以前、税金の滞納処分として給与口座を差し押さえたことが違法であると判断された裁判例(前橋地裁平成30年1月31日判決)をご紹介しました(「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」)。
この記事については、公開後、当職の予想を超えた閲覧数があり、滞納処分に関する関心の高さが窺えますが、近時、大阪高裁でも給与口座への差押えを違法とした判決が出たという報道があり、宮城でも同様の裁判が係属中との情報もあるところです。
滞納処分として預貯金口座を差し押さえるケースとしては、給与振込口座の差押え以外にも年金振込口座を差し押さえるパターンもあり、このような差押えの違法性の有無について判断した最近の裁判例として、固定資産税の滞納を理由に年金振込日に年金振込口座を差し押さえたことが問題となった東京高裁平成30年12月19日判決がありますので、今回はこの判決について紹介してみたいと思います。
この東京高裁判決の原審は、給与振込口座の差押が問題となった事案と同じ前橋地裁ですが、原審(前橋地裁平成30年2月28日判決)は、滞納処分庁が差押禁止財産(=年金)自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情があったとして、年金振込口座の差押さえは違法である、という判断を示しました。
これに対し、東京高裁は、年金振込口座への滞納処分の問題について、まず、預貯金口座の原資が本来差押えが禁止される年金だったとしても、一旦口座に入金された以上、法的には預貯金債権に転化することから直ちに差押禁止債権としての属性は承継されない、という従来の一般論を展開します。
もっとも、これに引き続いて、「国民年金等が振り込まれた後は預貯金債権であることをもって形式的にこれに対する差押えが常に許容されるとすることが不当な結果を招来する場合があることは、当裁判所もこれを否定するものではな」い、とし、さらに、国税徴収「法77条1項及び76条1項が年金等受給者の最低限の生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨はできる限り尊重されるべきであるから」、一定の場合には差押さえが違法となることを認めます。
そして、具体的には、「①滞納処分庁が、実質的に法77条1項及び76条1項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押を行ったといえるか否か、②差し押さえられた金額が滞納者の生活を困窮させるおそれがあるか否かなどを総合的に考慮して、差押処分が上記趣旨を没却するものであると認められる場合には、当該差押処分は権限を濫用したものとして違法であるというべきである。」との判断枠組みを示しました。
原審(前橋地裁平成30年2月28日判決)は、年金振込口座の差押えの違法性の判断枠組みについて、「滞納処分庁が,実質的に法77条1項及び76条1項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情がある場合には,上記差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分として,違法となる場合があるというべきである。」と判示しています。
つまり、原審は、「差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行った」かどうか、という滞納処分庁の主観的意図を決定的な基準としていますが、控訴審は、①滞納処分庁の主観的意図のほかに、②滞納処分によって差押えを受けた者が生活困窮に陥るおそれがあるか否かという不利益の有無・程度も考慮要素とし、さらには①②以外の事柄も総合的に考慮したうえで違法性(=権利の濫用の有無)を判断する、という総合判断の枠組みを採用しました。
原審の枠組みは、差し押さえを行った者の主観的意図のみによって違法性の有無が判断されるためシンプルですが、東京高裁の枠組みは様々な事情を総合的に考慮するものであるため、基準としての明確性には難があるといえます。
もっとも、総合考慮と言いつつも、東京高裁が主な考慮要素として、あえて、①滞納処分庁の意図と、②被処分者の不利益の有無・程度を指摘していることからすれば、東京高裁としても、滞納処分の違法性を判断する上ではこの2点が特に重要なファクターであると考えているものと思われます。
そのため、この基準に従えば、滞納処分庁が差押禁止財産である年金そのものを差し押さえる意図で年金振込口座を差し押さえ、これにより差し押さえを受けた者が生活困窮に陥ったという事情がいずれも認定された場合、その差押えは違法とされる可能性が高いのではないかと思います(私見)。
また、原審の枠組みでは、滞納処分を受けた者がどれだけ過酷な状況におかれたとしても、滞納処分庁に差押禁止財産自体を差し押さえる意図があったといえない場合には違法となる余地がないことになりますが、東京高裁の枠組みはあくまで総合判断ですから、たとえ滞納処分庁にそのような意図がなかったとしても、その他の事情次第では滞納処分が違法になる余地があると思われます。
【余談(承諾書に基づく給与差押え)】
なお、今回の東京高裁判決の判断対象は直接的には年金振込口座への差押えの違法性ですが、個人的には、様々な事情を総合的に判断するという判断枠組みそのものは、差押禁止財産に関係する滞納処分一般に応用しうるものではないかと感じています。
この点に関連して、滞納処分の一つの手法として「給与の差押に関する承諾書」(あるいは「給与等差押承諾書」)という書類に署名させ、これをもとに差押禁止範囲を超えた給与を差し押さえるという方法があります(根拠は国税徴収法76条5項)。
平成29年10月に、承諾書による給与への超過差押えが違法であるとして被処分者が自治体を提訴したとの報道がありましたが、報道によると、その事案では給与35万円のうち32万円を差し押さえることについて被処分者が承諾したとのことです。
問題は、このような承諾書に基づく給与差押えが違法になる余地があるのかということですが、承諾書に基づく超過差押え自体は国税徴収法に基づく方法であり、もともと差押禁止財産に該当する部分を差し押さえる目的で行われるものですから、処分庁にそのような意図があったかどうかにより違法性を判断することは難しく、このような場面では高裁のような総合判断の枠組みの方が適しているように思われます。
今回の東京高裁判決が示した判断枠組みのうち、滞納処分庁の意図を考慮要素とすることは先ほど述べた事情から難しいと思いますが、承諾に基づき差し押さえを受けた者の不利益の程度は重要な考慮要素と思われますし、その他の事情としては、承諾という被処分者の行為が介在していることを考えると、なぜそのような承諾してしまったのかという経緯も重要なファクターになると思われます。
そのため、あくまで私見ですが、たとえば承諾書にサインする際に、担当者に脅迫的・威迫的あるいは虚偽的な言辞があった等の不当な働きかけがあり、本人が真意に反して承諾書にサインしてしまったような事情があった場合には、滞納処分によって生じた生活困窮の程度等と相まって承諾書に基づく超過差押えが違法になる余地があるのではないかと思いますし、仮にそのような不当な働きかけがあったとまでは言えなかったとしても、承諾の結果、著しい生活困窮状態に陥ったような場合には、その他の事情も考慮したうえで、やはり差押処分が違法になる余地があるのではないか、と思っています。
寡聞にして、先ほどの裁判の結論がどうなったかまでは存じませんが、もしかすると今回の東京高裁判決と似たような判断枠組みが示される(あるいはされた)可能性もあるのかなと関心をもっているところです。
さて、話を元に戻しますが、この東京高裁判決は、結論的には滞納処分の違法性を否定して被処分者の訴えを退けました。
判決文によると、その結論に至った理由は主に以下のような事情によるものでした。
【滞納処分庁の意図について】
①証拠上、担当者が最後に取引履歴を確認したのは差押えの約10ヶ月前である平成27年6月8日であり、差押え直前に取引履歴を把握した証拠はない。
②滞納税金額は2000円であったが、担当者が最後に確認した取引履歴によると、平成27年1月から同年6月8日までの残高は必ずしも2000円を下回っていたわけではない。
③そうすると、担当者は、差押直前の口座残高が滞納額である2000円を下回る金額であったことを認識していたとまではいえない。
④以上の事情からすると、滞納処分庁は、差押えの対象となった口座の大部分が年金を原資とするものであると認識していたということはできない。
⑤そのため、滞納処分庁は、年金自体を差し押さえることを意図して滞納処分を行ったとまでは認められない。
ちなみに、本件では、滞納処分が年金の振込日と同日に行われたという事情があります。
年金が偶数月の15日に振り込まれることは知られた話だと思いますし、自治体も差押日当日に年金が振り込まれることは知っていたそうですから(当事者間に争いなし。)、滞納処分を行った自治体としても、少なくとも、差押え直前の残高がもしも滞納額を下回っていれば、口座の差し押さえが実質的には年金そのものを差し押さえるのと同様の結果になるだろうということは認識していたと思います。
そのため、このような事情を重視すれば、自治体側には年金を差し押さえる意図があったという認定もあり得るのではないかと思いますが(東京高裁判決でも「本件差押処分が実質的に本件年金自体を差し押さえることを意図していたとみられる余地がないとはいえない。」としています。)、東京高裁は、差押え直前の残高が滞納額を下回っていることについて担当者に明確な認識がなければ、差押禁止財産を差し押さえる意図があったとは言えないと判断しています。
以上のように、滞納処分を行った自治体の当時の意図については微妙な判断となったところですが、個人的には、最終的に高裁で違法性が否定されたのは、実際には以下に述べる被処分者の不利益に関する判断によるところが大きかったのではないかなと想像しています。
【被処分者の不利益の程度】
この点について、東京高裁は,以下のような判断をしています。
①被処分者については、以前、本人に代わって任意に固定資産税を納付していた者がいた。
②本件滞納税金の額は、以前、任意に支払われていた金額を下回るものであった。
③①、②からすると、2000円が差し押さえられたからといって、その額がただちに被処分者が困窮に陥るおそれがある額であったとはいえない。
要するに、過去に本人に代わって本人の財産から税金を納付できていたという実績があり、今回の差押え額はそれを下回っていることから、本人にもその程度の支払い能力はあったはずだ、ということを言いたいのだろうと理解しています。
以上、私見を交えつつ年金振込口座の差押えの違法性が問題となった東京高裁判決をご紹介しましたが、この事案は、一審では違法、控訴審では適法と、結論が大きく異なる結果となりました。
このように控訴審では違法性が否定されましたが、判決内容からも明らかなとおり、東京高裁は年金振込日における年金振込口座の差押えという手法そのものが違法となる余地がないと判示したものではなく、あくまで今回の事案においては違法性がないと判断したにすぎませんので、本判決によって、このような手法自体の適法性が一般的に承認されたと解釈することは誤りです。
滞納処分については、裁判所を通さずとも差し押さえを行うことができるという自力執行権が認められていますが、強力な権限には常に濫用の危険がつきまとう以上、その権限の行使は自制的・謙抑的であるべきであり、今回、破棄されたとはいえ一度は違法判決が出されたことは重く受け止める必要があると思われます。この事案をきっかけに、滞納処分のあり方として本件のような手法の是非そのものについても議論が深まっていくことを期待しています。
「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合」
「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合・その2(大阪高裁令和元年9月26日判決)」
弁護士 平本丈之亮