以前のコラムで、年金口座への滞納処分の違法性が問題となった前橋地裁平成30年1月31日判決(→「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」)と、給与口座への滞納処分の違法性が問題となった東京高裁平成30年12月19日判決(→「年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった事例(東京高裁平成30年12月19日判決)」)をご紹介しましたが、これに関連して昨年9月、大阪高裁が給与振込口座への滞納処分を違法であるとして差押金の一部の返還を命じた判決を下しましたので、今回はこの判決を紹介したいと思います。
大阪高裁判決の原審である大津地裁は、以下のとおり述べ、差押禁止部分を差し押さえることを狙って預金口座を差し押さえた場合には違法になるとした上で、本件では滞納処分が給与振込日から2日後に行われており、その間、被処分者が給与を原資とする預金を自由に処分できる状況にあったことを指摘し、仮に処分庁が預金債権に転化したところを狙っていたのであれば振込直後かその日のうちに差し押さえを行っていたはずであるとして、処分庁には給与が預金債権に転化した時点を狙って差押禁止部分を差し押えようとした意図があったとはいえないと判断し違法性を否定しました。
「本件預金債権は「給与に係る債権」(国税徴収法76条1項)ではないため、これに対する差押処分が同条によって禁止されるものではない。もっとも、徴収職員において、給与債権が一般債権である預金債権に転化する時点を狙い、給与債権であれば許されない金額まで確実に差し押さえて滞納国税を徴収することを意図して預金債権の差押処分をする場合には、同条の差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分というほかはない。そして、このような差押処分は、「給与に係る債権」(国税徴収法76条1項)の差押えと実質的に同視できるものとして、同項の趣旨に照らし、違法となるというべきである。」
「(中略)本件差押処分が行われたのは、当初からの予定通り、本件預金口座に本件給与が振り込まれた平成28年2月15日の2日後である同月17日であり、その間に原告が本件預金口座に振り込まれた本件給与に係る金員を自由に処分できる状況にあったことに照らすと、・・・統括官において、預金債権に転化した時点を狙って本件給与を差押え可能な範囲を超えて確実に差し押さえようとする意図があったとは認め難い。」
なお、原審では、責任者(統括官)が、給与振込日以降に口座の差押えを行った場合、給与それ自体を差し押さえたとすれば差押え可能な範囲の金額を超えた差押処分となる可能性を認識していたとも判示していますが、そのような可能性を認識していたというだけでは違法とはならないとしており、あくまでも差押禁止部分を差し押さえようという積極的な意図が必要であるという立場をとっています。
このような積極的な意図を要求する考え方は、以前にご紹介した前橋地裁判決と同じ枠組みといえます。
前記地裁判決の控訴審である本判決も、一定の場合には給与振込口座への滞納処分は違法になるとしましたが、その判断枠組みについて以下のように判示しています。
【滞納処分としての給与口座差押の違法性判断の枠組み】
「給与等が受給者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、同法76条1項及び2項が給与生活者等の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」
注 同法=国税徴収法
次に、本判決は、本件における具体的事情として概ね以下のような事実を認定しました。
【裁判所が認定した主な事実関係】
①滞納処分の対象となった預金口座への入金としては、わずかな例外を除き、就労先からの給与であった。
②処分庁の統括官は、銀行からの回答書に添付された1年間の入出金履歴から①の事実を把握していた。
③そのため、統括官は、対象口座が給与振込口座として利用されていることを認識していたと推認される。
④また、統括官は、入出金履歴から、平成27年7月以降、対象口座には毎月15日前後に会社から給料が振り込まれていることや、先行して行った差押処分にあたって実施した銀行調査の際に取得した平成28年1月分の取引明細から1月15日にも会社から給料の振り込みがあったことを確認し、2月15日にも会社から給料が振り込まれる可能性があることを想定した。
⑤また、取引明細によると、別会社からも不定期に給料の振込があったことが判明したことから、統括官は別会社からの給料も振り込まれる可能性があると判断した。
⑥以上を踏まえ、統括官は、給与自体を差し押さえることも考えたが、その場合は滞納者の雇用関係に影響がでることを懸念し、給与自体を差し押さえるのではなく、その代わり給与振込が想定される対象口座を差し押さえることを選択し、部下に2月15日から19日までの間に差押えるよう指示し、17日に口座への差押えを行った。
⑦入出金履歴からすると、会社から滞納者に支給される給与は多くとも20数万円程度であると見込まれたが、滞納処分時の滞納国税の金額は本税と延滞税を併せて17万円余りであったため、統括官は、2月15日以後に対象口座へ差押えを行った場合、給与自体を差し押さえた場合に差押えができる範囲を超えて差し押さえてしまう可能性があることを認識していたと推認される。
そして、以上の事実関係を前提に、本判決は以下のように述べ、本件における滞納処分は実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができると判断して原審の判断を覆し、給与口座への差押えの一部が違法であると判断しました。
【本件の滞納処分の違法性についての判断】
「以上の事実関係の下では、本件差押処分は、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合に当たるということができ、本件預金債権中、本件給与によって形成された部分(10万0307円)のうち差押可能金額を超える部分については、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」
「(中略)本件給与に係る差押可能金額は、(中略)7万5000円となる」。
「本件各処分は、10万0308円を対象とするものであるところ、本件給与により形成された部分(10万0307円)のうち差押可能金額(7万5000円)を超える部分は、2万5307円である。」
「そうすると、被控訴人は、上記2万5307円については、これを保有すべき不当利得法上の法律上の原因を有しないこととなるから、これを控訴人に返還すべき義務を負うというべきである。」(ただし、被処分者が返還を求めた金額は2万4404円であったため、その限度で支払いを命じています。)
注 被控訴人=国 控訴人=差押えを受けた人
【国家賠償法に基づく請求についての判断】
なお、被処分者は、差押金相当額の支払いを求める根拠として、不当利得返還請求のほかに国家賠償法による損害賠償も理由としていましたが、大阪高裁は、国税徴収法は預金債権の差押えを禁止していないこと、預金債権を差し押さえることが違法となる場合があるか、違法となり得るとしてもどのような場合に違法となるかについては法律解釈についての見解や実務上の取り扱いも分かれていて、そのいずれも相応の根拠があることを理由に、処分庁が本件差押え処分が違法であることを予見し又は予見すべきであったとはいえないとして過失を否定し、国家賠償法に基づく請求は否定しました。
【本判決の特徴など(私見)】
本判決は、「実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合」にあたるかどうかを判断するために、①対象口座の入金状況と、②処分庁の口座の調査状況、③それらを前提とした処分庁の認識、を考慮しています。
具体的な判断にあたって処分庁の認識を考慮していることからすると、同じく処分庁の主観を考慮する前橋地裁判決や原審に近いようにもみえますが、これらの判決では差押禁止部分を差し押さえることを「企図」ないし「意図」して滞納処分を実施した場合に違法になるとしたのに対し、本判決では、差押禁止部分を差し押さえることと実質的に「同視」できる場合には違法になるとし、必ずしも処分庁が積極的に差押禁止部分を差し押さえようとする意図を有していたことまでは必要としていない点で異なるように思われます。
また、実質的に差押禁止部分を差し押さえたのと同視することができる場合にあたるかどうかは、結局は滞納処分時の事情を総合的に考慮して判断されると思われるため、年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった東京高裁平成30年12月19日判決と同じような枠組みで判断しているようにも思われますが、東京高裁が被処分者の受けた不利益の程度を主要な考慮要素として例示しているのに対し、本判決では、判決文を読む限りではこの点を違法性の考慮要素としては考慮していない(少なくとも重視していない)ようにも読めるため、東京高裁判決ともやや趣を異にするように感じられました。
このような微妙な違いが給与と年金という被差押債権の性質によるものなのか、違法性の判断基準そのものに対する裁判所の基本的な考え方の違いによるものなのか、あるいは両判決の判断基準には実質的に差がないのかは判断しかねましたが、いずれにしても、東京、大阪という2つの高裁において預金口座への滞納処分が違法になり得ることが示されたことにより、今後、最高裁で統一的な判断が示されない限り、滞納処分の実務においてはこれらの高裁判決が一定程度指針として機能することが予想されます。
これまでに紹介した裁判例を前提にすると、最高裁で異なる判断が示されるまでは、給与や年金の差押禁止部分を差し押さえることを積極的に意図して滞納処分を行い、被処分者が著しい不利益を受けた場合には違法と判断される可能性が高いように思われます。
また、本判決の枠組みに従えば、積極的に差押禁止部分の差し押さえを意図していなくとも違法になる場合があり得ることから、給与や年金の振込口座への差押えについては、より一層慎重な判断が必要になると思われます。
弁護士 平本丈之亮