離婚後の生活保障を求めることはできるか?(扶養的財産分与)

 

 離婚のご相談をお受けしていると、離婚後に元配偶者から生活費をもらえるのか、というお話を受けることがあります。

 

 特に幼いお子さんをお持ちの専業主婦の方や高齢の方など、離婚後に働くことが容易ではない方からそのようなお話をよくいただきますが、では、このような請求は認められるのか、というのが今回のテーマです。

 

原則は自立

 夫婦は離婚することにより互いの扶養義務が消滅するため、離婚後も婚姻中と同じような生活費の負担を求めることはできないのが原則です(子どもの養育費は別問題です)。

 

例外:扶養的財産分与

 もっとも、先ほど述べたように、幼い子どもの面倒を見る必要があり仕事に就くことが容易ではない、高齢のため働けず年金も少ない、というように、離婚によって当事者の一方の生活が成り立たなくなる場合にこのような原則を貫くのは不公平なことがあります。

 

 たとえば、夫婦共有財産として清算対象となる財産はないが、元配偶者が相続によって多額の資産(=特有財産)を持っていたり収入が高いような場合、離婚によって他方配偶者が生活困窮に陥ることはバランスを欠く場合があります。

 

 そこで、離婚に伴い自立できないような経済状況に陥ることになる配偶者に対して、一定の範囲で将来の扶養のための財産分与を認めるという考え方があり、これを「扶養的財産分与」と呼んでいます。

 

 そもそも財産分与には、夫婦共同で築き上げた財産を清算する清算的財産分与、精神的苦痛に対する慰謝料的な性質をもつ慰謝料的財産分与がありますが、扶養的財産分与はこれらとは別のものと考えられています。

 

どのような場合に認められるか

 先ほど述べたように、離婚後は元夫婦間ではお互いの扶養義務はないため、原則として扶養的財産分与は認められず、相手方に十分な扶養能力(資力)があり、かつ、請求する側が自立して生活することができない事情がある場合(扶養の必要性)に限って認められると解されています(名古屋高裁平成18年5月31日決定参照)。

 

 もっとも、どのような場合であれば扶養的財産分与が認められるのかという具体的な基準はなく、実務上は、以下のような各要素を総合的に考慮して相手方の資力や扶養の必要性を判断し、最終的に分与を認めるのが公平に叶うかどうか、認めるとしてその額や分与の方法はどうするか、ということを決めているのが実情です。

 

 【扶養的財産分与の考慮要素の例】 

 以下、扶養的財産分与が認められる方向に働く事情の一例を紹介します(認めない方向に働く事情は基本的にその反対となります)。

 

 1 請求者の財産状況 

  めぼしい財産がない

 

  離婚の際、十分な清算的財産分与や慰謝料などをもらえる見込みがない

 

 2 請求者の収入の有無 

  収入がない又は収入が低い

 

 3 請求者が無職の場合、就労可能性 

  就労経験がない又は乏しい

 

  高齢である

 

  就職に役立つ資格をもっていない

 

  持病やケガの後遺症などで働くことが難しい

 

  幼い子どもがいるため、働くことが難しい

 

 4 請求者の住居を確保する必要性 

  子どもが小さく環境を変えることが困難

 

  高齢であり長年その家に住んでいたため環境を変えることが困難

 

 5 請求者の家族関係 

  財産分与を請求した時点で再婚(内縁含む)していない

 

 6 双方の有責性の有無・程度 

  不倫や暴力など相手方の問題による離婚である

 

 7 相手方の財産状況 

  多額の固有財産(相続など)がある

 

 8 相手方の収入 

  安定した収入がある

 

 9 相手方の家族関係 

  高齢の親や障がいのある家族を扶養する必要がない

 

どのような内容・方法で認められるのか

 扶養的財産分与の方法についても、先ほど述べたような色々な事情から裁判所が裁量で判断することになりますが、わかりやすいやり方として、毎月一定額の生活費の支払いという形を取ることがあります。

 

 具体的な金額について絶対的な基準はありませんが一つの目安として離婚前の婚姻費用額が指標とされることがあるようです。

 

 支払いの期間についても、結局のところは元配偶者が自立して生活できるようになるまでの期間であり、この点は夫婦の事情によって千差万別のため基準はありませんが、離婚する以上無制限に認められるわけではなく(論者によってまちまちですが)概ね数年程度が限界と考えられているようです(ちなみに過去の裁判例では、支払期間を3年間としたものがあります(横浜地裁川崎支部昭和43年7月22日判決))。

 

 以上のような金銭給付以外でも、たとえば、相手方所有の不動産に居住権を設定する、不動産の所有権を移転させる、清算的財産分与として支払いを命じる額に一定額を加算するなどという内容が認められることもあります。

 

 扶養的財産分与は例外的なものであることや考慮要素が複雑であることから、認められるかどうかの判断が難しい分野ですので、請求をお考えの場合には一度弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

財産分与と税金の話

 

 離婚問題を取り扱っていると避けて通れないのが財産分与ですが、それに関連するものとして問題になることがあるのが税金関係です。

 

 最近では財産分与と税金の問題についてもご存じの方が多い印象ですが、知らないと落とし穴もあるところですので、今回はこの問題について取り上げたいと思います。

 

お金と不動産では取り扱いが違う

 離婚時に財産分与を行った場合の課税関係については、大きく分けると、分与した財産がお金の場合と不動産の場合とに分けられます。

 

お金の分与

 【お金の場合、原則として税金はかからない】 

 財産分与として離婚後に金銭を分与した場合には、原則として税金(贈与税)はかかりません。

 

 離婚の際に「解決金」という名目で金銭を支払うこともありますが、離婚事件において合意する場合には基本的には財産分与(ないし慰謝料(←非課税)あるいはそれらが合わさったもの)として取り扱われますので、贈与税はかからないと言われています(この点が気になるのであれば、明確に「財産分与として」という名目にしておくことをお勧めします)。

 

 もっとも、このような取り扱いには例外もあり、以下の場合には贈与税が課せられます(相続税法基本通達9-8但し書き)。

 

①課税を免れる目的で、財産分与という名目で金銭を渡した場合

 →渡した金額全額が贈与として扱われ、課税される

②分与した金銭が、婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮してもなお過当であると認められる場合

 →過当と認められる部分が贈与として扱われ、課税される(※)

  ※全額ではなく、あくまで過当な部分のみ

 

 【離婚前のお金の分与には注意が必要】 

 これに対して、離婚する前に金銭を分与した場合には、たとえ「財産分与」という名目であっても財産分与とはみなされず、単なる贈与となります。

 

 この場合、婚姻期間20年以上の夫婦間で行った居住用不動産取得資金の贈与の特例(2000万円の特別控除)が適用されない限り、110万円の基礎控除を超える部分について贈与税が課税されます。

 

 離婚前の金銭の分与についてこの特例の適用を受けるには、婚姻期間20年以上の夫婦であること、居住用不動産の取得資金の贈与であること、贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅を取得して実際に居住すること、その後も居住し続ける見込みがあること、といった各条件のほか、税務署への申告が必要です。

 

不動産の分与

 【不動産の場合、分与者側に譲渡所得税と住民税がかかる場合がある】 

 離婚時に不動産を分与した場合には、分与した側に譲渡所得税と住民税が課税される可能性があります(分与された側ではありません)。

 

 一般的な感覚だともらった側が課税されるのではないかと思いがちですが、譲渡所得税と住民税の場面では分与した者が不動産を時価で譲渡したとみなされることから、分与者側に課税の問題が生じます。

 

 もっとも、譲渡所得税が課税されるのは、分与したときの時価が取得費と譲渡費用とを超えた場合(値上がりした場合)ですので、不動産の時価が取得時の価格より値下がりしている場合には課税されません。

 

 また、分与時の不動産の時価が取得費と譲渡費用を超えてしまうケースでも、居住用不動産を財産分与するときは3000万円まで非課税とする特例の適用を受けられる可能性があります(対象が居住用不動産であることや確定申告が必要であること、先に離婚届を出してから財産分与を行う必要があるなどいくつか注意点があります)。

 

 【離婚前の不動産の分与は?】 

 これに対して、離婚する前に不動産を分与した場合には、譲渡所得税や住民税ではなく贈与税の問題が生じます。

 

 ただし、離婚前に居住用不動産を分与したときは、お金と同じように贈与税の特別控除の制度がありますので、要件をみたせば2000万円の特別控除と110万円の基礎控除の合計額までは贈与税がかかりません。

 

 【その他の税金(不動産の場合)】  

 その他、不動産を財産分与した場合には、名義変更に際して登録免許税がかかります(固定資産評価額×2%)。

 

 これに対して、不動産取得税については、夫婦共有財産の清算を目的として行われたものは基本的には課税されないようですが、それに当てはまらないケース(婚姻前に取得した不動産や相続で取得した不動産を分与した場合、慰謝料代わりや将来の扶養のために分与した場合)には課税されることがあるようですので、気になる方は自治体に確認しておいた方が良いと思います。

 

 以上のように、財産分与については様々な税金が問題となりますが、基本的にはお金のやりとりであれば問題は少ないと言えます。

 

 不動産を財産分与の対象とする場合は、これまで述べたとおり離婚後の分与・離婚前の分与のいずれのパターンでも税金の問題が生じる可能性がありますので、そのようなケースでは税理士さんへも相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

代車料はどこまで払ってもらえるのか?~交通事故⑪~

 

  交通事故で車両が傷ついた場合、修理期間中、代車を提供してもらえたり、自分で代車を手配する場合があります。

 

 では、このような代車料は、はたしてどの程度、相手方に負担してもらえるのでしょうか?

 

 今回は、意外と難しい代車料について詳しく説明していきたいと思います。

 

代車使用の必要性

 そもそも代車料が認められるのは、日常生活において自動車を利用する必要性がある場合に限られます。

 

 そのため、営業車のように必要性が明らかな車両ではなく自家用車の場合、例えば休みのときのレジャーにしか使用していないようなケースだと、代車利用の必要性がないとして代車料が否定されることがあります。

 

 また、事故にあった自動車を通勤に利用していたとしても、自宅に何台か自動車があり他の自動車で十分に用を足せる場合や、公共交通機関を利用することで通勤が可能な場合などにも否定されることがあります。

 

 もっとも、例えば、通勤用ではないが家族の通院や介護のため送迎に使う必要がある場合や、公共交通機関を利用すると大幅に通勤時間が増えてしまう場合、早朝や深夜など公共交通機関を利用できない事情がある場合などであれば代車の必要性が認められることがありますし、また、複数の自動車を保有していても、その自動車が日常的に他の用途に使用されているため代車としては使えない場合であれば認められる可能性もあります。

 

 そのため、代車料の請求を巡って問題が生じた場合には、これらの事情を積極的に主張し、代車を使う必要があることを説明していくことになります。

 

 なお、公共交通機関の利用が可能であることを理由に代車料が否定される場合、代わりに公共交通機関の利用料金相当額を損害として求めていくことになります。

 

代車料が認められる期間

 代車を使用する必要性が認められる場合、次に問題となるのが、代車料はいつまで負担してもらえるのか、という期間の問題です。

 

 この点は、修理が可能なケースと、経済的全損のケースで長さが異なります。

 

 【修理可能なケース】 

 まず、修理が可能なケース(=技術的に修理可能であり、かつ、修理に要する費用が買替費用を下回る場合)については、通常、1~2週間程度が認められています。

 

 もっとも、修理に要する期間といっても、事故にあった自動車の車種や年式、壊れ方によって変わることがありますので、たとえば部品調達に時間がかかるようなケースであれば、認められる期間が伸びる可能性もあります。

 

 【経済的全損のケース】 

 これに対して、修理費用が高額となり、買い替えた方がむしろ費用が安いというケース(=経済的全損)では、買い替えに必要な期間として、概ね1か月程度の代車料が認められています。

 

 ただし、事故車の用途が営業用であり、買い替える際に営業車登録をする必要がある場合には、その登録に時間がかかるといった特別な事情があれば、その分、期間が伸びる場合もあります。

 

代車料の金額

 代車料として請求できる金額は、基本的には事故にあった自動車と同種同等以下のグレードの自動車のレンタル料金に限られます。

 

 通常の国産車であれば、1日当たり5000円から1万5000円程度、国産高級車の場合は、1日あたり1万5000円から2万5000円程度が認められることが多いと思います。

 

 なお、事故車が高級外国車の場合でも、外国車を使用しなければならない合理的な必要性がない限り、国産高級車の限度の代車料しか認められません。

 

代車料の支出がない場合

 代車料を請求するためには、実際に代車料を支出していることが必要であり、何らかの理由によって実際には代車を使用していなかった場合、仮に代車を利用していればこれだけの費用がかかったはずである、という形での請求は認められません(認めた裁判例もあるようですが、少数にとどまっています)。

 

レンタカー特約(代車特約)について

 これまで説明した通り、代車料の請求は修理や買替に要する期間に限られるため、実際に代車を使用してしまってから、実は支払われない部分があったということがあり得ます。

 

 このようなときは、過大と判断された部分は自己負担とならざるを得ないのが原則ですが、被害者側がいわゆるレンタカー特約に入っている場合には、代車料をそこから出してもらえることがあります。

 

 そのため、事故によって代車を使用するかどうかを検討する場合には、相手に対してどこまで請求できるのかという視点とは別に、ご自分がそのような特約に入っていないかも確認しておくことをお勧めします。

 

 代車料については文献やインターネット上での情報も多い分野ですが、ご相談をお受けしていると、意外と認められる範囲についてご存じのない方もいらっしゃいます。

 

 当然に全額が支払われると考えていたところ、思わぬ形で自己負担を余儀なくされることがあり得ますので、代車料についてはくれぐれもご注意ください。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

遺産分割の前に預金を引き出すことはできるのか?~遺産相続③~

 

 遺産分割のご相談をお受けする中で、亡くなった方の相続手続(遺産分割)はまだ先になりそうだが、当面の対応のために預金を下ろしたいというお話があります。

 このような場合、以前であれば、各相続人はそれぞれの法定相続分に応じて単独で金融機関に支払いを求める裁判を起こすことができましたが、最高裁によって、預金については相続人全員の合意がない限り下ろすことができないという判断がなされましたので、以前のような方法はとれなくなりました。

 もっとも、遺産分割は終了するまで時間がかかることが多く、他方、葬儀費用や当面の支払いなどを行うために一定額を引き出したいというニーズがあるのも事実ですので、この点に対処するため、法改正によって以下のような手段を講じることができるようになりました。

 

遺産分割前の相続預金の払い戻しの制度(民法909条の2)

 各相続人は、【相続開始時点の各口座の預貯金額の3分の1×法定相続分】(かつ、1金融機関ごとに合計150万円)の限度で、直接、金融機関に対して支払いを請求することができます。

 この制度は、あくまで金融機関に対して直接支払いを請求するというものであり、裁判所に対する申立など特別な手続は不要なため、少額のケースであれば使い勝手は良いと思います。

 この制度を利用して預金を払い戻しをした場合、払い戻した金額は遺産の一部分割によって取得したものとみなされ、最終的な遺産分割の時点でその分が控除されることになります。

 なお、この制度は、令和元年7月1日から施行されていますが、7月1日以前に相続が開始した場合でも利用することができるとされています。

 

 【払い戻しすぎに注意】 

 上記のとおり、払い戻しの限度額は法定相続分を基準に決められていますので、生前贈与などの特別受益や他の相続人の寄与分によって、実は払戻した額がもらいすぎだったことが判明した場合、後日、その超過分を他の相続人に返還しなければならなくなりますので、払戻額については慎重に考える必要があります。 

 

仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)

 この制度は、家庭裁判所に遺産分割の調停・審判の申立をしているケースで、裁判所に払い戻しを認める審判を申し立て、裁判所の審判を得た上で払い戻すというものです。

 裁判所が関与するため、さきほどの制度と異なり上限について具体的な決まりはありませんが、その代わり以下の条件を満たす必要があります。

 

 ①遺産分割の調停・審判の申立がされていること 

 

 ②亡くなった人の生前の債務の支払いや相続人自身の生活費の支払いなど、遺産に属する預貯金を払い戻す必要性があること 

 

 ③他の相続人の利益を害さないこと 

 

 ④相続人全員の意見を聞くこと 

 

 正式な遺産分割前に預金を払い戻しする必要性があり、かつ、他の相続人の利益を害さないこと、という絞りがかけられている分、条件は厳しめになっていますが、150万円を超える金額を払い戻す必要があるケースでは検討する価値のある方法です(この改正がなされるまでは、②の条件について「急迫の危険」を避ける必要があるとき、という厳格な条件があり使い勝手が良くなかったため、条件が一部緩和されたものです)。

 

 以上のとおり、相続預金についてはこれまでの取り扱いからの変更がありますので、相続預金の払い戻しが必要な場合にはご注意いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2019年9月6日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

駐車場の交差部分での出会い頭事故の過失割合~交通事故⑩~

 

 最近では郊外型の大型ショッピングモールが進出し、スーパーなどの店舗の大型化も相まって収容台数の多い駐車場を持つ店が多くなりましたが、それに伴い駐車場内での事故に関するご相談も増えています。

 今回は、駐車場内での事故のうちもっとも典型的な事故類型である、通路の交差部分での四輪車同士の出会い頭事故に関する過失割合について、別冊判例タイムズ38号をもとに説明していきたいと思います(なお、類似のものとしてT字路交差部分での事故類型がありますが、今回は割愛します)。

 

典型的な事故状況

 

【基本の過失割合=50:50】

 駐車場内の交差部分における四輪車同士の出会い頭事故については、直進・右折・左折の区別なく、双方の過失割合は50:50が基本とされています。

 交差部分に入ろうとし、あるいは交差部分を通行する自動車は、お互いに他の自動車が通行することを予想して安全を確認し、交差部分の状況に応じて他の自動車との衝突を回避できるような速度・方法で通行する注意義務があり、そのような注意義務の程度はお互いに同等であると考えられているからです。

 

過失割合の修正要素

 もっとも、以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【どちらかの通路が狭く、他方が明らかに広い通路だった場合】

狭い方の通路を進行していた車両に対して+10% 

 広い通路は狭い通路に比べて通行量が多いことが想定されますから、狭い通路から交差部分に入ろうとする車両は、広い通路を通行している車両よりも注意すべきであると考えられているためです。

 ちなみに、「明らかに広い」とは、運転者が、通路の交差部分の入口において通路の幅員が客観的にかなり広いと一見して見分けられるものを言うとされていますので、ぱっと見て、そこまで違いが分からないような場合にはこの修正要素には当てはまりません。

 

【一時停止・通行方向標示等違反】

標示に違反した側に+15~20%

 一時停止や通行方向の標示は、駐車場の設置者が通路の構造や状況を考慮して安全のため設置したものですから、駐車場内を通行する車両はその指示に従うべきですし、このような場合、通行車両は他の車両も設置者の指示に従うことを期待していますので、従わなかった者には著しい過失があるとして過失割合が修正(加算)されます。

 なお、一時停止等に対する違反行為があったほかに、狭路・広路の修正要素にも追加で当てはまる場合(たとえば、Aに一時停止違反があり、かつ、A側が狭路だったケース)には、2つの違反をまとめて20%の修正がかかります(Aに+20)。

 

【「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失」がある側に+10% 

「重過失」がある側に+20%

 運転者に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 「著しい過失」、「重過失」の具体例は以下の通りです(なお、一時停止・通行方向標示等違反も「著しい過失」の一つとされています)。

 

「著しい過失」・「重過失」の具体例

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

③携帯電話などを通話のために使用したり画像を注視しながらの運転

④他方の車両が明らかに先に交差部分に入っていた場合(※1)

⑤交差部分の手前で減速しなかった場合(※2)

⑥酒気帯び運転(※3) など

※1 先入した車両に一時停止等の違反がある場合には適用しない。

※2 交差部分の手前で急ブレーキをかけた場合は減速したとは扱わない。

※3 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

②居眠り運転

③無免許運転

④過労、病気、薬物の影響その他の理由により正常な運転ができないおそれがある状態で運転 など

 

 なお、公道上の事故においては、一定の速度超過は「著しい過失」や「重過失」に該当するとされていますが(「交通事故における「著しい過失」と「重過失」の意味は?~交通事故⑧~」)、別冊判タ38号では、この事故類型でその点が明示されていません。

 駐車場内においては低速での通行が想定されているためではないかと思いますが、制限速度が標示されている駐車場もありますし、そもそも、駐車場だからという理由だけで車両速度が過失に影響しないというのは常識に反するため、想定される範囲を大幅に超えた速度で駐車場内を走行した場合には、その程度に応じて過失割合に影響があるのではないか思われます(ちなみに、通路を進行する四輪車と駐車区画から通路に進入しようとする四輪車との間の接触事故では、標示された上限速度を目安に、その超過の程度に応じて「著しい過失」又は「重過失」による修正をするとされています)。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

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養育費の減額請求についてのお話

 

 離婚の際や離婚後に養育費について取り決めをしても、その後の事情の変更によって養育費の減額や免除を求められたり、逆に求めたりするケースがあります。

 

 今回は、このような申し出があった場合の対応や、申出をする場合の注意点などについてお話しします。

 

一度取り決めた養育費もあとで変わる可能性がある

 養育費の支払期間は通常長期間であるため、一度養育費の額を決めても、その後の身分関係や経済状況の変化によって養育費の金額が変わることがあり(民法766条3項)、典型的な例だと、支払義務者の大幅な収入減少(経済状況の変化)や、権利者の再婚相手と子どもの養子縁組(身分関係の変化)などがあります。

 

養育費を減額(免除)してもらうための手続は?

 このように、養育費については、当初の取り決めが実体に合わなくなった場合に、事後的に金額が変更されることが予定されていますが、養育費の減額や免除を求める場合、まずは当事者間で協議が行われることが多いと思われます。

 

 しかし、当事者間で金額の変更について折り合いがつかなかった場合には、金額の変更を求める側が家事調停を起こし、調停がまとまらなければ、最終的には審判手続によって裁判所が決めるという流れを辿ることが通常です。

 

金額はいつから変更されるのか?

 この点については、最終的には裁判所の合理的・裁量的判断によって決められますが、調停や審判を申し立てたときを原則としつつ、内容証明郵便などで金額変更の意思を相手方に明確に示した場合には、その時点まで金額変更の効果が遡るという考え方が有力ではないかと思います。

 

 たとえば、東京高裁平成28年12月6日決定では、義務者が別件の面会交流審判事件において、子どもの養子縁組を理由として養育費の支払義務が消滅したことを主張し、実際に支払いを打ち切ったあとに養育費免除の調停を申し立てたというケースで、支払い打ち切りの時点で金額を0とする意思が明確になったとしてその時点から養育費の支払義務がなくなったとし、養育費免除の調停の申し立てよりも前の段階で金額変更の効果が生じることを認めています。

 

養育費の減額(免除)を求められた場合の対応

 先ほどの高裁決定の考え方からすると、養育費の減額や免除を求められた場合、権利者側としては慎重な対応が必要となります。

 

 たとえば、減額ないし免除の申し出について納得がいかないとして拒否し、義務者がやむなく従前の金額を払っていた場合、その後に調停や審判を起こされると、事案によっては、過去に受領していた養育費をまとめて返還しなければならなくなる可能性があります。

 

 したがって、このような申し出があった場合には、義務者が減額や免除を求めている理由やその根拠について詳しく聞き取り、必要に応じて弁護士に相談するなどして、以前と同じ金額をそのまま受け取って良いかどうかを検討する必要があります。

 

 特に、再婚して子どもと再婚相手が養子縁組した場合には、子どもの扶養義務は第一次的には再婚相手が負担し、実親である義務者の扶養義務は二次的なものにとどまると考えられていますので(→「親権者の再婚と養育費の関係~離婚⑧・養子縁組した場合~」)、注意を要します。

 

養育費の減額(免除)を求める側の注意点

 他方、養育費の減免を求める側も、一方的に減額するような対応にはリスクがあります。

 

 裁判所で最終的に養育費の減額が認められなかった場合には、未払分があるとして後でまとめて請求される危険があるからです。

 

 先ほどの高裁決定のように一方的に打ち切ったとしても責任を負わずに済むケースもあり得るところですが、本当に支払義務が減ったりなくなるのか、減額されたりなくなるとしてどの時点から支払義務が変わるのかという判断は諸般の事情から裁判所が判断するものであり、必ずしも予想通りになるとは限りません。

 

 そのため、減額や免除を求める側としては、可能であれば従前の支払いを継続しながら協議を行い、権利者側が応じない場合には速やかに調停を起こすなどの対応がリスクが少ないと思われますし、迷った場合にはやはり弁護士に相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

デート商法・恋人商法で契約させられたら~改正消費者契約法~

 

 悪質商法の手口として、「デート商法」「恋人商法」というものがあります。

 「デート商法」「恋人商法」とは、典型的には異性に好意を抱かせ、その好意を利用して商品などを販売する勧誘手法ですが、最近でも、婚活アプリで知り合った業者から投資を勧誘された女性が銀行から借り入れをして振込をしてしまったという報道もあり、悪質商法として古くからある勧誘手口の一つです。

 

従来の対処法と法改正

 「デート商法」によって契約をすると次第に勧誘者との連絡が取れなくなるため、そこで自分が被害に遭ったことに気付き、相談に至るというケースが多くあります。

 

 このような場合の契約解消の方法としては、販売目的を隠したまま店舗に連れて行くような典型的な手口であれば「クーリング・オフ」(特定商取引法)が使えますし、勧誘の際に重要な事柄について事実と異なることを告げていたり、「必ず儲かる」などの断定的なことを告げていた場合には「取消」を主張する(消費者契約法・「不実告知」「断定的判断の提供」)という方法もあります。

 

 しかし、何度もデートを重ねてから契約を結ばせるなど、好意は利用したかもしれないが販売目的であることは告げた上で店舗に連れて行ったようなケースや、虚偽の事実や断定的な判断を告げたとまではいいがたいケースなどでは、クーリング・オフ等の法律の適用について争いが生じ、販売業者との交渉が難航することがありました。

 また、このような不当な勧誘は公序良俗に反するなどといった理屈で契約の無効を主張することも行われていましたが、要件が明確ではなく、交渉の場では使いづらいという問題もありました。

 

 このような状況のもと、好意の感情を利用した勧誘方法をストレートに規制対象とする法改正がなされ、「デート商法」「恋人商法」への対処法のメニューが一つ増えることとなりました(改正消費者契約法第4条3項第4号)。

 

好意の感情の不当利用による契約の取消

 改正後の消費者契約法では、以下の要件を満たした場合、消費者は事業者との間の契約を取り消すことができます。

 

①消費者が社会生活上の経験が乏しいこと

②消費者が、勧誘者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱いたこと

③消費者が、勧誘者の方も自分に同じような感情を抱いていると誤信したこと

④勧誘者が、消費者がそのように誤信していることを知りながら、これに乗じ、契約しなければ自分との関係が破綻すると告げたこと

⑤消費者が、契約しなければ関係が破綻すると言われたことに困惑して契約したこと

 

 【デートすることは取消の要件ではない】 

 このコラムでは、分かりやすい表現として「デート商法」という言葉を使っていますが、上記の要件から明らかなとおり、取消をするためにはデートをすることは必要ではありません。

 したがって、いわゆる「出会い系サイト」などを利用した非対面でのやりとりを通じて契約させられた場合でも、上記の要件に当てはまれば取消は可能です。

 

 【具体例1】 

 女性が男性とデートをし、男性側が自分に好意を持っていることを知りながら、勤務先の会社のノルマがあり、達成できないと解雇されて遠方の実家に戻らなければならず、もう会えなくなるなどと告げて、男性に商品を購入させた場合

 

 【具体例2】 

 会社経営者の男性が、婚活アプリで知り合った女性とデートをし、女性側が自分に好意を持っていること知りながら、自分の会社の資金繰りが悪く、このままでは倒産してもう会えなくなるなどと告げて、女性に自社の商品を購入させた場合

 

 【「社会生活上の経験が乏しい」とは?】 

 主に若年者を念頭に置いた要件ではありますが、「社会生活上の経験が乏しい」かどうかは、必ずしも年齢によって決まるものではありません。

 消費者庁の解説によれば、「社会生活上の経験が乏しい」とは、社会生活上の経験の積み重ねが、その契約をするかしないかを適切に判断するのに必要な程度に達していないことをいうとされており、それまでの就労経験や他者との交友関係などの事情を総合的に考慮して判断するとされています。

 したがって、中高年であっても社会生活上の経験に乏しいと判断されることもありますし、逆に、若年者であっても、それまでの社会経験次第ではこの要件に当てはまらない場合があり得ます。

 

 【「好意の感情」とは?】 

 恋愛感情「その他の好意の感情」とされているとおり、必ずしも恋愛感情には限られません。

 もっとも、消費者庁の解説によると、単なる友情は含まず相当程度に親密である必要があり、恋愛感情と同程度の特別な好意でなければならないとされています(たとえば、勧誘者と消費者が家族同然の仲であるような場合には「好意の感情」に該当し得るとされています)。

 

 

 「デート商法」「恋人商法」は、恋愛感情や好意の感情という人の自然な気持ちを利用するものであり、経済的な被害だけにとどまらない被害が生じる点で非常に悪質な勧誘手法と言えます。

 今回の消費者契約法の改正によって、このような勧誘手法が正面から違法であると規定されたことには大きな意味があり、消費生活センターなどの相談現場での積極的な活用が期待されます(なお、本改正法は2019年6月15日から施行されています)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2019年6月12日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

無料求人広告トラブルについて

 

 最近、インターネット上の求人広告掲載に関するトラブルのご相談が増えています。

 

<相談の概要>

 ハローワーク等に求人を出している事業者に対し、主に首都圏の業者から電話による勧誘が行われるのですが、ご相談の内容として共通しているのは『無料だと言われて申し込んだのに、気付いた時には有料の契約に移行してしまい、多額の料金を請求されている』というものです。

 

<無料であることを強調した勧誘→後日請求>

 無料であることを強調した勧誘がなされ、申込書などがFAXで送られてくるのですが、申込書には小さな文字で「規約に同意の上申し込みます」とか「無料キャンペーン期間終了後は有料となります」と記載されており、申込書と一緒に送られてくる規約を良く読んでみると「本契約終了日の4日以上前に書面での申し出がない限り、選択した期間毎の広告掲載料金を支払うものとします」と記載されているのです。

 

 たとえば、20日間という期間を選択した場合、最初の20日間は無料なのですが、契約終了日の4日以上前までに書面で解約の申し出をしなければ契約が更新されてしまい、次の20日間は有料の契約となってしまうのです。

 

 全国的にも同様の被害事例が多数報告されており、当職も各地の弁護士と連絡を取り合って悪質な業者に関する情報交換を行い、対応を検討しておりますので、このようなトラブルに巻き込まれた事業者様は是非ご相談ください。

 

 弁護士 川上博基

 

2019年5月30日 | カテゴリー : 契約トラブル | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

債務者の財産を調査する手続の拡大~改正民事執行法の話~

 

 裁判で金銭の支払いを命じる判決が下されたような場合、債務者の財産に強制執行をかけることができます。

 しかし、これまでの強制執行の実務では、債務者の財産を調べるための手段が少なく、裁判所での手続である「財産開示手続」も債務者に対するペナルティーが軽く実効性が乏しかったため、権利はあるものの回収不能になるというケースがありました。

 このように、債権回収の場面においては、長年、民事執行手続の機能不全と法改正の必要性が叫ばれてきたところですが、この点について、令和元年5月10日、民事執行法に重要な改正がありましたのでご紹介します。

 

改正の概要(第三者からの情報取得手続の創設)

 今回の改正では、債務者の財産のうち不動産、給与、預貯金等の金融資産に関する情報について、その情報を有する第三者から情報を取得できるようになりました。

 ここでのポイントは、財産に関する情報を債務者に開示させるのではなく、情報を有する第三者から直接取得できるようになったという点であり、これは従来の民事執行法では認められていなかった新たな制度であって、この制度の活用により債権回収の可能性が高まることが期待されています。

 以下では、それぞれの制度について、申立権者や、申立の要件などを説明します。

 

債務者の不動産に関する情報取得(第205条)

 裁判所は、以下の場合、登記所に対して、債務者が所有権の登記名義人である土地建物(及びこれに準ずる物として法務省令で定める物)に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるために必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。

 この制度によって、債務者の不動産を調査し、調査の結果、不動産があることが分かれば、差押をかけることができるようになります。

 

【申立人】

①執行力のある債務名義(判決・和解調書など)の正本を有する金銭債権の債権者

②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者

 

債務者の給与に関する情報取得(第206条)

 裁判所は、以下の場合、市町村、特別区、その他の団体(日本年金機構・国家公務員共済組合・国家公務員共済組合連合会・地方公務員共済組合・全国市町村職員共済組合連合会・日本私立学校振興・共済事業団)に対して、給与等に対する強制執行又は担保権の実行を申し立てるのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)について情報提供を命じなければならない、とされました。

 市町村や共済組合などには給与所得者の勤務先の情報がありますので、これを問い合わせることで債務者の勤務先を特定し、給与の差押ができるようになる可能性があります。

 ただし、この制度による情報開示は債務者に対する不利益が大きいことから、申立ができる資格が以下の通り限定されています。

 

【申立人】

①婚姻費用債権・養育費債権・扶養料債権に関して執行力のある債務名義の正本を有する債権者

②人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者

 

債務者の預貯金口座等に関する情報取得(第207条)

 裁判所は、以下の場合、金融機関等に対し、預貯金等に関する情報の提供を命じなければならない、とされれました。

 金融機関に対する照会については、これまでも「弁護士会照会」によって開示を受けられるケースはありましたが、この制度が設けられたことにより、より一層、スムーズに情報提供を受けられるようになることが期待されます。

 

【申立人】

①執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者

②債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者

 

【照会先及び提供を受けることができる情報】

①銀行等の金融機関

 預貯金債権に対する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)

 

(2019年12月6日追記) 

 改正民事執行規則第191条1項 令和元年最高裁判所規則第5号 令和元年11月27日官報号外第169号)

  ・預貯金債権の存否

  ・取扱店舗

  ・預貯金債権の種別

  ・口座番号

  ・額

 

②証券保管振替機構・証券会社・信託銀行など

 債務者の有する預金以外の金融資産に関する強制執行又は担保権の実行の申立をするのに必要な事項(詳細は最高裁判所規則で定める)

 

(2019年12月6日追記)

 改正民事執行規則第191条2項

 ・振替社債等の存否 

 ・振替社債等の銘柄

 ・額又は数

 

申立の要件

 この制度を利用するための要件は、概ね以下のとおりです。

 

①強制執行や担保権の実行をしたが、全額の回収ができなかったとき。

 

②知っている財産に強制執行をかけても全額の回収ができないことを疎明(※)したとき

※「疎明」=裁判官が一応確からしいという推測を得た状態

 

施行日

 この改正法の施行日は、公布日(令和元年5月17日)から1年以内とされています(ただし、登記所から情報を取得する手続きは交付日から2年を超えない範囲で政令で定める日)。

 

(2019年12月23日追記)

 登記所からの情報取得手続以外の部分は、施行日が令和2年4月1日となりました。

 

 日々の相談業務の中で、権利自体はあるものの回収可能性が問題になる事案は相当数存在します。

 これまでは、費用倒れのリスクを考えると裁判や強制執行まで行うのは難しいとして、不本意ながら権利の実現を断念せざるを得ない場合もあったところですが、今回の改正はそのような不当な状況を打破するために役立つことは間違いありませんので、正当な権利者がきちんと権利を実現することができるよう、当職としても積極的に活用していきたいと思います。

 

 弁護士 平本 丈之亮

 

クーリング・オフの期間を過ぎても解約できる場合とは?

 

 以前、訪問販売での契約を解約する方法として「クーリング・オフ」制度をご説明しました(訪問販売での契約を解消したい場合 ~クーリング・オフ~)。

 クーリング・オフは、解約の理由を問うことなく自由に行使できるため、消費者トラブルを扱う現場で広く用いられている解決手段です。

 しかし、便利な反面、クーリング・オフは行使できる期間が決まっており、訪問販売であれば、契約書等の書面を交付されてから8日間と大変短く、期間を過ぎてしまってから相談に来られる方も多くいらっしゃいます。

 そこで、いったん期間を過ぎてしまえば、それ以降、一切クーリング・オフはできなくなるのか、というのが今回取り上げるテーマです。

 

そもそも法定書面が交付されていない場合

 クーリング・オフの期間は、法律で交付することが義務づけられている書面(=「法定書面」・・・典型的には契約書。それ以外だと申込書面)を交付したときから進行するため、法定書面が交付されていない限りいつまででも行使することが可能です。

 よくあるパターンとして、訪問販売業者が見積書だけを交付したが正式な契約書を渡していないということがありますが、このようなケースでは法定書面の交付がないため、口頭で合意してから8日を経過してしまってもクーリング・オフが可能です。

 

法定書面に不備がある場合は?

 そもそも法定書面の交付が義務づけられている理由は、訪問販売が不意打ち的な勧誘方法であるため、消費者が取引条件をよく確認・理解できないまま契約したり、契約内容が曖昧なまま契約したりする例が多く、契約内容や解約などを巡ってトラブルが発生しやすいことから、消費者に契約について冷静に判断する機会を与えてそのようなトラブルを防止し、消費者を保護することにあります。

 そのような趣旨に照らすと、一応書面は渡したものの、法定書面の記載事項(法律で決まっていますが、具体的には以下のようなもの(※)があります。)に不備があるという場合には、契約トラブルを防ぐという法律の目的が達成できないため、行使期間が経過してからのクーリング・オフも可能であるとされています。

 


※法定書面の記載事項の例

 ①事業者名・住所 ②担当者の氏名 ③商品名および商品の商標または製造者名

 ④商品の型式 ⑤商品若しくは権利又は役務の種類 ⑥商品・権利の代金、役務の対価

 ⑦代金・対価の支払方法・支払時期 ⑧商品の引渡時期・権利の移転時期・役務の提供時期

 ⑨クーリング・オフの要件および効果(赤枠・赤字・8ポイント以上の活字)

 ⑩契約の申込み・締結の年月日


 

大阪地裁平成30年9月27日判決

 法定書面の記載事項に不備があることを理由にクーリング・オフを認めた裁判例はいくつかありますが、ここでは、最近の裁判例として、訪問リフォームの契約について、契約から約3ヶ月後のクーリング・オフを認めた大阪地裁の判決を紹介します。

 

 【法定書面の記載事項は厳格に(=細かく)書く必要がある】 

 まず、裁判所は、一般論として、法定書面の「記載事項の記載があるか否かは、厳格に解釈すべきであ」るとしたうえで、「商品若しくは権利又は役務の種類」という記載事項の解釈として、「内容が複雑な権利又は役務については、その属性に鑑み、記載可能なものをできるだけ詳細に記載する必要がある。」と述べました。

 そして、問題となった契約書に「ペンキ塗装工事 ニッペファインウレタン 2工程 一式」との記載があった点について、工事内容は外廻りのペンキ塗装であり、工事範囲は自宅の玄関ドア、入口ドア、ガレージドア、勝手口ドア、破風、雨樋などであったところ、そのような外廻りのペンキ塗装工事の具体的な内容は契約書の記載からは明確ではなく、この契約書や、契約書以外に交付された打ち合わせシートや約款に記載された内容だけでは「商品若しくは権利又は役務の種類」の記載があったとはいえない、と判示しました。

 

 【他の書面で補うときは法定書面との一体性と同時交付が必要】 

 また、業者側は、契約書・打ち合わせシート・約款の記載だけでは足りないとしても、それ以外にも見積書を交付しているため、これも併せれば全体として不備はないはずであると主張しました。

 しかし、裁判所は、一つの書面に書ききれない場合は「別紙による」と記載したうえで、足りない部分を別の書面で補うことは可能だが、その場合、法定書面を補うための書面は、「法定書面との一体性が明らかになるような形で、かつ、法定書面と同時に交付する必要がある」として、業者が主張する見積書が契約締結の約1ヶ月半前に交付されたものであることや(×同時交付)、見積書の中に問題となった契約以外の他の見積書が含まれており、他の見積と誤認・混同する可能性が否定できないこと(×法定書面との一体性)を理由に、このような主張も認めませんでした。

 さらに、このケースでは、契約書とは別に、工事内容を細かく記載した確認書も交付されていましたが、契約書の中にこの確認書に関する記載がなかったため、確認書による補完も認めませんでした(×法定書面との一体性)。

 

控訴審(大阪高裁平成31年3月14日判決)

 上記大阪地裁の控訴審は原審の判断を維持しましたが、その中で以下のとおり判示し、書面に不備があるときに、業者側が口頭で説明しても書面の不備が補われたということはできないと指摘しています。

 

「特商法5条1項が法定書面の交付を義務づけたのは、訪問販売においては、購入者等が取引条件を確認しないまま取引行為をしてしまったり、取引条件が曖昧であったりして、後日、両当事者間の紛争を惹起するおそれがあるからであって、このような後日の紛争防止という同条項の趣旨に照らせば、購入者等に交付された法定書面それ自体によって契約内容等が明らかになることが必要というべきであり、書面交付時の口頭説明によって補われれば足りると解するのは相当ではない。」

 

 

 このように、たとえ期間が過ぎていたとしても、契約書の交付がない、あるいは不備があるようなケースであれば、クーリング・オフが認められる可能性はあります。

 もっとも、契約書などの法定書面に不備があるかどうかの判断は、そもそもどのような事項が法定記載事項になっているかという知識が必要ですし、それぞれの記載事項としてどの程度のことが書いてあれば十分なのか、複数の書面が交付されている場合に一体性の要件を満たしているかどうかなどを一般の方が判断することは難しいと思われます。

 したがって、期間が過ぎてしまったがクーリング・オフできるかどうか分からないという場合には、最寄りの消費生活センターなどに相談なさることをお勧めします。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

 

 

 

2019年5月9日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所