管理状態の悪い土地建物を管理するための新たな制度について(管理不全土地・建物管理制度)

 

 土地の所有者が廃棄物を放置していたり、家が倒壊のおそれがあるなど、土地や建物の管理が悪く近隣に迷惑がかかっていたり危険が生じているケースがあります。

 

 このような場合、従来は近隣住民等の利害関係人が所有者に訴えを起こすなどの方策がとられてきましたが、一時的に改善がみられても継続的な管理が見込めず元に戻ってしまったり、現場の状況に応じて柔軟な対応を取ることが難しいといった限界がありました。

 

 そこで令和3年に法律が改正され、管理状態が良くない土地や建物等について裁判所が管理命令を発し、そのための管理人を選任することを認める制度が作られました。

 

管理不全土地・建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者による管理が不適当な土地と建物のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分等によって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の9第2項、第264条の10第1項、第264条の14第2項、第264条の14第4項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られているため、所有者のその他の財産に管理権限は及びません。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される管理不全土地管理人・管理不全建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられます(改正民法第264条の10第2項)、第264条の14第4項)。

 

 また、管理人は、裁判所の許可を得て対象財産の処分をすることも可能ですが、土地建物そのものを処分する場合には所有者の同意(+裁判所の許可)が必要です(第264条の10第3項、第264条の14第4項 ※動産の処分については所有者の同意は不要です)。

 

 他方で管理人の管理処分権は管理人に専属するわけではないため、対象財産に関する訴訟については所有者自身が原告又は被告として手続を行うことになります。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・土地に設置された擁壁にひび割れや破損があり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・建物の倒壊や屋根・外壁等の脱落・飛散の恐れがあり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・土地や建物にゴミが散乱しており、悪臭や害虫により被害を生じている隣地の所有者

 

なお、管理不全かつ所有者不明の土地(管理不全所有者不明土地)について、土砂の流出・崩壊その他の事象による周辺土地の災害発生や周辺地域の環境の著しい悪化を防止するため特に必要があるときは、特例として市町村長に管理人選任の申立権限が与えられます(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条3項)。

②所有者による土地建物の管理が不適当であることによって、他人の権利・法的利益が侵害され、又はそのおそれがあること

この制度の利用には、管理不全によって他人の権利等が現に侵害されているかそのおそれがあることが必要です(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

 

そして、この条件をみたすためには、登記簿や公図・各階平面図その他の図面、問題となる土地建物について適切な管理が必要な状況にあることを裏付ける資料(現場の写真等)などの提出が必要になります。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

基本的には、②の条件がみたされればこの条件もみたすことが多いように思われますが、たとえば擁壁に破損があったりゴミが散乱している場合、建物が老朽化して危険な場合などが考えられます。

 

所有者が反対していても法律上は管理命令を発令することは可能ですが、所有者が管理人による管理行為を妨害することが予想される場合には従来通り妨害排除請求権等の裁判を起こすことが適切であるとされています。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第91条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②所有者の陳述聴取

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったときや管理人が処分行為を行うときなど一定の場合には所有者の陳述を聴取しなければならないとされています(改正非訟事件手続法第91条3項、同10項)。

 

ただし、緊急の対応が必要なときなど、所有者の陳述を聴いていると目的を達成できない場合には不要です(第91条3項但書)。

③管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の9第3項、第264条の14第3項)。

 

誰を管理不全土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

 

なお、類似の制度である所有者不明土地・建物管理制度においては、対象不動産が共有のときは共有持分単位で管理人が選任されますが(改正民法第264条の2第1項、第264条の8第1項)、この制度はあくまで不動産単位で管理人が選任されます(第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

④(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の10第2項、第264条の14第4項)。

 

また、対象財産のうち土地建物そのものを処分するときには所有者の同意も必要です(第246条の10第3項、第246条の14第4項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第91条5項、同10項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

管理不全土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の不適切な管理から生じる被害の発生や拡大を防止するために隣地所有者等が管理人を選任してもらうケースと思われますが、今後は土地建物全体について柔軟な管理行為が可能となり、解決のための選択肢の幅が広がったことになります。

 

 実際の運用上は様々な課題も出てくると思われますが、ともあれ本制度により管理人による直接の管理行為が可能となった点は意義がありますので、今後の積極的な活用に期待したいところです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所有者が不明の土地建物を管理するための新たな制度について(所有者不明土地・建物管理制度)

 

 土地建物の所有者や共有者が不明の場合、その不動産の管理や売却、取得が難しくなります。

 

 このような場合、従来は所有者等が所在不明であれば不在者財産管理人を、所有者等が死亡して相続人がいるかどうか明らかでなければ相続財産管理人を裁判所に選任してもらい、管理人が土地建物の管理や処分を行ってきました。

 

 しかし、これらの制度は対象となる土地建物だけではなく人を単位とした制度であるためカバーする範囲が広く、管理期間の長期化や申立に必要な費用(予納金)の高額化といった問題があり、また、所有者等が誰であるかまったく特定できないと利用できないなど必ずしも使い勝手の良いものではありませんでした。

 

 そこで令和3年の民法改正により、管理対象を土地建物や敷地利用権・動産などに絞りこんだ新たな管理制度が設けられ、令和5年4月1日から施行されています。

 

所有者不明土地管理制度・所有者不明建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者(共有者)が不明の土地建物(の共有持分)のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分などによって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の2第2項、第264条の3第1項、第264条の8第2項、同第5項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られ、行方不明者の他の財産についての調査や管理は不要であるため、管理期間の短縮化や裁判所に納める予納金等の経済的負担が軽減されることが見込まれます。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される所有者不明土地管理人・所有者不明建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられ(改正民法第264条の3第2項)、第264条の8第5項)、対象財産に関する訴訟については管理人自身が原告又は被告として手続を行います(不法占拠者に対する明渡請求訴訟など。第264条の4、第264条の8第5項)。

 

 また、裁判所の許可は必要ですが、対象財産を売却したり建物を解体したりすることも可能です(改正民法第263条の3第2項、第264条の8第5項 )。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・公共事業の実施者など不動産の利用・取得を希望する者

・共有不動産の他の共有者

 

なお、国や地方公共団体の長については、特例で所有者不明土地・建物管理人の選任について申立権限が与えられています(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条2項、同5項)。

②所有者・共有者を知ることができないか、その所在を知ることができないこと

この条件をみたすには、登記簿のほか、住民票や戸籍、法人であれば商業登記簿上の事務所などを調査する必要がありますが、所有者の所在が不明な場合だけではなく、そもそも誰が所有者であるかを特定することができない場合でも利用は可能です。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

管理の必要性はケースバイケースですが、公共事業の実施のために不動産の取得を希望したり、行方不明者所有の建物が老朽化して危険であるため解体が必要な場合などが考えられます。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第90条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物(共有持分の場合はその持分)の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったことや、異議があるときは一定期間内に届出をすべきこと、届出がないときは管理命令が発令されることを公告します(改正非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

 

この異議申出期間は1か月を下ることができないとされています(同上)。

③異議届出期間の経過

裁判所は、この異議届出期間が経過しないと管理命令を発令することができません(非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

④管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の2第4項、第264条の8第4項)。

 

誰を所有者不明土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

⑤嘱託登記

管理命令が発令されると、裁判所書記官は職権で対象不動産やその共有持分に対する管理命令の登記を嘱託します(改正非訟事件手続法第90条6項、同16項)。

⑥(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の3第2項、第264条の8第5項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第90条8項、同16項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

所有者不明土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の維持管理や裁判所の許可を条件とした売却・解体であり、それ自体は従来の管理制度とさほど変わりません。

 

 もっとも、従来のような人を単位とした管理ではなく財産を単位とした管理であるため時間やコストの面で利用しやすくなると思われることから、今後、この制度の活用によって所有者不明の不動産の管理が適切になされ、また、処分の円滑化も進むのではないかと期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所在等が不明の共有者がいる不動産を処分する新たな方法について(所在等不明共有者持分譲渡制度)

 

 不動産の名義が共有状態であり、自分以外の共有者が行方不明であるため処分することができないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を裁判所に選任してもらい、その管理人と共同して不動産を処分するといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産を処分できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分譲渡制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人との共同売却といった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産を処分できるというものです(改正民法第262条の3第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の譲渡だけではなく、不明者の共有持分を取得する制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します(その制度については後記の関連コラム参照)。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の3第4項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③所在等不明共有者以外の共有者全員が自己の持分を特定の者に全部譲渡する場合であること

この制度は、不明者以外の共有者の全員が自分の持つ共有持分の全てを特定の第三者に譲渡することを停止条件として不明者の共有持分も一緒に譲渡する権限を与えるものです。

 

そのため共有者の一部が共有持分の譲渡を拒んだ場合には、不明者の共有持分を譲渡することもできません。

④対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の3第2項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第88条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ申立人に不明者の共有持分の譲渡権限を与える旨の裁判をすることを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ譲渡権限を付与する旨の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項、同第88条2項)。

③異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと共有持分の譲渡権限を付与する裁判をすることができません。

 

所在等不明共有者が期間内に異議を出した場合は利用条件を欠くことになるため却下されます。

④時価相当額の決定と供託

時価相当額は、第三者に売却する金額などを考慮して裁判所が決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項、同第88条2項)。

⑤譲渡権限付与の裁判

供託後、裁判所が所在等不明共有者の共有持分について譲渡権限付与の裁判を行います。

 

この裁判が確定すると、申立人には他の共有者の有する共有持分をすべて譲渡することを停止条件として所在等不明共有者の共有持分を譲渡する権限が与えられることになります。

⑥2か月以内の譲渡

不動産の譲渡行為はこの裁判が効力を生じてから原則として2か月以内にしなければならず、期間を経過すると譲渡権限付与の裁判は効力を失います(改正非訟事件手続法第88条3項)。

 

ただし、裁判所はこの期間を伸長することはできます(同上)。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有状態のままでは処分の場面で問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、この制度をうまく活用できれば処分に要する費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

所在等が不明の共有者の持分を取得する新たな方法について(所在等不明共有者持分取得制度)

 

 不動産が何らかの理由によって共有状態にあり他の共有者から持分を買い取りたいものの、共有者の一部が行方不明であるため手続をとれないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を家庭裁判所に選任してもらい、その管理人からその者の不動産の共有持分を買い取るといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産の共有持分を取得できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分取得制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人から行方不明者の共有持分を購入するといった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産の共有持分を取得できるというものです(改正民法第262条の2第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の取得だけではなく、不明者の共有持分と併せて不動産全体を譲渡することができる制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の2第5項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の2第3項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第87条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数×申立人の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者や他の共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ取得の裁判をすること、申立人以外の共有者で取得を希望する者は一定期間内に届出をすることなどを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ取得の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項)。

③登記簿上の共有者への通知

先ほどの公告をした後、裁判所は登記簿上判明している共有者に対しては個別に通知を発送しますが、この通知は登記簿上の住所や事務所宛に発送すれば足ります(改正非訟事件手続法第87条3項)。

④異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと取得の裁判をすることができません。

 

届出期間の満了前に他の共有者が共有物分割の訴えを提起し(対象が遺産共有状態のときは遺産分割の請求があり)、かつ、所在等不明共有者者以外の共有者がこの持分取得の裁判手続について異議の届出をすると、この手続は却下されます(改正民法第262条の2第2項)。

 

また、所在等不明共有者が自ら異議を出した場合も利用条件を欠くことになるため却下されますが、所在等不明共有者からの異議については異議届出期間の満了後であっても取得の裁判が出る前であれば良いとされています。

⑤時価相当額の決定と供託

時価相当額は、裁判所が不動産鑑定士の鑑定書や固定資産税評価証明書、不動産業者の査定書などをもとに決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項)。

⑥取得の裁判

供託後、裁判所が取得の裁判を行い、確定すると所在等不明共有者の持分を取得することになります。

 

なお、取得の請求をした者が2名以上ある場合、所在等不明共有者の持分は請求者の有する持分割合に按分されて移転することになります。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有になる理由は様々ですが、共有状態のままでは管理や処分の場面で様々な問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと共有者自身が困るだけではなく地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、これまでは管理人の選任費用や手続負担などで共有状態の解消が進まないこともあったように思われます。

 

 この制度により不在者財産管理人を選任して折衝するといった回り道を避けられるようになり費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の積極的な活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

知人や親族にお金を貸すときの注意点

 

 今も昔も知人や親族への貸付を巡った金銭トラブルは後を絶たず、私自身も個人間の貸付について返済がなくて困っているというご相談をお受けします。

 

 しかし、実際にご相談に来られるケースでは、様々な理由によって既に回収が非常に困難であることが多く、お金を貸す前にきちんとしておけばよかったと後悔される方も多い印象です。

 

 そこで今回は、知人や親族などにお金を貸す場合の最低限の注意事項についてお話しします。 

 

基本的対策は借用書(金銭消費貸借契約書)を作ること

 

 基本的対策としては、やはり借用書を作ることです(正式には「金銭消費貸借契約証書」とすることが多いですが、借用書という題名でも特に問題はありません。)

 

 お金の貸し借りのトラブルには色々なパターンがありますが、相手から「このお金はもらったもので返す必要がないものだ」として返済を拒絶されることがありますので、そのような言い訳を防ぐには借用書の作成をしておいた方が良いためです。

 

最低限書いておくべきこと

 

 では、借用書には、具体的にどのようなことを書いておくべきでしょうか?

 

 この点は相手の状況や支払いがなかった場合の備えをどうするか、あるいは利息・延滞金の約束などの条件によって様々ですが、ここでは利息等の約束がない場合を前提に、最低限書いてほしいことをご紹介します。

 

【当事者(貸主・借主)】

 誰が、誰に貸すのかを明らかにするものです。

 稀に、お金を実際に出した人と貸付の契約をした人が違うことがありますが、借主に請求できる権利者が誰であるかを明確にしておく必要があります。

 また、複数の名前が無造作に借主として連名で書いてあることがありますが、それらの人がそれぞれどういう義務を負うのか(連帯債務者として全額の支払義務を負うのか、それぞれが半分ずつ借りるのか)などを明確に記載しておくべきです。

 

【金額】

 後で貸した金額について争いがないようにするためです。

 複数回にわたって貸し付けることを予定しているときは、それぞれの貸付時期・金額を個別に書いておくと良いと思います。

 

【「貸した」との記載】

 基本的なところですが、渡したお金があげたものではなく貸したものであることを明確にするため、渡したお金が貸したものであることを明記します(「AはBに100万円を貸し渡した」など)。

 

【支払期限や方法】

 個人間貸付では返済期限が曖昧だったりまったく記載がないパターンがありますが、いつから正式に返済を請求できるかを明確にしておいた方が良いため、支払期限は日付で明らかにしておくことが望ましいところです(たとえば、「返済期限 令和〇年〇月〇日」とするなど)。

 

 なお、分割返済の場合は、さらに以下のような記載をしておくべきです。

 

①返済期間と返済の間隔・各回の返済日と返済額

 たとえば、「令和3年6月から令和4年5月まで、毎月末日限り、3万円ずつ」などとすると良いと思います。

 

②支払いを怠った場合に残金を一括払いしてもらうことと、その回数

 これを一般的に「懈怠約款」(けたいやっかん)とか「期限の利益喪失条項」と言いますが、これがあるのとないのとでは返済の意欲や後日の回収作業の難易度に違いが出てきますので入れておくべきものです。

 

【住所】

 住民票上の住所と実際の住所が異なっていることがあったり、あとで相手が転居して音信不通になってしまうことに備え、本籍地入りの住民票のコピーなどを確認し、さらに可能であれば住民票の記載内容をメモしておくのが望ましいと思います。

 

 住民票を渡すこと自体は相手に嫌がられることがありますので、どこまでの情報を提供してもらうかは貸主と借主の話し合いによって決めていただくことになりますが、音信不通になった場合にはその情報のあるなしがその後の展開に影響を及ぼすことがありますので、備えとして情報だけでも確保しておくのが無難です(なお、こちらが求める必要な裏付資料を全く提出しない相手にお金を貸すかという視点は貸す側にとっては重要な判断材料です)。

 

【契約日】

 基本的事項ですので忘れないようにしましょう。

 

【署名】

 契約が成立したことを証するため、署名欄を設け、自筆で書いてもらうことになります。 

 

 代書だからといって必ずも無効にならないこともありますが、代筆だと「これは自分が書いたものではない、筆跡が違う。」などと言われることがありますので、本人に面前で書いてもらうのが無難です。

 

【押印】

 法律上は実印である必要まではありませんが、可能なら実印を押してもらうのが無難ではあります(印鑑証明書の添付がなくてもそれだけで借用書が無効になるわけではありませんが、三文判だと、あとで「これは自分の印鑑ではない。誰かが三文判を用意して勝手に押したものだ。」などという言い訳が出ることがあります)。

 

 印鑑証明書そのものをもらうかどうかに決まりはありませんので、この点は話し合いによります。

 

 

借用書は公正証書にしておくべきか?

 

 借用書は当事者間で作成しても証拠としての価値はありますが絶対ではありませんし、そもそも借用書には後日の証拠になるという意味しかありません(当事者間だけで作った借用書ではいきなり差押えはできません)。 

 

 そのため、借用書の記載事項に不備がないか不安であるとか、あとで相手が「自分が書いたものではない」などと言うことを避けたい、あるいは裁判をしないですぐに強制執行できるようにしたいといったニーズがあるのであれば、公正証書を作った方が良いと思います。

 

借用書以外の対策

 

 以上が借用書を作る際の最低限の注意事項ですが、お金を貸すときには、そのほかにもいくつか気をつけておくべき点があります。

 

【返済能力の確認のための事情聴取】

 お金を借りるときは相手に手元にお金がないことが多いでしょうが、お金が返ってくるあてが本当にはあるのかを検討しておくのは非常に重要です。

 

 そのため、たとえば以下のような事情を確認し、場合によっては裏付の資料を提供してもらうことでこのまま本当に貸して良いかの判断に役立ちますし、後日のトラブル防止や回収にも有効です。

 

・勤務先や収入

・借金の有無や額

・借入金の使途

 

【お金の受け渡しの証拠】

 少数ながら、借用書は作ったが形だけでお金は実際には受け取っていないという言い訳が見られますので、お金を相手に渡したことも証明できるようにしておくと良いでしょう。

 

 たとえば、手渡しの場合はその場で必ず領収書をもらうようにして、但し書きにも「貸金」と明示して自筆で署名してもらい、印鑑は借用書と同じ印鑑を押してもらうのが良いと思います。

 

 銀行振込で貸すときは振込明細を保管する方法がありますが、失くしてしまうリスクを気にするのであれば、一旦自分の通帳にお金を入れて口座から口座へと送金しておくという方法もあります。

 

【電話番号(携帯・固定)情報の取得】

 電話は支払いが滞った場合の基本的な連絡手段となるほか、音信不通になった場合に住所調査をする手掛かりにもなりますので、確保しておくべき情報です。

 

【連帯保証人や担保はつけるべき?】

 よくあるご質問として、連帯保証人や不動産担保をつけてもらった方がいいか、という質問がありますが、金額がある程度の額であれば、貸主側の立場からすればつけてもらった方が良いのは間違いありません。

 

 最終的には借主の状況や金額の多寡、人間関係によってケースバイケースですが、あらかじめ検討しておくべき事項です。

 

 なお、連帯保証人を付けてもらう場合には、必ず連帯保証人に会って借用書を見せて保証意思を確認し、書面にも署名・押印してもらってください。書面によらない保証契約は無効ですし(民法446条2項)、実際の相談の中で、借主が勝手に保証人の名前を騙って借り入れをしていたことが後日判明したケースがあります。

 

 不動産に担保を付けるときはきちんと法務局で登記手続をする手続を組んでおかないと、後から何かと理由をつけて担保設定を拒むことがありますので、事前に司法書士に依頼することも検討事項となります。

 

 また、担保を設定する不動産に、既にほかの抵当権がついていないかもチェックが必要です。すでに先順位の権利が設定されていると後でつけた自分の担保には価値がなく、せっかくつけても意味がない場合があるからです。

 

 その他、価値のない二束三文の不動産(山林や原野)に担保を付けているケースも散見されますので、担保とする予定の不動産については、事前に固定資産評価証明書と登記簿謄本の写しをもらい、簡易的なものでも良いので不動産業者の査定を受けることをお勧めします。

 

それでも自己破産されてしまうと回収は難しくなる

 

 以上のように、個人間でのお金の貸し借りには気をつけておくべきことがたくさんありますが、いくら気をつけても自己破産されてしまえば直接回収することはできなくなりますので、そのリスクは常にあります。

 

 借主が自己破産したときには、不動産に担保をつけていたり保証人をつけている場合にはそちらからの回収を検討することになりますが、必ずしもうまくいくとも限りません。

 

 

 貸したお金が返ってこないときはその人との関係が壊れてしまいますし、それだけでなく貸した額が多額であれば自分の生活にも悪影響が出てしまいますので、お金を貸すときは今回お話ししたような点に気をつけながら、万が一回収できなかったときに自分の生活に影響がない範囲内にとどめるのが重要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

K弁護士の事件ファイル② ~国選弁護人はつらいよ~

 

1 ある国選事件の受任

  平成×年のある日、K弁護士のもとに国選事件受任の打診があった。場所は岩手県内の某裁判所、自動販売機荒らしの窃盗事件である。「来るものは拒まず」を座右の銘としているK弁護士は、迷わずこの事件を受任することとした。

2 弁護方針の決定

 国選弁護人就任後、K弁護士が検察庁に赴いて刑事記録を検討したところ、どうやら被告人は起訴事実を全面的に認めているようであった。被害金はほとんど手つかずのまま残っているとのことだったので、これを被害者に弁償することが弁護活動の重要なポイントになると思われた。 警察で被害者還付の手続をとることができないものかと思ったが、どのお金がどこから盗まれたか特定できないので、被害者還付の手続はできないとのことであった。

 その後、いよいよ警察署で被告人と接見することになった。事情を聞くと、被告人ははるばる北海道からやって来たということで、近くに知り合いは全くおらず、身内とも全く連絡をとっていない状況であった。K弁護士以外に被害弁償をする人は見当たらない。「やるっきゃない」を座右の銘としているK弁護士は、とにかく起訴されている分だけでも被害弁償しようと決意した。

 刑事記録によると、被害者は広範囲に分布しており、住所が特定されているものは約30件、そのうち起訴されているのは4件だけであった。K弁護士は被害者のもとを集中的に当たる日を決め、その日を「被害弁償記念日」と定め、起訴されている4件を優先的に弁償し、余罪分については被害金額の大きいところを中心に時間の許す限り弁償に赴くとの方針を立てた。

3 被害弁償行脚の始まり

 そして、いよいよ待ちに待った被害弁償記念日が到来した。

 まず、もう一度被告人の勾留されている警察署に赴き、警察署で保管されている現金を預かった。自動販売機荒らしの窃盗事件だけあって、この現金は全て硬貨であり、500円玉が大量に含まれていた関係でズッシリと重かった。K弁護士は、あまりの量に思わず24時間テレビに募金しようかとも思ったが、思い直して被害者のもとに向かった。

 起訴されている4件については、比較的スムーズに被害弁償をすることができたため、楽勝ムードが漂い始め、K弁護士はすかさず帰りにどこでご飯を食べるかの検討に移った。

 しかし、余罪分については現場の見取り図などが全くなく、住所を頼りに探すしかないような状況であり(当時はカーナビなどなかった)、あっという間に時間が過ぎていった。それまでは余裕の表情であったK弁護士にも、次第に焦りの色が浮かび始めた。

4 「酒屋を探せ」作戦

 しかし、数々の修羅場をくぐり抜けて来たK弁護士は、この程度のことで動じるはずもなく、冷静に作戦を練り直すこととした。

 被害者の特徴をまとめると、基本的に酒屋が中心であった。そこでK弁護士は、地番を頼りに地図を見るよりも、「酒」という看板を頼りに探していった方が早いのではないかと考えた。

 また、犯罪者の心理としては、表通りよりは一本裏に入った通りの方がやりやすいのではないか等と考えているうちに、自分が盗むとしたらどの自販機を狙うかという観点から店を探すこととした。

 この作戦はズバリ的中し、徐々に店が見つかるペースが上がり始めたが、反面、パトカーとすれ違ったり、交番の前を通り過ぎる際に反射的に身を隠そうとする妙な癖がついてしまった。

5 事件の顛末

  その日は約8件ほど弁償したところでタイムリミットとなってしまった。「ネバーギブアップ」を座右の銘とするK弁護士も、真っ暗で街灯もほとんどない田舎道でこれ以上動き回るのは危険だと判断せざるを得なかった。

 K弁護士は、3日後にもう一度被害弁償行脚をすることにし、前回の反省を生かしつつ1日15件を目標として必死に被害弁償を行ったが、その日も7~8件弁償したところでタイムリミットとなってしまった。あと何回弁償に行かなければならないのか…。K弁護士は暗澹たる気持ちで家路についた。

 K弁護士が「現金書留で送る」という方法に気づいたのは、2回目の被害弁償行脚が終わってしばらく経った後であった。

 

2018年1月25日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル~最高裁判所体験記~

 

1 はじめに

 西暦20××年、K弁護士はついに最高裁の門を叩くことになった。

 K弁護士は、司法修習生採用の健康診断の際に1度だけ最高裁まで行ったことがあったが、健康診断以外で最高裁に行くのは今回が初めてのことであった(当時は司法修習生の採用にあたって最高裁で一斉に健康診断を受けることになっていた)。

 

【最高裁ひと口メモ1】

 K弁護士が修習前に最高裁へ行った時には、日本は三審制が採用されているのだから、今後も最高裁には何度も来ることになるのだろうと漠然と思っていた。

 しかし、現実には上告事件自体それほど多くなく、最高裁の口頭弁論は多くの弁護士にとって一生のうちに1度あるかないかの体験である。

 

2 最高裁との交渉

 最高裁の口頭弁論にはD弁護士、J弁護士、期待のホープY弁護士とK弁護士という選び抜かれた重量級の精鋭4名で臨むことになった。

 D弁護士は「せっかく最高裁の口頭弁論が開かれるのだから、単に理由書の通り陳述しますというだけではなく、本格的な弁論をしよう」ということを言い出し、最高裁に問い合わせをした上で、持ち前のでかい声を生かした抜群の交渉力で弁論の時間20分を確保した。

 

3 弁論要旨の作成

 K弁護士は、Y弁護士にかなりの部分を下請けに出すなどして必死に努力した結果、締め切りギリギリで何とか弁論要旨の担当部分を書き上げることができた。なお、一生に一度あるかないかの貴重な機会だからというD弁護士の配慮で、K弁護士が実際に最高裁の法廷で弁論を行う大役を仰せつかったのである。

 原告本人の意見陳述書をJ弁護士が読み上げることになっていたため、K弁護士の持ち時間はわずか10分間であった。弁論要旨を全部読み上げていたのでは、大幅に持ち時間をオーバーすることが予想されたため、K弁護士は最高裁に提出した弁論要旨をあらかじめ削っておいたが、当日新幹線の中で何度か読み上げてリハーサルしてみたところ、どうしても3分位オーバーしてしまうことが判明した。この段階で残された時間はごくわずかであり、冷静な判断力が売り物のK弁護士も、さすがに動揺の色を隠せなかった。

 

【最高裁ひと口メモ2】

 原告本人も最高裁に乗り込んだが、法廷の当事者席には代理人しか座れないという慣例があるとのことで、傍聴席に座るように指示されていた。全く意味不明の慣例である。本人訴訟の時は当事者席が無人のまま口頭弁論が開かれるということだろうか?

 

4 一世一代の晴れ舞台

 口頭弁論が始まり、まずはJ弁護士が意見陳述を行った。J弁護士が意見陳述を行う10分の間に、K弁護士は目分量で3分短縮することに集中した。追い込まれた時にだけ力を発揮すると言われているK弁護士の集中力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。

 いよいよK弁護士の順番が回ってきた。「出たとこ勝負」をモットーとしているK弁護士は、その場で必死に修正したとは思えないような落ち着きぶりで、何事もなかったかのように持ち時間の範囲内で弁論を行った。

 

【最高裁ひと口メモ3】

 口頭弁論が終わり、法廷を出たところで記念撮影をしようとしたところ、係の人から写真撮影禁止と言われたので、やむを得ず建物を出たところで記念撮影を行った。

 

5 事件の顛末

 最高裁の判決は、当方の敗訴部分を一部取り消して高裁に差し戻すという内容であった。K弁護士はてっきり自分の必死の弁論が最高裁の裁判官の心を動かしたと信じて疑わなかった。しかし、最高裁はこの口頭弁論の数ヶ月前に同種訴訟につき全く同様の判断を出しており、K弁護士がどんなに素晴らしい弁論を行ったとしても、結論は初めから決まっていたのであった。

 

2018年1月11日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所