財産分与は離婚の協議・調停・裁判のそれぞれの段階で問題となるものですが、今回は、協議や調停の段階で相手から提案されていた条件や、訴訟手続における第一審裁判所の判断が、その後の手続で拘束力があるのか、つまり、当初の提案内容や一審裁判所の判断内容が最低保証としての意味を持つのかどうかについてお話したいと思います。
協議段階で相手から提案されていた財産分与の条件は、あくまで交渉段階における提案にすぎませんので、協議がまとまらず調停に移行したときに、協議時点よりも不利な条件を提案されることはあります。
協議段階で提案した条件をあとで撤回することについては、協議では早期解決や円満解決を目指すという目的があり、そのような目的のために協議限りの提案として譲歩案を提示することは不合理ではないため、このような条件変更に問題はありません。
調停後の訴訟の場面でも、調停段階で提案されていた条件よりも不利な条件に変化することはあり、これもあまり問題視されません(ただし、あまりに不合理な条件変更があった場合には裁判所の心証が悪化するなど、手続を進めるうえで不利益が生じることはあり得ると思います)。
もちろん、裁判所は当事者が前に提案していた条件に拘束されませんので、裁判所は独自の立場から妥当な財産分与を定めることになります。
ここで問題となるのは、財産分与を命じた第一審判決について、相手側は不服はないものの、こちら側だけが不服があり不服申立をした場合に、第一審の裁判所の判断よりも不利な内容に変更される可能性はないのかどうかです。
通常の民事訴訟では、こちらが不服を申し立て相手は不服を申し立てなかった場合、単にこちらの上訴の妥当性だけが判断されるため、たとえこちら側の主張が排斥されても一審の判断より不利になることはありません(これを不利益変更禁止の原則といいます)。
しかし、財産分与についてはこの原則の適用がないとされており(最高裁平成2年7月20日判決)、こちら側だけが不服を申し立てた場合でも、裁判所が財産分与について原審よりも不利な内容に変更してしまうことがあり得ます。
たとえば、離婚訴訟の第一審でこちらが200万円の財産分与を求めていたところ、判決では100万円の財産分与が認められ、その判決に対してこちらだけが不服があるとして控訴した場合、ケースによっては控訴審で100万円を切る財産分与の判断が下る可能性があります。
相手が不服を申し立てたのであれば仕方ない面がありますが、そうでない場合にこちらからアクションを取った場合には結果的に藪蛇になってしまう危険性があることに注意が必要です。
このように、財産分与について協議、調停、訴訟のそれぞれの段階で相手が示した条件や裁判所が下した判断は、後の手続で最低保証としての意味を持ちません。
今の条件を受け入れるべきなのか、それともその次の段階に進むべきなのかについては難しい判断が求められることがありますので、迷われた場合には弁護士へのご相談をお勧めします。
弁護士 平本丈之亮