裁判で金銭の支払いを命じる判決が下されたような場合、債務者の財産に強制執行をかけることができます。
しかし、これまでの強制執行の実務では、債務者の財産を調べるための手段が少なく、裁判所での手続である「財産開示手続」も債務者に対するペナルティーが軽く実効性が乏しかったため、権利はあるものの回収不能になるというケースがありました。
このように、債権回収の場面においては、長年、民事執行手続の機能不全と法改正の必要性が叫ばれてきたところですが、この点について、令和元年5月10日、民事執行法に重要な改正がありましたのでご紹介します。
今回の改正では、債務者の財産のうち不動産、給与、預貯金等の金融資産に関する情報について、その情報を有する第三者から情報を取得できるようになりました。
ここでのポイントは、財産に関する情報を債務者に開示させるのではなく、情報を有する第三者から直接取得できるようになったという点であり、これは従来の民事執行法では認められていなかった新たな制度であって、この制度の活用により債権回収の可能性が高まることが期待されています。
以下では、それぞれの制度について、申立権者や、申立の要件などを説明します。
裁判所は、以下の場合、登記所に対して、債務者が所有権の登記名義人である土地建物(及びこれに準ずる物として法務省令で定める物)に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるために必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。
この制度によって、債務者の不動産を調査し、調査の結果、不動産があることが分かれば、差押をかけることができるようになります。
①執行力のある債務名義(判決・和解調書など)の正本を有する金銭債権の債権者
②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者
裁判所は、以下の場合、市町村、特別区、その他の団体(日本年金機構・国家公務員共済組合・国家公務員共済組合連合会・地方公務員共済組合・全国市町村職員共済組合連合会・日本私立学校振興・共済事業団)に対して、給与等に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。
市町村や共済組合などには給与所得者の勤務先の情報がありますので、これを問い合わせることで債務者の勤務先を特定し、給与の差押ができるようになる可能性があります。
ただし、この制度による情報開示は債務者に対する不利益が大きいことから、申立ができる資格が以下の通り限定されています。
①婚姻費用債権・養育費債権・扶養料債権に関して執行力のある債務名義の正本を有する債権者
②人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者
裁判所は、以下の場合、金融機関等に対し、預貯金等に関する情報の提供を命じなければならない、とされれました。
金融機関に対する照会については、これまでも「弁護士会照会」によって開示を受けられるケースはありましたが、この制度が設けられたことにより、より一層、スムーズに情報提供を受けられるようになることが期待されます。
①執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者
②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者
①銀行等の金融機関
預貯金債権に対する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)
(2019年12月6日追記)
改正民事執行規則第191条1項 令和元年最高裁判所規則第5号 令和元年11月27日官報号外第169号)
・預貯金債権の存否
・取扱店舗
・預貯金債権の種別
・口座番号
・額
②証券保管振替機構・証券会社・信託銀行など
債務者の有する預金以外の金融資産に関する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)
(2019年12月6日追記)
改正民事執行規則第191条2項
・振替社債等の存否
・振替社債等の銘柄
・額又は数
この制度を利用するための要件は、概ね以下のとおりです。
①強制執行や担保権の実行をしたが、全額の回収ができなかったとき。
②知っている財産に強制執行をかけても全額の回収ができないことを疎明(※)したとき
※「疎明」=裁判官が一応確からしいという推測を得た状態
この改正法の施行日は、公布日(令和元年5月17日)から1年以内とされています(ただし、登記所から情報を取得する手続きは交付日から2年を超えない範囲で政令で定める日)。
(2019年12月23日追記)
登記所からの情報取得手続以外の部分は、施行日が令和2年4月1日となりました。
日々の相談業務の中で、権利自体はあるものの回収可能性が問題になる事案は相当数存在します。
これまでは、費用倒れのリスクを考えると裁判や強制執行まで行うのは難しいとして、不本意ながら権利の実現を断念せざるを得ない場合もあったところですが、今回の改正はそのような不当な状況を打破するために役立つことは間違いありませんので、正当な権利者がきちんと権利を実現することができるよう、当職としても積極的に活用していきたいと思います。
弁護士 平本 丈之亮