給与等の差押えと民事執行法の改正(取立期間延長や教示制度)

 

 以前のコラムで、債権回収の実効性を高めるために民事執行法の改正がなされたというお話をしました。

 もっとも、債権者の権限が強化されたことによって、給料やボーナス・退職金の差押えについて債務者の生活に大きな影響が出る可能性があることから、今回の改正で、この点についても以下のような手当がなされました。

 

取立権発生時期が1週間から4週間になった

 差押命令が債務者に送達されてから1週間が経過すると、債権者は取立ができるようになります(給与であれば、直接勤務先に支払いを求めることができるようになります)。

 ところで、給料の差押えは原則として4分の3が差押禁止(養育費等は2分の1)とされていますが、元々の給料が少ないと、たとえ4分の1の差押えでも生活ができなくなってしまうという債務者も存在します。

 そこで、そのような場合には「差押禁止債権の範囲変更」の申立を行い、裁判所が生活状況をみて必要があると判断した場合、差押えの範囲を減らす(=差押禁止債権の範囲を変更する)ことができます。

 もっとも、制度上はそうなっていても、実際には取立権が発生するまでの期間が1週間と非常に短く、しかも、取立が完了した後では差押禁止債権の範囲変更は認められないため、2回目以降はともかく、少なくとも1回目の給料について差押えの変更を求めることは非常に困難でした。

 そこで、今回の民事執行法の改正では、給与等の債権を差し押さえる場合、例外的に取立権の発生時期を差押命令の送達後1週間から4週間に延ばしました(民事執行法第155条2項)。

 

婚姻費用や養育費等の不払いによる差押えの場合は1週間のまま

 このように、給与等の差押えの場合、債務者の保護を考慮して取立権が発生するまでの期間が伸びましたが、他方、差し押さえる債権者側のことも考える必要があります。

 特に、養育費等の不払いのようなケースでは、権利者側の収入が少ないと1回の遅れが生活困窮に直結しますし、債務者は合意や裁判所の判断によって支払いしなければならない立場である以上、不払いによって不利益を受ける債権者の方をより保護すべきと考えられます。

 そこで、下記①~④の義務に基づく債権を有する者が給与等を差し押さえる場合には、取立権の発生時期は延長されずに1週間のままとされました(民事執行法第155条2項括弧書、同151条の2第1項1号ないし4号)。

 

 ①夫婦間の協力扶助義務 

 ②婚姻費用 

 ③養育費 

 ④扶養料 

 

裁判所からの手続きの教示

 また、一般の方の中には、差押禁止債権の範囲変更の申立といっても、そもそもそのような手続きがあることすら知らない方も多く、知らないために不利益を受けるというのも望ましくありません。

 そのため、今回の改正では、差押命令を送達する際に、債務者に対して、差押について変更の手続があることを知らせることとなりました(民事執行法第145条の4項 なお、こちらの制度は給与などの差押えの場合に限りません)。

 

婚姻費用や養育費などで合意するときは名目に注意

 今回の改正によって、養育費などの不払いがあったことを理由に給与やボーナス等を差し押さえる場合、取立権の発生時期は4週間ではなく従来通り1週間のままで維持されました。

 もっとも、このような優先的な取り扱いがなされるのは、差押えの根拠となる権利(債権)が養育費や婚姻費用などの場合ですので、合意内容から権利の性質が不明確な場合、取立可能になる時期が1週間ではなく4週間にされてしまう可能性があります。

 たとえば、合意の際、支払いの名目を解決金や和解金などという曖昧な表現にしたり、財産分与の中に養育費を含め養育費分もまとめて財産分与という名目にしてしまったりすると、債権の中身がこの特例の対象になるどうかがわからず差押えの段階で不利益を受ける可能性があります。

 裁判所の命令であればこの点が不明確になることは考えられませんが、合意で解決するときは、万が一不払いとなった場合を見据えてどのような表現にするのが良いかを考えて対応する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

債務者の財産を調査する手続の拡大・その2~財産開示手続の拡充~

 

 以前のコラム(「債務者の財産を調査する手続の拡大~改正民事執行法の話~)で、令和元年5月に民事執行法が改正され、債務者の財産を調査するための手段として第三者から直接情報を取得する手続が新設されたことをご紹介しました。

 もっとも、今回の改正では、第三者からの情報取得手続の新設のほかにも、従来から存在する「財産開示手続」にも改正が施され以前よりも財産調査の実効性が高まることが期待できるようになりましたので、今回はこの点についてご紹介したいと思います。

 

財産開示手続とは

 まず、そもそも「財産開示手続」とはどのような制度かということですが、これは強制執行可能な状態にある債権者の申立により、裁判所が債務者を呼び出し、非公開の手続で債務者自身に自分の財産を陳述させる手続です。

 しかし、この制度については、かねてから①申し立てできる人(申立権者)の範囲が狭い、②不出頭や陳述を拒否した場合の罰則が30万円以下の過料と軽い、という問題点が指摘され、債務者の財産を調査するための手段としては実効性に乏しいという批判がありました。

 今回の改正はこのような批判に応えるものであり、具体的には以下のような改正がなされました。

 

申立権者の拡大

 従来の財産開示手続では、強制執行可能な公正証書(=執行証書)を持つ人が申立権者から外れていたため、たとえば婚姻費用や養育費の債権者など、本来であれば手厚く保護すべき人が利用できないという難点がありました。

 そこで、今回の改正では、上記のような公正証書を有する者も申立が可能になり、このような問題点が解消されることになりました(なお、それ以外にも、支払督促や仮執行宣言付判決を取得した人も申立が可能となりました)。

 

刑事罰の新設

 従来の制度では、陳述拒否などの罰則が30万円以下の過料であり、いわば逃げ得を許す余地を認めるものであり軽すぎるとの批判がありました。

 そこで、今回の改正では罰則が引き上げられ、正当な理由のない不出頭や宣誓拒絶、また、正当な理由のない陳述拒否・虚偽陳述について、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金の刑事罰が科せられることになり、財産開示手続の実効性を高めるための工夫がなされました。

 

財産開示手続の要件

 このように実効性が強化された財産開示手続ですが、この手続を利用するためには、法律上、以下のいずれかの要件を満たすことが必要となっています(この要件は法改正前からのものです)。

 

①申立前6ヶ月以内の強制執行又は担保権の実行によって、金銭債権の完全な満足を得られなかったこと

②既に分かっている財産に対して強制執行を実施しても、金銭債権の完全な満足を得られないことの疎明があったこと

 

 ①については、実際に何らかの財産について強制執行などを実施したものの、完全な回収が得られなかった場合を意味します。

 これに対して②は、債権者が通常行うべき調査を行い、その結果判明した財産に強制執行等を実施しても完全な回収が得られないことが一応確かであると認められることをいい、実際に強制執行等を行うことはまでは必要ではありません。

 もっとも、②については、どこまでの調査をすれば疎明があったと言えるかが不明確な部分もありますので、一度強制執行を試みる手間はあるものの、①の方がわかりやすく使い勝手が良い場面も多いかと思われます。

 

給与情報や不動産情報を得るには財産開示手続が必要

 今回の民事執行法の改正では、第三者からの情報取得手続として、債務名義(執行証書、調停調書、審判書、和解調書、判決書など)を有する金銭債権者は登記所から不動産情報を取得できるようになり、また、特に婚姻費用や養育費など要保護性の高い債権について債務名義を有する者は市町村等から給与情報の開示を得られるようにもなりましたが、そのような情報取得手続を利用するには、3年以内に財産開示手続が実施されていることが必要であるとされました。

 これに対して、同じく第三者からの情報取得手続である預貯金情報や有価証券情報についてはこのような条件はありませんので、財産開示手続を前置する必要はありません。

 

 

 今回の一連の法改正により、債権回収のためのメニューが以前よりも充実することになります。

 特に、これまで事実上回収を断念してきた婚姻費用や養育費の債権者にとっては、財産開示手続や勤務先に関する情報取得制度の利用によって、(相手がきちんと働いていればという条件付きではありますが、)給与への差押えによる回収可能性が高まると思いますし、実際に強制執行まで至らずとも、これらの開示手続の申立をきっかけに支払いにつながる場面も増えてくるのではないかと思われますので、公正証書や調停などで取り決めた養育費等が滞っているような場合には積極的な活用を検討してほしいと思います。

 なお、改正後の財産開示手続は、2020年4月1日から施行されます。

 

弁護士 平本 丈之亮

債務者の財産を調査する手続の拡大~改正民事執行法の話~

 

 裁判で金銭の支払いを命じる判決が下されたような場合、債務者の財産に強制執行をかけることができます。

 しかし、これまでの強制執行の実務では、債務者の財産を調べるための手段が少なく、裁判所での手続である「財産開示手続」も債務者に対するペナルティーが軽く実効性が乏しかったため、権利はあるものの回収不能になるというケースがありました。

 このように、債権回収の場面においては、長年、民事執行手続の機能不全と法改正の必要性が叫ばれてきたところですが、この点について、令和元年5月10日、民事執行法に重要な改正がありましたのでご紹介します。

 

改正の概要(第三者からの情報取得手続の創設)

 今回の改正では、債務者の財産のうち不動産、給与、預貯金等の金融資産に関する情報について、その情報を有する第三者から情報を取得できるようになりました。

 ここでのポイントは、財産に関する情報を債務者に開示させるのではなく、情報を有する第三者から直接取得できるようになったという点であり、これは従来の民事執行法では認められていなかった新たな制度であって、この制度の活用により債権回収の可能性が高まることが期待されています。

 以下では、それぞれの制度について、申立権者や、申立の要件などを説明します。

 

債務者の不動産に関する情報取得(第205条)

 裁判所は、以下の場合、登記所に対して、債務者が所有権の登記名義人である土地建物(及びこれに準ずる物として法務省令で定める物)に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるために必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。

 この制度によって、債務者の不動産を調査し、調査の結果、不動産があることが分かれば、差押をかけることができるようになります。

 

【申立人】

①執行力のある債務名義(判決・和解調書など)の正本を有する金銭債権の債権者

②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者

 

債務者の給与に関する情報取得(第206条)

 裁判所は、以下の場合、市町村、特別区、その他の団体(日本年金機構・国家公務員共済組合・国家公務員共済組合連合会・地方公務員共済組合・全国市町村職員共済組合連合会・日本私立学校振興・共済事業団)に対して、給与等に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。

 市町村や共済組合などには給与所得者の勤務先の情報がありますので、これを問い合わせることで債務者の勤務先を特定し、給与の差押ができるようになる可能性があります。

 ただし、この制度による情報開示は債務者に対する不利益が大きいことから、申立ができる資格が以下の通り限定されています。

 

【申立人】

①婚姻費用債権・養育費債権・扶養料債権に関して執行力のある債務名義の正本を有する債権者

②人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者

 

債務者の預貯金口座等に関する情報取得(第207条)

 裁判所は、以下の場合、金融機関等に対し、預貯金等に関する情報の提供を命じなければならない、とされれました。

 金融機関に対する照会については、これまでも「弁護士会照会」によって開示を受けられるケースはありましたが、この制度が設けられたことにより、より一層、スムーズに情報提供を受けられるようになることが期待されます。

 

【申立人】

①執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者

②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者

 

【照会先及び提供を受けることができる情報】

①銀行等の金融機関

 預貯金債権に対する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)

 

(2019年12月6日追記) 

 改正民事執行規則第191条1項 令和元年最高裁判所規則第5号 令和元年11月27日官報号外第169号)

  ・預貯金債権の存否

  ・取扱店舗

  ・預貯金債権の種別

  ・口座番号

  ・額

 

②証券保管振替機構・証券会社・信託銀行など

 債務者の有する預金以外の金融資産に関する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)

 

(2019年12月6日追記)

 改正民事執行規則第191条2項

 ・振替社債等の存否 

 ・振替社債等の銘柄

 ・額又は数

 

申立の要件

 この制度を利用するための要件は、概ね以下のとおりです。

 

①強制執行や担保権の実行をしたが、全額の回収ができなかったとき。

 

②知っている財産に強制執行をかけても全額の回収ができないことを疎明(※)したとき

※「疎明」=裁判官が一応確からしいという推測を得た状態

 

施行日

 この改正法の施行日は、公布日(令和元年5月17日)から1年以内とされています(ただし、登記所から情報を取得する手続きは交付日から2年を超えない範囲で政令で定める日)。

 

(2019年12月23日追記)

 登記所からの情報取得手続以外の部分は、施行日が令和2年4月1日となりました。

 

 日々の相談業務の中で、権利自体はあるものの回収可能性が問題になる事案は相当数存在します。

 これまでは、費用倒れのリスクを考えると裁判や強制執行まで行うのは難しいとして、不本意ながら権利の実現を断念せざるを得ない場合もあったところですが、今回の改正はそのような不当な状況を打破するために役立つことは間違いありませんので、正当な権利者がきちんと権利を実現することができるよう、当職としても積極的に活用していきたいと思います。

 

 弁護士 平本 丈之亮