K弁護士の事件ファイル⑥ ~フルマラソン挑戦編~

 

ランニングを始めたきっかけ

平成27年10月、岩手弁護士会野球部は奇跡的に日弁連野球全国大会を勝ち進み、決勝戦で過去34回中23回優勝、2連覇中の東京弁護士会チームと対戦することになった。

 

勢いに乗るチャガーズは、先制された直後に同点に追いつくなど、4回まで1対2と互角に近い闘いを繰り広げたが、ガソリンが切れた5回表に1イニングで一挙11点を奪われ、最終的に1対15という無残な大敗を喫してしまった。

 

反省会において、「東京との差を埋めるためには、2日間で3試合を元気な状態で闘い抜くだけの体力をつけることが不可欠である」「皆でランニングを始めよう」という決議がなされ、ジョグノートというアプリでランニング記録を共有することになった。

 

最初は多くのメンバーがこのアプリを利用したが、全国準優勝で燃え尽き気味となってしまい、以後野球の成績は下降線をたどり続け、それに伴ってジョグノートに入力するメンバーも減っていき、最終的には5人だけになってしまった。

 

野球熱が下火になる一方で、ジョグノートメンバーのマラソン熱が上がるようになり、平成28年4月にはみんなで「イーハトーブ花巻ハーフマラソン」に参加することになった。当時K弁護士は週1回5~10キロ程度の練習量だったため、「自分の実力に見合わない大会に出場するべからず」という家訓第37条に従い、ハーフマラソンではなく10キロの部に出場することとした。

 

しかしながら、「ハーフマラソン」という名前の大会に出場しながら、「自分は10キロの部に出たんだけどね」といちいち説明するが面倒だと気付いたため、K弁護士は「大会名と異なる部門にエントリーするべからず」との家訓第95条を新たに定め、徐々にトレーニングの量を増やし、翌年からはハーフマラソンの部に出場することとした。

 

K弁護士のマラソン大会成績の推移(いずれもスタートからゴールまでのネットタイム)

1 平成23年7月 焼け走り(10キロ)

 1時間1分21秒

 

実は、まだトレーニングを始めていなかった頃に、高校同期メンバーで焼け走りマラソンに参加したことがあった。前半はひたすら下り坂、後半はひたすら上り坂という極端なコースで、調子に乗りやすい性格のK弁護士は、前半下り坂を調子に乗って飛ばし過ぎ、後半の上り坂で地獄の苦しみを味わうという、とても分かりやすい失敗を犯していた。

 

2 平成28年4月 イーハトーブ花巻(10キロ) 

 57分57秒

 

3 平成29年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間22分55秒

 

4 平成30年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間21分51秒

 

初ハーフから1年間でわずかに1分しかタイムを縮めることができなかったため、「このままでは一生フルマラソンにはたどり着けないのではないか」との考えがK弁護士の頭の中をよぎった。それでも、常日頃から「死ぬときはドブの中でも前のめりに死にたい」と考えているK弁護士は、次の瞬間には気持ちを切り替えてフルマラソンへの挑戦を決意し、半年後に開催される北上マラソンにエントリーした。

 

5 平成30年10月 北上(フル) 

   中止

 

K弁護士は、週1の練習ペースは増やせなかったものの、1回あたりの距離を15~20キロに伸ばして順調に練習を重ねていた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツなので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、北上マラソンは台風接近のため大会3日前に中止となってしまったのである。この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、すぐに気持ちを切り替えて直近でエントリー可能な大会を検索し、11月に開催される「府中多摩川ハーフマラソン」への参加を決断した。

 

6 平成30年11月 府中多摩川(ハーフ) 

 2時間2分33秒

 

K弁護士は、府中多摩川ハーフを2時間2分33秒のタイムで完走し、4月の花巻から20分近くタイムを縮めることに成功した。フルマラソン挑戦に向けた努力が無駄ではなかったことが分かり、K弁護士は満を持して平成31年2月の「いわきサンシャインマラソン(フル)」にエントリーした。

 

7 平成31年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

府中マラソンで確かな手応えをつかんだK弁護士は、その後も順調に練習を重ねた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツであり、2月は台風の時期でもなかったので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、いわきサンシャインマラソンは直前に積もった雪のため大会2日前に中止となってしまったのである。

 

この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、前回よりも1日余分に大会に向けた練習ができたと前向きにとらえることとし、4月の花巻ハーフ、5月の奥州きらめきマラソン(フル)に向けて気持ちを切り替えた。

 

8 平成31年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間57分24秒

 

ところが、中止の決定を聞いた翌日にランニングをしていたK弁護士は、途中で左膝が抜けるような違和感を覚えた。いわゆる「ランナー膝」という症状が出てしまったもので、この日からK弁護士の暗黒時代が始まった。膝の痛みから思うように練習ができなくなり、4月の花巻ハーフマラソンでは、右膝を庇って走るうちに右太腿にまで痛みが生じ、後半はほぼ全て歩くような状態で何とか完走(歩)したものの、2時間57分24秒という初ハーフのタイムより30分以上も遅れるワースト記録を打ち立ててしまった。

 

9 令和元年5月 奥州きらめき(フル) 

 リタイア

 

K弁護士は、約1ヶ月後の奥州きらめきマラソン(フル)に出場するかどうか迷ったが、なるべく足を休めて本番に備えるという作戦をとり、強行出場することを決意した。K弁護士は、従前キロ6分程度のペースで走っていたが、この日はキロ8分ペースで走ることとし、序盤から我慢のレースを繰り広げた。

 

10キロを経過した段階であまり膝が痛くなかったため、キロ6分台にペースを上げて気持ちよく走り始めた。折り返し地点まで順調に走ることができたため、K弁護士はこのままのペースでゴールできるものと信じて疑わなかった。ところが、フルマラソンはそんなに甘くはなかったのである。

 

折り返し後、K弁護士の足は徐々に重くなり、次第に左膝が動かなくなったため、22キロ以降は左足を引きずりながら歩き始めた。その後、徐々に歩くことさえままならなくなり、道端でしばらく休むということを繰り返しながら何とか歩き続けたが、25キロ付近で道端に座り込んだ際に突然両足が痙攣し始め、痛みでのたうち回っていたところ、たまたま救護車が通りかかり、無念のリタイアとなってしまった。

 

一緒に参加したメンバーは見事に完走したため、打ち上げの席では「30キロ以降の大変さ」「向かい風の厳しさ」というK弁護士が未体験の部分で盛り上がる他の2人の話を聞きながら、10月の盛岡シティマラソンで必ずリベンジすることを固く誓ったのであった。

 

K弁護士は、膝の痛みを何とかしなければならないと考え、妻の部活の後輩でもあるコンディショニングの先生から身体のケアを学ぶこととした。先生によると、膝そのものではなく、太腿等膝の周りの筋肉が固くなっていることが痛みの原因ではないかとのことで、膝の周りの筋肉をほぐす指導をうけた。

 

K弁護士は、6月から平日2日7キロ程度、週末1日10~15キロ程度のランニングをすることとし、コツコツと練習を続けた。ジョグノートでは、友達の誰がどれだけ練習をしたのかが分かり、また、友達の練習記録にコメントを入れることができるので、5人で切磋琢磨する良い雰囲気が形成されていた(ラグビー日本代表ばりのワンチーム)。

 

10 令和元年8月 遠野じんぎすかん(ハーフ) 

  1時間56分10秒

 

8月には遠野じんぎすかんマラソン(ハーフ)に出場した。K弁護士は、密かに友人H弁護士をペースメーカーとし、H弁護士の後ろ姿を見失わないよう必死で走ったところ、何と1時間56分10秒と府中の記録6分以上更新する予想外の成果を上げることができた。

 

11 令和元年10月 盛岡シティ(フル) 

  4時間24分07秒

 

令和元年10月25日、いよいよ盛岡シティマラソン当日である。

 

マラソン大会では、通常持ちタイムに応じてスタート位置が指定されることになっており、完走経験のないK弁護士は一番後ろのEブロックからスタートすることになった。スタート地点の岩手大学構内は道幅があまり広くなかったため、号砲が鳴ってからしばらくはほとんど前に進むことができず、K弁護士がスタート地点を通過した段階で既に11分28秒が経過していた(マラソンの公式記録は号砲からゴールまでのグロスタイムで、スタートからゴールまでのネットタイムとの差がこれだけあったということである)。

 

それでも、母校盛岡一高応援団の応援を背にスタートすることができ、スタート地点通過までのモヤモヤが一気に吹き飛んで、K弁護士のテンションはいきなりマックス状態となった。今から思うと無駄な動きであったが、遅いランナーをかき分けるように大きく蛇行しながらペースを上げ、盛岡市役所前に到達する頃にはようやく通常どおりのペースで走ることができるようになった。

 

K弁護士のランニングコースである盛岡八幡宮前を通過し、明治橋手前から御厩橋方向へ進み、盛南大橋を渡り、ゴール地点である盛岡中央公園横を通過し、太田橋袂から御所湖方面へ向けてひたすら走り続けた。これまでに参加したマラソン大会に比べると、コースの大部分が日頃良く知っている道であるため、ある程度先を見通すことができて気持ち的には楽に走ることができた。

 

 最大の難所は30キロ地点御所湖手前の上り坂であったが、K弁護士は数週間前に1度だけ試走して感覚をつかんでいたため、この難所も無難にクリアすることができた。

 

K弁護士は、35キロ過ぎで少し歩いてしまったが、40キロ手前の給水所でボランティアをしていた中学・高校時代の友人から声援を受けて気持ちを持ち直し、ラスト100メートルでは次の大会につなげるために最後の力を振り絞って猛ダッシュし、遂にフルマラソン完走を達成した。ゴール地点で待機してくれていた事務所の事務員さんは、雄叫びを上げながらゴールするK弁護士にビビってしまい、ゴールの瞬間を撮影することができなかったとのことであった。

 

12 令和2年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

13 令和2年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

   中止

 

14 令和2年5月 奥州きらめき(フル) 

   中止

 

15 令和2年10月 盛岡シティ(フル) 

   中止

 

K弁護士は、大会3日後から練習を再開し、徐々に平日2日8キロ、週末1日ハーフまで距離を伸ばし、順調に練習を重ねていた。ところが、新型コロナウィルスの影響により、令和2年にエントリーした大会は軒並み中止となってしまっている。フルマラソンは1勝7敗(うち不戦敗6)という酷い成績になっており、一刻も早く挽回しなければならない。

 

 新型コロナウィルスはいまだ終息が見通せない状況であるが、K弁護士は次の機会を目指して淡々と練習を積み重ねている。令和元年6月以降平日2回のランニングを追加した結果、体重は現在80キロ前後まで減っており、食べようと思えば毎日でもスキヤキを食べられる状態になっている。その一方で、川上・吉江法律事務所には「体重90キロ以上の者のみが事務所名に名前を冠することができる」との不文律があるため、「吉江法律事務所」への変更を求められている状況である(既得権を主張し、何とか踏みとどまっている)。

 

K弁護士の当面の目標は、フルマラソンでサブ4(4時間切り)を達成することであるが、将来的には(現状ではキロ1分以上差を付けられている)友人T弁護士に1度は勝ちたいと考えており、逆転のための秘策を日々探求中である。

 

注:岩手弁護士会会報20号(2022年8月)に寄稿したものを修正したものです。

 

2026年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル⑤ ~無理な願掛けはやめよう~

 

受験等大きな挑戦をする際に行われる「願掛け」のうち、最もポピュラーなのはお百度参りであろうか。

 

K弁護士も、一高の合格ラインまで2割程得点が足りないと宣告され、中3の11月頃から毎朝盛岡八幡宮まで往復4キロの「お百度走り」をしたことがあった。他にも、目標を達成するまで一番好きな食べ物を絶つという「願掛け」もある。

 

K弁護士は、平成11年4月に結婚し、新婚旅行では行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、体重が自己最高の93キロまで増加した。K弁護士は、一番の好物であったスキヤキを絶つことを決意し、妻との間で家訓第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」を定めた(法学部志望3年生の皆さん、ここまでは知っていますよね)。

 

ところが、K弁護士は「太った状態でランニングをすると膝を痛める」との理由でランニングを選択肢から外し、「腹が減っては戦ができぬ」との理由で食事制限も選択肢から外したため、全く打つ手のない状態が続いた。更に、「飲んだ後はラーメンで締める」という日本の伝統文化を重んじるあまり、体重は増加の一途をたどり、ピーク時には98キロを記録するまでになっていた。

 

そんな時に、新聞の折り込みチラシで「寝るだけで痩せる」という「ダイエット枕」(1万3千円位)を見つけ、藁にもすがる思いで購入したこともあった(ちなみに、購入してしばらくすると「ダイエットサンダル」「ダイエットクリーム」「ダイエットサウナスーツ」等次々に魅力的なダイレクトメールが届くことになった。K弁護士、大学生の時から全く成長していない?)。

 

家訓制定から10年が経過し、この間に生まれた2人の娘たちは「スキヤキを知らない子供たち」状態であった。娘たちがあまりに不憫だとの思いから一念発起したK弁護士は、「低炭水化物ダイエット」(朝晩は基本的に炭水化物を抜く)を開始し、更には膝に負担の少ない「エアロバイク」による運動を少しずつ取り入れ、草野球に真剣に取り組むなどした結果、徐々に目標体重に近づいて行った。

 

そして、家訓制定から間もなく13年となる平成24年4月10日の朝、K弁護士の乗った体重計は88・8キロを示し、ついに目標体重をクリアすることに成功した。その日の晩ご飯に食べたスキヤキの美味しさは、K弁護士にとって一生忘れられないものとなった。今では2人の娘達もスキヤキが大好物になっている。

 

巻頭言の趣旨を外れて迷走状態ですが、そろそろまとめに入ります。

 

「願掛け」は、高い目標を定め、それに向けて地道に努力する人にこそふさわしいものであり、努力もせず、むやみに「願掛け」をしても意味がないことは、K弁護士の例からもお分かりいただけると思います。賢明な一高生の皆さんは、K弁護士を反面教師として、「願掛け」をする場合には、目標達成に向けて地道な努力を怠らないようにしてください。

 

前号からお読みになっている皆さんは、「K弁護士は人として大丈夫なのか」と思われているかもしれませんが、悪夢の13年間を経て地道な努力を惜しまない人間に生まれ変わったK弁護士は、週3回のランニングを半年以上続けた結果、51歳(当時)にして盛岡シティマラソン(フル)を完走し(一高応援団の応援を受けてのスタートは最高でした。応援団の皆さん、ありがとうございます)、体重は80キロまで減りましたので、現在はスキヤキ食べ放題の状態です。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第112号(2020年3月)に巻頭言として寄稿したものです。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル④ ~新聞勧誘員との闘い~

 

昭和63年4月、若き日のK弁護士は、1年間の浪人生活を経て無事大学に合格し、最初の1年を下宿で暮らした後、東京郊外のアパートで1人暮らしを始めた。

 

女性から「あなたって、いい人ね」と言われて終わることが多いK弁護士であるが、20歳当時はなおさら人を疑うことを知らない、正にいわて純情男子であった。今回は番外編としてK弁護士が大学時代に経験した訪問販売のお話である。

 

1人暮らしを始めて数日後、K弁護士の部屋にA新聞の勧誘員が「新聞いかがですか」と言って訪ねて来た。世の中の出来事を日々把握したいと考えていたK弁護士は、二つ返事で購読を承諾した。

 

数日後、K弁護士の部屋にY新聞の勧誘員が訪ねて来た(大学の授業があるはずなのに、なぜ毎日のように部屋にいるのかは気にしないこと)。「新聞いかがですか」と言われても、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、数日前にA新聞を申し込んだばかりで、限られた仕送りの中で複数の新聞を購読することは困難であるとの判断を下し、この申し出を断ることにした。

 

しかしながら、交渉力に定評のあるK弁護士よりも相手の方が一枚上手で(実はK弁護士は押しに弱く、ハッキリ断ることができない性格であった)、最終的に「翌月からY新聞を購読する」との和解案を受け入れることとなった。

 

数日後、S新聞の勧誘員が訪ねて来た…。以後頻繁に同じようなことが繰り返され、K弁護士は毎月のように違う新聞を購読し、そのお陰で結果的に著しく見聞を広げることになった。その他にもボランティア精神あふれるK弁護士は、「難民の救済にご協力ください」と言われて意気に感じ、薄っぺらい時価150円くらいのハンカチを5千円で購入することもあった。

 

K弁護士が『決してドアを開けない』という方法で勧誘を断る技術を会得したのは、最初の勧誘を受けてから半年ほど経過した後のことであった(なお、新聞勧誘への正しい対応を知りたい方は、立川志の輔さんの「はんどたおる」という落語を聞いてみてください)。

 

令和4(2022)年4月1日から、成年年齢が現在の20歳から18歳に引き下げられることが決まっています。民法上、未成年者が親権者の同意を得ずにした契約は取り消すことができるものとされていますが、成年年齢が引き下げられることにより、今後は18歳になると自分自身の判断で契約をしなければならなくなります。

 

成年に達したばかりの若者をターゲットとした悪質業者の勧誘は跡を絶ちません。

 

新聞やハンカチ程度であれば良いのですが、特に必要のない高額なアクセサリー等を次々に購入させられてしまい、総額500万円以上のクレジットを組んでしまったという極端な事例もありました。K弁護士の例でもお分かりのように、悪質業者の手口として、騙し、脅しは勿論のこと、断り切れない性格の人を執拗に勧誘し、その困惑に乗じて契約を結ばせる例は意外と多いのです。

 

K弁護士は、弁護士になった直後からいわゆる消費者問題に取り組み、悪質業者の勧誘を受けて高額な商品を購入させられた人からの依頼を受ける機会が多かったのですが、自分自身も一歩間違えば社会に出る前の段階で数百万円単位の借金を背負っていた可能性もあったのだと思い知らされました。

 

平成24(2012)年に消費者教育の推進に関する法律が施行されましたが、現実には消費者教育の充実に向けた体制整備はまだまだ不十分といわざるを得ません。3年生の中には間もなく1人暮らしを始めることになる方も多いと思われます。アパートの賃貸借、家電製品の購入等高額な支払いを伴う契約を結ぶにあたっての心構えを、是非ご家庭でも再確認していただければと思います。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第111号(2019年10月)に巻頭言として寄稿したものです。

 

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル③ ~最高裁口頭弁論体験記~

 

1 はじめに

平成16年2月10日、K弁護士はついに最高裁の門を叩くことになった。K弁護士にとって、最高裁の口頭弁論は弁護士登録7年目にして初めての体験であった(今回は一応仕事の話である)。

 

K弁護士は、司法修習生採用の健康診断の際に、地元の病院で受けた健康診断の結果に不服があったため、1度だけ最高裁まで行ったことがあったが、健康診断以外で最高裁に行くのは今回が初めてのことであった。

 

最高裁ひと口メモ1

K弁護士が修習前に最高裁に行った時には、日本は三審制が採用されているのだから、今後も最高裁には何度も来ることになるのだろうと漠然と思っていた。

 

しかし、現実には上告事件自体それほど多くなく、また、口頭弁論が開かれるのは高裁の判断を見直す場合だけといわれており、最高裁の口頭弁論は多くの弁護士にとって一生のうちに1度あるかないかの体験である。ちなみに、平成7年当時は司法修習生の採用にあたって最高裁で一斉に健康診断を受けることになっていた。

 

2 家族揃って最高裁へ

最高裁の口頭弁論には大魔神弁護士、J兵衛弁護士、平成15年10月にK弁護士の事務所に加入した期待のホープ古江鴨洋弁護士とK弁護士という選び抜かれた重量級(大魔神弁護士にはやや失礼か?)の精鋭4名で臨むことになった。

 

大魔神弁護士が「最高裁に行くなんてめったにないことだから、ウチの事務所は事務員も連れて繰り出すぞ」と言い出したため、負けず嫌いで定評のあるK弁護士は「それならウチは事務員だけでなく妻子も連れて繰り出すぞ」と言い始め、更には、東京に住んでいるK弁護士の妹も話を聞きつけて最高裁に行ってみたいと言い出したため、K弁護士は妻、子、妹、甥、古江鴨洋弁護士、事務員2名の合計7名で乗り込むことになった。

 

また、大魔神弁護士は「せっかく最高裁の口頭弁論が開かれるのだから、単に理由書の通り陳述しますというだけではなく、本格的な弁論をしよう」ということを言い出し、最高裁に問い合わせをした上で、持ち前のでかい声を生かした抜群の交渉力で弁論の時間20分を確保した。

 

この時からK弁護士の苦闘の日々が始まった。実は高裁判決が出てから既に3年近くが経過しており、「済んだことは忘れよう」をモットーにしているK弁護士は、事件の内容をほとんど忘れてしまっていたのである。

 

3 弁論要旨の作成

それでも、K弁護士は薄れかけた記憶を呼び起こしながら、古江弁護士にかなりの部分を下請けに出すなどして必死に努力した結果、締め切りギリギリで何とか弁論要旨の担当部分を書き上げることができた。なお、一生に一度あるかないかの貴重な機会だからという大魔神弁護士の配慮で、K弁護士が実際に最高裁の法廷で弁論を行う大役を仰せつかったのである。

 

原告本人の意見陳述書をJ兵衛弁護士が読み上げることになっていたため、K弁護士の持ち時間はわずか10分間であった。

 

弁論要旨を全部読み上げていたのでは、大幅に持ち時間をオーバーすることが予想されたため、K弁護士は最高裁に提出した弁論要旨をあらかじめ適当に削っておいたが、当日新幹線の中で何度か読み上げてリハーサルしてみたところ、どうしても3分位オーバーしてしまうことが判明した。

 

この段階で残された時間はごくわずかであり、冷静な判断力が売り物のK弁護士も、さすがに動揺の色を隠せなかった。

 

最高裁ひと口メモ2

原告本人であるI大学のI教授も最高裁に乗り込んだが、法廷の当事者席には代理人しか座れないという慣例があるとのことで、傍聴席に座るように指示されていた。全く意味不明の慣例である。本人訴訟の時は当事者席が無人のまま口頭弁論が開かれるということだろうか?

 

最高裁ひと口メモ3

わざわざ盛岡から新幹線で出てきたにもかかわらず、子供は傍聴禁止ということでK弁護士の妻、子、妹、甥は控え室でお留守番となってしまった。

 

4 一世一代の晴れ舞台

いよいよ口頭弁論が始まり、まずはJ兵衛弁護士が意見陳述を行った。

 

J兵衛弁護士が意見陳述を行う10分の間に、K弁護士は目分量で3分短縮することに集中した。ちなみに、K弁護士は自分の結婚披露宴の際に、新郎挨拶を披露宴の最中に考えたという過去を持っており、追い込まれた時にだけ力を発揮すると言われているK弁護士の集中力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。

 

 いよいよK弁護士の順番が回ってきた。「出たとこ勝負」をモットーとしているK弁護士は、その場で必死に修正したとは思えないような落ち着きぶりで、何事もなかったかのように持ち時間の範囲内で弁論を行った。

 

傍聴席からは、「ブラボー」「アンコール」の声が響き、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。

 

最高裁ひと口メモ4

口頭弁論が終わり、法廷を出たところで記念撮影をしようとしたところ、係の人から写真撮影禁止と言われたので、やむを得ず建物を出たところで記念撮影を行った。既に控え室で写真を撮っていたことは黙っていた。

   

5 事件の顛末

 最高裁の判決は、当方の敗訴部分を一部取り消して高裁に差し戻すという内容であった。

 

K弁護士はてっきり自分の必死の弁論が最高裁の裁判官の心を動かしたと信じて疑わなかった。しかし、最高裁はこの口頭弁論の数ヶ月前に同種訴訟につき全く同様の判断を出しており、K弁護士かがどんなに素晴らしい弁論を行ったとしても、結論は初めから決まっていたのであった。

 

注:岩手弁護士会会報第9号(平成16年3月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル② ~K弁護士の過ち~

 

1 はじめに

その事件は平成11年6月某日の深夜に起こった。

 

K弁護士は弁護士になって3年目を迎え、20件以上の被害弁償をする場合には直接持って行かずに現金書留で送るという具合に被害弁償の仕方も覚え(K弁護士の事件ファイル①参照)、更にその後も数々の難事件を解決し続け、あと100年もすれば一流弁護士の仲間入りができるほどにまで成長を遂げていた。

 

そんな向かうところ敵なしのK弁護士が犯罪者としての嫌疑をかけられることになるとは、誰も予想することができなかった(今回は番外編としてK弁護士自身が起こした事件の話である)。

 

2 事件のきっかけ

その日は裁判所と弁護士会の有志により新民事訴訟法の運用についての勉強会が行われた。白熱した議論は勉強会の席だけでは収まらずに懇親会の席でも続けられ、結局1次会だけでは飽き足らず、ボスのI弁護士、宿命のライバルS弁護士と共に2次会へ行くことになり、今度はスナックのお姉さんと熱い議論を闘わせた。

 

2次会は午前0時過ぎにお開きとなり、K弁護士は「新民事訴訟法バンザイ」「準備書面の提出期限を守るぞ」等と叫びながら家路についたのであった。

 

3 K弁護士の家庭の事情

ところで、当時K弁護士は1ヶ月前に結婚式を終えたばかりの新婚ホヤホヤであった。

 

新婚旅行先のオーストラリアでは、行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、旅行から帰る頃には体重が自己最高の93キロにまで増えていた。

 

新婚旅行から戻ったK弁護士は、妻との間で「川上家家訓百箇条」を制定することにした。

 

第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」

第25条「午後10時行こうに飲食物を摂取するべからず」

第26条「特に飲み会の後にはラーメンを食べるべからず」

 

等という厳しい条項が定められた。

 

K弁護士はスキヤキが大好きで、特に盛岡市本町通にある「牛や」(注:現在は閉店)というお店の「前沢牛の牛鍋(スキヤキのこと)」が大のお気に入りであったが、減量に成功するまではこれもお預けとなってしまった。この時からK弁護士の苦闘の日々が始まったのである。

 

ちなみに、その後何度も体重の増減を繰り返しているが、結局現時点でもスキヤキを食べるには至っておらず、お歳暮でもらったスキヤキ用の牛肉は冷凍庫に眠ったままである(注:この原稿は平成12年6月時点で書かれたものであり、その後13年間にわたる紆余曲折を経て、平成24年4月10日に晴れてスキヤキ解禁となっている)。

 

4 K弁護士の葛藤

話は事件当日に戻るが、飲み会の後にラーメンで締めくくるのは日本の伝統文化ともいうべきものであり、帰宅途中にある「山頭火」の「しおらーめん」がお気に入りだったK弁護士は、家訓第26条さえなければこの日も迷わず立ち寄るところであったが、家訓を定めてわずか1ヶ月でこれを破ってしまう訳にもいかなかったので、気を紛らわすためコンビニでウーロン茶を買うことにした。

 

コンビニでしばらく立ち読みをした後、ウーロン茶を買おうとして店内を歩いていると、お弁当売り場に「コロッケ丼」が一つだけ寂しげに残されているのが目に止まった。

 

家訓の趣旨からすると、せいぜい「ざるそば」とか「サラダ」程度であれば許されるとしても、高カロリーの「コロッケ丼」が違反の度合いの最も大きな部類に属する飲食物であるということは誰の目にも明らかであった。

しかし、K弁護士は一度決めたら後には引かない頑固な面を持ち合わせており、「あ、あれ食べよ」と一旦思ってしまった以上、もはや決して後には引けなかったのである。

 

5 K弁護士の犯罪

コンビニを出たK弁護士に、次なる難題が待ち構えていた。それは、自宅に帰ってから「コロッケ丼」を食べるとすれば、妻に現場を見られてしまう可能性が高く、また、妻が先に寝ていたとしても、弁当のカラを自宅のゴミ箱に捨てなければならず、家訓第25条に違反した事実が妻にバレてしまうということであった。

 

しかし、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、帰宅途中にあるS小学校の軒下(?)で弁当を食べ、隣のマンションのゴミ捨て場に弁当のカラを捨てれば良いとの結論に達した。正当な理由もなく小学校の敷地内に入ることは刑法第130条前段の建造物侵入罪に該当することになると思われたが、K弁護士は家訓違反の証拠を隠滅するために更なる罪を重ねることを決意したのである。

 

結局、K弁護士は、誰に見られるということもなくS小学校の軒下で「コロッケ丼」を食べ終わり、予定通り弁当のカラを隣のマンションのゴミ捨て場に捨て、何事もなかったかのように帰宅した。

 

K弁護士は、自らの犯罪がこのまま迷宮入りすることを信じて疑わなかった。

 

6 事件の顛末

しかしながら、K弁護士の犯罪はあまりにもあっけなく発覚することとなった。

 

事件の翌日、K弁護士の事務所にS小学校の先生から電話が入った。K弁護士の事務所は妻が事務員をしていたので、当然妻がこの電話を受けたのであった。電話の内容は生徒が校庭で名刺入れを拾ったので、取りに来て下さいというものであった。

 

K弁護士は、事件当時酒を飲んでいたこともあり、非常に暑かったので上着を脱いで手に持っていたのであるが、上着のポケットに入れていた名刺入れが小学校の校庭に落ちてしまったということのようであった。

 

伝言を聞いたK弁護士は、一瞬血の気が引いてしまったが、小学校の校庭で名刺入れを落とすという事態を合理的に説明できるような弁解は思いつかなかったので、やむを得ず妻に家訓を破った事実を告白したのである。

 

翌日、K弁護士は菓子折り持参でS小学校に名刺入れを取りに行った。先生はあえて何も聞かなかったが、「一体おまえはそこで何をしていたんだ」という冷たい視線を浴びたことは言うまでもない。

 

注:岩手弁護士会会報第5号(平成12年6月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

K弁護士の事件ファイル① ~国選弁護人はつらいよ~

 

1 ある国選事件の受任

 平成9年10月のある日、K弁護士のもとに国選事件受任の打診があった。場所は県北のK簡易裁判所、自動販売機荒らしの窃盗事件である。「来るものは拒まず(特に女性に関して)」を座右の銘としているK弁護士は、迷わずこの事件を受任することとした。

 

 

2 弁護方針の決定

平成9年10月30日、K弁護士が検察庁に赴いて刑事記録を検討したところ、どうやら被告人は起訴事実を全面的に認めているようであった。

 

余罪も含めると被害金額は約80万円で、そのお金はほとんど手つかずのまま残っているとのことだったので、これを被害者に弁償することが弁護活動の重要なポイントになると思われた。

 

警察で被害者還付の手続をとることができないものかと思ったが、どのお金がどこから盗まれたか特定できないので、被害者還付の手続はできないとのことであった。

 

その後、いよいよK警察署で被告人と接見することになった。事情を聞くと、被告人ははるばる北海道からやって来たということで、近くに知り合いは全くおらず、身内とも全く連絡をとっていない状況であった。K弁護士以外に被害弁償をする人は見当たらない。「やるっきゃない」を座右の銘としているK弁護士は、とにかく起訴されている分だけでも被害弁償しようと決意した。

 

刑事記録によると、被害者は青森県のH市から県北のT町まで広範囲に分布しており、住所が特定されているものは約30件、そのうち起訴されているのは4件だけであった。K弁護士は11月21日を「被害弁償記念日」と定め、起訴されている4件を優先的に弁償し、余罪分については被害金額の大きいところを中心に時間の許す限り弁償に赴くとの方針を立てた。

 

 

3 被害弁償行脚の始まり

そして、いよいよ待ちに待った11月21日が到来した。前夜は午前2時頃まで盛岡の繁華街である「大通り」近辺で残業をしていたため睡眠不足ではあったが、「飲んだ翌日こそきちんと仕事しろ」を座右の銘としているK弁護士は、午前6時には飛び起きてK市に向かい車を走らせた。

 

まず、もう一度被告人の勾留されている警察署に赴き、警察署で保管されている現金約80万円を預かった。自動販売機荒らしの窃盗事件だけあって、この現金は全て硬貨であり、500円玉が大量に含まれていた関係でズッシリと重かった。K弁護士は、あまりの量に思わず24時間テレビに募金しようかとも思ったが、思い直してまずは青森県のH市に向かった。

 

起訴されている4件については、比較的スムーズに被害弁償をすることができたため、楽勝ムードが漂い始め、K弁護士はすかさず帰りにどこでご飯を食べるかの検討に移った。

 

しかし、余罪分については現場の見取り図などが全くなく、住所を頼りに探すしかないような状況であり(当時はカーナビなどなかった)、あっという間に時間が過ぎていった。それまでは余裕の表情であったK弁護士にも、次第に焦りの色が浮かび始めた。

 

4 「酒屋を探せ」作戦

しかし、数々の修羅場をくぐり抜けて来たK弁護士は、この程度のことで動じるはずもなく、冷静に作戦を練り直すこととした。

 

被害者の特徴をまとめると、基本的には酒屋さんが中心であった。そこでK弁護士は、地番を頼りに地図を見るよりも、「酒」という看板を頼りに探していった方が早いのではないかと考えた。

 

また、犯罪者の心理としては、表通りよりは一本裏に入った通りの方がやりやすいのではないか等と考えているうちに、自分が盗むとしたらどの自販機を狙うかという観点から店を探すこととした。

 

この作戦はズバリ的中し、徐々に店が見つかるペースが上がり始めた。K弁護士は、自分には自動販売機荒しの才能があるのかもしれないと1人悦に入ると同時に、パトカーとすれ違ったり、交番の前を通り過ぎる際に反射的に身を隠そうとする妙な癖がついてしまった。

 

5 事件の顛末

その日は約8件ほど弁償したところでタイムリミットとなってしまった。「ネバーギブアップ」を座右の銘とするK弁護士も、真っ暗で街灯もほとんどない田舎道でこれ以上動き回るのは危険だと判断せざるを得なかった。

 

K弁護士は、3日後にもう一度被害弁償行脚をすることにし、前回の反省を生かしつつ1日15件を目標として必死に被害弁償を行ったが、その日も7~8件弁償したところでタイムリミットとなってしまった。あと何回弁償に行かなければならないのか…。K弁護士は暗澹たる気持ちで家路についた。

 

K弁護士が「現金書留で送る」という方法に気づいたのは、2回目の被害弁償行脚が終わってしばらく経った後であった。

 

注:岩手弁護士会会報第3号(平成10年6月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

管理状態の悪い土地建物を管理するための新たな制度について(管理不全土地・建物管理制度)

 

 土地の所有者が廃棄物を放置していたり、家が倒壊のおそれがあるなど、土地や建物の管理が悪く近隣に迷惑がかかっていたり危険が生じているケースがあります。

 

 このような場合、従来は近隣住民等の利害関係人が所有者に訴えを起こすなどの方策がとられてきましたが、一時的に改善がみられても継続的な管理が見込めず元に戻ってしまったり、現場の状況に応じて柔軟な対応を取ることが難しいといった限界がありました。

 

 そこで令和3年に法律が改正され、管理状態が良くない土地や建物等について裁判所が管理命令を発し、そのための管理人を選任することを認める制度が作られました。

 

管理不全土地・建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者による管理が不適当な土地と建物のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分等によって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の9第2項、第264条の10第1項、第264条の14第2項、第264条の14第4項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られているため、所有者のその他の財産に管理権限は及びません。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される管理不全土地管理人・管理不全建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられます(改正民法第264条の10第2項)、第264条の14第4項)。

 

 また、管理人は、裁判所の許可を得て対象財産の処分をすることも可能ですが、土地建物そのものを処分する場合には所有者の同意(+裁判所の許可)が必要です(第264条の10第3項、第264条の14第4項 ※動産の処分については所有者の同意は不要です)。

 

 他方で管理人の管理処分権は管理人に専属するわけではないため、対象財産に関する訴訟については所有者自身が原告又は被告として手続を行うことになります。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・土地に設置された擁壁にひび割れや破損があり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・建物の倒壊や屋根・外壁等の脱落・飛散の恐れがあり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・土地や建物にゴミが散乱しており、悪臭や害虫により被害を生じている隣地の所有者

 

なお、管理不全かつ所有者不明の土地(管理不全所有者不明土地)について、土砂の流出・崩壊その他の事象による周辺土地の災害発生や周辺地域の環境の著しい悪化を防止するため特に必要があるときは、特例として市町村長に管理人選任の申立権限が与えられます(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条3項)。

②所有者による土地建物の管理が不適当であることによって、他人の権利・法的利益が侵害され、又はそのおそれがあること

この制度の利用には、管理不全によって他人の権利等が現に侵害されているかそのおそれがあることが必要です(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

 

そして、この条件をみたすためには、登記簿や公図・各階平面図その他の図面、問題となる土地建物について適切な管理が必要な状況にあることを裏付ける資料(現場の写真等)などの提出が必要になります。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

基本的には、②の条件がみたされればこの条件もみたすことが多いように思われますが、たとえば擁壁に破損があったりゴミが散乱している場合、建物が老朽化して危険な場合などが考えられます。

 

所有者が反対していても法律上は管理命令を発令することは可能ですが、所有者が管理人による管理行為を妨害することが予想される場合には従来通り妨害排除請求権等の裁判を起こすことが適切であるとされています。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第91条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②所有者の陳述聴取

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったときや管理人が処分行為を行うときなど一定の場合には所有者の陳述を聴取しなければならないとされています(改正非訟事件手続法第91条3項、同10項)。

 

ただし、緊急の対応が必要なときなど、所有者の陳述を聴いていると目的を達成できない場合には不要です(第91条3項但書)。

③管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の9第3項、第264条の14第3項)。

 

誰を管理不全土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

 

なお、類似の制度である所有者不明土地・建物管理制度においては、対象不動産が共有のときは共有持分単位で管理人が選任されますが(改正民法第264条の2第1項、第264条の8第1項)、この制度はあくまで不動産単位で管理人が選任されます(第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

④(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の10第2項、第264条の14第4項)。

 

また、対象財産のうち土地建物そのものを処分するときには所有者の同意も必要です(第246条の10第3項、第246条の14第4項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第91条5項、同10項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

管理不全土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の不適切な管理から生じる被害の発生や拡大を防止するために隣地所有者等が管理人を選任してもらうケースと思われますが、今後は土地建物全体について柔軟な管理行為が可能となり、解決のための選択肢の幅が広がったことになります。

 

 実際の運用上は様々な課題も出てくると思われますが、ともあれ本制度により管理人による直接の管理行為が可能となった点は意義がありますので、今後の積極的な活用に期待したいところです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所有者が不明の土地建物を管理するための新たな制度について(所有者不明土地・建物管理制度)

 

 土地建物の所有者や共有者が不明の場合、その不動産の管理や売却、取得が難しくなります。

 

 このような場合、従来は所有者等が所在不明であれば不在者財産管理人を、所有者等が死亡して相続人がいるかどうか明らかでなければ相続財産管理人を裁判所に選任してもらい、管理人が土地建物の管理や処分を行ってきました。

 

 しかし、これらの制度は対象となる土地建物だけではなく人を単位とした制度であるためカバーする範囲が広く、管理期間の長期化や申立に必要な費用(予納金)の高額化といった問題があり、また、所有者等が誰であるかまったく特定できないと利用できないなど必ずしも使い勝手の良いものではありませんでした。

 

 そこで令和3年の民法改正により、管理対象を土地建物や敷地利用権・動産などに絞りこんだ新たな管理制度が設けられ、令和5年4月1日から施行されています。

 

所有者不明土地管理制度・所有者不明建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者(共有者)が不明の土地建物(の共有持分)のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分などによって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の2第2項、第264条の3第1項、第264条の8第2項、同第5項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られ、行方不明者の他の財産についての調査や管理は不要であるため、管理期間の短縮化や裁判所に納める予納金等の経済的負担が軽減されることが見込まれます。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される所有者不明土地管理人・所有者不明建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられ(改正民法第264条の3第2項)、第264条の8第5項)、対象財産に関する訴訟については管理人自身が原告又は被告として手続を行います(不法占拠者に対する明渡請求訴訟など。第264条の4、第264条の8第5項)。

 

 また、裁判所の許可は必要ですが、対象財産を売却したり建物を解体したりすることも可能です(改正民法第263条の3第2項、第264条の8第5項 )。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・公共事業の実施者など不動産の利用・取得を希望する者

・共有不動産の他の共有者

 

なお、国や地方公共団体の長については、特例で所有者不明土地・建物管理人の選任について申立権限が与えられています(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条2項、同5項)。

②所有者・共有者を知ることができないか、その所在を知ることができないこと

この条件をみたすには、登記簿のほか、住民票や戸籍、法人であれば商業登記簿上の事務所などを調査する必要がありますが、所有者の所在が不明な場合だけではなく、そもそも誰が所有者であるかを特定することができない場合でも利用は可能です。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

管理の必要性はケースバイケースですが、公共事業の実施のために不動産の取得を希望したり、行方不明者所有の建物が老朽化して危険であるため解体が必要な場合などが考えられます。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第90条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物(共有持分の場合はその持分)の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったことや、異議があるときは一定期間内に届出をすべきこと、届出がないときは管理命令が発令されることを公告します(改正非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

 

この異議申出期間は1か月を下ることができないとされています(同上)。

③異議届出期間の経過

裁判所は、この異議届出期間が経過しないと管理命令を発令することができません(非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

④管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の2第4項、第264条の8第4項)。

 

誰を所有者不明土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

⑤嘱託登記

管理命令が発令されると、裁判所書記官は職権で対象不動産やその共有持分に対する管理命令の登記を嘱託します(改正非訟事件手続法第90条6項、同16項)。

⑥(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の3第2項、第264条の8第5項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第90条8項、同16項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

所有者不明土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の維持管理や裁判所の許可を条件とした売却・解体であり、それ自体は従来の管理制度とさほど変わりません。

 

 もっとも、従来のような人を単位とした管理ではなく財産を単位とした管理であるため時間やコストの面で利用しやすくなると思われることから、今後、この制度の活用によって所有者不明の不動産の管理が適切になされ、また、処分の円滑化も進むのではないかと期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所在等が不明の共有者がいる不動産を処分する新たな方法について(所在等不明共有者持分譲渡制度)

 

 不動産の名義が共有状態であり、自分以外の共有者が行方不明であるため処分することができないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を裁判所に選任してもらい、その管理人と共同して不動産を処分するといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産を処分できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分譲渡制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人との共同売却といった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産を処分できるというものです(改正民法第262条の3第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の譲渡だけではなく、不明者の共有持分を取得する制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します(その制度については後記の関連コラム参照)。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の3第4項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③所在等不明共有者以外の共有者全員が自己の持分を特定の者に全部譲渡する場合であること

この制度は、不明者以外の共有者の全員が自分の持つ共有持分の全てを特定の第三者に譲渡することを停止条件として不明者の共有持分も一緒に譲渡する権限を与えるものです。

 

そのため共有者の一部が共有持分の譲渡を拒んだ場合には、不明者の共有持分を譲渡することもできません。

④対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の3第2項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第88条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ申立人に不明者の共有持分の譲渡権限を与える旨の裁判をすることを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ譲渡権限を付与する旨の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項、同第88条2項)。

③異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと共有持分の譲渡権限を付与する裁判をすることができません。

 

所在等不明共有者が期間内に異議を出した場合は利用条件を欠くことになるため却下されます。

④時価相当額の決定と供託

時価相当額は、第三者に売却する金額などを考慮して裁判所が決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項、同第88条2項)。

⑤譲渡権限付与の裁判

供託後、裁判所が所在等不明共有者の共有持分について譲渡権限付与の裁判を行います。

 

この裁判が確定すると、申立人には他の共有者の有する共有持分をすべて譲渡することを停止条件として所在等不明共有者の共有持分を譲渡する権限が与えられることになります。

⑥2か月以内の譲渡

不動産の譲渡行為はこの裁判が効力を生じてから原則として2か月以内にしなければならず、期間を経過すると譲渡権限付与の裁判は効力を失います(改正非訟事件手続法第88条3項)。

 

ただし、裁判所はこの期間を伸長することはできます(同上)。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有状態のままでは処分の場面で問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、この制度をうまく活用できれば処分に要する費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

所在等が不明の共有者の持分を取得する新たな方法について(所在等不明共有者持分取得制度)

 

 不動産が何らかの理由によって共有状態にあり他の共有者から持分を買い取りたいものの、共有者の一部が行方不明であるため手続をとれないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を家庭裁判所に選任してもらい、その管理人からその者の不動産の共有持分を買い取るといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産の共有持分を取得できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分取得制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人から行方不明者の共有持分を購入するといった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産の共有持分を取得できるというものです(改正民法第262条の2第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の取得だけではなく、不明者の共有持分と併せて不動産全体を譲渡することができる制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の2第5項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の2第3項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第87条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数×申立人の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者や他の共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ取得の裁判をすること、申立人以外の共有者で取得を希望する者は一定期間内に届出をすることなどを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ取得の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項)。

③登記簿上の共有者への通知

先ほどの公告をした後、裁判所は登記簿上判明している共有者に対しては個別に通知を発送しますが、この通知は登記簿上の住所や事務所宛に発送すれば足ります(改正非訟事件手続法第87条3項)。

④異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと取得の裁判をすることができません。

 

届出期間の満了前に他の共有者が共有物分割の訴えを提起し(対象が遺産共有状態のときは遺産分割の請求があり)、かつ、所在等不明共有者者以外の共有者がこの持分取得の裁判手続について異議の届出をすると、この手続は却下されます(改正民法第262条の2第2項)。

 

また、所在等不明共有者が自ら異議を出した場合も利用条件を欠くことになるため却下されますが、所在等不明共有者からの異議については異議届出期間の満了後であっても取得の裁判が出る前であれば良いとされています。

⑤時価相当額の決定と供託

時価相当額は、裁判所が不動産鑑定士の鑑定書や固定資産税評価証明書、不動産業者の査定書などをもとに決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項)。

⑥取得の裁判

供託後、裁判所が取得の裁判を行い、確定すると所在等不明共有者の持分を取得することになります。

 

なお、取得の請求をした者が2名以上ある場合、所在等不明共有者の持分は請求者の有する持分割合に按分されて移転することになります。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有になる理由は様々ですが、共有状態のままでは管理や処分の場面で様々な問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと共有者自身が困るだけではなく地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、これまでは管理人の選任費用や手続負担などで共有状態の解消が進まないこともあったように思われます。

 

 この制度により不在者財産管理人を選任して折衝するといった回り道を避けられるようになり費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の積極的な活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮