夫婦が離婚する場合には、残っている財産や負債だけではなく、過去の様々なお金のやり取りも含めて清算することがありますが、その中で問題となることがあるものが夫婦間でのお金の貸し借りです。
そこで今回は、夫婦間のお金の貸し借りがあった場合に、離婚の際に、これがどのように扱われるのかについてお話します。
このような貸し借りについては、他の財産の清算と同時に解決することが楽であるため、財産分与などの問題を扱うのと同時に話し合い、その中で清算されることが多いかと思います。
しかしながら、借入の事実や現在の貸金残高などに認識の食い違いがあるなどの理由により、離婚時にまとめて解決できなかった場合、納得できなければ最終的には民事訴訟によって解決が図られることになります。
ところで、このような訴訟の中では、そもそも金銭の授受があったかどうかや返済の約束があったのかどうか、返済の有無等が争点になると思われますが、そのほかの問題として、たとえば貸金の原資となったお金が夫婦共有財産だった場合、果たして貸金が成立するといえるのか、ということも問題となります。
貸金の原資が夫婦共有財産だった場合、実質的には夫婦共有財産を相手に渡しただけとも思えるため、仮に貸金の形式を整えていたとしても金銭消費貸借は成立しないのではないか、というのがここでの問題意識ですが、この点については、以下のような裁判例が存在します。
「被告は、原告から交付を受けた金員は、夫婦の共有財産であると主張するところ、原告と被告は夫婦であり、証拠(原告本人,被告本人)によれば、被告は、収入を(全部か一部かはともかく)原告に渡し、原告は、被告から受領した金員と原告自身の収入から生活費を支出していたことが認められる。そうすると、被告が、原告から○○○円を借りたことを認める確認書で署名しているとはいえ、その原資が夫婦の婚姻後に形成された共有財産である場合には、被告は、当該共有財産を費消したにすぎないことになるから、原告の被告に対する貸金には当たらないことになる。
したがって、上記金銭の授受が、原告の被告に対する貸金であるといえるためには、原資が原告の特有財産であることが必要である。」
※令和3年3月5日追記
「離婚に伴う財産分与は、法律上の夫婦の離婚時における財産関係の清算及び離婚後の扶養等のために、法令に基づき分与者に属する財産を相手方へ給付するものである。これに対し、本件貸付け1に係る金員の返還の法的根拠は契約であって、不当利得返還請求等のように法令に基づき当事者間の利得損失の清算を行うものではないから、本件貸付け1の原資が原告及び被告の実質的共有財産と認められる余地があると仮定しても、原告が被告に対して契約に基づきその返還を求めることは、その法的根拠を財産分与とは異にしており、本件離婚に伴う財産分与として金員の支払を求めるものとはいえない。本件貸付け1に係る貸金債権に基づく請求を認容しても、上記の事情が本件離婚に伴う財産分与において考慮されるから,当事者間の衡平を害することにならない。」 平成30年の裁判例では、結局、借りたことを書面で確認した金額の一部については夫婦共有財産が原資であったとして、それを除いた部分に限って貸金が成立するという判断が下されています。 この裁判例を前提にすると、夫婦間で貸し借りの形でお金のやりとりがあったとしても、その原資が夫婦共有財産であると判断された場合には貸金の返還が認められないことになりますので、夫婦間での貸し借りについては、単に借用書を作成するだけではなく、その原資が夫婦共有財産とは無関係のものであることについても明らかにする必要があることになります。 他方、令和2年の裁判例では、契約によって成立する貸し借りの問題と財産分与は一応別の問題であり、その資金の出所が夫婦共有財産であるという事情は財産分与の中で検討すれば足りるというスタンスを取っていますので、原資が夫婦共有財産であるという事情は貸金請求の場面では反論として意味がないことになります。 このように、この点に関する裁判所の判断は分かれているようですが、もしも原資が夫婦共有財産であるため貸金は成立しないと判断された場合に渡したお金がどう扱われるかについては、渡したお金がそのまま、あるいは別の形で残っているのであれば、財産分与の対象財産となります。 これに対して、渡したお金がもはや残っていない場合には、これを残っていると仮定して分与対象財産に含めることは難しいと思われますが、たとえばその使い道が浪費など問題のあるものだった場合には、その程度によっては寄与割合において考慮される余地はあると思います(たとえば東京高裁平成7年4月27日判決では、ゴルフ等の遊興に多額の支出をし,夫婦財産の形成及び増加にさほどの貢献をしていないことを一つの理由として、夫婦の分与割合に修正を施しています)。 弁護士 平本丈之亮