遺言は本人の最後の意思を実現するものであるため、可能な限り本人の意思を尊重しなければなりませんが、他方で偽造防止等の観点からその方式は厳格に定められています(遺言の様式性)。
そのため、法律で定められた方式に違背した遺言を作ってしまうとその遺言は無効になってしまいますが、遺言の中でも自筆証書遺言については、全文や日付・氏名のほかに押印も必要とされています。
では、自筆証書遺言を作ることにして、先に日付や署名など他の部分は完成させた後に、最後の押印だけを別の日に行ったという場合、果たしてその自筆証書遺言は有効なのでしょうか?
この点について最高裁は、そのような場合には遺言書に記載されている日付と押印した日が相違していても、自筆証書遺言は有効と判断しました。 「自筆証書によって遺言をするには、真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照)、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年〇月〇日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されていることになる。 しかしながら、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。 したがって、【遺言者】が,入院中の平成27年△月△日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年〇月〇日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」
このケースにおいて、原審の高等裁判所は遺言の様式性を重視して遺言を無効と判断しています。
最終的に結論が覆ったとはいえ、最高裁までもつれ込む争いになってしまったのは要式性が厳格に求められる自筆証書遺言であったためと思われ、もしもこのケースで作られたのが公正証書遺言であったならば、少なくとも遺言の方式に関する紛争は起きなかったように思われます。
自筆証書遺言には作る際の手軽さというメリットがあり、また、ご本人の体調との兼ね合いで公正証書遺言では対応できないケースもあると思われますが、遺言の様式性を巡って長い紛争になるリスクを考えると、公正証書遺言で対応できるケースはそちらを選択した方が無難であると思われます。
弁護士 平本丈之亮