夫婦関係が円満な間に過当に負担した婚姻費用は財産分与で考慮されるか?

 

 離婚協議等において財産分与が問題となるとき、財産分与をする側の配偶者から、夫婦関係がうまくいっていた期間に生活費を多く払い過ぎていたとして、過去に払いすぎた分を財産分与から差し引くべきだと主張するケースがあります。

 

 婚姻費用は夫婦双方の資産、収入その他一切の事情を考慮して分担するものとされていますが(民法760条)、実務上採用されている標準算定方式に基づき作成された「簡易算定表」に基づいて計算するとおおよその標準額が算出できるため、一見するとこのような差額清算にも合理性があるようにも思えます。

 

 しかし、夫婦関係が円満な間、夫婦はお互いに妥当な婚姻費用がいくらなのか、あるいは払いすぎの部分を後で清算しようなどということは意識していないことが一般的であり、生活費の負担方法や額について夫婦が了解した上で共同生活を営んでいたにもかかわらず、婚姻関係が壊れてからこのような過去の分の差額清算を認めることは相手方にとって酷な場合もあります。

 

 そこで今回は、果たしてこのような主張は認められるのかについてお話しします。

 

夫婦円満な間における生活費は原則として贈与

 

 この点については、このような円満期間中における婚姻費用は配偶者の一方から他方に対する贈与の趣旨であると考えて超過分の清算は不要とする見解があり、過去の裁判例においても原則として贈与とみるべきと判断したものがあります(高松高裁平成9年3月27日判決)。

 

高松高裁平成9年3月27日判決

「離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるに当たっては、夫婦の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第七〇六号、同年一一月一四日第三小法廷判決・民集三二巻八号一五二九頁参照)。しかしながら、夫婦関係が円満に推移している間に夫婦の一方が過当に負担する婚姻費用は、その清算を要する旨の夫婦間の明示又は黙示の合意等の特段の事情のない限り、その過分な費用負担はいわば贈与の趣旨でなされ、その清算を要しないものと認めるのが相当である。」

 

 過去の婚姻費用を財産分与においてどのように考慮するべきかに関しては、別居以降の未払い分を考慮(加算)することは認められています。

 

 他方で、別居中にいわゆる標準算定方式で計算した金額を超える額を負担していたケースでは、原則として差額清算(控除)を否定した高裁レベルでの裁判例があり(大阪高裁平成21年9月4日決定)、円満期間中の超過負担部分についても上記のとおり原則として考慮(控除)されないとの高裁裁判例があることからすると、別居の前後を問わず、婚姻費用の超過払い分を財産分与で考慮すべきという主張が採用される可能性は高いとはいえないように思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

扶養的財産分与として定期金を支払う旨を合意した後、減額や支払期間の短縮などを求めることはできるか?

 

 離婚した場合、夫婦は互いに扶養義務を負わなくなるため、原則として離婚後は生活費の支払いをする必要はありませんが、離婚の際の条件として、夫婦共有財産の清算や慰謝料、養育費といったものとは別に、相手方の離婚後の生活保障(=扶養的財産分与)として、一定期間、金銭を支払い続ける旨(定期金)を合意することがあります。

 

 しかしながら、当初、このような定期金の合意をしても、事後的に事情の変更が生じ、合意した金額や支払期間を少なくしたいというニーズが生じることがあります。

 

 では、扶養的財産分与として定期金の合意をした後、当初の合意内容の変更を求めることはできるのでしょうか?

 

民法880条の類推適用

 

 扶養的財産分与に基づく定期金は、上記の通り本来の扶養義務に基づくものではありません。

 

 しかし、上記のような合意をした後、それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたときは、民法880条の類推適用によって扶養的財産分与に基づく定期金の合意の変更や取消が認められる可能性があります(東京高裁平成30年8月31日決定参照)。

 

 具体的にどのような場合に変更を求められるかについては、上記裁判例では「それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたとき」としか判示されていないため、事案に応じてケースバイケースというほかはありませんが、婚姻費用や養育費の増減額請求の場合には合意当時予測可能であった事情は変更理由にならないとされていますし、軽微な収入変動等で安易に変更を認めると離婚後の生活保障という扶養的財産分与の本来の趣旨が没却されるため、ハードルは相応に高いものと思われます。

 

 他方、扶養的財産分与の趣旨が離婚後の生活保障であることに鑑みると、たとえば権利者が定期金の支払期間中に再婚し、再婚相手の収入によって安定的な生活を送ることができるようになった場合であったり、合意当時の予想に反し、権利者が相当額の収入を得られるようになった場合であれば、事情変更があったとして当初の合意内容が変更される可能性があるように思われます(私見)。

 

 離婚の条件として、一定期間の生活費の支払いを合意するケースはそれなりにありますが、今回ご説明したとおり定期金の合意をした場合でも事後的な事情の変更によって変更される可能性があります。

 

 事情変更が認められるかどうかは義務者側に生じた事情の内容やその事情による義務者の生活への影響の程度、権利者側の保護の必要性など様々な事情を総合的に検討する必要があると思われますので、事情変更による変更を求めたい場合、あるいは変更を求められた場合には弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

清算条項を含む離婚協議書の作成後、相手方が財産分与を求めてきた場合、財産分与の義務がないことを裁判で確認してもらうことはできるのか?

 

 離婚について協議がまとまった場合、夫婦における権利義務関係を確定するために離婚協議書を作成することがあり、この場合、紛争が蒸し返されないよう、当事者間ではこの協議書に定めたもののほか、互いに債権債務がないといった条項(清算条項)を記載するのが一般的です。

 

 このような清算条項は紛争の蒸し返しを目的とするものですから、清算条項を入れた離婚協議書の作成後に追加請求がなされることは通常ありませんが、相手方が何らかの理由によって離婚協議書の内容を争い、後日、財産分与などの請求を行うというケースは存在します。

 

 相手方が離婚協議書の効力を争う理由は様々ですが、この場合、任意の請求を拒否されれば、通常は相手方が財産分与を求めて調停・審判を申し立てるため、被請求側は相手方が申し立てた手続の中で財産分与請求権が既に存在しないことを主張していくことになります。

 

 ところが、相手方がこのような正規のルートにより請求するのではなく、事実上、直接の請求行為を繰り返すというケースもあり、このような場合には被請求側は対応に苦慮することになります。

 

 このようなケースにおいて、事実上の請求を受けている側としては、財産分与の義務が既に存在しないことを裁判で公的に確定してほしいというニーズが生じますが、他方、財産分与は一般の民事事件とは異なり、家庭裁判所において取り扱われる事件(家事審判事項)であることから、このような義務が存在しないことを裁判で確認してもらうことはできない(不適法)のではないかが問題となります。

 

東京地裁令和3年11月30日判決

 

 この点についてはあまり議論されていないところですが、東京地裁令和3年11月30日判決は、家事審判事項に該当する夫婦間の同居義務等も法律上の実体的権利義務であり、これを終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によるべきとした最高裁昭和40年6月30日決定を援用し,「財産分与義務自体の不存在の確定を求めて民事訴訟を提起することは妨げられない」と判断しています。

 

 先ほど述べたとおり、離婚協議書の効力を争って財産分与を請求したい場合、任意請求が功を奏しなければ調停や審判の申立をするのが筋ですが、中にはそのような正式手続を踏まずに当事者間の交渉で強引に解決しようとするケースもあり、被請求側としてはきちんと決着をつけたいニーズもあると思われます。

 

 したがって。万が一このようなトラブルに巻き込まれた場合は、財産分与義務の不存在確認の裁判を起こすということも選択肢に入ってくると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫婦の一方が自己名義の不動産を賃して賃料を得ていた場合、財産分与ではどう扱われる?

 

 離婚事件を扱っていると、夫婦どちらかの単独名義の不動産を賃貸して賃料収入を得ているケースに遭遇することがあります。

 

 この場合、財産分与について、不動産そのものの処理だけではなく、そこから発生した賃料の取り扱いを巡って対立することもあることから、今回はこの点をテーマにお話ししたいと思います。

 

 

・不動産が夫婦共有財産だった場合

 

 まず、問題の不動産が夫婦の実質的共有財産のケースですが、これについては、賃料が何らかの形で残っている場合と、既に残っていない場合とに分けてお話しします。

 

賃料が残っている場合

 賃料が預金や現金の形で残っている場合、賃料は夫婦共有財産から発生したものですから、残存している賃料は財産分与の対象となります。

 

 なお、どこまでの期間の賃料が清算対象になるかは何とも言えないところですが、財産分与の基準時を離婚時とすることについて当事者間に争いがなく、裁判所の記録上からもその時点で夫婦間の経済的協力関係が終了したと判断されたケースにおいて、離婚後に生じた賃料は対象にはならないとする裁判例(東京家裁平成28年3月30日審判)があることから、財産分与の基準時(原則として別居時)が終期となるように思われます(私見)。

 

賃料が残っていない場合

 これに対して、基準時に賃料が財産として残っていない場合、財産分与は基準時に存在する財産を分けるものですから、基本的には財産分与の対象にはならないと思われます(なお、賃料を浪費してしまった場合には、他の財産を分与する際の分与割合に影響する可能性はあります)。

 

過去に受領した賃料を、財産分与とは別に不当利得として請求できるか?

 以上のように、既に賃料が残っていない場合、夫婦共有財産から生じた過去の賃料を財産分与の対象として清算を求めるのは難しいように思われます。

 

 しかしながら、対象となる不動産が夫婦共有財産であるにもかかわらず、時期を問わずに過去の賃料すべてを名義人に独占させることには疑問もあり、財産分与の基準時(多くは別居時)に夫婦共有財産である不動産の持分がいわば顕在化したと解釈して、少なくとも別居から離婚までの間の賃料については、その持分割合の限度で返還されるべきではないか、という考え方もあり得ます。

 

 もっとも、財産分与は協議や審判などによってはじめて具体的な範囲や内容が確定するというのが裁判所の基本的な考え方であり(最高裁昭和55年7月11日判決)、それまでの間、配偶者の一方は夫婦共有財産について他方配偶者に対する具体的な権利を有さないと考えれば、結婚中に受領し、かつ、既に残っていない過去の賃料の一部を財産分与とは別に支払うよう請求することは難しいことになります。

 

 この点については、別居から離婚までの間に名義人が受け取っていた賃料の一部を不当利得として請求したケースにおいて、上記の最高裁判決の判断をもとに請求を否定した裁判例が存在しますが(東京地裁令和3年2月17日判決)、財産分与の具体的内容が協議や審判等によって形成されるという前提に立つ以上、個人的にもこのような請求は難しいのではないかと考えます。

 

 

・不動産が特有財産だった場合

 

 たとえば、配偶者の一方が親から受け継いだ不動産(特有財産)を賃貸に出していたような場合、その不動産は夫婦が築きあげたものではない以上、そこから発生する賃料は財産分与の対象にならないようにも思えます。

 

 しかし、特有財産である不動産からの収入であっても、その不動産の維持や賃料の発生に対して他方配偶者の貢献があったと認められれば、特有財産からの収入も財産分与の対象になり得ます。

 

 もっとも、どの程度の貢献があれば財産分与の対象になるのかや、対象になるとしてもどの程度の分与割合とするかは、その不動産の維持等に対する他方配偶者の関わり方によって異なるところであるため、明確な基準はなくケースバイケースの判断となると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

衣類や装身具は財産分与の対象となるのか?

 

 離婚協議の中で財産分与が問題になる場合、通常は不動産や預金、有価証券などの処理を巡って話し合いがなされることが多いところですが,まれに、婚姻中に夫婦それぞれが購入した衣類や装身具(指輪など)が財産分与の対象になるかを巡って議論になることがあります。

 

 では、このような物が果たして財産分与の対象になるのか、というのが今回のテーマです。

 

夫婦それぞれの専用品は基本的に財産分与の対象にはならない

 

 以下の裁判例でも触れられているとおり、衣類や装身具など、社会通念上、夫婦それぞれの専用品とみるべき物は、基本的には財産分与の対象にはならないと考えられています。

 

名古屋家裁平成10年6月26日審判

「本件記録によれば、本件内縁期間中に申立人が相手方から買い与えられた宝石類は、ネックレス一点、指輪三点であり、その購入価格は、指輪一点が約八〇万円、他の指輪一点が約三〇万円であったことが認められ、なお、その余の価額は不明である。
 これらの宝石類は、社会通念に従えば申立人の専用品と見られるから、申立人の特有財産であるというべきであり、したがって、本件財産分与の対象とはならない。」

 

東京地裁平成16年2月17日判決

「前記美術品は夫婦共同財産であり、現在被告が管理している。この点について、被告は、被告の特有財産によって被告の好みにより購入したもので、被告の特有財産であると主張する。しかし、衣類や装身具等とは異なり、社会通念上これを被告の専用品とみることはできないうえ、相続財産を原資として取得されたと認めるに足りる証拠はないから(相続した預貯金あるいは現金等によって購入されたと認めるに足りる証拠はないから)、被告の特有財産ということはできない。」

 

 このように、衣類や装身具は、通常それぞれの専用品、すなわち特有財産として扱われるため基本的には財産分与の対象にはなりません。

 

 ただし、裁判例によれば、専用品として扱われるかどうかの基準は結局のところ「社会通念」という曖昧なものであるため、たとえば装身具ひとつみても、それ自体が非常に高額であったり、購入目的が着用という装身具本来の目的ではなく資産形成であったようなケースであれば、例外的に財産分与の対象となる可能性は残ります

 

 多くの場合、この点は話し合いによって解決されていると思われますが、専用品かどうかを巡って離婚協議等が難航する可能性もありますので、装身具などの処理を巡って本格的に問題が生じたときは、一度弁護士へのご相談をご検討いただければと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

離婚前に渡した財産は、離婚の際にどのように扱われるのか?

 

 夫婦間においては、婚姻中、配偶者の一方が他方に財産を渡すことがありますが、離婚のご相談をお受けしていると、離婚の条件を協議する際に、結婚中の財産の移転をどのように処理するかを巡りトラブルになることがあります。

 

 そこで今回は、離婚の前に渡した財産が離婚の際にどのように扱われるのかについてお話しします。

 

財産分与として渡したものは、離婚の際に清算される

 

 離婚前に渡した財産が夫婦の財産関係の清算である財産分与の趣旨であることが明らかな場合、前渡しした財産は最終的な財産分与の場面で清算されます。

 

 具体的には、夫婦の共有財産を全て合算して必要な限度で負債を控除し、それに取得割合を乗じて、そこから離婚前に前渡しを受けた分を控除するというやり方です(このような計算方法をとっている裁判例として、東京家裁平成30年3月15日判決)。

 

財産分与の前渡しをするときは、その趣旨を明確にしておくべき

 このように、離婚前に渡した財産が財産分与の前渡しであることが明確であれば、上記のように最終的な分与額の計算において考慮されることがあります。

 

 もっとも、ある財産を離婚前に前渡しする場合、そのお金の移動の趣旨はいくつかの可能性があり、それが財産分与の趣旨ではないと判断された場合には、このような控除計算はなされないことになります。

 

 たとえば、離婚前の別居段階で婚姻費用の未払いが長期間続いており、その清算として、離婚前にまとめて過去の婚姻費用を支払ったというケースが典型例ですが、このような未払婚姻費用の清算は財産分与とは性質上別個のものであるため、この場合は財産分与の計算上、考慮されません。

 

 実際のケースとしても、さきほど紹介した東京家裁平成30年3月15日判決では、離婚前に前渡しした金銭が財産分与の前渡しであるのか、それとも過去の未払い婚姻費用の清算であったのかが争われていますが、結論的には、前渡しした側が保育料や光熱費等を負担していたことなどの事情から、渡したお金は婚姻費用の清算ではなく財産分与の前渡しであったと認定されています。

 

 以上のように、具体的な離婚協議をする過程において、離婚成立前に一定の財産を相手に動かすことは、その趣旨が曖昧だと後々問題となることがあります。

 

 そのため、前渡しする必要がある場合には、その金銭の移動がいかなる趣旨であるかについてきちんと合意したうえで、書面等で明らかにしておく必要があります。

 

離婚が問題になる前に贈与した財産は?

 

 以上のように、離婚問題が浮上してから財産を移転するというのではなく、離婚が問題になる以前に、配偶者の一方が相手に財産を贈与することもよくみられます。

 

財産分与の前渡しとは評価されない

 このようなケースでは、贈与した側から、その贈与財産も財産分与の計算をする上で考慮してしてほしいという希望が出されることがありますが、そもそも離婚が現実的な課題として意識されていない段階での財産移転であれば、財産分与の前渡しとは評価できませんので、このような理屈で考慮してもらうことは難しいと思われます。

 

夫婦共有財産を贈与した場合、離婚時に清算の対象にしてもらえるか?

 また、贈与の対象となった財産が夫婦共有財産であった場合には、単に共有財産の名義や占有を相手に移転しただけにもみえるため、離婚時にこれを財産分与の対象として扱うべきではないか、具体的には、支払うべき金額からその分を控除したり、逆に相手が取りすぎであるため一部返還してもらいたい、という希望が出ることもあります。

 

 この点については、贈与当時の当事者双方の意思などにかかわるためケースバイケースの判断となりますが、当事者の意思によって確定的に財産の帰属を決めたのであれば、そのような贈与は清算的要素をもち、贈与対象財産はその時点で特有財産になるため財産分与の対象にはならない、と判断されることがあります。

 

 たとえば、大阪高裁平成23年2月14日決定では、不貞行為が疑われる状況下で配偶者の不満を抑える目的のもと不動産の持分を移転したというケースにおいて、そのような持分移転は清算的要素をもち、贈与の時点で不動産は特有財産になったと判断されています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

財産分与の支払いを確保するために不動産への抵当権設定を命じられた事例

 

 離婚に伴う財産分与の具体的方法については、当事者間で合意する場合は基本的にどのような方法でも自由ですが、裁判所によって財産分与を命令してもらうときは一定の金額の支払いか、不動産等の名義そのものを変更する内容となるのが一般的です。

 そして、このうち金銭の支払いについて相手の支払能力や支払意思に問題があったり、何らかの理由によって現時点ではなく将来の一定時点での支払いとせざるを得ないことが想定される場合には(将来の退職金など)、相手の支払いを確保するために相手名義の不動産に担保(抵当権)をつけたいというニーズがあります。

 そこで今回は、財産分与の内容として、金銭の支払いとともに相手名義の不動産への抵当権の設定を命じた裁判例を一つご紹介します。

 

東京地裁平成11年9月3日判決

 このケースでは、財産分与として一定額の清算金の支払いを命じるとともに、その清算金の履行の確保のため、併せて支払義務者名義の不動産に対する抵当権の設定を命じました。

 

「そして、原告が平成〇〇年〇月〇〇日に成立した家事調停に基づく婚姻費用の支払を一部怠っていること(第〇回口頭弁論調書参照)等を考慮し、右清算金の支払を担保するため、人事訴訟法一五条二項により、原告の取得する本件マンションに抵当権を設定し、その旨の登記手続を命じることとする。」

※この判決のいう人事訴訟法15条2項は旧法であり、現在は改正後の同法32条2項がこれに相当します。

 

 この判決が金銭の支払いに加えて抵当権の設定まで命じたのは、相手が過去に裁判所で取り決めた婚姻費用の支払いを一部怠っていたということが主な理由でしたが、そのような場合でなくても、財産分与の方法として、たとえば退職金をそれが実際に支給された将来の時点で分与することを命じたり、扶養的財産分与として、一定期間、定期的に金銭を支払うことを命じるようなときは、相手が支払いをしない場合に備えて担保権を設定する必要がある場合もあります。

 金銭給付に加えて相手の不動産に抵当権を設定するかどうかは、相手の財産状況や履行意思、金銭給付の内容(将来における給付や定期金給付など)といった事情を考慮して裁判所がその必要性を認めるかどうかにかかわると思われますが、そもそもこのような担保権設定は命じるべきではないとして反対する見解もあるようですので、求めれば必ず認められるというものではありません。

 もっとも、相手の支払意思などに具体的な問題があったり必要性が高いようなときは、その必要性を積極的に示して抵当権の設定を求めるのも一つの方法と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年3月11日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

離婚後に相手の財産隠しが判明した場合、どうするか?

 

 離婚事件の中でシビアに争われることの多いものとして財産分与がありますが、その中で問題になることがあるのが相手方の財産隠しです。

 

 もしも離婚当時、相手方が夫婦共有財産に該当する財産を隠しており、そのことが後で発覚した場合、隠されていた方としてはどのような対処が可能か、というのが今回のテーマです。

 

・財産分与の取り決めがなかった場合

 

 【離婚から2年以内】 

 

 まず、離婚時に財産分与の取り決めが何もなかった場合、離婚から2年以内であれば、新たに判明した財産を含めて財産分与の請求をすることが可能です。

 

 もっとも、どのような財産であっても財産分与の請求ができるというわけではなく、あくまで夫婦が共同で築き上げたと評価できるもの(夫婦共有財産)に限られますから、隠していた財産がいわゆる特有財産であった場合には財産分与として請求することはできません。

 

 【2年が経過してしまった場合】 

 

 この場合は財産分与の請求期間が経過してしまったため、改めて財産分与を請求するという方法は難しいところです。

 

 ただし、相手方が財産を隠していた場合には、本来財産分与として認められた可能性のある金額について、損害賠償を請求できる可能性があります(これを認めた裁判例として、浦和地裁川越支部平成元年9月13日判決があります)。

 

・財産分与の取り決めをしていた場合

 

 以上に対して、財産分与の合意をしたが、その中に本来入るべき財産が入っていなかったという場合には、その財産が重要なものであり、その財産の存在を事前に知っていれば当初の合意はしなかったといえる事情があるときは、財産分与に関する合意が錯誤によって無効(2020年4月1日以降は取消)となる可能性があります(→「財産分与をやり直すことはできるか?」

 

・事前の情報収集が重要

 

 以上の通り、相手が財産隠しをしたとしても、後日そのことがわかった場合には救済されるケースもあります。

 

 もっとも、このようなケースは幸運にも隠し財産の存在が判明したからこそ可能だったものであり、そもそも見つからなければ請求することはできないという限界がありますので、実際に離婚するにあたっては、事前にどれだけ相手方の財産に関する情報を得られるかの方がより重要となります。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

財産分与と不利益変更についての話

 

 財産分与は離婚の協議・調停・裁判のそれぞれの段階で問題となるものですが、今回は、協議や調停の段階で相手から提案されていた条件や、訴訟手続における第一審裁判所の判断が、その後の手続で拘束力があるのか、つまり、当初の提案内容や一審裁判所の判断内容が最低保証としての意味を持つのかどうかについてお話したいと思います。

 

協議→調停

 協議段階で相手から提案されていた財産分与の条件は、あくまで交渉段階における提案にすぎませんので、協議がまとまらず調停に移行したときに、協議時点よりも不利な条件を提案されることはあります。

 協議段階で提案した条件をあとで撤回することについては、協議では早期解決や円満解決を目指すという目的があり、そのような目的のために協議限りの提案として譲歩案を提示することは不合理ではないため、このような条件変更に問題はありません。 

 

調停→訴訟第一審

 調停後の訴訟の場面でも、調停段階で提案されていた条件よりも不利な条件に変化することはあり、これもあまり問題視されません(ただし、あまりに不合理な条件変更があった場合には裁判所の心証が悪化するなど、手続を進めるうえで不利益が生じることはあり得ると思います)。

 もちろん、裁判所は当事者が前に提案していた条件に拘束されませんので、裁判所は独自の立場から妥当な財産分与を定めることになります。

 

第一審→上訴審

 ここで問題となるのは、財産分与を命じた第一審判決について、相手側は不服はないものの、こちら側だけが不服があり不服申立をした場合に、第一審の裁判所の判断よりも不利な内容に変更される可能性はないのかどうかです。

 通常の民事訴訟では、こちらが不服を申し立て相手は不服を申し立てなかった場合、単にこちらの上訴の妥当性だけが判断されるため、たとえこちら側の主張が排斥されても一審の判断より不利になることはありません(これを不利益変更禁止の原則といいます)。

 しかし、財産分与についてはこの原則の適用がないとされており(最高裁平成2年7月20日判決)、こちら側だけが不服を申し立てた場合でも、裁判所が財産分与について原審よりも不利な内容に変更してしまうことがあり得ます。

 たとえば、離婚訴訟の第一審でこちらが200万円の財産分与を求めていたところ、判決では100万円の財産分与が認められ、その判決に対してこちらだけが不服があるとして控訴した場合、ケースによっては控訴審で100万円を切る財産分与の判断が下る可能性があります。

 相手が不服を申し立てたのであれば仕方ない面がありますが、そうでない場合にこちらからアクションを取った場合には結果的に藪蛇になってしまう危険性があることに注意が必要です。

 

 このように、財産分与について協議、調停、訴訟のそれぞれの段階で相手が示した条件や裁判所が下した判断は、後の手続で最低保証としての意味を持ちません。

 今の条件を受け入れるべきなのか、それともその次の段階に進むべきなのかについては難しい判断が求められることがありますので、迷われた場合には弁護士へのご相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年12月2日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

家庭内別居と財産分与の基準時

 

 財産分与で問題になるものとして、どの時点を基準に財産分与を決めるのかということがあります。

 

 この点については原則として別居時に存在した財産が基準となりますが、ご相談を受けていると、実際に別居した時期よりも相当前から家庭内別居の状態だったので、家庭内別居が始まった時点を基準にするべきではないかというご質問を受けることがあります。

 

 このような話は、別居時点を基準とするよりも家庭内別居を開始した時点を基準とした方が分与すべき額が少なくなるケースで生じるものであり、自分名義での財産を多く保有している側(多くの場合は夫)から呈される疑問ですが、このような主張がどこまで通るのかが今回のテーマです。

 

財産分与の基準時が原則として別居時とされる理由

 財産分与はそれまで夫婦が築き上げた財産を清算する制度であるため、財産形成に対する夫婦の経済的協力関係が終了した時点を基準に清算するのが公平です。

 

 そして、夫婦が別居に至った場合、通常、その時点で夫婦間の経済的協力関係が終了するため、財産分与の基準時は原則として別居時とされています。

 

 このように財産分与の基準時を別居時とする根拠は、通常は別居の時点で夫婦間の協力関係が終了するところに求められます。

 

家庭内別居の場合は?

 そうすると、逆に言えば、たとえ同居していても既に財産形成に対する経済的協力関係が終了したといえる場合であれば、その時点を基準時とすることも不可能ではないことになります。

 

 もっとも、曲がりなりにも同居を継続している場合に、家庭内別居であるとして夫婦間の経済的な協力関係が完全に終了していたと証明することは困難であるため、実際には家庭内別居との主張によって基準時を別居以前に遡らせることは難しいところです。

 

 たとえば東京地裁平成17年6月24日判決は、「財産分与は、夫婦が協力して形成した財産を対象とするものであるから、本件においては、協力関係の終了したと考えるべき別居時点(平成15年○月○日)を一応の基準時として、財産分与の対象とすべきと考える。」「被告は、平成13年秋以降、原告において被告の食事を一切作らなくなった経緯を考慮し、同年○月の住宅ローンボーナス支払いの前の時点を基準時とすべき旨主張するが、平成15年○月○日までは同居しており、同居中は財産形成の協力関係は一応継続していたというべきであって、その間の財産の増減は、一切の事情として分与にあたり考慮すれば足りるというべきである。」と判断し、別居時点を基準時とする判断を下しています。

 

 以上のように、家庭内別居を理由に財産分与の基準時を別居以前に遡らせるのはなかなか難しいところですので、この点について争う場合には単に家庭内別居であったという抽象的な話ではなく、夫婦間の経済的協力関係がなくなっていたことを裏付ける事実を丹念に拾い上げて主張・立証していくことが必要となります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年10月28日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所