利者にとっても酷であるため分割での返済を命じています。

 

「上記のとおり、平成○年○月分に遡って抗告人の婚姻費用分担額を減額することとなるので、抗告人が相手方に対して前件審判に従って支払った同月分以降の婚姻費用の一部(月額2万円)は,過払となり、その精算を要する。
 現時点で、過払額は、平成○年○月分から同○年○月分までの○○万円となる。したがって,その返還を相手方に命じるのが相当である。
 ただし、即時に全額を支払うこととするのは、前件審判を前提として生活費を支出してきた相手方に酷であり、相手方において、今後,過払分を返還しながら生活を成り立たせていく必要がある点に配慮すべきである。このような事情に,減額後の婚姻費用額その他一切の事情を併せ考慮して,平成○年○月以降,月額2万円ずつを毎月末日限り支払うよう命じることとする。」

※注 抗告人=義務者 相手方=権利者

 

養育費の減額に伴う過払金の清算

 上記裁判例は離婚前の夫婦の婚姻費用に関する判断ですが、同様の問題は離婚後の養育費の場面でも起こりえます。

 養育費については、双方の収入の増減のほか、権利者が再婚して子どもと再婚相手を養子縁組させるという事情変更がまま見られますが、このような比較的明確な事情変更が生じ、義務者から具体的な減額等の申出があったにもかかわらず従前の金額をそのまま受け取っていると、あとで一部の返還を命じられる可能性があります。

 ただし、この点について判断した広島高裁令和元年11月27日付決定では、事情変更による養育費の過払い分について、家事審判手続の問題として清算を命じることはできず、不当利得として一般の民事訴訟で解決すべきであるとしています。

 広島高裁の枠組みに従うと、このような過払い金については、判決で分割払いを命じることはできないと思われるため、権利者側の負担はより大きなものになる可能性があります。

 

広島高裁令和元年11月27日付決定

「以上によれば、平成○○年○月分から審理終結日までに支払期が到来した・・・までの養育費は、・・・○○万円の過払が生じている。
この過払金については、相手方が抗告人に返還すべきものであるが、過払金の返還は、民事訴訟事項である不当利得の問題であるから、家事事件についての本決定において、その返還を命ずることはできない。
なお、この過払金については、裁判所の裁量判断で、将来の養育費の前払として扱うことも不可能ではないが、養育費の性質上、現実の支払がなされることが原則であり、また、本件で前払として扱った場合、長期間、養育費の全部又は一部の支払がなされない事態が生ずることから、将来の養育費の前払として扱うことはしない。」

※抗告人:義務者 相手方:権利者

 

 以上のように、婚姻費用や養育費の定めも絶対ではなく、事情の変更があった場合には金額が変わりうるものです。

 法的安定性を保つ観点から、金額の変更には予想できない事情変更が必要であるという一般的な縛りはあるものの、明らかな減額事由が生じたにもかかわらずそのまま受け取り続けていると、今回ご紹介した裁判例のようにあとから過払い分の清算を求められることがありますので、そのような事情が生じたり相手から具体的な減額の申し入れがあった場合には、弁護士に対応をご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮