個人用住居の賃貸借契約を中途解約した場合の違約金は有効か?~消費者契約法第9条1号~

 

 4月に入り、転勤や就職などでそれまで住んでいた家を離れた方も多いと思いますが、この時期になると、今まで住んでいたアパートやマンションなどを退去する際にトラブルになっているという相談が増えてきます。

 賃貸借契約のトラブルとしては、原状回復や敷金の返還の範囲を巡るものが一般的ですが、急な転居が必要になったので解約を申し入れたところ、契約書記載の違約金の請求をされたというご相談もあります。

 そこで、今回は、賃貸借契約を契約期間の途中で解約した場合、一定の違約金の支払いを求める特約の有効性について考えてみたいと思います。

 

良くあるケース・・・即時解約の際の違約金

 よくあるケースとして、退去前には3ヶ月前に申し出ること、3ヶ月の経過を待たずに即時に解約する場合には家賃3ヶ月分の違約金を支払うこと、という条項がある場合があります(そのほか、予告期間に足りない分、たとえば2ヶ月前に予告した場合には足りない1ヶ月分だけ違約金を払うというケースもあります)。

 また、ストレートに違約金の支払いを求める条項のほかに、契約時に一定の額の保証金を差入れ、契約期間の途中で即時解約する場合には差し入れた保証金を違約金として没収するという定め方がなされている場合もあります。

 

消費者契約法第9条1号・・・「平均的な損害」を越える部分は無効

 このような契約書の記載は、大家さんに対して解約時の損害賠償として一定額の支払いを約束するものであり、「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」として消費者契約法9条1号の適用を受けます。

 そして、消費者契約法では、このような違約金条項については、大家さんに生ずべき「平均的な損害」の額を超える部分は無効と規定しています。

 

【どの程度までであれば有効か?】

 それでは、個人用の賃貸住居の契約を契約期間の途中で解約する場合、いったいどの程度の違約金であれば「平均的な損害」として有効となるのでしょうか?

 この点についてはいくつかの裁判例がありますが、当職の調べた範囲では、1ヶ月を超えるような違約金の定めがある場合において、1ヶ月分を越える部分は無効と判断するものがありました

 その理由としては、①通常、賃貸借契約終了から1ヶ月程度あれば次の賃借人を入居させることが可能であり、仮にそれ以降も入居者が見つからなかったとしても、その部分まで前の賃借人に違約金として負担させるのは相当ではないこと(京都地裁平成22年10月29日判決)、②賃貸住宅標準契約書においては、解約予告期間及びそれに代えて支払うべき違約金の設定が1ヶ月とされており、次の入居者を探すまでの所要期間として相当であること、があげられています(東京簡裁平成21年2月20日判決、東京簡裁平成21年8月7日判決)。

 最終的には事案ごとの判断になると思われますが、このような裁判例があることを踏まえると、即時解約の場合に1ヶ月を超える金額を支払う内容の違約金条項については、消費者契約法第9条1号によって一部無効になる可能性があるものと思われます

 なお、東京地裁令和2年2月6日判決は、2年間の契約期間中に契約を中途解約する場合に1か月分の賃料及び管理費相当額を支払うという違約金条項について、平均的な損害を超えるものではないとして有効と判断しています。

 

解約予告期間をおきつつ、中途解約のときは一定の違約金の支払いを約束するケース

 先ほどの例は、解約予告期間を設定したうえで、その期間が満了するまで契約を続けるか、それとも、即時に解約して違約金を支払うか、といういわば二者択一のケースでした。

 これに対して、解約予告期間をおいて、その期間が満了するまでは賃貸借契約が存続することを前提にしながらも、それとは全く別の特約として、契約期間内の中途解約の場合は一律に一定の違約金を払うという定めがなされる場合があります。

 たとえば、契約期間2年間の賃貸借契約において、解約には3ヶ月前までに申出をすること(=解約通知から3ヶ月後に契約が終了する)という条項と、契約期間内に解約する場合には一律1ヶ月分の違約金を払うこと(あるいは違約金として保証金を没収すること)という条項が入っている場合です。

 このようなケースでは、2年間の契約期間内に解約の通知をすると、そこから3ヶ月が経過してはじめて賃貸借契約が終了することになり、その間の3ヶ月分の家賃が発生しつつ、さらに1ヶ月分の違約金まで発生してしまう(合計4ヶ月の負担)という問題が生じます。 

 

 では、仮にこのような定めがあった場合、違約金を支払うという条項は消費者契約法第9条1号によって無効にならないのでしょうか?

 この点は寡聞にして消費者契約法第9条1号の問題とした裁判例や文献を見つけることができなかったため当職の私見ですが、そもそも解約予告期間が満了するまでの間賃貸借契約が存続するということは、大家さんはその間の3ヶ月間の家賃収入を確保できることを意味しますので、即時解約の場合と異なり、解約予告期間内の賃料収入の喪失という損害はないことになります。

 また、解約予告期間経過後の残存契約期間について、仮に契約が続いていれば得られたであろう賃貸収入(いわゆる逸失利益)が損害に含まれるという主張も考えられますが、大家さんとしては解約後に他に賃して賃貸収入を得ることが可能であり、これを損害に含めると解約後に新しい賃借人を入れた際の賃料との二重取りを認めることになるため、対象となる居室が他の賃借人には貸すことのできないような特殊な物件であるような特別の事情がない限り、ここでいう損害には含まれないと考えられます(※1,2)。

 


※1 大阪地裁平成14年7月19日判決

 自動車の売買契約解除のケースで、他に販売可能であることなどを理由に、販売店が得られるはずであった得べかりし利益は平均的な損害にあたるとはいえないとした裁判例

 

※2 東京地裁平成17年9月9日判決

 結婚式の予約を撤回する場合には10万円の取消料が必要であるとの条項が無効になるかが争われ、当初の予定どおりに挙式が行われたならば得られたであろう利益については、消費者が1年も前に撤回していることなどから、仮にこの時点で予約が解除されたとしてもその後新たな予約が入ることが十分期待し得る時期だった等の理由により、平均的な損害に当たらないとした裁判例


 

 その他、中途解約によってあらたに募集のための費用が生じると思われますが、賃借人の再募集は中途解約に限らず契約が終了するときには必ず生じるものであり、また、このような費用は事業者として賃貸事業を営む上で日常的に支出すべきものと思われることから、解約による損害には含まれるべきではないと思われます。

 そうすると、解約予告期間が満了するまで賃貸借契約が存続し、その間の賃料を得ることができる契約になっている場合には、当然に空き室が発生する即時解約のケースとは異なり、必ずしも大家さん側に損害が発生するとはいえないように思われます。

 このように考えていくと、解約予告期間内は賃貸借契約が存続することを前提にその間の家賃を請求しながら、契約期間内の解約であるという理由で家賃以外に違約金の支払いを求める特約は、消費者契約法第9条1号によって無効になる可能性があるように思われます。

  なお、同様の事例で、契約期間2年、解約申出2ヶ月後に契約が終了するという賃貸借契約について、契約期間未満で解約した場合には賃料・共益費の1ヶ月分の違約金を支払う条項を、消費者契約法9条ではなく、同法10条によって無効とした裁判例が存在します(※3)。

 


※3 東京地裁平成22年6月11日判決

 本件賃貸借において,同違約金の支払条項(特約36項)が存在することは,当事者間に争いがないが,同特約条項は,消費者契約法10条に違反すると解するのが相当である。すなわち,本件においては,賃借人からの解約申し出後2か月で賃貸借契約が終了する旨の特約が別途存在するのであり,賃貸借契約が2年以内に解約されることにより,賃貸人に特段の不利益があるとは考えられない。本件賃貸借は居住用マンションの賃貸借であるが,その契約時期は,平成20年2月であるところ,一般的には,4月に居住用マンションの新規需要が生じるのであるから,契約後2年間の契約期間に特段の意味はないといわなければならない。そうすると,上記特約は,事業者である被告と消費者である原告との間に取り交わされた消費者契約の条項であって,消費者である原告の利益を一方的に害するというべきである。)。

 したがって,原告の違約金の支払いは無効の約定に基づいて,法律上の原因がなくされたものであって,被告は同額を利得しているから,これは不当利得に該当し,原告はその返還を求めることができる。


 

解約予告期間が満了するまでの分の家賃を請求しつつ、期間満了前に新たな賃借人を入れていたような場合

 仮にこのようなケースがあったとすれば明らかに賃料の二重取りとなりますので、大家さん側に二重の利得を許すのは不当である、という価値判断には疑問の余地はないと思われます(少なくとも当職はそう考えます)。

 問題は法的な理屈ですが、裁判例も見当たりませんでしたので、以下は当職の私見を述べるにとどめます。

 そもそも、解約予告期間をおき、その期間が満了した時点で賃貸借契約が終了することを前提にして期間満了までの家賃を請求する場合、賃貸人は、その賃料の対価として、解約予告期間が満了するまでは賃借人に当該居室の使用収益をさせる義務を負い、その中には賃借人の使用収益を妨げる行為をしてはならないという不作為的な義務も含まれていると思われます。

 そうすると、一方で契約の存続を前提に、期間満了までの賃料の支払いを請求しておきながら、他方では賃借人の承諾なく、期間満了前に新たな賃借人を入れて賃料を得ていた場合には、賃借人の使用収益権を侵害したものとして、前の賃借人は家賃相当額の損害賠償請求をすることができる、と考えることができるように思います。

 あるいは、このような場合、新しい賃借人が入居した以上、前の賃借人はもはやその居室の利用ができなくなるわけですから、賃貸目的物が物理的に滅失した場合と同視できるとして、新たな賃借人が入居した時点で前の賃貸借契約は当然に終了し、それ以降の賃料として前払いした部分は法律上の原因のない不当利得として返還を求められる可能性もあるのではないかと考えます(なお、改正民法第616条の2では、「賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。」とされ、物理的な滅失以外の理由での賃貸借終了を明確に認めています)

 

 弁護士 平本丈之亮