遺言書の探し方

 

相続のご相談で、亡くなった親が遺言を作成していたかどうか調べたいというご質問を受けることががあります。

 

遺言を作成する場合、遺言をした方は関係者に遺言の存在を明かしていることも多いところですが、中には家族との関係を気にして生前に遺言の所在や内容を明確にしないまま亡くなってしまい、残された相続人が困るケースもあります。

 

公正証書遺言

 

平成元年以降に作成された遺言公正証書については遺言検索システムで管理されているため、公証役場で遺言公正証書の有無を検索することが可能ですが、この制度を利用する場合、①遺言者の除籍謄本等ご本人が死亡した事実を証明する書類、②相続人の戸籍謄本、③本人確認書類、を提出することになります(検索そのものについては費用はかかりません)。

 

この検索システムを利用した場合、公証役場から遺言検索照会結果通知書(遺言検索システム照会結果通知書)が発行され、これに遺言公正証書の有無が記載されます。

 

ただし、最寄りの公証役場で検索できるのは遺言公正証書の有無と保管先の公証役場などの基本的な情報にとどまりますので、遺言の内容を確認するには、別途、遺言を作成した公証役場に遺言公正証書のコピー(謄本)を申請する必要があります。

 

自筆証書遺言

 

令和2年から自筆証書遺言保管制度が始まったことにより遺言保管所(法務局)において自筆証書遺言の保管の有無などを確認することが可能となり、申請すると保管の事実の有無が記載された遺言書保管事実証明書が発行されます。

 

こちらの請求についても遺言者の死亡の事実を証明する書類の提出が必要ですが、それ以外にも請求者の住民票や相続人の戸籍謄本等の本人確認書類が求められるほか、手数料として800円分の収入印紙や、郵便で受け取るときは返信用封筒と切手が必要となります。

 

自筆証書遺言が遺言保管所に保管されている場合には、別途、遺言書情報証明書の交付請求を行うことで遺言書の内容を確認することができますが、遺言書保管制度によって保管された自筆証書遺言については家庭裁判所での検認手続が不要となります。

 

他方、遺言保管所に保管されていない自筆証書遺言書については、残念ながらこれといった決定的な探し方はありませんので、これまでどおり故人の自宅を捜索したり取引先の金融機関に貸金庫の有無を確認するなど地道な捜索活動が必要となります。

 

 

遺言は被相続人の最後の意思ですので、せっかく作成した遺言が行方不明になってしまわないよう、遺言の存在については慎重に調査していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2025年2月18日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用や養育費の不払いによる給与の差し押さえを取り消してもらうことはできるか?

 

婚姻費用や養育費を公正証書や裁判所で取り決めた場合、約束を破ると給与の差し押さえを受けることがありますが、その際、過去の滞納分だけではなく、将来分についてもあらかじめ差し押さえの手続きをとることができます(民事執行法第151条の2)。

 

このような差し押さえが可能とされているのは婚姻費用や養育費などが生活の維持に不可欠な権利であるためですが、将来分の差し押さえは義務者にとっても負担が大きいことから、これを取り消してもらうことができるかが今回のテーマです。

 

手段はあるがハードルは高い

 

方法としてまず考えられるのは、滞納分を速やかに支払ったうえで差し押さえをした権利者に差し押さえを取り下げてもらうよう依頼することですが、過去に滞納したからこそ差し押さえに至っている以上、権利者側から取り下げを拒絶されることもあります。

 

次に、民事執行法第153条では「執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。」との定めがあるため、この条文を根拠にして差し押さえの取り消しの申し立てをすることが考えられます。

 

もっとも、この点に関連する以下のような裁判例を見る限り、一度給与の差し押さえを受けると取り消してもらうことには相当なハードルがあります。

 

 

東京地裁平成25年10月9日決定

①差押命令の発令後、義務者は支払期限の到来していた養育費等を一括して支払い、その後も期限が到来した養育費を送金した。

 

②義務者が代理人に対して期限未到来分を含めた養育費全額相当額を預託し、権利者に期限未到来分も含めた養育費全額を直ちに支払うことを提案し、それを養育費の支払いに充てる旨を代理人とともに誓約した。

①②の事情から、客観的に養育費の任意履行が見込まれる状況にあり、差押命令発令時点で養育費支払義務の一部不履行があったことによる予備的差押えの必要性は現時点では失われたというべきと判断し、将来分のよる差し押えを取り消した。

東京地裁令和5年7月27日決定

「差押えがされた後において、任意履行の見込みがあることを理由として差押えを取り消すためには、債務者が任意履行の意思を表明しているというだけでは足りず、客観的にも将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情が必要」

義務者は過去の滞納分を支払い、今後の婚姻費用については毎月必ず遅れずに支払うことを誓約する旨の裁判所宛の誓約書を作成して提出したが、それを踏まえてもなお、「客観的に将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情は見当たらない」として取り消しの申立を却下。

※東京高裁令和5年10月31日付決定も原審の判断を維持。

 

以上の裁判例では、民事執行法第153条1項によって将来履行期が到来する部分に関する給与の差し押さえを取り消すには客観的にみて今後の履行が見込まれる事情が必要であるとされています。

 

取り消しが認められた平成25年の審判例では将来の養育費相当額の全額を代理人に預託したうえで支払いを誓約している点に特徴があり、取り消しが認められなかった令和5年の審判例では誓約書を提出しただけでは客観的に履行が見込まれるとはいえないとされています。

 

今回紹介した裁判例では具体的にどの程度の準備をすれば足りるのかまでは明確に判断していませんが、いずれにしても単に将来の支払いを約束した程度では取り消しを認めてもらうのは難しそうです。

 

このように婚姻費用や養育費の滞納によって給与の差し押さえがなされてしまうと、たとえその後に支払いを約束しても差し押さえを取り消してもらうのは容易ではありませんので、一度取り決めをしたらくれぐれも不払いがないように気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

妊娠中絶について男性に対する損害賠償請求が認められた3つのケース

 

 男女交際の結果として女性が妊娠したものの様々な事情から中絶を選択せざるを得なかった場合、女性側は精神的・肉体的、あるいは経済的にも非常に大きな不利益を受けることになります。

 

 このようなときに男性側に不誠実な対応があった場合、中絶した女性側が男性側に慰謝料等の損害賠償を請求したいと考えることはごく自然なことですが、過去の裁判例上もそのような請求が肯定された例が存在します。

 

 そこで、今回は中絶を選択した女性から男性に対する慰謝料等の損害賠償が認められた近時のケースを3つほど紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年11月16日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

中絶によって直接的に身体的及び精神的苦痛を受け経済的負担を負う女性は、性行為の結果として胎児の父となった男性から、それらの不利益を軽減し解消するための行為の提供を受け、あるいは、女性と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、男性は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負う。

【男性の対応と責任の有無】

 

・男性は妊娠判明後、話合いには応じたものの、産むか中絶するか、産んだ場合には2人で協力して育てるか、いずれか1人が育てるかを選択・決定しなければならない事態に至ると有効な解決策を提示できずに約2か月間を経過させ、翌日以降は話合いに応じなくなり、女性に中絶手術を受けるかどうかの選択を委ねることとなった。

 

→女性の上記法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず女性側に生じた損害を賠償する義務がある。

 

【損害の内容】

 

①慰謝料  60万円

 

②以下の支出額の2分の1

 

・妊娠判明後中絶までの産婦人科における診察、手術等の費用から出産育児一時金と男性の支出額を除いた額

 

・産婦人科の入通院に必要な交通費

 

・葬儀代等

 

・戒名代金・葬儀の際のお布施

 

※心療内科や皮膚科の診療費や通院交通費は因果関係不明として否定。

 

※弁護士費用相当額の請求はしていない。

東京地裁令和3年7月19日判決

【男性側の対応】

 

・男性がずっとそばで支えていくことが自分の責任である、女性からの中絶した後に捨てない保証はないとの言葉に対して努力するから信じてほしい等と述べ、女性はこのような男性の言葉を受けて信頼し、妊娠中絶するが交際は続ける、という選択をして中絶を決意した。

 

・しかし、男性は、女性の中絶後、その月と翌月に会った以降は女性と会おうとしなかった。

 

【男性の責任の有無】

・男性は妊娠発覚後の原告との話合いにおいて子を産むことに難色を示し続け、他方、交際関係を将来に渡り継続する旨述べたものの、中絶後はその月及び翌月に会った以降は原告と会おうとしていない。

 

→妊娠後の話合いにおいて示した交際関係を将来に渡って継続するという意向は、男性の真意とは異なったものと推認され、女性はこのような男性の言説を信用し中絶を決意したのであるから、このような言説は女性の出産するか否かの自己決定権を侵害するものであり不法行為を構成する。

【損害の内容】

 

①慰謝料   100万円

 

②弁護士費用  10万円

 

※慰謝料と弁護士費用以外の請求はしていない。

東京地裁令和元年12月19日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

 

東京地裁令和4年11月16日判決と同じ。

 

【男性の対応と責任の有無】

・男性は女性が自分の子を妊娠する可能性があることは認識していたにもかかわらず、妊娠の事実を告げられるとその事実に向き合わず、子を産みたいと伝えられても結婚できないなどと述べるほかは具体的な対応をせずに女性からの連絡を避ける態度に終始した。

 

→男性は女性の法律上保護される法的利益を違法に侵害したものと認められるから損害賠償義務がある。

【損害の内容】

 

①慰謝料 100万円

 

②診療費や中絶費用の2分の1

 

③弁護士費用相当額(①②の合計額の約10%)

 

※休業損害の請求についてもあったものの、精神的苦痛が多大なものであったことはそのとおりであるが、慰謝料の算定基礎となることを超え、男性の不法行為と女性の所得減少との間に相当因果関係があるとは直ちに認め難いとして否定。

 

不誠実な対応には法的責任が生じる

 

 以上のとおり、近時の裁判例では妊娠発覚から中絶までの間の男性側の対応が不誠実と評価せざるを得ない場合、慰謝料等の支払義務を認めるものがみられます。

 

 今回ご紹介した事例は、①交際継続を中絶の事実上の条件としながら、実際にはそのような意思はなかったというパターン(東京地裁令和3年7月19日判決)、②妊娠という現実から逃避する態度をとったパターン(東京地裁令和4年11月16日判決、東京地裁令和元年12月19日判決)の2つですが、これ以外にも、たとえば中絶を何らかの形で強制したときには損害賠償責任が発生すると思われます。

 

 損害賠償責任が認められた場合の主な損害は、慰謝料のほか、産婦人科の診察料や手術費用等の2分の1といったものが認定されていますが、いずれにせよ自らの行為により妊娠という結果を生じた場合、男性にはその事実に誠実に向き合うことが(道義的にはもちろん、法的にも)求められているといえます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月26日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手が配偶者と「1回」連絡するごとに違約金を支払うという合意に関し、LINEによる連絡については1日単位で計算するのが相当としたケース

 

 不貞行為の示談に際し、今後、不貞相手が自分の配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束して、約束に反した場合には1回あたりいくら支払うといった違約金条項を定めることがあります。

 

 たとえば、「Aは、Bに対し、Cとの不貞関係を解消し、以後、正当な権利を行使する場合や業務上の必要がある場合を除きCと連絡・接触しないことを約束する。Aがこの約束に違反したときは違約金として1回あたり●万円をBに対し支払う。」などと定めるのが典型例です。

 

 このような接触禁止条項に反して違約金を実際に請求しようと思った場合、【連絡行為の回数×合意書所定の金額】という計算によって請求することになりますが、ここでいう「1回」が何を意味するのか必ずしも明確に定めない場合もあり、違約金の計算を巡って争いになることもあります。

 

 そこで今回は、このような違約金条項に関して、LINEトークを利用して連絡行為が行われた場合の「1回」の考え方を示した裁判例を紹介します。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

【問題となった条項】

1 被告は、原告に対し、今後○○との交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、○○と連絡・接触しないことを約束する。

 

2 被告が上記1の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円を原告に対し支払うものとする。

 

【連絡の方法】

LINEトークでのメッセージの送受信

 

【原告の主張】

「1回」とは個々の送信行為を意味する。

 

→6464回のメッセージ送信行為×30万円で計算するべき(日数は214日)

 

【裁判所の判断】

①ライントークの特質上、1回の送信行為にかかる個々のメッセージは一連性を有するやり取りの断片にすぎないから、社会通念上、それ自体が「連絡」とは通常考えられず、個々のメッセージの送信行為を基準に「1回」の連絡と解することは相当ではない。

 

②他方、一連性を有するやり取りを「1回」の連絡と捉えるとすると、一連性の範囲が一義的に明らかではないから、「1回」の連絡に該当するか否かの基準を曖昧にし、当事者の予測可能性を害することになる。

 

→そうすると、ラインメッセージの送信に係る「連絡」については、「1回」を1日単位で捉えることが、明確かつ合理的であり、相当である。

 

※なお、基本的には日数で計算しているものの、夫婦関係が破綻したといえる時期以降の部分は権利濫用として一部請求を制限。

 

 事例判断のため一般化はできないとは思われますが、LINEトークの性質上、短文での送受信を頻繁に繰り返すことがあるため断片的な1回の送信行為を基準に計算すると極めて高額になりかねず、結論としては妥当なものだったのではないかと思います。

 

 疑義をなくすならメッセージの送信行為1回ごとに計算する旨明確に合意することも考えられますが、仮にそのような定めをしてもあまりに高額になった場合は権利濫用として制限される可能性はありますので、今回ご紹介した裁判例のように1日単位で計算する旨を明記するか、送受信行為を基準にするとしても1回あたりの違約金額を低額に抑える、といった方法が無難かもしれません。

 

 なお、この裁判例では、婚姻関係が破綻した後の部分については違約金の合意に基づき請求することは権利の濫用にあたるとも判断していますが、こちらは別のコラムで解説します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月23日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚約者に自分の家族の身上経歴等を詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難であるとして、婚約破棄に正当な理由はないとしたケース

 

 婚約破棄に正当な理由がない場合、婚約を破棄された側は相手に損害賠償を請求することができます。

 

 正当な理由があるかどうかはケースバイケースの判断となりますが、今回は、婚約者の家族の抱える事情について相手に事前に明らかにしなければならない義務があるかどうかが争われ、そのような義務があるとは直ちにはいえないとして婚約破棄に正当な理由はないと判断した裁判例を紹介します。

 

東京地裁令和4年10月13日判決

 

事案の概要

 この裁判例のケースは、婚約者の親が特定の宗教を信仰しており、そのことが事後的に判明したことを理由として相手が婚約を破棄したところ、婚約を破棄された側が不当破棄であるとして慰謝料の支払いを求めたものです。

 

 

婚約破棄をした側(被告)の主張

 まず被告は、結婚をする当事者は結婚後の生活に支障がないよう、当事者の家族が抱えるトラブルや問題(経済状態(借金)、家族の介護、新興宗教、親の離婚、DV、病気、浮気癖、肉体的精神的欠陥、複雑な親子関係、反社の問題)等について相手に事前に明らかにしなければならないと主張しました。

 

 そして、以上を前提に、本件では原告において自分の親が宗教に入信していることについて問題があることを十分自覚していたにもかかわらず、その事実を意図的に隠して交際を続けていたとして、そのような不誠実な態度によって信頼が失われたから婚約破棄には正当な理由がある、と主張しました。

 

 なお、判決文を読むと、婚約破棄をされた本人自身には特定の信仰はなかった模様です。

 

 

裁判所の判断

 しかし、以上のような被告の主張について、裁判所は以下のように本件の婚約破棄には正当な理由はないとして慰謝料の支払いを命じました。

 

 

判断の要旨

①結婚をする当事者の間において、その相手方に対し、自身はともかく結婚の当事者ではない家族の身上・経歴等についてまで詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難。

 

②仮に、平穏な結婚生活を送るため、結婚する相手方に対し、結婚生活に悪影響を及ぼすような家族の事情や相手方が結婚するにあたって重視している家族の事情について明らかにすべきであるといえたとしても、以下のⅰ、ⅱのような事情からすると、被告による婚約破棄に正当事由があるとはいえない。

 

ⅰ 本件証拠をみても、原告の親が本件宗教を信仰していることで結婚生活に悪影響が及ぶおそれがあることはうかがわれない(被告自身、原告が本件宗教と関連するような行動をとっていたとの記憶はない旨述べている)。

 

ⅱ 被告が原告に対し、結婚をするにあたり原告やその家族が特定の宗教を信仰しているか否かを重視していることをあらかじめ伝えていたとは認められない。

 

 そもそもこの裁判例では、婚約関係にある当事者が自分の家族の身上や経歴を相手に詳細に報告すべき義務があるとまでいうことは困難と判断していますが、仮にそのような事情を報告すべき義務があったとしても、本件では親の信仰が結婚生活に悪影響を与えるおそれがあるとも、被告が原告の親の信仰を重視していることを事前に告知していたともいえないとし、いずれにしても婚約破棄に正当な理由はないという結論を下しています。

 

 憲法上、信教の自由が認められている以上、当人同士に信仰の相違があってもそのこと自体が婚約破棄の正当な理由とはなり難いように思われます(信仰の故をもつて婚約を破棄することは正当な理由とは認め難いと判断したものとして京都地裁昭和45年1月28日判決)。

 

 本件では本人同士に信仰の相違があった場合ですらなく、親の信仰を理由とした婚約破棄ですが、このような事情は本人がコントロールし難いものであり、裁判所が認定した事情のもとでは婚約破棄について正当な理由がないという判断は妥当なものだったと思われるところです。

 

 もっとも、本裁判例でも触れられているように、特定の事情を重視していることをあらかじめ相手に明示的に告知していた場合で、もしも相手がその点に関して積極的に嘘をついた結果、婚約に到ったようなケースであれば、そういった相手の不誠実な態度そのものが婚約破棄の正当な理由に該当する余地はあり得るのではないかとも思われます。

 

 いずれにしても、実際のケースでは正当な理由があるかどうかは様々な事情を総合的に検討する必要がありますので、微妙な判断が求められる事案のときは専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月19日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

養子縁組していない再婚相手の収入の一部を権利者の収入に加算し、養育費の減額を認めたケース

 

 離婚後、子どもを引き取った側(権利者)が再婚したものの再婚相手と養子縁組はさせなかった場合、再婚相手は子どもに対する扶養義務を負っていないため、義務者は養育費の支払義務を免れないことが一般的です。

 

 しかし、再婚相手が裕福で実際上も子どもを養育しているにもかかわらず、形式として養子縁組をしていないというだけで義務者の負担を軽減できないとすることは事案によっては義務者に酷な場合もあります。

 

 そこで、このような場合、再婚相手の収入を権利者本人の収入とみなして養育費の減額を認める余地はないのが問題になることがありますが、今回はこのような考え方を採用した裁判例を紹介します。

 

 

宇都宮家裁令和4年5月13日審判

【事案の概要】

権利者が離婚後、医師と再婚して子どもをもうけたが、前婚時の子ども(連れ子)とは養子縁組しないまま4人で生活している状況で、権利者から養育費の減額請求がなされた。

 

【裁判所の判断の概要】

①本件において、権利者が再婚して連れ子が再婚相手の養子に準ずる状態にあることは養育費の合意時に前提とされておらず、これによって合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至ったといえるから、再婚相手と子が養子縁組に準ずる状態であることは養育費の変更を認めるべき事情の変更にあたる。

 

②再婚相手の基礎収入のうち、仮に連れ子に対して扶養義務を負うとした場合のその子への生活費を計算し、これを権利者の収入に加算して養育費を算定。

 

 養育費の減額が認められるには合意当時予測できなかった事情の変更があり、当初の合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに到ったことが必要とされていますが、上記裁判例では権利者が裕福な者と再婚して自身の子どもが事実上の養子として養育される状況にあるという事態は事情の変更にあたると認めています。

 

 その上で、本件では再婚相手の基礎収入のうち、事実上の養子に振り分けられるべき生活費の部分を権利者自身の収入に合算(上乗せ)することにより養育費の減額を認める、という判断を下しています。

 

 このケースは再婚相手が経済的に余裕があると思われる医師であったことや、減額を求められた権利者側が再婚相手の確定申告書等の収入資料を開示しなかったという特殊な事情があり(裁判所は再婚相手の職業や権利者の態度等から再婚相手の事業収入を算定表上の上限額である1567万円はあるはずと事実認定。)、再婚したが養子縁組していないというケースすべてに妥当するかは何とも言えないところですが、同種事案があった場合には参考になるものと思われるため紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

婚姻費用の計算において、暗号資産の売却等で得た額と取得額との差額は収入にあたらないと判断されたケース

 

 婚姻費用についてはお互いの収入や子どもの人数・年齢などをもとに算定する標準算定方式が浸透していますが、一口に収入といってもどこまでのものを収入に含めるかは必ずしも明確でないこともあり、実際に取り決めをする際にはお互いの収入額がいくらかを巡って争いになることがあります。

 

 婚姻費用の計算に含めるべきかどうかという点について比較的問題になりやすいのは、結婚前から保有していたり相続した不動産からの賃料収入や株式配当金などですが、今回は義務者が保有していた暗号資産の売却等をしていたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

福岡高裁令和5年2月6日決定

 

 このケースは、婚姻費用の支払義務者が暗号資産を売却したり他の暗号資産に変換したところ、売却等によって得た額と取得原価との差額は婚姻費用の計算において収入とみるべきであると権利者が主張したものです。

 

 しかし、この権利者の主張に対し、裁判所は以下のような理由を述べて本件では売却等と取得原価との差額は収入としては扱わないと判断しました。

 

 

①義務者が暗号資産の売却又は他の暗号資産への変換により継続的に収益を得ていたとは認められないこと

 

②売却等は実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎないこと

 

 

 本裁判例の論理からすると、暗号資産の処分によって継続的に収入を得ていたと評価できるときはそれを婚姻費用の計算において収入と扱える余地がありそうです(①)。

 

 他方、夫婦共有財産である暗号資産を単に現金化したり他の暗号資産に変換したにすぎない場合はダメという点(②)ですが、このケースでは暗号資産以外にも義務者が加入している従業員持株会からの配当金の取り扱いが問題となり、裁判所はそれがさらなる自社株購入の原資とされていて生活費の原資にはなっていなかったことから収入にあたらないと判断しているため、実際に婚姻生活の原資として使用されていたことを必要とする趣旨ではないかと思われます。

 

 特定の高裁での事例判断であるため他の裁判所でも同じ結論になるとは限りませんが、婚姻生活の原資として実際に使用されていた場合に限って収入としてみるという考え方は類似のケースでもみられるところであり(特有財産からの配当金や不動産所得に関する大阪高裁平成30年7月12日決定、賃料収入に関する東京高裁昭和57年7月26日決定)、同種事例では参考になりそうですのでご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

不貞相手が配偶者と接触するごとに違約金を支払うとの合意について、婚姻関係破綻後の接触に関する違約金の請求は権利濫用と判断したケース

 

接触禁止条項・違約金条項とは

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞行為者との間で、今後は配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束し(接触禁止条項)、この約束に違反した場合に違約金を支払うと合意することがあります(違約金条項)。

 

 このような接触禁止条項と違約金条項は再度の不貞行為を防ぐ目的で設けるものであり、合意の時点では夫婦関係を再構築することを予定している場合が多いように思われます。

 

 しかし、不幸にして夫婦関係の再構築ができずに破綻し、その間、不貞相手が配偶者と連絡を取り合っていたような場合、この違約金条項に基づいてどこまで請求できるのかが問題となることがあり、この点について請求の一部が権利濫用になると判断した近時の裁判例がありますので(東京地裁令和4年9月22日判決)、今回はこれをご紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

登場人物

 

X:原告・Aの配偶者

Y:被告・Aと交際

A:Xの配偶者

 

問題となった条項

 

<接触禁止条項>

 Yは、Xに対し、今後Aとの交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、Aと連絡・接触しないことを約束する。

 

<違約金条項>

 Yが上記の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円をAに対し支払うものとする。

 

→XはYが上記約束に反したとして違約金を請求したところ、Yは以下のように主張して請求を争った。

 

Yの主張(争点)

 

<争点1 公序良俗違反により無効>

 合意書作成当時、XとAの婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったから違約金条項は公序良俗に反し無効である。

 

<争点2 権利濫用>

 仮に合意書作成時点でXとAの婚姻関係が破綻していたとは認められないとしても、その後、遅くともAがXに離婚を申し入れた時点では婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益がなかったから、同時点以降の違約金条項に基づく権利行使は濫用である。

 

※ほかにも違約金の発生する条件である「1回」の意味についても争いがありましたが、ここでは割愛します。

 

裁判所が認定した事実関係の概要

 

①AはYとの不貞がXに発覚した後に一度自宅を出たが、その後、自宅に戻り、合意書作成当時、XとAは同居していた。

 

②今後交際をやめるなどという合意書の文言からは、XとAの婚姻関係が破綻していないことが前提とされていたと考えるのが合理的

 

③合意書作成当時、YもAとの不貞関係を解消し合意事項を遵守する意思はあったと供述しており、XとAの婚姻関係が破綻していないことを前提に本件接触禁止条項を承諾したものと推認できる。

 

④合意書作成の翌日からAとYはLINEでやりとりをするようになった。

 

⑤合意書作成から数か月後、Aは週末に外出するなどするようになり、Xに離婚したいと伝えた上で自宅の上にある事務所で生活するようになったほか、その後に代理人を通じてXに離婚の意向を通知し、別のところに転居するなどした。

 

争点に対する判断

 

<争点1に対する判断>

合意書の作成当時、XとAの婚姻関係が破綻していたとはいえず、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったとはいえない。

 

→違約金条項は有効。

 

<争点2に対する判断>

その後、Aは離婚したいと述べて家を出て再度の別居に至り、それ以後は一貫して別居及び離婚する意向を示しているから、Xが離婚を申し出た時点でXとAの婚姻関係は破綻した。

 

→違約金条項が前提とする保護法益(婚姻関係の平穏)は遅くとも離婚を申し出た時点で失われており、同日以降の違約金条項に基づく権利行使は権利濫用となる。

 

 以上のとおり、上記裁判例では、接触禁止条項に反した場合の違約金条項について、違約金条項そのものは有効ではあるものの、夫婦関係が破綻したあとの接触に対して違約金を請求することは権利の濫用として認められないと判断しています。

 

 接触禁止条項と違約金条項を組み合わせた形で合意する場合、上記裁判例も述べるとおり婚姻関係の平穏を守る目的であるのが通常と思われますので、一度は再構築に向けて努力したものの何らかの理由によって婚姻関係が破綻してしまった場合、この条項によって守るべき法的利益が失われてしまった以上、それ以降は違約金の発生を認める必要はないというのが上記裁判例の結論と思われます。

 

 なお、似たようなものとして、不貞行為そのものを行った場合に違約金を支払うという合意をすることもありますが、そちらのケースについても今回紹介した裁判例と同様の判断を下した裁判例がありますので、不貞行為に関連して違約金条項をもうけて実際に請求するときには、このような判断があることにも注意を払う必要があります。

 

2023年12月21日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

同居したことがない夫婦の一方からの婚姻費用請求は認められるのか?

 

 婚姻費用を請求する典型的なケースは元々同居していた夫婦が別居した場合ですが、入籍はしたものの同居する前に関係が悪化し、そもそも一度も同居したことがないというケースでも婚姻費用を請求できるのでしょうか。

 

 一度も同居したことがないまま関係が悪化したケースは早期に離婚が成立し婚姻費用が問題になることは少ないようにも思われますが、中には当事者の一方が離婚を拒み別居状態が長期化する場合も想定されますので、そのような場合には婚姻費用の支払いを巡って紛争となることもあり得るところです。

 

 この点については、婚姻費用の請求者が相手方との同居を拒否したというケースにおいて、以下のように婚姻費用の請求が可能と判断した高裁の裁判例と否定した裁判例(原審)がありますので、今回はそれらを紹介したいと思います。

 

東京高裁令和4年10月13日決定

 裁判所は、以下のような理由を述べ、たとえ同居することがないまま婚姻関係が破綻していると評価される事実状態に到ったとしても、夫婦間の扶助義務はなくならない(=婚姻費用の請求はできる)と判断しています。

 

①当事者双方が互いに連絡を密に取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を進め勤務先の関係者にも結婚する旨を報告して祝福を受けるなどしつつ、週末婚あるいは新婚旅行と称して毎週末ごとに必ず生活を共にしており、婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできず婚姻関係を形成する意思がなかったということもできないこと。

 

②婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものであり、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないこと。

 

 もっとも、この裁判例でも、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて婚姻費用の請求が認められなかったり減額される場合はある、として一定の例外を認めています。・・・※

 

※結論としては本件の請求者にそのような事情があることを認めるに足る的確な資料はないとして、調停を申し立てた月からの支払いを命じています。

 

 

横浜家裁令和4年6月17日審判(原審)

 一方、上記高裁決定の原審では、以下のような点を述べて逆の結論を導いていました。

 

【要旨】

①請求者である申立人の同居拒否の理由が相手方の支配欲や夫婦観・人生観が基本的に相容れないことにあって、2人が十分な交流を踏まえていればそもそも入籍しなかったものと推認でき、婚姻は余りに尚早であり夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではない。

→通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情はない。

 

②申立人は高い学歴と資格を有し働く意欲も高いため潜在的な稼働能力が同年代の平均的な労働者に比べて劣るとは考えにくく、婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能。

→具体的な扶養の必要性は認められない。

 

→却下

 

 以上のように本件では原審と高裁で判断が分かれていますが、実務上、婚姻関係が破綻した別居の夫婦の間でも婚姻費用の支払義務が認められる傾向にあることも踏まえると、たとえ一度も同居したことがなかったとしても支払いを命じられる可能性は無視できませんので、実際のケースでは破綻原因が請求者の側にあるという証明がどこまで可能かも検討した上で慎重に対応する必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

完済するまでの間、月に数回デートすることを低金利の条件とした金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断されたケース

 

 お金を貸す際にどのような条件とするかは原則として当事者の自由ですが、その条件があまりにも行き過ぎているときは公序良俗に反して契約が無効と判断されることがあります(民法90条)。

 

 金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断される典型的なケースは超高金利での貸付ですが、今回は金銭の貸付条件と男女関係が結びついたケース(東京簡裁令和4年6月29日判決)を紹介します。

 

事案の概要

 

 このケースは男性(貸主)から女性(借主・既婚)に貸付が行われたものですが、特徴的なのは貸付条件であり、返済が終了するまでの間、月に数回、貸主と性的行為を伴うデートを行うことを条件に貸付利率を年利0.001%とし、この条件が守られなかった場合は金利を上げるといった約束がなされた点です。

 

東京簡裁令和4年6月29日判決

 

 その後、貸主は支払督促を申し立て、これに対して借主側が督促異議を申し立てたため裁判手続に移行しましたが、裁判所は以下のとおり貸主の請求を認めませんでした。

判決の要旨

【貸金契約の目的】

・原告(=貸主)は「月に数回会ってデートをする約束」があるため金利(利息)が低額に抑えられていると説明し、デートが約束どおり履行されない場合は金利(利息)が上がることの了解を契約内容としている。

原告が当初からこの行為を求めることを意図して契約を締結したことは明らかであり、原告の被告に対する説明や実際に原告が求めた行為は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

【利息契約の内容】

・借用書によれば利息は年0.001%であり、被告において約束どおりのデートが行われない場合は金利が上がることが定められている。

 

・原告は被告との口論の中で利子を上げ100%にしたい旨をLINEの会話で被告に宣言したと主張し、督促異議後の口頭弁論において貸金元金とこれに対する利息(=元金と同額)を追加する訴えの変更をしており、宣言したとおり100%の利息を請求したことになる。

・原告には「月に数回会ってデートをする」との約束が履行がされなかったときは元本と同額の利息を請求する意思があったと認められるが、本件の利息契約は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

・さらに原告は、元金に対する11日分の利息として元金と同額の利息を請求しており、これを年利計算すると年利3318%(出資法5条の4第1項では貸付期間が15日未満のときは15日として計算されるためこれをもとに計算すると年利2433%)となるが、これは利息制限法に大幅に抵触するだけでなく出資法5条1項にも大幅に抵触しており極めて違法性が高い。

 

【結論】

契約書に記載されたデートの約束は金銭消費貸借契約の付随的内容であるが、上記各事実を総合的に考慮すれば、公序良俗に反すると判断した貸金契約の目的及び利息の内容は本件契約においては核心的内容であって本質的要素であるとみられる。

請求棄却

 

 性的行為を条件とした融資契約は俗に「ひととき融資」などと呼ばれていますが、このような取引については出資法や貸金業法に違反する違法行為として刑事処罰されたケースもあります。

 

 今回ご紹介した判決はお金の請求という民事の場面における判断ですが、貸主に利益を与えることの不当性は明らかであり、本判決が民事においても違法性があることを明快に判断したことには大きな意味があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2023年4月14日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所