妊娠中絶について男性に対する損害賠償請求が認められた3つのケース

 

 男女交際の結果として女性が妊娠したものの様々な事情から中絶を選択せざるを得なかった場合、女性側は精神的・肉体的、あるいは経済的にも非常に大きな不利益を受けることになります。

 

 このようなときに男性側に不誠実な対応があった場合、中絶した女性側が男性側に慰謝料等の損害賠償を請求したいと考えることはごく自然なことですが、過去の裁判例上もそのような請求が肯定された例が存在します。

 

 そこで、今回は中絶を選択した女性から男性に対する慰謝料等の損害賠償が認められた近時のケースを3つほど紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年11月16日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

中絶によって直接的に身体的及び精神的苦痛を受け経済的負担を負う女性は、性行為の結果として胎児の父となった男性から、それらの不利益を軽減し解消するための行為の提供を受け、あるいは、女性と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、男性は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負う。

【男性の対応と責任の有無】

 

・男性は妊娠判明後、話合いには応じたものの、産むか中絶するか、産んだ場合には2人で協力して育てるか、いずれか1人が育てるかを選択・決定しなければならない事態に至ると有効な解決策を提示できずに約2か月間を経過させ、翌日以降は話合いに応じなくなり、女性に中絶手術を受けるかどうかの選択を委ねることとなった。

 

→女性の上記法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず女性側に生じた損害を賠償する義務がある。

 

【損害の内容】

 

①慰謝料  60万円

 

②以下の支出額の2分の1

 

・妊娠判明後中絶までの産婦人科における診察、手術等の費用から出産育児一時金と男性の支出額を除いた額

 

・産婦人科の入通院に必要な交通費

 

・葬儀代等

 

・戒名代金・葬儀の際のお布施

 

※心療内科や皮膚科の診療費や通院交通費は因果関係不明として否定。

 

※弁護士費用相当額の請求はしていない。

東京地裁令和3年7月19日判決

【男性側の対応】

 

・男性がずっとそばで支えていくことが自分の責任である、女性からの中絶した後に捨てない保証はないとの言葉に対して努力するから信じてほしい等と述べ、女性はこのような男性の言葉を受けて信頼し、妊娠中絶するが交際は続ける、という選択をして中絶を決意した。

 

・しかし、男性は、女性の中絶後、その月と翌月に会った以降は女性と会おうとしなかった。

 

【男性の責任の有無】

・男性は妊娠発覚後の原告との話合いにおいて子を産むことに難色を示し続け、他方、交際関係を将来に渡り継続する旨述べたものの、中絶後はその月及び翌月に会った以降は原告と会おうとしていない。

 

→妊娠後の話合いにおいて示した交際関係を将来に渡って継続するという意向は、男性の真意とは異なったものと推認され、女性はこのような男性の言説を信用し中絶を決意したのであるから、このような言説は女性の出産するか否かの自己決定権を侵害するものであり不法行為を構成する。

【損害の内容】

 

①慰謝料   100万円

 

②弁護士費用  10万円

 

※慰謝料と弁護士費用以外の請求はしていない。

東京地裁令和元年12月19日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

 

東京地裁令和4年11月16日判決と同じ。

 

【男性の対応と責任の有無】

・男性は女性が自分の子を妊娠する可能性があることは認識していたにもかかわらず、妊娠の事実を告げられるとその事実に向き合わず、子を産みたいと伝えられても結婚できないなどと述べるほかは具体的な対応をせずに女性からの連絡を避ける態度に終始した。

 

→男性は女性の法律上保護される法的利益を違法に侵害したものと認められるから損害賠償義務がある。

【損害の内容】

 

①慰謝料 100万円

 

②診療費や中絶費用の2分の1

 

③弁護士費用相当額(①②の合計額の約10%)

 

※休業損害の請求についてもあったものの、精神的苦痛が多大なものであったことはそのとおりであるが、慰謝料の算定基礎となることを超え、男性の不法行為と女性の所得減少との間に相当因果関係があるとは直ちに認め難いとして否定。

 

不誠実な対応には法的責任が生じる

 

 以上のとおり、近時の裁判例では妊娠発覚から中絶までの間の男性側の対応が不誠実と評価せざるを得ない場合、慰謝料等の支払義務を認めるものがみられます。

 

 今回ご紹介した事例は、①交際継続を中絶の事実上の条件としながら、実際にはそのような意思はなかったというパターン(東京地裁令和3年7月19日判決)、②妊娠という現実から逃避する態度をとったパターン(東京地裁令和4年11月16日判決、東京地裁令和元年12月19日判決)の2つですが、これ以外にも、たとえば中絶を何らかの形で強制したときには損害賠償責任が発生すると思われます。

 

 損害賠償責任が認められた場合の主な損害は、慰謝料のほか、産婦人科の診察料や手術費用等の2分の1といったものが認定されていますが、いずれにせよ自らの行為により妊娠という結果を生じた場合、男性にはその事実に誠実に向き合うことが(道義的にはもちろん、法的にも)求められているといえます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月26日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手が配偶者と「1回」連絡するごとに違約金を支払うという合意に関し、LINEによる連絡については1日単位で計算するのが相当としたケース

 

 不貞行為の示談に際し、今後、不貞相手が自分の配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束して、約束に反した場合には1回あたりいくら支払うといった違約金条項を定めることがあります。

 

 たとえば、「Aは、Bに対し、Cとの不貞関係を解消し、以後、正当な権利を行使する場合や業務上の必要がある場合を除きCと連絡・接触しないことを約束する。Aがこの約束に違反したときは違約金として1回あたり●万円をBに対し支払う。」などと定めるのが典型例です。

 

 このような接触禁止条項に反して違約金を実際に請求しようと思った場合、【連絡行為の回数×合意書所定の金額】という計算によって請求することになりますが、ここでいう「1回」が何を意味するのか必ずしも明確に定めない場合もあり、違約金の計算を巡って争いになることもあります。

 

 そこで今回は、このような違約金条項に関して、LINEトークを利用して連絡行為が行われた場合の「1回」の考え方を示した裁判例を紹介します。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

【問題となった条項】

1 被告は、原告に対し、今後○○との交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、○○と連絡・接触しないことを約束する。

 

2 被告が上記1の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円を原告に対し支払うものとする。

 

【連絡の方法】

LINEトークでのメッセージの送受信

 

【原告の主張】

「1回」とは個々の送信行為を意味する。

 

→6464回のメッセージ送信行為×30万円で計算するべき(日数は214日)

 

【裁判所の判断】

①ライントークの特質上、1回の送信行為にかかる個々のメッセージは一連性を有するやり取りの断片にすぎないから、社会通念上、それ自体が「連絡」とは通常考えられず、個々のメッセージの送信行為を基準に「1回」の連絡と解することは相当ではない。

 

②他方、一連性を有するやり取りを「1回」の連絡と捉えるとすると、一連性の範囲が一義的に明らかではないから、「1回」の連絡に該当するか否かの基準を曖昧にし、当事者の予測可能性を害することになる。

 

→そうすると、ラインメッセージの送信に係る「連絡」については、「1回」を1日単位で捉えることが、明確かつ合理的であり、相当である。

 

※なお、基本的には日数で計算しているものの、夫婦関係が破綻したといえる時期以降の部分は権利濫用として一部請求を制限。

 

 事例判断のため一般化はできないとは思われますが、LINEトークの性質上、短文での送受信を頻繁に繰り返すことがあるため断片的な1回の送信行為を基準に計算すると極めて高額になりかねず、結論としては妥当なものだったのではないかと思います。

 

 疑義をなくすならメッセージの送信行為1回ごとに計算する旨明確に合意することも考えられますが、仮にそのような定めをしてもあまりに高額になった場合は権利濫用として制限される可能性はありますので、今回ご紹介した裁判例のように1日単位で計算する旨を明記するか、送受信行為を基準にするとしても1回あたりの違約金額を低額に抑える、といった方法が無難かもしれません。

 

 なお、この裁判例では、婚姻関係が破綻した後の部分については違約金の合意に基づき請求することは権利の濫用にあたるとも判断していますが、こちらは別のコラムで解説します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月23日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚約者に自分の家族の身上経歴等を詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難であるとして、婚約破棄に正当な理由はないとしたケース

 

 婚約破棄に正当な理由がない場合、婚約を破棄された側は相手に損害賠償を請求することができます。

 

 正当な理由があるかどうかはケースバイケースの判断となりますが、今回は、婚約者の家族の抱える事情について相手に事前に明らかにしなければならない義務があるかどうかが争われ、そのような義務があるとは直ちにはいえないとして婚約破棄に正当な理由はないと判断した裁判例を紹介します。

 

東京地裁令和4年10月13日判決

 

事案の概要

 この裁判例のケースは、婚約者の親が特定の宗教を信仰しており、そのことが事後的に判明したことを理由として相手が婚約を破棄したところ、婚約を破棄された側が不当破棄であるとして慰謝料の支払いを求めたものです。

 

 

婚約破棄をした側(被告)の主張

 まず被告は、結婚をする当事者は結婚後の生活に支障がないよう、当事者の家族が抱えるトラブルや問題(経済状態(借金)、家族の介護、新興宗教、親の離婚、DV、病気、浮気癖、肉体的精神的欠陥、複雑な親子関係、反社の問題)等について相手に事前に明らかにしなければならないと主張しました。

 

 そして、以上を前提に、本件では原告において自分の親が宗教に入信していることについて問題があることを十分自覚していたにもかかわらず、その事実を意図的に隠して交際を続けていたとして、そのような不誠実な態度によって信頼が失われたから婚約破棄には正当な理由がある、と主張しました。

 

 なお、判決文を読むと、婚約破棄をされた本人自身には特定の信仰はなかった模様です。

 

 

裁判所の判断

 しかし、以上のような被告の主張について、裁判所は以下のように本件の婚約破棄には正当な理由はないとして慰謝料の支払いを命じました。

 

 

判断の要旨

①結婚をする当事者の間において、その相手方に対し、自身はともかく結婚の当事者ではない家族の身上・経歴等についてまで詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難。

 

②仮に、平穏な結婚生活を送るため、結婚する相手方に対し、結婚生活に悪影響を及ぼすような家族の事情や相手方が結婚するにあたって重視している家族の事情について明らかにすべきであるといえたとしても、以下のⅰ、ⅱのような事情からすると、被告による婚約破棄に正当事由があるとはいえない。

 

ⅰ 本件証拠をみても、原告の親が本件宗教を信仰していることで結婚生活に悪影響が及ぶおそれがあることはうかがわれない(被告自身、原告が本件宗教と関連するような行動をとっていたとの記憶はない旨述べている)。

 

ⅱ 被告が原告に対し、結婚をするにあたり原告やその家族が特定の宗教を信仰しているか否かを重視していることをあらかじめ伝えていたとは認められない。

 

 そもそもこの裁判例では、婚約関係にある当事者が自分の家族の身上や経歴を相手に詳細に報告すべき義務があるとまでいうことは困難と判断していますが、仮にそのような事情を報告すべき義務があったとしても、本件では親の信仰が結婚生活に悪影響を与えるおそれがあるとも、被告が原告の親の信仰を重視していることを事前に告知していたともいえないとし、いずれにしても婚約破棄に正当な理由はないという結論を下しています。

 

 憲法上、信教の自由が認められている以上、当人同士に信仰の相違があってもそのこと自体が婚約破棄の正当な理由とはなり難いように思われます(信仰の故をもつて婚約を破棄することは正当な理由とは認め難いと判断したものとして京都地裁昭和45年1月28日判決)。

 

 本件では本人同士に信仰の相違があった場合ですらなく、親の信仰を理由とした婚約破棄ですが、このような事情は本人がコントロールし難いものであり、裁判所が認定した事情のもとでは婚約破棄について正当な理由がないという判断は妥当なものだったと思われるところです。

 

 もっとも、本裁判例でも触れられているように、特定の事情を重視していることをあらかじめ相手に明示的に告知していた場合で、もしも相手がその点に関して積極的に嘘をついた結果、婚約に到ったようなケースであれば、そういった相手の不誠実な態度そのものが婚約破棄の正当な理由に該当する余地はあり得るのではないかとも思われます。

 

 いずれにしても、実際のケースでは正当な理由があるかどうかは様々な事情を総合的に検討する必要がありますので、微妙な判断が求められる事案のときは専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月19日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手が配偶者と接触するごとに違約金を支払うとの合意について、婚姻関係破綻後の接触に関する違約金の請求は権利濫用と判断したケース

 

接触禁止条項・違約金条項とは

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞行為者との間で、今後は配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束し(接触禁止条項)、この約束に違反した場合に違約金を支払うと合意することがあります(違約金条項)。

 

 このような接触禁止条項と違約金条項は再度の不貞行為を防ぐ目的で設けるものであり、合意の時点では夫婦関係を再構築することを予定している場合が多いように思われます。

 

 しかし、不幸にして夫婦関係の再構築ができずに破綻し、その間、不貞相手が配偶者と連絡を取り合っていたような場合、この違約金条項に基づいてどこまで請求できるのかが問題となることがあり、この点について請求の一部が権利濫用になると判断した近時の裁判例がありますので(東京地裁令和4年9月22日判決)、今回はこれをご紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

登場人物

 

X:原告・Aの配偶者

Y:被告・Aと交際

A:Xの配偶者

 

問題となった条項

 

<接触禁止条項>

 Yは、Xに対し、今後Aとの交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、Aと連絡・接触しないことを約束する。

 

<違約金条項>

 Yが上記の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円をAに対し支払うものとする。

 

→XはYが上記約束に反したとして違約金を請求したところ、Yは以下のように主張して請求を争った。

 

Yの主張(争点)

 

<争点1 公序良俗違反により無効>

 合意書作成当時、XとAの婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったから違約金条項は公序良俗に反し無効である。

 

<争点2 権利濫用>

 仮に合意書作成時点でXとAの婚姻関係が破綻していたとは認められないとしても、その後、遅くともAがXに離婚を申し入れた時点では婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益がなかったから、同時点以降の違約金条項に基づく権利行使は濫用である。

 

※ほかにも違約金の発生する条件である「1回」の意味についても争いがありましたが、ここでは割愛します。

 

裁判所が認定した事実関係の概要

 

①AはYとの不貞がXに発覚した後に一度自宅を出たが、その後、自宅に戻り、合意書作成当時、XとAは同居していた。

 

②今後交際をやめるなどという合意書の文言からは、XとAの婚姻関係が破綻していないことが前提とされていたと考えるのが合理的

 

③合意書作成当時、YもAとの不貞関係を解消し合意事項を遵守する意思はあったと供述しており、XとAの婚姻関係が破綻していないことを前提に本件接触禁止条項を承諾したものと推認できる。

 

④合意書作成の翌日からAとYはLINEでやりとりをするようになった。

 

⑤合意書作成から数か月後、Aは週末に外出するなどするようになり、Xに離婚したいと伝えた上で自宅の上にある事務所で生活するようになったほか、その後に代理人を通じてXに離婚の意向を通知し、別のところに転居するなどした。

 

争点に対する判断

 

<争点1に対する判断>

合意書の作成当時、XとAの婚姻関係が破綻していたとはいえず、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったとはいえない。

 

→違約金条項は有効。

 

<争点2に対する判断>

その後、Aは離婚したいと述べて家を出て再度の別居に至り、それ以後は一貫して別居及び離婚する意向を示しているから、Xが離婚を申し出た時点でXとAの婚姻関係は破綻した。

 

→違約金条項が前提とする保護法益(婚姻関係の平穏)は遅くとも離婚を申し出た時点で失われており、同日以降の違約金条項に基づく権利行使は権利濫用となる。

 

 以上のとおり、上記裁判例では、接触禁止条項に反した場合の違約金条項について、違約金条項そのものは有効ではあるものの、夫婦関係が破綻したあとの接触に対して違約金を請求することは権利の濫用として認められないと判断しています。

 

 接触禁止条項と違約金条項を組み合わせた形で合意する場合、上記裁判例も述べるとおり婚姻関係の平穏を守る目的であるのが通常と思われますので、一度は再構築に向けて努力したものの何らかの理由によって婚姻関係が破綻してしまった場合、この条項によって守るべき法的利益が失われてしまった以上、それ以降は違約金の発生を認める必要はないというのが上記裁判例の結論と思われます。

 

 なお、似たようなものとして、不貞行為そのものを行った場合に違約金を支払うという合意をすることもありますが、そちらのケースについても今回紹介した裁判例と同様の判断を下した裁判例がありますので、不貞行為に関連して違約金条項をもうけて実際に請求するときには、このような判断があることにも注意を払う必要があります。

 

2023年12月21日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

次に不貞行為をしたら慰謝料を支払うという合意の有効性

 

 配偶者の不貞行為が発覚した場合に、将来の不貞行為を防止する目的で、今後不貞行為に及んだ場合には慰謝料として一定額を支払うと約束をする(させる)ことがありますが、今回はこのような合意の有効性についてお話ししたいと思います。

 

公序良俗との関係

 

 民法第132条は不法な条件を付した法律行為は無効と定めており、古くには不貞行為をしたことを慰謝料の支払条件することがこれにあたるのではないかと争われたケースもあります。

 

 しかし、浦和地裁昭和26年10月26日判決は、このような合意について、不貞行為に及んだことを慰謝料支払いの条件とすることはその条項に不法の性質を与えるものではなく、公序良俗その他強行法規に違反するものでもないとして有効としており、その後の裁判例でも、単に合意が有効かどうかという二者択一的なアプローチではなく、その合意の内容が著しく過大であり公序良俗に違反するかどうかという見地から、個々の事案に即してどこまでの範囲で有効といえるかが検討されているように思われます。

 

 たとえば、東京地裁平成17年11月17日判決は、不貞相手との間において今後不貞行為をしたときは5000万円を支払うと合意をしたケースについて、不貞行為の態様、資産状況、金銭感覚、その他本件の特殊事情を十分に考慮しても、なお相当と認められる金額を超える支払いを約した部分は民法90条によって無効であるとし、不貞相手である被告が自ら金額を提示したことや同人にかなりの資力があったこと、不貞行為を解消する旨を誓約しておきながらこれを破り原告の配偶者を家出させて同棲に及ぶなど違法性が強いといった事情から、1000万円の限度で合意の有効性を認めています。

 

 他方、近時の裁判例(東京地裁平成29年10月17日判決)では、内縁関係が10年程度継続した内縁の夫婦間において、その内縁期間中にパートナーの一方が不貞行為に及んだときは500万円を支払うと合意していたケースで、不貞行為の結果、内縁関係が破壊されたような場合であれば500万円という金額が過大であるとまでは認められず、一部について無効をきたすことはないとしてパートナーに対する請求を全額認めたものがあります。

 

どこまで有効かはケースバイケース

 

 以上のように、不貞行為に及んだことを支払条件とした慰謝料の合意の有効性については、悪質性の程度や、合意後の不貞行為によって夫婦関係がどの程度悪化したのか、不貞行為者の資産状況、といった各種事情から具体的に検討・判断される傾向にあるため、当初合意した金額がそのまま有効と判断されるとは限りません。

 

 また、仮にこのような合意をしたとしても、合意をする際に相手に対する脅迫等の行為があった場合には、金額の妥当性を問わず合意自体が全体として無効となる場合もありうるところです。

 

 脅迫によって無理やり合意をさせることは論外ですが、そのような不当な行為がなければ、東京地裁平成29年10月17日判決にみられたように500万円という比較的高額の合意が有効と判断されたケースもありますし(合意がない場合に裁判で500万円が認められるのは稀なケースではないかと思われます。)、将来の不貞行為の防止を主たる目的とするのであれば、有効性はともかく合意をしておくこと自体に意味がある場合もあると思われます。

 

 いずれにせよ、このような合意をするときはパートナーや不貞相手が合意を反故にした場合を想定して明確に取り決めをしておく必要があると思いますし、合意をする際の交渉のやり方や金額の面で社会的に相当な範囲にとどめておくことが合意後の紛争防止の観点からも望ましいと思われますので、合意を書面化する前には一度弁護士に相談なさることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年11月24日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

同棲にあたり交際相手が退職するつもりであることを知りながら収入の見通し等につき虚偽説明をしたことが不法行為にあたるとされたケース

 

 男女交際が発展して共同生活(同棲)を始めるとき、当事者の一方に十分な収入がある場合には他の一方が仕事を辞めるということがあります。

 

 この場合、交際相手の一方が誠実な方であれば問題はありませんが、残念ながら不誠実な者がいることも事実であり、ひどいケースでは仕事や収入に関する当初の説明が誇張のレベルを超えて全くの虚偽であったということもあります。

 

 では、相手が仕事や収入について嘘の説明をし、それを信じて仕事を辞めて同棲するに至った者は、虚偽説明をした交際相手に対して何かしらの請求ができるのでしょうか?

 

不法行為として損害賠償請求ができる場合がある

 

 このような場合、本人としては交際相手の仕事や収入に関する説明が事実であると信じて退職を決断したわけですから、その説明が全くの虚偽だった場合、相手の虚偽説明によって収入の喪失や精神的苦痛といった損害を受けることになります。

 

 そのため、同棲を開始するにあたり、本人が仕事をやめる意向であることを知りながら、交際相手が自分の仕事の状況や収入の見通しについて全くの虚偽説明をした場合、損害賠償の請求ができるとした裁判例があります(東京地裁令和元年10月23日判決)。

 

東京地裁令和元年10月23日判決

【事案の概要】

婚活サイトで知り合い交際を始めた男女について、男性(被告)が女性(原告)に対して人並みの貯金と十分養っていける給与はもらっているので仕事を辞めて体一つでいてほしい、生活費については支払うから退職して無給になっても問題ないなどと述べ、これを信じた女性が将来の結婚を見据えて同居を開始して職場も退職したところ、実際には被告は病気休職中で就業のめども立っていないかった(そのほか、そもそも被告は原告に独身であると述べていたが、交際開始時点では既婚者であり、その後の同棲中に離婚が成立していたこと判明した)。

 

【裁判所の判断】

「婚姻を前提とする交際を行うに当たって,既婚者であることはそれだけで法的な婚姻障害に該当する重要な事情である以上,これについて虚偽の説明をした上で,交際を開始することは,不法行為を構成するものというべきである。また,共同生活を開始するにあたり,相手が仕事を辞める意向であることを知りながら,自らの仕事の状況や今後の収入の見通しについて,誇張の程度を超え,全くの虚偽の説明を行うことは,相手の将来にわたる継続的な収入の方策を絶つことになり,その将来に重大な影響を与えることに鑑みると,不法行為に該当するものといえる。」

 

→被告が前妻との離婚が成立していないにもかかわらず独身であると説明して交際を開始するとともに、病気休職中で就業のめどが立っていないにもかかわらず人並みの貯金と十分に養っていける給与はもらっていると説明し原告に離職を促したことは不法行為を構成するとして、慰謝料80万円の支払いを命じた(なお、原告は慰謝料以外にも同居中の生活費の請求も行ったが、この点は内縁関係の解消に伴う扶養に類する問題であって直ちに被告の不法行為と相当因果関係のある財産的損害とはいえないとし、慰謝料額の範囲でのみ考慮するとして直接の請求は否定)。

 

 上記裁判例では、①婚姻を前提とした交際を開始するにあたって既婚者であることを隠したこと、②共同生活を開始するにあたり相手が仕事を辞める意向であることを知りながら仕事の状況や今後の収入の見通しについて全くの虚偽の説明を行うこと、のいずれもが不法行為にあたると判断していますが、①については婚姻を前提とした交際を開始するにあたり、とする一方で、②については単に共同生活を開始するにあたり、としており、②のような行いが不法行為に該当するためにはその同棲が結婚を前提としたものである必要はないと考えているようにも読めるところです。

 

 どちらの解釈が正当かは何とも言えませんが、結婚を前提としていたかどうかにかかわらず、一旦退職してしまえばキャリアや収入など本人の将来に影響が生じることは避けられないと思われますから、個人的にはそのような条件は不要であり、結婚を前提としていたかどうかは慰謝料額を決める歳の考慮要素の一つに位置づけるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

 いずにせよ、このようなトラブルは相手の不誠実さに起因したものであるため虚偽が発覚した後も誠実な対応がなされないことが当然に想定されますので、この種のトラブルが発生したときは一度弁護士に相談して対応を検討することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2022年9月6日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

非弁護士が関与して作成された不貞慰謝料の和解契約が公序良俗に反して無効とされたケース

 

 以前のコラムにおいて、不貞行為による慰謝料の合意をしても、そのような合意が無効となったり取り消されたりする場合もある、ということをお話ししました。

 

 不貞行為に基づく慰謝料の請求については、たとえ被害を受けた側であっても社会的に相当な方法によることが必要ですが、今回は、弁護士ではないにもかかわらず職業的に不貞関係に関する和解交渉について依頼を受け、交渉を行っていた者が関与していたケースにおいて、諸般の事情から和解契約が公序良俗に反して無効と判断されたケースを紹介します。

 

東京地裁令和3年9月16日判決

【関係者】

A:不貞行為を行った者(既婚者)

B:Aの配偶者(原告)

C:Bから有償で依頼を受けて和解交渉に関与した者(非弁護士)

D:Aと交際した者(被告)

 

【裁判所が認定した主な事実関係や評価など】

①Cは、職業的に不貞関係に係る和解交渉について有償で依頼を受け、本人と一緒に又は本人に代理して具体的交渉を行っていた者であり、本件についても、単なる立会人としてではなく具体的な交渉を含めて関与していた。

 

②Cは全く面識のないBの勤務先を訪問し、路上で突然声をかけるなどして交渉の場に同行させた。

 

③Cは、約8時間にわたってBと一緒にDと交渉を行った。

 

③②、③のような行動は交渉の場となった飲食店がある程度開放的な場所であったことを前提としても、一般人であるDにとって十分恐怖感を覚えるようなものであったといえる。

 

④和解合意書はBとCが準備したものであり、合意された慰謝料は500万円と一般的な不貞慰謝料に比して相当高額である。

 

⑤和解合意書にはDの父親の氏名や連絡先も記載させた。

 

⑥和解契約締結後、BとCは、ホテルの音声を出されるのは耐えられないと思うなどといったメッセージをDに送信しており、これは、Aとの関係やこれに関してDが望まない事実が公になる旨をあえて伝え、合意内容の履行を促すことを目的としたものといえる。

 

→「本件和解契約は、単にCが弁護士法に違反して関与したにとどまらず、Cにおいて具体的な交渉を含めて積極的に関与したものである上、その交渉態様は事後的な対応も含めて相当性を欠くものといわざるを得ないから、このような経緯で締結された本件和解契約は、公序良俗に反するものとして無効というべきである。」

 

 弁護士ではないものが報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱うことは弁護士法72条で禁止されていますが(非弁行為)、不貞行為を理由とした慰謝料請求に関する交渉は法律事務にあたりますので、職業的に有償で依頼を受けて交渉に関与した場合は弁護士法に違反することになります。

 

 この裁判例では、和解交渉に関与した者が弁護士法に違反していることのみを理由として和解契約の効力を否定したわけではありませんが、関与者が弁護士法に違反していたことに加え、その関与の度合いが積極的なものであったことや、そもそもの交渉態様が相当性を欠くことを指摘して和解契約は無効と判断しています。

 

 和解の効力を否定した結論自体は正当であると思いますが、非弁護士がこのような示談交渉に関与した場合、裁判例が指摘したように社会的にみて相当性を欠く手段による請求行為がなされることがありますし、その結果、本来、取得し得ないはずの不当な利益を獲得させることにもつながりかねませんので、弁護士法72条に違反する者が和解交渉に関与した場合には、その者の関与の積極性や交渉態様如何にかかわらず、端的に公序良俗に反して無効と判断されるべきではないかと考えます。

 

 なお、この裁判例では、和解契約の効力が否定されただけではなく、結局DにはAが既婚者であったことについて故意も過失もなかったとして慰謝料請求自体も棄却されていますが、本件とは異なり、交際相手に故意過失があることが明らかで慰謝料を請求できる正当な権利が認められるケースでも、そのような違法な交渉を行った場合には権利実現にとってマイナスに働くことも想定されます。

 

 たとえば、違法な交渉を行ったばかりに、その後の裁判での慰謝料請求が権利濫用として否定されてしまうリスクや、そこまでいかずとも、社会的に不相当な方法によって請求したという事実が裁判において慰謝料額を低減させる事情として斟酌される可能性もありますので、慰謝料請求を検討している方は、知らない間に違法行為に巻き込まれたり、それによる不利益を受けないように細心の注意が必要と思われます。

 

 また、慰謝料を請求された側としても、素性の知れない第三者が関与している場合にはその場で合意するのではなく、いったん持ち帰って検討することが必要となりますが、万が一合意してしまったとしても、今回紹介した裁判例のように事情次第では和解が無効と判断される場合もありますので、そのようなときは弁護士へご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

関連するコラム

「不貞行為の慰謝料の示談が無効になったり取り消されることはあるのか?」

 

2022年3月26日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞行為を1回するごとに違約金を支払う旨の合意について、不貞行為の時に婚姻関係が破綻していた場合には効力がないと判断したケース

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞相手に対して慰謝料を請求することがありますが、そのほかにも、今後、不貞行為に及ばないことを誓約させ、その約束を破った場合には一定の違約金を支払うことを合意することがあります。

 

 このような違約金の合意もあまりにも高額でない限りは有効と判断される傾向があると思われますが、他方で、このような合意を交わした後、時をおいて再び性的関係を結んだという場合に、合意に基づき違約金を支払う義務が生じるかどうかについては別途検討する必要があります。

 

 というのも、不貞行為に基づく慰謝料は婚姻共同生活の平和の維持という利益を侵害されたことに基づく責任であり、たとえ既婚者と性的関係を結んだとしても、その当時、既に婚姻関係が破綻していたときは慰謝料の支払義務は負わないとされているため(いわゆる破綻の抗弁)、違約金の合意をした後で夫婦関係が破綻してしまい、その後になって性的関係を結んだという場合、違約金の合意によって保護すべき法的利益は既になくなっているのではないかとも思われるからです。

 

 そして、この点が問題となった東京地裁令和2年6月16日判決は、以下のように述べて、婚姻関係破綻後については、このような違約金の合意は無効と判断しています。

 

東京地裁令和2年6月16日判決

「本件違約金条項は、被告と○○との不貞行為が原告の権利ないし法益を侵害することを前提とするものであるところ、不貞行為時において、既に婚姻関係が破綻していた場合には、それにより原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法益が侵害されたとはいえず、特段の事情のない限り、保護すべき権利又は法益がないというべきである。そうすると、本件違約金条項のうち、原告と○○の婚姻関係破綻後について定めた部分は、公序良俗に反し無効と解するのが相当である。」

 

 なお、このような違約金の合意は損害賠償の予定と推定され、従前の民法では、裁判所はこのような合意に基づく金額を増減させることができないとされていましたが(旧民法420条1項)、実際には裁判所が公序良俗違反を理由として合意に基づく違約金の請求を制限するケースがあったことから、改正後の民法420条1項ではこの部分が削除されています(なお、上記判決とは事実関係は異なりますが、違約金があまりも高額すぎるとして合意を一部無効としたものとして、東京地方裁判所平成17年11月17日判決があります)。

 

 そのため、違約金の合意の効力について公序良俗に反するか否かという観点から判断しているこの判決は特に目新しいものではありませんが、不貞に関係する違約金の合意の効力を判断する際に婚姻関係の破綻の有無を判断要素としている点は興味深いところです。

 

 この判決のような結論をとると、「再び不貞関係を結んだ場合は違約金を払う」という合意には意味がないようにも思えますが、そもそも、このような合意をするということは、一応、夫婦関係をやり直そうとするケースであると思われます。

 

 そうすると、違約金の合意をした後、別居もせずに一緒に住んでいたようなケースであれば、婚姻関係が破綻したとまではいえないと思われますので、その後に再び不貞関係を結んだ場合には、当初の合意に基づいて違約金の支払義務があると判断される可能性は十分にあるように思います。

 

 他方で、不貞行為が発覚した後にすぐに別居してしまい、数年後に夫婦間で離婚調停や訴訟が係属するようになってから再びそのような関係になったというようなケースであれば、この判決の考え方によれば、過去に結んだ違約金の合意に基づく請求までは認められないのではないかと考えられます(もちろん、当初の不貞行為に基づく慰謝料請求ができることは別論です)。

 

 このように、不貞行為発覚後に違約金の合意を結ぶ場合にはその効力を巡って後に紛争になることがありますので、くれぐれも注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年9月7日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手に対する慰謝料請求の際、不貞行為を行った配偶者が虚偽の書面を作成したことが、他方配偶者に対する不法行為にあたると判断されたケース

 

 不貞行為に基づく慰謝料は不貞行為に及んだ者に故意・過失があってはじめて請求できるものであるため、もしも交際当時、その者が、交際相手が既婚者であることを知らず、知ることもできないような状況だったときには、故意・過失がなく責任を負わないことになります。

 

 そのため、不貞相手に対して慰謝料の請求をする場合、不貞行為の存否の立証のほかに、不貞行為時における婚姻関係の認識(既婚者であることを知っていたかどうか)や交際当時の状況(既婚者であることを知ることが容易であったかどうか)が問題となることがあります。 

 

 もっとも、このような点については単独での立証が困難な場合も多いため、不貞行為を働いた配偶者の供述に頼らざるを得ないこともしばしばであり、不貞行為を行った配偶者の陳述内容は交際相手に対する慰謝料請求をする上で重要な証拠となります。

 

 今回は、不貞をされた側が不貞相手である交際相手に慰謝料請求をしたところ、不貞行為を行った配偶者が虚偽の書面を作成したというケースにおいて、そのような虚偽の書面を作成したことが、他方配偶者との関係で不法行為に該当すると判断した裁判例をご紹介します。

 

東京地裁令和3年1月21日判決

 このケースは、配偶者の一方(A)が他方配偶者(B)に不貞の事実を認め、自分が既婚者であることは交際相手(C)には伝えていたとBに述べていた、という事実関係を前提に、他方配偶者(B)が交際相手(C)に対して不貞慰謝料の請求をしたところ、不貞行為を行った配偶者(A)が、交際当時、自分は離婚していて独身であると偽っていたので交際相手に責任は一切ないと考えているという趣旨の書面を作成し、交際相手(C)の代理人弁護士に対して送付したという事案です。

 

 このケースにおいて裁判所は、まず、Aが、この書面を作成する前に他方配偶者(B)に対して陳述していた内容(自分が既婚者であることはCにも伝えていたという内容)の信用性を検討し、それが自己に不利益な内容を自認するものであって信用できると判断し、この陳述に矛盾する内容のAの書面は虚偽の内容を述べるものである、と認定しました。

 

 そして、そのような事実認定を前提に、交際相手(C)の代理人弁護士宛の虚偽内容の書面を作成したことについて,不貞行為における故意の立証は不貞当事者間の密室における言動によって多分に左右されると考えられるから、この点に関して虚偽の内容を記載した書面を作成することは、配偶者(B)の交際相手(C)に対する不貞行為に関わる損害賠償請求権の行使を困難にするものとして不法行為に該当する、と判断して慰謝料の支払いを命じました。

 

 不貞行為の責任を追及される者と虚偽の主張や虚偽の証拠を提出する者は一致することが多いため、そのことは不貞慰謝料の金額の増額要素として主張するにとどめ、虚偽主張等をしたこと自体について損害賠償責任を追及するケースは少ないのではないかと思われます。

 

 このケースは、以前に述べた内容を翻し、交際相手への慰謝料請求を妨害する虚偽の書面をあえて積極的に作成したという点で特に悪質性が強いように感じられるため、果たして虚偽主張等一般に妥当する判断といえるかは不明ですが、不貞行為当時の既婚者の認識の立証に関連して虚偽の内容の証拠を作成したことが慰謝料請求者との関係で違法性を帯びることがあると示したものであり、証明妨害行為に対して慰謝料という形で制裁が課されることがあると判断した例として興味深いため、ご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年9月1日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不倫の暴露による損害賠償が問題となった2つのケース

 

 不倫(不貞行為)が配偶者に発覚した場合、不貞の事実を知った側が第三者に対してその事実を暴露してしまうことがあります。

 

 このような行為は、その暴露先や態様にもよりますが、名誉毀損ないしプライバシーの侵害となり、たとえ不貞行為の被害者であっても法的な責任を負うことがありますので、今回はこのような不倫の暴露による損賠賠償責任が問題となったケースを2つご紹介したいと思います。

 

東京地裁令和2年11月27日判決

【事案の概要】

 元妻が夫の不貞行為や離婚時の条件などを記載した電子メールを元夫の勤務先の役員及び従業員全員が閲覧可能なメールアドレス宛に送信してしまったことから、元夫が元妻に対して損害賠償等を請求したというもの(なお、判決では故意までは認められないものの故意に匹敵する重大な過失があるとされた。)。

 

【判示内容】

「本件メールの内容のうち、原告と○○との不貞関係あるいは原告の度重なる不貞行為と被告に対する経済DVを摘示する部分は、原告の社会的評価を低下させるものであるとともに、訴訟や調停の経過及びその結果等について摘示する部分と併せて、原告の私生活上の情報であり、一般人の感受性を基準として公開を欲しない事実、すなわち原告のプライバシーに属する事実を摘示するものであると認められる。なお、これらの摘示事実が、本件メールの送信前に既に一般に公開されていたとは認められない。」

 

「被告が、…のとおり原告の社会的評価を低下させるとともに、原告のプライバシーに属する事実を摘示する内容の本件メールを、本件アドレスに宛てて送信し、○○社の役員や従業員においてその内容を把握することのできる状態に置くことは、本件メールにおいて摘示された事実を、同人らに公然と摘示したものと評価することができ、このような行為は、原告の名誉権を侵害するとともに、同人のプライバシーを侵害するものと認められる。」

 

東京地裁令和2年2月10日判決

【事案の概要】

 妻が夫の不貞相手に対して慰謝料請求訴訟を提起したところ、不貞相手側が、①妻が不貞相手の父親に不貞行為の事実を記載したはがきを送付したり、②夫の父親に不貞行為の事実を記載したはがきを送付したこと、また、③高校時代の知人にインスタグラムを利用して不貞行為の事実を記載したメッセージを送付したことがそれぞれ名誉毀損ないしはプライバシー侵害に当たるとして慰謝料請求の反訴を提起したもの。

 

【判示内容】

①不貞相手の父親にはがきを送付した点

「本件はがきの記載内容は、被告が原告と○○の夫婦関係を破壊しかけている旨を摘示しており、これは本件はがきを読む者に被告が不貞に及んでいると認識させるものである。本件はがきの送付は、被告の社会的評価を低下させるもので、名誉毀損に当たる。
 また、○○と被告の間に不貞行為があったと認められることは上記判断のとおりであり、これを被告の父親に開示することは、被告のプライバシーを侵害すると認められる。」

 

②夫の父親にはがきを送付した点

「本件はがきの記載内容は、被告が原告と○○の夫婦関係を破壊しかけている旨を摘示しており、これは本件はがきを読む者に被告が不貞に及んでいると認識させるものである。本件はがきの送付は、被告の社会的評価を低下させるもので、名誉毀損に当たる。   

 また、○○と被告の間に不貞行為があったと認められることは上記判断のとおりであり、これを被告の父親に開示することは、被告のプライバシーを侵害すると認められる。」

 

③知人にメッセージを送信した点

「本件メッセージの記載内容は、被告が○○と不貞関係にある旨を摘示しており、これは本件メッセージを読む者に被告が不貞に及んでいると認識させるものである。本件メッセージの送信は、被告の社会的評価を低下させるもので、名誉毀損に当たる。
 また、○○と被告の間に不貞行為があったと認められることは上記判断のとおりであり、その他被告の姿容や服装の志向性等、これを被告の知人にことさらに開示することは、被告のプライバシーを侵害すると認められる。」

 

 以上の通り、過去の裁判例では、勤務先のみならず、不貞相手の父親や配偶者の父親、不貞相手の知人に対して不貞の事実を開示したことが名誉毀損あるいはプライバシー侵害にあたるとされています。

 

 なお、勤務先へのメール送信が問題となった1番目の事例では、判決を読む限り故意にメールを送信したとまでは認められなかったようですが、「他人の社会的評価やプライバシーに関わる事実が摘示された電子メールを送信するに当たっては、誤送信された場合に当該他人が被る社会的評価の低下やプライバシー侵害の危険に鑑み、その送信先の選択に留意し、少なくとも送信先を誤ることのないよう注意すべき義務を負う」、「送信前に宛先を確認することが、一般的には極めて容易であることに照らせば、被告が、上記のような注意を怠ったことは、著しく軽率なことであった」として、被告には重過失があると判断されていますので、わざと送ったものではないということは責任を免れる理由にはならないことがわかります。

 

 不貞行為が発覚した場合、どうしても冷静に判断することができず、第三者への暴露が生じてしまいがちですが、このような行為は今回紹介したように単なる道義的なレベルではなく法的なレベルでの問題が生じますので、くれぐれもご注意いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年7月25日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所