離婚の手続には、大きく分けると、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の3種類がありますが、このうち、世の中で最も利用されているのは協議離婚です。
協議離婚が広く利用されるのは費用や時間の点からみて他の2つよりもコストパフォーマンスに優れているからですが、場合によっては協議内容を「公正証書」の形にしておくことが望ましいことがあります。
そこで今回は、協議離婚と公正証書について詳しくお話ししてみたいと思います。
1金銭の支払いについて強制執行できる
離婚協議書を公正証書としておくことのメリットとしてよく言われるのは、金銭の支払いについて強制執行できるという点です。
養育費・財産分与・慰謝料など一定の金銭の支払いを合意する場合、不払いがあっても当事者間での離婚協議書だけでは強制執行することができず、強制執行に着手する前に別途裁判所の手続きが必要になりますが、これをいちいち踏まなくても良くなるのが一番のメリットです。
【強制執行認諾文言が必要】
もっとも、公正証書であれば必ず強制執行できるわけではなく、公正証書の中に、約束違反があった場合には直ちに強制執行されても異議はない旨の文言を盛り込む必要があります(これを「強制執行認諾文言」と言います)。
2単独で登記手続はできないが、公正証書にする意味はある
財産分与として不動産の名義を変更することがありますが、これを公正証書の形で合意しても単独で名義変更することはできず、元夫婦が共同して申請する必要があります。
そのため、相手が約束を守らなかった場合は公正証書によって登記手続はできませんので訴訟によって名義変更を求めることになります。
そうすると、不動産の財産分与を公正証書にしておく意味はないと思われるかもしれませんが、公正証書は公証人が当事者の意思を確認して作成するものであり一般的に信用性の高い文書とみなされているため、裁判になったとしても脅迫があったなどと争うことは難しく、そのような争いを防ぐうえで公正証書にしておく意味はあります。
3年金分割に使うことができる
また、年金分割を求める場合にも公正証書を作る意味はあります。
年金分割をするにはいくつか方法があり、①年金事務所等に双方が出向いて手続きをする方法、②年金分割に関する合意書に公証人の認証をもらい、これを用いる方法、③年金分割の合意を公正証書にする方法、④裁判所の調停・審判を行い、調停調書や審判書で手続きをする方法、があります。
公正証書はこの4つの方法のうちの1つであり、離婚協議書を公正証書の形にするときに盛り込むことが多いやり方です。
4紛争の蒸し返しを防止することが期待できる
離婚は感情的な問題が絡むため、ケースによっては離婚が成立した後もトラブルに発展することがありますが、公正証書によって離婚条件を明確にし、公正証書に記載したもの以外は互いに請求しないという条項(清算条項)を盛り込むくことにより、少なくとも経済的な側面(財産分与や慰謝料など)については解決が図られ、追加請求などのトラブルを防ぐ効果が期待できます。
当事者間での離婚協議書でもそのような効果はありますが、無理矢理合意させられた等といった理由で協議書の効力を争われることもあり、あらかじめ信用性の高い公正証書にしておくことでそのような争いを防げる可能性が高まります。
このように、公正証書にはメリットがある一方、決して万能ではなく、公正証書について以下のような誤解をなさっている方もいらっしゃいます。
1面会交流の強制執行はできない
先ほど述べたとおり、公正証書で強制執行できるのは金銭の支払いに関するものであるため、公正証書で面会交流についての取り決めをし、これが果たされなかったとしても強制執行はできません。
2強制執行そのものは裁判所での申立が必要
これもよくある誤解ですが、公正証書を作成したからといって、不払いの場合に強制執行(差押え)が自動的にされるというわけではなく、差し押さえる財産を調査し、別途裁判所に対して強制執行の申立をしなければなりません(これは調停や裁判でも同じです)。
ただ、全く文書がなかったり、当事者間で作った離婚協議書だけしかないという場合には、強制執行の前段階として裁判所での手続が必要になるため、先ほど述べたとおりここを省けるというのが公正証書の意味となります。
3不動産について単独で名義変更できない
これは先ほどお話ししたとおりです。
このように、公正証書には強い効力が認められますが、一旦、公正証書で取り決めた内容を後で変更することはできるのでしょうか?
・一方的な変更は難しい
先ほど述べたとおり、公正証書は信用性の高い文書とされていますので、詐欺や強迫などがあったとして後で内容を争うのは困難です。
・当事者が合意してやり直すことは可能
他方で、当事者が改めて合意し直して内容を変更することは可能です。
ただし、財産が一旦移転してしまった場合、これを再度移動するとなると、単なる贈与であると見なされて税金問題が生じる可能性もあるため、多額の財産移動があった場合には注意が必要と思われます。
これに対して、養育費について将来支払われる金額を合意で変更するのは特段問題ありません。
・養育費は事情変更によって変更されることはある
また、当事者間で合意ができなかった場合でも、養育費については、公正証書作成後の事情変更によって金額が変更される場合があります(東京高裁平成28年7月8日決定)。
たとえば、養育費を受け取る側が再婚し、再婚相手と子どもを養子縁組させた場合や、支払う側の収入が大幅に減ってしまったような場合などには、公正証書で取り決めた金額が変わる可能性があります。
以上のように、公正証書には限界はあるものの、夫婦双方に一定のメリットがあります。
もっとも、公正証書は必ず作らなければならないものではありませんので、たとえば子どもがおらず、財産分与・慰謝料・年金分割等も問題にならないのであれば作る必要はありません。
また、双方が冷静に話し合いができ、相手の人格や社会的地位等から約束を守ることが期待できる場合や、双方に弁護士がついて協議を行い、支払いも1回で済むようなシンプルなケースであれば、当事者間での離婚協議書の作成にとどめておくことも考えられます。
離婚を進めるには、単に条件をどうするかというだけではなく、その条件をきちんと守らせるにはどうしたらよいか、離婚が成立した後のトラブルを避けるにはどういう取り決めにしたら良いかなどいろいろな検討事項があり、公正証書を作るべきかどうかも人によって異なります。
また、公正証書は当事者間での離婚協議書よりも強い効力が認められているため、一旦合意した後で内容を覆すのは困難な場合が多いため、公正証書を作るかどうか迷った場合には、男女問わず弁護士への相談をご検討ください。
弁護士 平本丈之亮