むち打ちで後遺障害が認定された場合の示談交渉で注意すること~交通事故⑬~

 

 交通事故相談で多く当たる人身事故のケースとして、いわゆるむち打ち(頸椎捻挫)があります。

 

 むち打ちについて後遺障害が残った場合、そもそも自賠責の後遺障害等級に該当するかどうかのレベルで問題となることが多いのですが、無事に後遺障害等級の認定を受けられた場合でも、今度はその次の示談交渉で注意すべき点がありますので、今回はこの点についてお話しします。

 

 なお、むち打ちで認められる可能性がある後遺障害等級は、14級9号(局部に神経症状を残すもの)12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)の2つですが、今回は当職が相談の中で出会うことの多い14級9号をもとにご説明したいと思います(着眼点そのものは12級の場合も同じです)。

 

後遺障害の慰謝料が適切に計算されているか

 むち打ちで後遺障害の等級認定がなされると、ケガで治療を要したことに対する慰謝料(傷害慰謝料)のほか、後遺障害が残ったことに対する慰謝料(後遺障害慰謝料)が発生します。

 

 しかし、後遺傷害に関する慰謝料についてきちんとした算定がなされていない場合がありますので、ここが一つ目のチェックポイントです。

 

 たとえば当職が過去に担当した事案では、14級9号の慰謝料について、裁判基準であれば110万円が相当であるところ、弁護士が介入する前に提示されていた金額は約58万円だったということがあり、交渉の結果慰謝料を増額した事案があります。

 

逸失利益が適切に計算されているか

 次に、後遺障害等級の認定がなされた場合、その等級に応じて、失われた利益(逸失利益)の支払いがなされますが、この点の計算が妥当かも検討する必要があります。

 

 逸失利益の計算は、 【基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】 という計算式で求めることになっていますが、相手方からの示談案が妥当かどうかを判断するには、この計算式に用いるそれぞれの数字に問題がないかどうかを一つずつ見ていきます。

 

【point1 基礎収入は適切か】

 基礎収入については、事故の被害者の就業状況や年齢などにより様々な計算ルールがあるため、ここで全てのケースについて細かく解説することはできませんが、主婦(家事労働者)、自営業者、若年労働者(事故当時概ね30歳未満)、学生・生徒、幼児などについて問題となることが多くありますので、被害者がこのカテゴリーに入るケースには注意していただきたいと思います。

 

【point2 労働能力喪失率は適切か】

 14級9号の後遺障害等級認定がなされた場合、後遺障害により失われた労働能力は基本的には5%とされていますが、労働能力喪失率は具体的な職業との関係で判断されるものであり、5%という数字も一応の目安に過ぎません。

 

 そのため、(特にむち打ちに限った話というわけではありませんが、)保険会社から、後遺障害の仕事への影響は少ないとして低い数字が提示される場合がありますので、妥当な内容となっているか検討することが必要です。

 

【point3 労働能力喪失期間は適切か】

 さらに、むち打ちで14級9号が認定された場合、後遺傷害が労働能力に影響を及ぼす期間について5年程度とされる例が多いですが、保険会社からの示談案ではそれよりも短い期間になっていることがあります。

 

 当職が過去に担当したケースでも、弁護士が介入する前、保険会社から労働能力喪失期間が2年と提案されていた事案がありました。

 

 労働能力喪失期間が5年である場合と2年の場合とでは、先ほどの計算式に当てはめる数字(=ライプニッツ係数)が大きく異なるため(5年だと4.3295(令和2年4月1日以降の事故は4.5797)、2年の場合は1.8594(令和2年4月1日以降の事故は1.9135)。)、ここの違いが逸失利益の金額に大きな影響を与えることがあります。

 

 最終的には、後遺障害が仕事にどの程度の影響を与えるのかを事案毎に検討していくことになるため必ずしも5年にならない場合もありますが、さしたる理由もなく短い期間で提案されていないかをチェックするのも重要なポイントです。 

 

その他の費目にも注意

 以上、むち打ちのケースで主に後遺障害に関する慰謝料と逸失利益について注意点を説明しましたが、そのほかにも、傷害慰謝料(入通院慰謝料)や休業損害など、後遺障害以外の費目についても妥当な計算がなされていないケースがあるため、これらの点もきちんとチェックすることが大事です。

 

 交通事故による損害賠償問題は誰しもが遭遇する可能性のあるトラブルですが、いざ自分がその立場に立った場合に、保険会社からの示談案が妥当かどうかを検討するのは簡単なことではありませんので、自分では判断がつかない場合には、交通事故相談をご活用いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

加害者から物損事故扱いにしてほしいと言われたらどうするか~交通事故⑫~

 

 交通事故の被害に遭った際、ケガの程度が軽く、加害者側から治療費は負担するから物損扱いにしてほしいと言われて物損で届け出たが大丈夫だろうか、というご相談を受けることがあります(似たような問題として、事故直後は痛みがなかったので物損で届出したが、その後、痛みが出てきてしまったというご相談もあります)。

 このような場合にはどう対応をして良いか迷うことがあると思いますので、今回はそのような申し出がなされる理由や物損と人身の違い、具体的な対応方法などについてお話したいと思います。

 

なぜ物損事故扱いを望む加害者がいるのか?

 そもそも、なぜ交通事故で加害者側が物損扱いを望むかといえば、加害者側には以下のような事情があるからです。

 

①他に道交法違反(飲酒・スピード違反等)の事実がなければ、違反点数が加算されない

②他に道交法違反の事実がなければ刑事処分がない

③人身扱いになると、職場でペナルティが発生する(職場によりけり)

 

物損事故として届け出た場合のリスク

 このように、物損扱いで交通事故を処理をすることは加害者にとっては意味がある場合がありますが、他方、被害者には特にメリットはなく、かえって以下のようなリスクがあります。

 

 ①治療費等の支払いに影響が出る可能性 

 物損扱いとする以上、加害者側が怪我の治療費や慰謝料を支払ってくれない可能性があります。

 もっとも、相手方がきちんと任意保険に入っていて怪我の発生も争わない場合は、警察への届出が物損扱いのままでも対応してもらえることがあり、実際に過去に受けた交通事故相談でも、警察には物損扱いで届け出たものの相手方保険会社が人身として扱ってくれ、治療費を内払いしてくれているというケースがありました。

 しかし、これはあくまでも相手方がケガの発生を認めている場合のことですし、相手方の保険会社に人身扱いにしてもらえても、「はじめ物損で届け出たということはケガの程度はさほど重くないはずである。」と判断されて治療費の支払期間を制限されたり、後の示談交渉で慰謝料算定の基準となる治療期間を争われる、などといった不利益を被る可能性は否定できません。

 交通事故が起きた場合に当初物損で届け出るケースはむち打ちや腰の捻挫ですが、実際に交通事故相談にあたっていると、たいした怪我ではないと思っていたがなかなか治らなかったり後遺障害が残ったというケースも多く、事故当初の判断が後で大きく影響することがあるため注意が必要です。

 

 ②実況見分調書が作成されない 

 物損の場合、警察は交通事故の状況に関する実況見分調書を作成しません。

 そのため、後の示談交渉で過失割合について争いが生じても、当時の事故状況に関する客観的証拠が乏しく、過失割合の交渉で不利になる可能性があります。

 

物損から人身への切り替えはできるのか?

 このように、実際には交通事故でケガをしているのに物損として届け出ることはまったくお勧めできませんが、すでに物損で届け出てしまったという場合でも一定の期間内であれば警察に届け出ることにより人身に切り替えてくれる場合があります。

 もっとも、当然ながらいつまでも切り替えが可能というわけではなく、明確な期限はないもののせいぜい1週間から10日程度ではないかと言われることが多い印象です。いずれにせよ、日数が経ちすぎると事故との因果関係が不明であるとして切り替えを受け付けてくれないようですから、人身への切り替えを希望する場合は速やかに診断書を取得し、手続きを行うのが賢明です。

 これまでお話したとおり、物損で届け出てしまったときでもリカバリーがきく場合はありますので、まずは早急に診断書をとって警察に相談に行き、今後の対応について分からないことがあった場合は弁護士への交通事故相談をご検討いただきたいと思います。  

 

弁護士 平本丈之亮

 

最近の裁判例に見る不貞による(離婚)慰謝料

 

 弁護士として離婚問題を扱っていると必ず出会う相談に、不貞による離婚と慰謝料に関するものがあります。

 

 もっとも、不貞によって離婚する場合に慰謝料の請求ができることは皆さんご存知ですが、ではその金額はいくらが妥当なのかと言われると、なかなか分からないという方が多いと思います。

 

 正直に申し上げると慰謝料の金額は弁護士でも判断が難しいところなのですが、今回は、慰謝料を請求する側、あるいは請求された側の解決のヒントとして、最近の裁判例ではどの程度の金額が認められているのかを紹介してみたいと思います。

 

 なお、今回ご紹介する判決は、夫婦の一方が他方に対して、不貞行為により婚姻関係が破綻したことを理由に慰謝料を請求した事案をピックアップしたものであり、近時重要な最高裁判決の出た不貞相手に対する慰謝料請求や、婚姻関係が破綻に至らなかったケースについては参考になりません。

 

 また、あくまで当職が利用可能な判例集で見つけた範囲のものにすぎず、慰謝料の算定にはそれぞれの判決で認定された個別の事情が大きく影響していると思われますので、ここで紹介した判決が認めた金額がすべてのケースで妥当するとは限らないこともあらかじめお断りしておきます。

 

東京地裁平成30年2月22日判決

【慰謝料】

 150万円

 

【婚姻期間】

 不貞行為が開始されたと思われる時点で約17年

 

【不貞行為の期間】

 約9か月間

 

【離婚】

 未成立(ただし、双方離婚の意向あり)

 

【その他判決で指摘された事情(一部)】

①不貞行為者は不貞相手との結婚まで考えていたこと

 

②夫婦間に実子がいなかったこと

 

③他方配偶者側の言動や不貞発覚後の対応にも問題があったかのような指摘(詳細は割愛)

東京地裁平成30年2月1日判決

【慰謝料】

 200万円

 

【婚姻期間】

 約39年(ただし、そのうち約18年弱が別居期間)

 

【不貞行為の期間】

 離婚成立まで約18年(うち不貞相手との同居期間約12年)

 

【離婚】

 成立

 

【その他判決で指摘された事情(一部)】

①離婚調停において、約530万円の財産分与が約束されたこと

 

②不貞行為者が、別居後、約15年強で5000万円を超える生活費を支払ったこと

東京地裁平成30年1月12日判決

【慰謝料】

 200万円

 

【婚姻期間】

 約5年

 

【不貞行為の期間】

 不明確

 

【離婚】

 成立  

 

【その他判決で指摘された事項(一部)】

①原告が再婚であったこと

 

②不貞行為者が複数の者と不貞行為に及んでいたこと(少なくとも3名以上)

東京地裁平成30年1月10日判決

【慰謝料】

 150万円

 

【婚姻期間】

 婚姻関係破綻時までで約6~7年 

 

【不貞行為の期間】 

 約1ヶ月

 

【離婚】

 不明(ただし、婚姻関係が破綻したことは認定)

 

【その他判決で指摘された事情(一部)】

①不貞行為者が短期間で別居を決意するに至っており、不貞行為が破綻の決定的要因になったこと

 

②不貞行為者である実親が、自分の実子に対して、他方配偶者は実の親ではないという事実(養子縁組したこと)を明かしたこと

 

③不貞行為者は、離婚を切り出してからわずかの間に、秘密裏に家財等の財産を持ち出し、これによって他方配偶者は子どもとの別居生活を余儀なくされたこと

 

④不貞行為に及ぶ前の段階で婚姻関係は破綻に近づいていたこと

東京地裁平成28年11月8日判決

【慰謝料】

 200万円

 

【婚姻期間】

 婚姻関係破綻まで約4年弱

 

【不貞行為の期間】

 少なくとも約1年3か月

 

【離婚】

 成立

 

【その他判決で指摘された事情(一部)】

①不貞行為者が不貞相手の裸の写真を所持し、これを他方配偶者が発見したこと

 

②夫婦間に子どもがないこと

 

 以上、慰謝料についていくつかの裁判例をご紹介しましたが、離婚が成立している、あるいはまだ離婚に至っていなくても婚姻関係が破綻しているケースでは、判決で150~200万円程度の金額が認容される可能性があることはお分かりになったかと思います。

 

 もっとも、冒頭でもご説明した通り、慰謝料は個別の事情によって変わるため最終的には事案次第としか言いようがありません。また、不貞がからむ離婚問題は非常にデリケートであるため裁判に至らず協議や調停で解決することも多く、早期あるいは穏便な解決のためやむを得ず金額にこだわらない形で処理せざるを得ないこともあるため、具体的にどのような金額が妥当かは悩ましい問題です。

 

 一口に慰謝料といっても、金額のみならず、具体的な請求の仕方や支払いの方法、履行の確保など検討しなければならないことが多くありますので、不安がある方は弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

離婚調停の流れ

 

 離婚について協議をしたものの解決しなかった場合、次のステップとして行うのが離婚調停です(事案によっては協議を試みずに調停から申し立てた方が良いケースもあります)。

 

 しかし、多くの方にとって離婚は人生で一度きりの出来事であり、裁判所に行ったことなどない方もほとんどですので、実際に調停に臨む際の精神的ストレスは大変なものです。

 

 そこで今回は、はじめて離婚調停に臨まれる方向けに、離婚調停の大まかな流れや期間などについてお話ししたいと思います。

 

離婚調停の一般的な流れ

 

離婚調停の申立

離婚調停は、夫婦のどちらかが相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てをすることによってはじまります。

 

※例外的に、夫婦で調停を行う裁判所を合意し、その裁判所で行うこともあります(合意管轄)。

 

申立をする方は、まずはどうやって申立すればよいのかを調べるところから始まりますが、申立書などの基本的な用紙は各裁判所に備え付けてあり、裁判所のHPから直接ダウンロードしたものを利用することも可能です。

 

書類の提出は裁判所への持参だけではなく、郵送でも可能です。

申立~第1回調停期日まで

通常、調停の申立てから概ね1か月~1か月半程度で第1回の調停期日が開かれます。

 

その間、必ずしておかなければならないものはありません(書類に不備等があれば裁判所から連絡があります)。

 

ただし、申立の時点で裁判所に提出していなかった資料がある場合、期日前に提出しておいた方が解決までの期間短縮につながる場合があります。

 

たとえば財産分与を請求したい場合で相手の財産がある程度分かっているなら、相手の財産の目録や裏付けとなる資料を提出しておくことが有効です。

 

また、年金分割を請求する場合には年金分割の情報通知書が必要になりますが、これは手元に届くまで時間がかかりますので早期に取得して提出しておいた方が良いと思います(なお、訴訟に移行する可能性がある場合には訴訟の段階で情報通知書を改めて提出する必要がありますが、いったん提出してしまうと後で返してもらえず再発行が必要になるため、提出時に原本還付の手続をしておくことをお勧めします)。

 

これに対して、不貞の証拠については、証拠の価値の強弱や協議段階での相手の対応等次第で出した方がよいかどうか異なり、場合によっては裁判まで温存しておいた方が良い場合もありますので、迷った場合は弁護士へ相談された方が良いと思います。

第1回調停期日の流れ

【受付】

まず、開始時間前に裁判所で受付を済ませると待合室に案内されます。

 

調停室は別々になっていますので、調停室で鉢合わせすることはありません。

 

その後、時間になると調停委員が待合室に呼びに来ますので、指示に従って調停室に入室すると、調停が始まります。

 

【調停の進行】

調停員は2名(男女1名ずつ)ですが、通常の流れだと、申し立てた側から調停室に呼ばれます。

 

そこで、調停委員から申し立てに至った事情を聞かれ、申立書などの記載事項の確認や離婚に関する要望の聞き取りなどがあります。

 

それが終わると相手方と入れ替わり、今度は相手方の事情聴取が終わるまで待合室で待つことになります。

 

場合によっては自分が話している時間よりも待っている時間の方が長いことがありますので、本を持ってくるなど待ち時間を過ごすための準備はしておいた方が良いと思います。

 

このような流れを何度か繰り返し、その日の話し合いで合意できる部分や次回に持ち越しになる点が明確になったら、次回期日を決めて第1回調停期日は終わりです。

 

基本的には調停委員とのやりとりのみで手続は進みますが、子どもに関連して双方に対立があるケースだと家庭裁判所調査官が立ち会うこともあります。

 

【1回の調停にかかる時間は?】

 

一概には言えないものの、中身のある実質的な話し合いが行われる場合、待ち時間を含めて通常1時間半から2時間程度はかかることが多いと思います。

 

ただし、協議事項が少ない期日や双方に代理人弁護士がついていて協議事項がある程度整理されていると1時間を切ることもあります。

 

この部分は調停に入る前の事前準備がどれだけできているかにもよりますので、自分側だけでも主張や資料を整理して準備しておくと調停期日の時間短縮につながりますし、そのような準備の積み重ねによって早期に問題点が整理できれば解決までの期間短縮にもつながります。

2回目~調停成立(不成立)

基本的な流れは第1回の調停期日と同じです。前回の期日での宿題をもとに話し合いを行い、合意形成を図っていくことになります。

 

期日と期日の間隔は概ね1か月程度ですが、支部など裁判官や調停委員が少ないようなところではそれよりも間隔が長くなることがあります。

 

合意がまとまれば、裁判所が調停調書と呼ばれる書類を作り、当事者間の合意内容を紙にしてくれます。

 

調停が成立しなかった場合、調停手続は不調により終了しますので、離婚を求める側は訴訟を提起することになります。

 

調停成立までの期間は?

 

 これはケースバーケースとしか言えませんが、感覚的には3か月~半年程度が多く、1年程度かかることも稀ではない印象です。

 

 平成30年度の司法統計によると、離婚を含めた夫婦間の紛争全体に関する調停について調停が成立した事案のうち成立までの期間は、3か月以内が約29%、3~6か月以内が約36%、6~12か月以内が約27%となっており、半数以上が半年以内に成立に至っているようですので、半年程度が一つの目安になると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

債務者の財産を調査する手続の拡大・その2~財産開示手続の拡充~

 

 以前のコラム(「債務者の財産を調査する手続の拡大~改正民事執行法の話~)で、令和元年5月に民事執行法が改正され、債務者の財産を調査するための手段として第三者から直接情報を取得する手続が新設されたことをご紹介しました。

 もっとも、今回の改正では、第三者からの情報取得手続の新設のほかにも、従来から存在する「財産開示手続」にも改正が施され以前よりも財産調査の実効性が高まることが期待できるようになりましたので、今回はこの点についてご紹介したいと思います。

 

財産開示手続とは

 まず、そもそも「財産開示手続」とはどのような制度かということですが、これは強制執行可能な状態にある債権者の申立により、裁判所が債務者を呼び出し、非公開の手続で債務者自身に自分の財産を陳述させる手続です。

 しかし、この制度については、かねてから①申し立てできる人(申立権者)の範囲が狭い、②不出頭や陳述を拒否した場合の罰則が30万円以下の過料と軽い、という問題点が指摘され、債務者の財産を調査するための手段としては実効性に乏しいという批判がありました。

 今回の改正はこのような批判に応えるものであり、具体的には以下のような改正がなされました。

 

申立権者の拡大

 従来の財産開示手続では、強制執行可能な公正証書(=執行証書)を持つ人が申立権者から外れていたため、たとえば婚姻費用や養育費の債権者など、本来であれば手厚く保護すべき人が利用できないという難点がありました。

 そこで、今回の改正では、上記のような公正証書を有する者も申立が可能になり、このような問題点が解消されることになりました(なお、それ以外にも、支払督促や仮執行宣言付判決を取得した人も申立が可能となりました)。

 

刑事罰の新設

 従来の制度では、陳述拒否などの罰則が30万円以下の過料であり、いわば逃げ得を許す余地を認めるものであり軽すぎるとの批判がありました。

 そこで、今回の改正では罰則が引き上げられ、正当な理由のない不出頭や宣誓拒絶、また、正当な理由のない陳述拒否・虚偽陳述について、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金の刑事罰が科せられることになり、財産開示手続の実効性を高めるための工夫がなされました。

 

財産開示手続の要件

 このように実効性が強化された財産開示手続ですが、この手続を利用するためには、法律上、以下のいずれかの要件を満たすことが必要となっています(この要件は法改正前からのものです)。

 

①申立前6ヶ月以内の強制執行又は担保権の実行によって、金銭債権の完全な満足を得られなかったこと

②既に分かっている財産に対して強制執行を実施しても、金銭債権の完全な満足を得られないことの疎明があったこと

 

 ①については、実際に何らかの財産について強制執行などを実施したものの、完全な回収が得られなかった場合を意味します。

 これに対して②は、債権者が通常行うべき調査を行い、その結果判明した財産に強制執行等を実施しても完全な回収が得られないことが一応確かであると認められることをいい、実際に強制執行等を行うことはまでは必要ではありません。

 もっとも、②については、どこまでの調査をすれば疎明があったと言えるかが不明確な部分もありますので、一度強制執行を試みる手間はあるものの、①の方がわかりやすく使い勝手が良い場面も多いかと思われます。

 

給与情報や不動産情報を得るには財産開示手続が必要

 今回の民事執行法の改正では、第三者からの情報取得手続として、債務名義(執行証書、調停調書、審判書、和解調書、判決書など)を有する金銭債権者は登記所から不動産情報を取得できるようになり、また、特に婚姻費用や養育費など要保護性の高い債権について債務名義を有する者は市町村等から給与情報の開示を得られるようにもなりましたが、そのような情報取得手続を利用するには、3年以内に財産開示手続が実施されていることが必要であるとされました。

 これに対して、同じく第三者からの情報取得手続である預貯金情報や有価証券情報についてはこのような条件はありませんので、財産開示手続を前置する必要はありません。

 

 

 今回の一連の法改正により、債権回収のためのメニューが以前よりも充実することになります。

 特に、これまで事実上回収を断念してきた婚姻費用や養育費の債権者にとっては、財産開示手続や勤務先に関する情報取得制度の利用によって、(相手がきちんと働いていればという条件付きではありますが、)給与への差押えによる回収可能性が高まると思いますし、実際に強制執行まで至らずとも、これらの開示手続の申立をきっかけに支払いにつながる場面も増えてくるのではないかと思われますので、公正証書や調停などで取り決めた養育費等が滞っているような場合には積極的な活用を検討してほしいと思います。

 なお、改正後の財産開示手続は、2020年4月1日から施行されます。

 

弁護士 平本 丈之亮

婚姻費用・養育費の算定方法の変更について

 

 既に報道でご存じの方も多いと思いますが、昨年12月23日に婚姻費用と養育費の算定について、これまで取り扱いを変更する内容の司法研究が公開されました。

 

 これにより今後の婚姻費用・養育費の算定実務に大きな影響が生じると思われるため、今回はこの司法研究の概要についてご紹介したいと思います。

 

基本的な計算方法に変更はない

 旧算定表と今回の研究で示された新算定表のもとになった計算方法は、いずれも、子どもの年齢や人数などから算出した生活費を権利者と義務者の基礎収入で按分して金額を決めるというもの(収入按分型)であり、基本的な計算方式に変更はありません。

 

変更点は「基礎収入割合」と「生活費指数」

 このように基本的な計算方式は変わらないものの、過去の計算方式が公開から15年以上経過し、当事者双方の収入や子どもの生活費を算出するために使用していた統計資料が今の実体とそぐわない部分が生じていたため、計算に用いる統計資料を更新した結果、収入を算定するための数字(=「基礎収入割合」)と子どもの生活費・教育費を算定するための数字(=「生活費指数」)に変更が加えられた、というのが今回の研究結果の中身となります。

 

基礎収入割合の変更

 婚姻費用・養育費を算出するためには、当事者双方の総収入から、子の生活費等にあてられるものではない経費(=公訴公課、職業費、特別経費)を差し引き、計算の基礎とすべき「基礎収入」を認定するという作業が必要となりますが、今回、この基礎収入を算定する際に用いられる指数(=「基礎収入割合」)に変更が生じました。

 

【旧算定方式】

 給与所得者 42~34%

 自営業者  52~47%

【新算定方式】

 給与所得者 54~38%

 自営業者  61~48%

 

生活費指数の変更

 また、婚姻費用・養育費の計算には、親の生活費を100とした場合に子どもに充てられるべき生活費(学校教育費含む)の割合(=「生活費指数」)が用いられますが、この点にも以下の変更が生じました。

 

【旧算定方式】

 0~14歳 55

 15歳以上 90

【新算定方式】

 0~14歳 62

 15歳以上 85 

 

実際の金額はどう変わったか?

 以上のように計算に用いる数字が変わったといっても、実際にはこれを計算式や算定表にあてはめないとどのように変わったかはわかりませんので、以下では、いくつかの事案をもとにどのような変化が生じたかをご紹介してみたいと思います。

 

 今回は計算をシンプルにするため下記のような事例を設定しましたが、全体的に見ると、横ばいのケースもあるものの、全体的には金額は増加傾向にあるのではないかと思われます。

 

 なお、2~4万円など幅があるのは算定表の幅を示しており、( )内の金額は、算定表の縦軸と横軸にお互いの収入を当てはめて線を引いた場合に交差した部分の金額です。

 

 基本的には縦軸と横軸が交差した部分が標準的な金額となりますが、収入以外の様々な事情を加味した結果、金額が幅の範囲内で増減されることもありますので、幅の範囲内にあればとりあえず相場から外れたものではないと言えると思います(ただし、旧算定表でもそうですが、算定表の中でもともと考慮されていない特別の事情がある場合には、事情次第ではこの幅を外れることもありますので、その点には注意を要します)。

 

事例

 義務者 給与所得者

 権利者 給与所得者

 子ども 1名(14歳以下)

 

事案1

 

 義務者の総収入 400万円

 権利者の総収入 200万円

 

【旧算定表】

 2~4万円(3万円程度)

【新算定表】

 2~4万円(4万円程度)

 

事案2

 

 義務者の総収入 600万円

 権利者の総収入 400万円

 

【旧算定表】

 2~4万円(4万円程度)

【新算定表】

 4~6万円(5万円程度)

 

事案3

 

 義務者の総収入 1000万円

 権利者の総収入  500万円

 

【旧算定表】

 6~8万円(7万円程度)

【新算定表】

 8~10万円(8万円程度)

 

事案4

 

 義務者の総収入  350万円

 権利者の総収入  500万円

 

【旧算定表】

 1~2万円(2万円程度)

【新算定表】

 2~4万円(2万円程度)

 

事案5

 

 義務者の総収入 1600万円

 権利者の総収入  300万円

 

【旧算定表】

 12~14万円(13万円程度)

【新算定表】

 16~18万円(16万円程度)

 

今回の変更をもとに増額の請求ができるか?

 婚姻費用や養育費の変更は、当初取り決めしたときの前提となった客観的事情に変更が生じたこと、その事情変更を当事者は予見しておらず、予見もできなかったこと、金額の変更を求める側に事情変更について落ち度がないこと、当初の合意による支払いを続けさせることが著しく公平に反すること、といった条件が必要であると考えられていますが、この研究結果の公表そのものは養育費等の金額を変更する事情の変更にはあたらないとされています。

 

 もっとも、今回の研究結果の公表とは関係なく、当事者双方の収入や身分関係など客観的事情に変更があった場合には、それが理由となって金額が変更される可能性はあり、その際には新たな計算方式に基づいて再計算がなされるものと思われますので、権利者側に収入の大幅な減少などの事情が生じた場合には増額の請求を検討してみる価値はあると思います。

 

 ただし、ふたを開けてみたら義務者側の収入も当初より大幅に減っていたとか、義務者が再婚して子どもが生まれていたといった相手側の事情変更の可能性もあります。

 

 そのような場合は期待したような増額が認められないこともありますし、かえって、それを機に相手方から減額を求められるという事態も考えたうえで行動しなければなりませんので、果たして増額を求めても良いものか、このままの状態を維持した方が良いのかについては慎重に検討する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

別居時に持ち出した夫婦共有財産と財産分与

 

 離婚を考えて当事者の一方が別居に踏み切った場合、別居時に相手方配偶者の財産を無断で持ち出したり預金を引き出したりしてトラブルになる事例があります。

 

 そのような行動は、自分や子どもの当面の生活費の確保のためにやむを得ず行われることもありますが、持ち出し行為があった場合、相手の感情を害するほか、持ち出し行為自体が違法であるとして相手から訴訟を起こされることもあります。

 

 そこで、今回は、このような持ち出し行為が法的にどのように扱われるのかについて解説したいと思います。

 

持出額について直接返還等を請求することは難しい

 夫婦が共同で築き上げた共有財産の清算は、本来、財産分与の手続きで解決することが予定されているため、無断で財産を持ち出したことを理由に返還や損害賠償を請求しても、その請求は原則として認められないと考えられています。

 

 では、例外的に持ち出した財産について直接返還等が認められる場合があるのかというと、裁判例の中には、持ち出した財産が財産分与として認められる可能性のある対象や範囲を著しく逸脱した場合、また、他方を困惑させるなど不当な目的で持ち出した場合には、例外的に持ち出し行為が違法になるとするものもあります(東京地裁平成4年8月26日判決)。

 

 他方で、近時の裁判例としてこれを否定するものもあり(東京地裁平成25年4月23日判決)、持ち出し行為が例外的にでも違法となる余地があるのかどうかについては裁判所でも見解が分かれているところです。

 

東京地裁平成25年4月23日判決

「原告は,夫婦共有財産にあたる預金についても,原告と被告間の婚姻関係が破綻し,被告が払い戻した預金が将来財産分与として考えられる対象範囲を著しく逸脱しており,被告が原告を困惑させるなど不当な目的で払戻しを行ったという特段の事情がある場合には,不法行為に基づく損害賠償請求をすることができると主張する。

 

 しかしながら,原告主張の前記事情が存在する場合であっても,原告が夫婦共有財産について具体的な権利を有する状態に至らないことには変わりがなく,原告主張の前記事情は,離婚に伴う財産分与の範囲を決定する際に考慮すべき事情に過ぎないというべきであるから,原告の主張は採用することはできない。」

 

相手の口座から婚姻費用として定期的にお金を引き出していた場合

 ところで、別居後の婚姻費用についてはいわゆる算定表が広く用いられていますが、共有財産に該当する相手の預金口座から婚姻費用名目で定期的にお金をおろして使用していたところ、引出額が算定表に基づいて計算した額を超えていたという場合に、その差額分は不当利得として返還すべきである、という主張がなされることがあります。

 

 このような引き出しに関する裁判例としては、差額分の不当利得返還請求を否定したものがあります(東京地裁平成27年12月25日判決)。

 

 ただし、この裁判例は、あくまで夫婦共有財産に該当する預金からの出金については不当利得に該当しないと判断したものですから、仮に、出金元の預金が明らかに一方の特有財産(相続など)だったような場合だと、また違った結論になる可能性がある点に注意が必要です。

 

 また、不当利得として直接返還請求できないということと財産分与の問題は全く別の問題ですので、財産分与の場面において差額分が考慮され、その分、最終的な分与額が減少する可能性はあり得ると思います。

 

東京地裁平成27年12月25日判決

「夫婦共有財産について,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきであるから,被告が,平成22年11月8日から平成23年6月末までの間に,いわゆる算定表にしたがって計算した額の婚姻費用の原告負担分を超える額を本件預金口座から払い戻していたとしても,その行為によって,原告に具体的な損失が生じたということはできない。」

 

持出額を使っていた場合の財産分与の考え方

 それでは、別居時に持ち出した金額をその後に使用し、財産分与の協議等をしている時点では額が目減りしていた場合、財産分与の場面ではどのように扱われるのでしょうか。 

 

 原則:別居した時点の金額をもとに財産分与を決める 

 清算的財産分与の基準時は原則として別居時であるため、別居後に一方が夫婦共有財産を使用したとしても、基本的には別居時の金額を基準に財産分与額を決定します(=別居後に目減りした金額は持ち戻して計算する)。

 

 例外:適正な範囲で婚姻費用に使用した場合 

 もっとも、別居から財産分与までの間の使途が婚姻費用(生活費)であって、その額も適正な範囲であった場合、例外的に、財産分与の対象額からその使用分が差し引かれることがあります(=使用金額については清算を要しない)。

 

 なぜなら、離婚が成立するまで夫婦は婚姻費用を負担する義務がありますので、婚姻費用を請求できる側が何らかの理由により相手から支払いを受けられない場合、夫婦共有財産から婚姻費用として適正額を支出したとしても、本来、その分は夫婦共有財産から負担すべきものであった以上、財産分与の場面において清算を要しないとしても不当ではないからです。

 

 たとえば、別居時の夫名義の全財産が1000万円で、その全額が夫婦共有財産だった場合において、自己名義の資産のない妻の持ち出し額が600万円、妻が財産分与までにそこから200万円を婚姻費用として適正に使ったという場合には、財産分与の対象となるのは夫が保有している400万円と、妻の持ち出し額600万円から適正支出額200万円を差し引いた400万円の合計800万円となります。

 

 そして、夫婦間における財産形成に対する寄与割合が平等(50:50)だとすれば、財産分与額はそれぞれ400万円(=800万円÷2)となるため、夫婦間ではそれ以上財産分与として互いに金銭をやりとりする必要はないことになります。

 

 以上のとおり、別居時の持ち出し行為についてはそれ自体が違法と判断される可能性は高くはないものの、持ち出しがなされるとその後の協議等が複雑になりますし、感情面も相まって難航するおそれがあるため慎重な判断が必要となります。

 

 別居をする際には短期間に様々な決断を迫られることがありますが、初動を間違えると後の離婚手続に大きく影響しかねませんので、別居するかどうか迷っている場合にはできるだけ事前に専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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離婚後の生活保障を求めることはできるか?(扶養的財産分与)

 

 離婚のご相談をお受けしていると、離婚後に元配偶者から生活費をもらえるのか、というお話を受けることがあります。

 

 特に幼いお子さんをお持ちの専業主婦の方や高齢の方など、離婚後に働くことが容易ではない方からそのようなお話をよくいただきますが、では、このような請求は認められるのか、というのが今回のテーマです。

 

原則は自立

 夫婦は離婚することにより互いの扶養義務が消滅するため、離婚後も婚姻中と同じような生活費の負担を求めることはできないのが原則です(子どもの養育費は別問題です)。

 

例外:扶養的財産分与

 もっとも、先ほど述べたように、幼い子どもの面倒を見る必要があり仕事に就くことが容易ではない、高齢のため働けず年金も少ない、というように、離婚によって当事者の一方の生活が成り立たなくなる場合にこのような原則を貫くのは不公平なことがあります。

 

 たとえば、夫婦共有財産として清算対象となる財産はないが、元配偶者が相続によって多額の資産(=特有財産)を持っていたり収入が高いような場合、離婚によって他方配偶者が生活困窮に陥ることはバランスを欠く場合があります。

 

 そこで、離婚に伴い自立できないような経済状況に陥ることになる配偶者に対して、一定の範囲で将来の扶養のための財産分与を認めるという考え方があり、これを「扶養的財産分与」と呼んでいます。

 

 そもそも財産分与には、夫婦共同で築き上げた財産を清算する清算的財産分与、精神的苦痛に対する慰謝料的な性質をもつ慰謝料的財産分与がありますが、扶養的財産分与はこれらとは別のものと考えられています。

 

どのような場合に認められるか

 先ほど述べたように、離婚後は元夫婦間ではお互いの扶養義務はないため、原則として扶養的財産分与は認められず、相手方に十分な扶養能力(資力)があり、かつ、請求する側が自立して生活することができない事情がある場合(扶養の必要性)に限って認められると解されています(名古屋高裁平成18年5月31日決定参照)。

 

 もっとも、どのような場合であれば扶養的財産分与が認められるのかという具体的な基準はなく、実務上は、以下のような各要素を総合的に考慮して相手方の資力や扶養の必要性を判断し、最終的に分与を認めるのが公平に叶うかどうか、認めるとしてその額や分与の方法はどうするか、ということを決めているのが実情です。

 

 【扶養的財産分与の考慮要素の例】 

 以下、扶養的財産分与が認められる方向に働く事情の一例を紹介します(認めない方向に働く事情は基本的にその反対となります)。

 

 1 請求者の財産状況 

  めぼしい財産がない

 

  離婚の際、十分な清算的財産分与や慰謝料などをもらえる見込みがない

 

 2 請求者の収入の有無 

  収入がない又は収入が低い

 

 3 請求者が無職の場合、就労可能性 

  就労経験がない又は乏しい

 

  高齢である

 

  就職に役立つ資格をもっていない

 

  持病やケガの後遺症などで働くことが難しい

 

  幼い子どもがいるため、働くことが難しい

 

 4 請求者の住居を確保する必要性 

  子どもが小さく環境を変えることが困難

 

  高齢であり長年その家に住んでいたため環境を変えることが困難

 

 5 請求者の家族関係 

  財産分与を請求した時点で再婚(内縁含む)していない

 

 6 双方の有責性の有無・程度 

  不倫や暴力など相手方の問題による離婚である

 

 7 相手方の財産状況 

  多額の固有財産(相続など)がある

 

 8 相手方の収入 

  安定した収入がある

 

 9 相手方の家族関係 

  高齢の親や障がいのある家族を扶養する必要がない

 

どのような内容・方法で認められるのか

 扶養的財産分与の方法についても、先ほど述べたような色々な事情から裁判所が裁量で判断することになりますが、わかりやすいやり方として、毎月一定額の生活費の支払いという形を取ることがあります。

 

 具体的な金額について絶対的な基準はありませんが一つの目安として離婚前の婚姻費用額が指標とされることがあるようです。

 

 支払いの期間についても、結局のところは元配偶者が自立して生活できるようになるまでの期間であり、この点は夫婦の事情によって千差万別のため基準はありませんが、離婚する以上無制限に認められるわけではなく(論者によってまちまちですが)概ね数年程度が限界と考えられているようです(ちなみに過去の裁判例では、支払期間を3年間としたものがあります(横浜地裁川崎支部昭和43年7月22日判決))。

 

 以上のような金銭給付以外でも、たとえば、相手方所有の不動産に居住権を設定する、不動産の所有権を移転させる、清算的財産分与として支払いを命じる額に一定額を加算するなどという内容が認められることもあります。

 

 扶養的財産分与は例外的なものであることや考慮要素が複雑であることから、認められるかどうかの判断が難しい分野ですので、請求をお考えの場合には一度弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

財産分与と税金の話

 

 離婚問題を取り扱っていると避けて通れないのが財産分与ですが、それに関連するものとして問題になることがあるのが税金関係です。

 

 最近では財産分与と税金の問題についてもご存じの方が多い印象ですが、知らないと落とし穴もあるところですので、今回はこの問題について取り上げたいと思います。

 

お金と不動産では取り扱いが違う

 離婚時に財産分与を行った場合の課税関係については、大きく分けると、分与した財産がお金の場合と不動産の場合とに分けられます。

 

お金の分与

 【お金の場合、原則として税金はかからない】 

 財産分与として離婚後に金銭を分与した場合には、原則として税金(贈与税)はかかりません。

 

 離婚の際に「解決金」という名目で金銭を支払うこともありますが、離婚事件において合意する場合には基本的には財産分与(ないし慰謝料(←非課税)あるいはそれらが合わさったもの)として取り扱われますので、贈与税はかからないと言われています(この点が気になるのであれば、明確に「財産分与として」という名目にしておくことをお勧めします)。

 

 もっとも、このような取り扱いには例外もあり、以下の場合には贈与税が課せられます(相続税法基本通達9-8但し書き)。

 

①課税を免れる目的で、財産分与という名目で金銭を渡した場合

 →渡した金額全額が贈与として扱われ、課税される

②分与した金銭が、婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮してもなお過当であると認められる場合

 →過当と認められる部分が贈与として扱われ、課税される(※)

  ※全額ではなく、あくまで過当な部分のみ

 

 【離婚前のお金の分与には注意が必要】 

 これに対して、離婚する前に金銭を分与した場合には、たとえ「財産分与」という名目であっても財産分与とはみなされず、単なる贈与となります。

 

 この場合、婚姻期間20年以上の夫婦間で行った居住用不動産取得資金の贈与の特例(2000万円の特別控除)が適用されない限り、110万円の基礎控除を超える部分について贈与税が課税されます。

 

 離婚前の金銭の分与についてこの特例の適用を受けるには、婚姻期間20年以上の夫婦であること、居住用不動産の取得資金の贈与であること、贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅を取得して実際に居住すること、その後も居住し続ける見込みがあること、といった各条件のほか、税務署への申告が必要です。

 

不動産の分与

 【不動産の場合、分与者側に譲渡所得税と住民税がかかる場合がある】 

 離婚時に不動産を分与した場合には、分与した側に譲渡所得税と住民税が課税される可能性があります(分与された側ではありません)。

 

 一般的な感覚だともらった側が課税されるのではないかと思いがちですが、譲渡所得税と住民税の場面では分与した者が不動産を時価で譲渡したとみなされることから、分与者側に課税の問題が生じます。

 

 もっとも、譲渡所得税が課税されるのは、分与したときの時価が取得費と譲渡費用とを超えた場合(値上がりした場合)ですので、不動産の時価が取得時の価格より値下がりしている場合には課税されません。

 

 また、分与時の不動産の時価が取得費と譲渡費用を超えてしまうケースでも、居住用不動産を財産分与するときは3000万円まで非課税とする特例の適用を受けられる可能性があります(対象が居住用不動産であることや確定申告が必要であること、先に離婚届を出してから財産分与を行う必要があるなどいくつか注意点があります)。

 

 【離婚前の不動産の分与は?】 

 これに対して、離婚する前に不動産を分与した場合には、譲渡所得税や住民税ではなく贈与税の問題が生じます。

 

 ただし、離婚前に居住用不動産を分与したときは、お金と同じように贈与税の特別控除の制度がありますので、要件をみたせば2000万円の特別控除と110万円の基礎控除の合計額までは贈与税がかかりません。

 

 【その他の税金(不動産の場合)】  

 その他、不動産を財産分与した場合には、名義変更に際して登録免許税がかかります(固定資産評価額×2%)。

 

 これに対して、不動産取得税については、夫婦共有財産の清算を目的として行われたものは基本的には課税されないようですが、それに当てはまらないケース(婚姻前に取得した不動産や相続で取得した不動産を分与した場合、慰謝料代わりや将来の扶養のために分与した場合)には課税されることがあるようですので、気になる方は自治体に確認しておいた方が良いと思います。

 

 以上のように、財産分与については様々な税金が問題となりますが、基本的にはお金のやりとりであれば問題は少ないと言えます。

 

 不動産を財産分与の対象とする場合は、これまで述べたとおり離婚後の分与・離婚前の分与のいずれのパターンでも税金の問題が生じる可能性がありますので、そのようなケースでは税理士さんへも相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

代車料はどこまで払ってもらえるのか?~交通事故⑪~

 

  交通事故で車両が傷ついた場合、修理期間中、代車を提供してもらえたり、自分で代車を手配する場合があります。

 

 では、このような代車料は、はたしてどの程度、相手方に負担してもらえるのでしょうか?

 

 今回は、意外と難しい代車料について詳しく説明していきたいと思います。

 

代車使用の必要性

 そもそも代車料が認められるのは、日常生活において自動車を利用する必要性がある場合に限られます。

 

 そのため、営業車のように必要性が明らかな車両ではなく自家用車の場合、例えば休みのときのレジャーにしか使用していないようなケースだと、代車利用の必要性がないとして代車料が否定されることがあります。

 

 また、事故にあった自動車を通勤に利用していたとしても、自宅に何台か自動車があり他の自動車で十分に用を足せる場合や、公共交通機関を利用することで通勤が可能な場合などにも否定されることがあります。

 

 もっとも、例えば、通勤用ではないが家族の通院や介護のため送迎に使う必要がある場合や、公共交通機関を利用すると大幅に通勤時間が増えてしまう場合、早朝や深夜など公共交通機関を利用できない事情がある場合などであれば代車の必要性が認められることがありますし、また、複数の自動車を保有していても、その自動車が日常的に他の用途に使用されているため代車としては使えない場合であれば認められる可能性もあります。

 

 そのため、代車料の請求を巡って問題が生じた場合には、これらの事情を積極的に主張し、代車を使う必要があることを説明していくことになります。

 

 なお、公共交通機関の利用が可能であることを理由に代車料が否定される場合、代わりに公共交通機関の利用料金相当額を損害として求めていくことになります。

 

代車料が認められる期間

 代車を使用する必要性が認められる場合、次に問題となるのが、代車料はいつまで負担してもらえるのか、という期間の問題です。

 

 この点は、修理が可能なケースと、経済的全損のケースで長さが異なります。

 

 【修理可能なケース】 

 まず、修理が可能なケース(=技術的に修理可能であり、かつ、修理に要する費用が買替費用を下回る場合)については、通常、1~2週間程度が認められています。

 

 もっとも、修理に要する期間といっても、事故にあった自動車の車種や年式、壊れ方によって変わることがありますので、たとえば部品調達に時間がかかるようなケースであれば、認められる期間が伸びる可能性もあります。

 

 【経済的全損のケース】 

 これに対して、修理費用が高額となり、買い替えた方がむしろ費用が安いというケース(=経済的全損)では、買い替えに必要な期間として、概ね1か月程度の代車料が認められています。

 

 ただし、事故車の用途が営業用であり、買い替える際に営業車登録をする必要がある場合には、その登録に時間がかかるといった特別な事情があれば、その分、期間が伸びる場合もあります。

 

代車料の金額

 代車料として請求できる金額は、基本的には事故にあった自動車と同種同等以下のグレードの自動車のレンタル料金に限られます。

 

 通常の国産車であれば、1日当たり5000円から1万5000円程度、国産高級車の場合は、1日あたり1万5000円から2万5000円程度が認められることが多いと思います。

 

 なお、事故車が高級外国車の場合でも、外国車を使用しなければならない合理的な必要性がない限り、国産高級車の限度の代車料しか認められません。

 

代車料の支出がない場合

 代車料を請求するためには、実際に代車料を支出していることが必要であり、何らかの理由によって実際には代車を使用していなかった場合、仮に代車を利用していればこれだけの費用がかかったはずである、という形での請求は認められません(認めた裁判例もあるようですが、少数にとどまっています)。

 

レンタカー特約(代車特約)について

 これまで説明した通り、代車料の請求は修理や買替に要する期間に限られるため、実際に代車を使用してしまってから、実は支払われない部分があったということがあり得ます。

 

 このようなときは、過大と判断された部分は自己負担とならざるを得ないのが原則ですが、被害者側がいわゆるレンタカー特約に入っている場合には、代車料をそこから出してもらえることがあります。

 

 そのため、事故によって代車を使用するかどうかを検討する場合には、相手に対してどこまで請求できるのかという視点とは別に、ご自分がそのような特約に入っていないかも確認しておくことをお勧めします。

 

 代車料については文献やインターネット上での情報も多い分野ですが、ご相談をお受けしていると、意外と認められる範囲についてご存じのない方もいらっしゃいます。

 

 当然に全額が支払われると考えていたところ、思わぬ形で自己負担を余儀なくされることがあり得ますので、代車料についてはくれぐれもご注意ください。

 

弁護士 平本 丈之亮