不動産の無償使用は特別受益に該当する?

 

遺産分割の対象財産の中に不動産がある場合、特定の相続人が不動産を無償で使用しているということが良く見られます。

 

遺産分割では生計の資本としての贈与は「特別受益」にあたり、持ち戻し免除の意思表示が認められなければ特別受益は相続開始時の遺産に持ち戻して具体的相続分を計算することになりますが、不動産を使用していなかった相続人からすると特定の相続人による不動産の無償使用は不公平に思えるため、遺産分割の交渉や調停などの場面においてそれを何らかの形で特別受益として持ち戻しすべきという主張が出てくることがあります。

 

そこで今回は、そのような不動産の無償使用と特別受益の関係についてお話したいと思います。

 

建物を無償で使用していた場合

まず、相続人の一部が被相続人名義の建物に無償で居住しているケースですが、その相続人と被相続人が同居しているかどうかにかかわらず、建物の無償使用は特別受益に該当しないと考えられています。

 

被相続人と相続人が同居している場合、相続人は補助者にすぎず独立の居住権原はないと考えられることや、被相続人が別のところに住んでいて相続人やその家族だけがその建物に住んでいる場合でも、それは恩恵的なものにすぎず、第三者に対抗し得るものでもなく財産的価値があるとはいえないことなどが理由とされています。

 

土地を無償で使用していた場合

特定の相続人が被相続人の所有する土地の上に建物を建築し、被相続人の土地を無償で使用しているパターンがこれにあたります。

 

この場合、建物所有者である相続人は土地を無償で使用する権利(=使用借権)を被相続人から得ている一方、遺産である土地の価値はその分減少したものと評価され、原則として土地の更地価格の一部(概ね1割から3割程度までと言われることが多い。)が特別受益とされます。

 

もっとも、このようなケースでは最終的に建物所有者である相続人がそのまま土地を取得する場合が多く、その場合、その相続人は使用借権の負担のないまっさらな土地を取得することになるため、わざわざ土地を減額評価したうえで使用借権(減価分)を別途特別受益として加算するという処理をすることなくそのまま更地で評価・処理すれば足り、結果的には特別受益を問題とする必要がなかったというケースもあると思われます。

 

このように考えると、建物所有者である相続人が敷地をそのまま取得する典型的なケースでは土地の無償使用について特別受益を考える意味はなさそうにも思えますが、上記のとおり使用借権の設定された土地は更地で評価する場合と比べて減額されるため遺産総額が少なくなることから、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしていると、建物所有者である相続人は土地の使用借権を遺産に持ち戻す必要がなくなる結果、代償金の支払額や他の遺産の取得額が変わる可能性が生じることになりますので、そのような場合に議論する実益があります。

 

なお、土地を使用していない他の相続人からは、土地の無償使用については特別受益を使用借権(=更地価格の一部)で評価するのではなく、地代相当額×使用期間で評価すべきとの主張がなされることもありますが、特別受益は前渡しによって減少した遺産を戻す制度であり、地代は遺産である土地の価値とは直接関連しない、被相続人が地代相当の経済的利益を遺産の前渡しとして与える意思があったとまではできないなどといった理由から否定されるのが通常と思われます。

 

まとめ

冒頭でも述べたように相続人の一部が不動産を無償使用しているケースはよく見られ、遺産分割協議や調停等でも問題となることが多い類型のひとつですが、そういった主張が必ずしも具体的な取り分に反映されない場合もあり、感覚的な部分との間にずれが生じやすいところです。

 

今回説明したような理屈をもとに丁寧に対応することは無用な紛争の発生や事件の長期化などを防止するうえで有効と思われますので、この点が問題となるときは話し合いを始める前か初期の段階で弁護士へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

2026年3月16日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

相続人ではない孫への贈与は特別受益に該当する?

 

遺産分割において具体的相続分を計算したり遺留分侵害額請求において侵害額の計算をする際、相続人以外の者に対する贈与を相続人の特別受益として持ち戻して計算すべきかどうかが問題となることがありますが、相続人以外の者に対する贈与が問題となる典型的なケースの一つとして孫に対する贈与があります。

 

原則として特別受益に該当しないが、例外もある

特別受益は相続人間の公平を図るための制度であることから、相続人ではない孫に対する贈与は原則として特別受益には該当しませんが、例外的にそれが実質的にみて相続人に対する贈与と同視できる場合には特別受益として扱うという考え方が一般的と思われます。

 

近時の裁判例でも、被相続人が、相続人ではない大学生の孫に大学の授業料と下宿代として4年間で約514万円の贈与をしたことが親である相続人の特別受益に該当するかどうか、すなわち、遺留分の計算においてそれを持ち戻すべきかどうか争われたケースがありますが、裁判所は、実質的にみて相続人に対する贈与に当たると評価するに足りる事情が認められない限りは特別受益には当たらないとしたうえで、本件の贈与は孫に対する扶養義務の履行の一部ともみることができ直ちに相続人に対する贈与の実質があるとは評価できず、また、証拠上もそのように評価するに足りる事情はないとして持ち戻しを否定しています(東京地裁令和7年8月28日判決)。

 

上記裁判例では結論として特別受益にはあたらないとされましたが、孫に対する贈与を親である相続人に対する贈与と同視できるかどうかは事実認定の問題であり、贈与対象者の年齢、贈与の目的や意図、贈与物が何か(金銭か否か)、お金であればその資金の実際の流れ、贈与に対する孫自身の認識の程度などの様々な事情を考慮することになりますから、たとえば孫の年齢が低かったり、贈与物が金銭以外のもので受贈者による複雑な財産管理が必要な場合など(例えば収益不動産など)のようなときは、例外的に親への贈与と同視すべきではないか慎重に検討すべきケースもあると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

K弁護士の事件ファイル⑥ ~フルマラソン挑戦編~

 

ランニングを始めたきっかけ

平成27年10月、岩手弁護士会野球部は奇跡的に日弁連野球全国大会を勝ち進み、決勝戦で過去34回中23回優勝、2連覇中の東京弁護士会チームと対戦することになった。

 

勢いに乗るチャガーズは、先制された直後に同点に追いつくなど、4回まで1対2と互角に近い闘いを繰り広げたが、ガソリンが切れた5回表に1イニングで一挙11点を奪われ、最終的に1対15という無残な大敗を喫してしまった。

 

反省会において、「東京との差を埋めるためには、2日間で3試合を元気な状態で闘い抜くだけの体力をつけることが不可欠である」「皆でランニングを始めよう」という決議がなされ、ジョグノートというアプリでランニング記録を共有することになった。

 

最初は多くのメンバーがこのアプリを利用したが、全国準優勝で燃え尽き気味となってしまい、以後野球の成績は下降線をたどり続け、それに伴ってジョグノートに入力するメンバーも減っていき、最終的には5人だけになってしまった。

 

野球熱が下火になる一方で、ジョグノートメンバーのマラソン熱が上がるようになり、平成28年4月にはみんなで「イーハトーブ花巻ハーフマラソン」に参加することになった。当時K弁護士は週1回5~10キロ程度の練習量だったため、「自分の実力に見合わない大会に出場するべからず」という家訓第37条に従い、ハーフマラソンではなく10キロの部に出場することとした。

 

しかしながら、「ハーフマラソン」という名前の大会に出場しながら、「自分は10キロの部に出たんだけどね」といちいち説明するが面倒だと気付いたため、K弁護士は「大会名と異なる部門にエントリーするべからず」との家訓第95条を新たに定め、徐々にトレーニングの量を増やし、翌年からはハーフマラソンの部に出場することとした。

 

K弁護士のマラソン大会成績の推移(いずれもスタートからゴールまでのネットタイム)

1 平成23年7月 焼け走り(10キロ)

 1時間1分21秒

 

実は、まだトレーニングを始めていなかった頃に、高校同期メンバーで焼け走りマラソンに参加したことがあった。前半はひたすら下り坂、後半はひたすら上り坂という極端なコースで、調子に乗りやすい性格のK弁護士は、前半下り坂を調子に乗って飛ばし過ぎ、後半の上り坂で地獄の苦しみを味わうという、とても分かりやすい失敗を犯していた。

 

2 平成28年4月 イーハトーブ花巻(10キロ) 

 57分57秒

 

3 平成29年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間22分55秒

 

4 平成30年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間21分51秒

 

初ハーフから1年間でわずかに1分しかタイムを縮めることができなかったため、「このままでは一生フルマラソンにはたどり着けないのではないか」との考えがK弁護士の頭の中をよぎった。それでも、常日頃から「死ぬときはドブの中でも前のめりに死にたい」と考えているK弁護士は、次の瞬間には気持ちを切り替えてフルマラソンへの挑戦を決意し、半年後に開催される北上マラソンにエントリーした。

 

5 平成30年10月 北上(フル) 

   中止

 

K弁護士は、週1の練習ペースは増やせなかったものの、1回あたりの距離を15~20キロに伸ばして順調に練習を重ねていた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツなので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、北上マラソンは台風接近のため大会3日前に中止となってしまったのである。この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、すぐに気持ちを切り替えて直近でエントリー可能な大会を検索し、11月に開催される「府中多摩川ハーフマラソン」への参加を決断した。

 

6 平成30年11月 府中多摩川(ハーフ) 

 2時間2分33秒

 

K弁護士は、府中多摩川ハーフを2時間2分33秒のタイムで完走し、4月の花巻から20分近くタイムを縮めることに成功した。フルマラソン挑戦に向けた努力が無駄ではなかったことが分かり、K弁護士は満を持して平成31年2月の「いわきサンシャインマラソン(フル)」にエントリーした。

 

7 平成31年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

府中マラソンで確かな手応えをつかんだK弁護士は、その後も順調に練習を重ねた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツであり、2月は台風の時期でもなかったので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、いわきサンシャインマラソンは直前に積もった雪のため大会2日前に中止となってしまったのである。

 

この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、前回よりも1日余分に大会に向けた練習ができたと前向きにとらえることとし、4月の花巻ハーフ、5月の奥州きらめきマラソン(フル)に向けて気持ちを切り替えた。

 

8 平成31年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間57分24秒

 

ところが、中止の決定を聞いた翌日にランニングをしていたK弁護士は、途中で左膝が抜けるような違和感を覚えた。いわゆる「ランナー膝」という症状が出てしまったもので、この日からK弁護士の暗黒時代が始まった。膝の痛みから思うように練習ができなくなり、4月の花巻ハーフマラソンでは、右膝を庇って走るうちに右太腿にまで痛みが生じ、後半はほぼ全て歩くような状態で何とか完走(歩)したものの、2時間57分24秒という初ハーフのタイムより30分以上も遅れるワースト記録を打ち立ててしまった。

 

9 令和元年5月 奥州きらめき(フル) 

 リタイア

 

K弁護士は、約1ヶ月後の奥州きらめきマラソン(フル)に出場するかどうか迷ったが、なるべく足を休めて本番に備えるという作戦をとり、強行出場することを決意した。K弁護士は、従前キロ6分程度のペースで走っていたが、この日はキロ8分ペースで走ることとし、序盤から我慢のレースを繰り広げた。

 

10キロを経過した段階であまり膝が痛くなかったため、キロ6分台にペースを上げて気持ちよく走り始めた。折り返し地点まで順調に走ることができたため、K弁護士はこのままのペースでゴールできるものと信じて疑わなかった。ところが、フルマラソンはそんなに甘くはなかったのである。

 

折り返し後、K弁護士の足は徐々に重くなり、次第に左膝が動かなくなったため、22キロ以降は左足を引きずりながら歩き始めた。その後、徐々に歩くことさえままならなくなり、道端でしばらく休むということを繰り返しながら何とか歩き続けたが、25キロ付近で道端に座り込んだ際に突然両足が痙攣し始め、痛みでのたうち回っていたところ、たまたま救護車が通りかかり、無念のリタイアとなってしまった。

 

一緒に参加したメンバーは見事に完走したため、打ち上げの席では「30キロ以降の大変さ」「向かい風の厳しさ」というK弁護士が未体験の部分で盛り上がる他の2人の話を聞きながら、10月の盛岡シティマラソンで必ずリベンジすることを固く誓ったのであった。

 

K弁護士は、膝の痛みを何とかしなければならないと考え、妻の部活の後輩でもあるコンディショニングの先生から身体のケアを学ぶこととした。先生によると、膝そのものではなく、太腿等膝の周りの筋肉が固くなっていることが痛みの原因ではないかとのことで、膝の周りの筋肉をほぐす指導をうけた。

 

K弁護士は、6月から平日2日7キロ程度、週末1日10~15キロ程度のランニングをすることとし、コツコツと練習を続けた。ジョグノートでは、友達の誰がどれだけ練習をしたのかが分かり、また、友達の練習記録にコメントを入れることができるので、5人で切磋琢磨する良い雰囲気が形成されていた(ラグビー日本代表ばりのワンチーム)。

 

10 令和元年8月 遠野じんぎすかん(ハーフ) 

  1時間56分10秒

 

8月には遠野じんぎすかんマラソン(ハーフ)に出場した。K弁護士は、密かに友人H弁護士をペースメーカーとし、H弁護士の後ろ姿を見失わないよう必死で走ったところ、何と1時間56分10秒と府中の記録6分以上更新する予想外の成果を上げることができた。

 

11 令和元年10月 盛岡シティ(フル) 

  4時間24分07秒

 

令和元年10月25日、いよいよ盛岡シティマラソン当日である。

 

マラソン大会では、通常持ちタイムに応じてスタート位置が指定されることになっており、完走経験のないK弁護士は一番後ろのEブロックからスタートすることになった。スタート地点の岩手大学構内は道幅があまり広くなかったため、号砲が鳴ってからしばらくはほとんど前に進むことができず、K弁護士がスタート地点を通過した段階で既に11分28秒が経過していた(マラソンの公式記録は号砲からゴールまでのグロスタイムで、スタートからゴールまでのネットタイムとの差がこれだけあったということである)。

 

それでも、母校盛岡一高応援団の応援を背にスタートすることができ、スタート地点通過までのモヤモヤが一気に吹き飛んで、K弁護士のテンションはいきなりマックス状態となった。今から思うと無駄な動きであったが、遅いランナーをかき分けるように大きく蛇行しながらペースを上げ、盛岡市役所前に到達する頃にはようやく通常どおりのペースで走ることができるようになった。

 

K弁護士のランニングコースである盛岡八幡宮前を通過し、明治橋手前から御厩橋方向へ進み、盛南大橋を渡り、ゴール地点である盛岡中央公園横を通過し、太田橋袂から御所湖方面へ向けてひたすら走り続けた。これまでに参加したマラソン大会に比べると、コースの大部分が日頃良く知っている道であるため、ある程度先を見通すことができて気持ち的には楽に走ることができた。

 

 最大の難所は30キロ地点御所湖手前の上り坂であったが、K弁護士は数週間前に1度だけ試走して感覚をつかんでいたため、この難所も無難にクリアすることができた。

 

K弁護士は、35キロ過ぎで少し歩いてしまったが、40キロ手前の給水所でボランティアをしていた中学・高校時代の友人から声援を受けて気持ちを持ち直し、ラスト100メートルでは次の大会につなげるために最後の力を振り絞って猛ダッシュし、遂にフルマラソン完走を達成した。ゴール地点で待機してくれていた事務所の事務員さんは、雄叫びを上げながらゴールするK弁護士にビビってしまい、ゴールの瞬間を撮影することができなかったとのことであった。

 

12 令和2年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

13 令和2年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

   中止

 

14 令和2年5月 奥州きらめき(フル) 

   中止

 

15 令和2年10月 盛岡シティ(フル) 

   中止

 

K弁護士は、大会3日後から練習を再開し、徐々に平日2日8キロ、週末1日ハーフまで距離を伸ばし、順調に練習を重ねていた。ところが、新型コロナウィルスの影響により、令和2年にエントリーした大会は軒並み中止となってしまっている。フルマラソンは1勝7敗(うち不戦敗6)という酷い成績になっており、一刻も早く挽回しなければならない。

 

 新型コロナウィルスはいまだ終息が見通せない状況であるが、K弁護士は次の機会を目指して淡々と練習を積み重ねている。令和元年6月以降平日2回のランニングを追加した結果、体重は現在80キロ前後まで減っており、食べようと思えば毎日でもスキヤキを食べられる状態になっている。その一方で、川上・吉江法律事務所には「体重90キロ以上の者のみが事務所名に名前を冠することができる」との不文律があるため、「吉江法律事務所」への変更を求められている状況である(既得権を主張し、何とか踏みとどまっている)。

 

K弁護士の当面の目標は、フルマラソンでサブ4(4時間切り)を達成することであるが、将来的には(現状ではキロ1分以上差を付けられている)友人T弁護士に1度は勝ちたいと考えており、逆転のための秘策を日々探求中である。

 

注:岩手弁護士会会報20号(2022年8月)に寄稿したものを修正したものです。

 

2026年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

接触禁止条項に違反した場合の違約金の額を制限したケース

 

これまでも何度かご紹介したとおり、不貞行為が発覚した場合に不貞相手にその後の配偶者との接触を禁止し(接触禁止条項)、これに違反した場合には一定額の違約金を支払うことを誓約させることがあります(違約金条項)。

 

違約金条項には、①接触行為1回ごとにいくら払うと定めてこれを積み上げていくパターンのほか、②①のように接触行為ごとに発生するとするのではなく、接触行為によって高額の違約金が発生すると定めるパターンがあります。

 

このうち①については、違約金条項が夫婦関係の修復を目的としたものであるため、夫婦関係が破綻した後の接触行為に対しては違約金が発生しないという裁判例が存在するところですが、今回は②のような高額な違約金を設定した場合に、その一部が無効と判断された裁判例を紹介します。

 

東京地裁令和5年9月11日判決

【違約金条項】

接触禁止条項に違反した場合は500万円を支払う。

 

【要旨】

・違約金は損害賠償額の予定と推定されるから(民法420条3項)、本件接触禁止条項が保護する原告の利益の損害賠償の性格を有する限りで合理性を有し、著しく合理性を欠く部分は公序良俗に反する。

 

・本件接触禁止条項は接触を禁止することにより婚姻関係を修復する目的を有していた。

 

・500万円という金額は不貞行為に及んだ場合に一般に認められる慰謝料額と比較すると過大と評価せざるを得ず、自ら誓約書に住所を記載して署名捺印したという事情があるとしてもその内容に客観的な合理性は認められない。

 

・本件接触禁止条項に違反して接触した場合の慰謝料額として合理性を有する金額は履行確保の目的が大きかったことを最大限考慮しても150万円が相当。

 

違約金の合意が公序良俗違反を理由として(一部)無効になり得ることは過去の裁判例でもいくつかみられるところですが、この裁判例では接触禁止条項の目的や不貞行為に基づく慰謝料との均衡を考慮し、公序良俗に違反するかどうかのライン(上限)を設定しています。

 

違約金は高額すぎても問題ですが、逆に低すぎても抑止力として不十分であり夫婦関係の修復という接触禁止条項の目的に反することになります。実際のケースにおいてどの程度の額が上限となるかは不貞行為の態様や期間、発覚後の相手方の対応なども影響してくるのではないかと思われ、裁判官の価値観によって判断に幅が出てきそうなところではありますが、接触禁止条項と違約金条項も万能ではないことを示す一例としてご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2025年7月11日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺言書の探し方

 

相続のご相談で、亡くなった親が遺言を作成していたかどうか調べたいというご質問を受けることががあります。

 

遺言を作成する場合、遺言をした方は関係者に遺言の存在を明かしていることも多いところですが、中には家族との関係を気にして生前に遺言の所在や内容を明確にしないまま亡くなってしまい、残された相続人が困るケースもあります。

 

公正証書遺言

 

平成元年以降に作成された遺言公正証書については遺言検索システムで管理されているため、公証役場で遺言公正証書の有無を検索することが可能ですが、この制度を利用する場合、①遺言者の除籍謄本等ご本人が死亡した事実を証明する書類、②相続人の戸籍謄本、③本人確認書類、を提出することになります(検索そのものについては費用はかかりません)。

 

この検索システムを利用した場合、公証役場から遺言検索照会結果通知書(遺言検索システム照会結果通知書)が発行され、これに遺言公正証書の有無が記載されます。

 

ただし、最寄りの公証役場で検索できるのは遺言公正証書の有無と保管先の公証役場などの基本的な情報にとどまりますので、遺言の内容を確認するには、別途、遺言を作成した公証役場に遺言公正証書のコピー(謄本)を申請する必要があります。

 

自筆証書遺言

 

令和2年から自筆証書遺言保管制度が始まったことにより遺言保管所(法務局)において自筆証書遺言の保管の有無などを確認することが可能となり、申請すると保管の事実の有無が記載された遺言書保管事実証明書が発行されます。

 

こちらの請求についても遺言者の死亡の事実を証明する書類の提出が必要ですが、それ以外にも請求者の住民票や相続人の戸籍謄本等の本人確認書類が求められるほか、手数料として800円分の収入印紙や、郵便で受け取るときは返信用封筒と切手が必要となります。

 

自筆証書遺言が遺言保管所に保管されている場合には、別途、遺言書情報証明書の交付請求を行うことで遺言書の内容を確認することができますが、遺言書保管制度によって保管された自筆証書遺言については家庭裁判所での検認手続が不要となります。

 

他方、遺言保管所に保管されていない自筆証書遺言書については、残念ながらこれといった決定的な探し方はありませんので、これまでどおり故人の自宅を捜索したり取引先の金融機関に貸金庫の有無を確認するなど地道な捜索活動が必要となります。

 

 

遺言は被相続人の最後の意思ですので、せっかく作成した遺言が行方不明になってしまわないよう、遺言の存在については慎重に調査していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2025年2月18日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用や養育費の不払いによる給与の差し押さえを取り消してもらうことはできるか?

 

婚姻費用や養育費を公正証書や裁判所で取り決めた場合、約束を破ると給与の差し押さえを受けることがありますが、その際、過去の滞納分だけではなく、将来分についてもあらかじめ差し押さえの手続きをとることができます(民事執行法第151条の2)。

 

このような差し押さえが可能とされているのは婚姻費用や養育費などが生活の維持に不可欠な権利であるためですが、将来分の差し押さえは義務者にとっても負担が大きいことから、これを取り消してもらうことができるかが今回のテーマです。

 

手段はあるがハードルは高い

 

方法としてまず考えられるのは、滞納分を速やかに支払ったうえで差し押さえをした権利者に差し押さえを取り下げてもらうよう依頼することですが、過去に滞納したからこそ差し押さえに至っている以上、権利者側から取り下げを拒絶されることもあります。

 

次に、民事執行法第153条では「執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。」との定めがあるため、この条文を根拠にして差し押さえの取り消しの申し立てをすることが考えられます。

 

もっとも、この点に関連する以下のような裁判例を見る限り、一度給与の差し押さえを受けると取り消してもらうことには相当なハードルがあります。

 

 

東京地裁平成25年10月9日決定

①差押命令の発令後、義務者は支払期限の到来していた養育費等を一括して支払い、その後も期限が到来した養育費を送金した。

 

②義務者が代理人に対して期限未到来分を含めた養育費全額相当額を預託し、権利者に期限未到来分も含めた養育費全額を直ちに支払うことを提案し、それを養育費の支払いに充てる旨を代理人とともに誓約した。

①②の事情から、客観的に養育費の任意履行が見込まれる状況にあり、差押命令発令時点で養育費支払義務の一部不履行があったことによる予備的差押えの必要性は現時点では失われたというべきと判断し、将来分のよる差し押えを取り消した。

東京地裁令和5年7月27日決定

「差押えがされた後において、任意履行の見込みがあることを理由として差押えを取り消すためには、債務者が任意履行の意思を表明しているというだけでは足りず、客観的にも将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情が必要」

義務者は過去の滞納分を支払い、今後の婚姻費用については毎月必ず遅れずに支払うことを誓約する旨の裁判所宛の誓約書を作成して提出したが、それを踏まえてもなお、「客観的に将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情は見当たらない」として取り消しの申立を却下。

※東京高裁令和5年10月31日付決定も原審の判断を維持。

 

以上の裁判例では、民事執行法第153条1項によって将来履行期が到来する部分に関する給与の差し押さえを取り消すには客観的にみて今後の履行が見込まれる事情が必要であるとされています。

 

取り消しが認められた平成25年の審判例では将来の養育費相当額の全額を代理人に預託したうえで支払いを誓約している点に特徴があり、取り消しが認められなかった令和5年の審判例では誓約書を提出しただけでは客観的に履行が見込まれるとはいえないとされています。

 

今回紹介した裁判例では具体的にどの程度の準備をすれば足りるのかまでは明確に判断していませんが、いずれにしても単に将来の支払いを約束した程度では取り消しを認めてもらうのは難しそうです。

 

このように婚姻費用や養育費の滞納によって給与の差し押さえがなされてしまうと、たとえその後に支払いを約束しても差し押さえを取り消してもらうのは容易ではありませんので、一度取り決めをしたらくれぐれも不払いがないように気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用の計算において、暗号資産の売却等で得た額と取得額との差額は収入にあたらないと判断されたケース

 

 婚姻費用についてはお互いの収入や子どもの人数・年齢などをもとに算定する標準算定方式が浸透していますが、一口に収入といってもどこまでのものを収入に含めるかは必ずしも明確でないこともあり、実際に取り決めをする際にはお互いの収入額がいくらかを巡って争いになることがあります。

 

 婚姻費用の計算に含めるべきかどうかという点について比較的問題になりやすいのは、結婚前から保有していたり相続した不動産からの賃料収入や株式配当金などですが、今回は義務者が保有していた暗号資産の売却等をしていたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

福岡高裁令和5年2月6日決定

 

 このケースは、婚姻費用の支払義務者が暗号資産を売却したり他の暗号資産に変換したところ、売却等によって得た額と取得原価との差額は婚姻費用の計算において収入とみるべきであると権利者が主張したものです。

 

 しかし、この権利者の主張に対し、裁判所は以下のような理由を述べて本件では売却等と取得原価との差額は収入としては扱わないと判断しました。

 

 

①義務者が暗号資産の売却又は他の暗号資産への変換により継続的に収益を得ていたとは認められないこと

 

②売却等は実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎないこと

 

 

 本裁判例の論理からすると、暗号資産の処分によって継続的に収入を得ていたと評価できるときはそれを婚姻費用の計算において収入と扱える余地がありそうです(①)。

 

 他方、夫婦共有財産である暗号資産を単に現金化したり他の暗号資産に変換したにすぎない場合はダメという点(②)ですが、このケースでは暗号資産以外にも義務者が加入している従業員持株会からの配当金の取り扱いが問題となり、裁判所はそれがさらなる自社株購入の原資とされていて生活費の原資にはなっていなかったことから収入にあたらないと判断しているため、実際に婚姻生活の原資として使用されていたことを必要とする趣旨ではないかと思われます。

 

 特定の高裁での事例判断であるため他の裁判所でも同じ結論になるとは限りませんが、婚姻生活の原資として実際に使用されていた場合に限って収入としてみるという考え方は類似のケースでもみられるところであり(特有財産からの配当金や不動産所得に関する大阪高裁平成30年7月12日決定、賃料収入に関する東京高裁昭和57年7月26日決定)、同種事例では参考になりそうですのでご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

K弁護士の事件ファイル⑤ ~無理な願掛けはやめよう~

 

受験等大きな挑戦をする際に行われる「願掛け」のうち、最もポピュラーなのはお百度参りであろうか。

 

K弁護士も、一高の合格ラインまで2割程得点が足りないと宣告され、中3の11月頃から毎朝盛岡八幡宮まで往復4キロの「お百度走り」をしたことがあった。他にも、目標を達成するまで一番好きな食べ物を絶つという「願掛け」もある。

 

K弁護士は、平成11年4月に結婚し、新婚旅行では行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、体重が自己最高の93キロまで増加した。K弁護士は、一番の好物であったスキヤキを絶つことを決意し、妻との間で家訓第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」を定めた(法学部志望3年生の皆さん、ここまでは知っていますよね)。

 

ところが、K弁護士は「太った状態でランニングをすると膝を痛める」との理由でランニングを選択肢から外し、「腹が減っては戦ができぬ」との理由で食事制限も選択肢から外したため、全く打つ手のない状態が続いた。更に、「飲んだ後はラーメンで締める」という日本の伝統文化を重んじるあまり、体重は増加の一途をたどり、ピーク時には98キロを記録するまでになっていた。

 

そんな時に、新聞の折り込みチラシで「寝るだけで痩せる」という「ダイエット枕」(1万3千円位)を見つけ、藁にもすがる思いで購入したこともあった(ちなみに、購入してしばらくすると「ダイエットサンダル」「ダイエットクリーム」「ダイエットサウナスーツ」等次々に魅力的なダイレクトメールが届くことになった。K弁護士、大学生の時から全く成長していない?)。

 

家訓制定から10年が経過し、この間に生まれた2人の娘たちは「スキヤキを知らない子供たち」状態であった。娘たちがあまりに不憫だとの思いから一念発起したK弁護士は、「低炭水化物ダイエット」(朝晩は基本的に炭水化物を抜く)を開始し、更には膝に負担の少ない「エアロバイク」による運動を少しずつ取り入れ、草野球に真剣に取り組むなどした結果、徐々に目標体重に近づいて行った。

 

そして、家訓制定から間もなく13年となる平成24年4月10日の朝、K弁護士の乗った体重計は88・8キロを示し、ついに目標体重をクリアすることに成功した。その日の晩ご飯に食べたスキヤキの美味しさは、K弁護士にとって一生忘れられないものとなった。今では2人の娘達もスキヤキが大好物になっている。

 

巻頭言の趣旨を外れて迷走状態ですが、そろそろまとめに入ります。

 

「願掛け」は、高い目標を定め、それに向けて地道に努力する人にこそふさわしいものであり、努力もせず、むやみに「願掛け」をしても意味がないことは、K弁護士の例からもお分かりいただけると思います。賢明な一高生の皆さんは、K弁護士を反面教師として、「願掛け」をする場合には、目標達成に向けて地道な努力を怠らないようにしてください。

 

前号からお読みになっている皆さんは、「K弁護士は人として大丈夫なのか」と思われているかもしれませんが、悪夢の13年間を経て地道な努力を惜しまない人間に生まれ変わったK弁護士は、週3回のランニングを半年以上続けた結果、51歳(当時)にして盛岡シティマラソン(フル)を完走し(一高応援団の応援を受けてのスタートは最高でした。応援団の皆さん、ありがとうございます)、体重は80キロまで減りましたので、現在はスキヤキ食べ放題の状態です。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第112号(2020年3月)に巻頭言として寄稿したものです。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル④ ~新聞勧誘員との闘い~

 

昭和63年4月、若き日のK弁護士は、1年間の浪人生活を経て無事大学に合格し、最初の1年を下宿で暮らした後、東京郊外のアパートで1人暮らしを始めた。

 

女性から「あなたって、いい人ね」と言われて終わることが多いK弁護士であるが、20歳当時はなおさら人を疑うことを知らない、正にいわて純情男子であった。今回は番外編としてK弁護士が大学時代に経験した訪問販売のお話である。

 

1人暮らしを始めて数日後、K弁護士の部屋にA新聞の勧誘員が「新聞いかがですか」と言って訪ねて来た。世の中の出来事を日々把握したいと考えていたK弁護士は、二つ返事で購読を承諾した。

 

数日後、K弁護士の部屋にY新聞の勧誘員が訪ねて来た(大学の授業があるはずなのに、なぜ毎日のように部屋にいるのかは気にしないこと)。「新聞いかがですか」と言われても、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、数日前にA新聞を申し込んだばかりで、限られた仕送りの中で複数の新聞を購読することは困難であるとの判断を下し、この申し出を断ることにした。

 

しかしながら、交渉力に定評のあるK弁護士よりも相手の方が一枚上手で(実はK弁護士は押しに弱く、ハッキリ断ることができない性格であった)、最終的に「翌月からY新聞を購読する」との和解案を受け入れることとなった。

 

数日後、S新聞の勧誘員が訪ねて来た…。以後頻繁に同じようなことが繰り返され、K弁護士は毎月のように違う新聞を購読し、そのお陰で結果的に著しく見聞を広げることになった。その他にもボランティア精神あふれるK弁護士は、「難民の救済にご協力ください」と言われて意気に感じ、薄っぺらい時価150円くらいのハンカチを5千円で購入することもあった。

 

K弁護士が『決してドアを開けない』という方法で勧誘を断る技術を会得したのは、最初の勧誘を受けてから半年ほど経過した後のことであった(なお、新聞勧誘への正しい対応を知りたい方は、立川志の輔さんの「はんどたおる」という落語を聞いてみてください)。

 

令和4(2022)年4月1日から、成年年齢が現在の20歳から18歳に引き下げられることが決まっています。民法上、未成年者が親権者の同意を得ずにした契約は取り消すことができるものとされていますが、成年年齢が引き下げられることにより、今後は18歳になると自分自身の判断で契約をしなければならなくなります。

 

成年に達したばかりの若者をターゲットとした悪質業者の勧誘は跡を絶ちません。

 

新聞やハンカチ程度であれば良いのですが、特に必要のない高額なアクセサリー等を次々に購入させられてしまい、総額500万円以上のクレジットを組んでしまったという極端な事例もありました。K弁護士の例でもお分かりのように、悪質業者の手口として、騙し、脅しは勿論のこと、断り切れない性格の人を執拗に勧誘し、その困惑に乗じて契約を結ばせる例は意外と多いのです。

 

K弁護士は、弁護士になった直後からいわゆる消費者問題に取り組み、悪質業者の勧誘を受けて高額な商品を購入させられた人からの依頼を受ける機会が多かったのですが、自分自身も一歩間違えば社会に出る前の段階で数百万円単位の借金を背負っていた可能性もあったのだと思い知らされました。

 

平成24(2012)年に消費者教育の推進に関する法律が施行されましたが、現実には消費者教育の充実に向けた体制整備はまだまだ不十分といわざるを得ません。3年生の中には間もなく1人暮らしを始めることになる方も多いと思われます。アパートの賃貸借、家電製品の購入等高額な支払いを伴う契約を結ぶにあたっての心構えを、是非ご家庭でも再確認していただければと思います。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第111号(2019年10月)に巻頭言として寄稿したものです。

 

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル③ ~最高裁口頭弁論体験記~

 

1 はじめに

平成16年2月10日、K弁護士はついに最高裁の門を叩くことになった。K弁護士にとって、最高裁の口頭弁論は弁護士登録7年目にして初めての体験であった(今回は一応仕事の話である)。

 

K弁護士は、司法修習生採用の健康診断の際に、地元の病院で受けた健康診断の結果に不服があったため、1度だけ最高裁まで行ったことがあったが、健康診断以外で最高裁に行くのは今回が初めてのことであった。

 

最高裁ひと口メモ1

K弁護士が修習前に最高裁に行った時には、日本は三審制が採用されているのだから、今後も最高裁には何度も来ることになるのだろうと漠然と思っていた。

 

しかし、現実には上告事件自体それほど多くなく、また、口頭弁論が開かれるのは高裁の判断を見直す場合だけといわれており、最高裁の口頭弁論は多くの弁護士にとって一生のうちに1度あるかないかの体験である。ちなみに、平成7年当時は司法修習生の採用にあたって最高裁で一斉に健康診断を受けることになっていた。

 

2 家族揃って最高裁へ

最高裁の口頭弁論には大魔神弁護士、J兵衛弁護士、平成15年10月にK弁護士の事務所に加入した期待のホープ古江鴨洋弁護士とK弁護士という選び抜かれた重量級(大魔神弁護士にはやや失礼か?)の精鋭4名で臨むことになった。

 

大魔神弁護士が「最高裁に行くなんてめったにないことだから、ウチの事務所は事務員も連れて繰り出すぞ」と言い出したため、負けず嫌いで定評のあるK弁護士は「それならウチは事務員だけでなく妻子も連れて繰り出すぞ」と言い始め、更には、東京に住んでいるK弁護士の妹も話を聞きつけて最高裁に行ってみたいと言い出したため、K弁護士は妻、子、妹、甥、古江鴨洋弁護士、事務員2名の合計7名で乗り込むことになった。

 

また、大魔神弁護士は「せっかく最高裁の口頭弁論が開かれるのだから、単に理由書の通り陳述しますというだけではなく、本格的な弁論をしよう」ということを言い出し、最高裁に問い合わせをした上で、持ち前のでかい声を生かした抜群の交渉力で弁論の時間20分を確保した。

 

この時からK弁護士の苦闘の日々が始まった。実は高裁判決が出てから既に3年近くが経過しており、「済んだことは忘れよう」をモットーにしているK弁護士は、事件の内容をほとんど忘れてしまっていたのである。

 

3 弁論要旨の作成

それでも、K弁護士は薄れかけた記憶を呼び起こしながら、古江弁護士にかなりの部分を下請けに出すなどして必死に努力した結果、締め切りギリギリで何とか弁論要旨の担当部分を書き上げることができた。なお、一生に一度あるかないかの貴重な機会だからという大魔神弁護士の配慮で、K弁護士が実際に最高裁の法廷で弁論を行う大役を仰せつかったのである。

 

原告本人の意見陳述書をJ兵衛弁護士が読み上げることになっていたため、K弁護士の持ち時間はわずか10分間であった。

 

弁論要旨を全部読み上げていたのでは、大幅に持ち時間をオーバーすることが予想されたため、K弁護士は最高裁に提出した弁論要旨をあらかじめ適当に削っておいたが、当日新幹線の中で何度か読み上げてリハーサルしてみたところ、どうしても3分位オーバーしてしまうことが判明した。

 

この段階で残された時間はごくわずかであり、冷静な判断力が売り物のK弁護士も、さすがに動揺の色を隠せなかった。

 

最高裁ひと口メモ2

原告本人であるI大学のI教授も最高裁に乗り込んだが、法廷の当事者席には代理人しか座れないという慣例があるとのことで、傍聴席に座るように指示されていた。全く意味不明の慣例である。本人訴訟の時は当事者席が無人のまま口頭弁論が開かれるということだろうか?

 

最高裁ひと口メモ3

わざわざ盛岡から新幹線で出てきたにもかかわらず、子供は傍聴禁止ということでK弁護士の妻、子、妹、甥は控え室でお留守番となってしまった。

 

4 一世一代の晴れ舞台

いよいよ口頭弁論が始まり、まずはJ兵衛弁護士が意見陳述を行った。

 

J兵衛弁護士が意見陳述を行う10分の間に、K弁護士は目分量で3分短縮することに集中した。ちなみに、K弁護士は自分の結婚披露宴の際に、新郎挨拶を披露宴の最中に考えたという過去を持っており、追い込まれた時にだけ力を発揮すると言われているK弁護士の集中力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。

 

 いよいよK弁護士の順番が回ってきた。「出たとこ勝負」をモットーとしているK弁護士は、その場で必死に修正したとは思えないような落ち着きぶりで、何事もなかったかのように持ち時間の範囲内で弁論を行った。

 

傍聴席からは、「ブラボー」「アンコール」の声が響き、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。

 

最高裁ひと口メモ4

口頭弁論が終わり、法廷を出たところで記念撮影をしようとしたところ、係の人から写真撮影禁止と言われたので、やむを得ず建物を出たところで記念撮影を行った。既に控え室で写真を撮っていたことは黙っていた。

   

5 事件の顛末

 最高裁の判決は、当方の敗訴部分を一部取り消して高裁に差し戻すという内容であった。

 

K弁護士はてっきり自分の必死の弁論が最高裁の裁判官の心を動かしたと信じて疑わなかった。しかし、最高裁はこの口頭弁論の数ヶ月前に同種訴訟につき全く同様の判断を出しており、K弁護士かがどんなに素晴らしい弁論を行ったとしても、結論は初めから決まっていたのであった。

 

注:岩手弁護士会会報第9号(平成16年3月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所