飲酒運転による地方公務員の懲戒免職と退職金の不支給処分について

 

 飲酒運転に対する社会の目は非常に厳しく、昨今では民間企業か公務員かを問わず懲戒処分により職を失う例が数多く見られます。

 

 飲酒運転による懲戒解雇や懲戒免職はその処分自体の有効性についても争われることがありますが、関連する問題として、就業規則や条例上、懲戒処分による失職が退職金の不支給事由となっており、失職と連動して退職金についても不支給になったというケースがあり、今回はこのような紛争のうち地方公務員の退職金の不支給処分について取り上げたいと思います。

 

免職=不支給とは限らない

 

 地方公共団体では条例によって懲戒免職処分を受けた職員に退職金の全部又は一部を支給しないと定められていることが通例です。

 

 たとえば盛岡市においても、条例で懲戒免職処分となった者には退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定められていますが、退職金について処分を決める際はこの条例と細則である施行規則により、退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響といった事情を勘案することとされています。

 

 このように、条例では懲戒免職処分となっても退職金の全額が不支給にならないことがある旨規定されているものの、実際上は全額不支給とすることを原則とする自治体もあり、懲戒免職処分を受けた側としては当然に退職金も諦めなければならないものと考えがちです。

 

 しかし、退職金には賃金の後払い的性格や退職後の生活保障的性格もあると考えられているため、たとえ飲酒運転による懲戒免職処分が有効であっても、ただちに退職金の全額不支給まで正当化されるとは限りません。

 

 最近の裁判例でも以下のように懲戒免職処分後の退職金の不支給処分が取り消されたケースが複数存在することから、退職金の不支給処分が正当かどうかについては懲戒免職処分とは別に検討していく必要があります。

 

不支給が取り消された事例

 

長野地裁令和3年6月18日判決

実走行距離が比較的短く被害が軽微であったことや酒気帯び運転が公務の遂行に及ぼした支障の程度が重大であったとまではいえないこと、約33年8か月にわたる勤務態度が全体として特に劣っていたものではないこと、事故後直ちに事故を報告して謝罪と反省の態度を示していることなどの事情があることから、長期間にわたる勤続に対する報償や賃金の後払的性格、生活保障的性格を有する退職手当のすべてを奪ってもやむを得ないとするには均衡を欠いて重きに失するとし、退職手当の全部不支給処分は裁量権の範囲を超えるものと判断して取り消しを命じた。

 

※控訴審の東京高裁令和4年1月14日判決も原審の判断を是認。

広島地裁令和3年10月26日判決

酒気帯び運転で事故を起こしたことは非違行為の程度として重く退職手当が相応に減額されることはやむを得ないといえるが、飲酒運転になることを確定的に認識しながら意図的に運転に及んだとまではいえず悪質とまでは言い難いこと、勤続31年の間に懲戒処分を受けたことはなく勤務成績は良好であり、公務に対する貢献の度合いは相応に高かったこと、釈放後可及的速やかに被害者に謝罪して保険会社を通じ損害を填補する手筈を整え、所属先の事情聴取にも直ちに応じて免職処分を受けることも受け入れ一貫して反省の態度を示していることなどを指摘し、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるとまで評価できないとして、退職手当の不支給処分はは裁量権の範囲を逸脱・濫用したものとして取り消しを命じた。

福岡高裁令和3年10月15日判決

免職処分を受けて退職するまで懲戒処分を受けることなく長年勤務を続けてきたことや本件非違行為が酒気帯び運転の中で特段に悪質性が高いとはいえないこと等の事情を考慮すれば長年の貢献が無になったとまではいえないこと、処分を受けた本人が当時57歳であって再就職は必ずしも容易でないと考えられることも考慮すると退職手当を全く受け取れないことによる生活への影響は大きいものと考えられること等から、退職手当の不支給処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといえるとし、処分の取り消しを命じた。 

 

 過去の裁判例をみると退職金の不支給処分が裁量権の濫用となるかどうかは退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響などの各事情を個別に検討する必要があることが分かります。

 

 もっとも、上記長野地裁判決によると、不支給処分が裁量を逸脱ないし濫用したかどうかは、非違行為がこれまでの勤続に対する報償をなくし退職手当の賃金の後払的性格や生活保障的性格を奪ってもやむを得ないといえるかという観点から慎重に検討するのが相当としており、実際に不支給処分が取り消されている事例もあるため事情次第では不支給処分について争う余地はあるといえます。

 

 懲戒免職処分に伴う退職金の不支給処分に関する紛争は行政機関を相手方とするため審査請求や取消訴訟など手続面でも複雑になりがちですので、不服申立を検討しているときは弁護士への相談を推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

退職後の競業禁止義務を定めた合意の有効性

 

 勤務先の会社と競合する会社へ転職することや、競合する事業内容の事業を行う会社の設立などを禁止する義務を「競業避止義務」といいます。

 

 

原則:退職後に競業避止義務はない

 

 在職中、労働者は、労働契約上の信義則(労働契約法第3条4項)に基づいて会社に対する競業避止義務を負うとされており、就業規則の中にも競業避止義務が定められている例が多くあります。

 

 これに対して退職後は、元労働者に職業選択の自由があるため当然に競業避止義務はなく、元労働者に競業避止義務を課すには個別の合意が必要となります。

 

 

有効な競業避止義務に違反した場合のペナルティ

 

 有効な競業避止義務の合意があり、これに違反した場合、元労働者は以前の勤務先から損害賠償請求を受けたり競業行為の差し止めを求められることがあります。

 

 また、中には退職後の競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の事由として定めているところもあり、合意に違反して退職後に競業行為に及んだ場合、退職金が支給されなかったり減額されたりするほか、一旦支給された退職金の返還を求められるといったトラブルが発生することもあります(競業避止義務と退職金の関係については後述)。

 

 

競業避止義務の合意の有効性

 

 退職後の競業避止義務を定める合意は労働者の職業選択の自由を制約するものであり、内容によっては再就職や起業が難しくなるなど労働者に対して重大な影響を与えるものです。

 

 そのため退職後の競業避止義務の合意は、いかなる場合でも無条件に有効になるわけではなく、裁判例上、一定の縛りがかけられているのが実情です。

 

 

有効性はどう判断する?

 

 競業避止義務の合意が効力を有するかどうかは、まず、①労働者の自由意思による合意があったかどうかが問題となり、次に、②その合意が必要かつ合理的な内容かどうか、が問題となります。

 

【①労働者の自由意思】

 

 たとえば、労働契約書や就業規則には何も記載がないにもかかわらず、退職する際に突然、競業を禁止する内容を含む誓約書を示し、これに署名することが退職金の支払条件であるといった話をしたり、労働者を狭い個室に呼び出し、数名がかりで取り囲んで会社側が事前に用意した誓約書にその場ですぐ署名するよう執拗に求めるといったように、拒絶しがたい状況の中でサインさせたような場合、自由意思に基づく合意がなかったとして競業避止義務の合意そのものが否定される可能性があります。

 

【②合意の必要性・合理性】

 

 たとえ労働者の自由意思による合意があっても、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度や使用者の受ける利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情に照らして必要かつ合理的な範囲を逸脱したものである場合は、そのような合意は公序良俗に反して無効となるというのが過去の裁判例の傾向です。

 

 なお、競業避止義務の効力については、合意全体が無効となる場合だけではなく、競業が禁止される内容を合理的な範囲に制限する(=一定限度で有効とする)というケースもあります(福岡高裁令和2年11月11日判決など)。

 

 競業避止義務の必要性・合理性を検討するための判断要素をより具体的に列挙すると以下のとおりですが、このうちのどれか一つだけで有効・無効が決まるわけではなく、これらの事情を総合的に考慮したうえで有効性が判断されることには注意を要します。 

 

必要性・合理性の判断要素

競業禁止の目的や必要性の有無、程度

・競業避止義務を課す会社側に保護に値する正当な利益(特別なノウハウや営業秘密など)があるかどうか、保護すべき利益の重要性はどの程度か 

元従業員の立場・職務内容

・在職中、その労働者が競業避止義務によって守るべき会社の利益にアクセス可能な地位や職務にあったかどうか

禁止される競業行為の範囲

・再就職や起業自体が禁止されるか、会社の既存顧客に対する営業行為だけが禁止されるのか

・禁止される業務内容や職種に限定があるかどうか 等

競業が禁止される期間

・期間が短いほど職業選択の自由への制約が少ないため有効とされやすい

地域の限定の有無や範囲の広さ

・会社の商圏から離れた地域まで禁止対象となっていると、会社が守るべき利益は乏しいとして無効となりやすい。ただし、ノウハウなどの保護が目的の場合は地域を限定しても目的が達成できないことから、守るべき利益次第ではこの点は有効性の判断に影響しないこともありうる

代償措置の有無・内容

・職業選択の自由を制限するための対価とみうるものが労働者に提供されていると有効となりやすい

 

競業避止義務の合意を無効とした近時の裁判例

 

 最近の裁判例でも、上記のような事情を総合的に考慮して競業避止義務を定めた合意の有効性を判断し、結論として無効と判断したものがあります。

東京地裁令和4年5月13日判決

【競業避止義務の内容】

①禁止行為

・会社との取引に関係ある事業者への就職

・会社の客先に関係ある事業者への就職

・会社と取引及び競合関係にある事業者への就職

・会社と取引及び競合関係にある事業の開業・設立

 

②禁止期間:退職後1年間

 

③禁止される競業行為の範囲

転職先の業種、職種の限定はない。

 

④競業が禁止される地域の限定

地域の定めはない。

 

⑤代償措置

手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられていない。

 

会社の事業内容】

主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であり、具体的な作業については各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従う

 

在職時の労働者の職務】

システムの設計、開発、テスト等

 

在職時の労働者の地位】

システムエンジニア

 

【裁判所の判断】

会社は主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であり、具体的な作業には各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従うものとされていた。

 

・システムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、会社がシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、元従業員がそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もない。

 

→会社が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。

 

合意により会社が達しようとする目的は明らかではないことに比べ、元労働者が禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、競業避止義務を定めた合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効。

 

競業避止義務違反を退職金の不支給や減額の事由とする場合

 

 競業避止義務に違反した場合は主に損害賠償や競業行為の差し止めが問題になりますが、そのほかにも、競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の条件としている場合もあります。

 

 この点について、名古屋高裁平成2年8月31日判決は、就業規則に退職後6か月以内に同業他社に就職した場合は退職金を支給しないという条項があったケースについて、このような定めは退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであるから、退職金を支給しないことが許容されるのは労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限る、と判示しています。

 

 以上のように、退職後の競業避止義務違反と退職金の支給とを連動させた場合には、先ほど述べたような諸要素からの判断だけではなく、+αの条件として顕著な背信性があることが必要とされる可能性があります。

 

 

事業者側の注意点

 

 競業避止義務自体は事業者の持つ独自のノウハウなどを守るために有用ですが、あまりにも広すぎたり期間が長すぎたりするようなものは無効とされてしまいますので、自社の利益と労働者の利益とをバランスよく考える必要があります。 

 

 競業避止義務に関する合意の効力については多くの裁判例があり、そのような過去の裁判例を参考にすることで有効と判断されやすい内容とすることが可能ですので、退職労働者に対して競業避止義務を課すことを検討しているときは過去の裁判例をもとにした事前のリサーチが有効と思われます。

 

労働者側の注意点

 

 他方、退職した労働者側としては、競業避止義務が有効とされた場合、再就職や起業に制約を受けることになるほか、あとになってから損害賠償請求や差止請求などを受けるリスクが生じることから、安易にそのような記載のある書面にサインすることは禁物です。

 

 もっとも、ここでご説明した通り競業避止義務について合意してしまったとしても、内容によっては無効とされることもあります。

 

 実際に相談を受けていると、競業避止義務の合意を盾に損害賠償請求を受けているものの、内容をみると期間が長すぎたり範囲が広すぎる、代償措置も全く講じられていないなど問題の多い合意内容となっていることがありますので、そのようなトラブルが起きたときは弁護士に相談して対応を協議することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮 

懲戒解雇相当などの退職金不支給事由があるものの、退職金の一部支給が認められた3つのケース

 

 職場を懲戒解雇された場合、労働者は職を失うという重大な不利益を受けることになりますが、そのほかにも、就業規則上、懲戒解雇に相当する事情の存在が退職金の不支給事由として規定されていることが一般的であり、それに基づき退職金が支給されないということがあります。

 

不支給事由あり≠退職金不支給

 

 もっとも、今日において退職金は単なる会社からの恩典ではなく、労働の対価(賃金)の後払いとしての性質を有するというのが一般的な考え方であり、退職金の不支給事由が存在することのみによって過去の労働の対価を一切失わせることは労働者にとって酷な場合もあります。

 

 そのため裁判例においては、退職金を不支給とするには不支給事由が就業規則等に定められていることは当然の前提として、そのような不支給事由が存在するだけでは足りず、その労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことが必要であると考えられており、また、仮に背信行為があったとしても全額を不支給とするのではなく、退職金の何割かの支払いを命じるケースが存在します。

 

 そこで今回は、懲戒解雇や退職金の不支給を検討している事業者、あるいは懲戒解雇やそれに相当する事情を理由として退職金を不支給とされた労働者の方向けの参考として、懲戒解雇に相当する事情があったにもかかわらず、退職金の支給が一部認められた最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。

 

一部支給を認めた裁判例

 

東京地裁令和3年6月2日判決

【非違行為の内容】

・自らが懇意にする外国人女性ホステスの就労ビザ更新のため、職務を利用して取引先に在職証明書の偽造を依頼して作成させた(処分事由①)。

 

・職務を利用して取引先に9回にわたりクラブへの同行を要望し費用を取引先に支払わせるなどした(処分事由②)。

 

【裁判所の判断】

・処分事由①は会社の社会的評価を毀損しかねないものであって情状は悪い。

 

・原告には処分事由②も認められ、被告の業務内容(不動産の賃貸借及び売買、交換のあっせん等を目的とする株式会社)及び被告における原告の地位(施設管理の責任者として、建物管理、原状回復工事及び修繕工事の新規発注先を設定するために必要な申請を行ったり、既存の発注先から新規発注先に業務の発注を変更したりする権限を有していた。)等に照らすと、労働者のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があることは否定できない。

 

・他方、処分事由①にかかる行為について、作成された内容虚偽の在留資格証明書は実際に提出されることはなかった。

 

・処分事由②は半年間にわたり約55万円の飲食費の饗応を受けたという内容であり、その期間は比較的短期間であり、その金額が非常に高額のものであるとまではいえない。

 

→労働者のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできないとして、退職金不支給条項は退職金の5割を超えて不支給とする点で一部無効であると判断し、5割の支給を認めた。

高松地裁丸亀支部令和2年10月19日判決

【非違行為の内容】

郵便局職員が、約3年間、取集郵便物に貼付された未消印切手(1万8619円分)を窃取していた。

 

【裁判所の判断】

・懲戒解雇理由とされた切手窃取行為は被告の企業秩序の維持の観点からみて重大な非違行為であり、その態様も悪質であって、原告の勤続の功労を大きく減殺するものといわざるを得ない。

 

・一方で窃取切手の金額(1万8619円)は比較的少額であり、本件懲戒解雇の後ではあるものの原告はこれと延滞金を被告に弁償している。

 

・原告は長年被告又は被告が使用者の地位を承継した法人等において勤務してきており、本件退職手当には賃金の後払いや退職後の生活保障としての性質もある。

 

・本件懲戒解雇に至るまで原告が被告から懲戒処分を受けたことはない。

 

→上記事情を考慮すると、原告の行為をもってそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為とはいい難いというべきであるとして不支給規定の適用を限定的に行い、仮に懲戒解雇がなければそのわずか6日後に原告が定年退職をすることは確実であったと考えられること等の一切の事情を総合的に考慮し、原告が定年退職をしたと仮定した場合の退職金の額の3割の支給を認めた。

東京地裁平成29年10月23日判決

【非違行為の内容】

事故前日に断続的に飲酒をし、就寝の際、医師から飲酒時の服用を禁止されていた精神安定剤等を服用したため、当日の朝ふらつき感を覚え、発熱まであり欠勤するに至ったにもかかわらず更に飲酒を続け、高濃度のアルコールを身体に保有する状態で自動車を運転した結果、運転を誤って営業中のスーパーマーケットの玄関付近に自車を衝突させ、店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなどした。

 

【裁判所の判断】

・被告(鉄道利用運送事業、貨物自動車運送事業、海上運送事業、利用航空運送事業等を営む会社)が企業としての社会的責任を果たし、名誉、信用ないし社会的評価を維持するため飲酒運転について厳罰をもって臨み、原則として解雇事由としていることは必要的かつ合目的的であるといえる。

 

・本件酒気帯び運転はその態様が悪質でありその行為に至る経緯に酌量の余地はなく、結果も重大である。

 

・原告は現行犯逮捕され、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできない。

 

・他方、懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものである。

 

・原告は本件酒気帯び運転まで26年以上の長期にわたり懲戒処分等を受けることなく真面目に勤務してきた。

 

・本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し宥恕されている。

 

・被告に対しても謝罪し自ら退職願を提出している。

 

・原告が被告の従業員であったことまでは報道されておらず、被告の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまる。

 

・これらの事情に加えて、被告は原告の持病の治療や父親の看護等を慮って懲戒委員会の開催を遅らせるとともに、処分決定までの間、原告を無給の休職とすることなく、自宅待機を命じ基準内賃金等を支払っていた。

 

→上記事情を総合すると、本件酒気帯び運転が原告のそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認め難いものの大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当として、自己都合退職した場合の退職金額の5割の支給を認めた。

 

参考(否定例)

 

 以上の3つは退職金の支給を認めた裁判例ですが、最後に参考として、退職金の支給を否定した裁判例についても一つご紹介したいと思います。

 

大阪地裁令和元年10月29日判決

【非違行為の内容】

約1年半の間、当時の就業場所(郵便局)において10回にわたり1000円切手合計780枚、78万円分を横領した(原告は当時資産管理業務の補助社員として切手、はがき、収入印紙等の在庫管理等を行っていた)。

 

【裁判所の判断】

・本件横領行為は、正に原告が当時従事していた被告の中心業務の1つの根幹に関わる最もあってはならない不正かつ犯罪行為であり、出来心の範ちゅうを明らかに超えた被告に対する直接かつ強度の背信行為であって極めて強い非難に値する。

 

・被害額も多額に上る。

 

・その後の隠ぺいの態様も悪質性が高い(切手点検に同席し点検用紙にあたかも在庫数が符合しているかのようにチェックを入れたり、原告自ら在庫数を査数して在庫数が符合しているかのようにチェックを入れる、あるいは不足分を水増しした枚数を点検者に口頭報告していた)。

 

・動機に酌むべき点も見当たらない(金券ショップに持ち込んで換金し競馬や風俗店での遊興費にあてていた)。

 

→退職手当は賃金の後払い的な性質をも併せ持つこと、被害は回復されていること、原告は約24年8か月余りの間、本件横領行為及び過去の注意処分のほかは大過なく職務を務めていたこと,本件横領行為を行った郵便局在勤中にお歳暮の販売額に関するランキングで5位以上であったこと、被告による事情聴取に応じて最終的には非を認めて始末書や手記を提出し、本件横領行為の態様、隠ぺい工作、動機等についても明らかにしていることを十分に考慮したとしても、原告による本件横領行為は原告の従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為といわざるを得ないとして請求を棄却。

 

不支給となるかは総合判断

 

 以上のように、退職金不支給事由に該当する事情があっても、裁判所はそれだけでは不支給を正当化せず、非違行為の悪質性、非違行為と職務との関連性(私生活上の行状にとどまるものか職務に関連するものかどうか)、勤務先の事業内容、動機、非違行為が勤務先に与えた損害の有無・程度、非違行為が社会に与えた影響の有無・程度、本人の過去の懲戒歴の有無や内容、退職までの残存期間、不支給事由発生後の状況(被害弁償や謝罪の有無など)、といった様々な事情を総合的に判断して不支給とすべきかどうか、あるいは一部の支給を認めるかどうかを検討しています。

 

 このように、退職金の不支給事由として懲戒解雇に相当する事情が規定され、これに該当しても退職金の支給が認められることはありますが、この点は様々な事情を総合的に検討して判断する必要がありますので、実際に不支給とされた場合にはご自分だけで判断するのではなく弁護士にご相談いただければと思います。

 

 他方、企業側としても、不支給としたことで裁判になり、弁護士への委任費用など本来不必要なコストを負担せざるを得ないことがありますので、果たして不支給とすべきか、それとも一部のみでも支給すべきかどうかについては事前に弁護士にご相談なさることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

建設アスベスト給付金の制度について(特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律)

 

 令和3年5月17日、アスベストの健康被害について最高裁判所が国の規制権限不行使の違法性を認める判決を下したことを受け、昨年成立した「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が、令和4年1月19日に施行されました。

 

 この法律は、アスベストの吹き付け作業などに従事して病気になった労働者、一人親方、中小事業主(家族従事者含む)やその遺族に対して、被害の程度に応じて給付金を支給するというものですが、今回は、この建設アスベスト給付金が具体的にどのような方に支給されるのかという点や、給付金の額、請求の手続などについて大まかな内容を説明したいと思います。

 

対象者

 

 建設アスベスト給付金の対象となるのは、以下の条件を満たす方です。

 

 ご覧のとおり、建設会社に雇われている労働者である必要はないため、いわゆる「一人親方」でも対象となりますし、アスベストの健康被害によって既に被災者が亡くなった場合には、遺族(受給できる順位は法律で決まっています。)が受給することができます。

 

支給対象者

1 日本国内において、以下の期間、以下の建設業務(※1)に従事したこと

 

【昭和47年10月1日~昭和50年9月30日】

 石綿の吹付け作業に従事

 

【昭和50年10月1日~平成16年9月30日】

 屋内作業場(※2)で行われた作業に従事

 

2 1の作業に従事したことにより石綿関連疾病(※3)にかかったこと

 

3 下記の者であること

①労働者(労働基準法第9条に規定する労働者)

 

②中小事業主

 対象となる時期と主たる事業の種類によって異なりますが、一定数以下の労働者を使用していた事業主が対象となります(詳細は割愛します)。

 

③一人親方

 会社などに雇用されずに自営業として個人で建設作業に従事していた方ですが、このような方で労災の対象にならないケースでも給付金の支給対象となります。

 

④家族従事者等

・中小事業主が行う事業に従事する家族従事者・代表者以外の役員

・一人親方が行う事業に従事する家族従事者等

 

⑤①~④の遺族

 遺族については、以下の通り対象者が決まっており、複数の順位の遺族がいるときは、上の方が優先されます・

ⅰ 配偶者(内縁を含む)

ⅱ 子

ⅲ 父母

ⅳ 孫

ⅴ 祖父母

ⅵ 兄弟姉妹

<※1 建設業務>

①土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体

②①の準備作業

③①②の作業に付随する作業(現場監督含む。)

 

<※2 屋内作業場>

 屋根があり、側面の面積の半分以上が外壁などに囲まれ、外気が入りにくいことにより石綿の粉塵が滞留する恐れのある作業場

 

<※3 石綿関連疾病>

①中皮腫

②肺がん

③著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚

④石綿肺(じん肺管理区分2~4のものやこれに相当するもの)

⑤良性石綿胸水

 

給付金の額

 

 給付金の額は、以下の表のとおりとなっています。

 

 ただし、一定の場合(※4)には減額されることとされており、また、国や建材メーカーなどから損害賠償を受けている場合には、国から受け取った分は全額、建材メーカー等から受け取った分は一定限度で給付金から差し引かれます。

 

 なお、給付金を受給後、症状が悪化したような場合には、請求期限(後述)を過ぎていなければ、当初の給付金額との差額を追加請求することができます。

 

1 石綿肺管理2(※5) 550万円
2 石綿肺管理2+じん肺法所定の合併症(※6)あり 700万円
3 石綿肺管理3 800万円
4 石綿肺管理3+じん肺法所定の合併症あり 950万円
5 中皮腫・肺がん・著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚・石綿肺管理4、良性石綿胸水 1150万円
6 上記1、3により死亡 1200万円
7 上記2、4、5で死亡 1300万円

<※4 減額される場合>

①短期ばく露による減額(10%)

・従事期間10年未満で肺がん・石綿肺になった場合

・従事期間3年未満で著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚になった場合

・従事期間1年未満で中皮腫、良性石綿胸水になった場合

 

②喫煙習慣により肺がんになった場合の減額(10%)

 

なお、①と②の両方にあてはまる場合は給付金の19%が減額となります。 

 

<※5 石綿肺管理区分(=じん肺管理区分)>

 じん肺健康診断の結果によってじん肺を区分したもので、区分1は所見がなく、2以降は所見が見られ、2~4に進むにつれてじん肺が進行していることを示しています。

 

<※6 じん肺法所定の合併症>

・肺結核

・結核性胸膜炎

・続発性気管支炎

・続発性機関誌拡張症

・続発性気胸

 

請求の期限

 

 この法律に基づく給付金の請求期限は以下の通りとなっています。

 

請求の期限

①②のいずれか遅い方から起算して20年

①石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断日

②じん肺管理区分2~4の決定日

 

・被災者が石綿関連疾病によって亡くなった日から20年

 

請求の方法と「労災支給決定等情報提供サービス」について

 

 請求の方法は、厚生労働省労働基準局労災管理課建設アスベスト給付金担当宛に、郵送で請求書や必要書類を送付するとされており、郵送以外の受付はありません。

 

<必要書類は?簡易な請求方法はあるか?>

 請求書や住民票、就業歴等申告書、医師の診断(意見)書、診断の根拠となる資料(医療記録や画像など)、遺族の場合には戸籍謄本や死亡届の記載事項証明書などの添付書類が必要となります。

 

 請求書や添付書類の様式は厚生労働省のHPに掲載されており、それ以外にも都道府県労働局や労働基準監督署の窓口でも入手できるため、通常はこれを適宜利用・参照しながら請求することになります。

 

  なお、労働者に該当して労災認定(特別加入制度による給付を含む)を受けている場合や、遺族が石綿救済法の特別遺族給付金を受けている場合には、厚生労働者の「労災支給決定等情報提供サービス」を利用して、労災認定等に用いられた情報の中で建設アスベスト給付金の請求に必要な情報をわかりやすく加工した通知書の提供を受けることができます。

 

 この通知書に記載された情報を利用することによって、請求書の記載がしやすくなったり、就業歴等申告書、労災保険給付や特別遺族給付金の支給決定通知書、じん肺管理区分決定の通知書といった添付書類を省略して請求できるようになるため、利用できる方はこれを利用すると請求しやすくなります(医師の診断書や診断根拠の資料についても、労災支給決定等情報提供サービスによって提供を受けた情報と同じ内容をもとに給付金を請求する場合には省略することが可能です)。

 

 

 今回の法律では、労働者はもちろん、労働者以外の一人親方や中小事業主、家族従事者、遺族も支給の対象となっており、請求できる方の範囲は広くなっています。

 

 既に労災認定を受けている等の場合は上記のとおり簡易な請求方法が可能であるためこれを積極的に利用するのが良いと思いますが、そのような方法がとれない一人親方等やその遺族については添付資料の準備などでつまずく可能性もありますので、最寄りの相談窓口や弁護士などに相談しながら、請求漏れがないようにしていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

労働者が業務に関連して第三者に与えた損害を賠償した場合、会社に負担を求めることはできるのか?

 

 労働者が業務遂行の過程において、不注意によって第三者に損害を与えてしまうことがあります。

 このような場合、会社が使用者として損害を賠償したときの労働者への求償については、信義則上制限を受けることとされています。

 これに対して、会社自身が賠償責任を果たさず、労働者が自ら第三者に対して支払いをした場合、労働者から会社に対して応分の負担を求めること(逆求償)はできるのでしょうか?

 

最高裁令和2年2月28日判決

 この点はこれまで争いがあるところでしたが、最高裁は以下のように判示して逆求償を認める判決を下しました。

 

「民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
 また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
 以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」

 

 この判決により、労働者が業務上のミスによって第三者に生じた損害を自己負担した場合、後日、労働者は会社に応分の負担を求めることができることが明らかになりました。

 会社が先に支払った場合には労働者の負担が信義則によって制限されるにもかかわらず、先に労働者が支払った場合には会社に負担を求められないというのは不合理であり、このような取り扱いを認めると会社が優越的地位を利用して労働者に支払いを強制するような事態も想定されることから、そのような不当な働きかけを抑止する上でもこの最高裁判決には大きな意味があると思われます。

 

業務と無関係に与えた損害は対象外

 なお、判決文から明らかなとおり、労働者が会社に対して負担を求めることができるのは業務の執行について第三者に損害を与えた場合、すなわち会社が使用者責任(民法715条)を負う場合に限られますので、業務と一切無関係に発生させた損害については当然ながら対象外です。

 

全額の求償が認められるとは限らない

 また、労働者が支払いをした額の全額を会社に請求できるとは限らず、「事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」で請求できるとされていますので、具体的に会社にいくら負担を求めることができるのかについては会社と協議する必要があり、折り合いがつかなければ最後は裁判で決着をつけることになります。

 

負担割合等について丁寧な協議が重要

 今回の最高裁判決によって、業務上のミスについて労働者に一方的に負担を求めるような企業姿勢には、後日、労働者から逆求償を受ける法的なリスクがあることが明確になりました。

 損害を受けた被害者に対する賠償は当然のことですが、賠償後の求償関係を巡って会社と労働者間の二次的紛争が生じることを避けるには、会社と労働者それぞれが負担するべき妥当な範囲やその負担方法について丁寧に協議することが重要と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由②・期間の定めのない場合~

 

 前回のコラム(「辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由①・期間の定めのある場合~」)では、契約期間のある雇用契約を交わした労働者が辞める場合について説明しました。

 今回は、期間の定めのない雇用契約を交わした場合についてお話しします。

 

民法第627条

 期間の定めのない雇用契約については、民法第627条に定めがありますが、具体的な辞め方は労働者の給与形態によって以下のように異なっています。

 

時給制・日給制

 アルバイトが典型例ですが、この場合は2週間の予告期間を置くことで自由に辞職することができます(民法第627条1項 ※)。

 


※ 民法第627条1項

 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。


 

日給月給制

 一日あたりの給料が決まっていて、勤務日数に応じて1ヶ月に1回、まとめて給料が払われれる場合ですが、この場合も民法第627条1項が適用され、2週間の予告期間を置くことで辞職が可能です。

 

完全月給制(欠勤しても減給されない場合)

 管理職ですとこのような給与体系になっていることがありますが、この場合は民法第627条2項(※2)が適用されます。

 もっとも、条文をただ読んだだけではわかりにくいので、これをもう少しかみ砕いてみると、以下のようになります。

 たとえば、給料が毎月末日締めで、4月に辞職の申出をしたとすると、辞職の効力は以下のようになります。

 

 【給与計算期間の前半に辞職の申出をした場合】 

=その給与計算期間の末日に辞職の効力が生じる。

→4月15日までに辞職の申出をした場合

→4月30日で辞職の効力が生じる。

 

 【給与計算期間の後半に辞職の申出をした場合】 

=その給与計算期間の次の給与計算期間の末日に辞職の効力が生じる。

→4月16日~4月30日までの間に辞職の申出をした場合

→5月31日で辞職の効力が生じる。

 


※2 民法第627条2項

 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。


 

月給日給制(欠勤すると減給される場合)

 この場合、①欠勤すれば減給される点は日給月給制と同じであるため、2週間前に辞職の申出をすれば足りるという見解(民法第627条2項は完全月給制にだけ適用されるという考え方)と、②月給制である以上、辞めるには2週間以上の期間が必要になる(民法第627条2項は完全月給制以でなくても適用されるという考え方)、という見解があります。

 ざっと調べた範囲ではどちらの見解が優勢か判然としませんでしたが、法的にみて、より問題になりにくい辞め方というものを追求するなら、②の見解を前提に、給与計算期間の前半のうちに辞職の申出をしておくのが無難と思われます。

 このように考えても、たとえば上記の事例でいうと、4月15日に辞職の申出をしておけば、仮に②の考え方でも4月30日に辞職の効力が生じますので、①の考え方と比べてあまり差が生じないことになります。

 

6ヶ月以上の期間で給与額を決めた場合

 あまり一般的な給与形態ではないかもしれませんが、この場合には、民法第627条3項(※3)により、3ヶ月以上前の予告が必要とされていますので注意が必要です。

 


※3 民法第627条3項

 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。


 

就業規則で辞職の申出期間について規定がある場合

 たとえば、日給月給制の社員について、「退職するには退職する半年以上前に申し出て会社の許可を得ること」などといった定めがある場合、どのように考えるべきでしょうか?

 就業規則と民法第627条との関係については、労働者の退職の自由を不当に拘束しない限り、2週間を超える予告期間を求める就業規則も有効とする見解がありますが、過去の裁判例では、民法第627条の規定よりも長い予告期間を定めた就業規則を無効と解したものがあります(東京地裁昭和51年10月29日判決  ※4 大阪地裁平成28年12月13日判決 ※5)。

 なお、会社の承諾を得なければならないとする点は、辞職の自由を著しく制限するものであるため、どちらの見解でも無効と思われます。

 上記の事例は、先ほどの裁判例の見解によれば当然に就業規則は無効となりますが、仮に一定の範囲では有効とする見解でも、6ヶ月もの予告期間を置くことは業務の引き継ぎの必要性などを考慮しても長すぎますので、労働者の辞職の自由を不当に拘束するものとして無効になる可能性が高いと考えます

 

東京地裁昭和51年10月29日判決(※4)

以上によれば、法は、労働者が労働契約から脱することを欲する場合にこれを制限する手段となりうるものを極力排斥して労働者の解約の自由を保障しようとしているものとみられ、このような観点からみるときは、民法第六二七条の予告期間は、使用者のためにはこれを延長できないものと解するのが相当である。
 従って、変更された就業規則第五〇条の規定は、予告期間の点につき、民法第六二七条に抵触しない範囲でのみ(たとえば、前記の例の場合)有効だと解すべく、その限りでは、同条項は合理的なものとして、個々の労働者の同意の有無にかかわらず、適用を妨げられないというべきである。
 なお、同規定によれば、退職には会社の許可を得なければならないことになっているが(この点は旧規定でも同じ。)、このように解約申入れの効力発生を使用者の許可ないし承認にかからせることを許容すると、労働者は使用者の許可ないし承認がない限り退職できないことになり、労働者の解約の自由を制約する結果となること、前記の予告期間の延長の場合よりも顕著であるから、とくに法令上許容されているとみられる場合(たとえば、国家公務員法第六一条、第七七条、人事院規則八-一二・第七三条参照)を除いては、かかる規定は効力を有しないものというべく、同規定も、退職に会社の許可を要するとする部分は効力を有しないと解すべきである。」

 

大阪地裁平成28年12月13日判決(※5)

「民法627条1項は,期間の定めのない雇用契約の解約の申入れについて,労働者・使用者いずれからであっても,いつでも解約の申入れをすることができ,解約の申入れから2週間の経過によって雇用契約が終了する旨を定めている。
 もっとも,労働基準法は,その20条において,使用者が労働者を解雇しようとする場合には少なくとも30日の予告期間を設けるか,30日分以上の平均賃金を支払うこととして民法627条の期間を延長しているところ,これは労働者が突如としてその地位を失うこととなることを防止し,労働者の保護を図る趣旨であると解される。これに対し,労働基準法においては,労働者からの解約申入れ(退職)については,何ら規定が設けられていない。
 また,労働基準法は,使用者が労働契約の不履行について違約金を定めたり,損害賠償額を予定する契約をすることを禁止したり(労働基準法16条),使用者が前借金その他労働することを条件とする前貸しの債権と賃金を相殺することを禁止しているところ(労働基準法17条),これらの規定は,違約金または損害賠償額の予定をすることや,将来の賃金から差し引くことを予定して前借金を貸し付けることなどが,労働者の退職に関する自由意思を制限し,労働を継続することの強制あるいは拘束となり,労働者に対する足留めとなることから,そのような事態を防止する趣旨であると解される。
 さらに,労働基準法は,その18条において,労働契約に付随して貯蓄の契約をさせたり,貯蓄金を管理する契約をすることを禁止しているところ,これも,貯蓄の強制や貯蓄金の管理が労働者の足留めとなることを防止する趣旨であると解される。
 このような労働基準法の各規定の趣旨に照らせば,同法は,労働者が労働契約から離脱する自由を保障することで労働者の保護を図っているということができ,そのような労働基準法の趣旨に鑑みれば,民法627条1項の期間については,使用者のために延長することはできないものと解するのが相当である。
 そうすると,その余の点について検討するまでもなく,退職する際には3か月前に退職届を提出しなければならないとする本件規定は無効となる(民法627条1項が定める期間に短縮されることとなる。)。」

 

就業規則の方が有利な場合

 これに対して、民法第627条よりも労働者にとって有利な就業規則を定めることは問題なく許されますので、そのような場合は就業規則が優先的に適用されることになります。

 すると、たとえば「退職するには退職する10日前までに申し出ること」などという就業規則は、2週間の予告期間を求める民法第627条1項よりも労働者にとって有利ですから、このような定めは有効であり、辞める際には就業規則を前提に対応すれば足りると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

辞めたいけど辞められない~辞職(退職)の自由①・期間の定めのある場合~

 

 ここ数年、働いている会社やアルバイト先を辞めようとしても、人手不足などを理由になかなか辞めさせてもらえない、という相談が増えています。

 そこで、今回は、労働者の「辞職の自由」についてお話しします。

 なお、労働者側からの辞職については、大きく分けて、契約期間のある場合と、契約期間のない場合がありますが、今回は契約期間のある場合についてお話しします(契約期間のない場合については、後日、別のコラムでお話したいと思います)。

 

労働者には辞職(退職)の自由がある

 憲法上、労働者には職業選択の自由があり、奴隷的拘束が禁止されていますので、原則として労働者には辞職する自由があります。

 しかし、労働者に辞職の自由があるといっても、法律上、そのために必要な手続きが定められていますので、勤務先と話し合ったものの折り合いがつかず一方的な意思表示によって辞職せざるを得ないという場合には、法律に沿った形での対応が必要となります。 

 

期間の定めのある雇用契約を途中で解消する場合の法律(民法628条)

 このケースについては民法628条が定めており、労働者は「やむを得ない事由」がある場合」には期間途中でも契約を解消することができるとされています。

 どのような事由があれば「やむを得ない事由」と言えるかは条文上必ずしも明確ではありませんが、労働者の病気や怪我、家族の介護、妊娠や出産、給料の未払い、違法な長時間労働等劣悪な労働環境であることなどが考えられます。

 また、近時、問題となっている学生のいわゆるブラックアルバイトについては、学生はあくまで学業が本分であり、雇い主側も労働者が学生であることを認識・理解した上で雇用していることが通常と思われること、辞職することは原則として自由であることなどから、当職の私見ですが、ある程度緩やかな事情でも「やむを得ない事由」に該当すると考えるべきであり、たとえば卒業準備など学業へ専念する必要があることやアルバイトによって学業に支障が生じているといった事情でも広く辞職は許されるべきと考えます。

 なお、民法628条には続きがあり、「やむを得ない事由」が「当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う」とされていますので、働けなくなった理由が労働者側の落ち度による場合には、勤務先から損害賠償の請求がなされる可能性がある点に注意が必要です。

 

 【契約から1年以上勤務した後で辞める場合】 

 たとえば、契約期間を2年とした雇用契約について、1年が経過した時点で辞めるというケースですが、この場合、基本的には「やむを得ない事由」がなくても自由に辞職することができます(労働基準法第137条)。

 ただし、労働基準法第137条は、①専門的知識・技術・経験を有する労働者をその専門的知識などを必要とする業務に就ける場合(医師、税理士、薬剤師、弁護士等の有資格者や一定の学歴及び実務経験を有するシステムエンジニアやデザイナー等で年収1075万円を超える者など)や、②満60歳以上の労働者との契約については適用されません。

 

 【事前に示された労働条件と実際の労働条件が異なっていた場合】 

 最近では、ハローワークや求人雑誌で示されていた労働条件(給料、労働時間、就業場所、従事する業務など)と実際の労働条件とが違っていたという相談もありますが、この場合、労働基準法第15条2項により、労働者は即座に辞職することができます。

 実際に辞職する場面では、事前に示された労働条件と食い違いがあったかどうかが問題になる可能性がありますので、働き始める際には事前にもらった労働条件通知書や雇用契約書、ハローワークの求人票を保管しておくなどの工夫をしておくと良いと思われます。

 

 【就業規則で辞職についての定めがある場合】 

 では、就業規則において「退職には会社の承諾を受けること」「辞めるには代わりの人員を見つけること」といった定めがある場合はどうでしょうか。

 民法628条と就業規則との関係については、就業規則で民法628条よりも条件を厳しくすることはできないが、民法628条よりも条件を緩やかにすることはできる、とされています(大阪地裁平成17年3月30日判決・・・※)。

 そうすると、先ほどのような就業規則は「やむを得ない事由」がある場合には辞職できるとする民法628条よりも厳しい条件をつけるものですので、無効になると思われます。

 

 ただし、逆に会社側から解雇する場合については、労働契約法第17条1項が「やむを得ない事由」がない限り期間途中に解雇できないと定めているため、会社側が解雇しやすくなる内容の就業規則を定めても、この部分は無効となります(※2)。

 

 ・労働者からの辞職

  →「やむを得ない事由」がなくても辞職できると定めるのはOK

 

 ・会社からの解雇

  →「やむを得ない事由」がなくても解雇できると定めるのはNG

 

大阪地裁平成17年3月30日判決(※)

「民法は,雇用契約の当事者を長期に束縛することは公益に反するとの趣旨から,期間の定めのない契約については何時でも解約申入れをすることができる旨を定める(同法627条)とともに,当事者間で前記解約申入れを排除する期間を原則として5年を上限として定めることができ(同法626条),同法628条は,その場合においても,「已ムコトヲ得サル事由」がある場合には解除することができる旨を定めている。
 そうすると,民法628条は,一定の期間解約申入れを排除する旨の定めのある雇用契約においても,前記事由がある場合に当事者の解除権を保障したものといえるから,解除事由をより厳格にする当事者間の合意は,同条の趣旨に反し無効というべきであり,その点において同条は強行規定というべきであるが,同条は当事者においてより前記解除事由を緩やかにする合意をすることまで禁じる趣旨とは解し難い。

 したがって,本件解約条項は,解除事由を「已ムコトヲ得サル事由」よりも緩やかにする合意であるから,民法628条に違反するとはいえない。」

 

労働契約法第17条(※2)
(契約期間中の解雇等)
第十七条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

 

辞職の申出をしても受け容れてもらえない場合の対応は?

 辞職を考える際、まずは会社との間で話し合いをすることが通常と思われますが、会社が聞く耳を持ってくれないような状況では、そのまま話し合いを続けても埒があきません。

 このような場合には、やむを得ない方法として、内容証明郵便で辞職の申出をするという方法を採らざるを得ないことになります。

 内容証明郵便を送るようなケースでは、退職後に元の勤務先から損害賠償請求を受けるなど法的なトラブルに発展するケースも想定されますので、そのような場合には弁護士にご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮