遺産分割や遺留分の計算において、特定の相続人が生命保険の受取人になっている場合、その生命保険金を特別受益に準じて持ち戻して(遺産に合算して)計算するべきかが問題となることがあります。
生命保険金は遺産ではないため原則として持ち戻しはしませんが、例外的に、受取人である相続人その他の共同相続人との間に生ずる不公平が、特別受益について定める民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものと評価すべき特段の事情が存する場合には、死亡保険金も特別受益に準じて持戻しの対象となります(最高裁平成16年10月29日決定)。
特段の事情の判断要素
生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すかどうか(特段の事情の有無)は、①保険金の額、②保険金額の遺産総額に対する比率、③それぞれの相続人や被相続人との関係(同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど)、④各相続人の生活実態、といった点に着目してケースバイケースで判断されますが、実務的には生命保険金と遺産総額を比べた場合の比率が重視される傾向にあり、過去の裁判例でもまずはこの点から持ち戻しの可否を検討しています(後記関連コラム参照)。
しかし、生命保険金と遺産総額の比率も絶対的な基準ではなく、最終的に特別受益に準じて持ち戻しをするかどうかはあくまで相続人や被相続人との関係性や生活実態なども考慮して判断されますので、今回ご紹介する裁判例のように遺産と比較して生命保険金の比率が高かったとしても持ち戻しが否定されることがあります。
【当事者の属性など】 <抗告人> ・生命保険金を持ち戻すべきと主張 ・被相続人の母 ・被相続人とは長年別居し,生計を別にしていた <相手方> ・生命保険金の受取人 ・被相続人の妻 ・婚姻期間約20年 ・婚姻前を含めた同居期間約30年 ・一貫して専業主婦で被相続人の収入以外に収入を得る手段がなかった ・現在は2ヶ月ごとに19万円の遺族年金を受給している 【死亡保険金と遺産総額】 <死亡保険金> 合計2100万円(妻が取得) <相続開始時の遺産評価額> 772万3699円(2.7倍) <遺産分割の対象財産の評価額> 459万0665円(4.6倍) ・・・抗告人は目減り分を相手方が不当利得したと主張 【裁判所の判断】 ・死亡保険金の合計額は2100万円であり、被相続人の相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達している。 ・・・生命保険金の遺産総額に対する割合は非常に大きいといわざるを得ない。 ・公益財団法人生命保険文化センターの生活保障に関する調査(平成28年度速報版)によると、男性加入者が病気によって死亡した際に民間生命保険により支払われる生命保険金額の平均は、平成3年で2647万円、平成28年で1850万円である。 ・・・本件死亡保険金の額は一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較してさほど高額なものとはいえない。 ・被相続人と相手方は、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、妻は一貫して専業主婦で、子がなく、被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかった。 ・2口の保険のうち、死亡保険金の大部分を占める保険について、被相続人は婚姻を機に死亡保険金の受取人を相手方に変更するとともに死亡保険金の金額を減額変更し、被相続人の手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(2口合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいった。 ・・・本件死亡保険金は被相続人の死後、妻の生活を保障する趣旨のものであったと認められる。 ・相手方は現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。 ・これに対し、抗告人は、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしている。 →上記事実からすると、本件において生命保険金は特別受益に準じた持ち戻しの対象にはならないと判断。 <遺産減少分=不当利得との主張> ・差額分は被相続人の死亡後に被相続人のために必要な費用を支出したと認められ、差額分も当該費用として支払われたことがうかがわれる。 ・仮に相手方が上記差額から必要な費用を支出した残額を一定程度自己の元に留めていたとしても、そのうち抗告人との関係で不当利得が成立する部分は本件遺産分割手続外で抗告人に返還されるべきものである。 ・また、不当利得の成立しない部分については相手方が利益を得るものと考慮しても、これをもって特別受益に関する判断を左右する事情になるとまで評価することは困難である。 <遺族年金を考慮すべきとの主張> ・被相続人との同居を開始後、死亡するまでの間、妻が一貫して専業主婦であり、その年齢も考慮すると、2か月ごとに19万円の遺族年金を受給していることを考慮しても現時点で十分に生活するだけの資力、能力等を有しているとは認められない。
この裁判例のケースでは、生命保険金が遺産の評価額を超えていることから遺産総額に対する割合は非常に大きいと判断されており、その点を重視すれば持ち戻しがなされてもおかしくはなかったように思います。
しかし、このケースで裁判所は、受取人が妻であったことや、抗告人である被相続人の母が被相続人とは長年別居していたなどの関係性、双方の生活状況の比較、被相続人が保険契約を残した趣旨、保険金額が一般的な水準であることなど他の事情も考慮して持ち戻しを否定しています。
上記裁判例からも分かるとおり生命保険金の持ち戻しに関する判断はまさにケースバイケースであり、相続人間で問題になったときは当事者間の協議だけで解決できない場合も多いと思いますので、この点が問題となったときは弁護士への相談をお勧めします。
弁護士 平本丈之亮