婚姻費用の計算において、暗号資産の売却等で得た額と取得額との差額は収入にあたらないと判断されたケース

 

 婚姻費用についてはお互いの収入や子どもの人数・年齢などをもとに算定する標準算定方式が浸透していますが、一口に収入といってもどこまでのものを収入に含めるかは必ずしも明確でないこともあり、実際に取り決めをする際にはお互いの収入額がいくらかを巡って争いになることがあります。

 

 婚姻費用の計算に含めるべきかどうかという点について比較的問題になりやすいのは、結婚前から保有していたり相続した不動産からの賃料収入や株式配当金などですが、今回は義務者が保有していた暗号資産の売却等をしていたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

福岡高裁令和5年2月6日決定

 

 このケースは、婚姻費用の支払義務者が暗号資産を売却したり他の暗号資産に変換したところ、売却等によって得た額と取得原価との差額は婚姻費用の計算において収入とみるべきであると権利者が主張したものです。

 

 しかし、この権利者の主張に対し、裁判所は以下のような理由を述べて本件では売却等と取得原価との差額は収入としては扱わないと判断しました。

 

 

①義務者が暗号資産の売却又は他の暗号資産への変換により継続的に収益を得ていたとは認められないこと

 

②売却等は実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎないこと

 

 

 本裁判例の論理からすると、暗号資産の処分によって継続的に収入を得ていたと評価できるときはそれを婚姻費用の計算において収入と扱える余地がありそうです(①)。

 

 他方、夫婦共有財産である暗号資産を単に現金化したり他の暗号資産に変換したにすぎない場合はダメという点(②)ですが、このケースでは暗号資産以外にも義務者が加入している従業員持株会からの配当金の取り扱いが問題となり、裁判所はそれがさらなる自社株購入の原資とされていて生活費の原資にはなっていなかったことから収入にあたらないと判断しているため、実際に婚姻生活の原資として使用されていたことを必要とする趣旨ではないかと思われます。

 

 特定の高裁での事例判断であるため他の裁判所でも同じ結論になるとは限りませんが、婚姻生活の原資として実際に使用されていた場合に限って収入としてみるという考え方は類似のケースでもみられるところであり(特有財産からの配当金や不動産所得に関する大阪高裁平成30年7月12日決定、賃料収入に関する東京高裁昭和57年7月26日決定)、同種事例では参考になりそうですのでご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

不貞相手が配偶者と接触するごとに違約金を支払うとの合意について、婚姻関係破綻後の接触に関する違約金の請求は権利濫用と判断したケース

 

接触禁止条項・違約金条項とは

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞行為者との間で、今後は配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束し(接触禁止条項)、この約束に違反した場合に違約金を支払うと合意することがあります(違約金条項)。

 

 このような接触禁止条項と違約金条項は再度の不貞行為を防ぐ目的で設けるものであり、合意の時点では夫婦関係を再構築することを予定している場合が多いように思われます。

 

 しかし、不幸にして夫婦関係の再構築ができずに破綻し、その間、不貞相手が配偶者と連絡を取り合っていたような場合、この違約金条項に基づいてどこまで請求できるのかが問題となることがあり、この点について請求の一部が権利濫用になると判断した近時の裁判例がありますので(東京地裁令和4年9月22日判決)、今回はこれをご紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

登場人物

 

X:原告・Aの配偶者

Y:被告・Aと交際

A:Xの配偶者

 

問題となった条項

 

<接触禁止条項>

 Yは、Xに対し、今後Aとの交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、Aと連絡・接触しないことを約束する。

 

<違約金条項>

 Yが上記の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円をAに対し支払うものとする。

 

→XはYが上記約束に反したとして違約金を請求したところ、Yは以下のように主張して請求を争った。

 

Yの主張(争点)

 

<争点1 公序良俗違反により無効>

 合意書作成当時、XとAの婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったから違約金条項は公序良俗に反し無効である。

 

<争点2 権利濫用>

 仮に合意書作成時点でXとAの婚姻関係が破綻していたとは認められないとしても、その後、遅くともAがXに離婚を申し入れた時点では婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益がなかったから、同時点以降の違約金条項に基づく権利行使は濫用である。

 

※ほかにも違約金の発生する条件である「1回」の意味についても争いがありましたが、ここでは割愛します。

 

裁判所が認定した事実関係の概要

 

①AはYとの不貞がXに発覚した後に一度自宅を出たが、その後、自宅に戻り、合意書作成当時、XとAは同居していた。

 

②今後交際をやめるなどという合意書の文言からは、XとAの婚姻関係が破綻していないことが前提とされていたと考えるのが合理的

 

③合意書作成当時、YもAとの不貞関係を解消し合意事項を遵守する意思はあったと供述しており、XとAの婚姻関係が破綻していないことを前提に本件接触禁止条項を承諾したものと推認できる。

 

④合意書作成の翌日からAとYはLINEでやりとりをするようになった。

 

⑤合意書作成から数か月後、Aは週末に外出するなどするようになり、Xに離婚したいと伝えた上で自宅の上にある事務所で生活するようになったほか、その後に代理人を通じてXに離婚の意向を通知し、別のところに転居するなどした。

 

争点に対する判断

 

<争点1に対する判断>

合意書の作成当時、XとAの婚姻関係が破綻していたとはいえず、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったとはいえない。

 

→違約金条項は有効。

 

<争点2に対する判断>

その後、Aは離婚したいと述べて家を出て再度の別居に至り、それ以後は一貫して別居及び離婚する意向を示しているから、Xが離婚を申し出た時点でXとAの婚姻関係は破綻した。

 

→違約金条項が前提とする保護法益(婚姻関係の平穏)は遅くとも離婚を申し出た時点で失われており、同日以降の違約金条項に基づく権利行使は権利濫用となる。

 

 以上のとおり、上記裁判例では、接触禁止条項に反した場合の違約金条項について、違約金条項そのものは有効ではあるものの、夫婦関係が破綻したあとの接触に対して違約金を請求することは権利の濫用として認められないと判断しています。

 

 接触禁止条項と違約金条項を組み合わせた形で合意する場合、上記裁判例も述べるとおり婚姻関係の平穏を守る目的であるのが通常と思われますので、一度は再構築に向けて努力したものの何らかの理由によって婚姻関係が破綻してしまった場合、この条項によって守るべき法的利益が失われてしまった以上、それ以降は違約金の発生を認める必要はないというのが上記裁判例の結論と思われます。

 

 なお、似たようなものとして、不貞行為そのものを行った場合に違約金を支払うという合意をすることもありますが、そちらのケースについても今回紹介した裁判例と同様の判断を下した裁判例がありますので、不貞行為に関連して違約金条項をもうけて実際に請求するときには、このような判断があることにも注意を払う必要があります。

 

2023年12月21日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

完済するまでの間、月に数回デートすることを低金利の条件とした金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断されたケース

 

 お金を貸す際にどのような条件とするかは原則として当事者の自由ですが、その条件があまりにも行き過ぎているときは公序良俗に反して契約が無効と判断されることがあります(民法90条)。

 

 金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断される典型的なケースは超高金利での貸付ですが、今回は金銭の貸付条件と男女関係が結びついたケース(東京簡裁令和4年6月29日判決)を紹介します。

 

事案の概要

 

 このケースは男性(貸主)から女性(借主・既婚)に貸付が行われたものですが、特徴的なのは貸付条件であり、返済が終了するまでの間、月に数回、貸主と性的行為を伴うデートを行うことを条件に貸付利率を年利0.001%とし、この条件が守られなかった場合は金利を上げるといった約束がなされた点です。

 

東京簡裁令和4年6月29日判決

 

 その後、貸主は支払督促を申し立て、これに対して借主側が督促異議を申し立てたため裁判手続に移行しましたが、裁判所は以下のとおり貸主の請求を認めませんでした。

判決の要旨

【貸金契約の目的】

・原告(=貸主)は「月に数回会ってデートをする約束」があるため金利(利息)が低額に抑えられていると説明し、デートが約束どおり履行されない場合は金利(利息)が上がることの了解を契約内容としている。

原告が当初からこの行為を求めることを意図して契約を締結したことは明らかであり、原告の被告に対する説明や実際に原告が求めた行為は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

【利息契約の内容】

・借用書によれば利息は年0.001%であり、被告において約束どおりのデートが行われない場合は金利が上がることが定められている。

 

・原告は被告との口論の中で利子を上げ100%にしたい旨をLINEの会話で被告に宣言したと主張し、督促異議後の口頭弁論において貸金元金とこれに対する利息(=元金と同額)を追加する訴えの変更をしており、宣言したとおり100%の利息を請求したことになる。

・原告には「月に数回会ってデートをする」との約束が履行がされなかったときは元本と同額の利息を請求する意思があったと認められるが、本件の利息契約は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

・さらに原告は、元金に対する11日分の利息として元金と同額の利息を請求しており、これを年利計算すると年利3318%(出資法5条の4第1項では貸付期間が15日未満のときは15日として計算されるためこれをもとに計算すると年利2433%)となるが、これは利息制限法に大幅に抵触するだけでなく出資法5条1項にも大幅に抵触しており極めて違法性が高い。

 

【結論】

契約書に記載されたデートの約束は金銭消費貸借契約の付随的内容であるが、上記各事実を総合的に考慮すれば、公序良俗に反すると判断した貸金契約の目的及び利息の内容は本件契約においては核心的内容であって本質的要素であるとみられる。

請求棄却

 

 性的行為を条件とした融資契約は俗に「ひととき融資」などと呼ばれていますが、このような取引については出資法や貸金業法に違反する違法行為として刑事処罰されたケースもあります。

 

 今回ご紹介した判決はお金の請求という民事の場面における判断ですが、貸主に利益を与えることの不当性は明らかであり、本判決が民事においても違法性があることを明快に判断したことには大きな意味があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2023年4月14日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

管理状態の悪い土地建物を管理するための新たな制度について(管理不全土地・建物管理制度)

 

 土地の所有者が廃棄物を放置していたり、家が倒壊のおそれがあるなど、土地や建物の管理が悪く近隣に迷惑がかかっていたり危険が生じているケースがあります。

 

 このような場合、従来は近隣住民等の利害関係人が所有者に訴えを起こすなどの方策がとられてきましたが、一時的に改善がみられても継続的な管理が見込めず元に戻ってしまったり、現場の状況に応じて柔軟な対応を取ることが難しいといった限界がありました。

 

 そこで令和3年に法律が改正され、管理状態が良くない土地や建物等について裁判所が管理命令を発し、そのための管理人を選任することを認める制度が作られました。

 

管理不全土地・建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者による管理が不適当な土地と建物のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分等によって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の9第2項、第264条の10第1項、第264条の14第2項、第264条の14第4項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られているため、所有者のその他の財産に管理権限は及びません。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される管理不全土地管理人・管理不全建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられます(改正民法第264条の10第2項)、第264条の14第4項)。

 

 また、管理人は、裁判所の許可を得て対象財産の処分をすることも可能ですが、土地建物そのものを処分する場合には所有者の同意(+裁判所の許可)が必要です(第264条の10第3項、第264条の14第4項 ※動産の処分については所有者の同意は不要です)。

 

 他方で管理人の管理処分権は管理人に専属するわけではないため、対象財産に関する訴訟については所有者自身が原告又は被告として手続を行うことになります。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・土地に設置された擁壁にひび割れや破損があり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・建物の倒壊や屋根・外壁等の脱落・飛散の恐れがあり、そのままでは被害を生じる隣地の所有者

・土地や建物にゴミが散乱しており、悪臭や害虫により被害を生じている隣地の所有者

 

なお、管理不全かつ所有者不明の土地(管理不全所有者不明土地)について、土砂の流出・崩壊その他の事象による周辺土地の災害発生や周辺地域の環境の著しい悪化を防止するため特に必要があるときは、特例として市町村長に管理人選任の申立権限が与えられます(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条3項)。

②所有者による土地建物の管理が不適当であることによって、他人の権利・法的利益が侵害され、又はそのおそれがあること

この制度の利用には、管理不全によって他人の権利等が現に侵害されているかそのおそれがあることが必要です(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

 

そして、この条件をみたすためには、登記簿や公図・各階平面図その他の図面、問題となる土地建物について適切な管理が必要な状況にあることを裏付ける資料(現場の写真等)などの提出が必要になります。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

基本的には、②の条件がみたされればこの条件もみたすことが多いように思われますが、たとえば擁壁に破損があったりゴミが散乱している場合、建物が老朽化して危険な場合などが考えられます。

 

所有者が反対していても法律上は管理命令を発令することは可能ですが、所有者が管理人による管理行為を妨害することが予想される場合には従来通り妨害排除請求権等の裁判を起こすことが適切であるとされています。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第91条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②所有者の陳述聴取

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったときや管理人が処分行為を行うときなど一定の場合には所有者の陳述を聴取しなければならないとされています(改正非訟事件手続法第91条3項、同10項)。

 

ただし、緊急の対応が必要なときなど、所有者の陳述を聴いていると目的を達成できない場合には不要です(第91条3項但書)。

③管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の9第3項、第264条の14第3項)。

 

誰を管理不全土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

 

なお、類似の制度である所有者不明土地・建物管理制度においては、対象不動産が共有のときは共有持分単位で管理人が選任されますが(改正民法第264条の2第1項、第264条の8第1項)、この制度はあくまで不動産単位で管理人が選任されます(第264条の9第1項、第264条の14第1項)。

④(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の10第2項、第264条の14第4項)。

 

また、対象財産のうち土地建物そのものを処分するときには所有者の同意も必要です(第246条の10第3項、第246条の14第4項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第91条5項、同10項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

管理不全土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の不適切な管理から生じる被害の発生や拡大を防止するために隣地所有者等が管理人を選任してもらうケースと思われますが、今後は土地建物全体について柔軟な管理行為が可能となり、解決のための選択肢の幅が広がったことになります。

 

 実際の運用上は様々な課題も出てくると思われますが、ともあれ本制度により管理人による直接の管理行為が可能となった点は意義がありますので、今後の積極的な活用に期待したいところです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所有者が不明の土地建物を管理するための新たな制度について(所有者不明土地・建物管理制度)

 

 土地建物の所有者や共有者が不明の場合、その不動産の管理や売却、取得が難しくなります。

 

 このような場合、従来は所有者等が所在不明であれば不在者財産管理人を、所有者等が死亡して相続人がいるかどうか明らかでなければ相続財産管理人を裁判所に選任してもらい、管理人が土地建物の管理や処分を行ってきました。

 

 しかし、これらの制度は対象となる土地建物だけではなく人を単位とした制度であるためカバーする範囲が広く、管理期間の長期化や申立に必要な費用(予納金)の高額化といった問題があり、また、所有者等が誰であるかまったく特定できないと利用できないなど必ずしも使い勝手の良いものではありませんでした。

 

 そこで令和3年の民法改正により、管理対象を土地建物や敷地利用権・動産などに絞りこんだ新たな管理制度が設けられ、令和5年4月1日から施行されています。

 

所有者不明土地管理制度・所有者不明建物管理制度

 

 新たにできた管理制度では、所有者(共有者)が不明の土地建物(の共有持分)のほか、敷地利用権、土地建物にある所有者(共有者)の動産、対象財産の管理や処分などによって得られた金銭が管理の対象となります(改正民法第264条の2第2項、第264条の3第1項、第264条の8第2項、同第5項)。

 

 このように、この制度では管理対象が特定の土地建物に関連する財産に限られ、行方不明者の他の財産についての調査や管理は不要であるため、管理期間の短縮化や裁判所に納める予納金等の経済的負担が軽減されることが見込まれます。

 

管理人の権限

 

 この制度によって選任される所有者不明土地管理人・所有者不明建物管理人には、対象財産の保存行為のほか、対象財産の性質を変えない範囲内での利用行為・改良行為を行う権限が与えられ(改正民法第264条の3第2項)、第264条の8第5項)、対象財産に関する訴訟については管理人自身が原告又は被告として手続を行います(不法占拠者に対する明渡請求訴訟など。第264条の4、第264条の8第5項)。

 

 また、裁判所の許可は必要ですが、対象財産を売却したり建物を解体したりすることも可能です(改正民法第263条の3第2項、第264条の8第5項 )。

 

利用の条件

 

①利害関係の存在

この制度の申立をするには申立人に利害関係があることが必要となりますが、一般的には以下のような関係があれば利害関係が認められると思われます。

 

・公共事業の実施者など不動産の利用・取得を希望する者

・共有不動産の他の共有者

 

なお、国や地方公共団体の長については、特例で所有者不明土地・建物管理人の選任について申立権限が与えられています(所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第42条2項、同5項)。

②所有者・共有者を知ることができないか、その所在を知ることができないこと

この条件をみたすには、登記簿のほか、住民票や戸籍、法人であれば商業登記簿上の事務所などを調査する必要がありますが、所有者の所在が不明な場合だけではなく、そもそも誰が所有者であるかを特定することができない場合でも利用は可能です。

③管理状況等に照らして管理の必要性があること

管理の必要性はケースバイケースですが、公共事業の実施のために不動産の取得を希望したり、行方不明者所有の建物が老朽化して危険であるため解体が必要な場合などが考えられます。

④対象が区分所有建物ではないこと

マンションなどの区分所有建物の専有部分と共用部分はこの制度の対象外となっています(建物の区分所有等に関する法律第6条第4項)。

 

手続の流れ

 

①管理命令の申立

【管轄】

対象となる土地建物の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第90条1項)

 

【収入印紙】

1,000円×申立ての対象となる土地・建物(共有持分の場合はその持分)の筆数

 

【切手】

6,000円

 

【予納金】

収入印紙・切手のほかに、管理費用や管理人報酬のための費用として、裁判所が命じる予納金を納める必要があります。

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所有者の保護のため、裁判所はこの制度の申立があったことや、異議があるときは一定期間内に届出をすべきこと、届出がないときは管理命令が発令されることを公告します(改正非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

 

この異議申出期間は1か月を下ることができないとされています(同上)。

③異議届出期間の経過

裁判所は、この異議届出期間が経過しないと管理命令を発令することができません(非訟事件手続法第90条2項、同16項)。

④管理命令の発令と管理人の選任

管理命令を発令する場合、裁判所は必ず管理人を選任しなければなりません(改正民法第264条の2第4項、第264条の8第4項)。

 

誰を所有者不明土地(建物)管理人に選任するかは裁判所が決めますが、事案に応じて弁護士や司法書士、土地家屋調査士などが選任されることが想定されます。

⑤嘱託登記

管理命令が発令されると、裁判所書記官は職権で対象不動産やその共有持分に対する管理命令の登記を嘱託します(改正非訟事件手続法第90条6項、同16項)。

⑥(処分する場合)裁判所の許可・供託・公告

管理命令の対象財産を処分する場合、管理人は裁判所から許可を得る必要があります(改正民法第264条の3第2項、第264条の8第5項)。

 

対象財産の管理や処分などによって金銭が生じた場合、管理人はその金銭を供託することができますが、供託したときはその旨を公告する必要があります(改正非訟事件手続法第90条8項、同16項)。

 

法律上は「供託することができる」とされているため供託は義務ではありませんが、不動産の売却後に金銭を預かったままでは管理業務が終了しませんので、通常は供託することになるのではないかと思います(私見)。

 

所有者不明土地建物の適切な管理や処分の促進に資する制度

 

 この制度の活用方法として想定されるのは不動産の維持管理や裁判所の許可を条件とした売却・解体であり、それ自体は従来の管理制度とさほど変わりません。

 

 もっとも、従来のような人を単位とした管理ではなく財産を単位とした管理であるため時間やコストの面で利用しやすくなると思われることから、今後、この制度の活用によって所有者不明の不動産の管理が適切になされ、また、処分の円滑化も進むのではないかと期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

所在等が不明の共有者がいる不動産を処分する新たな方法について(所在等不明共有者持分譲渡制度)

 

 不動産の名義が共有状態であり、自分以外の共有者が行方不明であるため処分することができないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を裁判所に選任してもらい、その管理人と共同して不動産を処分するといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産を処分できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分譲渡制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人との共同売却といった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産を処分できるというものです(改正民法第262条の3第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の譲渡だけではなく、不明者の共有持分を取得する制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します(その制度については後記の関連コラム参照)。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の3第4項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③所在等不明共有者以外の共有者全員が自己の持分を特定の者に全部譲渡する場合であること

この制度は、不明者以外の共有者の全員が自分の持つ共有持分の全てを特定の第三者に譲渡することを停止条件として不明者の共有持分も一緒に譲渡する権限を与えるものです。

 

そのため共有者の一部が共有持分の譲渡を拒んだ場合には、不明者の共有持分を譲渡することもできません。

④対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の3第2項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第88条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ申立人に不明者の共有持分の譲渡権限を与える旨の裁判をすることを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ譲渡権限を付与する旨の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項、同第88条2項)。

③異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと共有持分の譲渡権限を付与する裁判をすることができません。

 

所在等不明共有者が期間内に異議を出した場合は利用条件を欠くことになるため却下されます。

④時価相当額の決定と供託

時価相当額は、第三者に売却する金額などを考慮して裁判所が決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項、同第88条2項)。

⑤譲渡権限付与の裁判

供託後、裁判所が所在等不明共有者の共有持分について譲渡権限付与の裁判を行います。

 

この裁判が確定すると、申立人には他の共有者の有する共有持分をすべて譲渡することを停止条件として所在等不明共有者の共有持分を譲渡する権限が与えられることになります。

⑥2か月以内の譲渡

不動産の譲渡行為はこの裁判が効力を生じてから原則として2か月以内にしなければならず、期間を経過すると譲渡権限付与の裁判は効力を失います(改正非訟事件手続法第88条3項)。

 

ただし、裁判所はこの期間を伸長することはできます(同上)。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有状態のままでは処分の場面で問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、この制度をうまく活用できれば処分に要する費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

所在等が不明の共有者の持分を取得する新たな方法について(所在等不明共有者持分取得制度)

 

 不動産が何らかの理由によって共有状態にあり他の共有者から持分を買い取りたいものの、共有者の一部が行方不明であるため手続をとれないというご相談があります。

 

 このような場合、これまでは行方不明者の代わりとなる「不在者財産管理人」を家庭裁判所に選任してもらい、その管理人からその者の不動産の共有持分を買い取るといった方法がとられていましたが、不在者管理人を選任してもらうためには数十万円の予納金を納めなければならないなど問題があったため民法が改正され、令和5年4月1日より、管理人の選任を要さずに直接不動産の共有持分を取得できる制度が裁判所で始まりました。

 

所在等不明共有者持分取得制度

 

 新たに設けられた制度は不在者財産管理人から行方不明者の共有持分を購入するといった流れとは異なり、裁判所での裁判手続によって直接不動産の共有持分を取得できるというものです(改正民法第262条の2第1項)。

 

 なお、今回の法律改正では共有持分の取得だけではなく、不明者の共有持分と併せて不動産全体を譲渡することができる制度も新設されましたが、今回はその点の説明は割愛します。

 

利用の条件

 

①対象は不動産に限られること

不動産の共有持分に限らず、不動産を使用収益する権利が共有状態にある場合も利用することが可能です(改正民法第262条の2第5項)。

②他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないこと

この条件をみたすためには単に登記簿謄本で共有者を調査するだけでは足りず、住民票等の調査などを行って裁判所に所在等が不明であると認めてもらうことが必要です。

③対象の共有持分が相続財産のときは相続開始から10年以上超過していること

この制度は遺産分割未了の状態(遺産共有)の不動産も対象となりますが、遺産共有状態の不動産については相続開始から10年が経過していないと利用できません(改正民法第262条の2第3項)。

 

手続の流れ

 

①地方裁判所への申立

【管轄裁判所】

不動産の所在地を管轄する地方裁判所(改正非訟事件手続法第87条1項)

 

【申立手数料】

印紙1,000円×対象となる持分の数×申立人の数

 

【予納金(官報公告費用)】

原則5,489円

 

【郵便切手】

6,000円分(東京地裁の場合)

 

※東京地裁HPより

②異議届出期間等の公告

所在不明等共有者や他の共有者のため、この手続の申立てがあったことや一定期間内に異議の届出ができること、異議の届出がなければ取得の裁判をすること、申立人以外の共有者で取得を希望する者は一定期間内に届出をすることなどを公告することが必要であり、裁判所はそれらの期間が経過しなければ取得の裁判をすることができません。

 

この異議届出期間は3か月を下回ることはできないとされています(改正非訟事件手続法第87条2項)。

③登記簿上の共有者への通知

先ほどの公告をした後、裁判所は登記簿上判明している共有者に対しては個別に通知を発送しますが、この通知は登記簿上の住所や事務所宛に発送すれば足ります(改正非訟事件手続法第87条3項)。

④異議届出期間等の経過

先ほど述べたとおり、裁判所は異議届出期間等が経過しないと取得の裁判をすることができません。

 

届出期間の満了前に他の共有者が共有物分割の訴えを提起し(対象が遺産共有状態のときは遺産分割の請求があり)、かつ、所在等不明共有者者以外の共有者がこの持分取得の裁判手続について異議の届出をすると、この手続は却下されます(改正民法第262条の2第2項)。

 

また、所在等不明共有者が自ら異議を出した場合も利用条件を欠くことになるため却下されますが、所在等不明共有者からの異議については異議届出期間の満了後であっても取得の裁判が出る前であれば良いとされています。

⑤時価相当額の決定と供託

時価相当額は、裁判所が不動産鑑定士の鑑定書や固定資産税評価証明書、不動産業者の査定書などをもとに決定します。

 

その後、取得希望者は裁判所が決めた額を一定期間内に供託し、かつ、裁判所に届け出をする必要があります(改正非訟事件手続法第87条5項)。

⑥取得の裁判

供託後、裁判所が取得の裁判を行い、確定すると所在等不明共有者の持分を取得することになります。

 

なお、取得の請求をした者が2名以上ある場合、所在等不明共有者の持分は請求者の有する持分割合に按分されて移転することになります。

 

共有のスムーズな解消に資する制度

 

 不動産が共有になる理由は様々ですが、共有状態のままでは管理や処分の場面で様々な問題が出てくることがあり、代替わりによって権利者が交代した結果、何代にもわたって身動きがとれないまま不動産が放置されてしまうケースもあります。

 

 共有不動産の処分ができない状態が長く続くと共有者自身が困るだけではなく地域の安全や景観等にとって好ましくない事態を招くこともありますが、これまでは管理人の選任費用や手続負担などで共有状態の解消が進まないこともあったように思われます。

 

 この制度により不在者財産管理人を選任して折衝するといった回り道を避けられるようになり費用も節約できるようになりますので、今後はこの制度の積極的な活用によって共有状態がスムーズに解消できるケースが増えることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

飲酒運転による地方公務員の懲戒免職と退職金の不支給処分について

 

 飲酒運転に対する社会の目は非常に厳しく、昨今では民間企業か公務員かを問わず懲戒処分により職を失う例が数多く見られます。

 

 飲酒運転による懲戒解雇や懲戒免職はその処分自体の有効性についても争われることがありますが、関連する問題として、就業規則や条例上、懲戒処分による失職が退職金の不支給事由となっており、失職と連動して退職金についても不支給になったというケースがあり、今回はこのような紛争のうち地方公務員の退職金の不支給処分について取り上げたいと思います。

 

免職=不支給とは限らない

 

 地方公共団体では条例によって懲戒免職処分を受けた職員に退職金の全部又は一部を支給しないと定められていることが通例です。

 

 たとえば盛岡市においても、条例で懲戒免職処分となった者には退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定められていますが、退職金について処分を決める際はこの条例と細則である施行規則により、退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響といった事情を勘案することとされています。

 

 このように、条例では懲戒免職処分となっても退職金の全額が不支給にならないことがある旨規定されているものの、実際上は全額不支給とすることを原則とする自治体もあり、懲戒免職処分を受けた側としては当然に退職金も諦めなければならないものと考えがちです。

 

 しかし、退職金には賃金の後払い的性格や退職後の生活保障的性格もあると考えられているため、たとえ飲酒運転による懲戒免職処分が有効であっても、ただちに退職金の全額不支給まで正当化されるとは限りません。

 

 最近の裁判例でも以下のように懲戒免職処分後の退職金の不支給処分が取り消されたケースが複数存在することから、退職金の不支給処分が正当かどうかについては懲戒免職処分とは別に検討していく必要があります。

 

不支給が取り消された事例

 

長野地裁令和3年6月18日判決

実走行距離が比較的短く被害が軽微であったことや酒気帯び運転が公務の遂行に及ぼした支障の程度が重大であったとまではいえないこと、約33年8か月にわたる勤務態度が全体として特に劣っていたものではないこと、事故後直ちに事故を報告して謝罪と反省の態度を示していることなどの事情があることから、長期間にわたる勤続に対する報償や賃金の後払的性格、生活保障的性格を有する退職手当のすべてを奪ってもやむを得ないとするには均衡を欠いて重きに失するとし、退職手当の全部不支給処分は裁量権の範囲を超えるものと判断して取り消しを命じた。

 

※控訴審の東京高裁令和4年1月14日判決も原審の判断を是認。

広島地裁令和3年10月26日判決

酒気帯び運転で事故を起こしたことは非違行為の程度として重く退職手当が相応に減額されることはやむを得ないといえるが、飲酒運転になることを確定的に認識しながら意図的に運転に及んだとまではいえず悪質とまでは言い難いこと、勤続31年の間に懲戒処分を受けたことはなく勤務成績は良好であり、公務に対する貢献の度合いは相応に高かったこと、釈放後可及的速やかに被害者に謝罪して保険会社を通じ損害を填補する手筈を整え、所属先の事情聴取にも直ちに応じて免職処分を受けることも受け入れ一貫して反省の態度を示していることなどを指摘し、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるとまで評価できないとして、退職手当の不支給処分はは裁量権の範囲を逸脱・濫用したものとして取り消しを命じた。

福岡高裁令和3年10月15日判決

免職処分を受けて退職するまで懲戒処分を受けることなく長年勤務を続けてきたことや本件非違行為が酒気帯び運転の中で特段に悪質性が高いとはいえないこと等の事情を考慮すれば長年の貢献が無になったとまではいえないこと、処分を受けた本人が当時57歳であって再就職は必ずしも容易でないと考えられることも考慮すると退職手当を全く受け取れないことによる生活への影響は大きいものと考えられること等から、退職手当の不支給処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといえるとし、処分の取り消しを命じた。 

 

 過去の裁判例をみると退職金の不支給処分が裁量権の濫用となるかどうかは退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響などの各事情を個別に検討する必要があることが分かります。

 

 もっとも、上記長野地裁判決によると、不支給処分が裁量を逸脱ないし濫用したかどうかは、非違行為がこれまでの勤続に対する報償をなくし退職手当の賃金の後払的性格や生活保障的性格を奪ってもやむを得ないといえるかという観点から慎重に検討するのが相当としており、実際に不支給処分が取り消されている事例もあるため事情次第では不支給処分について争う余地はあるといえます。

 

 懲戒免職処分に伴う退職金の不支給処分に関する紛争は行政機関を相手方とするため審査請求や取消訴訟など手続面でも複雑になりがちですので、不服申立を検討しているときは弁護士への相談を推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

任意整理に失敗した場合の対応について

 

最近、任意整理(=債権者と分割払いの示談交渉を行う債務整理の方法)にチャレンジしたものの、依頼先の法律事務所や司法書士事務所に費用が払えず途中で辞任されてしまったり、和解が成立してもその後の支払いが続かないというケースが見られます。

 

このような場合、そのまま放置してしまうと債権者から裁判を起こされたり給与の差押えを受けるなど事態を悪化させてしまうことがありますので、今回は任意整理に失敗したと感じた場合の一般的な対応についてお話しします。

 

 

費用が払えず事件処理の途中で辞任されてしまった場合

任意整理を開始して受任通知を発送したことによって、通常、債権者は一括請求できる状態になっていますので、前任者が辞任すると督促が再開されたり、早期に訴訟を起こされるリスクが高くなっています。

 

したがって、この場合は早急に別の弁護士を探して相談に行くことが重要です(実際、辞任後の短期間で裁判を起こされ、給与も差し押えられてしまったという相談はよくあります)。

 

もし自分で代わりの弁護士を見つけられない場合は、最寄りの弁護士会や都道府県・市町村の多重債務相談の窓口などを検索すると見つかりやすいと思います。

 

なお、相談者のなかには、費用の分割払いができず辞任されたことに負い目に感じ、再相談そのものをためらったという方もいます。

 

しかし、よくお話を聞いてみると、そもそも払えなくなった理由が前任事務所の設定した支払金額が高すぎたためであるというケースもあり、そのような場合、無理のない金額を設定して分割払いでご依頼を受けられるケースは多くありますので、その点はあまり心配しなくても良いと思います。

 

和解後に支払いが頓挫した場合

任意整理を依頼した事務所にそのまま相談に乗ってもらえるようであればそちらに再相談し、方針変更を含めて善後策を講じることが近道です。

 

もっとも、インターネット経由で遠方の依頼者の任意整理を扱う事務所の中には、残念ながら相談者の居住地に事務所がないといった理由で自己破産などの法的手続まで対応していないところもあるようですから、任意整理を遠方の事務所に依頼した場合は近場の別事務所に相談に行った方が良いケースもあるかと思います。

 

このような場合も、ネット経由で近場の事務所を探す方法のほか、先ほど述べたように最寄りの弁護士会や都道府県・市町村の相談窓口などに問い合わせしてみることが選択肢に入るかと思います。

 

任意整理に失敗する原因はいくつもありますが、前任者に辞任されたケースの中には支払能力についてきちんと考慮されたのか疑問に思われるものもあり、本来は任意整理ではなく自己破産や個人再生が適していたのではないかと感じることもままあります。

 

いずれにせよ、債務整理は場面ごとにスピーディーに対応する必要がありますので、一度失敗したからといって諦めて放置することなく、早めに相談されることを推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

一人株主が自分の経営する会社の利益を内部留保した場合、養育費の計算でその利益は収入とみなされるか?

 

 養育費の計算において役員報酬は給与収入と同視して扱われますが、一口に会社役員といっても立場は様々であり、ある程度規模の大きい会社の取締役の一人に過ぎない場合もあれば、小規模な会社の唯一の株主(=一人株主)兼代表者といったケースもあります。

 

 小規模な会社の代表者のようなケースでは、その年の業績によって役員報酬が大きく変動していたり、養育費を少なくするためあえて役員報酬を減額したことが疑われるケースもあるため、そのようなときは複数年の役員報酬の平均値を参考にしたり統計(賃金センサス)を利用して収入を認定するという方法をとることがありますが、それに似たような問題として、経営者がいわゆる一人株主であり会社経営によって生じた利益を会社に貯めている場合に(内部留保)、その利益を養育費の計算において株主である本人の収入として扱うことができるかが争われることがあります。

 

 要するにこれは、個人である一人株主兼役員と、本来は別の権利義務主体である会社(法人)とを一体視することができるのかという問題ですが、今回はこの点について判断した近時の裁判例(東京高裁令和4年5月24日決定)を紹介します。

 

東京高裁令和4年5月24日決定

 

 上記裁判例は、「一人会社であっても、法人格が形骸化し又は濫用されている場合でない限り、人格の異なる会社の内部留保を株主が自由に使用できるわけではないから、直ちに株主個人の収入と同視することはできない。」と判断しており、基本的には会社に内部留保された利益を株主の収入と同視することはできないとしつつも、法人格が形骸化又は濫用されている場合には例外的に会社の内部留保を株主本人の収入と同視することができるとしています。

 

 もっとも、このケースの結論としては、裁判所は、①会社には複数の取締役と40名以上の従業員がいること(=形骸化を否定する方向の事情)、②近い時期の決算期において資産と負債を比較した場合にマイナスとなっており、会社の中核事業について新型コロナウイルス感染症の感染拡大により経営が悪化した同業者もあることから内部留保を最大化させて早期の債務圧縮を目指すことは会社存続のための一つの合理的な経営判断といえる(=濫用を否定する方向の事情)と指摘し、本件では法人格を否認して内部留保を個人の収入と同視すべき事情はないと判断しています。

 

 上記裁判例は、いわゆる「法人格否認の法理」と呼ばれる理論を養育費の算定の場面において適用したものであり、この裁判例の判断枠組みを前提とすると、法人格が形骸化していたり(法人格はあるが、経営実態は個人事業であるケース)、一人株主が法人格を濫用している場合(会社経営を支配できる立場にあることを背景に、会社への内部留保が違法または不正な目的のために行われたケース)でなければ、会社の内部留保を株主本人の収入と扱うことはできないということになります。

 

 法人格が形骸化しているかどうか、あるいは法人格が濫用されているかどうかは結局のところ具体的な事実関係次第というほかはありませんが、たとえば、法人とは名ばかりで実際には業務・資産・会計が混同しており、株主総会や取締役会など会社の事業運営上の手続も無視しているようなケースであったり、会社の経営状況が好調で多額の内部留保をしておく必要がないのに、離婚問題が持ち上がってから突然多額の内部留保を積み上げはじめ、その代わり(他の役員がいる場合には他の役員の報酬はそのままにしながら自分だけ)役員報酬を減らしているようなケースであれば、会社が内部留保した直近の利益を個人の収入とみなして養育費の算定をしてもらえる可能性があると思われます。

 

 会社の内部留保を収入と同視できる場合、その額によっては養育費が大きく変わる可能性もありますので、当事者のいずれかが一人会社の株主である場合にはそのような例外的な事情がないか注意する必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮