特別定額給付金・子育て世帯臨時特別給付金と差押・自己破産

 

 新型コロナウイルス感染症が市民生活に大きな影響を与えていることに鑑み、各地で特別定額給付金と子育て世帯臨時特別給付金の支給手続が始まっています。

 今回は、このような特別定額給付金・臨時特別給付金が差押えや自己破産との関係でどのように取り扱われる可能性があるのかについてお話ししたいと思います。

 

特別定額給付金・臨時特別給付金は差押禁止財産=自由財産

 本年4月30日、「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律」が公布、施行されました。

 この法律によれば、以下の2つは差押が禁止されますが、差押えが禁止されるということは破産手続上も処分を必要としない「自由財産」として扱われるということですので、この2つは自己破産をしても処分されることはありません(個人再生手続における最低弁済額の算出のための清算価値にも含まれないと思われます)。

 

 ①国民一人当たり一律10万円の特別定額給付金 

 

 ②児童手当を受給する世帯に対し,児童一人当たり1万円を上乗せする子育て世帯臨時特別給付金 

 

受給権だけではなく、実際に交付された金銭も差押えが禁止される

 この法律では、支給を受ける前の段階の権利(受給権)だけではなく、支給された後の金銭についても差押えが禁止されています。

 そのため、既にお金を受け取っている人であっても差押えや破産によってこれらの給付金を処分されることはありません。

 

預金としての保管には注意が必要

 以上のように、特別定額給付金と子育て世帯臨時特別給付金は差押えが禁止されますが、既に支給を受けて口座に振り込まれると預金債権に転化します。

 差押禁止債権が預金債権に転化した場合、差押禁止債権としての性質を受け継がないのが原則であるというのが裁判所の考え方であり、給付金を預金として保管している場合には口座の差押えという形で不利益を受ける危険性がありますので、リスクを減らすには現金で保有しておくのが無難と思われます。

 

万が一給付金が入った口座が差し押さえられてしまったら?

 とはいえ、10万円から数十万円ものお金を現金で持っているのは難しい場合もあり、預金として保管せざるを得ない方も多いと思います。

 もし、給付金の入っている口座の差押えが行われてしまった場合には、「差押禁止債権の範囲変更の申立」を行い、預金の原資が給付金であることを立証することによって事後的に差押えを免れることができる可能性があります。

 もっとも、一旦給付金が口座に入金され、その後、給料など他の収入と混じり合ってしまった場合には、どこまでが給付金なのか分からなくなってしまうことがあり、このことが理由で変更の申立が認められなくなる可能性もありますので、口座に保管せざるを得ないという場合には、せめて、他に収入が入らない口座に入れておくことが望ましいと思います。

 

差押債権者が税務署や自治体の場合

 これに対して、差押えを行ったのが一般債権者ではなく税務署や自治体などの場合、差押禁止債権の範囲変更の手続きは利用できません。

 万が一このようなことがあった場合には、過去に本HPでご紹介した裁判例に基づき滞納処分は違法であるとして争う余地も残されているとは思いますが、そもそも一旦滞納処分がなされた後で交渉などするにしても時間がかかり、本当に必要なときに使えないというデメリットが大きすぎますので、やはり現金での保有が無難であると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合・その2(大阪高裁令和元年9月26日判決)

 

 以前のコラムで、年金口座への滞納処分の違法性が問題となった前橋地裁平成30年1月31日判決(→「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」)と、給与口座への滞納処分の違法性が問題となった東京高裁平成30年12月19日判決(→「年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった事例(東京高裁平成30年12月19日判決)」)をご紹介しましたが、これに関連して昨年9月、大阪高裁が給与振込口座への滞納処分を違法であるとして差押金の一部の返還を命じた判決を下しましたので、今回はこの判決を紹介したいと思います。

 

原審:大津地裁平成31年2月7日判決

 大阪高裁判決の原審である大津地裁は、以下のとおり述べ、差押禁止部分を差し押さえることを狙って預金口座を差し押さえた場合には違法になるとした上で、本件では滞納処分が給与振込日から2日後に行われており、その間、被処分者が給与を原資とする預金を自由に処分できる状況にあったことを指摘し、仮に処分庁が預金債権に転化したところを狙っていたのであれば振込直後かその日のうちに差し押さえを行っていたはずであるとして、処分庁には給与が預金債権に転化した時点を狙って差押禁止部分を差し押えようとした意図があったとはいえないと判断し違法性を否定しました。

 

「本件預金債権は「給与に係る債権」(国税徴収法76条1項)ではないため、これに対する差押処分が同条によって禁止されるものではない。もっとも、徴収職員において、給与債権が一般債権である預金債権に転化する時点を狙い、給与債権であれば許されない金額まで確実に差し押さえて滞納国税を徴収することを意図して預金債権の差押処分をする場合には、同条の差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分というほかはない。そして、このような差押処分は、「給与に係る債権」(国税徴収法76条1項)の差押えと実質的に同視できるものとして、同項の趣旨に照らし、違法となるというべきである。」

「(中略)本件差押処分が行われたのは、当初からの予定通り、本件預金口座に本件給与が振り込まれた平成28年2月15日の2日後である同月17日であり、その間に原告が本件預金口座に振り込まれた本件給与に係る金員を自由に処分できる状況にあったことに照らすと、・・・統括官において、預金債権に転化した時点を狙って本件給与を差押え可能な範囲を超えて確実に差し押さえようとする意図があったとは認め難い。」

 

 なお、原審では、責任者(統括官)が、給与振込日以降に口座の差押えを行った場合、給与それ自体を差し押さえたとすれば差押え可能な範囲の金額を超えた差押処分となる可能性を認識していたとも判示していますが、そのような可能性を認識していたというだけでは違法とはならないとしており、あくまでも差押禁止部分を差し押さえようという積極的な意図が必要であるという立場をとっています。

 このような積極的な意図を要求する考え方は、以前にご紹介した前橋地裁判決と同じ枠組みといえます。

 

 

大阪高裁令和元年9月26日判決

 前記地裁判決の控訴審である本判決も、一定の場合には給与振込口座への滞納処分は違法になるとしましたが、その判断枠組みについて以下のように判示しています。

 

 【滞納処分としての給与口座差押の違法性判断の枠組み】 

「給与等が受給者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、同法76条1項及び2項が給与生活者等の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」

 

 注 同法=国税徴収法

 

 次に、本判決は、本件における具体的事情として概ね以下のような事実を認定しました。

 

 【裁判所が認定した主な事実関係】 

①滞納処分の対象となった預金口座への入金としては、わずかな例外を除き、就労先からの給与であった。

②処分庁の統括官は、銀行からの回答書に添付された1年間の入出金履歴から①の事実を把握していた。

③そのため、統括官は、対象口座が給与振込口座として利用されていることを認識していたと推認される。

④また、統括官は、入出金履歴から、平成27年7月以降、対象口座には毎月15日前後に会社から給料が振り込まれていることや、先行して行った差押処分にあたって実施した銀行調査の際に取得した平成28年1月分の取引明細から1月15日にも会社から給料の振り込みがあったことを確認し、2月15日にも会社から給料が振り込まれる可能性があることを想定した。

⑤また、取引明細によると、別会社からも不定期に給料の振込があったことが判明したことから、統括官は別会社からの給料も振り込まれる可能性があると判断した。

⑥以上を踏まえ、統括官は、給与自体を差し押さえることも考えたが、その場合は滞納者の雇用関係に影響がでることを懸念し、給与自体を差し押さえるのではなく、その代わり給与振込が想定される対象口座を差し押さえることを選択し、部下に2月15日から19日までの間に差押えるよう指示し、17日に口座への差押えを行った。

⑦入出金履歴からすると、会社から滞納者に支給される給与は多くとも20数万円程度であると見込まれたが、滞納処分時の滞納国税の金額は本税と延滞税を併せて17万円余りであったため、統括官は、2月15日以後に対象口座へ差押えを行った場合、給与自体を差し押さえた場合に差押えができる範囲を超えて差し押さえてしまう可能性があることを認識していたと推認される。

 

 そして、以上の事実関係を前提に、本判決は以下のように述べ、本件における滞納処分は実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができると判断して原審の判断を覆し、給与口座への差押えの一部が違法であると判断しました。

 

 【本件の滞納処分の違法性についての判断】 

「以上の事実関係の下では、本件差押処分は、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合に当たるということができ、本件預金債権中、本件給与によって形成された部分(10万0307円)のうち差押可能金額を超える部分については、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」

「(中略)本件給与に係る差押可能金額は、(中略)7万5000円となる」。

「本件各処分は、10万0308円を対象とするものであるところ、本件給与により形成された部分(10万0307円)のうち差押可能金額(7万5000円)を超える部分は、2万5307円である。」

「そうすると、被控訴人は、上記2万5307円については、これを保有すべき不当利得法上の法律上の原因を有しないこととなるから、これを控訴人に返還すべき義務を負うというべきである。」(ただし、被処分者が返還を求めた金額は2万4404円であったため、その限度で支払いを命じています。)

 

 注 被控訴人=国 控訴人=差押えを受けた人

 

 【国家賠償法に基づく請求についての判断】 

 なお、被処分者は、差押金相当額の支払いを求める根拠として、不当利得返還請求のほかに国家賠償法による損害賠償も理由としていましたが、大阪高裁は、国税徴収法は預金債権の差押えを禁止していないこと、預金債権を差し押さえることが違法となる場合があるか、違法となり得るとしてもどのような場合に違法となるかについては法律解釈についての見解や実務上の取り扱いも分かれていて、そのいずれも相応の根拠があることを理由に、処分庁が本件差押え処分が違法であることを予見し又は予見すべきであったとはいえないとして過失を否定し、国家賠償法に基づく請求は否定しました。

 

 【本判決の特徴など(私見)】 

 本判決は、「実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合」にあたるかどうかを判断するために、①対象口座の入金状況と、②処分庁の口座の調査状況、③それらを前提とした処分庁の認識、を考慮しています。

 具体的な判断にあたって処分庁の認識を考慮していることからすると、同じく処分庁の主観を考慮する前橋地裁判決や原審に近いようにもみえますが、これらの判決では差押禁止部分を差し押さえることを「企図」ないし「意図」して滞納処分を実施した場合に違法になるとしたのに対し、本判決では、差押禁止部分を差し押さえることと実質的に「同視」できる場合には違法になるとし、必ずしも処分庁が積極的に差押禁止部分を差し押さえようとする意図を有していたことまでは必要としていない点で異なるように思われます。

 

 また、実質的に差押禁止部分を差し押さえたのと同視することができる場合にあたるかどうかは、結局は滞納処分時の事情を総合的に考慮して判断されると思われるため、年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった東京高裁平成30年12月19日判決と同じような枠組みで判断しているようにも思われますが、東京高裁が被処分者の受けた不利益の程度を主要な考慮要素として例示しているのに対し、本判決では、判決文を読む限りではこの点を違法性の考慮要素としては考慮していない(少なくとも重視していない)ようにも読めるため、東京高裁判決ともやや趣を異にするように感じられました。

 

 このような微妙な違いが給与と年金という被差押債権の性質によるものなのか、違法性の判断基準そのものに対する裁判所の基本的な考え方の違いによるものなのか、あるいは両判決の判断基準には実質的に差がないのかは判断しかねましたが、いずれにしても、東京、大阪という2つの高裁において預金口座への滞納処分が違法になり得ることが示されたことにより、今後、最高裁で統一的な判断が示されない限り、滞納処分の実務においてはこれらの高裁判決が一定程度指針として機能することが予想されます。

 

 これまでに紹介した裁判例を前提にすると、最高裁で異なる判断が示されるまでは、給与や年金の差押禁止部分を差し押さえることを積極的に意図して滞納処分を行い、被処分者が著しい不利益を受けた場合には違法と判断される可能性が高いように思われます。

 また、本判決の枠組みに従えば、積極的に差押禁止部分の差し押さえを意図していなくとも違法になる場合があり得ることから、給与や年金の振込口座への差押えについては、より一層慎重な判断が必要になると思われます。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

 

2020年2月21日 | カテゴリー : 滞納処分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった事例(東京高裁平成30年12月19日判決)

 

 以前、税金の滞納処分として給与口座を差し押さえたことが違法であると判断された裁判例(前橋地裁平成30年1月31日判決)をご紹介しました(税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」)。

 この記事については、公開後、当職の予想を超えた閲覧数があり、滞納処分に関する関心の高さが窺えますが、近時、大阪高裁でも給与口座への差押えを違法とした判決が出たという報道があり、宮城でも同様の裁判が係属中との情報もあるところです。

 滞納処分として預貯金口座を差し押さえるケースとしては、給与振込口座の差押え以外にも年金振込口座を差し押さえるパターンもあり、このような差押えの違法性の有無について判断した最近の裁判例として、固定資産税の滞納を理由に年金振込日に年金振込口座を差し押さえたことが問題となった東京高裁平成30年12月19日判決がありますので、今回はこの判決について紹介してみたいと思います。

 

判断の枠組み

 この東京高裁判決の原審は、給与振込口座の差押が問題となった事案と同じ前橋地裁ですが、原審(前橋地裁平成30年2月28日判決)は、滞納処分庁が差押禁止財産(=年金)自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情があったとして、年金振込口座の差押さえは違法である、という判断を示しました。

 

 これに対し、東京高裁は、年金振込口座への滞納処分の問題について、まず、預貯金口座の原資が本来差押えが禁止される年金だったとしても、一旦口座に入金された以上、法的には預貯金債権に転化することから直ちに差押禁止債権としての属性は承継されない、という従来の一般論を展開します。

 もっとも、これに引き続いて、「国民年金等が振り込まれた後は預貯金債権であることをもって形式的にこれに対する差押えが常に許容されるとすることが不当な結果を招来する場合があることは、当裁判所もこれを否定するものではな」い、とし、さらに、国税徴収「法77条1項及び76条1項が年金等受給者の最低限の生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨はできる限り尊重されるべきであるから」、一定の場合には差押さえが違法となることを認めます。

 そして、具体的には、「①滞納処分庁が、実質的に法77条1項及び76条1項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押を行ったといえるか否か、②差し押さえられた金額が滞納者の生活を困窮させるおそれがあるか否かなどを総合的に考慮して、差押処分が上記趣旨を没却するものであると認められる場合には、当該差押処分は権限を濫用したものとして違法であるというべきである。」との判断枠組みを示しました。

 

原審と高裁の判断枠組みの違い

 原審(前橋地裁平成30年2月28日判決)は、年金振込口座の差押えの違法性の判断枠組みについて、「滞納処分庁が,実質的に法77条1項及び76条1項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情がある場合には,上記差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分として,違法となる場合があるというべきである。」と判示しています。

 つまり、原審は、「差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行った」かどうか、という滞納処分庁の主観的意図を決定的な基準としていますが、控訴審は、①滞納処分庁の主観的意図のほかに、②滞納処分によって差押えを受けた者が生活困窮に陥るおそれがあるか否かという不利益の有無・程度も考慮要素とし、さらには①②以外の事柄も総合的に考慮したうえで違法性(=権利の濫用の有無)を判断する、という総合判断の枠組みを採用しました。

 

 原審の枠組みは、差し押さえを行った者の主観的意図のみによって違法性の有無が判断されるためシンプルですが、東京高裁の枠組みは様々な事情を総合的に考慮するものであるため、基準としての明確性には難があるといえます。

 もっとも、総合考慮と言いつつも、東京高裁が主な考慮要素として、あえて、①滞納処分庁の意図と、②被処分者の不利益の有無・程度を指摘していることからすれば、東京高裁としても、滞納処分の違法性を判断する上ではこの2点が特に重要なファクターであると考えているものと思われます。

 そのため、この基準に従えば、滞納処分庁が差押禁止財産である年金そのものを差し押さえる意図で年金振込口座を差し押さえ、これにより差し押さえを受けた者が生活困窮に陥ったという事情がいずれも認定された場合、その差押えは違法とされる可能性が高いのではないかと思います(私見)

 

 また、原審の枠組みでは、滞納処分を受けた者がどれだけ過酷な状況におかれたとしても、滞納処分庁に差押禁止財産自体を差し押さえる意図があったといえない場合には違法となる余地がないことになりますが、東京高裁の枠組みはあくまで総合判断ですから、たとえ滞納処分庁にそのような意図がなかったとしても、その他の事情次第では滞納処分が違法になる余地があると思われます。

 

 【余談(承諾書に基づく給与差押え)】 

 なお、今回の東京高裁判決の判断対象は直接的には年金振込口座への差押えの違法性ですが、個人的には、様々な事情を総合的に判断するという判断枠組みそのものは、差押禁止財産に関係する滞納処分一般に応用しうるものではないかと感じています。

 この点に関連して、滞納処分の一つの手法として「給与の差押に関する承諾書」(あるいは「給与等差押承諾書」)という書類に署名させ、これをもとに差押禁止範囲を超えた給与を差し押さえるという方法があります(根拠は国税徴収法76条5項)。

 平成29年10月に、承諾書による給与への超過差押えが違法であるとして被処分者が自治体を提訴したとの報道がありましたが、報道によると、その事案では給与35万円のうち32万円を差し押さえることについて被処分者が承諾したとのことです。

 問題は、このような承諾書に基づく給与差押えが違法になる余地があるのかということですが、承諾書に基づく超過差押え自体は国税徴収法に基づく方法であり、もともと差押禁止財産に該当する部分を差し押さえる目的で行われるものですから、処分庁にそのような意図があったかどうかにより違法性を判断することは難しく、このような場面では高裁のような総合判断の枠組みの方が適しているように思われます。

 今回の東京高裁判決が示した判断枠組みのうち、滞納処分庁の意図を考慮要素とすることは先ほど述べた事情から難しいと思いますが、承諾に基づき差し押さえを受けた者の不利益の程度は重要な考慮要素と思われますし、その他の事情としては、承諾という被処分者の行為が介在していることを考えると、なぜそのような承諾してしまったのかという経緯も重要なファクターになると思われます。

 そのため、あくまで私見ですが、たとえば承諾書にサインする際に、担当者に脅迫的・威迫的あるいは虚偽的な言辞があった等の不当な働きかけがあり、本人が真意に反して承諾書にサインしてしまったような事情があった場合には、滞納処分によって生じた生活困窮の程度等と相まって承諾書に基づく超過差押えが違法になる余地があるのではないかと思いますし、仮にそのような不当な働きかけがあったとまでは言えなかったとしても、承諾の結果、著しい生活困窮状態に陥ったような場合には、その他の事情も考慮したうえで、やはり差押処分が違法になる余地があるのではないか、と思っています。

 寡聞にして、先ほどの裁判の結論がどうなったかまでは存じませんが、もしかすると今回の東京高裁判決と似たような判断枠組みが示される(あるいはされた)可能性もあるのかなと関心をもっているところです。

 

判決の結論

 さて、話を元に戻しますが、この東京高裁判決は、結論的には滞納処分の違法性を否定して被処分者の訴えを退けました。

 判決文によると、その結論に至った理由は主に以下のような事情によるものでした。

 

 【滞納処分庁の意図について】 

証拠上、担当者が最後に取引履歴を確認したのは差押えの約10ヶ月前である平成27年6月8日であり、差押え直前に取引履歴を把握した証拠はない。

②滞納税金額は2000円であったが、担当者が最後に確認した取引履歴によると、平成27年1月から同年6月8日までの残高は必ずしも2000円を下回っていたわけではない。

③そうすると、担当者は、差押直前の口座残高が滞納額である2000円を下回る金額であったことを認識していたとまではいえない。

④以上の事情からすると、滞納処分庁は、差押えの対象となった口座の大部分が年金を原資とするものであると認識していたということはできない。

⑤そのため、滞納処分庁は、年金自体を差し押さえることを意図して滞納処分を行ったとまでは認められない。

 

 ちなみに、本件では、滞納処分が年金の振込日と同日に行われたという事情があります。

 年金が偶数月の15日に振り込まれることは知られた話だと思いますし、自治体も差押日当日に年金が振り込まれることは知っていたそうですから(当事者間に争いなし。)、滞納処分を行った自治体としても、少なくとも、差押え直前の残高がもしも滞納額を下回っていれば、口座の差し押さえが実質的には年金そのものを差し押さえるのと同様の結果になるだろうということは認識していたと思います。

 そのため、このような事情を重視すれば、自治体側には年金を差し押さえる意図があったという認定もあり得るのではないかと思いますが(東京高裁判決でも「本件差押処分が実質的に本件年金自体を差し押さえることを意図していたとみられる余地がないとはいえない。」としています。)、東京高裁は、差押え直前の残高が滞納額を下回っていることについて担当者に明確な認識がなければ、差押禁止財産を差し押さえる意図があったとは言えないと判断しています。

 

 以上のように、滞納処分を行った自治体の当時の意図については微妙な判断となったところですが、個人的には、最終的に高裁で違法性が否定されたのは、実際には以下に述べる被処分者の不利益に関する判断によるところが大きかったのではないかなと想像しています。

 

 【被処分者の不利益の程度】 

 この点について、東京高裁は,以下のような判断をしています。

 

①被処分者については、以前、本人に代わって任意に固定資産税を納付していた者がいた。

②本件滞納税金の額は、以前、任意に支払われていた金額を下回るものであった。

③①、②からすると、2000円が差し押さえられたからといって、その額がただちに被処分者が困窮に陥るおそれがある額であったとはいえない。

 

 要するに、過去に本人に代わって本人の財産から税金を納付できていたという実績があり、今回の差押え額はそれを下回っていることから、本人にもその程度の支払い能力はあったはずだ、ということを言いたいのだろうと理解しています。

 

 

 以上、私見を交えつつ年金振込口座の差押えの違法性が問題となった東京高裁判決をご紹介しましたが、この事案は、一審では違法、控訴審では適法と、結論が大きく異なる結果となりました。

 このように控訴審では違法性が否定されましたが、判決内容からも明らかなとおり、東京高裁は年金振込日における年金振込口座の差押えという手法そのものが違法となる余地がないと判示したものではなく、あくまで今回の事案においては違法性がないと判断したにすぎませんので、本判決によって、このような手法自体の適法性が一般的に承認されたと解釈することは誤りです。

 滞納処分については、裁判所を通さずとも差し押さえを行うことができるという自力執行権が認められていますが、強力な権限には常に濫用の危険がつきまとう以上、その権限の行使は自制的・謙抑的であるべきであり、今回、破棄されたとはいえ一度は違法判決が出されたことは重く受け止める必要があると思われます。この事案をきっかけに、滞納処分のあり方として本件のような手法の是非そのものについても議論が深まっていくことを期待しています。

 

関連するコラム

「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」

「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合・その2(大阪高裁令和元年9月26日判決)」

 

弁護士 平本丈之亮

 

2019年12月2日 | カテゴリー : 滞納処分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合

 

 債務整理のご相談を受けていると、一般の金融業者などに対する負債だけではなく、市役所など自治体に対して税金(国民健康保険税、市県民税など)を滞納しているケースがみられます。

 税金については、たとえ自己破産しても免除されることはありませんので、多額の税金滞納がある場合だと、債務整理後の生活再建に支障をきたすということもあり得ます。

 

国税徴収法76条1項、2項と預貯金との関係

 税金滞納がある場合、自治体は「滞納処分」として滞納者の財産に対して差押を行いますが、この滞納処分の一環として、自治体が滞納者の給与が振り込まれる預貯金口座に対して差押を行うことがあります。

 地方税の徴収に関して定める地方税法は国税徴収法の規定を準用していますが、国税徴収法第76条1項、2項は、滞納者の最低限の生活を維持するため、給与の一部について差押を禁止しています。

 そのため、自治体が給与そのものを差し押さえる場合には、この規定によって差押の及ばない部分が一部手元に残るのですが(差押禁止財産)、一旦、預貯金口座に振り込まれてしまうと、法的には預貯金債権に転化してしまうため、原則として差押禁止の効力は及ばないとされています(最高裁平成10年2月10日判決)。

 しかし、給与が振り込まれた直後の預貯金は、確かに形式的にみれば給与ではありませんが、実質的には給与がそのまま残っているのと同じことであり、口座に振り込まれてしまえば無条件で全額を差し押えできると考えることは、法律が給与の一部を差押禁止財産としている趣旨に反するのではないかとも思われます。

 

前橋地裁平成30年1月31日判決

 このような滞納処分と給与口座を巡る問題について、前橋地方裁判所は、給与が振り込まれた預貯金債権が直ちに差押禁止財産になるものではないという原則を確認しながらも、先ほど述べたような問題を指摘したうえで、「滞納処分庁が、実質的に法76条1項、2項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを企図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情がある場合には、上記差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分として、違法となる場合があるというべきである。」と判示し、自治体が違法に差し押さえた預貯金の返還や慰謝料の支払いを命じる判決を下しました。

 

 【どのような理由で違法とされたのか?】 

 この判決が認定した具体的事情は、概ね以下のようなものです。

 

1 差押された預金の全部ないし大部分が給与を原資としていたこと

2 自治体が給与の振り込みがあった日に差し押えをしていたこと

3 自治体が、滞納者から給与支給日が記載された給与明細の提示を受けていたこと

4 滞納者が、一定期間ごとに自治体の担当者と納税相談を行い、直近2,3ヶ月分の給与明細を提示して収入状況や借金の返済状況を説明していたこと

 

 裁判所は、上記のような具体的な事情から、自治体は差し押さえた預貯金口座が給与振込口座として利用されているものであることや差押当時の残高の原資が給与であることを認識しつつ差押を行っており、実質的には給与自体を差し押さえることを企図して口座の差押を行ったと認めるべき特段の事情があるため、差押は違法である、と判断しました。

 

 

 被告となった自治体は控訴せずこの判決は確定したとのことですが、下級審の判決であるためこの判決の判断の枠組みがどこまで一般化できるのかは当職には計りかねるところです。

 もっとも、個人的な感覚としては、給与債権のままであれば差押が禁止される部分があるのに、預貯金になっただけで全額差押えできるようになるというのは違和感がありますし、また、一般の債権者からの差押では債務者側から差押禁止債権の範囲変更の申立(民事執行法第153条)を行うことができることとのバランスを考えると、自治体の滞納処分であっても一定の場合には制約が課されるという判断をした本判決の内容は納得できるものです。

 もちろん、適正な納税を実現することはとても重要なことですから(そうでないと行政サービスが維持できません。)、支払いができる状態なのに支払いをしないような悪質な滞納者に対して自治体が厳正に対処すべき必要性があることは当然です。

 しかし、この判決によると、滞納者はダブルワークで月に10万円前後の収入を得ていた中から毎月1万円の分納を5年以上継続していたところ、途中で自治体から分納額を2万円に増やすよう指導されたのを拒絶し、1万5000円に増額することを提案したものの今度は自治体側がこれを受け容れなかったために差押に至ったようであり、全く支払意思がなかったわけではないようです(自治体が毎月2万円の増額を指導したのは、毎月1万円だと新たに課される1年間の税金に満たないため、いつまで経っても滞納が減らないということが理由だったようです。)

 適正な納税の実現と滞納者の生活とのバランスをどのように調和させるかは非常に難しい問題ですが、滞納処分は一つ間違えば市民の生活を破壊しかねない劇薬であることは確かであり、無理な滞納処分をしたことによって納税する意思や能力そのものが失われてしまえば、その結果は生活保護など社会保障のコスト増加として自治体、ひいてはその自治体の住民に跳ね返ってくるという本末転倒な結果にもなりかねませんので、徴収にあたる自治体には、そのような視点も持ちつつ、滞納者の具体的な生活状況に応じたきめ細かで丁寧な対応を望みたいところです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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2018年6月1日 | カテゴリー : 滞納処分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所