交通事故賠償の分野においては、慰謝料の計算方法や金額がある程度定型化されています。
しかし、このような慰謝料の計算はいわば標準的な事案を前提としたものですから、例外的に一定のケースでは慰謝料が増額されることがあります。
そこで、今回は、慰謝料の増額事由としてどのようなものがあるかについて説明したいと思います。
1加害者が悪質な場合
交通事故の慰謝料は事故によって受けた被害者の精神的苦痛を償うものですから、加害者が悪質なために被害者の精神的苦痛が強ければ、その分、償いとしての慰謝料も増えると考えられます。
具体的な増額事由としては、たとえば、以下のようなものがあります。
なお、ここで紹介する事情があったことは被害者側で立証する必要があり、また、一部の事情については増額をしなかった裁判例もあるようですので、必ず増額されるとまで言い切れないことには注意が必要です。
①加害者が故意に事故を起こした場合 ②加害者に重過失がある場合 ・無免許運転 ・ひき逃げ(救護義務違反) ・飲酒運転 ・著しいスピード違反 ・ことさらに信号を無視した場合 ・薬物などの影響により正常な運転ができない状態だった場合 など ③事故後の加害者の態度が著しく不誠実だった場合 ・事故の証拠を隠滅した ・虚偽の供述や不合理な主張をして事故の責任を争った など 先ほど述べたように被害者の悪質性が高いような場合以外でも、以下のような一部の後遺障害について「逸失利益」(=後遺障害によって失われた利益)が否定された場合、その代わりに慰謝料が増額されることがあります。 ①歯牙障害 ②醜状障害(外貌醜状) ③骨の変形障害 これまで述べたような慰謝料の増額事由がある場合でも、どの程度増額されるのかは裁判官の裁量的な判断による部分であり、また、後遺障害の事案では逸失利益を認めるかどうかにもかかわってくるため、一定の基準があるわけではありません。 そのため、ここでは参考としていくつかの裁判例を紹介するにとどめます。 ・酒気帯び運転の事案(福岡地判平成28年11月9日) 入院60日、通院約4ヶ月半(実通院日数55日)、後遺障害等級12級13号だった事案について、入通院慰謝料を185万円(赤い本の基準で計算すると概ね170万円前後)、後遺障害慰謝料について315万円(赤い本の基準では290万円)とした。 ・故意に車両を発進させて被害者に接触し、ボンネットに載せたまま走行して路上に転倒させ、さらに事故後逃走した事案(京都地判平成21年6月24日) 通院76日だった事案について、通院慰謝料を130万円とした(赤い本の基準で計算すると概ね63万円程度)。 ・加害者が高速道路において、猛スピードで車線変更をして追越車線上のトラックを左から追い越そうとした際に、走行車線を走行していたバイクに追突して死亡事故を起こした事案(被害者:25歳・独身・男性 静岡地裁浜松支判平成20年9月30日) 加害者の過失が重大であること、加害者が反省の色をまったく示そうとせず、刑事裁判で約束した写経や月命日の訪問といった謝罪行為を反故にしたことなどを指摘し、死亡による慰謝料を2800万円とした(赤い本の基準では2000~2500万円の範囲)。 ・外貌醜状の事案 【東京地判平成28年12月16日】 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女性の後遺障害慰謝料について、830万円とした(赤い本の基準では690万円)。 【京都地判平成29年2月15日】 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女児の後遺障害慰謝料について、870万円とした(赤い本の基準では690万円)。 【名古屋地裁一宮支判平成30年3月16日】 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状(額の生え際付近)が残った男児の後遺障害慰謝料について、基準通り690万円とした(赤い本の基準では690万円)。 ・歯牙障害の事案(大阪地判平成28年5月27日) 歯に後遺障害等級14級2号の歯牙障害が残った女性の後遺障害慰謝料について、150万円とした(赤い本の基準では110万円)。 ・骨盤変形の事案(名古屋地判平成15年12月19日) 骨盤変形等で後遺障害等級12級5号の障害が残った男性の後遺障害慰謝料について、600万円とした(赤い本の基準では290万円)。 厳密に言えば慰謝料の増額事由ではありませんが、そもそも保険会社が提示してきた入通院に対する慰謝料と後遺障害に対する慰謝料が不相当に低いケースが多く見られます。 このようなケースが起きるのは、保険会社がいわゆる裁判基準ではなく自社基準によって交渉をするためですが、弁護士が介入することでそれぞれの金額が増額されることも良くあります。 交通事故に遭われた被害者やご遺族の方が、自分達のケースで妥当な慰謝料がいくらかを判断したり示談交渉することは容易ではなく、特に、今回お話したような増額事由がある場合にはなおさらと思われます。 今回お話ししたとおり、加害者側の対応に問題があったり後遺障害について逸失利益を認めないという対応をされたときは慰謝料の増額事由を主張することが有益な場合がありますし、そもそもはじめから提示額が不相当に低い場合もありますので、少なくとも、示談の提示があった段階で一度は弁護士に相談することをお勧めします。 弁護士 平本丈之亮 【関連するコラム】 「交通事故で入院・通院した場合の慰謝料の計算と注意点~交通事故②・入通院慰謝料~」 「後遺障害に対する慰謝料の計算方法は?~交通事故③・後遺障害慰謝料~」 【死亡事案の場合の慰謝料の目安(赤い本)】 ・一家の支柱 2800万円 ・母親・配偶者 2500万円(H28以降) ・その他 2000~2500万円(H28年以降) 2一部の後遺障害で逸失利益が否定された場合
・増額の幅と具体例
・上記のような特殊な増額事由がなくても、交渉や裁判によって慰謝料が増える場合があることに注意