主婦(夫)の後遺障害事案における逸失利益の計算方法~交通事故⑥~

 

 交通事故によって後遺障害が残った場合、その程度に応じ、失われた利益(=後遺障害逸失利益)が支払われることがあります。

 

 実務上、後遺障害逸失利益は【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】という計算式で算出することとなっていますが(→「後遺障害によって前と同じように働けなくなったら、その補償はどうなるか?~交通事故⑤・逸失利益~」)、それでは、交通事故で受傷した方が家事従事者(主婦・主夫)だった場合、後遺障害逸失利益はどのように計算するのでしょうか?

 

 この問題について、かつては、家事従事者には収入の喪失という意味の逸失利益はないのではないかということ自体が問題とされていたようですが、現在では家事従事者であることを理由に逸失利益を一律に否定することはなく、議論は専ら家事従事者の方の基礎収入をどのように考えるべきかという点に移っています。

 

基本:賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金額

 

 家事従事者の逸失利益を計算する場合、原則は「賃金センサス」という国の統計資料に記載されている女性労働者の全年齢平均の賃金額を基準とします(正確にいうと、賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均の賃金額を用います)。

 

 たとえば、交通事故の後遺障害について症状固定と診断されたのが平成28年だった場合、平成28年度の賃金センサスを使用します。

 

 そうすると、同年度の賃金センサスでは女性労働者の全年齢平均賃金額は376万2300円となっていますので、この金額をもとにして逸失利益を計算していくことになります。

 

 なお、男性の家事従事者についても、女性の平均賃金を用いて計算しますので注意が必要です。

 

例外:高齢の家事従事者の場合

 

 事故に遭った家事従事者の方が高齢の場合、年齢による労働能力の衰えを考慮して、①全年齢平均賃金額ではなく、それよりも金額の低い年齢別平均賃金額を基礎に計算するケースや、②全年齢平均賃金額の何割かを基礎として計算するケース、あるいは③その両方を適用して計算するケースがあり、いわゆる現役世代よりも基礎収入が低く見積もられることがあります。

 

 なお、このように減額修正される可能性があるのは高齢者の場合だけではなく、同居の家族の中で被害者以外にも家事労働を分担していた人がいる場合も含まれます(たとえば母親だけではなく、娘も家事を分担していたなど)。

 

有職主婦(夫)の場合

 

 主婦(夫)の方が仕事を持っている場合、実収入と賃金センサスの平均賃金を比べて高い方を基礎収入とします

 

 そのため、たとえば、平成28年に症状固定した主婦の方の事故前の実収入が200万円だったとすれば、賃金センサスの全年齢平均賃金額(376万2300円)の方が実収入よりも高いため、基本的には賃金センサスの金額を基準に計算することになります。

 

 なお、平均賃金額と比較する対象が実際の労働収入であるということは、要するに、家事労働分は別途加算しないということを意味します。

 

 もし、実際の労働収入に家事労働分を加算して平均賃金と比較することができれば被害者にとっては有利なのですが、残念ながら、現在の裁判所の考え方では仕事を持つ家事従事者の逸失利益を計算する際、実収入に家事労働分を加算するという扱いは採られていません(最高裁昭和62年1月19日判決)。

 

一人暮らしの無職者の場合

 

 家事労働者の逸失利益は、家事労働が他人のための労働である場合に限られますので、一人暮らしの無職の方が自分自身の身の回りのことを行う場合には逸失利益は認められません。

 

 もっとも、事故時には一人暮らしの無職者であっても、将来働ける蓋然性があったことを証明できれば、交通事故がなければ労働収入を得られたはずであることを理由として逸失利益が認められる場合もあります。

 

被害者の注意点

 

 家事従事者の逸失利益については、上記のとおり通常の労働者に比べて計算方法が複雑ですので、保険会社から示談案を示されても市民の方がご自分で妥当性を判断するのはなかなか困難です。

 

 示談の際には、そもそも逸失利益が計上されているか、兼業主婦なのに賃金センサスよりも大幅に低い実収入で逸失利益が計算されていないかなど、本来認められるべき金額よりも低い内容となっていないかを慎重に検討することが重要です。

 

 家事従事者については、計算のやり方一つで最終的な賠償額が大きく変わってしまう可能性もありますので、示談をする前に弁護士に相談し、場合によっては示談交渉などを依頼することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

後遺障害の認定を受けた場合の逸失利益の計算方法~交通事故⑤~

 

 交通事故で受傷し、不幸にして後遺障害が残ってしまった場合、認定された後遺障害等級に応じて慰謝料が支払われることになります(「後遺障害に対する慰謝料はどのように計算されるのか?~交通事故③・後遺障害慰謝料~)。

 

 しかし、後遺障害によって生じるのは精神的な苦痛だけではなく、以前と同じようには働けなくなるという重大な不利益も生じることになります(労働能力の喪失による減収)。

 

 このように、被害者は、後遺障害によって労働能力を失う結果となりますが、この場合の補償として認められるのが「後遺障害逸失利益」です。

 

 後遺障害逸失利益は、金額が高額になることや、不確実な事柄をもとに計算するものであることといった理由から、保険会社との争いも激しくなりがちなところです。

 

 計算にあたっての方法や用語も難しく、専門的な話となりますが、今回はその基本的な考え方についてご説明してみたいと思います。

 

後遺障害逸失利益の計算式

 後遺障害逸失利益は、以下の計算式によって算出されることとされています。

 

【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】

 

基礎収入

 

 原則として、事故前の現実収入を基にします。

 

 もっとも、現実に収入がなければまったく逸失利益が認められないというわけではなく、たとえば学生や専業主婦、年少者など、現実収入がない場合でも、統計資料を利用して一定の逸失利益が認められています。

 

 給与所得者以外の方について基礎収入をどのように計算するかは被害者の有する属性によってまちまちですので、今回は基本的な考え方を説明するにとどめ具体的に問題となる事例はまた別のコラムでお話ししたいと思います。

 

労働能力喪失率

 

 これは、後遺障害によって失われた労働能力の割合を意味するもので、「後遺障害別等級表・労働能力喪失率」という表により、各等級毎に割合が定められています。

 

 この表では、認定された後遺障害等級毎に100%(1級)から5%(14級)まで細かく労働能力喪失率が記載されていますので、後遺障害等級が認定された場合には、まずは認定された等級に応じた労働能力喪失率をもとに計算することになります。

 

 もっとも、外貌醜状や腰椎の圧迫骨折、鎖骨の骨折、歯牙障害など、直ちに労働能力の喪失に結びつかない可能性のある後遺障害については、保険会社から労働能力喪失率の割合について争われることがありますし、また、被害者の職業等との関係で、等級表に記載のある喪失率以下の割合しか認めないとして争われる事例もあります。

 

 そのような場合は、被害者の具体的な職業や生活実態との関係で後遺障害が労働能力にどの程度影響しているかを立証することが必要となりますので、場合によっては逸失利益が否定されてしまったり、パーセンテージが低くなってしまうこともあります(なお、その場合でも、後遺障害慰謝料の増額事由として考慮してもらえる場合があります)。

 

労働能力喪失期間

 

 逸失利益は、後遺障害によって失われた労働能力の程度に応じて賠償してもらうというものですから、後遺障害が残ったとき(=症状固定)から、働けなくなる年齢までの期間に限って認められます。

 

 このような逸失利益の対象となる期間を「労働能力喪失期間」と呼んでいます。

 

 労働能力喪失期間は、基本的には症状固定から67歳までの期間とされていますが、以下の①~④のようなケースでは異なる計算をするとされています。

 

 特に、むち打ちの場合には、労働能力喪失期間が制限されることに注意が必要です。

 

労働能力喪失期間の具体例

 ①未就労者の場合 

原則として18歳から67歳まで

 

 ②症状固定時に67歳を超えている場合 

原則として簡易生命表記載の平均余命の2分の1

 

 ③症状固定から67歳までの期間が平均余命の2分の1より短くなる場合 

原則として簡易生命表記載の平均余命の2分の1

 

 ④むち打ちのケース 

・12級の場合、10年程度

・14級の場合、5年程度

 

労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

 

 先ほど述べたとおり、逸失利益は労働能力が失われた期間に応じて計算されるものですから、単純に考えれば【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(年数)】という形で計算すれば良いようにも思えます。

 

 しかし、逸失利益というものは、将来受け取れるはずであった減収分を、将来になってからではなく、現時点で先取りしてもらうというものです。

 

 そうすると、たとえば、本来は10年後にもらえるはずだった100万円を現時点で先取りした場合、もらった人はその100万円を運用し、10年後には100万円を超える金額を手にすることが可能となります。

 

 このように、逸失利益は将来得られるはずであった利益を先取りするものであることから、先取りして運用した結果、得られるであろう利息分は賠償から差し引くと考えるのが公平であると考えられます。

 

 そこで、先取りした分の運用益を差し引くために考案されたのが中間利息控除という考え方であり、その計算に当たって使用される係数が「ライプニッツ係数」です。

 

 実際に逸失利益を計算するにあたっては、単に労働能力喪失期間を掛けるのではなく、その期間に対応する一定の係数(ライプニッツ係数)をかけて計算することになります。

 

計算例

 

 最後に、典型的な事例について、基本的な計算例をお示ししたいと思います。

 

設例

・症状固定時の年齢:50歳

 =労働能力喪失期間17年

 

・労働能力喪失期間17年に対応する

 ライプニッツ係数:11.2741

 

・事故前の年収:400万円(会社員)

 

・後遺障害等級:11級7号

 =労働能力喪失率:20%

 

【計算】

 

400万円×20%×11.2741

=9,019,280円

 

 以上、後遺障害が残った場合の逸失利益の計算方法をご説明しましたが、逸失利益の計算が複雑ということはお分かりいただけたかと思います。

 

 このように逸失利益の計算は、日常的に交通事故を扱っていない一般の方が正しい計算かどうかを判断するのが難しく、保険会社からの提案の妥当性を判断するには弁護士の専門的知識が必要な場合がありますので、後遺障害が認定された場合には、示談する前に弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮