不動産の無償使用は特別受益に該当する?

 

遺産分割の対象財産の中に不動産がある場合、特定の相続人が不動産を無償で使用しているということが良く見られます。

 

遺産分割では生計の資本としての贈与は「特別受益」にあたり、持ち戻し免除の意思表示が認められなければ特別受益は相続開始時の遺産に持ち戻して具体的相続分を計算することになりますが、不動産を使用していなかった相続人からすると特定の相続人による不動産の無償使用は不公平に思えるため、遺産分割の交渉や調停などの場面においてそれを何らかの形で特別受益として持ち戻しすべきという主張が出てくることがあります。

 

そこで今回は、そのような不動産の無償使用と特別受益の関係についてお話したいと思います。

 

建物を無償で使用していた場合

まず、相続人の一部が被相続人名義の建物に無償で居住しているケースですが、その相続人と被相続人が同居しているかどうかにかかわらず、建物の無償使用は特別受益に該当しないと考えられています。

 

被相続人と相続人が同居している場合、相続人は補助者にすぎず独立の居住権原はないと考えられることや、被相続人が別のところに住んでいて相続人やその家族だけがその建物に住んでいる場合でも、それは恩恵的なものにすぎず、第三者に対抗し得るものでもなく財産的価値があるとはいえないことなどが理由とされています。

 

土地を無償で使用していた場合

特定の相続人が被相続人の所有する土地の上に建物を建築し、被相続人の土地を無償で使用しているパターンがこれにあたります。

 

この場合、建物所有者である相続人は土地を無償で使用する権利(=使用借権)を被相続人から得ている一方、遺産である土地の価値はその分減少したものと評価され、原則として土地の更地価格の一部(概ね1割から3割程度までと言われることが多い。)が特別受益とされます。

 

もっとも、このようなケースでは最終的に建物所有者である相続人がそのまま土地を取得する場合が多く、その場合、その相続人は使用借権の負担のないまっさらな土地を取得することになるため、わざわざ土地を減額評価したうえで使用借権(減価分)を別途特別受益として加算するという処理をすることなくそのまま更地で評価・処理すれば足り、結果的には特別受益を問題とする必要がなかったというケースもあると思われます。

 

このように考えると、建物所有者である相続人が敷地をそのまま取得する典型的なケースでは土地の無償使用について特別受益を考える意味はなさそうにも思えますが、上記のとおり使用借権の設定された土地は更地で評価する場合と比べて減額されるため遺産総額が少なくなることから、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしていると、建物所有者である相続人は土地の使用借権を遺産に持ち戻す必要がなくなる結果、代償金の支払額や他の遺産の取得額が変わる可能性が生じることになりますので、そのような場合に議論する実益があります。

 

なお、土地を使用していない他の相続人からは、土地の無償使用については特別受益を使用借権(=更地価格の一部)で評価するのではなく、地代相当額×使用期間で評価すべきとの主張がなされることもありますが、特別受益は前渡しによって減少した遺産を戻す制度であり、地代は遺産である土地の価値とは直接関連しない、被相続人が地代相当の経済的利益を遺産の前渡しとして与える意思があったとまではできないなどといった理由から否定されるのが通常と思われます。

 

まとめ

冒頭でも述べたように相続人の一部が不動産を無償使用しているケースはよく見られ、遺産分割協議や調停等でも問題となることが多い類型のひとつですが、そういった主張が必ずしも具体的な取り分に反映されない場合もあり、感覚的な部分との間にずれが生じやすいところです。

 

今回説明したような理屈をもとに丁寧に対応することは無用な紛争の発生や事件の長期化などを防止するうえで有効と思われますので、この点が問題となるときは話し合いを始める前か初期の段階で弁護士へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

2026年3月16日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

相続人ではない孫への贈与は特別受益に該当する?

 

遺産分割において具体的相続分を計算したり遺留分侵害額請求において侵害額の計算をする際、相続人以外の者に対する贈与を相続人の特別受益として持ち戻して計算すべきかどうかが問題となることがありますが、相続人以外の者に対する贈与が問題となる典型的なケースの一つとして孫に対する贈与があります。

 

原則として特別受益に該当しないが、例外もある

特別受益は相続人間の公平を図るための制度であることから、相続人ではない孫に対する贈与は原則として特別受益には該当しませんが、例外的にそれが実質的にみて相続人に対する贈与と同視できる場合には特別受益として扱うという考え方が一般的と思われます。

 

近時の裁判例でも、被相続人が、相続人ではない大学生の孫に大学の授業料と下宿代として4年間で約514万円の贈与をしたことが親である相続人の特別受益に該当するかどうか、すなわち、遺留分の計算においてそれを持ち戻すべきかどうか争われたケースがありますが、裁判所は、実質的にみて相続人に対する贈与に当たると評価するに足りる事情が認められない限りは特別受益には当たらないとしたうえで、本件の贈与は孫に対する扶養義務の履行の一部ともみることができ直ちに相続人に対する贈与の実質があるとは評価できず、また、証拠上もそのように評価するに足りる事情はないとして持ち戻しを否定しています(東京地裁令和7年8月28日判決)。

 

上記裁判例では結論として特別受益にはあたらないとされましたが、孫に対する贈与を親である相続人に対する贈与と同視できるかどうかは事実認定の問題であり、贈与対象者の年齢、贈与の目的や意図、贈与物が何か(金銭か否か)、お金であればその資金の実際の流れ、贈与に対する孫自身の認識の程度などの様々な事情を考慮することになりますから、たとえば孫の年齢が低かったり、贈与物が金銭以外のもので受贈者による複雑な財産管理が必要な場合など(例えば収益不動産など)のようなときは、例外的に親への贈与と同視すべきではないか慎重に検討すべきケースもあると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

遺言書の探し方

 

相続のご相談で、亡くなった親が遺言を作成していたかどうか調べたいというご質問を受けることががあります。

 

遺言を作成する場合、遺言をした方は関係者に遺言の存在を明かしていることも多いところですが、中には家族との関係を気にして生前に遺言の所在や内容を明確にしないまま亡くなってしまい、残された相続人が困るケースもあります。

 

公正証書遺言

 

平成元年以降に作成された遺言公正証書については遺言検索システムで管理されているため、公証役場で遺言公正証書の有無を検索することが可能ですが、この制度を利用する場合、①遺言者の除籍謄本等ご本人が死亡した事実を証明する書類、②相続人の戸籍謄本、③本人確認書類、を提出することになります(検索そのものについては費用はかかりません)。

 

この検索システムを利用した場合、公証役場から遺言検索照会結果通知書(遺言検索システム照会結果通知書)が発行され、これに遺言公正証書の有無が記載されます。

 

ただし、最寄りの公証役場で検索できるのは遺言公正証書の有無と保管先の公証役場などの基本的な情報にとどまりますので、遺言の内容を確認するには、別途、遺言を作成した公証役場に遺言公正証書のコピー(謄本)を申請する必要があります。

 

自筆証書遺言

 

令和2年から自筆証書遺言保管制度が始まったことにより遺言保管所(法務局)において自筆証書遺言の保管の有無などを確認することが可能となり、申請すると保管の事実の有無が記載された遺言書保管事実証明書が発行されます。

 

こちらの請求についても遺言者の死亡の事実を証明する書類の提出が必要ですが、それ以外にも請求者の住民票や相続人の戸籍謄本等の本人確認書類が求められるほか、手数料として800円分の収入印紙や、郵便で受け取るときは返信用封筒と切手が必要となります。

 

自筆証書遺言が遺言保管所に保管されている場合には、別途、遺言書情報証明書の交付請求を行うことで遺言書の内容を確認することができますが、遺言書保管制度によって保管された自筆証書遺言については家庭裁判所での検認手続が不要となります。

 

他方、遺言保管所に保管されていない自筆証書遺言書については、残念ながらこれといった決定的な探し方はありませんので、これまでどおり故人の自宅を捜索したり取引先の金融機関に貸金庫の有無を確認するなど地道な捜索活動が必要となります。

 

 

遺言は被相続人の最後の意思ですので、せっかく作成した遺言が行方不明になってしまわないよう、遺言の存在については慎重に調査していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2025年2月18日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

生命保険金が遺産総額を超えていたにもかかわらず特別受益に準じた持ち戻しが否定されたケース

 

 遺産分割や遺留分の計算において、特定の相続人が生命保険の受取人になっている場合、その生命保険金を特別受益に準じて持ち戻して(遺産に合算して)計算するべきかが問題となることがあります。

 

 生命保険金は遺産ではないため原則として持ち戻しはしませんが、例外的に、受取人である相続人その他の共同相続人との間に生ずる不公平が、特別受益について定める民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものと評価すべき特段の事情が存する場合には、死亡保険金も特別受益に準じて持戻しの対象となります(最高裁平成16年10月29日決定)。

 

特段の事情の判断要素

 

 生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すかどうか(特段の事情の有無)は、①保険金の額、②保険金額の遺産総額に対する比率、③それぞれの相続人や被相続人との関係(同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど)、④各相続人の生活実態、といった点に着目してケースバイケースで判断されますが、実務的には生命保険金と遺産総額を比べた場合の比率が重視される傾向にあり、過去の裁判例でもまずはこの点から持ち戻しの可否を検討しています(後記関連コラム参照)。

 

 しかし、生命保険金と遺産総額の比率も絶対的な基準ではなく、最終的に特別受益に準じて持ち戻しをするかどうかはあくまで相続人や被相続人との関係性や生活実態なども考慮して判断されますので、今回ご紹介する裁判例のように遺産と比較して生命保険金の比率が高かったとしても持ち戻しが否定されることがあります。

 

広島高裁令和4年2月25日決定

【当事者の属性など】

 

<抗告人>

・生命保険金を持ち戻すべきと主張

・被相続人の母

・被相続人とは長年別居し,生計を別にしていた

 

<相手方>

・生命保険金の受取人

・被相続人の妻

・婚姻期間約20年

・婚姻前を含めた同居期間約30年

・一貫して専業主婦で被相続人の収入以外に収入を得る手段がなかった

・現在は2ヶ月ごとに19万円の遺族年金を受給している

 

【死亡保険金と遺産総額】

 

<死亡保険金>

合計2100万円(妻が取得)

 

<相続開始時の遺産評価額>

772万3699円(2.7倍)

 

<遺産分割の対象財産の評価額>

459万0665円(4.6倍)

・・・抗告人は目減り分を相手方が不当利得したと主張

 

【裁判所の判断】

 

・死亡保険金の合計額は2100万円であり、被相続人の相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達している。

・・・生命保険金の遺産総額に対する割合は非常に大きいといわざるを得ない。

 

・公益財団法人生命保険文化センターの生活保障に関する調査(平成28年度速報版)によると、男性加入者が病気によって死亡した際に民間生命保険により支払われる生命保険金額の平均は、平成3年で2647万円、平成28年で1850万円である。

・・・本件死亡保険金の額は一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較してさほど高額なものとはいえない。

 

・被相続人と相手方は、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、妻は一貫して専業主婦で、子がなく、被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかった。

 

・2口の保険のうち、死亡保険金の大部分を占める保険について、被相続人は婚姻を機に死亡保険金の受取人を相手方に変更するとともに死亡保険金の金額を減額変更し、被相続人の手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(2口合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいった。

・・・本件死亡保険金は被相続人の死後、妻の生活を保障する趣旨のものであったと認められる。

 

・相手方は現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。

 

・これに対し、抗告人は、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしている。

 

→上記事実からすると、本件において生命保険金は特別受益に準じた持ち戻しの対象にはならないと判断。

 

<遺産減少分=不当利得との主張>

・差額分は被相続人の死亡後に被相続人のために必要な費用を支出したと認められ、差額分も当該費用として支払われたことがうかがわれる。

 

・仮に相手方が上記差額から必要な費用を支出した残額を一定程度自己の元に留めていたとしても、そのうち抗告人との関係で不当利得が成立する部分は本件遺産分割手続外で抗告人に返還されるべきものである。

 

・また、不当利得の成立しない部分については相手方が利益を得るものと考慮しても、これをもって特別受益に関する判断を左右する事情になるとまで評価することは困難である。

 

<遺族年金を考慮すべきとの主張>

・被相続人との同居を開始後、死亡するまでの間、妻が一貫して専業主婦であり、その年齢も考慮すると、2か月ごとに19万円の遺族年金を受給していることを考慮しても現時点で十分に生活するだけの資力、能力等を有しているとは認められない。

 

 この裁判例のケースでは、生命保険金が遺産の評価額を超えていることから遺産総額に対する割合は非常に大きいと判断されており、その点を重視すれば持ち戻しがなされてもおかしくはなかったように思います。

 

 しかし、このケースで裁判所は、受取人が妻であったことや、抗告人である被相続人の母が被相続人とは長年別居していたなどの関係性、双方の生活状況の比較、被相続人が保険契約を残した趣旨、保険金額が一般的な水準であることなど他の事情も考慮して持ち戻しを否定しています。

 

 上記裁判例からも分かるとおり生命保険金の持ち戻しに関する判断はまさにケースバイケースであり、相続人間で問題になったときは当事者間の協議だけで解決できない場合も多いと思いますので、この点が問題となったときは弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年11月23日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺留分を下回る内容で遺産分割協議をした場合、協議は無効にならないのか?

 

 相続のご相談をお受けしていると、既に遺産分割協議が成立したが、あとで計算してみたところ、相続人に最低限確保されるべき遺留分を下回っている内容であったため遺産分割は無効ではないのか、というご相談をお受けすることがあります。

 

 そこで今回は、このような主張が成り立つのかどうかについてお話ししたいと思います。

 

 そもそも遺留分は、本来、自分の財産を自由に処分できる被相続人の財産処分権に制限を加え、相続人に最低限の取り分を保障するための権利であり、相続人が関与できない被相続人の生前の処分行為による不利益を緩和するための制度ですが、遺産分割協議は、被相続人自身による処分行為のない未分割遺産について、相続人間の協議によって遺産の取得割合や方法を決めるものであり、遺産分配のプロセスに相続人が関与します。

 

 このように、遺産分割協議は、他者との協議が必要であるにせよ最終的には自らの判断によって分割内容を決めるものであることから遺留分制度によって保護する必要がないため、遺留分を下回る内容で遺産分割を行うことも相続人の自由であり、(民法改正前の事案ではありますが、)近時の裁判例においても、遺留分に満たない内容の遺産分割協議でも無効になるものではないと判断されています。

 

東京地裁令和2年12月25日判決
「遺留分は、被相続人の意思によっても奪い得ない相続分であるが(平成30年法律第72号による改正前の民法1028条)、遺留分を侵害する遺贈等が当然に無効となるわけではなく、遺留分を侵害された者が遺留分減殺請求権を行使することによって初めて同侵害された遺留分を回復することができる(同法1031条)。この点に鑑みると、遺産分割協議において各相続人の遺留分を確保することが必須とはいえず、一部の相続人の遺留分が確保されていないことをもって、当該遺産分割協議の効力を否定することはできない。」

 

 遺産分割協議の過程に何らかの瑕疵があった場合、そのような協議が無効になる可能性はありますが、上記のとおり、単に遺留分を下回る内容という理由だけで無効とすることは困難と思われますので、遺産分割協議を成立させる際には、本当にその内容で合意して良いのか、慎重に判断していただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2022年5月26日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

自筆証書遺言に記載した日付と遺言書に印鑑を押した日が異なる場合、その遺言は有効か?

 

 遺言は本人の最後の意思を実現するものであるため、可能な限り本人の意思を尊重しなければなりませんが、他方で偽造防止等の観点からその方式は厳格に定められています(遺言の様式性)。

 

 そのため、法律で定められた方式に違背した遺言を作ってしまうとその遺言は無効になってしまいますが、遺言の中でも自筆証書遺言については、全文や日付・氏名のほかに押印も必要とされています。

 

 では、自筆証書遺言を作ることにして、先に日付や署名など他の部分は完成させた後に、最後の押印だけを別の日に行ったという場合、果たしてその自筆証書遺言は有効なのでしょうか?

 

最高裁令和3年1月18日判決

 この点について最高裁は、そのような場合には遺言書に記載されている日付と押印した日が相違していても、自筆証書遺言は有効と判断しました。

 

「自筆証書によって遺言をするには、真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照)、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年〇月〇日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されていることになる。

 しかしながら、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。

 したがって、【遺言者】が,入院中の平成27年△月△日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年〇月〇日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」

 

 このケースにおいて、原審の高等裁判所は遺言の様式性を重視して遺言を無効と判断しています。

 

 最終的に結論が覆ったとはいえ、最高裁までもつれ込む争いになってしまったのは要式性が厳格に求められる自筆証書遺言であったためと思われ、もしもこのケースで作られたのが公正証書遺言であったならば、少なくとも遺言の方式に関する紛争は起きなかったように思われます。

 

 自筆証書遺言には作る際の手軽さというメリットがあり、また、ご本人の体調との兼ね合いで公正証書遺言では対応できないケースもあると思われますが、遺言の様式性を巡って長い紛争になるリスクを考えると、公正証書遺言で対応できるケースはそちらを選択した方が無難であると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年6月7日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺産分割を早めに行うべき3つの理由

 

 相続が発生し、故人に遺産があるときは遺産分割の手続が必要になります。

 もっとも、遺産分割が必要だとはわかっていても、その手続きの煩わしさからついつい後回しになってしまうということも珍しくありません。

 しかし、弁護士として相続の相談を受けていると、本当は遺産分割が必要なのにこれを放置した結果、後になってからもっと面倒なことになったという例が多くみられます。

 そこで今回は、遺産分割を早めに行うべき理由についてお話ししたいと思います。

 

理由1 相続人が増えることによる弊害

 時間が経過すると、相続人の死亡によって相続人の数が増えることがあります(数次相続の発生)。

 たとえば、兄弟姉妹が元々の相続人である場合に、遺産分割前にそのいずれかが死亡してしまい、死亡した兄弟姉妹の配偶者や子どもが相続人になる、といったことが良く見られます。

 このように、時間の経過によって相続人が増えると、以下のような問題が生じることがあります。

 

①単純に交渉しなければならない相手が増え、手間やコストが増える。

 

②交渉相手が変わった結果、当初とは異なった意見が出てきてしまい、協議がまとまらなくなる。

 

 時間の経過によって相続人が増えてしまうことは良くあることですが、一次相続が発生してから何年も経過してから相談に来られる方の相続関係を確認すると、当初よりも大幅に相続人が増えてしまい、相続人全員の所在をつかむこと自体が一苦労、どうにか所在を掴めても関係が希薄なため交渉も難航、という事例があります。

 

理由2 行方不明の相続人の発生

 相続発生から時間が経過すると、相続人の一部がどこにいるか分からなくなってしまうことがあります。

 また、理由1にも関係するところですが、相続人の一人が死亡して相続関係が変わった結果、新たに相続人になった者がどこにいるかわからないというケースもあります。

 

 このようなケースが本当にあるのかと思われるかもしれませんが、当職の受ける相談のうち相続人の所在が分からないというケースはかなり多く、そのような事態に陥る原因の相当部分が、当初の相続発生から時間が経過しているところにあります。

 相続人の一部が行方不明の場合、まずは親族からの情報収集や戸籍関係の調査によって現在の所在地を探ることから始めますが、それでも見つからない場合はご本人が自力で探すのは困難であり、弁護士による調査や交渉が必要になるなど余計なコストが生じる原因にもなります。

 

 当職自身、相続人の一部が行方不明のため「弁護士会照会」という手続を利用してどうにか所在地を探り当てた経験がありますが、弁護士といえども確実に見つけられるとは限らず、そのような場合は別途裁判所に数十万円の費用を支払って不在者財産管理人の選任を申し立てなければならなくなる、というケースもあります。

 

理由3 認知症の相続人の発生

 時間の経過によって相続人自身の年齢が上がり、事案によっては相続人が認知症に罹患しているケースも見られます。

 

 相続人の中に認知症の方がいると、そのまま相続人間で話し合いをまとめることはできず、家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、成年後見人がご本人に代わって遺産分割協議を行う必要がありますが、このような状況になると、成年後見の申立という手続きが必要になるだけではなく、遺産分割の内容についても制限がかかります。

 本来、遺産分割は相続人の間で自由に取り決めができるものですから、たとえば相続人の一人が自分は遺産はいらないとか、法定相続分を下回っても良いと言っても、それはその相続人の自由です。

 しかし、相続人の中に後見人の選任が必要な方がいるとき、後見人は本人の利益を保護しなければならないため、遺産はいらないとか相続分を下回る内容でも良いとはいえません(家庭裁判所も容認しません)。

 

 このように、ひとたび認知症の相続人が生じたときは、それまでであれば比較的自由に分割内容を決められたのに、それができなくなってしまうことになります。 

 

 

 以上のような理由から、遺産分割については面倒であっても早期に手を付けるのが重要であり、これを怠って放置してしまうと後々になってかえって面倒なことになりますので、ご自分で進めることが難しいときは専門家に相談し、早めに手続に着手していただければと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

2021年5月3日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

挙式費用は特別受益にあたるか?

 

 遺産分割、あるいは遺留分の請求の場面においては、特定の相続人が生前に被相続人からお金を受け取ったとして、その受領した金銭を考慮すべきだという主張がよくなされます。

 このような被相続人からの生前の金銭授受の問題は、いわゆる「特別受益」に該当するかどうかの問題ですが、生前の金銭授受の中で特別受益に該当するのではないかと指摘されるもののひとつとして、挙式費用の問題があります。

 たとえば、遺産分割協議の場面において、特定の相続人が生前に挙式費用を受け取っているからそれを相続開始時の遺産に持ち戻したうえで相続分を計算すべきいう主張であったり、遺留分の請求をする側が、相手は生前に挙式費用をもらっていたから、その分は遺留分の計算をするうえで遺産に持ち戻して計算するべきだ、というような主張などがあります。

 

基本的には特別受益にはあたらない

 しかし、このような主張は、心情的には理解できるところですが、裁判所では挙式費用は特別受益にはあたらないと判断されることが多いと思われます。

 たとえば、近時の例でも、東京地裁平成30年3月27日判決は、「仮に亡○○が原告○○の婚礼費用を負担したことがあったとしても,相当額の挙式費用の負担であれば特別受益には当たらないと解される」としており、東京地裁平成28年10月25日判決でも、「挙式費用については,儀礼的な性格もあり,遺産の前渡しとはいえないから特別受益にならないと解するのが相当である。」と判断されています。

 

 被相続人と相続人との間の金銭授受が特別受益に該当するかどうかは、その金銭の授受が遺産の前渡しと評価できるかどうかという観点から判断されるものですが、平成28年の裁判例が述べるように、挙式費用は通常そのような性格がないことから、特別受益には該当しないと判断されることが多いという結論になります。

 もっとも、平成30年の判決でも「相当額の挙式費用の負担であれば」との縛りがあるように、挙式費用という名目でありさえすれば絶対に特別受益にあたらないということではなく、社会通念上、あまりにも過大な場合には、もはや儀礼的な性格を超え、遺産の前渡しとして特別受益に該当するという判断もあり得ますので、最後は金額や相続人あるいは被相続人の地位・資産状態などを考慮して個別に判断されることになります。

 

弁護士 平本丈之亮 

 

2021年3月29日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

相続人の一部に判断能力のない人がいる場合、どうやって遺産分割するのか?

 

 高齢化社会を迎え、最近では相続人にご年配の方が含まれているケースが非常に多く見られます。

 この場合でも、相続人全員がお元気であれば問題なく協議を進めることができますが、相続人の一部に認知症などによって判断能力を欠く方がいる場合、どのように遺産分割を進めたら良いのでしょうか?

 

成年後見人の選任が必要

 判断能力のない方との間における遺産分割は無効となりますので、認知症などで判断能力のない方のいる遺産分割については家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、その成年後見人がご本人に変わって遺産分割協議に参加する必要があります。

 

成年後見制度を利用する際の注意点

 このように、手続的にみると、成年後見人を選任してもらえれば一部の相続人に認知症の方がいても遺産分割には先に進めることができますが、この場合にいくつか注意すべき点があります。

 

 【被後見人の法定相続分を確保する必要】 

 成年後見人は、他の相続人のために活動するものではなく、あくまで被後見人となったご本人のために活動するものですから、成年後見人との間で遺産分割協議を行う場合、被後見人の法定相続分を下回る遺産分割を成立させることはできません。

 相続人ご本人に判断能力があれば、自分の相続分をどのように処分しようと自由ですので心配はありませんが、ひとたび判断能力がなくなってしまえば、それより前にいくら「自分は財産はいらない」と言っていてもその後の遺産分割では効力はなく、その方の法定相続分を確保しなければならなくなります。

 

 【費用がかかる】 

 成年後見人の選任には、家庭裁判所への申立が必要となります。

 申立そのものに要する費用はさほどではありませんが、ご本人に意思能力がないことを証明するために医師の診断書の取付や、ケースによっては裁判所における鑑定の手続が必要となります。

 また、成年後見の申立を弁護士に委任した場合にはその依頼費用がかかりますし、そのほかにも、選任された成年後見人が司法書士・社会福祉士・弁護士など専門職の場合には、ご本人の財産の中から専門職後見人に対する報酬の支払いが必要となります。

 ちなみに、誰が成年後見人に就任するかは家庭裁判所が裁量で決めるため、希望通りの人が後見人にならないことも多くみられます(なお、相続人の一人が他の共同相続人の後見人に選任された場合には、遺産分割については成年後見人と被後見人との間で利益相反となるため、別途、特別代理人の選任も必要となります)。

 

 【遺産分割後も後見は続く】 

 成年後見制度は遺産分割のためではなく、あくまでご本人保護のための制度ですから、申立人の当初の目的である遺産分割が終了しても成年後見人はそのまま継続して任務にあたります。

 そのため、遺産分割の場面だけ成年後見人がつくと考えていると、その後も成年後見人が業務を行うことに伴って予想外の煩わしさを感じることがあります。 

 

 【親族が申立をしてくれないケース】 

 成年後見は配偶者や4親等内の親族などに申立権がありますが、稀に、申立権を有する親族が申立をしてくれず、遺産分割を希望する相続人側の身動きがとれないというケースがあります(たとえば、被相続人と前妻との間の子ども、被相続人の再婚相手、被相続人と再婚相手との間の子どもの3名が相続人のケースで、前妻との間の子どもと再婚相手は養子縁組しておらず、被相続人の死亡後に再婚相手が姻族関係終了届を提出し、その後に再婚相手が認知症になった場合、前妻との間の子どもは再婚相手の親族ではないため、後見の申立権はありません)。

 このような場合、再婚相手の子どもが後見人の選任に積極的でないと遺産分割協議が進展しないことがあります。

 

 以上のように、相続人の一部に判断能力がない場合の対応についてざっくりと説明させていただきました。

 本来、遺産分割は相続人が自由に決められますが、今回お話ししたように相続発生から時間が立ちすぎてしまい一部の相続人について成年後見人の選任が必要になると余分な費用や時間がかかったり処分内容に制限がかかったりと様々な問題が生じることになります。

 そのため、相続人の年齢などから近い将来一部の相続人の判断能力に問題が生じることが想定される場合には、面倒がらずに速やかに協議を行うことが重要です。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年1月29日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺産分割で弁護士に相談・依頼した方が良いケース

 

 遺産分割については、必ずしも弁護士に依頼する必要はなく、多くの場合、相続人の間で円満には話し合いがなされて解決しています。

 しかし、遺産分割は限られた遺産を分けるものであるため本来相続人間の利害が対立する関係にあり、生前の関係も相まってひとたびトラブルが生じると深刻化することがあります。

 そのため、紛争が起きる可能性があったり既に紛争が発生している場合には弁護士に相談や依頼をして紛争の予防・解決を図ることが望ましい場合がありますので、今回はその点についてお話ししたいと思います。

 

 【相続人同士の関係が疎遠な場合】 

 一口に相続人といってもその関係は様々であり、場合によっては疎遠なこともあります。

 関係が疎遠になる理由は色々ですが、被相続人が再婚していて以前の配偶者との間に子どもがいる場合や、二次相続・三次相続が発生して相続人の数が増えてしまった場合などが良くあるパターンです。

 このようなケースでは、相続人同士の信頼関係が乏しいため意見の相違が生じることがありますので、疎遠な親族と折衝する場合の注意点についてあらかじめ弁護士のアドバイスを受けることが有益であり、また、直接疎遠な相続人に働きかけるのではなく弁護士をクッションとして挟むことによって余計な軋轢を避けることができ、利害調整の過程で生じる精神的ストレスを軽減できるメリットがあります。

 

 【相続人の間で遺産の分割を巡って意見の対立が起きそうな場合】 

 このパターンでは未だ紛争が生じているわけではないものの、今後、協議の段階で紛争化する可能性が具体的に予想されているという場合ですので、あらかじめどのような点が問題となるかを弁護士と検討したうえで協議に臨むことによって、紛争化を避けたり深刻化を防止することが期待できます。

 

 【相続人の間で既に遺産の分割を巡って意見の対立が起きている場合】 

 このケースではもはや相続人間で円満に分割協議を成立させることが困難であり、法的知識を駆使して相手と折衝したり調停や審判を見据えた対応が必要となりますので、弁護士に相談や依頼をすることが有益です。

 ただし、弁護士に依頼せず直接自分で協議を進めたり調停を申し立てる方もいらっしゃいますので、最終的に依頼するかどうかはご本人の時間的余裕や遺産規模などの諸事情を勘案して決めていただくことになります。

 

 【被相続人の財産を管理していた者のお金の使い方に疑問がある場合】 

 高齢の親の面倒を見ていた相続人がいる場合で良く見られるパターンですが、使途不明金の問題を遺産分割の内容に反映させることは難易度が高く、この点を巡って協議や調停が難航する場合が後を絶ちません。

 使途不明金の問題は、本来、現存する遺産の分割とは別個の問題であり、相続人間で折り合いがつかない場合には裁判手続によって解決すべき問題ですが、遺産分割の協議や調停の枠内でどこまでこの問題を扱うべきかといった点や、仮に訴訟を提起した場合にどの程度認められる可能性があるのかといった点について専門的な判断が要求されるため、適切な見通しをもって進めていかなければ最終的な解決までに長期間を要することになります。

 そのため、このような使途不明金問題がある場合には、弁護士への相談や依頼を検討していただいた方が良いと考えます。

 

 遺産分割は相続人間の利害調整が必要であり、事案によっては大きなストレスとなる場合がありますので、上記のようなケースでお困りのときは一度弁護士へのご相談を検討していただければと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

2020年7月9日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所