相続人の一部に判断能力のない人がいる場合、どうやって遺産分割するのか?

 

 高齢化社会を迎え、最近では相続人にご年配の方が含まれているケースが非常に多く見られます。

 この場合でも、相続人全員がお元気であれば問題なく協議を進めることができますが、相続人の一部に認知症などによって判断能力を欠く方がいる場合、どのように遺産分割を進めたら良いのでしょうか?

 

成年後見人の選任が必要

 判断能力のない方との間における遺産分割は無効となりますので、認知症などで判断能力のない方のいる遺産分割については家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、その成年後見人がご本人に変わって遺産分割協議に参加する必要があります。

 

成年後見制度を利用する際の注意点

 このように、手続的にみると、成年後見人を選任してもらえれば一部の相続人に認知症の方がいても遺産分割には先に進めることができますが、この場合にいくつか注意すべき点があります。

 

 【被後見人の法定相続分を確保する必要】 

 成年後見人は、他の相続人のために活動するものではなく、あくまで被後見人となったご本人のために活動するものですから、成年後見人との間で遺産分割協議を行う場合、被後見人の法定相続分を下回る遺産分割を成立させることはできません。

 相続人ご本人に判断能力があれば、自分の相続分をどのように処分しようと自由ですので心配はありませんが、ひとたび判断能力がなくなってしまえば、それより前にいくら「自分は財産はいらない」と言っていてもその後の遺産分割では効力はなく、その方の法定相続分を確保しなければならなくなります。

 

 【費用がかかる】 

 成年後見人の選任には、家庭裁判所への申立が必要となります。

 申立そのものに要する費用はさほどではありませんが、ご本人に意思能力がないことを証明するために医師の診断書の取付や、ケースによっては裁判所における鑑定の手続が必要となります。

 また、成年後見の申立を弁護士に委任した場合にはその依頼費用がかかりますし、そのほかにも、選任された成年後見人が司法書士・社会福祉士・弁護士など専門職の場合には、ご本人の財産の中から専門職後見人に対する報酬の支払いが必要となります。

 ちなみに、誰が成年後見人に就任するかは家庭裁判所が裁量で決めるため、希望通りの人が後見人にならないことも多くみられます(なお、相続人の一人が他の共同相続人の後見人に選任された場合には、遺産分割については成年後見人と被後見人との間で利益相反となるため、別途、特別代理人の選任も必要となります)。

 

 【遺産分割後も後見は続く】 

 成年後見制度は遺産分割のためではなく、あくまでご本人保護のための制度ですから、申立人の当初の目的である遺産分割が終了しても成年後見人はそのまま継続して任務にあたります。

 そのため、遺産分割の場面だけ成年後見人がつくと考えていると、その後も成年後見人が業務を行うことに伴って予想外の煩わしさを感じることがあります。 

 

 【親族が申立をしてくれないケース】 

 成年後見は配偶者や4親等内の親族などに申立権がありますが、稀に、申立権を有する親族が申立をしてくれず、遺産分割を希望する相続人側の身動きがとれないというケースがあります(たとえば、被相続人と前妻との間の子ども、被相続人の再婚相手、被相続人と再婚相手との間の子どもの3名が相続人のケースで、前妻との間の子どもと再婚相手は養子縁組しておらず、被相続人の死亡後に再婚相手が姻族関係終了届を提出し、その後に再婚相手が認知症になった場合、前妻との間の子どもは再婚相手の親族ではないため、後見の申立権はありません)。

 このような場合、再婚相手の子どもが後見人の選任に積極的でないと遺産分割協議が進展しないことがあります。

 

 以上のように、相続人の一部に判断能力がない場合の対応についてざっくりと説明させていただきました。

 本来、遺産分割は相続人が自由に決められますが、今回お話ししたように相続発生から時間が立ちすぎてしまい一部の相続人について成年後見人の選任が必要になると余分な費用や時間がかかったり処分内容に制限がかかったりと様々な問題が生じることになります。

 そのため、相続人の年齢などから近い将来一部の相続人の判断能力に問題が生じることが想定される場合には、面倒がらずに速やかに協議を行うことが重要です。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年1月29日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

交通事故で怪我をした場合に治療やリハビリを怠るとどうなる?~交通事故㉒~

 

 交通事故で怪我をした場合、通常は治療やリハビリに専念し、それを前提に損害賠償額を計算していきます。

 では、そのような通常の治療経過を辿らず、適切な治療やリハビリを怠った場合、損害賠償の場面ではどのような影響があるのでしょうか?

 今回は、このような治療行為と損害賠償の関係についてお話します。

 

治療費の支払いを早期に打ち切られる可能性

 相手に保険会社がついている場合、通常だと、ひととおりの治療が終了するまで、保険会社が医療機関に医療費を支払ってくれます(内払い)。

 このような取り扱いは被害者に治療に専念してもらうため保険会社が行っているものですが、治療費の内払いは損害賠償金の仮払いであるため、最終的には示談や裁判の段階で差し引き清算されることになります。

 もっとも、当然ながら保険会社としては不要な治療費の支払いを継続することはなく、定期的に医療機関に治療状況を問い合わせ、被害者の状況を確認しています(そのため、保険会社からは医療情報を取得することの同意書の提供を求められます)。

 そうすると、必要な治療やリハビリをサボった場合には、通院の実績がないということになりますから、保険会社としてはもはや治療の必要性がないと判断し、治療費の内払いを早期で打ち切る方向で検討することになります。

 

傷害慰謝料の計算で不利益を受ける可能性

 怪我による慰謝料の計算は、原則として入院期間と通院期間の長さを基礎として算出されます。

 そのため、適切な治療やリハビリを怠った場合には通院期間が短くなり計算上の慰謝料が少なくなることがありますし、通院期間自体は長くても通院頻度が少なくなるため、通院期間を基準とするのではなく実通院日数の3~3.5倍の日数を基準とした低額の慰謝料しか認められなくなる可能性も生じます。

 

後遺障害の等級認定で不利益を受ける可能性

 治療やリハビリを怠った場合には、そもそも後遺障害が生じるほどの怪我ではなかったとか、あまり病院に行っていなかったのだからもう怪我は治っているはずだなどと判断されて、後遺障害の認定において不利な判断を受ける可能性があります。

 その場合には、本来受けられたはずの後遺傷害慰謝料や後遺障害逸失利益が得られないか減ってしまうことになりますが、後遺障害事案ではこの2つの損害がかなりの額を占めることも多いため、最終的な賠償の時点で大きな差となって現れることになります。

 

裁判で賠償額が減らされる可能性

 これに対して、後遺障害の等級認定そのものについては不利な扱いを受けなかったとしても、治療やリハビリを怠ったという被害者側の不適切な対応が問題視され、後遺障害が残った責任の一端は被害者にもあるといった理由で賠償額を減らされるケースもあります(そのほかにも、後遺障害は治療等を怠ったことや他の原因によるものであり、交通事故と後遺障害の間に因果関係はないと争われるケースもあります)。

 

 たとえば、事故の内容からみて通常想定されるよりもかなり重い後遺障害が残ったというケースで、東京地裁平成26年1月16日判決では、被害者がリハビリを継続していれば現在の症状に至らなかったと指摘し、そのほかにも精神的な疾患を抱えていたことなどの事情も加味したうえで、加害者に損害の全部を賠償させることは公平を失するとして6割の減額がなされています。

 また、交通事故ではありませんが、ゴルフコースでボールが目に当たったという事故のケースでは、被害者が治療に消極的であり医師から手術を再三にわたって検討を促されたのにこれに応じず、その結果、視野の欠損範囲の拡大や大幅な視力低下を招いたということなどを理由に、6割の過失相殺がなされたというものもあります(東京地裁平成27年3月26日判決)。

 

適切な治療が重要

 以上の通り、適切な治療やリハビリを怠るということは、ご自身の怪我を治すためという一番の目的を遠ざけるだけではなく、その後の賠償の場面においても影響を及ぼします。

 様々な事情により治療等に通えないというケースも確かにありますが、やむを得ない理由がないにもかかわらず治療やリハビリに消極的な姿勢を取った場合、様々な問題が生じることになりますので、くれぐれも注意が必要です(ただし、だからといって過剰な治療行為等を行うべきではありませんので、治療行為は医師などと相談しながら妥当な範囲で行うべきことは当然です)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定期金賠償と被害者の死亡の関係~交通事故㉑~

 

 交通事故で重い後遺障害が残った場合、様々な損害が生じます。

 代表的なものは後遺傷害慰謝料、後遺障害逸失利益ですが、そのほかにも、特に障害が重い場合には将来の介護費用が認められることがあります。

 このうち、将来の介護費用と後遺障害逸失利益については、年1回など定期的に支払いを受ける場合があり、これを「定期金賠償」といいます(※)。

 

 定期金賠償は、一時金賠償の際に行われている「中間利息控除」と呼ばれる控除計算が行われないため、それぞれの賠償の終期(平均余命又は就労可能期間)まで問題なく受け取ることができた場合、一時金賠償よりも受取総額が多くなる可能性があるという特徴があります(もっとも、のちに被害者が回復した場合や物価の著しい変動などがあった場合にはそれに応じて減額される可能性はありますし(民訴法117条1項)、民法改正によって中間利息控除に用いられる法定利率が引き下げられ以前よりも控除額が減少したことから、必ずしも定期金の方が多くなるとまでは断言できません)。

 

 このように定期金賠償は将来の一定期間まで継続的に賠償が行われるものですが、それでは、事故後に病気など別の事情によって被害者が亡くなってしまった場合、定期金賠償として受け取っていた後遺障害逸失利益や将来介護費はその後どうなるのでしょうか?

 今回は、この点をテーマにお話ししたいと思います。 

 

※ 定期金賠償の可否

 将来の介護費については古くから定期金賠償が認められていましたが、後遺障害逸失利益については定期金賠償が認められるか争いがありました。

 この点については、最近の最高裁判決(最高裁令和2年7月9日判決)により一定の場合(被害者が定期金賠償を求めており、定期金賠償をさせることが損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるとき)には本来の就労可能期間までの間について定期金賠償が認められるとされました。

 

後遺障害逸失利益→死亡しても受け取れるが、一時金に変更される可能性もある

 後遺障害逸失利益を一時金として受け取る場合、たとえ途中で死亡しても、本来の就労可能期間までの分についても賠償請求ができるとするのが従来の判例でしたが(最高裁平成8年4月25日判決)、先ほど紹介した定期金賠償を認めた最高裁判決でも同様に解されており、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、被害者が死亡した後の分についても加害者の賠償義務はなくならないと判断されています。

 

最高裁令和2年7月9日判決(抜粋)

「上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。」

 

 もっとも、被害者の死亡によってもその後の賠償義務はなくならないということと、死亡後も定期金賠償の方式が継続されるかどうかはまた別の問題です。

 中間利息控除が行われないという理由から、被害者の遺族が死亡後も定期金賠償を望むことがあり得ますが、他方、加害者側(主に保険会社)からすると定期金賠償は支払総額の問題だけでなく債務管理コストが嵩むという問題もあるため、被害者の死亡後には一時金賠償に変更することを望む場合もあると思われます。

 この点については、上記最高裁判決(最高裁令和2年7月9日判決)において小池裕裁判官が補足意見を述べており、被害者が死亡した後は、民訴法117条の(類推)適用により加害者側が定期金賠償から一時金賠償に変更する訴えを起こす方法があり得ると示唆されています。

 そのため、仮にこの補足意見にしたがった場合には、被害者の死亡後に定期金賠償が一時金に変更される可能性もあり、この場合、死亡後の分について受け取れなくなるわけではないものの、一時金賠償に計算をし直す際に中間利息の控除計算をするため、その分、総受取額が減少することになると思われます。

 

将来介護費→死亡により受け取れなくなる

 将来介護費は、後遺障害逸失利益のような本来得られたはずの利益を喪失したこと(消極損害)の賠償ではなく、実際に発生した損害(積極損害)の賠償ですが、被害者の死亡によって具体的な支出が生じなくなった以上、被害者の死亡後は介護費の支払いを求めることはできないとされています(最高裁平成11年12月20日判決)。

  この判決は直接的には将来介護費について一時金の支払いを求めた事例に関するものですが、被害者の死亡によって具体的な支出がなくなるという将来介護費の性質は支払方法によって変化するわけではありませんので、定期金賠償で受け取っていた場合も同様に死亡後の介護費は受け取れなくなります(そのため、定期金の支払いを命じる判決では支払いの終期が「死亡するまで」とされます)

 

 

 このように、後遺障害逸失利益、将来介護費用の定期金賠償についてはその後の被害者の死亡によって受け取ることができるかどうか異なります。

 定期金賠償は受取総額が多くなる可能性があるというメリットがありますが、他方で、必ず満額を受け取ることができるのかどうか不確実であるなど特有のデメリットもありますし、そもそも一時金賠償と定期金賠償を被害者がどこまで自由に選択できるかどうかという問題もあることから、具体的な賠償請求の場面では被害者の方の後遺障害の内容や程度を踏まえ、弁護士に相談しながら慎重に対応していくことをお勧めします。

 

弁護士平本丈之亮

 

小規模個人再生と給与所得者等再生の違いとは?~個人再生⑧~

 

 自宅を残して債務の一部を減免してもらうことのできる債務整理の手続として、「個人再生」というものがありますが、実は、個人再生には「小規模個人再生」と「給与所得者等再生」という2つの手続が存在します。

 今回は、この2つの手続の違いや、どちらの手続を先に検討するべきかなどについてお話しします。

 

債権者の書面決議の要否

 小規模個人再生では再生債権者の書面決議の制度があり、債権者の過半数あるいは債権額の過半数の反対があった場合には不認可になります。

 これに対して、給与所得者等再生では、このような書面決議が不要とされています。

 

最低弁済額の計算方法の違い(可処分所得要件の有無)

 小規模個人再生では、①債権額に応じた一定の金額(多くは100万から総債権額の20%程度までの間)か、②自由財産を除いた資産総額のいずれか高い方が最低弁済額になります(→「個人再生をすると、負債はどれくらい減るのか?~個人再生②・最低弁済額~」)。

 これに対して、給与所得者等再生の場合は、最低弁済額を計算する際、①②の条件に加えて、③2年分の可処分所得以上の金額であることが必要とされています(可処分所得要件)。

 

対象者の違い(定期・安定収入)

 給与所得者等再生は、給与やこれに類する定期的な収入があり、かつ、その変動が少ないことが要件となっています。

 そのため、個人事業者や、給与所得者でも過去2年以内に大きな変動(概ね2割程度の変動)があるようなケースだと、収入の定期性や安定性を欠くとして給与所得者等再生の利用ができないことがあります。

 なお、ここでも求められているのはあくまで収入が定期的・安定的であることであり、給与であることまでは必要ではありません。

 そのため、たとえば年金収入や家賃収入も定期的に入ってくるもので変動が少なければ要件をみたす可能性がありますし、個人事業者であっても、給与生活者と変わらないような収入状況であればケースによっては要件を満たす場合もあり得ます。

 

過去に破産している場合等における利用の可否

 給与所得者等再生の場合、いわゆるモラルハザード防止の観点より、過去7年以内に破産免責を受けている場合、過去7年以内に給与所得者等再生の認可決定を受けている場合、過去7年以内にハードシップ免責を受けている場合には、改めて給与所得者等再生を利用できないという制限があります。

 小規模個人再生については、そのような縛りはありません。

 

どちらを先に検討するべきか?

 給与所得者等再生は、再生計画の認可について債権者の議決を必要としないという独自のメリットがある一方で、安定的かつ変動の少ない収入を得ているという要件が必要であり、2年分の可処分所得以上の金額を支払う必要があるため小規模個人再生よりも最低弁済額が高くなりがちです。

 また、実務上、小規模個人再生で不同意の意見を提出する債権者は少なく、仮に不同意を出しそうな債権者がいたとしても、それが過半数を超えない場合には不認可になることはありません。

 そのため、債権者数あるいは債権額の過半数の不同意が見込まれるような場合を除き、債務者としてはまずは小規模個人再生を検討した方がよいと思います(当事務所でもほとんどが小規模個人再生です)。

 実際、裁判所の利用件数としても以下の通り圧倒的に小規模個人再生が利用されていますが、これは上記のような理由からと思われます。

 

令和元年の司法統計

小規模個人再生  12,764件

給与所得者等再生    830件

 

弁護士 平本丈之亮

個人再生をした場合、資産は処分しなければならないのか?~個人再生⑦~

 

 個人再生は、自己破産と同様に法律に基づいた債務整理の手続(=法的整理)です。

 このように「法的整理」という点だけを聞くと、個人再生も自己破産と同じように自分の資産を失うのではないか、と不安に思われる方がいらっしゃいます。

 この点は個人再生のメリットというコラムでも少しお話ししているところですが、今回は個人再生と資産処分との関係について少し詳しくお話ししたいと思います。

 

住宅

 自己破産の場合、残念ながら住宅は失うことが一般的です。

 これに対して個人再生の場合は、「住宅資金特別条項」という特別の条項を再生計画案に盛り込むことにより、住宅を確保しながら他の債務の減免が認められています。

 なお、住宅価値と住宅ローンを比較して住宅価値の方が高い場合(アンダーローン)でも、その差額分を一括で支払う必要性はなく、差額分を資産として計上して返済計画の段階で考慮すれば足ります。

 これに対して、住宅価値よりも住宅ローンの方が高い場合(オーバーローン)の場合は、住宅価値は0と評価され、返済額の計算にも影響はありません。

 

自動車

 自動車については、ローン付で購入したかどうか、また、債務整理の時点でローンが残っているかどうかによって結論が異なります。

 ローン付で購入し、債務整理を始める段階でもローンが残っている場合には、銀行系や信金系、労働金庫などのカーローンを利用した場合を除き、基本的には契約に従って自動車は失うことが一般的です(所有権留保)。

 これに対し、ローンが残っていない場合には、個人再生を申し立てても自動車を売却する必要はなく、自動車の価値を返済計画の中で考慮すれば足りることになります。

 

保険

 保険についても、特に解約の必要はありません。

 もっとも、解約返戻金が多額であり、他の財産と合算した結果、財産総額が高額になってしまう場合には、その影響で債権者に支払わなければならない最低弁済額が高額になることがありますので、そのようなケースではあえて保険を解約して頭金に充て、残りを3~5年の分割にする形で再生計画案を作成しなければならないこともあります。

 また、その他にも、保険料が過大な負担となって返済原資が捻出できないケースでも、やむを得ず解約せざるを得ないことがあります。

 

退職金

 個人再生をするからといって退職する必要はありません。

 退職した結果、支払能力を失ってしまえば本末転倒な結果になるからです。

 退職によって退職金が発生する場合の扱いについてには、既に支給が決まっているようなレアケースを除き、その時点での退職金支給見込額の8分の1を資産として計上し、返済額を計算すれば足りることになっています。

 

預金・積立金など

 このような資産も基本的には処分されることはなく、他の資産と同様に債権者への返済額を計算するための資料として扱えば足ります。

 もっとも、資産を全て合算した結果、返済総額が高くなりすぎてこのままでは支払いができないというケースでは、保険のところで述べたのと同様に、預金などを頭金に充てて返済計画を成り立たせるよう工夫せざるを得ないことはあります。

 

 以上のとおり、個人再生については、一定の限界はあるものの、多くの財産について実際に処分することなく負債の一部について減免が認められる手続です。

 個人再生というと住宅を確保できることや負債の減免というメリットにのみ目が行きがちですが、住宅以外の資産も保有できる可能性がある点も大きなメリットですので、住宅以外に残したい資産があるようなときは個人再生について検討する価値があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

給与等の差押えと民事執行法の改正(取立期間延長や教示制度)

 

 以前のコラムで、債権回収の実効性を高めるために民事執行法の改正がなされたというお話をしました。

 もっとも、債権者の権限が強化されたことによって、給料やボーナス・退職金の差押えについて債務者の生活に大きな影響が出る可能性があることから、今回の改正で、この点についても以下のような手当がなされました。

 

取立権発生時期が1週間から4週間になった

 差押命令が債務者に送達されてから1週間が経過すると、債権者は取立ができるようになります(給与であれば、直接勤務先に支払いを求めることができるようになります)。

 ところで、給料の差押えは原則として4分の3が差押禁止(養育費等は2分の1)とされていますが、元々の給料が少ないと、たとえ4分の1の差押えでも生活ができなくなってしまうという債務者も存在します。

 そこで、そのような場合には「差押禁止債権の範囲変更」の申立を行い、裁判所が生活状況をみて必要があると判断した場合、差押えの範囲を減らす(=差押禁止債権の範囲を変更する)ことができます。

 もっとも、制度上はそうなっていても、実際には取立権が発生するまでの期間が1週間と非常に短く、しかも、取立が完了した後では差押禁止債権の範囲変更は認められないため、2回目以降はともかく、少なくとも1回目の給料について差押えの変更を求めることは非常に困難でした。

 そこで、今回の民事執行法の改正では、給与等の債権を差し押さえる場合、例外的に取立権の発生時期を差押命令の送達後1週間から4週間に延ばしました(民事執行法第155条2項)。

 

婚姻費用や養育費等の不払いによる差押えの場合は1週間のまま

 このように、給与等の差押えの場合、債務者の保護を考慮して取立権が発生するまでの期間が伸びましたが、他方、差し押さえる債権者側のことも考える必要があります。

 特に、養育費等の不払いのようなケースでは、権利者側の収入が少ないと1回の遅れが生活困窮に直結しますし、債務者は合意や裁判所の判断によって支払いしなければならない立場である以上、不払いによって不利益を受ける債権者の方をより保護すべきと考えられます。

 そこで、下記①~④の義務に基づく債権を有する者が給与等を差し押さえる場合には、取立権の発生時期は延長されずに1週間のままとされました(民事執行法第155条2項括弧書、同151条の2第1項1号ないし4号)。

 

 ①夫婦間の協力扶助義務 

 ②婚姻費用 

 ③養育費 

 ④扶養料 

 

裁判所からの手続きの教示

 また、一般の方の中には、差押禁止債権の範囲変更の申立といっても、そもそもそのような手続きがあることすら知らない方も多く、知らないために不利益を受けるというのも望ましくありません。

 そのため、今回の改正では、差押命令を送達する際に、債務者に対して、差押について変更の手続があることを知らせることとなりました(民事執行法第145条の4項 なお、こちらの制度は給与などの差押えの場合に限りません)。

 

婚姻費用や養育費などで合意するときは名目に注意

 今回の改正によって、養育費などの不払いがあったことを理由に給与やボーナス等を差し押さえる場合、取立権の発生時期は4週間ではなく従来通り1週間のままで維持されました。

 もっとも、このような優先的な取り扱いがなされるのは、差押えの根拠となる権利(債権)が養育費や婚姻費用などの場合ですので、合意内容から権利の性質が不明確な場合、取立可能になる時期が1週間ではなく4週間にされてしまう可能性があります。

 たとえば、合意の際、支払いの名目を解決金や和解金などという曖昧な表現にしたり、財産分与の中に養育費を含め養育費分もまとめて財産分与という名目にしてしまったりすると、債権の中身がこの特例の対象になるどうかがわからず差押えの段階で不利益を受ける可能性があります。

 裁判所の命令であればこの点が不明確になることは考えられませんが、合意で解決するときは、万が一不払いとなった場合を見据えてどのような表現にするのが良いかを考えて対応する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

退職が近い時期に個人再生は利用できるのか?~個人再生⑥~

 

 個人再生手続の利用を希望する場合、その時点で既に退職が間近に迫っているケースがあります。

 もっとも、個人再生は債務の一部を免除してもらい、一定額を3~5年で支払うという手続であるため、このように退職の近い時期にある方が利用できるのかが問題となります。

 

継続的に又は反復的な収入がある見込みがあれば可能

 個人再生の基本的要件の一つとして、継続的に又は反復して収入を得る見込みがあることが必要ですが、仮に退職が迫っていたとしても、退職後もそのような収入を得る見込みがあれば利用することは可能です。

 もっとも、退職が近いことによって、個人再生の利用に次のような問題が生じる場合があります。

 

給与所得者等再生の利用は難しくなる場合がある

 個人再生には、債権者の議決を要する「小規模個人再生」と、そのような議決を要しない「給与所得者等再生」の2つがあります。

 このうち給与所得者等再生については、最低弁済額の計算において2年分の可処分所得以上であることを求められるため、小規模個人再生よりも最低弁済額が増える場合がありますが、単独で過半数の債権額を有する債権を持つ債権者がいるようなケースでは再生計画が否決されるリスクを避けるため、給与所得者等再生を選択せざるを得ないことがあります。

 しかし、給与所得者等再生では、給料やこれに類する定期的な収入を得る見込みがあり、かつ、収入の変動の幅が少ないという条件が必要であり、収入に5分の1以上の変動があると変動の幅が大きいと判断されやすいことから、退職後の収入の見込みによっては給与所得者等再生の利用が難しくなる可能性があります。

 

高額な退職金があると、個人再生が使えない場合や最低弁済額が増える可能性がある

 個人再生で再生計画案を立案する場合、破産した場合に債権者に配当される額以上の支払いができることが必要(=清算価値保障原則)ですが、退職金が存在するとその支給見込額を最低弁済額の計算に組み込む必要があります。

 通常、退職金についてはその時点における支給見込額の8分の1相当額で評価すれば足りるため、実際には退職金を考慮しても返済額に影響がないか、影響があっても微々たるものであることが多いのですが、退職がもう決まっているなど退職金の支払いが具体化したタイミングだと清算価値の計算においては4分の1として評価しなければなりません(なお、実際に支給されてしまった場合には全額で評価します)。

 そのため、退職までの期間が近いと最低弁済額が跳ね上がってしまい、再生計画を履行できなくなったり、弁済計画の履行自体は可能であっても毎月の負担額が大きく上がってしまう可能性があります。

 たとえば、負債総額が500万円のケースだと、その5分の1である100万円と本人の財産額を比べて高い方が最低弁済額になりますが、仮に財産は退職金しかなく、その時点で退職したら800万円の退職金が支払われる見込みという場合、退職金は8分の1の100万円と評価すれば足りるため返済総額は100万円になりますが、4分の1として評価しなければならない場合には返済総額は200万円になってしまうため、退職金の支払いがどの程度現実化しているのかによって負担額が大幅に変わることになります。

 

 このように、退職間近であっても個人再生を利用できる可能性はあるものの、状況によっては様々な問題が生じることがあります。

 そのため、個人再生の利用をお考えの方で退職が徐々に近づいている方については、時機を逸することで結果に大きな違いが生じる可能性があるため、決断のタイミングには注意を要します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

おまとめローンと債務整理

 

 借入件数が多くなり支払いが難しくなった場合、債務整理(任意整理・個人再生・自己破産)をするという方法のほか、おまとめローン(借り換え)によって債務を一本化するという選択肢があります。

 おまとめローンは、上手に活用することができれば、信用情報に傷をつけることなく支払いを可能にできるメリットがありますが、他方で、途中で支払不能になった場合、その後の債務整理において選択肢が狭まってしまう可能性があります。

 そこで今回は、債務整理が必要となる場面において、おまとめローンにどのようなリスクがあるのかについてお話ししたいと思います。

 

保証人を巻き込むリスク

 おまとめローンの金額等にもよりますが、おまとめローンを利用する場合、保証人を求められることがあります。

 万が一、おまとめローンを含む債務について支払不能になった場合、自己破産や個人再生をしたとしても保証人の責任は免除されないため、保証人に多大な迷惑をかけることになります。

 

再生計画否決のリスク(小規模個人再生)

 また、債務整理の手法の一つである個人再生のうち、小規模個人再生については、債務者数か債務額の過半数について反対があると再生計画が否決されてしまいますが、おまとめローンを利用したことで単独過半数を占める債権者が生じた場合には、その債権者の反対によって小規模個人再生がうまくいかなくなる可能性があります。

 このような事態が想定される場合には、もう一つの方法である給与所得者等再生を検討することになりますが、債務者が「給与所得者等」であることや収入の変動の幅が小さいという要件(※)があることや、2年分の可処分所得以上の返済を要する関係で小規模個人再生よりも必要返済額が増えてしまう可能性があります。

 

※給与又はこれに類する定期的な収入を得る見込みがあり、その額の変動の幅が小さい(=年収換算で5分の1未満の変動が一応の目安)こと

 

個人再生で住宅資金特別条項を利用できないリスク(不動産担保ローンがある場合)

 また、個人再生の大きなメリットは自宅を残しながらそれ以外の債務を圧縮できるところにありますが、そのためには再生計画に住宅資金特別条項というものをつけなければなりません。

 ところが、この住宅資金特別条項をつけるには、自宅に住宅ローン以外の担保がついていないことが要件となっているため、おまとめローンの融資条件に自宅への担保権の設定が含まれていた場合、住宅資金特別条項を利用できなくなってしまいます。

 

 

 以上の通り、おまとめローンを利用する場合、その条件として保証人をつけたり自宅への担保権の設定が必要とされると、支払いできずにいざ債務整理をしなければならないという段階で思わぬ足かせとなることがあります。

 そのため、おまとめローンの利用を検討するときは、信用情報を傷つけずに借金を一本化できるメリットと、上記のような支払不能時におけるリスクを慎重に検討し、おまとめ後にきちんと支払いをできる状態になるかどうかを考えたうえで進める必要があります。

 

弁護士 平本上之亮

 

個人再生でやってはいけないことは?~個人再生⑤~

 

 個人再生は、経済的困窮に陥った債務者にとって自宅を確保できるなど大きなメリットのある制度ですが、裁判所を通じて行う公的手続であるため手続の公平性や透明性が重要であり、不適切な行為があった場合にはうまくいかなくなることがあります。

 そこで今回は、個人再生において、どのようなことをすると失敗してしまう可能性があるのか、すなわちどのような行為をしてはいけないのかついて、いくつか問題になりやすいものに焦点を当ててお話したいと思います。

 

 

1 財産目録に不正の記載をすること

 個人再生も自己破産と同様に手続の公正さが強く要求され、財産隠しなど不正な手段を用いた場合には債務カットという恩典を与えるべきではないため、このような場合には再生手続が廃止されます。

 また、盛岡では、弁護士が代理人に就任した場合、通常は個人再生委員は選任されないことが一般的ですが、もし、裁判所の審査の過程でそのような疑いを招いた場合、事実関係の調査等のため、数十万円の予納金を上乗せして個人再生委員の選任が必要となることもあります。

 そのため、個人再生を進めていく上では、このような疑いを招くことのないよう、些細な財産でもしっかりと申告するよう気をつける必要があります。

 当職自身、過去に一度だけ口座を隠していた方がおり、口座を隠していた理由やその間の取引状況などからやむなく申立前に辞任せざるを得なかったケースがありますが、そのような行為は自分自身の首を絞める結果になりますので、行うべきではありません。

 

2 決められた期限に再生計画案を提出しないこと

 個人再生においては再生手続開始決定時にその後のスケジュールについても決められますが、その中でも再生計画案の提出期限は重要であり、万が一期間を経過してしまった場合、個人再生手続は廃止されてしまいます。

 専門家が代理人についているケースでは提出期限を気にしすぎる必要はありませんが、ご本人でチャレンジするという場合には注意すべきポイントです。

 なお、本来の期限に提出することができない場合には、事前に期限を延長してもらうよう裁判所に求めることも可能です(民事再生法163条3項)が、必ず認められるとは限りませんので、できる限り当初の期限内に提出する方が無難です。

 

3 裁判所の指示した積立をしないこと

 個人再生は、一定の金額(最低弁済額)を3~5年間で支払うことができる場合に認められるものですので、再生手続開始決定がなされると、想定される最低弁済額を念頭に、再生計画案を提出するまで毎月一定額の積立を行い、再生計画案の提出時には積立状況報告書を提出することになっています(履行テスト)。

 このように、手続開始後には裁判所から毎月の積立を求められることになりますが、この点を甘く見て途中で積立をしないことがあると、履行可能性がないとして再生手続が失敗する危険性がありますので注意が必要です。

 

4 一部の債権者を除外したり、優先して返済すること

 個人再生に限らず、法的整理では債権者平等の原則が強く働きますので、一部の債権者のみを優遇することはできません。

 ご相談をお受けしていると、親族やお世話になった方などという理由で一部の債権者を手続から除外したり支払いをしたいと希望される方もいらっしゃいますが、そのような行為をすると不当な目的あるいは不誠実な申立であるとして個人再生自体が認められなくなる可能性がありますので要注意です。

  

5 申立の直前に財産を移転すること

 財産目録の不正記載に似た話ですが、申立の直前に財産を他人名義に移転すること(たとえば自動車や不動産など)や誰かに自分のお金をあげたりすること(贈与)はいわゆる否認対象行為として、その財産が自分のものであることを前提に最低弁済額を考えていくことになりますので、意味がありません。

 もっとも、このような行為についてはその程度で済めば良い方で、これも最悪の場合、不当な目的ないし不誠実な申立として再生の申立が棄却されてしまう危険がありますので、絶対にしてはいけない行為の一つです。

 

6 弁護士への依頼後に新規に借入をしたり債務を負担すること

 このような行為も、不当な目的ないし不誠実な申立として、故人再生の申立が棄却されてしまう可能性があります。

 

 いかがだったでしょうか?

 幸い、これまで当職が申立に関与したケースでは、このような理由によって手続自体が頓挫したものはありませんが、個人再生においては、今回申し上げたように手続の進行状況に応じて気をつけるべき点が多くありますので、申立をお考えの際には専門家への依頼をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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給与ファクタリングが貸付であると判断した裁判例(東京地裁令和2年3月24日判決)

 

 以前のコラムで給与ファクタリングを巡る状況について解説しましたが、この点について、給与ファクタリングは実質的に貸付けであり、貸金業法や出資法の適用対象であると判断した東京地裁令和2年3月24日判決がありますので、今回はこの判決をご紹介します。

 

 このケースで給与ファクタリング業者は、業者と利用者との間において、利用者が勤務先から直接給与を受け取った場合、利用者が譲渡した給与債権を業者から額面額で買い戻す合意があったと主張し、そのような買戻合意に基づき、譲渡を受けた給与額と同額の支払いを求めました。

 これは要するに、額面10万円の給与債権を6万円で譲渡した場合、その後に利用者が勤務先から10万円の給料を受け取ったときは、利用者は10万円を払って業者から給与債権を買い戻さなくてはならない約束があったという主張ですが(=利用者は債権譲渡によって業者から6万円を受け取り、最終的には買戻代金として10万円を払う。)、裁判所は以下の通りこのような取引は貸金業法や出資法に定める貸付けに該当し、法律の定める利率を大幅に超過するため無効であると判断しました。

 

東京地裁令和2年3月24日判決の要旨

①貸金業法や出資法は、規制対象となる貸付けに「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」によってする金銭の交付を含む旨定めている(貸金業法2条1項本文、出資法7条)。

 

②これらの規制の立法趣旨が、高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資すること等であることからすると、金銭消費貸借契約とは異なる形式であっても、契約の一方当事者の資金需要に応えるため、一定期間利用後の返済を約して他方当事者が資金を融通することを主目的とし、経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付については、「これらに類する方法」に該当する。

 

③給与債権の譲渡については、労働基準法上も譲渡を禁止すべき規定はなく一律に無効と解すべき根拠はないが、労働基準法24条1項の趣旨からすれば、労働者が賃金債権を譲渡しても使用者はなお労働者に直接賃金を支払われなければならず、譲受人は直接使用者に支払いを求めることはできない(最高裁昭和43年3月12日判決)ため、給与ファクタリング業者は、常に労働者を通じて賃金債権の回収を図るほかない。

 

④そうすると、給与ファクタリングを業として行う場合には、業者から労働者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく、労働者から賃金を回収することが一体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。

 

⑤利用者が譲渡した給与額を支払わないと業者からは厳しい取立てがなされ、使用者に債権譲渡が通知されて信頼を損なったり迷惑をかけるおそれがあり、支払いをするまでこのような請求を受け続けることになるが、このことから裏付けられるように、本件取引では、利用者は譲渡した給与債権の支給日に、譲渡した給与債権額を業者に払うことが当然の前提とされている。

 

⑥業者は、給与ファクタリングは勤務先の破綻による不払いのリスクを抱えており通常の貸付けとは異なる危険を負担していると主張するが、仮に勤務先が破綻しても給与債権は破綻手続において手厚く保護されており、利用者自身が破綻した場合に比べて不払いの危険は極めて小さく、そもそも勤務先からの回収ができなくなった場合には利用者からの回収も見込めなくなるのであるから、給与ファクタリング業者が通常の貸付けと異なる危険を負担しているとは言い難い。

 

⑦したがって、給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付と同様の機能を有するものと認められ、本件取引による債権譲渡代金の交付は、「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」による「貸付け」に該当する。

 

⑧業者が裁判で支払いを請求している取引について年利換算すると、年利850%を超える利率となっており、貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するから、本件取引は同項により無効であるとともに出資法5条3項に違反し、刑事罰の対象となる。

 

 この判決では、給与債権を譲渡しても労働基準法24条1項によって業者は勤務先に直接請求できないため、業者が支払いを受けるには結局労働者を通じて回収するしかないことや、支払いをしないと業者から利用者に厳しい取立がなされるという実体に着目し、給与ファクタリングは貸付けに該当すると判断しています。

 なお、このように考えた場合、業者が利用者に債権譲渡代金として支払った金額を返還する必要があるのかが別の問題として残りますが、この判決では、このような支払いは不法原因給付に該当するため利用者は返還義務を負わないと判示されています。

 

 給与ファクタリングを巡っては、弁護士が介入した後も業者が利用者や勤務先へ取立を継続したため、利用者本人への接触や勤務先への電話等を禁止する仮処分が出された例もあるようですが(熊本地裁令和2年2月12日決定)、報道によると警察による摘発も始まっており、今後、刑事事件として司法判断が下される可能性がありますので、当職としても引き続き動向を注視していきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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2020年8月26日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所