交通事故の慰謝料が増額される場合とは?~交通事故⑦・慰謝料の増額事由~

 

 交通事故賠償の分野においては、慰謝料の計算方法や金額がある程度定型化されています。

 

 しかし、このような慰謝料の計算はいわば標準的な事案を前提としたものですから、例外的に一定のケースでは慰謝料が増額されることがあります。

 

 そこで、今回は、慰謝料の増額事由としてどのようなものがあるかについて説明したいと思います。

 

加害者が悪質な場合

 

 交通事故の慰謝料は事故によって受けた被害者の精神的苦痛を償うものですから、加害者が悪質なために被害者の精神的苦痛が強ければ、その分、償いとしての慰謝料も増えると考えられます。

 

 具体的な増額事由としては、たとえば、以下のようなものがあります。

 

 なお、ここで紹介する事情があったことは被害者側で立証する必要があり、また、一部の事情については増額をしなかった裁判例もあるようですので、必ず増額されるとまで言い切れないことには注意が必要です。

 

増額事由の一例

①加害者が故意に事故を起こした場合

 

②加害者に重過失がある場合

・無免許運転

・ひき逃げ(救護義務違反)

・飲酒運転

・著しいスピード違反

・ことさらに信号を無視した場合

・薬物などの影響により正常な運転ができない状態だった場合 など

 

③事故後の加害者の態度が著しく不誠実だった場合

・事故の証拠を隠滅した

・虚偽の供述や不合理な主張をして事故の責任を争った など

 

2一部の後遺障害で逸失利益が否定された場合

 

 先ほど述べたように被害者の悪質性が高いような場合以外でも、以下のような一部の後遺障害について「逸失利益」(=後遺障害によって失われた利益)が否定された場合、その代わりに慰謝料が増額されることがあります。

 

増額事由の一例

①歯牙障害

 

②醜状障害(外貌醜状)

 

骨の変形障害

 

・増額の幅と具体例

 

 これまで述べたような慰謝料の増額事由がある場合でも、どの程度増額されるのかは裁判官の裁量的な判断による部分であり、また、後遺障害の事案では逸失利益を認めるかどうかにもかかわってくるため、一定の基準があるわけではありません。

 

 そのため、ここでは参考としていくつかの裁判例を紹介するにとどめます。

 

【加害者が悪質な場合】

・酒気帯び運転の事案(福岡地判平成28年11月9日)

 入院60日、通院約4ヶ月半(実通院日数55日)、後遺障害等級12級13号だった事案について、入通院慰謝料を185万円(赤い本の基準で計算すると概ね170万円前後)、後遺障害慰謝料について315万円(赤い本の基準では290万円)とした。

 

・故意に車両を発進させて被害者に接触し、ボンネットに載せたまま走行して路上に転倒させ、さらに事故後逃走した事案(京都地判平成21年6月24日)

 通院76日だった事案について、通院慰謝料を130万円とした(赤い本の基準で計算すると概ね63万円程度)。

 

・加害者が高速道路において、猛スピードで車線変更をして追越車線上のトラックを左から追い越そうとした際に、走行車線を走行していたバイクに追突して死亡事故を起こした事案(被害者:25歳・独身・男性 静岡地裁浜松支判平成20年9月30日)

 加害者の過失が重大であること、加害者が反省の色をまったく示そうとせず、刑事裁判で約束した写経や月命日の訪問といった謝罪行為を反故にしたことなどを指摘し、死亡による慰謝料を2800万円とした(赤い本の基準では2000~2500万円の範囲)。

 

【後遺障害で逸失利益が否定され、慰謝料の増額が問題となったケース(一例)】

・外貌醜状の事案

【東京地判平成28年12月16日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女性の後遺障害慰謝料について、830万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

【京都地判平成29年2月15日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状が残った女児の後遺障害慰謝料について、870万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

【名古屋地裁一宮支判平成30年3月16日】

 顔面に後遺障害等級9級16号の外貌醜状(額の生え際付近)が残った男児の後遺障害慰謝料について、基準通り690万円とした(赤い本の基準では690万円)。

 

・歯牙障害の事案(大阪地判平成28年5月27日)

 歯に後遺障害等級14級2号の歯牙障害が残った女性の後遺障害慰謝料について、150万円とした(赤い本の基準では110万円)。

 

・骨盤変形の事案(名古屋地判平成15年12月19日)

 骨盤変形等で後遺障害等級12級5号の障害が残った男性の後遺障害慰謝料について、600万円とした(赤い本の基準では290万円)。

 

・上記のような特殊な増額事由がなくても、交渉や裁判によって慰謝料が増える場合があることに注意

 

 厳密に言えば慰謝料の増額事由ではありませんが、そもそも保険会社が提示してきた入通院に対する慰謝料と後遺障害に対する慰謝料が不相当に低いケースが多く見られます。

 

 このようなケースが起きるのは、保険会社がいわゆる裁判基準ではなく自社基準によって交渉をするためですが、弁護士が介入することでそれぞれの金額が増額されることも良くあります。

 

 

 交通事故に遭われた被害者やご遺族の方が、自分達のケースで妥当な慰謝料がいくらかを判断したり示談交渉することは容易ではなく、特に、今回お話したような増額事由がある場合にはなおさらと思われます。

 

 今回お話ししたとおり、加害者側の対応に問題があったり後遺障害について逸失利益を認めないという対応をされたときは慰謝料の増額事由を主張することが有益な場合がありますし、そもそもはじめから提示額が不相当に低い場合もありますので、少なくとも、示談の提示があった段階で一度は弁護士に相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

参考

【関連するコラム】

「交通事故で入院・通院した場合の慰謝料の計算と注意点~交通事故②・入通院慰謝料~」

「後遺障害に対する慰謝料の計算方法は?~交通事故③・後遺障害慰謝料~」

 

【死亡事案の場合の慰謝料の目安(赤い本)】

・一家の支柱  2800万円

・母親・配偶者 2500万円(H28以降) 

・その他    2000~2500万円(H28年以降)

 

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後遺障害による慰謝料と示談交渉の注意点~交通事故③・後遺障害慰謝料~

 

 前回のコラムで(→「入院・通院に対する慰謝料はどのように計算するのか?~交通事故②・入通院慰謝料~」 )、交通事故の慰謝料には、怪我で入院や通院したことに対する「入通院慰謝料」と、後遺障害が残ったことに対する「後遺障害慰謝料」、被害者が亡くなった場合の「死亡慰謝料」がある、とお話ししました。

 

 入通院慰謝料については既にご説明しましたので、今回は「後遺障害慰謝料」について、良くある相談事例をもとにご説明していきます。

 

後遺障害慰謝料とは?

 交通事故で受傷した場合、治療に取り組んだものの不幸にして後遺障害が残ることがありますが、これに対する肉体的・精神的苦痛を償うために支払われるものが「後遺障害慰謝料」と呼んでいます。

 

後遺障害慰謝料の提案には注意が必要

 実務上、後遺障害慰謝料は損害保険料率算出機構が認定する1級から14級までの「後遺障害等級」に応じて金額が算定されますが、相手方の保険会社が提案してくる示談案の中には、後遺障害慰謝料の金額が低く抑えられているケースがみられます。

 

<事例1>(事例は架空のものですが、保険会社の主張自体は実際にあったものをベースにしています)

 交通事故で怪我をしたので治療をしたが、首にむち打ちの症状が残り、事故から半年後に医師から症状固定と診断された。

 

 そこで、後遺障害等級の認定を申請したところ、14級9号(局部に神経障害を残すもの)に該当するとの認定がなされた。

 

 その後、保険会社から提示された示談案の中で、後遺障害慰謝料について以下のような金額が提示されたが、弁護士に相談したところ、以下のような計算になると言われた。

 

 ①保険会社の示談提示額 

 580,000円

  

 ②弁護士の計算 

 1,100,000円

 

<事例2>(この事例も架空のものですが、保険会社の主張自体は実際にあったものをベースにしています)

 交通事故で怪我をしたので治療をしたが、骨折に伴う脊柱に変形が残り、事故から1年後に症状固定と診断された。

 

 そこで、後遺障害等級の認定を申請したところ11級7号(脊柱に変形を残すもの)に該当するとの認定がなされた。

 

 その後、保険会社から提示された示談案の中で、後遺障害慰謝料について以下のような金額が提示されたが、弁護士に相談したところ、以下のような計算になると言われた。

 

 ①保険会社の示談提示額 

 970,000円

  

 ②弁護士の計算   

 4,200,000円

 

どうしてこのような違いが生じるのか?

 このような違いが生じるのは、交通事故については損害額の計算についていくつか異なる基準があるためです(→「保険会社からの示談案は果たして妥当か?~交通事故①・3つの基準~」)。

 

 上の事例1、事例2のどちらについても、保険会社は自社の内部の基準(「任意基準」)をもとに後遺障害慰謝料を計算しています。

 

 これに対して、弁護士はいわゆる「裁判基準」「弁護士基準」と呼ぶ場合もあります。)と呼ばれる基準をもとに計算したため、保険会社の提示額と大きな差が生じたのです。

 

裁判基準とは?

 裁判基準は、日弁連交通事故相談センター東京支部が発行している「民事交通事故訴訟 損害賠償算定基準」(通称「赤い本」)と呼ばれる書籍に記載されている基準であり、交通事故賠償の損害額を計算する際、弁護士、裁判官であれば必ず参照するものです。

 

 このように赤い本に記載されている基準は影響力が強いのですが、そうは言ってもあくまで一つの目安にすぎませんので、実際に裁判になった場合、必ずしもここに書いてある金額どおりになるというわけではありません。

 

 たとえば、裁判の中で後遺障害等級が争われた結果、損害保険料率算出機構などが認定した後遺障害等級よりも低い程度の後遺障害しか認められなければ、それに応じて慰謝料額も減らされることになります。

 

 しかし、弁護士が交渉する際には、裁判になればこのとおりになる可能性が高いことを前提に保険会社と裁判基準に沿った金額で交渉し、これと同程度の水準で示談できることが多くあります。

 

被害者の注意点

 後遺障害慰謝料は、他の損害項目に比べて比較的金額の妥当性を判断しやすい費目ではあります。

 

 しかし、普段のご相談の中では、保険会社の任意基準による計算額があまりにも低すぎるのではないかと思われる事例もあり、本来補償されるべきところまで補償されないまま示談に至っているケースもあるのではないかと思っています。

 

 また、後遺障害が認定された場合には、後遺障害慰謝料だけではなく、労働能力の喪失に対する保障(逸失利益)の請求も可能なことがあり、後遺障害慰謝料が妥当な金額でも逸失利益の計算が不相当に低いケースもあります。

 

 いったん示談をした後でこれを覆すのは困難ですが、保険会社が親切に裁判基準を教えてくれることはありませんので、相手から示談案が出された場合には弁護士への相談や依頼をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

参考(後遺障害慰謝料の裁判基準)

等級 金額 等級 金額
第1級 2800万円 第8級 830万円
第2級 2370万円 第9級 690万円
第3級 1990万円 第10級 550万円
第4級 1670万円 第11級 420万円
第5級 1400万円 第12級 290万円
第6級 1180万円 第13級 180万円
第7級 1000万円 第14級 110万円

 

 

交通事故で入院・通院した場合の慰謝料の計算と注意点~交通事故②・入通院慰謝料~

 

 前回のコラムで、交通事故の損害賠償算定には3つの基準があり、相手方からの示談案が必ずしも適正な金額でないこともあり得る、とお話しました。

 

 交通事故の示談案のなかにも「慰謝料」や「休業損害」「逸失利益」など様々な項目がありますが、今回はこのうちの「入通院慰謝料」について、具体的な事例をもとにその意味や計算の方法などをご説明していきたいと思います。

 

 なお、交通事故の慰謝料には今回取り上げる「入通院慰謝料」以外にも、後遺障害がある場合の「後遺障害慰謝料」や被害者が死亡した場合の「死亡慰謝料」がありますが、こちらは別のコラムで説明したいと思います)。

 

入通院慰謝料とは何か?

 交通事故で怪我をした場合、それによって生じた肉体的・精神的苦痛を償うために金銭が支払われることになりますが、これを「入通院慰謝料」と呼んでいます。

 

 本来、肉体的・精神的苦痛を金銭評価することは困難ですが、少なくともケガの程度によって苦痛の程度は大きいと言えるため、交通事故では入院期間や通院期間を目安に慰謝料を計算するのが現在の実務となっています。

 

慰謝料の計算が低いケースがある

 入通院に基づく交通事故の慰謝料は、怪我が治った時点、あるいは、これ以上治療を続けても症状の改善が期待できないと判断された時点(=「症状固定」といいます。)までの入院期間と通院期間に応じて計算します。

 

 しかし、当職の経験上、相手方保険会社からの提案は、以下のように慰謝料の金額が低く抑えられているケースがあります。

 

<事例>(架空の事例ですが、主張自体は実際にあったものです)

 交通事故で骨折などの怪我をし、10日間入院したほか、完治するまでの総通院期間が70日(実通院日数6日)だった(被害者の落ち度(=過失割合):10%)。

 

 ①保険会社の示談提示額 

 慰謝料相当額 134,400円

 

 ②当職の計算による損害額 

 慰謝料相当額 600,000円

 

どうしてこのような差が生じるのか?

 上記のケースでは、ご覧のように相手方の計算と当職の計算との間で慰謝料の額には大幅な差が生じていますが、これは、双方の計算には以下のように根本的な違いがあるからです。

 

保険会社の計算方法

 

 このケースにおいて、保険会社は以下のような自賠責保険における計算方法を採用して慰謝料を計算しています(なお、自賠責保険では、被害者に過失があっても重過失がない限り支払額が減額されないため、実際の事案でも、慰謝料の計算にあたってこちら側の過失による減額の主張はしてきませんでした)。

 

 ちなみに、全ての事案で必ず自賠基準で計算してくるというわけではなく、事案によって自社の任意基準で計算した額を提示してくることも多々あります。

 

入通院実日数16日×2×4,200円=134,400円

 

注:ここでは入通院実日数×2をもとに計算していますが、総治療期間が入通院実日数×2よりも短いときは、そちらの日数をもとに計算することになっています。

 

当職の計算方法(裁判基準)

 

 これに対して、当職は、日弁連交通事故相談センター東京支部が発行している「民事交通事故訴訟 損害賠償算定基準」(通称「赤い本」)の別表Ⅰの基準、いわゆる裁判基準に基づき計算し、こちら側の過失による減額(10%)も考慮すると、本件で認められるべき慰謝料は60万円であるとの結果となりました。

 

被害者の注意点と対策

 以上のケースは架空のものですが、実際、保険会社が示談案を出す際には上記のような計算方法を主張し、裁判基準から見れば低い金額を提示してくることがあります。

 

 保険会社が裁判基準よりも低い金額の示談案を提示すること自体は違法ではありませんし、このような裁判基準の存在を教えてくれるということもありませんので、当初の案で示談した後で本当はもっと支払われるはずだったと主張しても争うのは困難です。

 

 無論、様々な事情から保険会社の示談案の方が有利と判断して示談するケースもまったくないわけではありませんが、当職の経験上ではそうでない場合が多く、そもそも被害者が示談案の有利・不利をきちんと判断するのは困難ですから、保険会社から示談案が提示されたときは、慰謝料を含めた全体の損害額が適正に計算されているかどうか弁護士に確認をしてもらった方が良いと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

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