交通事故によって後遺障害が残った場合、その程度に応じ、失われた利益(=後遺障害逸失利益)が支払われることがあります。
実務上、後遺障害逸失利益は【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】という計算式で算出することとなっていますが(→「後遺障害によって前と同じように働けなくなったら、その補償はどうなるか?~交通事故⑤・逸失利益~」)、それでは、交通事故で受傷した方が家事従事者(主婦・主夫)だった場合、後遺障害逸失利益はどのように計算するのでしょうか?
この問題について、かつては、家事従事者には収入の喪失という意味の逸失利益はないのではないかということ自体が問題とされていたようですが、現在では家事従事者であることを理由に逸失利益を一律に否定することはなく、議論は専ら家事従事者の方の基礎収入をどのように考えるべきかという点に移っています。
基本:賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金額
家事従事者の逸失利益を計算する場合、原則は「賃金センサス」という国の統計資料に記載されている女性労働者の全年齢平均の賃金額を基準とします(正確にいうと、賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均の賃金額を用います)。
たとえば、交通事故の後遺障害について症状固定と診断されたのが平成28年だった場合、平成28年度の賃金センサスを使用します。
そうすると、同年度の賃金センサスでは女性労働者の全年齢平均賃金額は376万2300円となっていますので、この金額をもとにして逸失利益を計算していくことになります。
なお、男性の家事従事者についても、女性の平均賃金を用いて計算しますので注意が必要です。
例外:高齢の家事従事者の場合
事故に遭った家事従事者の方が高齢の場合、年齢による労働能力の衰えを考慮して、①全年齢平均賃金額ではなく、それよりも金額の低い年齢別平均賃金額を基礎に計算するケースや、②全年齢平均賃金額の何割かを基礎として計算するケース、あるいは③その両方を適用して計算するケースがあり、いわゆる現役世代よりも基礎収入が低く見積もられることがあります。
なお、このように減額修正される可能性があるのは高齢者の場合だけではなく、同居の家族の中で被害者以外にも家事労働を分担していた人がいる場合も含まれます(たとえば母親だけではなく、娘も家事を分担していたなど)。
有職主婦(夫)の場合
主婦(夫)の方が仕事を持っている場合、実収入と賃金センサスの平均賃金を比べて高い方を基礎収入とします。
そのため、たとえば、平成28年に症状固定した主婦の方の事故前の実収入が200万円だったとすれば、賃金センサスの全年齢平均賃金額(376万2300円)の方が実収入よりも高いため、基本的には賃金センサスの金額を基準に計算することになります。
なお、平均賃金額と比較する対象が実際の労働収入であるということは、要するに、家事労働分は別途加算しないということを意味します。
もし、実際の労働収入に家事労働分を加算して平均賃金と比較することができれば被害者にとっては有利なのですが、残念ながら、現在の裁判所の考え方では仕事を持つ家事従事者の逸失利益を計算する際、実収入に家事労働分を加算するという扱いは採られていません(最高裁昭和62年1月19日判決)。
一人暮らしの無職者の場合
家事労働者の逸失利益は、家事労働が他人のための労働である場合に限られますので、一人暮らしの無職の方が自分自身の身の回りのことを行う場合には逸失利益は認められません。
もっとも、事故時には一人暮らしの無職者であっても、将来働ける蓋然性があったことを証明できれば、交通事故がなければ労働収入を得られたはずであることを理由として逸失利益が認められる場合もあります。
被害者の注意点
家事従事者の逸失利益については、上記のとおり通常の労働者に比べて計算方法が複雑ですので、保険会社から示談案を示されても市民の方がご自分で妥当性を判断するのはなかなか困難です。
示談の際には、そもそも逸失利益が計上されているか、兼業主婦なのに賃金センサスよりも大幅に低い実収入で逸失利益が計算されていないかなど、本来認められるべき金額よりも低い内容となっていないかを慎重に検討することが重要です。
家事従事者については、計算のやり方一つで最終的な賠償額が大きく変わってしまう可能性もありますので、示談をする前に弁護士に相談し、場合によっては示談交渉などを依頼することをお勧めします。
弁護士 平本丈之亮