小規模個人再生と給与所得者等再生の違いとは?~個人再生⑧~

 

 自宅を残して債務の一部を減免してもらうことのできる債務整理の手続として、「個人再生」というものがありますが、実は、個人再生には「小規模個人再生」と「給与所得者等再生」という2つの手続が存在します。

 

 今回は、この2つの手続の違いや、どちらの手続を先に検討するべきかなどについてお話しします。

 

債権者の書面決議の要否

 小規模個人再生では再生債権者の書面決議の制度があり、債権者の過半数あるいは債権額の過半数の反対があった場合には不認可になります。

 

 これに対して、給与所得者等再生では、このような書面決議が不要とされています。

 

最低弁済額の計算方法の違い(可処分所得要件の有無)

 小規模個人再生では、①債権額に応じた一定の金額(多くは100万から総債権額の20%程度までの間)か、②自由財産を除いた資産総額のいずれか高い方が最低弁済額になります(→「個人再生をすると、負債はどれくらい減るのか?~個人再生②・最低弁済額~」)。

 

 これに対して、給与所得者等再生の場合は、最低弁済額を計算する際、①②の条件に加えて、③2年分の可処分所得以上の金額であることが必要とされています(可処分所得要件)。

 

対象者の違い(定期・安定収入)

 給与所得者等再生は、給与やこれに類する定期的な収入があり、かつ、その変動が少ないことが要件となっています。

 

 そのため、個人事業者や、給与所得者でも過去2年以内に大きな変動(概ね2割程度の変動)があるようなケースだと、収入の定期性や安定性を欠くとして給与所得者等再生の利用ができないことがあります。

 

 なお、ここでも求められているのはあくまで収入が定期的・安定的であることであり、給与であることまでは必要ではありません。

 

 そのため、たとえば年金収入や家賃収入も定期的に入ってくるもので変動が少なければ要件をみたす可能性がありますし、個人事業者であっても、給与生活者と変わらないような収入状況であればケースによっては要件を満たす場合もあり得ます。

 

過去に破産している場合等における利用の可否

 給与所得者等再生の場合、いわゆるモラルハザード防止の観点より、過去7年以内に破産免責を受けている場合、過去7年以内に給与所得者等再生の認可決定を受けている場合、過去7年以内にハードシップ免責を受けている場合には、改めて給与所得者等再生を利用できないという制限があります。

 

 小規模個人再生については、そのような縛りはありません。

 

どちらを先に検討するべきか?

 給与所得者等再生は、再生計画の認可について債権者の議決を必要としないという独自のメリットがある一方で、安定的かつ変動の少ない収入を得ているという要件が必要であり、2年分の可処分所得以上の金額を支払う必要があるため小規模個人再生よりも最低弁済額が高くなりがちです。

 

 また、実務上、小規模個人再生で不同意の意見を提出する債権者は少なく、仮に不同意を出しそうな債権者がいたとしても、それが過半数を超えない場合には不認可になることはありません。

 

 そのため、債権者数あるいは債権額の過半数の不同意が見込まれるような場合を除き、債務者としてはまずは小規模個人再生を検討した方がよいと思います(当事務所でもほとんどが小規模個人再生です)。

 

 実際、裁判所の利用件数としても以下の通り圧倒的に小規模個人再生が利用されていますが、これは上記のような理由からと思われます。

 

令和元年の司法統計

小規模個人再生  12,764件

給与所得者等再生    830件

 

弁護士 平本丈之亮

個人再生をする場合、財産処分はしなければならないのか?~個人再生⑦~

 

 個人再生は、自己破産と同様に法律に基づいた債務整理の手続(=法的整理)です。

 

 このように「法的整理」という点だけを聞くと、個人再生も自己破産と同じように自分の財産処分をしなければならないのではないか、と不安に思われる方がいらっしゃいます。

 

 この点は個人再生のメリットというコラムでも少しお話ししているところですが、今回は個人再生と財産処分との関係についてもう少し詳しくお話ししたいと思います。

 

住宅

 

 自己破産の場合、残念ながら住宅は失うことが一般的です。

 

 これに対して個人再生の場合は、「住宅資金特別条項」という特別の条項を再生計画案に盛り込むことにより、住宅を確保しながら他の債務の減免が認められていますので、財産処分の必要はありません。

 

 なお、住宅価値と住宅ローンを比較して住宅価値の方が高い場合(=アンダーローン)でも、その差額分を一括で支払う必要性はなく、差額分を資産として計上し、分割での返済計画の場面で考慮すれば足ります。

 

 これに対して、住宅価値よりも住宅ローンの方が高い場合(=オーバーローン)の場合は、住宅価値は0と評価され、返済額の計算にも影響はありません。

 

自動車

 

 自動車については、信販系のローン付で購入したかどうか、また、債務整理の時点でローンが残っているかどうかによって結論が異なります。

 

 ローン付で購入し、債務整理を始める段階でもローンが残っている場合には、銀行系や信金系、労働金庫などのカーローンを利用した場合を除き、基本的には契約に従って自動車は失うことが一般的です(所有権留保)

 

 これに対し、ローンが残っていない場合には、個人再生を申し立てても自動車を売却する必要はなく、自動車の価値を返済計画の中で考慮すれば足りることになります。

 

保険

 

 保険についても、特に解約の必要はありません。

 

 もっとも、解約返戻金が多額であり、他の財産と合算した結果、財産総額が高額になってしまう場合には、その影響で債権者に支払わなければならない最低弁済額が高額になることがありますので、そのようなケースではあえて保険を解約して解約返戻金を頭金にあて、残りを3~5年の分割にする形で再生計画案を作成しなければならないこともあります。

 

 また、その他にも、保険料が過大な負担となって返済原資が捻出できないケースでも、やむを得ず解約せざるを得ないことがあります。

 

退職金

 

 個人再生をするからといって退職する必要はありませんので、退職金を直接債権者への支払いにあてることはありません。

 

 退職した結果、支払能力を失ってしまえば支払いができなくなり、本末転倒な結果になるからです。

 

 退職によって退職金が発生する場合の扱いについてには、既に支給が決まっているようなレアケースを除き、その時点での退職金支給見込額の8分の1を資産として計上し、返済額を計算すれば足りることになっています。

 

預金・積立金など

 

 このようなものも基本的には財産処分の必要はなく、他の資産と同様に債権者への返済額を計算するための資料として扱えば足ります。

 

 もっとも、資産を全て合算した結果、返済総額が高くなりすぎてこのままでは支払いができないというケースでは、保険のところで述べたのと同様に、預金などを頭金に充てて返済計画を成り立たせるよう工夫せざるを得ないことはあります。

 

財産処分をしなくても良いのが個人再生の大きなメリット

 

 以上のとおり、個人再生については、一定の例外はあるものの、多くの財産は実際に処分することなく、負債の一部について減免が認められる手続です。

 

 個人再生というと住宅を確保できることや負債の減免というメリットにのみ目が行きがちですが、住宅以外の財産処分が不要である点も大きなメリットですので、住宅以外に残したい財産があるようなときは個人再生について検討する価値があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

給与等の差押えと民事執行法の改正(取立期間延長や教示制度)

 

 以前のコラムで、債権回収の実効性を高めるために民事執行法の改正がなされたというお話をしました。

 もっとも、債権者の権限が強化されたことによって、給料やボーナス・退職金の差押えについて債務者の生活に大きな影響が出る可能性があることから、今回の改正で、この点についても以下のような手当がなされました。

 

取立権発生時期が1週間から4週間になった

 差押命令が債務者に送達されてから1週間が経過すると、債権者は取立ができるようになります(給与であれば、直接勤務先に支払いを求めることができるようになります)。

 ところで、給料の差押えは原則として4分の3が差押禁止(養育費等は2分の1)とされていますが、元々の給料が少ないと、たとえ4分の1の差押えでも生活ができなくなってしまうという債務者も存在します。

 そこで、そのような場合には「差押禁止債権の範囲変更」の申立を行い、裁判所が生活状況をみて必要があると判断した場合、差押えの範囲を減らす(=差押禁止債権の範囲を変更する)ことができます。

 もっとも、制度上はそうなっていても、実際には取立権が発生するまでの期間が1週間と非常に短く、しかも、取立が完了した後では差押禁止債権の範囲変更は認められないため、2回目以降はともかく、少なくとも1回目の給料について差押えの変更を求めることは非常に困難でした。

 そこで、今回の民事執行法の改正では、給与等の債権を差し押さえる場合、例外的に取立権の発生時期を差押命令の送達後1週間から4週間に延ばしました(民事執行法第155条2項)。

 

婚姻費用や養育費等の不払いによる差押えの場合は1週間のまま

 このように、給与等の差押えの場合、債務者の保護を考慮して取立権が発生するまでの期間が伸びましたが、他方、差し押さえる債権者側のことも考える必要があります。

 特に、養育費等の不払いのようなケースでは、権利者側の収入が少ないと1回の遅れが生活困窮に直結しますし、債務者は合意や裁判所の判断によって支払いしなければならない立場である以上、不払いによって不利益を受ける債権者の方をより保護すべきと考えられます。

 そこで、下記①~④の義務に基づく債権を有する者が給与等を差し押さえる場合には、取立権の発生時期は延長されずに1週間のままとされました(民事執行法第155条2項括弧書、同151条の2第1項1号ないし4号)。

 

 ①夫婦間の協力扶助義務 

 ②婚姻費用 

 ③養育費 

 ④扶養料 

 

裁判所からの手続きの教示

 また、一般の方の中には、差押禁止債権の範囲変更の申立といっても、そもそもそのような手続きがあることすら知らない方も多く、知らないために不利益を受けるというのも望ましくありません。

 そのため、今回の改正では、差押命令を送達する際に、債務者に対して、差押について変更の手続があることを知らせることとなりました(民事執行法第145条の4項 なお、こちらの制度は給与などの差押えの場合に限りません)。

 

婚姻費用や養育費などで合意するときは名目に注意

 今回の改正によって、養育費などの不払いがあったことを理由に給与やボーナス等を差し押さえる場合、取立権の発生時期は4週間ではなく従来通り1週間のままで維持されました。

 もっとも、このような優先的な取り扱いがなされるのは、差押えの根拠となる権利(債権)が養育費や婚姻費用などの場合ですので、合意内容から権利の性質が不明確な場合、取立可能になる時期が1週間ではなく4週間にされてしまう可能性があります。

 たとえば、合意の際、支払いの名目を解決金や和解金などという曖昧な表現にしたり、財産分与の中に養育費を含め養育費分もまとめて財産分与という名目にしてしまったりすると、債権の中身がこの特例の対象になるどうかがわからず差押えの段階で不利益を受ける可能性があります。

 裁判所の命令であればこの点が不明確になることは考えられませんが、合意で解決するときは、万が一不払いとなった場合を見据えてどのような表現にするのが良いかを考えて対応する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

家庭内別居と財産分与の基準時

 

 財産分与で問題になるものとして、どの時点を基準に財産分与を決めるのかということがあります。

 

 この点については原則として別居時に存在した財産が基準となりますが、ご相談を受けていると、実際に別居した時期よりも相当前から家庭内別居の状態だったので、家庭内別居が始まった時点を基準にするべきではないかというご質問を受けることがあります。

 

 このような話は、別居時点を基準とするよりも家庭内別居を開始した時点を基準とした方が分与すべき額が少なくなるケースで生じるものであり、自分名義での財産を多く保有している側(多くの場合は夫)から呈される疑問ですが、このような主張がどこまで通るのかが今回のテーマです。

 

財産分与の基準時が原則として別居時とされる理由

 財産分与はそれまで夫婦が築き上げた財産を清算する制度であるため、財産形成に対する夫婦の経済的協力関係が終了した時点を基準に清算するのが公平です。

 

 そして、夫婦が別居に至った場合、通常、その時点で夫婦間の経済的協力関係が終了するため、財産分与の基準時は原則として別居時とされています。

 

 このように財産分与の基準時を別居時とする根拠は、通常は別居の時点で夫婦間の協力関係が終了するところに求められます。

 

家庭内別居の場合は?

 そうすると、逆に言えば、たとえ同居していても既に財産形成に対する経済的協力関係が終了したといえる場合であれば、その時点を基準時とすることも不可能ではないことになります。

 

 もっとも、曲がりなりにも同居を継続している場合に、家庭内別居であるとして夫婦間の経済的な協力関係が完全に終了していたと証明することは困難であるため、実際には家庭内別居との主張によって基準時を別居以前に遡らせることは難しいところです。

 

 たとえば東京地裁平成17年6月24日判決は、「財産分与は、夫婦が協力して形成した財産を対象とするものであるから、本件においては、協力関係の終了したと考えるべき別居時点(平成15年○月○日)を一応の基準時として、財産分与の対象とすべきと考える。」「被告は、平成13年秋以降、原告において被告の食事を一切作らなくなった経緯を考慮し、同年○月の住宅ローンボーナス支払いの前の時点を基準時とすべき旨主張するが、平成15年○月○日までは同居しており、同居中は財産形成の協力関係は一応継続していたというべきであって、その間の財産の増減は、一切の事情として分与にあたり考慮すれば足りるというべきである。」と判断し、別居時点を基準時とする判断を下しています。

 

 以上のように、家庭内別居を理由に財産分与の基準時を別居以前に遡らせるのはなかなか難しいところですので、この点について争う場合には単に家庭内別居であったという抽象的な話ではなく、夫婦間の経済的協力関係がなくなっていたことを裏付ける事実を丹念に拾い上げて主張・立証していくことが必要となります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年10月28日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺留分の請求に対して寄与分で対抗できるか?

 

 被相続人の生前贈与や遺言によって遺留分を侵害された相続人は、遺留分を侵害した相続人や第三者に対して遺留分侵害額請求(改正前民法では遺留分減殺請求)をすることが可能です。

 

 このうち、遺留分の請求を受けたのが相続人である場合、被相続人の生前に故人の療養監護に努めたり家業に尽力した等の理由で自分には「寄与分」があるはずだとして、これを理由に遺留分の請求額を減らせないか、という質問が出ることがあります。

 

 そこで今回は、被相続人のために尽くしたこと(=寄与分)が遺留分の請求に対して抗弁として機能するのかどうかについてお話ししたいと思います。

 

遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)に対して、寄与分では対抗できない

 結論から言えば、遺留分の請求に対して寄与分を抗弁として主張しても意味はないと考えられています(東京高裁昭和60年9月26日判決、東京高裁平成3年7月20日判決、東京高裁平成10年3月31日判決(上告審の最高裁平成11年12月16日判決も原審の判断を是認。))。

 

 直接的な理由は、寄与分について定める民法904条2を遺留分の計算に準用する規定が存在しないためですが、そのほかにも寄与分は家庭裁判所での審判で具体化されるものであり訴訟手続になじまないとか法技術的に困難である、といったことも理由としてあげられています。

  

 寄与分は遺産分割の場面では法定相続割合を修正する上で意味を持ちますが、今回お話ししたとおり、少なくとも遺留分の場面で寄与分の主張をしても抗弁としての意味をなさないため、相続人が生前贈与や遺贈を受けることを検討する際には、この点を踏まえて慎重に行動する必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮 

 

2020年9月30日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

退職が近い時期に個人再生は利用できるのか?~個人再生⑥~

 

 個人再生手続の利用を希望する場合、その時点で既に退職が間近に迫っているケースがあります。

 もっとも、個人再生は債務の一部を免除してもらい、一定額を3~5年で支払うという手続であるため、このように退職の近い時期にある方が利用できるのかが問題となります。

 

継続的に又は反復的な収入がある見込みがあれば可能

 個人再生の基本的要件の一つとして、継続的に又は反復して収入を得る見込みがあることが必要ですが、仮に退職が迫っていたとしても、退職後もそのような収入を得る見込みがあれば利用することは可能です。

 もっとも、退職が近いことによって、個人再生の利用に次のような問題が生じる場合があります。

 

給与所得者等再生の利用は難しくなる場合がある

 個人再生には、債権者の議決を要する「小規模個人再生」と、そのような議決を要しない「給与所得者等再生」の2つがあります。

 

 このうち給与所得者等再生については、最低弁済額の計算において2年分の可処分所得以上であることを求められるため、小規模個人再生よりも最低弁済額が増える場合がありますが、単独で過半数の債権額を有する債権を持つ債権者がいるようなケースでは再生計画が否決されるリスクを避けるため、給与所得者等再生を選択せざるを得ないことがあります。

 

 しかし、給与所得者等再生では、給料やこれに類する定期的な収入を得る見込みがあり、かつ、収入の変動の幅が少ないという条件が必要であり、収入に5分の1以上の変動があると変動の幅が大きいと判断されやすいことから、退職後の収入の見込みによっては給与所得者等再生の利用が難しくなる可能性があります。

 

高額な退職金があると、個人再生が使えない場合や最低弁済額が増える可能性がある

 個人再生で再生計画案を立案する場合、破産した場合に債権者に配当される額以上の支払いができることが必要(=清算価値保障原則)ですが、退職金が存在するとその支給見込額を最低弁済額の計算に組み込む必要があります。

 

 通常、退職金についてはその時点における支給見込額の8分の1相当額で評価すれば足りるため、実際には退職金を考慮しても返済額に影響がないか、影響があっても微々たるものであることが多いのですが、退職がもう決まっているなど退職金の支払いが具体化したタイミングだと清算価値の計算においては4分の1として評価しなければなりません(なお、実際に支給されてしまった場合には全額で評価します)。

 

 そのため、退職までの期間が近いと最低弁済額が跳ね上がってしまい、再生計画を履行できなくなったり、弁済計画の履行自体は可能であっても毎月の負担額が大きく上がってしまう可能性があります。

 

 たとえば、負債総額が500万円のケースだと、その5分の1である100万円と本人の財産額を比べて高い方が最低弁済額になりますが、仮に財産は退職金しかなく、その時点で退職したら800万円の退職金が支払われる見込みという場合、退職金は8分の1の100万円と評価すれば足りるため返済総額は100万円になりますが、4分の1として評価しなければならない場合には返済総額は200万円になってしまうため、退職金の支払いがどの程度現実化しているのかによって負担額が大幅に変わることになります。

 

 このように、退職間近であっても個人再生を利用できる可能性はあるものの、状況によっては様々な問題が生じることがあります。

 

 そのため、個人再生の利用をお考えの方で退職が徐々に近づいている方については、時機を逸することで結果に大きな違いが生じる可能性があるため、決断のタイミングには注意を要します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

夫婦間の金銭貸借と夫婦共有財産の関係について

 

 夫婦が離婚する場合には、残っている財産や負債だけではなく、過去の様々なお金のやり取りも含めて清算することがありますが、その中で問題となることがあるものが夫婦間でのお金の貸し借りです。

 そこで今回は、夫婦間のお金の貸し借りがあった場合に、離婚の際に、これがどのように扱われるのかについてお話します。

 

多くは財産分与その他の離婚条件の交渉時に同時に協議される

 このような貸し借りについては、他の財産の清算と同時に解決することが楽であるため、財産分与などの問題を扱うのと同時に話し合い、その中で清算されることが多いかと思います。

 

離婚協議等で解決できない場合

 しかしながら、借入の事実や現在の貸金残高などに認識の食い違いがあるなどの理由により、離婚時にまとめて解決できなかった場合、納得できなければ最終的には民事訴訟によって解決が図られることになります。

 

貸金の原資が夫婦共有財産だった場合は?

 ところで、このような訴訟の中では、そもそも金銭の授受があったかどうかや返済の約束があったのかどうか、返済の有無等が争点になると思われますが、そのほかの問題として、たとえば貸金の原資となったお金が夫婦共有財産だった場合、果たして貸金が成立するといえるのか、ということも問題となります。

 貸金の原資が夫婦共有財産だった場合、実質的には夫婦共有財産を相手に渡しただけとも思えるため、仮に貸金の形式を整えていたとしても金銭消費貸借は成立しないのではないか、というのがここでの問題意識ですが、この点については、以下のような裁判例が存在します。

 

東京地裁平成30年4月16日判決

「被告は、原告から交付を受けた金員は、夫婦の共有財産であると主張するところ、原告と被告は夫婦であり、証拠(原告本人,被告本人)によれば、被告は、収入を(全部か一部かはともかく)原告に渡し、原告は、被告から受領した金員と原告自身の収入から生活費を支出していたことが認められる。そうすると、被告が、原告から○○○円を借りたことを認める確認書で署名しているとはいえ、その原資が夫婦の婚姻後に形成された共有財産である場合には、被告は、当該共有財産を費消したにすぎないことになるから、原告の被告に対する貸金には当たらないことになる。
 したがって、上記金銭の授受が、原告の被告に対する貸金であるといえるためには、原資が原告の特有財産であることが必要である。」

 

※令和3年3月5日追記

東京地裁令和2年7月9日判決

「離婚に伴う財産分与は、法律上の夫婦の離婚時における財産関係の清算及び離婚後の扶養等のために、法令に基づき分与者に属する財産を相手方へ給付するものである。これに対し、本件貸付け1に係る金員の返還の法的根拠は契約であって、不当利得返還請求等のように法令に基づき当事者間の利得損失の清算を行うものではないから、本件貸付け1の原資が原告及び被告の実質的共有財産と認められる余地があると仮定しても、原告が被告に対して契約に基づきその返還を求めることは、その法的根拠を財産分与とは異にしており、本件離婚に伴う財産分与として金員の支払を求めるものとはいえない。本件貸付け1に係る貸金債権に基づく請求を認容しても、上記の事情が本件離婚に伴う財産分与において考慮されるから,当事者間の衡平を害することにならない。」

 

 平成30年の裁判例では、結局、借りたことを書面で確認した金額の一部については夫婦共有財産が原資であったとして、それを除いた部分に限って貸金が成立するという判断が下されています。

 この裁判例を前提にすると、夫婦間で貸し借りの形でお金のやりとりがあったとしても、その原資が夫婦共有財産であると判断された場合には貸金の返還が認められないことになりますので、夫婦間での貸し借りについては、単に借用書を作成するだけではなく、その原資が夫婦共有財産とは無関係のものであることについても明らかにする必要があることになります。

 他方、令和2年の裁判例では、契約によって成立する貸し借りの問題と財産分与は一応別の問題であり、その資金の出所が夫婦共有財産であるという事情は財産分与の中で検討すれば足りるというスタンスを取っていますので、原資が夫婦共有財産であるという事情は貸金請求の場面では反論として意味がないことになります。

 

貸金の成立が否定された場合、渡したお金の取り扱いはどうなる?

 このように、この点に関する裁判所の判断は分かれているようですが、もしも原資が夫婦共有財産であるため貸金は成立しないと判断された場合に渡したお金がどう扱われるかについては、渡したお金がそのまま、あるいは別の形で残っているのであれば、財産分与の対象財産となります。

 これに対して、渡したお金がもはや残っていない場合には、これを残っていると仮定して分与対象財産に含めることは難しいと思われますが、たとえばその使い道が浪費など問題のあるものだった場合には、その程度によっては寄与割合において考慮される余地はあると思います(たとえば東京高裁平成7年4月27日判決では、ゴルフ等の遊興に多額の支出をし,夫婦財産の形成及び増加にさほどの貢献をしていないことを一つの理由として、夫婦の分与割合に修正を施しています)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年9月15日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

おまとめローンの注意点と債務整理への影響

 

 借入件数が多くなり支払いが難しくなった場合、債務整理(任意整理・個人再生・自己破産)をするという方法のほか、おまとめローン(借り換え)によって債務を一本化するという選択肢があります。

 

 おまとめローンは、上手に活用することができれば、信用情報に傷をつけることなく支払いを可能にできるメリットがありますが、他方で、途中で支払不能になった場合、その後の債務整理において選択肢が狭まってしまう可能性があります。

 

 そこで今回は、債務整理が必要となる場面において、おまとめローンにどのようなリスクがあるのかについてお話ししたいと思います。

 

保証人を巻き込むリスク

 

 おまとめローンの金額等にもよりますが、おまとめローンを利用する場合、保証人を求められることがあります。

 

 万が一、おまとめローンを含む債務について支払不能になった場合、自己破産や個人再生をしたとしても保証人の責任は免除されないため、保証人に多大な迷惑をかけることになります。

 

 そのため、おまとめローンを利用するかどうかを検討するときは、保証人を求められる可能性があるかどうか、また、本当におまとめローンを最後まで完済できるのかを慎重に考える必要があります。

 

再生計画否決のリスク(小規模個人再生)

 

 また、債務整理の手法の一つである個人再生のうち、小規模個人再生については、債務者数か債務額の過半数について反対があると再生計画が否決されてしまいますが、おまとめローンを利用したことで単独過半数を占める債権者が生じた場合には、その債権者の反対によって小規模個人再生がうまくいかなくなる可能性があります。

 

 このような事態が想定される場合には、もう一つの方法である給与所得者等再生を検討することになりますが、債務者が「給与所得者等」であることや収入の変動の幅が小さいという要件(※)があることや、2年分の可処分所得以上の返済を要する関係で小規模個人再生よりも必要返済額が増えてしまう可能性があります。

 

※給与又はこれに類する定期的な収入を得る見込みがあり、その額の変動の幅が小さい(=年収換算で5分の1未満の変動が一応の目安)こと

 

個人再生で住宅資金特別条項を利用できないリスク(不動産担保ローンがある場合)

 

 また、個人再生の大きなメリットは自宅を残しながらそれ以外の債務を圧縮できるところにありますが、そのためには再生計画に住宅資金特別条項というものをつけなければなりません。

 

 ところが、この住宅資金特別条項をつけるには、自宅に住宅ローン以外の担保がついていないことが要件となっているため、おまとめローンの融資条件に自宅への担保権の設定が含まれていた場合、住宅資金特別条項を利用できなくなってしまいます。

 

 

 以上の通り、おまとめローンを利用する場合、その条件として保証人をつけたり自宅への担保権の設定が必要とされると、支払いできずにいざ債務整理をしなければならないという段階で思わぬ足かせとなることがあります。

 

 そのため、おまとめローンの利用を検討するときは、信用情報を傷つけずに借金を一本化できるメリットと、上記のような支払不能時におけるリスクを慎重に検討し、おまとめ後にきちんと支払いをできる状態になるかどうかを考えたうえで進める必要があります。

 

弁護士 平本上之亮

 

夫に認知した子どもがいることは、婚姻費用や養育費の計算に影響するのか?

 

 夫の不貞行為によって子どもが生まれ、認知するケースがありますが、では、このようなケースで(元)妻が婚姻費用や養育費を請求した場合、夫側に認知した子どもがいることは婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算において影響するのでしょうか?

 

認知した子がいると婚姻費用や養育費に影響する

 

 認知した子どもを夫婦間の子どもと同じように扱った場合、その分扶養すべき者が増えるため婚姻費用や夫婦間の子どもに対する養育費は減ることになります。

 

 なお、このようなケースのうち、認知した子が不貞行為によって生まれたような場合、夫婦間の子どもを養育する妻の側から、夫がこのような主張をすることは信義則に反し許されない、すなわち、(元)妻からの婚姻費用や養育費の計算にするにあたっては認知した子どもはいないものとして計算すべきである、という考え方もあります(岐阜家裁中津川出張所平成27年10月16日審判 ※ただし抗告審である後記名古屋高裁決定により取り消し)。

 

 しかしながら、出生の経緯がどうあれ、同じ父親の子どもである以上、夫婦間の子どもかそうでないかによって扶養義務の程度に差を設けることは相当ではないと考えられます。

 

 近時の裁判例でもこのような考え方が採用されており(名古屋高裁平成28年2月19日決定、東京高裁令和元年11月12日決定など)、不倫相手の子どもがいても、その子どもがいるものとして婚姻費用や養育費を計算することが主流の考え方ではないかと思われます(もっとも、夫が認知しただけで実際に扶養義務を果たしていない場合も同じように考えるべきかは不明です)。

 

東京高裁令和元年11月12日決定

「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり、当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず、」

 

具体的な計算方法は?

 

 以上のように、義務者に認知した子がいる場合、婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算に影響を与えますが、このようなケースはいわゆる簡易算定表が想定している事態ではないため、単純に算定表を当てはめることはできずに手計算が必要となります。

 

 この計算は複雑であり、また、婚姻費用と養育費では計算方法が異なりますので、この点は別のコラムでご説明します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

相続人への特別受益は遺留分の計算にどこまで影響するか?

 

 兄弟姉妹を除く相続人には一定の範囲で遺留分が認められていますが、一部の相続人や相続人以外の第三者に財産が生前贈与されてしまったために相続開始時の遺産が少なく、それを前提に計算すると遺留分が非常に少なくなってしまうというケースがあります。

 

 このような生前贈与には第三者に対する贈与も問題となりますが一部の相続人に対する贈与も多く見られるところであり、このような恩恵を受けていなかった相続人からすれば、相続開始時の少ない財産を基礎に計算されたのでは納得がいかず、過去の生前贈与は全額加算して遺留分を計算してほしいと望むことになります。

 

 他方、生前贈与を受けた側としても、たとえば何十年も前になされた贈与を加算して遺留分を計算すべきと言われても、もう財産は残っていないし今更持ち出されても困るという気持ちであることも多くあります。

 

 相続人や第三者に対する生前贈与については、これを加算して計算するかどうかによって基礎財産が変わり、ひいては遺留分の侵害として請求できるもの自体が大きく変わる可能性があるため、遺留分を考える上では、生前贈与をどこまで考慮すべきかが重要な問題となります。

 

 このうち、第三者に対する生前贈与は、原則として1年以内のものに限って加算され、1年よりも前の贈与については、当事者双方が生前贈与のときに遺留分権利者を害することを知り、かつ、将来も財産が増加せず相続開始時も遺留分を侵害することを予見していた場合に限って加算されることになっていますが(改正後民法第1044条1項、改正前民法1030条)、相続人に対する生前贈与については昨年の相続法改正によって規律が大きく変わりました。

 

 そこで今回は、一部の相続人に対する生前贈与が遺留分の計算にどのように影響するのかについて、昨年の相続法改正の内容を踏まえてお話ししたいと思います。

 

改正法施行前(~令和元年6月30日)

 

 以前の法律の下では、相続人に対する生前贈与が行われると、それが特別受益(※)に該当するときは、特段の事情がない限り、何年前のものでも基礎財産に加算するとされていました(最高裁平成10年3月24日判決)。

 

※①婚姻若しくは養子縁組のための贈与

 ②生計の資本として受けた贈与

 

改正法施行後(令和元年7月1日~)

 

 これに対して改正法では、昔の話をいつまでも持ち出すのはさすがに酷であろうという考えを推し進め、相続人に対する特別受益については、原則として相続開始前10年分に限り基礎財産に加算することになりました(改正後民法1044条3項、同条1項本文)。

 

 もっとも、被相続人と一部の相続人が他の相続人の権利を侵害することが分かっていたときにまで、10年以上前の話だからとして加算しないのはおかしいため、たとえば、唯一の財産である不動産を一部の相続人に贈与してしまい、将来の相続開始時にも財産が増える見込みがまったくなかったことが明らかだったような場合には、例外的に10年以上前のものでも基礎財産に加算されることになっています(改正後民法1044条3項、同条1項但書)。

 

遺留分権利者にも特別受益がある場合

 

 この場合には、遺留分を侵害している相続人と同じく、原則として10年以内の特別受益に限り、基礎財産に加算して遺留分を計算します。

 

 ただし、遺留分の計算の前提となる基礎財産を確定する上では、上記の通り原則10年分の生前贈与に限定されますが、この基礎財産をもとにして具体的な遺留分侵害額を計算する場面では、10年以上前に受けた生前贈与も全額控除されるため、具体的な計算をする際にはこの点を区別する必要があります(遺留分侵害額の計算方法を定める民法1046条2項1号では、基礎財産から控除すべき特別受益(903条第1項)について10年という制限がかけられていないため)。

 

計算例(設例は法制審議会民法(相続関係)部会第20回の資料47頁)

【事案】

相続人  X(子)とY(子)の2人

遺贈①  第三者Aに甲土地(800万円)

遺贈②  Yに乙土地(2400万円)

生前贈与 Xに丙土地(800万円・15年前

他の遺産 なし

相続債務 なし

→Xが、Yに対し遺留分侵害額請求をした。

 

【遺留分算定の基礎となる財産の額】

 800万(遺贈①)+2400万(遺贈②)

=3200万円

 

※Xへの生前贈与は15年前のものであるため基礎財産に加算しない。

  

【Xが侵害された遺留分額の計算】

 3200万(基礎財産)

×2分の1(このケースでの総体的遺留分)

×2分の1(X自身の個別的遺留分)

-800万(X自身が受けた特別受益)

=0円(→Xの遺留分侵害額請求は認められない)。

 

15年前のXへの贈与は基礎財産には加算しないが、侵害額計算では全額控除する

※総体的遺留分は相続人の構成によって3分の1の場合(直系尊属のみが相続人の場合)と2分の1の場合(それ以外)がある。

 

 以上の通り、改正前の法律と改正後の法律とでは、相続人に対する特別受益の取り扱いは大きく変わりました。

 

 相続人に対する特別受益について原則10年以内というルールができた一方で、実際に遺留分を請求する際には第三者への贈与の取り扱いや不動産等の財産評価、贈与財産の滅失毀損時の取り扱いなど複雑な判断が必要となることが多いため、遺留分の問題は弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年9月11日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所