債務整理のご相談を受けていると、一般の金融業者などに対する負債だけではなく、市役所など自治体に対して税金(国民健康保険税、市県民税など)を滞納しているケースがみられます。
税金については、たとえ自己破産しても免除されることはありませんので、多額の税金滞納がある場合だと、債務整理後の生活再建に支障をきたすということもあり得ます。
税金滞納がある場合、自治体は「滞納処分」として滞納者の財産に対して差押を行いますが、この滞納処分の一環として、自治体が滞納者の給与が振り込まれる預貯金口座に対して差押を行うことがあります。
地方税の徴収に関して定める地方税法は国税徴収法の規定を準用していますが、国税徴収法第76条1項、2項は、滞納者の最低限の生活を維持するため、給与の一部について差押を禁止しています。
そのため、自治体が給与そのものを差し押さえる場合には、この規定によって差押の及ばない部分が一部手元に残るのですが(差押禁止財産)、一旦、預貯金口座に振り込まれてしまうと、法的には預貯金債権に転化してしまうため、原則として差押禁止の効力は及ばないとされています(最高裁平成10年2月10日判決)。
しかし、給与が振り込まれた直後の預貯金は、確かに形式的にみれば給与ではありませんが、実質的には給与がそのまま残っているのと同じことであり、口座に振り込まれてしまえば無条件で全額を差し押えできると考えることは、法律が給与の一部を差押禁止財産としている趣旨に反するのではないかとも思われます。
このような滞納処分と給与口座を巡る問題について、前橋地方裁判所は、給与が振り込まれた預貯金債権が直ちに差押禁止財産になるものではないという原則を確認しながらも、先ほど述べたような問題を指摘したうえで、「滞納処分庁が、実質的に法76条1項、2項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを企図して差押処分を行ったものと認めるべき特段の事情がある場合には、上記差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分として、違法となる場合があるというべきである。」と判示し、自治体が違法に差し押さえた預貯金の返還や慰謝料の支払いを命じる判決を下しました。
【どのような理由で違法とされたのか?】
この判決が認定した具体的事情は、概ね以下のようなものです。
1 差押された預金の全部ないし大部分が給与を原資としていたこと
2 自治体が給与の振り込みがあった日に差し押えをしていたこと
3 自治体が、滞納者から給与支給日が記載された給与明細の提示を受けていたこと
4 滞納者が、一定期間ごとに自治体の担当者と納税相談を行い、直近2,3ヶ月分の給与明細を提示して収入状況や借金の返済状況を説明していたこと
裁判所は、上記のような具体的な事情から、自治体は差し押さえた預貯金口座が給与振込口座として利用されているものであることや差押当時の残高の原資が給与であることを認識しつつ差押を行っており、実質的には給与自体を差し押さえることを企図して口座の差押を行ったと認めるべき特段の事情があるため、差押は違法である、と判断しました。
被告となった自治体は控訴せずこの判決は確定したとのことですが、下級審の判決であるためこの判決の判断の枠組みがどこまで一般化できるのかは当職には計りかねるところです。
もっとも、個人的な感覚としては、給与債権のままであれば差押が禁止される部分があるのに、預貯金になっただけで全額差押えできるようになるというのは違和感がありますし、また、一般の債権者からの差押では債務者側から差押禁止債権の範囲変更の申立(民事執行法第153条)を行うことができることとのバランスを考えると、自治体の滞納処分であっても一定の場合には制約が課されるという判断をした本判決の内容は納得できるものです。
もちろん、適正な納税を実現することはとても重要なことですから(そうでないと行政サービスが維持できません。)、支払いができる状態なのに支払いをしないような悪質な滞納者に対して自治体が厳正に対処すべき必要性があることは当然です。
しかし、この判決によると、滞納者はダブルワークで月に10万円前後の収入を得ていた中から毎月1万円の分納を5年以上継続していたところ、途中で自治体から分納額を2万円に増やすよう指導されたのを拒絶し、1万5000円に増額することを提案したものの今度は自治体側がこれを受け容れなかったために差押に至ったようであり、全く支払意思がなかったわけではないようです(自治体が毎月2万円の増額を指導したのは、毎月1万円だと新たに課される1年間の税金に満たないため、いつまで経っても滞納が減らないということが理由だったようです。)
適正な納税の実現と滞納者の生活とのバランスをどのように調和させるかは非常に難しい問題ですが、滞納処分は一つ間違えば市民の生活を破壊しかねない劇薬であることは確かであり、無理な滞納処分をしたことによって納税する意思や能力そのものが失われてしまえば、その結果は生活保護など社会保障のコスト増加として自治体、ひいてはその自治体の住民に跳ね返ってくるという本末転倒な結果にもなりかねませんので、徴収にあたる自治体には、そのような視点も持ちつつ、滞納者の具体的な生活状況に応じたきめ細かで丁寧な対応を望みたいところです。
弁護士 平本丈之亮
「年金振込口座への滞納処分の違法性が問題となった事例(東京高裁平成30年12月19日判決)」
「税金の滞納処分として給与振込口座を差し押さえることが違法とされる場合・その2(大阪高裁令和元年9月26日判決)」