不貞行為に基づく慰謝料請求でLINEデータの証拠能力と信用性が争われた事例

 

 不貞行為に基づいて慰謝料請求をする場合、もっとも頭を悩ませるのが証拠の確保ですが、最近ではメールやSNSでのメッセージのやりとりが証拠として提出される例が多くなっています。

 

 しかし、このようなものを証拠として使用する場合、相手から証拠の収集方法に不正があり証拠としては使えない(証拠能力)とクレームがつく場合があり、また、デジタルデータは改ざんが容易であり、このデータも改ざんされたものであって証拠として信用できない(信用性)、という反論がなされることもあります。

 

 そこで今回は、不貞行為の慰謝料請求について、LINEデータの証拠能力と信用性が問題となった最近の裁判例を一つご紹介したいと思います(なお、本件で問題となったのは、スマートフォンアプリのLINEのトーク履歴ではなく、ログイン機能のあるPC版のLINEでのやりとりに関するものです)。

 

東京地裁平成30年3月27日判決

 この裁判は配偶者の一方が不貞相手に対して慰謝料請求をした事案ですが、その中で提出されたLINEデータについて、①不正に取得されたものであるから証拠として使用できない(証拠能力)、②使用できるとしても中身が改ざんされたものであるため証拠として信用できない(信用性)、という形で争われました。

 

証拠能力に関する判断

 

 【証拠能力に関する判断基準】 

 この判決では、まず、民事訴訟において使用できる証拠の範囲(証拠能力)について、以下のように判示しています。

 

「民事訴訟に関しては,証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在しない。この点,訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現が民事訴訟の重要な目的の一つであるとしても,同時に,民事訴訟の場面においても信義則が適用されることからすれば(民事訴訟法2条),訴訟手続において用いようとする証拠が,著しく反社会的な手段によって収集されたものであるなど,それを証拠として用いることが訴訟上の信義則に照らしておよそ許容できないような事情がある場合には,当該証拠の証拠能力が否定されると解すべきである。」

 

 【証拠能力に関する被告の主張と裁判所の判断】 

 

 1 住居侵入 

 まず、被告は、原告は持っていた鍵を使って別荘に無断で侵入してLINEデータを取得したとして、この証拠は住居侵入罪を犯して不正に入手したものであるため証拠能力がないと主張しましたが、裁判所は以下の事情からこの主張を退けました。

 

①原告がLINEデータを入手したのは別居を開始した約2か月後であるものの,その時点ではまだ別荘の鍵を所持しており,それを使用して入ったこと

 

②別荘は,婚姻後に配偶者が購入し,以後,配偶者とその家族が使用してきたものであること

 

③別荘は平成25年の贈与を原因として、平成26年に親名義に名義変更されているが,実際に名義変更がなされたのはLINEデータの入手後であること

 

④別荘は,平成25年の贈与日以降も配偶者及びその家族が使用し続けていたこと

 

→①~④からすると,原告に建造物侵入の故意があったかどうかも定かではなく,また,別荘への立入方法が著しく反社会的であると評価できるものではない。

 

 2 不正ログイン 

 次に、被告は、原告が無断でIDとパスワードを入力してログインし、LINEデータを不正に取得したと主張し、配偶者もその主張に沿う供述をしましたが、裁判所は以下の事情を示してこの主張も退けました。

 

 ・配偶者の供述内容 

①別荘に置いてあるパソコンは自分専用のものであり,パソコンにログインするためにはパスワードが必要であるが,それは誰にも教えていない

 

②LINEデータはアカウント内にのみ保存してパソコンのハードディスクには保存しておらず,このデータにアクセスするためには,アカウントのIDとパスワードを入力してログインする必要がある

 

③アカウントのIDはGmailアドレスと同一のためGmailアドレスを知っている者であればIDを知り得るが,パスワードは誰にも教えておらず,このパスワードはパソコンにログインするためのパスワードとは別のものである(ただし、いずれも,家族で共用している他のパスワードから推測することは可能)

 

④原告が立ち入った当時、建物内にあるパソコンとアカウントがいずれもログイン状態にあったことはない

 

 ・裁判所の判断 

①仮に、配偶者の言うとおりであったとすれば、原告はLINEデータを取得するためにPCとアカウントそれぞれに設定されていた二重のパスワードをいずれも探し当ててログインしたことになるが,いくら配偶者が他に似たようなパスワードを使っていて、原告がそれを知っていたとしても,そのような行為を成し遂げる可能性は相当に低い

 

②そもそもアカウントのパスワードを探知できるのであれば、自分のパソコンを使用するなどして配偶者のアカウントにログインできるのであって、別荘で行う必要性はない

 

③原告はLINEデータ入手の翌日、代理人弁護士に対し、昨夜別荘に行ったところ運良くログインしたままのPCがあったので中を見てみたこと、旅行中に証拠隠滅されたLINEのやり取りがフォルダに分けられ保存されていたこと、そのデータとともに、女性と別荘で過ごしたかも知れない写真があったためこれも一緒に送る、といった趣旨のメールを送信している

 

④約1週間前に配偶者と被告が別荘を訪れていることがうかがわれ,失念等の原因からアカウントにログインしたままの状態であった可能性は否定できないこと

 

→①~④からすれば,不正ログインによってLINEデータを入手したとは認められず,その入手方法が著しく反社会的であると認めるに足りる事情もない。

 

【証拠能力に関する判断のまとめ】

 このように、裁判所は、住居侵入、不正ログインの主張についていずれも認めず、結果として問題となったLINEデータの証拠能力を認めました。

 

 このうち住居侵入については、住居侵入の故意があったとまでは言い切れないのではないか(本人の認識)という点や、原告が以前に渡された鍵を使って入ったという事情(立入の態様)を考慮して、立ち入りは著しく反社会的な方法ではないと判断しています。 

 

 また、不正ログインについては、二重のパスワードを突破することができる可能性は低いことや、パスワードを知っていればわざわざ別荘に入る必要がないこと、データ入手後の弁護士へのメール内容といった事情を総合し、不正ログインがあったとは言えないという事実認定がなされています。

 

 以上のとおり、本件は具体的な事実関係をもとに証拠能力が認められましたが、仮に住居侵入や不正ログインがあったという認定だった場合、証拠能力が否定された可能性があった事案と思われます。

 

信用性に関する判断

 

 次に,証拠としての信用性について、裁判所は以下のように判断してLINEデータが被告と配偶者とのやりとりであることを認め、記載内容の正確性についても認めました。

 

 ・被告の主張 

①LINEデータがテキストデータであり、ねつ造ないし改ざんが可能である

 

②LINEデータの一部はやり取りの相手が「Unknown」となっており、その相手が被告かどうかも疑わしい

 

 ・裁判所の判断 

①被告は,平成26年のある時期から毎日のようにLINEのやり取りをするようになったと供述しているが,LINEデータはその期間に対応していて、やりとりもほぼ毎日であること(供述と証拠の整合性)

 

②被告自身,細かい部分はともかくLINEデータにあるようなやり取りをしたことはあった旨供述していること

 

③やり取りの相手が「Unknown」となっている部分においても、いたる所で被告の名前に相当する名称が記載されていること

 

④LINEデータには、原告が知り得ない被告の子の名前や愛称、被告の知り合いの名前が記載されていること

 

⑤LINEデータが約3か月半に及ぶ期間のほぼ毎日の膨大なやり取りのデータである(A4用紙で147頁分)ことからすれば、一から作成することはもとより、つじつまを合わせながら原告に都合が良いように改変することも極めて困難であること

 

⑥被告が具体的な改変箇所を一箇所も指摘していないこと

 

→①~④の事情からすれば、LINEデータは原告の配偶者と被告との間のやりとりと認められ、⑤⑥の事情からすればLINEデータの正確性は担保されていると認められる

 

証拠収集は慎重に行う必要がある

 本判決では、民事訴訟における証拠能力が制限される場合について一般的な基準を示していますが、その判断内容自体は特段目新しいものではなく、住居侵入や不正アクセス禁止法違反など刑事上罰せられるような行為によって取得した証拠については証拠能力が否定される可能性があります。

 

 不正アクセスの点について、本件ではLINEデータの取得時にパソコンとアカウントがログイン状態にあったかどうか(=IDとパスワードを入力してログインしたかどうか)が争点となりましたが、この判決は具体的な事実関係から不正ログインの主張を排斥したものにすぎませんので、事案が異なれば証拠能力が認められるとは限りません。

 

 少なくとも、今回ご紹介したように、実際の裁判で集めた証拠の証拠能力が問題とされるケースがあることは事実ですので、慰謝料請求などを考えて証拠を集める場合にはやり方を工夫する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年5月21日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

協議離婚と公正証書

 

 離婚の手続には、大きく分けると、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の3種類がありますが、このうち、世の中で最も利用されているのは協議離婚です。

 

 協議離婚が広く利用されるのは費用や時間の点からみて他の2つよりもコストパフォーマンスに優れているからですが、場合によっては協議内容を「公正証書」の形にしておくことが望ましいことがあります。

 

 そこで今回は、協議離婚と公正証書について詳しくお話ししてみたいと思います。

 

離婚で公正証書を作るメリット

金銭の支払いについて強制執行できる

 

 離婚協議書を公正証書としておくことのメリットとしてよく言われるのは、金銭の支払いについて強制執行できるという点です。

 

 養育費・財産分与・慰謝料など一定の金銭の支払いを合意する場合、不払いがあっても当事者間での離婚協議書だけでは強制執行することができず、強制執行に着手する前に別途裁判所の手続きが必要になりますが、これをいちいち踏まなくても良くなるのが一番のメリットです。

 

 【強制執行認諾文言が必要】 

 もっとも、公正証書であれば必ず強制執行できるわけではなく、公正証書の中に、約束違反があった場合には直ちに強制執行されても異議はない旨の文言を盛り込む必要があります(これを「強制執行認諾文言」と言います)。

 

単独で登記手続はできないが、公正証書にする意味はある

 

 財産分与として不動産の名義を変更することがありますが、これを公正証書の形で合意しても単独で名義変更することはできず、元夫婦が共同して申請する必要があります。

 

 そのため、相手が約束を守らなかった場合は公正証書によって登記手続はできませんので訴訟によって名義変更を求めることになります。

 

 そうすると、不動産の財産分与を公正証書にしておく意味はないと思われるかもしれませんが、公正証書は公証人が当事者の意思を確認して作成するものであり一般的に信用性の高い文書とみなされているため、裁判になったとしても脅迫があったなどと争うことは難しく、そのような争いを防ぐうえで公正証書にしておく意味はあります。

 

年金分割に使うことができる

 

 また、年金分割を求める場合にも公正証書を作る意味はあります。

 

 年金分割をするにはいくつか方法があり、①年金事務所等に双方が出向いて手続きをする方法、②年金分割に関する合意書に公証人の認証をもらい、これを用いる方法、③年金分割の合意を公正証書にする方法、④裁判所の調停・審判を行い、調停調書や審判書で手続きをする方法、があります。

 

 公正証書はこの4つの方法のうちの1つであり、離婚協議書を公正証書の形にするときに盛り込むことが多いやり方です。

 

紛争の蒸し返しを防止することが期待できる

 

 離婚は感情的な問題が絡むため、ケースによっては離婚が成立した後もトラブルに発展することがありますが、公正証書によって離婚条件を明確にし、公正証書に記載したもの以外は互いに請求しないという条項(清算条項)を盛り込むくことにより、少なくとも経済的な側面(財産分与や慰謝料など)については解決が図られ、追加請求などのトラブルを防ぐ効果が期待できます。

 

 当事者間での離婚協議書でもそのような効果はありますが、無理矢理合意させられた等といった理由で協議書の効力を争われることもあり、あらかじめ信用性の高い公正証書にしておくことでそのような争いを防げる可能性が高まります。

 

よくある誤解

 このように、公正証書にはメリットがある一方、決して万能ではなく、公正証書について以下のような誤解をなさっている方もいらっしゃいます。

 

面会交流の強制執行はできない

 

 先ほど述べたとおり、公正証書で強制執行できるのは金銭の支払いに関するものであるため、公正証書で面会交流についての取り決めをし、これが果たされなかったとしても強制執行はできません。

 

強制執行そのものは裁判所での申立が必要

 

 これもよくある誤解ですが、公正証書を作成したからといって、不払いの場合に強制執行(差押え)が自動的にされるというわけではなく、差し押さえる財産を調査し、別途裁判所に対して強制執行の申立をしなければなりません(これは調停や裁判でも同じです)。

 

 ただ、全く文書がなかったり、当事者間で作った離婚協議書だけしかないという場合には、強制執行の前段階として裁判所での手続が必要になるため、先ほど述べたとおりここを省けるというのが公正証書の意味となります。

 

不動産について単独で名義変更できない

 

 これは先ほどお話ししたとおりです。

 

公正証書で取り決めた内容を変更することはできるのか?

 このように、公正証書には強い効力が認められますが、一旦、公正証書で取り決めた内容を後で変更することはできるのでしょうか?

 

・一方的な変更は難しい

 

 先ほど述べたとおり、公正証書は信用性の高い文書とされていますので、詐欺や強迫などがあったとして後で内容を争うのは困難です。

 

・当事者が合意してやり直すことは可能

 

 他方で、当事者が改めて合意し直して内容を変更することは可能です。

 

 ただし、財産が一旦移転してしまった場合、これを再度移動するとなると、単なる贈与であると見なされて税金問題が生じる可能性もあるため、多額の財産移動があった場合には注意が必要と思われます。

 

 これに対して、養育費について将来支払われる金額を合意で変更するのは特段問題ありません。

 

・養育費は事情変更によって変更されることはある

 

 また、当事者間で合意ができなかった場合でも、養育費については、公正証書作成後の事情変更によって金額が変更される場合があります(東京高裁平成28年7月8日決定)。

 

 たとえば、養育費を受け取る側が再婚し、再婚相手と子どもを養子縁組させた場合や、支払う側の収入が大幅に減ってしまったような場合などには、公正証書で取り決めた金額が変わる可能性があります。

 

公正証書は必ず作った方が良いのか?

 以上のように、公正証書には限界はあるものの、夫婦双方に一定のメリットがあります。

 

 もっとも、公正証書は必ず作らなければならないものではありませんので、たとえば子どもがおらず、財産分与・慰謝料・年金分割等も問題にならないのであれば作る必要はありません。

 

 また、双方が冷静に話し合いができ、相手の人格や社会的地位等から約束を守ることが期待できる場合や、双方に弁護士がついて協議を行い、支払いも1回で済むようなシンプルなケースであれば、当事者間での離婚協議書の作成にとどめておくことも考えられます。

 

 離婚を進めるには、単に条件をどうするかというだけではなく、その条件をきちんと守らせるにはどうしたらよいか、離婚が成立した後のトラブルを避けるにはどういう取り決めにしたら良いかなどいろいろな検討事項があり、公正証書を作るべきかどうかも人によって異なります。

 

 また、公正証書は当事者間での離婚協議書よりも強い効力が認められているため、一旦合意した後で内容を覆すのは困難な場合が多いため、公正証書を作るかどうか迷った場合には、男女問わず弁護士への相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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2020年5月20日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

給与ファクタリングを巡る状況について

 

 近時、報道などで触れる機会が多くなってきたものとして「給与ファクタリング」(給料ファクタリング)というものがあります。

 

 今回は、「給与ファクタリング」というものがどんなもので、いったい何が問題になっているのかについてお話ししたいと思います。

 

給与ファクタリングとは?

 そもそも「ファクタリング」とは、企業がその保有する売掛債権を譲渡することによって資金調達を行い、買取業者は買い取った債権を回収する仕組みであるとされ、企業は本来の支払期限前に資金を手元にすることができ、買取業者側は支出した代金を超える金額を回収できるため双方ともに経済的メリットがある仕組みであると説明されます。

 

 給与ファクタリングは、このようなファクタリングの仕組を応用し、その対象とする債権を労働者の給料とする点に特徴がありますが、具体的には、資金を必要とする労働者が支払期限前の給料をファクタリング業者に売却し、その後、労働者は勤務先から受領した給料からファクタリング業者に譲渡した分の金額を支払うというやり方がなされるようです(労働基準法第24条1項により、業者は直接使用者に支払いを請求することができないとされているため、必然的にそのような仕組みになります)。

 

 たとえば、給料20万円が月末に入るとして、そのうち10万円分を給与ファクタリング業者に譲渡し、その対価として8万円を受け取ったとすると、労働者は月末に支給された20万円から10万円を業者に支払うというやり方になります(これにより業者は8万円を渡して10万円を受け取るため、2万円の利益を得ることになります)。

 

問題点として指摘されているもの

 このような給与ファクタリングについては、形式上は債権譲渡の仕組みが取られていますが、先ほどの例でいえば8万円の貸し付けを受け、利息込で10万円を返済しているのと同じであるため、実質的には貸金に該当し、貸金業法や出資法・利息制限法の適用があるのではないかという点が問題視されています。

 

 仮に給与ファクタリングが貸金だとすると、これを取り扱う業者には貸金業の登録義務があり、また、金利規制の適用もありますが、報道によれば給与ファクタリング業者が得ることになる経済的利益を利率換算すると超高金利になる場合が多いとのことであるため、そのような取引は違法ではないか、という点も指摘されています。

 

金融庁の見解

 金融庁は、労働者が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、その労働者を通じて資金の回収を行うという仕組みが貸金業に該当するかどうかという点について、一般的な法令解釈に係る書面照会手続における回答として、本年3月5日、以下のような見解を示しました。

 

「個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権について、労働者が賃金の支払を受ける前にそれを他に譲渡した場合においても、その支払については労働基準法(昭和22 年法律第 49 号)第 24 条第1項が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、その賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないとの同法の解釈を前提とすると、照会に係るスキーム(個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うこと。)においては、いかなる場合であっても賃金債権の譲受人が自ら使用者に対してその支払を求めることはできず、賃金債権の譲受人は、常に労働者に対してその支払を求めることとなると考えられる。そのため、照会に係るスキームにおいては、賃金債権の譲受人から労働者への金銭の交付だけでなく、賃金債権の譲受人による労働者からの資金の回収を含めた資金移転のシステムが構築されているということができ、当該スキームは、経済的に貸付け(金銭の交付と返還の約束が行われているもの。)と同様の機能を有しているものと考えられることから、貸金業法(昭和 58 年法律第 32 号)第2条第1項の「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」に該当すると考えられる。したがって、照会に係るスキームを業として行うものは、同項の「貸金業」に該当すると考えられる。」

 

東京地裁令和2年3月24日判決

 また、まだ原典にはあたれていませんが、東京地裁において、給与ファクタリングは経済的には貸付による金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものであり、債権譲渡代金として交付された金銭は貸付に該当するため貸金業法や出資法の適用があるとして,実質的な利率が貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するため取引は無効である、という判決が下されたようです。

 

集団訴訟の提起

 さらに、本年5月13日、給与ファクタリングの利用者が、給与ファクタリング業者との取引が貸金に該当することを前提に、支払った金額の返還を求める集団訴訟を提起したという報道がありました。

 

 このように、給与ファクタリングについては、貸金であることを前提とした規制当局の判断やこれを追認する司法判断が出始めており、集団訴訟の提起もなされるなど問題点が顕在化している状況にあります。

 

 給与ファクタリングが貸金に該当するかどうかは今後の司法判断の積み重ねによって定着していくことになると思いますが、貸金であるかどうかを一先ず措いても、少なくとも経済的に見た場合には高金利での借入と同様の負担となるものが多いと思われるため、利用すればするほど経済的に困窮していく結果になりかねないものと思われます。

 

 給与ファクタリングの背景としては生活困窮や多重債務など様々な要因が考えられますが、生活困窮であれば相談支援機関の活用、多重債務の解決であれば弁護士等の専門家の支援が可能ですので、そのような窓口への相談をご検討いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

(2020.7.29追記)

 報道によれば、大阪府警が給与ファクタリング業者を貸金業法違反(無登録営業)の被疑義実で逮捕したようです。最終的な処分がどうなるか不明ですが、仮に起訴された場合には、給与ファクタリングに対する司法判断がより明確になるものと思われます。

 

(2021.2.12追記)

 報道によると、大阪地裁は2月9日付で、給与ファクタリングの実質的経営者について有罪判決を下した模様です(昨年7月に逮捕報道があった事案と同一事案かは報道からは不明)。

 また、同日、東京地裁では、給与ファクタリングが貸金業にあたるとして業者側に返還を命じる判決を下したとの報道もありました。

 

2020年5月16日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

特別定額給付金・子育て世帯臨時特別給付金と差押・自己破産

 

 新型コロナウイルス感染症が市民生活に大きな影響を与えていることに鑑み、各地で特別定額給付金と子育て世帯臨時特別給付金の支給手続が始まっています。

 今回は、このような特別定額給付金・臨時特別給付金が差押えや自己破産との関係でどのように取り扱われる可能性があるのかについてお話ししたいと思います。

 

特別定額給付金・臨時特別給付金は差押禁止財産=自由財産

 本年4月30日、「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律」が公布、施行されました。

 この法律によれば、以下の2つは差押が禁止されますが、差押えが禁止されるということは破産手続上も処分を必要としない「自由財産」として扱われるということですので、この2つは自己破産をしても処分されることはありません(個人再生手続における最低弁済額の算出のための清算価値にも含まれないと思われます)。

 

 ①国民一人当たり一律10万円の特別定額給付金 

 

 ②児童手当を受給する世帯に対し,児童一人当たり1万円を上乗せする子育て世帯臨時特別給付金 

 

受給権だけではなく、実際に交付された金銭も差押えが禁止される

 この法律では、支給を受ける前の段階の権利(受給権)だけではなく、支給された後の金銭についても差押えが禁止されています。

 そのため、既にお金を受け取っている人であっても差押えや破産によってこれらの給付金を処分されることはありません。

 

預金としての保管には注意が必要

 以上のように、特別定額給付金と子育て世帯臨時特別給付金は差押えが禁止されますが、既に支給を受けて口座に振り込まれると預金債権に転化します。

 差押禁止債権が預金債権に転化した場合、差押禁止債権としての性質を受け継がないのが原則であるというのが裁判所の考え方であり、給付金を預金として保管している場合には口座の差押えという形で不利益を受ける危険性がありますので、リスクを減らすには現金で保有しておくのが無難と思われます。

 

万が一給付金が入った口座が差し押さえられてしまったら?

 とはいえ、10万円から数十万円ものお金を現金で持っているのは難しい場合もあり、預金として保管せざるを得ない方も多いと思います。

 もし、給付金の入っている口座の差押えが行われてしまった場合には、「差押禁止債権の範囲変更の申立」を行い、預金の原資が給付金であることを立証することによって事後的に差押えを免れることができる可能性があります。

 もっとも、一旦給付金が口座に入金され、その後、給料など他の収入と混じり合ってしまった場合には、どこまでが給付金なのか分からなくなってしまうことがあり、このことが理由で変更の申立が認められなくなる可能性もありますので、口座に保管せざるを得ないという場合には、せめて、他に収入が入らない口座に入れておくことが望ましいと思います。

 

差押債権者が税務署や自治体の場合

 これに対して、差押えを行ったのが一般債権者ではなく税務署や自治体などの場合、差押禁止債権の範囲変更の手続きは利用できません。

 万が一このようなことがあった場合には、過去に本HPでご紹介した裁判例に基づき滞納処分は違法であるとして争う余地も残されているとは思いますが、そもそも一旦滞納処分がなされた後で交渉などするにしても時間がかかり、本当に必要なときに使えないというデメリットが大きすぎますので、やはり現金での保有が無難であると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

自衛官の若年定年退職者給付金と財産分与

 

 財産分与の対象となり得るものとして退職金がありますが、退職金に似たものとして財産分与の対象となるかどうかが問題になることがあるものとして、自衛官の退職後に支給される「若年定年退職者給付金」というものがあります。

 

 あまり一般的なお話ではありませんが、この点については参考になる文献等が乏しいため、自衛官の方と配偶者の方との間でこの点が問題となった場合の一助になるよう、今回は若年定年退職者給付金と財産分与をテーマに取り上げてみたいと思います。

 

若年定年退職者給付金とは?

 

 若年定年退職者給付金とは、自衛官が通常の公務員や私企業に勤める方に比べて大幅に若年で定年を迎えることから、早期退官による収入減少がもたらす隊員の生活不安を解消し、優秀な自衛官を確保するという政策的な目的に基づき給付されるものです(法的根拠は防衛省の職員の給与等に関する法律第27条の2ないし16)。

 

なにが問題か?

 

 このように若年定年退職者給付金は、いわゆる通常の退職金とは異なる趣旨・目的のもと政策的に支給されるものであるため財産分与の対象になるのか、というのが問題の所在です。

 

若年定年退職者給付金が財産分与の対象となるかどうかについて確定的な見解はない

 

 この問題を考える上では、そもそも退職金がなぜ財産分与の対象になるかという点から考える必要があると思いますが、退職金が財産分与の対象となるのは、これが過去の労働の対価の後払いとしての性質を有し、そのような過去の労働部分について、他方配偶者には財産形成上の貢献が認められるからとされています。

 

 そうすると、若年定年退職者給付金が財産分与の対象となるかどうかは、この給付金が過去の労働の対価としての性質を有するかどうかという観点から検討していくことが有効なアプローチであると思われますが、この給付金には以下のような特徴があります。

 

・若年定年退職者給付金は、若年定年制から生じる他の労働者との収入の格差という不利益を補い、優秀な隊員を確保するという政策目的で給付されるものであること

 

・退職後の収入水準によっては、返納や支給調整があること

 

 上記のとおり、自衛官は若年定年制によって他の労働者との間で将来の収入格差が生じる可能性があるため、そのような経済的格差の発生を政策的に補うものであることや、若年定年退職者給付金が過去の対価としての性質を有しているならば退職後の収入水準と連動させる必要はなく過去の勤務実績に応じて支給すれば足りることからすると、個人的には当該給付金が過去の労働の対価としての性質を有するというのは違和感を覚えます。

 

 したがって、退職金が財産分与の対象となる根拠を過去の労働の対価であるという退職金の性質論に求め、若年定年退職者給付金がこれと同視できるかどうかという点を判断要素とするならば、財産分与の対象にはならないという結論につながっていくと考えます。

 

 他方で、若年定年退職者給付金は自衛官の地位にあったことに基づき支給されるものであり、過去の労働に対して配偶者が貢献した結果、定年時に給付金を得られる地位を得るに至ったと評価したうえで、そのような自衛官たる地位の維持に対する貢献があれば十分であると考えるならば、当該給付金が財産分与の対象になるとの解釈も成り立ち得るように思われます。

 

 もっとも、地位や資格については、その取得に配偶者が貢献した場合でもそれ自体を財産分与の対象とすることはできないという見解もあり(東京地裁平成19年3月28日判決・・・医師免許、認定医の資格及び博士号の各取得について寄与があり、これらの資格、地位を無形の財産と評価して分与対象とすべきとの主張について、分与対象財産はないとして排斥したもの)、自衛官という地位の維持について貢献があることを根拠に給付金が財産分与の対象となるとの結論にも疑問は残ります。

 

 私自身は実際に接したことはありませんが、この論点については肯定・否定両方の裁判例があるようであり、そうすると、財産分与を求める側、求められた側のどちらであっても若年定年退職者給付金の取り扱いについては簡単に結論が出ない可能性があることを踏まえた上で協議等を進める必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

弁護士費用特約の使い方~交通事故⑰~

 

 交通事故に遭って弁護士に相談や依頼をしたいという場合、ご自分の自動車保険に「弁護士費用特約」がついていると、一定の限度ではあるものの法律相談料と弁護士費用を保険金で賄うことができます(標準的なものだと法律相談は10万円、弁護士費用は300万円が上限になっています)。

 

 もっとも、弁護士費用特約については、念のため加入したものの実際に使ったことがない方が一般的であり、いざ使おうと思ったときにはどうやって使ったら良いかわからないということが多いと思いますので、今回はこの点についてお話しします。

 

STEP1 保険証券や保険会社に確認する

 

 ご自分の保険に弁護士費用特約が付いているかどうかは保険証券に記載してありますので、保険証券を確認する方法が考えられます。

 

 もっとも、交通事故に遭った場合、取り急ぎ自分の加入する保険会社に連絡することが一般的ですので、わざわざ保険証券を見なくても、保険会社に電話などで確認すれば特約加入の有無はわかります。

 

STEP2 弁護士を探す

 

 弁護士費用特約に加入していた場合、次にするのは弁護士を探すことです。

 

 弁護士を探す方法としては大きく分けて2つあり、①1つは加入する保険会社や加入した際の保険代理店を通じて探してもらう方法、②もう1つは自分で探す方法です。

 

 どちらが良いかは一概には言い難く、探す手間が省けるという意味では前者ですが、自分に合う弁護士を自分で探したい場合には後者を選ぶことになります。

 

 

保険会社や代理店に紹介を依頼する場合

保険会社を通じて弁護士を探してもらう場合、保険会社が顧問先や知り合いの弁護士を直接紹介するパターンと、弁護士会のリーガル・アクセス・センター(通称LAC)という組織に弁護士の選任を任せるパターンの2種類があります。

 

心情的に保険会社と普段から付き合いのある弁護士への依頼が気になるときは、保険会社にその弁護士との関係を聞いてみるか、あらかじめLACルートでの弁護士探しを依頼することが考えられます。

 

また、保険会社に紹介を依頼すると紹介されるのはその保険会社と関係のある弁護士になりますが、保険代理店の場合は複数の会社の保険を扱っていることがあり、その関係で弁護士も複数知っていることがありますので、保険会社ではなく保険代理店に相談してみるのも一つの方法です。

自分で弁護士を探す場合

自分で探す場合、どうやって弁護士にアクセスしたら良いか分からないこともあると思いますが、HPなどの普及によって弁護士を探すことは以前よりも容易に探すことができるようになっています。

 

最近では自分の取扱分野を積極的に発信する弁護士も増え、交通事故をメイン業務としている事務所もあるようですので、自分で弁護士を探す場合はそのような情報をもとに比較検討して相談に行くことが考えられます(当事務所でも直接HPを見て相談に来られる方がいらっしゃいます)。

 

なお、この点に関する誤解として、弁護士費用特約は保険会社が選んだ弁護士しか使えないというものがありますが、先ほど述べたとおり基本的にそのようなことはありません。

 

ただし、各保険会社の約款には、弁護士費用特約の利用には保険会社の承認が必要であるという定めがありますので、自分で探す場合にはあらかじめ保険会社に相談し、了解を得ておくことは必要です。

 

使えない場合もある(免責)

 

 弁護士費用特約は交通事故の被害者にとっては使い勝手の良い保険ですが、故意・重過失(=故意に匹敵するほどの重大な過失)がある場合や酒気帯び・無免許など一定の場合には使えないことがあり(=免責)、保険会社によっては車検証に「事業用」と記載されている自動車での事故は対象外となっているところもあります。

 

 具体的にどのような場合に使えないのかは各保険会社のHPや約款に記載されていますが、知らない人同士での通常の交通事故であれば使えるケースの方が多いと思いますし、無過失の場合しか使えないとかケガが重い場合にしか使えないなどということもありません(当職自身、過失事案や少額事案で特約を利用して依頼を受けることがあります)。

 

弁護士費用特約を利用しても保険の等級は下がらない

 

 弁護士費用特約を利用しでも保険等級は下がらず、翌年の保険料は値上がりしませんので、特約を利用する際に保険料の増額を気にする必要はありません。

 

 以上の通り、弁護士費用特約に加入している方は弁護士費用の負担を軽くしながらアドバイスを受けたり適正な賠償を求めることが可能になりますので、交通事故に遭ってしまった場合にはこの特約がついていないかを一度確認していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

交通事故の慰謝料が増額される場合とは?~交通事故⑦・慰謝料の増額事由~

 

 交通事故賠償の分野においては、慰謝料の計算方法や金額がある程度定型化されています。

 

 しかし、このような慰謝料の計算はいわば標準的な事案を前提としたものですから、例外的に一定のケースでは慰謝料が増額されることがあります。

 

 そこで、今回は、慰謝料の増額事由としてどのようなものがあるかについて説明したいと思います。

 

加害者が悪質な場合

 

 交通事故の慰謝料は事故によって受けた被害者の精神的苦痛を償うものですから、加害者が悪質なために被害者の精神的苦痛が強ければ、その分、償いとしての慰謝料も増えると考えられます。

 

 具体的な増額事由としては、たとえば、以下のようなものがあります。

 

 なお、ここで紹介する事情があったことは被害者側で立証する必要があり、また、一部の事情については増額をしなかった裁判例もあるようですので、必ず増額されるとまで言い切れないことには注意が必要です。

 

増額事由の一例

①加害者が故意に事故を起こした場合

 

②加害者に重過失がある場合

・無免許運転

・ひき逃げ(救護義務違反)

・飲酒運転

・著しいスピード違反

・ことさらに信号を無視した場合

・薬物などの影響により正常な運転ができない状態だった場合 など

 

③事故後の加害者の態度が著しく不誠実だった場合

・事故の証拠を隠滅した

・虚偽の供述や不合理な主張をして事故の責任を争った など

 

2一部の後遺障害で逸失利益が否定された場合

 

 先ほど述べたように被害者の悪質性が高いような場合以外でも、以下のような一部の後遺障害について「逸失利益」(=後遺障害によって失われた利益)が否定された場合、その代わりに慰謝料が増額されることがあります。

 

増額事由の一例

①歯牙障害

 

②醜状障害(外貌醜状)

 

骨の変形障害

 

・増額の幅と具体例

 

 これまで述べたような慰謝料の増額事由がある場合でも、どの程度増額されるのかは裁判官の裁量的な判断による部分であり、また、後遺障害の事案では逸失利益を認めるかどうかにもかかわってくるため、一定の基準があるわけではありません。

 

 そのため、ここでは参考としていくつかの裁判例を紹介するにとどめます。

 

【加害者が悪質な場合】

・酒気帯び運転の事案(福岡地判平成28年11月9日)

 入院60日、通院約4ヶ月半(実通院日数55日)、後遺障害等級12級13号だった事案について、入通院慰謝料を185万円(赤い本の基準で計算すると概ね170万円前後)、後遺障害慰謝料について315万円(赤い本の基準では290万円)とした。

 

・故意に車両を発進させて被害者に接触し、ボンネットに載せたまま走行して路上に転倒させ、さらに事故後逃走した事案(京都地判平成21年6月24日)

 通院76日だった事案について、通院慰謝料を130万円とした(赤い本の基準で計算すると概ね63万円程度)。

 

・加害者が高速道路において、猛スピードで車線変更をして追越車線上のトラックを左から追い越そうとした際に、走行車線を走行していたバイクに追突して死亡事故を起こした事案(被害者:25歳・独身・男性 静岡地裁浜松支判平成20年9月30日)

 加害者の過失が重大であること、加害者が反省の色をまったく示そうとせず、刑事裁判で約束した写経や月命日の訪問といった謝罪行為を反故にしたことなどを指摘し、死亡による慰謝料を2800万円とした(赤い本の基準では2000~2500万円の範囲)。

 

【後遺障害で逸失利益が否定され、慰謝料の増額が問題となったケース(一例)】

・外貌醜状の事案

【東京地判平成28年12月16日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女性の後遺障害慰謝料について、830万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

【京都地判平成29年2月15日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女児の後遺障害慰謝料について、870万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

【名古屋地裁一宮支判平成30年3月16日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状(額の生え際付近)が残った男児の後遺障害慰謝料について、基準通り690万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

・歯牙障害の事案(大阪地判平成28年5月27日)

 歯に後遺障害等級14級2号の歯牙障害が残った女性の後遺障害慰謝料について、150万円とした(赤い本の基準では110万円)。

 

・骨盤変形の事案(名古屋地判平成15年12月19日)

 骨盤変形等で後遺障害等級12級5号の障害が残った男性の後遺障害慰謝料について、600万円とした(赤い本の基準では290万円)。

 

・上記のような特殊な増額事由がなくても、交渉や裁判によって慰謝料が増える場合があることに注意

 

 厳密に言えば慰謝料の増額事由ではありませんが、そもそも保険会社が提示してきた入通院に対する慰謝料と後遺障害に対する慰謝料が不相当に低いケースが多く見られます。

 

 このようなケースが起きるのは、保険会社がいわゆる裁判基準ではなく自社基準によって交渉をするためですが、弁護士が介入することでそれぞれの金額が増額されることも良くあります。

 

 

 交通事故に遭われた被害者やご遺族の方が、自分達のケースで妥当な慰謝料がいくらかを判断したり示談交渉することは容易ではなく、特に、今回お話したような増額事由がある場合にはなおさらと思われます。

 

 今回お話ししたとおり、加害者側の対応に問題があったり後遺障害について逸失利益を認めないという対応をされたときは慰謝料の増額事由を主張することが有益な場合がありますし、そもそもはじめから提示額が不相当に低い場合もありますので、少なくとも、示談の提示があった段階で一度は弁護士に相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

参考

【関連するコラム】

「交通事故で入院・通院した場合の慰謝料の計算と注意点~交通事故②・入通院慰謝料~」

「後遺障害に対する慰謝料の計算方法は?~交通事故③・後遺障害慰謝料~」

 

【死亡事案の場合の慰謝料の目安(赤い本)】

・一家の支柱  2800万円

・母親・配偶者 2500万円(H28以降) 

・その他    2000~2500万円(H28年以降)

 

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2度目の自己破産で免責を受けることはできるのか~自己破産⑩~

 

 ご相談を受けていると、過去に自己破産をしているが、2度目の自己破産を考えているというケースに出会うことがあります。

 

 では、一度破産している方が、改めて自己破産して免責を受けることはできるのでしょうか?

 

免責決定の確定から7年以内だと原則として免責は受けられない

 法律上、免責決定が確定してから7年以内であることが免責不許可事由とされているため(破産法第252条1項10号イ)、その期間内だと原則として2度目の免責は認められません。

 

 もっとも、再び破産しなければならなくなった理由がやむを得ないものである場合、たとえば病気や会社の倒産で失職したため生活のために借りざるを得なかったような場合には、例外的に2度目の免責が認められることもあり得ます。

 

 ただし、原則として認められないところを例外的に認めてもらおうということですから、本当にやむを得ない事情があるかどうかを慎重に判断するため、裁判所から破産管財人をつけてくださいと言われる可能性は高く、自己破産するための費用が余分にかかることは覚悟が必要です。

 

7年以上経過している場合には免責不許可事由にあたらないが、厳しく見られる傾向がある

 以上に対して、一度目の破産から7年が経過している場合には、法的には免責不許可事由にはあたりません。

 

 もっとも、過去に破産をしているにもかかわらず再び破産する場合には、家計管理などに何らかの問題があるのではないかとみられ、法的には免責不許可事由に該当しないものの、調査のため破産管財人の選任を求められる場合が多くあります。

 

 他方で、2度目の破産に至った事情がやむを得ないものであり、一度目の破産から相当の期間が経過しているようなケースでは、破産管財人をつけないで免責を受けることができたということもありましたので、この点はケースバイケースです。

 

 このように、一口に2度目の破産と言っても様々な事情があるため、必ず免責が受けられる、受けられないと述べることはできませんが、上記のとおり事情によっては認められる余地はありますし、仮に免責が認められない場合でも任意整理や個人再生など他の債務整理の方法によって解決できる場合もありますので、迷われた場合には専門家にご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

生活保護と自己破産について~自己破産⑨~

 

 失業、病気等により収入が減少し、借金の支払いはおろか、当面の生活すら困難となる場合がありますが、このような状態に陥った場合、生活の維持と借金の整理という2つの大きな問題に挟まれ、どうやって解決したらいいか途方に暮れてしまう方もいらっしゃいます。

 

 今回は、そのような状況に陥った場合に取り得る選択肢の一つとして、生活保護と自己破産の関係についてお話してみたいと思います。

 

生活保護を受けてから自己破産をすることはできる

 そもそも、生活保護を受けている方が自己破産できるのか、と疑問に思われる方もいらっしゃいますが、自己破産をすることは問題なく、むしろ、生活保護を受給する方に支払えないほどの借金がある場合には、保護費を支払いに充てることは望ましくないため、自己破産が適当です。

 

自己破産をした人も生活保護を受けられる

 逆に、自己破産した人は生活保護すら受けられないのではないかと言われる方もいますが、これも誤解であり、自己破産をしたから生活保護を受けられないということはありません。

 

順番は生活保護→自己破産の方が良い

 では、生活保護と自己破産が両立するとして、どちらを先にすれば良いのかというと、この点は生活保護を先に受給した方が良いと思います。

 

 というのも、生活保護を受給している場合、法テラスを利用して弁護士に自己破産の手続を依頼する際、法テラスが立て替える弁護士費用と申立費用実費の返還が事件終了まで猶予され、さらに、法テラスに免除申請をすることでこれらの支払いをしなくてもよくなる場合があるためです(ただし、必ず免除になるわけではなく、最終的には法テラスの判断になります)。

 

 それ以外にも、何らかの事情(免責不許可事由がある、売却できない不動産の共有持分があるなど)によって破産管財人の選任が必要になった場合、20万円を上限に法テラスが破産管財人の費用も立て替えてくれ、これも猶予や免除の対象になりうるというのも大きなメリットです。

 

 このように、生活保護を受給している状態で自己破産の手続を行うことにはメリットがありますので、債務整理とは別に生活再建にも同時に取り組まなければならない状態となった場合には、今回ご紹介した方法を前向きに検討していただきたいと思います。

 

借金問題で生活保護や自己破産を考えた場合、どこに相談したらよいか?

 では、生活が成り立たないため生活保護を考えたい、また、自己破産も検討しているという場合、どこに相談したらよいでしょうか?

 

 この点については、住居確保給付金や生活保護等の各種制度への繋ぎ、再就職に向けた就労支援など、生活上の困りごとについて幅広く相談できる窓口として、各地に自立相談支援機関というものがあります。

 

 盛岡市であれば、盛岡市くらしの相談支援室がこの自立相談支援機関となっていますが、具体的にご自分の地域でどこが相談窓口になっているかは各自治体のホームページに記載されていますので、相談を検討するときには確認していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

財産分与をやり直すことはできるか?

 

 離婚の際に財産分与の合意をしたが、いろいろな事情によってやり直したいというご相談を受けることがあります。

 では、このようなやり直しは可能なのか、というのが今回のテーマです。

 

当事者で合意してやり直すことは可能

 まず、当事者双方が合意によって財産分与をやり直すことは特段禁止されていませんので、この場合は可能です。

 ただし、すでに財産の移転がなされた後に改めて財産の移動があった場合、財産分与としての資産移動ではなく元夫婦の間における単なる贈与であると判断され、課税される可能性があり得ます(遺産分割協議のやり直しでも同じ問題があります。)ので、そのようなやり直しをする場合には事前に税理士に相談しておくのが無難です。

 

相手が約束を守らない場合に合意を解除できるか?

 それでは、いったん取り決めた財産分与の内容を相手が守らなかった場合、その財産分与の合意について債務不履行を理由に解除し、やり直すことはできるでしょうか?

 通常、財産分与の約束を守らない場合には訴訟や強制執行により解決を図ることになりますが、たとえば、早期にまとまった財産を受領することを優先し、本来もらえるはずだった内容よりも大幅に減額した内容で財産分与の合意をしたような場合には、合意自体をなかったことにしたいというニーズがあるため問題となります。

 この点については、調べた範囲ではこれを認める見解もあるものの、下級審ですが以下のように否定した裁判例がありましたので紹介します。

 

福島地裁昭和49年2月22日判決

「財産分与契約は、身分法上の法律行為であり、夫婦財産関係の清算と離婚後の扶養を目的とし、法律によって認められた財産分与請求権の内容を確定するものである。(中略)民法第五四一条による契約解除の制度は、終局的に自己の給付義務を免れることによって取引の自由を回復しようと図るものであるといえるが、このような要請は、財産分与には存しないものと考えられる。なぜならば、財産分与契約の解除を許すとしても、民法第七六八条によって認められた財産分与の義務そのものが消滅するものではなく、財産分与をやり直すことになるだけだからである。そして、複雑な財産分与のやり直しは望ましいことではなく、前記制度の趣旨に鑑み、財産分与の効力の安定を図ることが強く要請されるといわなければならない。このように考えると、財産分与契約につき民法第五四一条による解除は許されないものと解するのが相当である(なお、財産分与の意思表示に錯誤または詐欺・強迫等の瑕疵が存する場合は、別に検討を要するものと考える。)。」

 

合意に錯誤がある場合

 そのほか、財産分与の合意に重要な錯誤があり、その錯誤がなければそのような合意はしなかったといえる場合には、その合意は無効(2020年4月1日以降のものについては取消)の主張が可能であるため、財産分与のやり直しができる場合があります。

 

最高裁平成元年9月14日判決

「上告人において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情かない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、上告人とすれば、前示の錯誤かなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。」

 

※差戻審の東京高等裁判所平成3年3月14日判決では財産分与の錯誤無効が認められました。

 

 上記判決のほか、財産分与の対象財産である株式の価値について錯誤があったとして、裁判上の和解のうち解決金と清算条項を定めた部分を無効としたものもあります(東京地裁18年10月16日判決)。

 

本人の自由意思に基づかない場合

 たとえば、暴力や脅迫などによって相手を支配し、相手の自由意思を奪ったうえで財産分与の合意を結ばせたようなケースの場合は当然ながらそのような合意に効力はありません。

 このようなケースでは、過大な支払義務を課せられるパターンのほか、著しく低額ないしまったく分与をしない内容の合意をさせられるパターンがありますが、前者については以下のような裁判例があります。

 

仙台地裁平成21年2月26日判決

「(中略)本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書は,いずれも,原告が,被告の不貞行為を責める態度に終始し,被告に対する暴力を繰り返し,被告を自己のコントロール下に置いた上で,被告をして原告の指図どおりの内容で本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成させたものであって,被告の自由意思に基づいて作成された文書ではないと認めるのが相当である。したがって,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書に表示された被告の意思表示は,意思表示としての効力を有さず,いずれも無効というべきである。」

 

合意の効力がないことが確定した時点で離婚から2年が経過している場合

 財産分与は離婚から2年以内に請求をする必要があり、これは途中でその期間を止めることができないもの(除斥期間)と考えられています。

 そうすると、財産分与の合意が裁判所で争われ、合意の効力が確定的に否定された時点ですでに2年が経過しているというケースもあり、その場合に改めて財産分与の請求ができるのか、ということが問題となります。

 この点について、先ほど紹介した最高裁判決の差戻審である東京高等裁判所平成3年3月14日判決では、民法161条を類推適用して、除斥期間が経過後も一定期間は財産分与の請求が可能であるとしています。

 

東京高等裁判所平成3年3月14日判決

「本件財産分与契約の錯誤無効が認められた場合には、当事者間で改めて財産分与について協議を行うことになるが、右協議が調わないとき又は協議をすることができないときに家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができるかどうかについては、右請求の除斥期間を離婚の時から二年と定める民法七六八条二項ただし書の規定との関係で疑問がないではない。しかし、右規定の趣旨と、本件事案の下において被控訴人に右協議に代わる処分の請求をあらかじめ行わせることは期待できないことを考えると、時効の停止に関する民法一六一条の規定を類推適用する余地があり、本件財産分与契約の錯誤無効が確定した後に行う右協議に代わる処分の請求が前記除斥期間の定めによって妨げられるものとは解されない。」

 

 なお、民法161条は改正によって猶予される期間が2週間から3か月に変更されており、この東京高裁の見解に従った場合、改正民法施行(2020年4月1日)後に合意したものについては、効力否定から3か月間は時効の完成が猶予されると思われます。

 他方、改正民法が施行される前に合意し、施行後に合意が否定された場合にどちらの期間が適用されるのかは判然としませんので、そのようなレアケースの場合には念のため2週間以内に裁判所に対して財産分与の請求を行っておくのが無難だと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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