今も昔も知人や親族への貸付を巡った金銭トラブルは後を絶たず、私自身も個人間の貸付について返済がなくて困っているというご相談をお受けします。
しかし、実際にご相談に来られるケースでは、様々な理由によって既に回収が非常に困難であることが多く、お金を貸す前にきちんとしておけばよかったと後悔される方も多い印象です。
そこで今回は、知人や親族などにお金を貸す場合の最低限の注意事項についてお話しします。
基本的対策は借用書(金銭消費貸借契約書)を作ること
基本的対策としては、やはり借用書を作ることです(正式には「金銭消費貸借契約証書」とすることが多いですが、借用書という題名でも特に問題はありません。)。
お金の貸し借りのトラブルには色々なパターンがありますが、相手から「このお金はもらったもので返す必要がないものだ」として返済を拒絶されることがありますので、そのような言い訳を防ぐには借用書の作成をしておいた方が良いためです。
最低限書いておくべきこと
では、借用書には、具体的にどのようなことを書いておくべきでしょうか?
この点は相手の状況や支払いがなかった場合の備えをどうするか、あるいは利息・延滞金の約束などの条件によって様々ですが、ここでは利息等の約束がない場合を前提に、最低限書いてほしいことをご紹介します。
【当事者(貸主・借主)】
誰が、誰に貸すのかを明らかにするものです。
稀に、お金を実際に出した人と貸付の契約をした人が違うことがありますが、借主に請求できる権利者が誰であるかを明確にしておく必要があります。
また、複数の名前が無造作に借主として連名で書いてあることがありますが、それらの人がそれぞれどういう義務を負うのか(連帯債務者として全額の支払義務を負うのか、それぞれが半分ずつ借りるのか)などを明確に記載しておくべきです。
【金額】
後で貸した金額について争いがないようにするためです。
複数回にわたって貸し付けることを予定しているときは、それぞれの貸付時期・金額を個別に書いておくと良いと思います。
【「貸した」との記載】
基本的なところですが、渡したお金があげたものではなく貸したものであることを明確にするため、渡したお金が貸したものであることを明記します(「AはBに100万円を貸し渡した」など)。
【支払期限や方法】
個人間貸付では返済期限が曖昧だったりまったく記載がないパターンがありますが、いつから正式に返済を請求できるかを明確にしておいた方が良いため、支払期限は日付で明らかにしておくことが望ましいところです(たとえば、「返済期限 令和〇年〇月〇日」とするなど)。
なお、分割返済の場合は、さらに以下のような記載をしておくべきです。
①返済期間と返済の間隔・各回の返済日と返済額
たとえば、「令和3年6月から令和4年5月まで、毎月末日限り、3万円ずつ」などとすると良いと思います。
②支払いを怠った場合に残金を一括払いしてもらうことと、その回数
これを一般的に「懈怠約款」(けたいやっかん)とか「期限の利益喪失条項」と言いますが、これがあるのとないのとでは返済の意欲や後日の回収作業の難易度に違いが出てきますので入れておくべきものです。
【住所】
住民票上の住所と実際の住所が異なっていることがあったり、あとで相手が転居して音信不通になってしまうことに備え、本籍地入りの住民票のコピーなどを確認し、さらに可能であれば住民票の記載内容をメモしておくのが望ましいと思います。
住民票を渡すこと自体は相手に嫌がられることがありますので、どこまでの情報を提供してもらうかは貸主と借主の話し合いによって決めていただくことになりますが、音信不通になった場合にはその情報のあるなしがその後の展開に影響を及ぼすことがありますので、備えとして情報だけでも確保しておくのが無難です(なお、こちらが求める必要な裏付資料を全く提出しない相手にお金を貸すかという視点は貸す側にとっては重要な判断材料です)。
【契約日】
基本的事項ですので忘れないようにしましょう。
【署名】
契約が成立したことを証するため、署名欄を設け、自筆で書いてもらうことになります。
代書だからといって必ずも無効にならないこともありますが、代筆だと「これは自分が書いたものではない、筆跡が違う。」などと言われることがありますので、本人に面前で書いてもらうのが無難です。
【押印】
法律上は実印である必要まではありませんが、可能なら実印を押してもらうのが無難ではあります(印鑑証明書の添付がなくてもそれだけで借用書が無効になるわけではありませんが、三文判だと、あとで「これは自分の印鑑ではない。誰かが三文判を用意して勝手に押したものだ。」などという言い訳が出ることがあります)。
印鑑証明書そのものをもらうかどうかに決まりはありませんので、この点は話し合いによります。
借用書は公正証書にしておくべきか?
借用書は当事者間で作成しても証拠としての価値はありますが絶対ではありませんし、そもそも借用書には後日の証拠になるという意味しかありません(当事者間だけで作った借用書ではいきなり差押えはできません)。
そのため、借用書の記載事項に不備がないか不安であるとか、あとで相手が「自分が書いたものではない」などと言うことを避けたい、あるいは裁判をしないですぐに強制執行できるようにしたいといったニーズがあるのであれば、公正証書を作った方が良いと思います。
借用書以外の対策
以上が借用書を作る際の最低限の注意事項ですが、お金を貸すときには、そのほかにもいくつか気をつけておくべき点があります。
【返済能力の確認のための事情聴取】
お金を借りるときは相手に手元にお金がないことが多いでしょうが、お金が返ってくるあてが本当にはあるのかを検討しておくのは非常に重要です。
そのため、たとえば以下のような事情を確認し、場合によっては裏付の資料を提供してもらうことでこのまま本当に貸して良いかの判断に役立ちますし、後日のトラブル防止や回収にも有効です。
【お金の受け渡しの証拠】
少数ながら、借用書は作ったが形だけでお金は実際には受け取っていないという言い訳が見られますので、お金を相手に渡したことも証明できるようにしておくと良いでしょう。
たとえば、手渡しの場合はその場で必ず領収書をもらうようにして、但し書きにも「貸金」と明示して自筆で署名してもらい、印鑑は借用書と同じ印鑑を押してもらうのが良いと思います。
銀行振込で貸すときは振込明細を保管する方法がありますが、失くしてしまうリスクを気にするのであれば、一旦自分の通帳にお金を入れて口座から口座へと送金しておくという方法もあります。
【電話番号(携帯・固定)情報の取得】
電話は支払いが滞った場合の基本的な連絡手段となるほか、音信不通になった場合に住所調査をする手掛かりにもなりますので、確保しておくべき情報です。
【連帯保証人や担保はつけるべき?】
よくあるご質問として、連帯保証人や不動産担保をつけてもらった方がいいか、という質問がありますが、金額がある程度の額であれば、貸主側の立場からすればつけてもらった方が良いのは間違いありません。
最終的には借主の状況や金額の多寡、人間関係によってケースバイケースですが、あらかじめ検討しておくべき事項です。
なお、連帯保証人を付けてもらう場合には、必ず連帯保証人に会って借用書を見せて保証意思を確認し、書面にも署名・押印してもらってください。書面によらない保証契約は無効ですし(民法446条2項)、実際の相談の中で、借主が勝手に保証人の名前を騙って借り入れをしていたことが後日判明したケースがあります。
不動産に担保を付けるときはきちんと法務局で登記手続をする手続を組んでおかないと、後から何かと理由をつけて担保設定を拒むことがありますので、事前に司法書士に依頼することも検討事項となります。
また、担保を設定する不動産に、既にほかの抵当権がついていないかもチェックが必要です。すでに先順位の権利が設定されていると後でつけた自分の担保には価値がなく、せっかくつけても意味がない場合があるからです。
その他、価値のない二束三文の不動産(山林や原野)に担保を付けているケースも散見されますので、担保とする予定の不動産については、事前に固定資産評価証明書と登記簿謄本の写しをもらい、簡易的なものでも良いので不動産業者の査定を受けることをお勧めします。
それでも自己破産されてしまうと回収は難しくなる
以上のように、個人間でのお金の貸し借りには気をつけておくべきことがたくさんありますが、いくら気をつけても自己破産されてしまえば直接回収することはできなくなりますので、そのリスクは常にあります。
借主が自己破産したときには、不動産に担保をつけていたり保証人をつけている場合にはそちらからの回収を検討することになりますが、必ずしもうまくいくとも限りません。
貸したお金が返ってこないときはその人との関係が壊れてしまいますし、それだけでなく貸した額が多額であれば自分の生活にも悪影響が出てしまいますので、お金を貸すときは今回お話ししたような点に気をつけながら、万が一回収できなかったときに自分の生活に影響がない範囲内にとどめるのが重要です。
弁護士 平本丈之亮