寺院等に支払った永代供養料は、中途解約によって返還してもらえるのか?

 

 お墓にまつわる契約の中に、遺骨や遺品の永代供養を寺院や霊園に依頼するというものがあります。

 

 このような永代供養も寺院等との間における契約の一種ですが、永代供養は長年にわたって遺骨等を供養をしてもらうことを内容とするものであるため、契約時に高額の永代供養料をまとめて支払うことがあります。

 

 もっとも、当初はその寺院等に永代供養をお願いするつもりであったものの、途中で事情が変わってしまい永代供養の契約を中途で取りやめたいという場合もあり、そのような場合に先払いした永代供養料の返還を巡ってトラブルとなるケースもあります。

 

中途解約によって、永代供養料の返還を求めることはできるのか?

 この点については裁判例があり、永代供養の契約は法的には「永代供養」という役務提供を行うことを約する準委任契約であるとして、民法651条によっていつでも中途解除することができると判断されたものがあります(東京地裁平成26年5月27日判決、大阪地裁令和2年12月10日判決)。

 

 もっとも、このような裁判例を前提にしたとしても、準委任契約の解除の効力は将来の部分にのみ生じることから、最終的に返還を求めることができる範囲は未履行の部分に限られます。

 

 そして、上記裁判例を前提とすると、対象者がお亡くなりになって既に永代供養が始まった後に解除する場合には、契約時に支払った永代供養料の全額ではなく、そのうちの一部のみが返還されることになります(上記東京地裁判決も同様の考えに立っていますが、このケースでは生前に解除しているため全額の返還請求が認められています)。

 

永代供養料の不返還特約があった場合は?

 寺院等と個人との間で締結された永代供養に関する契約は消費者契約にあたるため、いったん支払った永代供養料は一切返還しないとの特約は消費者契約法第9条1号の適用を受けることになります。

 

 消費者契約法第9条1号は「解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」内容の契約条項を無効としていますが、上記大阪地裁判決では、解除の時期が具体的な役務提供等を受ける前の段階であったことから、返還しない旨の規定は平均的損害を超える内容の契約条項にあたり無効と判断しています。

 

 なお、上記大阪地裁判決のケースは、納骨堂で遺骨等を保管する契約と永代供養の2つの契約が混合したものであると認定されていますが、寺院に支払った額の中には、①納骨堂の利用や供養に対する報酬部分のほかに、②納骨堂を利用して供養を受けることができる地位を付与されて宗教的感情を満足させる効果が生じたことに対する対価部分の両方が含まれているとして、②の部分は地位取得に対する対価であるから解除によっても返還義務は生じないと判断し、支払った額全体の7割の限度で返還請求が認められています(裁判所は、納骨堂での保管契約は諾成的寄託契約に該当し、民法第662条に基づいていつでも解約可能、永代供養は先ほど述べたとおり準委任契約に該当するため民法651条によって解約可能、としています)。

 

 

 永代供養料は高額になることもあり、上記のような裁判例が存在するように解約に伴ってトラブルになることがありますので、永代供養をお願いする場合には途中で解約するようなことがないかを慎重に検討する必要があり、また、途中で解約した場合は永代供養料の返還についてどのような処理がなされるのかをあらかじめ寺院等に確認しておくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年6月12日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

中古建物のシロアリ被害について、売買の仲介業者が法的責任を負うことがある?

 

 中古不動産の購入後、その物件にトラブルが発生することがありますが、その中でも建物の大規模修繕や解体など深刻な問題に発展する可能性があるのがシロアリ被害です。

 

 中古不動産の購入後にシロアリ被害が判明した場合、売主との関係では「契約不適合責任」やその免除特約の有効性などが問題となり得ますが、中古不動産の売買について仲介業者が介在した場合には、仲介業者が買主から責任を問われるケースもみられるところです。

 

 そこで今回は、そのような中古不動産の売買仲介について、仲介業者が買主に法的責任を負うことがあるのか、ということをお話しします。

 

シロアリ被害が存在することを示唆する事情を仲介業者が認識していたときは法的責任を負う可能性がある

 この点については以下のような裁判例があり、仲介業者がシロアリ被害について一般的な調査義務や告知義務があるとまではいえないものの、シロアリ被害が存在することを示唆するような具体的事情があり、それを仲介事業者が認識していた場合には、その点を買主に説明したり調査する義務が課せられ、これを怠ったときは損害賠償責任を負うことがあります。

 

大阪地裁平成20年5月20日判決

「本件の場合、原告は、本件建物に居住する目的で本件契約を締結することとしたのであるから、その前提として、本件建物が居住に適した性状、機能を備えているか否かを判断する必要があるところ、被告代表者も、原告の上記目的を認識していたのであるから、本件建物の物理的瑕疵によってその目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識している場合には、原告に対し、積極的にその旨を告知すベき業務上の一般的注意義務を負う(なお、そのような認識に欠ける場合には、宅地建物取引業者が建物の物理的瑕疵の存否を調査する専門家ではない以上、そうした点について調査義務まで負うわけではない。)。本件不動産の価格設定の際、本件建物の価値は全く考慮されておらず、現状有姿で売主が瑕疵担保責任を負わない取引であったとしても、被告代表者が原告の上記目的を認識していた以上、上記結論は変わらない。」

 

→以上を前提に、本件では下記①②のような事情があったことから、仲介業者は下記①②のような事実を説明したうえで買主に更なる調査を尽くすよう促す業務上の一般的注意義務を負い、そのような義務に違反したとして仲介業者の責任を肯定した。

 

①仲介業者は、建物の見学において雨漏りの箇所が複数あると認識し、白アリらしき虫の死骸を発見し、白アリ被害について多少懸念を抱いていたこと

 

②1階和室以外に、玄関左右の端、浴槽、収納部分の角にも腐食があると認識していた上、柱にガムテープが貼られるなどしていることも認識していたこと

 

③売主自身も、長年建物に全く行っておらず、仲介業者もそのことを知っており、売主による建物の状況説明が現状を正確に反映していないことを疑う余地があったこと

 

東京地裁平成20年6月4日判決

「仲介業者である被告○○には、本件建物に雨漏りやシロアリの被害があることを疑わせるような特段の事情がない限り、シロアリ駆除業者等に依頼するなどして被害の有無を調査するまでの義務があったとはいえないというべきところ、本件において、上記特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。」

 

→このケースではシロアリの被害があることを疑わせるような特段の事情がなかったとして、仲介業者の責任を否定した。 

 

ホームインスペクションの活用も一考

 以上のとおり、仲介業者は、シロアリ被害があることを示唆する事情(雨漏り、腐食、シロアリの死骸等)を認識した場合には、そのような事実について買主に説明したりシロアリ被害の有無について調査する義務を負うことになります。

 

 このようなトラブルを避けるには、中古物件の購入前に住宅診断(ホームインスペクション)を実施しておくことが有効であり、(調査費用がかかる点はネックですが、)事前に調査しておくことでトラブルを回避できますし、中古不動産を売却しやすくなる副次的効果も期待できることから、中古物件の売買仲介の際には売主・買主・仲介業者が協力して信頼できる調査会社に調査を依頼することも検討した方が良いと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年6月9日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

自筆証書遺言に記載した日付と遺言書に印鑑を押した日が異なる場合、その遺言は有効か?

 

 遺言は本人の最後の意思を実現するものであるため、可能な限り本人の意思を尊重しなければなりませんが、他方で偽造防止等の観点からその方式は厳格に定められています(遺言の様式性)。

 

 そのため、法律で定められた方式に違背した遺言を作ってしまうとその遺言は無効になってしまいますが、遺言の中でも自筆証書遺言については、全文や日付・氏名のほかに押印も必要とされています。

 

 では、自筆証書遺言を作ることにして、先に日付や署名など他の部分は完成させた後に、最後の押印だけを別の日に行ったという場合、果たしてその自筆証書遺言は有効なのでしょうか?

 

最高裁令和3年1月18日判決

 この点について最高裁は、そのような場合には遺言書に記載されている日付と押印した日が相違していても、自筆証書遺言は有効と判断しました。

 

「自筆証書によって遺言をするには、真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照)、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年〇月〇日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されていることになる。

 しかしながら、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。

 したがって、【遺言者】が,入院中の平成27年△月△日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年〇月〇日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」

 

 このケースにおいて、原審の高等裁判所は遺言の様式性を重視して遺言を無効と判断しています。

 

 最終的に結論が覆ったとはいえ、最高裁までもつれ込む争いになってしまったのは要式性が厳格に求められる自筆証書遺言であったためと思われ、もしもこのケースで作られたのが公正証書遺言であったならば、少なくとも遺言の方式に関する紛争は起きなかったように思われます。

 

 自筆証書遺言には作る際の手軽さというメリットがあり、また、ご本人の体調との兼ね合いで公正証書遺言では対応できないケースもあると思われますが、遺言の様式性を巡って長い紛争になるリスクを考えると、公正証書遺言で対応できるケースはそちらを選択した方が無難であると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年6月7日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

盗まれた自動車で交通事故を起こされた場合、所有者が損害賠償責任を負うことがある?~交通事故㉕~

 

 自動車が盗難に遭い、その後、盗んだ者が交通事故を起こすことがあります。

 

 このような場合に、運転者が交通事故によって生じた被害について損害賠償責任を負うことは当然ですが、一定の場合、盗難に遭った自動車の所有者も法的責任を負う場合があることはご存じでしょうか?

 

 今回は、盗難車両の所有者が交通事故の責任を負う場合についてお話しします。

 

泥棒運転の被害者が責任を負う場合とは?

 車両の盗難に遭った者は基本的に被害者ですから、どのような場合でも必ず責任を負うわけではありません。

 

 他方で、過去の裁判例では、所有者が第三者の運転を容認していたと非難されても仕方ないような事情があった場合には、被害者である自動車の所有者が、その後に起きた交通事故について責任を負うことを認めています。

 

 そして、そのような場合に当たるかどうかは、主に以下のような事情を考慮して総合的に判断されます。

 

自動車盗難被害者の責任に関する判断要素の一例

①駐車場所

 

②駐車時間

 

③車両の管理状況

 

④泥棒運転の経緯・態様

 

⑥盗難から事故までの時間的・場所的近接性

 

⑦盗まれた者の行動

 

責任が認められやすくなる具体的事情

 以上のとおり、窃盗被害者である所有者が交通事故の責任を負うかどうかは様々な事情から判断されますが、責任が認められやすい事情についてもう少し具体的に説明すると、以下のようなものになります。

 

・公道や公道に面する出入り自由な場所に駐車していたこと

 

・エンジンキーをつけたままドアロックをせずに駐車していたこと

 

・盗難から交通事故発生まで1~2時間程度であること

 この点については、一応、盗難から事故発生まで時間が短い方が責任が認められやすいとは言えますが、過去の事例では盗難から5時間半程度経過していても責任を認めた事例や、事故から10日以上経過していても被害者が被害届を出していなかった点を捉えて責任を認めた事例もあるようですので、これだけで責任の有無が決まるわけではありません。

 

・盗難発覚後、被害者が被害届を出していなかったこと

 

・長時間駐車していたこと

 

過去の裁判例

責任の肯定例と裁判例が考慮した事情

①横浜地裁平成28年12月7日判決

 

※原付の盗難事例

 

・被告は東側が公道に面し、駐車場への出入りを制限する柵等の設備がなく、管理人が常駐せず照明灯も設置されていない駐車場の奥側の駐車場の端部分に、管理権限者等に無断で、エンジンキーを付け、被告車両を長期間駐車したままとしていたこと

 

・被告が帰宅した直後、被告車両が紛失していることを知り警察署に盗難届出をしようとしたが、型番や車両番号が不明であるとして受け付けてもらえず、車両の登録名義人と連絡を取ってこれらを聞き出すこともできなかったほかは車両を探そうとせず、放置したままであったこと

 

【結論】

 

 以上の事実に照らすと、被告は、第三者が被告車両を無断で運転することを容認していたとみることができるものであって、第三者が引き起こした本件事故についても,自賠法3条の運行供用者責任を負う。

 

 

②東京地裁平成22年11月30日判決

 

・被告車両が駐車されていた場所は被告の支店敷地内の駐車場であり、公道との間に外壁はなく、第三者が自由に出入りできたこと

 

・被告車両は施錠されず、鍵は運転席サンバイザーに挟まれていたこと

 

→そうすると、被告は、第三者が無断で被告支店駐車場に侵入し、施錠されていない被告車両を盗み出すことは容易に予想することができ、被告は第三者が運転することを容認していたと同視されると評価されてもやむを得ない。

 

【+αの事情】 

 

・被告車両が窃取されてから事故の発生まで長くても5時間半程度しか経過していないこと

 

・本件事故現場は窃取された場所から遠隔地でもないこと

 

・被告が被告車両を盗まれた後、事故が発生するまでの間に、被告車両が運転されないようにする措置を取った事実は認められないこと

 

【結論】

 

 そうすると、事故発生当時、被告は被告車両について運行供用者としての地位を失っていなかったというべきであり、被告は本件事故によって生じた原告の人身損害を賠償すべき責任がある。

 

※この判決は、上記理由から自賠法3条の運行供用者責任を認めて人身傷害については賠償責任を認めたものの、第三者が摂取した自動車を運転したことによって事故が起きたこと自体については過失が認められないとして、物損についての賠償責任は否定しています。

 

責任の否定例と裁判例が考慮した事情

①最高裁令和2年1月21日判決

 

・盗難被害者の会社は、自動車を会社の独身寮に居住する従業員の通勤のために使用させていたものであるが、第三者の自由な立入りが予定されていない独身寮内の食堂にエンジンキーを保管する場所を設けた上、従業員が自動車を駐車場に駐車する際はドアを施錠し、エンジンキーを保管場所に保管する旨の本件内規を定めていたこと

 

・駐車場は第三者が公道から出入りすることが可能な状態であったものの、近隣において自動車窃盗が発生していたなどの事情も認められないこと

 

→会社はこのような内規を定めることにより、自動車が窃取されることを防止するための措置を講じていたといえる。

 

【+αの事情】

 

 従業員は、以前にもドアを施錠せず、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で自動車を駐車場に駐車したことが何度かあったものの、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないこと

 

【結論】

 

 以上によれば、本件事故について、会社に自動車保管上の過失があるということはできない。

 

 

②名古屋地裁平成30年6月6日判決

 

【責任を肯定する方向の事情】

 

・被告の従業員が、週6日、毎朝、施設に弁当を配達する際、日常的にエンジンをかけたまま被告車両を停車し、その場を離れることを繰り返していたこと

 

・停車場所も施設の入口付近の路上であったこと

 

→本件事故当時、被告車両は相当程度窃取され易い状況にあったと評価すべきであり、窃取時点においては、第三者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない状況にあった。

 

【責任を否定する方向の事情】

 

・被告は、被告車両が窃取された後、1時間以内に警察に被害届を提出していること

 

・被告車両が窃取されてから事故までの間に約12時間、被害届が提出されてからでも約11時間が経過していること

 

・窃取場所から事故現場までの距離も直線距離で20.38km、最短走行距離でも24.4kmもあること

 

・加害者は、被告車両を運転中、コンビニエンスストアに立ち寄ったり、2回パトカーに追跡されながら逃げ切ったりした挙句、本件事故現場付近でもパトカーに追跡され、逃走中に本件事故を発生させていることなど

 

→これらの事情は、被告が被告車両の運転を客観的に容認していたことを否定する方向の諸事情といえる。

 

【結論】

 

 以上の諸事情を総合考慮すると、本件事故当時においては、もはや被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することは困難であると言わざるを得ないから、本件事故につき、被告の運行供用者責任を認めることはできない。

 

 

③東京地裁平成8年8月22日判決

 

・本件車両は、盗難に遭った際、ドアが施錠されており、エンジンキーは外部から一見して分からないような車輪泥よけの内側部分に収納されていたこと

 

・本件車両は、路上や空き地に漫然と駐車されていたものではなく、外部との遮断が十分でないとはいえ専用の駐車場に駐車されており、同駐車場には柵や看板等も設置されていたこと

 

【結論】

 

 以上からすると、本件車両は、外部とは区画された専用の駐車場に置かれていたものであり、その車両の形状、本件事故当時の施錠と鍵の収納状況等に照らし、被告に本件車両の盗難予防上の保管管理について過失があったとは認められない。

 

盗難被害者が責任を負わないための対策

 以上のように、被害者の駐車場所が第三者の自由な出入りを禁止する構造や管理状況であった場合や、きちんとエンジンキーを抜いて施錠していたケースでは所有者の責任が否定されており、そのほかにも、盗まれた後に速やかに被害届を出していることが責任を否定する事情として考慮されているケースもあります。

 

 また、最高裁判決で示されたように、従業員に自動車を使用させているケースでは、使用者の不注意で自動車を盗まれることのないように、所有者側が内規を定めるなど盗難防止の措置を講じていることが責任を否定する事情とされています。

 

 このように、盗難被害者が交通事故の責任を負わないためには、①盗難に遭いやすい場所に駐車することを避けたり、②自動車から離れるときはエンジンキーを抜いたり施錠する、③他人に貸すときは管理を徹底させるための指示をするなど、車両管理を徹底することが基本的な対策であり、万が一盗難に遭った場合には速やかに被害届を出すことも重要となります。

 

 路肩に一時停止して一時的に自動車から離れることは普段の生活の中でもあり得ますが、そのようなときに施錠を怠ったりキーをそのままにしていたりすると、窃盗の被害者であるにもかかわらず交通事故の責任を問われることがありますので、自動車の管理にはくれぐれも注意していただきたいと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

転貸可能な居住用賃借物件であれば、賃貸人の承諾なく民泊に利用しても問題はないのか?

 

 最近、「民泊」という言葉を聞くことがあると思います。

 

 民泊とは住宅を旅行者等に貸し出して有償で宿泊させることを意味するようですが、この民泊を自己所有物件ではなく居住用として借りた賃借物件で行い、しかも賃貸人からは承諾を得ていないというケースが散見されます。

 

無断での民泊利用は用法違反となる

 このような民泊利用について賃借人の承諾を得ていない場合、契約書で特にこれを承諾する定めがない限り通常は賃借物件の用法違反となりますので、そのような事実が発覚した場合は賃貸人から契約を解除されるおそれがあります。

 

転貸可能となっていても用法違反と判断されることがある

 では、同じく賃貸人の承諾がなかったとしても、賃貸借契約書の中に転貸が可能であるとの条項があった場合はどうでしょうか?

 

 契約書に転貸可能との記載がある以上、一見すると問題はなさそうにみえますが、このような記載があっても、以下のとおり無断での民泊利用は用法違反として契約が解除されてしまうことがあります。

 

東京地裁平成31年4月25日判決

「(1)本件賃貸借契約には、転貸を可能とする内容の特約が付されているが、他方で、本件建物の使用目的は、原則として被告の住居としての使用に限られている。
 これによれば、上記特約に従って本件建物を転貸した場合には、これを「被告の」住居としては使用し得ないことは文理上やむを得ないが、その場合であっても、本件賃貸借契約の文言上は、飽くまでも住居として本件建物を使用することが基本的に想定されていたものと認めるのが相当である。」

「(2)・・・特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用の場合と、1泊単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用の場合とでは、使用者の意識等の面からみても、自ずからその使用の態様に差異が生ずることは避け難いというべきであり、本件賃貸借契約に係る上記(1)の解釈を踏まえれば、転貸が可能とされていたことから直ちに民泊としての利用も可能とされていたことには繋がらない。本件建物を民泊の用に供することが旅館業法に違反するかどうかは措くとしても,前記認定事実によれば、現に、・・・他の住民からは苦情の声が上がっており、ゴミ出しの方法を巡ってトラブルが生ずるなどしていたのであり、民泊としての利用は、本件賃貸借契約との関係では、その使用目的に反し、賃貸人・・・との間の信頼関係を破壊する行為であったといわざるを得ない。」

 

 要するに、住む人が変わること(転貸)と不特定多数の人が出入りする宿泊施設として利用すること(民泊)は質的に異なるため、賃貸人が契約の際に転貸を承諾していたからといって民泊利用まで承諾していたとはいえない、ということです。

 

 賃借物件を無断で民泊に利用されると、不特定多数の宿泊者によって物件が想定以上に痛んでしまったり、集合住宅であれば他の居住者と宿泊者との間でトラブルが生じることなども予想され、賃貸人に予想外の不利益を与えることになります(上記裁判例でも他の住人とのトラブル発生が指摘されています)。

 

 そのため、たとえ契約書で転貸可能とされていたとしても、それだけで賃貸人が民泊利用まで許していたと解釈することは難しいように思われますので、そのような利用を用法違反とした上記判決の結論は妥当なものと考えます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年5月31日 | カテゴリー : コラム, 賃貸借 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

もらい事故と示談交渉~交通事故㉔~

 

 交通事故に遭った場合、普通の方は、自分の加入している保険会社が自分に代わって示談交渉してくれるから安心だ、と考えるのが普通だと思います。

 

 このような感覚は、自分の側にも過失(落ち度)がある場合には正しく、多くの事故ではまずは保険会社同士の話し合いから示談交渉が始まります。

 

 しかし、信号待ちで追突された場合やセンターラインをオーバーして衝突されたなど、被害者にまったく落ち度のない「もらい事故」の場合、自分の加入している保険会社が示談交渉を代行してくれないということは意外に知らない方がいらっしゃいますので、今回はもらい事故と示談交渉についてお話しします。

 

もらい事故で保険会社が示談交渉できない理由

 保険会社が本人に代わって示談交渉を代行できるのは、保険会社が相手に支払いをする必要があるから、つまり保険会社自身が事故の当事者の立場に立つためですが、本人にまったく過失のないもらい事故の場合、保険会社は相手に支払いをする必要はなく、事故について法律上の利害関係はありません。

 

 そして、このような無関係の者が事故の賠償問題に介入することは、法律事務の取り扱いを弁護士にのみ許している弁護士法によって禁止されることから、もらい事故では保険会社は示談代行を行うことができないのです。

 

もらい事故での示談交渉の方法

自分で交渉する

 

 このように、もらい事故では保険会社に示談代行をお願いすることはできませんので、基本的には自分で相手方保険会社や本人と交渉をする必要があります。

 

弁護士に依頼する

 

 もっとも、交通事故の経験の乏しい被害者と日常的に事故処理に携わっている保険会社の担当者とでは知識も経験も全く異なります。

 

 そして、交通事故賠償の場面では、残念ながら裁判であれば認められるであろう水準の賠償額の提案がなされていないケースがあります。

 

 そのため、そのような知識・経験の差を埋めて適正な賠償を受けるため、弁護士への委任が選択肢の一つとなります。

 

弁護士費用特約

 弁護士に依頼するか自分で交渉するかを判断する際の重要な判断材料としては、やはり弁護士費用の問題があると思います。

 

 この点、交通事故の分野では示談交渉や裁判手続のための弁護士費用を本人に代わって負担してもらえる弁護士費用特約が普及していますので、この特約に加入している場合には、特約を利用することによって弁護士費用がカバーされることがあります。

 

 弁護士費用特約には限度額があり全額がカバーされないこともありますが、もらい事故で弁護士への委任を考えているときは、まずこの特約の有無を確認していただきたいと思います。

 

 また、最近では、ある程度の増額が見込めるようなケースであれば、回収額の中から費用を清算する成功報酬制で依頼を受ける事務所もありますので、弁護士費用特約に加入していない場合には相談してみるのも一つの方法です。

 

 

 もらい事故に遭った場合、被害者は自分に落ち度がないにもかかわらず保険会社に交渉を任せられないため、大きなストレスがかかります。

 

 交通事故は一生に何度もあるような出来事ではありませんので、中には相手の保険会社の担当者と話をするのも心理的に辛いという方もいますし、実際に相談を受けていると相手の提案してきた内容に疑問のあるケースもありますので、もし疑問や不安がある場合には一度弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

知人や親族にお金を貸すときの注意点

 

 今も昔も知人や親族への貸付を巡った金銭トラブルは後を絶たず、私自身も個人間の貸付について返済がなくて困っているというご相談をお受けします。

 

 しかし、実際にご相談に来られるケースでは、様々な理由によって既に回収が非常に困難であることが多く、お金を貸す前にきちんとしておけばよかったと後悔される方も多い印象です。

 

 そこで今回は、知人や親族などにお金を貸す場合の最低限の注意事項についてお話しします。 

 

基本的対策は借用書(金銭消費貸借契約書)を作ること

 

 基本的対策としては、やはり借用書を作ることです(正式には「金銭消費貸借契約証書」とすることが多いですが、借用書という題名でも特に問題はありません。)

 

 お金の貸し借りのトラブルには色々なパターンがありますが、相手から「このお金はもらったもので返す必要がないものだ」として返済を拒絶されることがありますので、そのような言い訳を防ぐには借用書の作成をしておいた方が良いためです。

 

最低限書いておくべきこと

 

 では、借用書には、具体的にどのようなことを書いておくべきでしょうか?

 

 この点は相手の状況や支払いがなかった場合の備えをどうするか、あるいは利息・延滞金の約束などの条件によって様々ですが、ここでは利息等の約束がない場合を前提に、最低限書いてほしいことをご紹介します。

 

【当事者(貸主・借主)】

 誰が、誰に貸すのかを明らかにするものです。

 稀に、お金を実際に出した人と貸付の契約をした人が違うことがありますが、借主に請求できる権利者が誰であるかを明確にしておく必要があります。

 また、複数の名前が無造作に借主として連名で書いてあることがありますが、それらの人がそれぞれどういう義務を負うのか(連帯債務者として全額の支払義務を負うのか、それぞれが半分ずつ借りるのか)などを明確に記載しておくべきです。

 

【金額】

 後で貸した金額について争いがないようにするためです。

 複数回にわたって貸し付けることを予定しているときは、それぞれの貸付時期・金額を個別に書いておくと良いと思います。

 

【「貸した」との記載】

 基本的なところですが、渡したお金があげたものではなく貸したものであることを明確にするため、渡したお金が貸したものであることを明記します(「AはBに100万円を貸し渡した」など)。

 

【支払期限や方法】

 個人間貸付では返済期限が曖昧だったりまったく記載がないパターンがありますが、いつから正式に返済を請求できるかを明確にしておいた方が良いため、支払期限は日付で明らかにしておくことが望ましいところです(たとえば、「返済期限 令和〇年〇月〇日」とするなど)。

 

 なお、分割返済の場合は、さらに以下のような記載をしておくべきです。

 

①返済期間と返済の間隔・各回の返済日と返済額

 たとえば、「令和3年6月から令和4年5月まで、毎月末日限り、3万円ずつ」などとすると良いと思います。

 

②支払いを怠った場合に残金を一括払いしてもらうことと、その回数

 これを一般的に「懈怠約款」(けたいやっかん)とか「期限の利益喪失条項」と言いますが、これがあるのとないのとでは返済の意欲や後日の回収作業の難易度に違いが出てきますので入れておくべきものです。

 

【住所】

 住民票上の住所と実際の住所が異なっていることがあったり、あとで相手が転居して音信不通になってしまうことに備え、本籍地入りの住民票のコピーなどを確認し、さらに可能であれば住民票の記載内容をメモしておくのが望ましいと思います。

 

 住民票を渡すこと自体は相手に嫌がられることがありますので、どこまでの情報を提供してもらうかは貸主と借主の話し合いによって決めていただくことになりますが、音信不通になった場合にはその情報のあるなしがその後の展開に影響を及ぼすことがありますので、備えとして情報だけでも確保しておくのが無難です(なお、こちらが求める必要な裏付資料を全く提出しない相手にお金を貸すかという視点は貸す側にとっては重要な判断材料です)。

 

【契約日】

 基本的事項ですので忘れないようにしましょう。

 

【署名】

 契約が成立したことを証するため、署名欄を設け、自筆で書いてもらうことになります。 

 

 代書だからといって必ずも無効にならないこともありますが、代筆だと「これは自分が書いたものではない、筆跡が違う。」などと言われることがありますので、本人に面前で書いてもらうのが無難です。

 

【押印】

 法律上は実印である必要まではありませんが、可能なら実印を押してもらうのが無難ではあります(印鑑証明書の添付がなくてもそれだけで借用書が無効になるわけではありませんが、三文判だと、あとで「これは自分の印鑑ではない。誰かが三文判を用意して勝手に押したものだ。」などという言い訳が出ることがあります)。

 

 印鑑証明書そのものをもらうかどうかに決まりはありませんので、この点は話し合いによります。

 

 

借用書は公正証書にしておくべきか?

 

 借用書は当事者間で作成しても証拠としての価値はありますが絶対ではありませんし、そもそも借用書には後日の証拠になるという意味しかありません(当事者間だけで作った借用書ではいきなり差押えはできません)。 

 

 そのため、借用書の記載事項に不備がないか不安であるとか、あとで相手が「自分が書いたものではない」などと言うことを避けたい、あるいは裁判をしないですぐに強制執行できるようにしたいといったニーズがあるのであれば、公正証書を作った方が良いと思います。

 

借用書以外の対策

 

 以上が借用書を作る際の最低限の注意事項ですが、お金を貸すときには、そのほかにもいくつか気をつけておくべき点があります。

 

【返済能力の確認のための事情聴取】

 お金を借りるときは相手に手元にお金がないことが多いでしょうが、お金が返ってくるあてが本当にはあるのかを検討しておくのは非常に重要です。

 

 そのため、たとえば以下のような事情を確認し、場合によっては裏付の資料を提供してもらうことでこのまま本当に貸して良いかの判断に役立ちますし、後日のトラブル防止や回収にも有効です。

 

・勤務先や収入

・借金の有無や額

・借入金の使途

 

【お金の受け渡しの証拠】

 少数ながら、借用書は作ったが形だけでお金は実際には受け取っていないという言い訳が見られますので、お金を相手に渡したことも証明できるようにしておくと良いでしょう。

 

 たとえば、手渡しの場合はその場で必ず領収書をもらうようにして、但し書きにも「貸金」と明示して自筆で署名してもらい、印鑑は借用書と同じ印鑑を押してもらうのが良いと思います。

 

 銀行振込で貸すときは振込明細を保管する方法がありますが、失くしてしまうリスクを気にするのであれば、一旦自分の通帳にお金を入れて口座から口座へと送金しておくという方法もあります。

 

【電話番号(携帯・固定)情報の取得】

 電話は支払いが滞った場合の基本的な連絡手段となるほか、音信不通になった場合に住所調査をする手掛かりにもなりますので、確保しておくべき情報です。

 

【連帯保証人や担保はつけるべき?】

 よくあるご質問として、連帯保証人や不動産担保をつけてもらった方がいいか、という質問がありますが、金額がある程度の額であれば、貸主側の立場からすればつけてもらった方が良いのは間違いありません。

 

 最終的には借主の状況や金額の多寡、人間関係によってケースバイケースですが、あらかじめ検討しておくべき事項です。

 

 なお、連帯保証人を付けてもらう場合には、必ず連帯保証人に会って借用書を見せて保証意思を確認し、書面にも署名・押印してもらってください。書面によらない保証契約は無効ですし(民法446条2項)、実際の相談の中で、借主が勝手に保証人の名前を騙って借り入れをしていたことが後日判明したケースがあります。

 

 不動産に担保を付けるときはきちんと法務局で登記手続をする手続を組んでおかないと、後から何かと理由をつけて担保設定を拒むことがありますので、事前に司法書士に依頼することも検討事項となります。

 

 また、担保を設定する不動産に、既にほかの抵当権がついていないかもチェックが必要です。すでに先順位の権利が設定されていると後でつけた自分の担保には価値がなく、せっかくつけても意味がない場合があるからです。

 

 その他、価値のない二束三文の不動産(山林や原野)に担保を付けているケースも散見されますので、担保とする予定の不動産については、事前に固定資産評価証明書と登記簿謄本の写しをもらい、簡易的なものでも良いので不動産業者の査定を受けることをお勧めします。

 

それでも自己破産されてしまうと回収は難しくなる

 

 以上のように、個人間でのお金の貸し借りには気をつけておくべきことがたくさんありますが、いくら気をつけても自己破産されてしまえば直接回収することはできなくなりますので、そのリスクは常にあります。

 

 借主が自己破産したときには、不動産に担保をつけていたり保証人をつけている場合にはそちらからの回収を検討することになりますが、必ずしもうまくいくとも限りません。

 

 

 貸したお金が返ってこないときはその人との関係が壊れてしまいますし、それだけでなく貸した額が多額であれば自分の生活にも悪影響が出てしまいますので、お金を貸すときは今回お話ししたような点に気をつけながら、万が一回収できなかったときに自分の生活に影響がない範囲内にとどめるのが重要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

新型コロナウイルスの影響で個人事業主が自己破産をする場合の予納金(破産管財人費用)の立替制度について(終了)

 

 個人事業主が自己破産をする場合にネックになるのが、破産管財人の費用として裁判所に納めなければならない予納金です。

 

 この予納金は個人事業主の事業規模によって金額がまちまちですが、零細事業者でも20万円程度は収めなければならないことがあり、負債額が大きかったり、財産処分が必要など破産管財人の行う業務が多くなれば、その分金額が増えていきます。

 

 そのため、個人事業主が自己破産をするときは、まずは裁判所の予納金をどのように捻出するかが最優先の検討事項となることがありますが、一定期間、法テラスが一部の個人事業者について予納金の立て替えを可能にする制度を設けましたので、ここではこの制度の利用条件などについて説明します。

 

【令和3年7月28日追記】

本特例は、令和4年3月31日まで延長されることになったと法テラスより告知がありました。

 

【令和4年2月9日追記】

 本特例については、残念ながら令和4年3月31日をもって終了する旨、法テラスより告知がありました

 

新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置に関し、事業の継続が困難になったことに起因して支払不能に陥った場合であること

 この制度を利用できる個人事業者は、上記の通り新型コロナウイルスの感染拡大やその防止のための措置(営業自粛要請等)によって事業継続が困難になったことが条件となっています。

 

 そのため、新型コロナウイルスとは無関係の理由で支払不能になった場合(例えば浪費がメインの場合など)にはこの立替制度は利用できません。 

 

令和3年4月1日から9月30日までに支出申立が行われること

 この措置には利用期限があり、基本的には上記の期限内に支出の申立が必要となります。

 

 また、法テラスからの告知によると、予算が枯渇した場合には期間を短縮する可能性があるとのことですので、その点にも注意が必要です。

 

上限は20万円であること

 法テラスが立て替えてくれる予納金の上限は20万円となっていますので、事業規模がそれなりに大きい場合には不足分を自己資金で補う必要があります。

 

会社破産やその代表者の破産は対象外

 この制度は、あくまで個人事業者が自己破産をする場合に予納金を立て替えるものですので、会社破産には利用できません。

 また、会社が破産する場合、代表者も自己破産することがありますが、その際の代表者は個人事業者ではないため、同様にこの制度の対象外です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

遺産分割を早めに行うべき3つの理由

 

 相続が発生し、故人に遺産があるときは遺産分割の手続が必要になります。

 もっとも、遺産分割が必要だとはわかっていても、その手続きの煩わしさからついつい後回しになってしまうということも珍しくありません。

 しかし、弁護士として相続の相談を受けていると、本当は遺産分割が必要なのにこれを放置した結果、後になってからもっと面倒なことになったという例が多くみられます。

 そこで今回は、遺産分割を早めに行うべき理由についてお話ししたいと思います。

 

理由1 相続人が増えることによる弊害

 時間が経過すると、相続人の死亡によって相続人の数が増えることがあります(数次相続の発生)。

 たとえば、兄弟姉妹が元々の相続人である場合に、遺産分割前にそのいずれかが死亡してしまい、死亡した兄弟姉妹の配偶者や子どもが相続人になる、といったことが良く見られます。

 このように、時間の経過によって相続人が増えると、以下のような問題が生じることがあります。

 

①単純に交渉しなければならない相手が増え、手間やコストが増える。

 

②交渉相手が変わった結果、当初とは異なった意見が出てきてしまい、協議がまとまらなくなる。

 

 時間の経過によって相続人が増えてしまうことは良くあることですが、一次相続が発生してから何年も経過してから相談に来られる方の相続関係を確認すると、当初よりも大幅に相続人が増えてしまい、相続人全員の所在をつかむこと自体が一苦労、どうにか所在を掴めても関係が希薄なため交渉も難航、という事例があります。

 

理由2 行方不明の相続人の発生

 相続発生から時間が経過すると、相続人の一部がどこにいるか分からなくなってしまうことがあります。

 また、理由1にも関係するところですが、相続人の一人が死亡して相続関係が変わった結果、新たに相続人になった者がどこにいるかわからないというケースもあります。

 

 このようなケースが本当にあるのかと思われるかもしれませんが、当職の受ける相談のうち相続人の所在が分からないというケースはかなり多く、そのような事態に陥る原因の相当部分が、当初の相続発生から時間が経過しているところにあります。

 相続人の一部が行方不明の場合、まずは親族からの情報収集や戸籍関係の調査によって現在の所在地を探ることから始めますが、それでも見つからない場合はご本人が自力で探すのは困難であり、弁護士による調査や交渉が必要になるなど余計なコストが生じる原因にもなります。

 

 当職自身、相続人の一部が行方不明のため「弁護士会照会」という手続を利用してどうにか所在地を探り当てた経験がありますが、弁護士といえども確実に見つけられるとは限らず、そのような場合は別途裁判所に数十万円の費用を支払って不在者財産管理人の選任を申し立てなければならなくなる、というケースもあります。

 

理由3 認知症の相続人の発生

 時間の経過によって相続人自身の年齢が上がり、事案によっては相続人が認知症に罹患しているケースも見られます。

 

 相続人の中に認知症の方がいると、そのまま相続人間で話し合いをまとめることはできず、家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、成年後見人がご本人に代わって遺産分割協議を行う必要がありますが、このような状況になると、成年後見の申立という手続きが必要になるだけではなく、遺産分割の内容についても制限がかかります。

 本来、遺産分割は相続人の間で自由に取り決めができるものですから、たとえば相続人の一人が自分は遺産はいらないとか、法定相続分を下回っても良いと言っても、それはその相続人の自由です。

 しかし、相続人の中に後見人の選任が必要な方がいるとき、後見人は本人の利益を保護しなければならないため、遺産はいらないとか相続分を下回る内容でも良いとはいえません(家庭裁判所も容認しません)。

 

 このように、ひとたび認知症の相続人が生じたときは、それまでであれば比較的自由に分割内容を決められたのに、それができなくなってしまうことになります。 

 

 

 以上のような理由から、遺産分割については面倒であっても早期に手を付けるのが重要であり、これを怠って放置してしまうと後々になってかえって面倒なことになりますので、ご自分で進めることが難しいときは専門家に相談し、早めに手続に着手していただければと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

2021年5月3日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

挙式費用は特別受益にあたるか?

 

 遺産分割、あるいは遺留分の請求の場面においては、特定の相続人が生前に被相続人からお金を受け取ったとして、その受領した金銭を考慮すべきだという主張がよくなされます。

 このような被相続人からの生前の金銭授受の問題は、いわゆる「特別受益」に該当するかどうかの問題ですが、生前の金銭授受の中で特別受益に該当するのではないかと指摘されるもののひとつとして、挙式費用の問題があります。

 たとえば、遺産分割協議の場面において、特定の相続人が生前に挙式費用を受け取っているからそれを相続開始時の遺産に持ち戻したうえで相続分を計算すべきいう主張であったり、遺留分の請求をする側が、相手は生前に挙式費用をもらっていたから、その分は遺留分の計算をするうえで遺産に持ち戻して計算するべきだ、というような主張などがあります。

 

基本的には特別受益にはあたらない

 しかし、このような主張は、心情的には理解できるところですが、裁判所では挙式費用は特別受益にはあたらないと判断されることが多いと思われます。

 たとえば、近時の例でも、東京地裁平成30年3月27日判決は、「仮に亡○○が原告○○の婚礼費用を負担したことがあったとしても,相当額の挙式費用の負担であれば特別受益には当たらないと解される」としており、東京地裁平成28年10月25日判決でも、「挙式費用については,儀礼的な性格もあり,遺産の前渡しとはいえないから特別受益にならないと解するのが相当である。」と判断されています。

 

 被相続人と相続人との間の金銭授受が特別受益に該当するかどうかは、その金銭の授受が遺産の前渡しと評価できるかどうかという観点から判断されるものですが、平成28年の裁判例が述べるように、挙式費用は通常そのような性格がないことから、特別受益には該当しないと判断されることが多いという結論になります。

 もっとも、平成30年の判決でも「相当額の挙式費用の負担であれば」との縛りがあるように、挙式費用という名目でありさえすれば絶対に特別受益にあたらないということではなく、社会通念上、あまりにも過大な場合には、もはや儀礼的な性格を超え、遺産の前渡しとして特別受益に該当するという判断もあり得ますので、最後は金額や相続人あるいは被相続人の地位・資産状態などを考慮して個別に判断されることになります。

 

弁護士 平本丈之亮 

 

2021年3月29日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所