別居時に持ち出した夫婦共有財産と財産分与

 

 離婚を考えて当事者の一方が別居に踏み切った場合、別居時に相手方配偶者の財産を無断で持ち出したり預金を引き出したりしてトラブルになる事例があります。

 

 そのような行動は、自分や子どもの当面の生活費の確保のためにやむを得ず行われることもありますが、持ち出し行為があった場合、相手の感情を害するほか、持ち出し行為自体が違法であるとして相手から訴訟を起こされることもあります。

 

 そこで、今回は、このような持ち出し行為が法的にどのように扱われるのかについて解説したいと思います。

 

持出額について直接返還等を請求することは難しい

 夫婦が共同で築き上げた共有財産の清算は、本来、財産分与の手続きで解決することが予定されているため、無断で財産を持ち出したことを理由に返還や損害賠償を請求しても、その請求は原則として認められないと考えられています。

 

 では、例外的に持ち出した財産について直接返還等が認められる場合があるのかというと、裁判例の中には、持ち出した財産が財産分与として認められる可能性のある対象や範囲を著しく逸脱した場合、また、他方を困惑させるなど不当な目的で持ち出した場合には、例外的に持ち出し行為が違法になるとするものもあります(東京地裁平成4年8月26日判決)。

 

 他方で、近時の裁判例としてこれを否定するものもあり(東京地裁平成25年4月23日判決)、持ち出し行為が例外的にでも違法となる余地があるのかどうかについては裁判所でも見解が分かれているところです。

 

東京地裁平成25年4月23日判決

「原告は,夫婦共有財産にあたる預金についても,原告と被告間の婚姻関係が破綻し,被告が払い戻した預金が将来財産分与として考えられる対象範囲を著しく逸脱しており,被告が原告を困惑させるなど不当な目的で払戻しを行ったという特段の事情がある場合には,不法行為に基づく損害賠償請求をすることができると主張する。

 

 しかしながら,原告主張の前記事情が存在する場合であっても,原告が夫婦共有財産について具体的な権利を有する状態に至らないことには変わりがなく,原告主張の前記事情は,離婚に伴う財産分与の範囲を決定する際に考慮すべき事情に過ぎないというべきであるから,原告の主張は採用することはできない。」

 

相手の口座から婚姻費用として定期的にお金を引き出していた場合

 ところで、別居後の婚姻費用についてはいわゆる算定表が広く用いられていますが、共有財産に該当する相手の預金口座から婚姻費用名目で定期的にお金をおろして使用していたところ、引出額が算定表に基づいて計算した額を超えていたという場合に、その差額分は不当利得として返還すべきである、という主張がなされることがあります。

 

 このような引き出しに関する裁判例としては、差額分の不当利得返還請求を否定したものがあります(東京地裁平成27年12月25日判決)。

 

 ただし、この裁判例は、あくまで夫婦共有財産に該当する預金からの出金については不当利得に該当しないと判断したものですから、仮に、出金元の預金が明らかに一方の特有財産(相続など)だったような場合だと、また違った結論になる可能性がある点に注意が必要です。

 

 また、不当利得として直接返還請求できないということと財産分与の問題は全く別の問題ですので、財産分与の場面において差額分が考慮され、その分、最終的な分与額が減少する可能性はあり得ると思います。

 

東京地裁平成27年12月25日判決

「夫婦共有財産について,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきであるから,被告が,平成22年11月8日から平成23年6月末までの間に,いわゆる算定表にしたがって計算した額の婚姻費用の原告負担分を超える額を本件預金口座から払い戻していたとしても,その行為によって,原告に具体的な損失が生じたということはできない。」

 

持出額を使っていた場合の財産分与の考え方

 それでは、別居時に持ち出した金額をその後に使用し、財産分与の協議等をしている時点では額が目減りしていた場合、財産分与の場面ではどのように扱われるのでしょうか。 

 

 原則:別居した時点の金額をもとに財産分与を決める 

 清算的財産分与の基準時は原則として別居時であるため、別居後に一方が夫婦共有財産を使用したとしても、基本的には別居時の金額を基準に財産分与額を決定します(=別居後に目減りした金額は持ち戻して計算する)。

 

 例外:適正な範囲で婚姻費用に使用した場合 

 もっとも、別居から財産分与までの間の使途が婚姻費用(生活費)であって、その額も適正な範囲であった場合、例外的に、財産分与の対象額からその使用分が差し引かれることがあります(=使用金額については清算を要しない)。

 

 なぜなら、離婚が成立するまで夫婦は婚姻費用を負担する義務がありますので、婚姻費用を請求できる側が何らかの理由により相手から支払いを受けられない場合、夫婦共有財産から婚姻費用として適正額を支出したとしても、本来、その分は夫婦共有財産から負担すべきものであった以上、財産分与の場面において清算を要しないとしても不当ではないからです。

 

 たとえば、別居時の夫名義の全財産が1000万円で、その全額が夫婦共有財産だった場合において、自己名義の資産のない妻の持ち出し額が600万円、妻が財産分与までにそこから200万円を婚姻費用として適正に使ったという場合には、財産分与の対象となるのは夫が保有している400万円と、妻の持ち出し額600万円から適正支出額200万円を差し引いた400万円の合計800万円となります。

 

 そして、夫婦間における財産形成に対する寄与割合が平等(50:50)だとすれば、財産分与額はそれぞれ400万円(=800万円÷2)となるため、夫婦間ではそれ以上財産分与として互いに金銭をやりとりする必要はないことになります。

 

 以上のとおり、別居時の持ち出し行為についてはそれ自体が違法と判断される可能性は高くはないものの、持ち出しがなされるとその後の協議等が複雑になりますし、感情面も相まって難航するおそれがあるため慎重な判断が必要となります。

 

 別居をする際には短期間に様々な決断を迫られることがありますが、初動を間違えると後の離婚手続に大きく影響しかねませんので、別居するかどうか迷っている場合にはできるだけ事前に専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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