遺留分侵害額請求において、生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すことが認められたケース

 

被相続人が生前に保険料を負担して特定の相続人を受取人とした生命保険に加入しており、相続発生後に特定の相続人が生命保険金を受領することがありますが、このようなケースでは、遺産分割や遺留分侵害額請求といった相続の場面で他の相続人から不公平であるとして、生命保険金を特別受益として持ち戻すべきかが問題となります。

 

原則:特別受益にはならない

仮に、生命保険金を特別受益として持ち戻すことができれば、他の相続人の具体的相続分や遺留分額を増やす方向の事情になりますが、持ち戻しの対象となるのは、①遺贈、②婚姻や養子縁組のためもしくは生計の資本としての贈与であり(民法903条1項)、生命保険金はそのいずれにもあたらず、特別受益には該当しないとものとされています。

 

例外:民法903条の類推適用

このように、生命保険金は特別受益そのものには該当しませんが、判例上、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、例外的に同条の類推適用によって特別受益に準じて持戻しの対象となるとされています(最高裁平成16年10月29日決定)。

 

そして、この「特段の事情」の有無は、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断するとされています。

 

遺留分侵害額請求において生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すことが認められた近時のケース

以上のように生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すべきか否かは事案ごとの判断となりますが、複数の考慮要素のなかでは保険金の額が遺産に占める比率(%)が比較的重要な要素と考えられています。

 

近時の遺留分侵害額請求の事案においても、遺産総額が約4億7524万円、生命保険金が2億円(遺産と比較すると約42%)のケースにおいて、保険金額が高額であることや遺産と比較した場合に占める比率が高いことなどを理由に生命保険金の持ち戻しが認められたものがあり、参考となります(東京地裁令和6年5月10日判決)。

 

持ち戻すべき金額は保険金か払込保険料か

上記ケースでは、持ち戻すべき金額が保険金(2億円)なのか、それとも、被相続人が支払った払込保険料(約9320万円)なのかについても争われています。

 

判決では、問題となった保険の性質について一括払いされた保険料を保険会社が有価証券等の投資により運用し、その運用成績に従って保険金が変動する変額保険であり、貯蓄性が高く投資信託に似た性質を有するという理由をあげ払込保険料ではなく保険金額全額(2億円)を持ち戻すのが相当と判断しており、相続開始直前における被相続人の財産の状況を重視しているようにも読めます。

 

もっとも、持ち戻しすべき金額に関してはいくつかの考え方があり、例えば、受取人となる相続人は保険料相当額ではなく保険金を取得するのだから公平の見地からは受け取った保険金を基本に考えることになるのではないかという指摘や(上記最高裁決定の調査官解説)、民法903条 の解釈からすればいずれかのみが相当で他は相当ではないとは一概にいえず、必ずしも保険契約の性質と必ずしも関連させる必要はないといった指摘もあり、事案や担当裁判官によって判断に差が出る可能性がありそうなところです。

 

おわりに

遺留分にせよ遺産分割にせよ、特定の相続人が高額の生命保険の受取人になっている事案では相続問題が紛争化しがちであり、また、持ち戻しをするにしてもいくら持ち戻すべきかなど、生命保険金が問題となるケースは判断が難しいため、弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2026年3月24日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不動産の無償使用は特別受益に該当する?

 

遺産分割の対象財産の中に不動産がある場合、特定の相続人が不動産を無償で使用しているということが良く見られます。

 

遺産分割では生計の資本としての贈与は「特別受益」にあたり、持ち戻し免除の意思表示が認められなければ特別受益は相続開始時の遺産に持ち戻して具体的相続分を計算することになりますが、不動産を使用していなかった相続人からすると特定の相続人による不動産の無償使用は不公平に思えるため、遺産分割の交渉や調停などの場面においてそれを何らかの形で特別受益として持ち戻しすべきという主張が出てくることがあります。

 

そこで今回は、そのような不動産の無償使用と特別受益の関係についてお話したいと思います。

 

建物を無償で使用していた場合

まず、相続人の一部が被相続人名義の建物に無償で居住しているケースですが、その相続人と被相続人が同居しているかどうかにかかわらず、建物の無償使用は特別受益に該当しないと考えられています。

 

被相続人と相続人が同居している場合、相続人は補助者にすぎず独立の居住権原はないと考えられることや、被相続人が別のところに住んでいて相続人やその家族だけがその建物に住んでいる場合でも、それは恩恵的なものにすぎず、第三者に対抗し得るものでもなく財産的価値があるとはいえないことなどが理由とされています。

 

土地を無償で使用していた場合

特定の相続人が被相続人の所有する土地の上に建物を建築し、被相続人の土地を無償で使用しているパターンがこれにあたります。

 

この場合、建物所有者である相続人は土地を無償で使用する権利(=使用借権)を被相続人から得ている一方、遺産である土地の価値はその分減少したものと評価され、原則として土地の更地価格の一部(概ね1割から3割程度までと言われることが多い。)が特別受益とされます。

 

もっとも、このようなケースでは最終的に建物所有者である相続人がそのまま土地を取得する場合が多く、その場合、その相続人は使用借権の負担のないまっさらな土地を取得することになるため、わざわざ土地を減額評価したうえで使用借権(減価分)を別途特別受益として加算するという処理をすることなくそのまま更地で評価・処理すれば足り、結果的には特別受益を問題とする必要がなかったというケースもあると思われます。

 

このように考えると、建物所有者である相続人が敷地をそのまま取得する典型的なケースでは土地の無償使用について特別受益を考える意味はなさそうにも思えますが、上記のとおり使用借権の設定された土地は更地で評価する場合と比べて減額されるため遺産総額が少なくなることから、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしていると、建物所有者である相続人は土地の使用借権を遺産に持ち戻す必要がなくなる結果、代償金の支払額や他の遺産の取得額が変わる可能性が生じることになりますので、そのような場合に議論する実益があります。

 

なお、土地を使用していない他の相続人からは、土地の無償使用については特別受益を使用借権(=更地価格の一部)で評価するのではなく、地代相当額×使用期間で評価すべきとの主張がなされることもありますが、特別受益は前渡しによって減少した遺産を戻す制度であり、地代は遺産である土地の価値とは直接関連しない、被相続人が地代相当の経済的利益を遺産の前渡しとして与える意思があったとまではできないなどといった理由から否定されるのが通常と思われます。

 

まとめ

冒頭でも述べたように相続人の一部が不動産を無償使用しているケースはよく見られ、遺産分割協議や調停等でも問題となることが多い類型のひとつですが、そういった主張が必ずしも具体的な取り分に反映されない場合もあり、感覚的な部分との間にずれが生じやすいところです。

 

今回説明したような理屈をもとに丁寧に対応することは無用な紛争の発生や事件の長期化などを防止するうえで有効と思われますので、この点が問題となるときは話し合いを始める前か初期の段階で弁護士へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

2026年3月16日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

相続人ではない孫への贈与は特別受益に該当する?

 

遺産分割において具体的相続分を計算したり、遺留分侵害額請求において遺留分侵害額の計算をする際、相続人以外の者に対する贈与を相続人の特別受益として持ち戻して計算すべきかどうかが問題となることがあります。

 

相続人以外の者に対する贈与が問題となる典型的なケースの一つとして孫に対する贈与があり、これが特別受益に該当するかどうかが今回のテーマです。

 

原則として特別受益に該当しないが、例外もある

特別受益は相続人間の公平を図るための制度であることから、相続人ではない孫に対する贈与は原則として特別受益には該当しませんが、例外的にそれが実質的にみて相続人に対する贈与と同視できる場合には特別受益として扱うという考え方が一般的と思われます。

 

近時の裁判例

近時の裁判例でも、被相続人が、相続人ではない大学生の孫に大学の授業料と下宿代として4年間で約514万円の贈与をしたことが親である相続人の特別受益に該当するかどうか、すなわち、遺留分の計算においてそれを持ち戻すべきかどうか争われたケースがあります。

 

このケースにおいて、裁判所は、実質的にみて相続人に対する贈与に当たると評価するに足りる事情が認められない限りは特別受益には当たらないとしたうえで、本件の贈与は孫に対する扶養義務の履行の一部ともみることができ、直ちに相続人に対する贈与の実質があるとは評価できず、また、証拠上もそのように評価するに足りる事情はないとして持ち戻しを否定しています(東京地裁令和7年8月28日判決)。

 

おわりに

今回ご紹介した裁判例では結論として特別受益にはあたらないとされましたが、孫に対する贈与を親である相続人に対する贈与と同視できるかどうかは事実認定の問題であり、贈与対象者の年齢、贈与の目的や意図、贈与物が何か(金銭か否か)、お金であればその資金の実際の流れ、贈与に対する孫自身の認識の程度などの様々な事情を考慮することになります。

 

たとえば、孫の年齢が低かったり、贈与物が金銭以外のものであって受贈者による複雑な財産管理が必要な場合など(例えば収益不動産など)では、外形上、孫に対する贈与だとしても例外的に親への贈与と同視すべきではないかを慎重に検討しなければならないケースもあると思われますので、注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

K弁護士の事件ファイル⑥ ~フルマラソン挑戦編~

 

ランニングを始めたきっかけ

平成27年10月、岩手弁護士会野球部は奇跡的に日弁連野球全国大会を勝ち進み、決勝戦で過去34回中23回優勝、2連覇中の東京弁護士会チームと対戦することになった。

 

勢いに乗るチャガーズは、先制された直後に同点に追いつくなど、4回まで1対2と互角に近い闘いを繰り広げたが、ガソリンが切れた5回表に1イニングで一挙11点を奪われ、最終的に1対15という無残な大敗を喫してしまった。

 

反省会において、「東京との差を埋めるためには、2日間で3試合を元気な状態で闘い抜くだけの体力をつけることが不可欠である」「皆でランニングを始めよう」という決議がなされ、ジョグノートというアプリでランニング記録を共有することになった。

 

最初は多くのメンバーがこのアプリを利用したが、全国準優勝で燃え尽き気味となってしまい、以後野球の成績は下降線をたどり続け、それに伴ってジョグノートに入力するメンバーも減っていき、最終的には5人だけになってしまった。

 

野球熱が下火になる一方で、ジョグノートメンバーのマラソン熱が上がるようになり、平成28年4月にはみんなで「イーハトーブ花巻ハーフマラソン」に参加することになった。当時K弁護士は週1回5~10キロ程度の練習量だったため、「自分の実力に見合わない大会に出場するべからず」という家訓第37条に従い、ハーフマラソンではなく10キロの部に出場することとした。

 

しかしながら、「ハーフマラソン」という名前の大会に出場しながら、「自分は10キロの部に出たんだけどね」といちいち説明するが面倒だと気付いたため、K弁護士は「大会名と異なる部門にエントリーするべからず」との家訓第95条を新たに定め、徐々にトレーニングの量を増やし、翌年からはハーフマラソンの部に出場することとした。

 

K弁護士のマラソン大会成績の推移(いずれもスタートからゴールまでのネットタイム)

1 平成23年7月 焼け走り(10キロ)

 1時間1分21秒

 

実は、まだトレーニングを始めていなかった頃に、高校同期メンバーで焼け走りマラソンに参加したことがあった。前半はひたすら下り坂、後半はひたすら上り坂という極端なコースで、調子に乗りやすい性格のK弁護士は、前半下り坂を調子に乗って飛ばし過ぎ、後半の上り坂で地獄の苦しみを味わうという、とても分かりやすい失敗を犯していた。

 

2 平成28年4月 イーハトーブ花巻(10キロ) 

 57分57秒

 

3 平成29年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間22分55秒

 

4 平成30年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間21分51秒

 

初ハーフから1年間でわずかに1分しかタイムを縮めることができなかったため、「このままでは一生フルマラソンにはたどり着けないのではないか」との考えがK弁護士の頭の中をよぎった。それでも、常日頃から「死ぬときはドブの中でも前のめりに死にたい」と考えているK弁護士は、次の瞬間には気持ちを切り替えてフルマラソンへの挑戦を決意し、半年後に開催される北上マラソンにエントリーした。

 

5 平成30年10月 北上(フル) 

   中止

 

K弁護士は、週1の練習ペースは増やせなかったものの、1回あたりの距離を15~20キロに伸ばして順調に練習を重ねていた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツなので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、北上マラソンは台風接近のため大会3日前に中止となってしまったのである。この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、すぐに気持ちを切り替えて直近でエントリー可能な大会を検索し、11月に開催される「府中多摩川ハーフマラソン」への参加を決断した。

 

6 平成30年11月 府中多摩川(ハーフ) 

 2時間2分33秒

 

K弁護士は、府中多摩川ハーフを2時間2分33秒のタイムで完走し、4月の花巻から20分近くタイムを縮めることに成功した。フルマラソン挑戦に向けた努力が無駄ではなかったことが分かり、K弁護士は満を持して平成31年2月の「いわきサンシャインマラソン(フル)」にエントリーした。

 

7 平成31年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

府中マラソンで確かな手応えをつかんだK弁護士は、その後も順調に練習を重ねた。もとよりマラソンは雨天決行のスポーツであり、2月は台風の時期でもなかったので、K弁護士は中止という事態を全く想定していなかったが、いわきサンシャインマラソンは直前に積もった雪のため大会2日前に中止となってしまったのである。

 

この大会に命を賭けていたK弁護士は中止の決定を聞いて頭の中が真っ白になったが、前回よりも1日余分に大会に向けた練習ができたと前向きにとらえることとし、4月の花巻ハーフ、5月の奥州きらめきマラソン(フル)に向けて気持ちを切り替えた。

 

8 平成31年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

 2時間57分24秒

 

ところが、中止の決定を聞いた翌日にランニングをしていたK弁護士は、途中で左膝が抜けるような違和感を覚えた。いわゆる「ランナー膝」という症状が出てしまったもので、この日からK弁護士の暗黒時代が始まった。膝の痛みから思うように練習ができなくなり、4月の花巻ハーフマラソンでは、右膝を庇って走るうちに右太腿にまで痛みが生じ、後半はほぼ全て歩くような状態で何とか完走(歩)したものの、2時間57分24秒という初ハーフのタイムより30分以上も遅れるワースト記録を打ち立ててしまった。

 

9 令和元年5月 奥州きらめき(フル) 

 リタイア

 

K弁護士は、約1ヶ月後の奥州きらめきマラソン(フル)に出場するかどうか迷ったが、なるべく足を休めて本番に備えるという作戦をとり、強行出場することを決意した。K弁護士は、従前キロ6分程度のペースで走っていたが、この日はキロ8分ペースで走ることとし、序盤から我慢のレースを繰り広げた。

 

10キロを経過した段階であまり膝が痛くなかったため、キロ6分台にペースを上げて気持ちよく走り始めた。折り返し地点まで順調に走ることができたため、K弁護士はこのままのペースでゴールできるものと信じて疑わなかった。ところが、フルマラソンはそんなに甘くはなかったのである。

 

折り返し後、K弁護士の足は徐々に重くなり、次第に左膝が動かなくなったため、22キロ以降は左足を引きずりながら歩き始めた。その後、徐々に歩くことさえままならなくなり、道端でしばらく休むということを繰り返しながら何とか歩き続けたが、25キロ付近で道端に座り込んだ際に突然両足が痙攣し始め、痛みでのたうち回っていたところ、たまたま救護車が通りかかり、無念のリタイアとなってしまった。

 

一緒に参加したメンバーは見事に完走したため、打ち上げの席では「30キロ以降の大変さ」「向かい風の厳しさ」というK弁護士が未体験の部分で盛り上がる他の2人の話を聞きながら、10月の盛岡シティマラソンで必ずリベンジすることを固く誓ったのであった。

 

K弁護士は、膝の痛みを何とかしなければならないと考え、妻の部活の後輩でもあるコンディショニングの先生から身体のケアを学ぶこととした。先生によると、膝そのものではなく、太腿等膝の周りの筋肉が固くなっていることが痛みの原因ではないかとのことで、膝の周りの筋肉をほぐす指導をうけた。

 

K弁護士は、6月から平日2日7キロ程度、週末1日10~15キロ程度のランニングをすることとし、コツコツと練習を続けた。ジョグノートでは、友達の誰がどれだけ練習をしたのかが分かり、また、友達の練習記録にコメントを入れることができるので、5人で切磋琢磨する良い雰囲気が形成されていた(ラグビー日本代表ばりのワンチーム)。

 

10 令和元年8月 遠野じんぎすかん(ハーフ) 

  1時間56分10秒

 

8月には遠野じんぎすかんマラソン(ハーフ)に出場した。K弁護士は、密かに友人H弁護士をペースメーカーとし、H弁護士の後ろ姿を見失わないよう必死で走ったところ、何と1時間56分10秒と府中の記録6分以上更新する予想外の成果を上げることができた。

 

11 令和元年10月 盛岡シティ(フル) 

  4時間24分07秒

 

令和元年10月25日、いよいよ盛岡シティマラソン当日である。

 

マラソン大会では、通常持ちタイムに応じてスタート位置が指定されることになっており、完走経験のないK弁護士は一番後ろのEブロックからスタートすることになった。スタート地点の岩手大学構内は道幅があまり広くなかったため、号砲が鳴ってからしばらくはほとんど前に進むことができず、K弁護士がスタート地点を通過した段階で既に11分28秒が経過していた(マラソンの公式記録は号砲からゴールまでのグロスタイムで、スタートからゴールまでのネットタイムとの差がこれだけあったということである)。

 

それでも、母校盛岡一高応援団の応援を背にスタートすることができ、スタート地点通過までのモヤモヤが一気に吹き飛んで、K弁護士のテンションはいきなりマックス状態となった。今から思うと無駄な動きであったが、遅いランナーをかき分けるように大きく蛇行しながらペースを上げ、盛岡市役所前に到達する頃にはようやく通常どおりのペースで走ることができるようになった。

 

K弁護士のランニングコースである盛岡八幡宮前を通過し、明治橋手前から御厩橋方向へ進み、盛南大橋を渡り、ゴール地点である盛岡中央公園横を通過し、太田橋袂から御所湖方面へ向けてひたすら走り続けた。これまでに参加したマラソン大会に比べると、コースの大部分が日頃良く知っている道であるため、ある程度先を見通すことができて気持ち的には楽に走ることができた。

 

 最大の難所は30キロ地点御所湖手前の上り坂であったが、K弁護士は数週間前に1度だけ試走して感覚をつかんでいたため、この難所も無難にクリアすることができた。

 

K弁護士は、35キロ過ぎで少し歩いてしまったが、40キロ手前の給水所でボランティアをしていた中学・高校時代の友人から声援を受けて気持ちを持ち直し、ラスト100メートルでは次の大会につなげるために最後の力を振り絞って猛ダッシュし、遂にフルマラソン完走を達成した。ゴール地点で待機してくれていた事務所の事務員さんは、雄叫びを上げながらゴールするK弁護士にビビってしまい、ゴールの瞬間を撮影することができなかったとのことであった。

 

12 令和2年2月 いわきサンシャイン(フル) 

   中止

 

13 令和2年4月 イーハトーブ花巻(ハーフ) 

   中止

 

14 令和2年5月 奥州きらめき(フル) 

   中止

 

15 令和2年10月 盛岡シティ(フル) 

   中止

 

K弁護士は、大会3日後から練習を再開し、徐々に平日2日8キロ、週末1日ハーフまで距離を伸ばし、順調に練習を重ねていた。ところが、新型コロナウィルスの影響により、令和2年にエントリーした大会は軒並み中止となってしまっている。フルマラソンは1勝7敗(うち不戦敗6)という酷い成績になっており、一刻も早く挽回しなければならない。

 

 新型コロナウィルスはいまだ終息が見通せない状況であるが、K弁護士は次の機会を目指して淡々と練習を積み重ねている。令和元年6月以降平日2回のランニングを追加した結果、体重は現在80キロ前後まで減っており、食べようと思えば毎日でもスキヤキを食べられる状態になっている。その一方で、川上・吉江法律事務所には「体重90キロ以上の者のみが事務所名に名前を冠することができる」との不文律があるため、「吉江法律事務所」への変更を求められている状況である(既得権を主張し、何とか踏みとどまっている)。

 

K弁護士の当面の目標は、フルマラソンでサブ4(4時間切り)を達成することであるが、将来的には(現状ではキロ1分以上差を付けられている)友人T弁護士に1度は勝ちたいと考えており、逆転のための秘策を日々探求中である。

 

注:岩手弁護士会会報20号(2022年8月)に寄稿したものを修正したものです。

 

2026年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

接触禁止条項に違反した場合の違約金の額を制限したケース

 

これまでも何度かご紹介したとおり、不貞行為が発覚した場合に不貞相手にその後の配偶者との接触を禁止し(接触禁止条項)、これに違反した場合には一定額の違約金を支払うことを誓約させることがあります(違約金条項)。

 

違約金条項には、①接触行為1回ごとにいくら払うと定めてこれを積み上げていくパターンのほか、②①のように接触行為ごとに発生するとするのではなく、接触行為によって高額の違約金が発生すると定めるパターンがあります。

 

このうち①については、違約金条項が夫婦関係の修復を目的としたものであるため、夫婦関係が破綻した後の接触行為に対しては違約金が発生しないという裁判例が存在するところですが、今回は②のような高額な違約金を設定した場合に、その一部が無効と判断された裁判例を紹介します。

 

東京地裁令和5年9月11日判決

【違約金条項】

接触禁止条項に違反した場合は500万円を支払う。

 

【要旨】

・違約金は損害賠償額の予定と推定されるから(民法420条3項)、本件接触禁止条項が保護する原告の利益の損害賠償の性格を有する限りで合理性を有し、著しく合理性を欠く部分は公序良俗に反する。

 

・本件接触禁止条項は接触を禁止することにより婚姻関係を修復する目的を有していた。

 

・500万円という金額は不貞行為に及んだ場合に一般に認められる慰謝料額と比較すると過大と評価せざるを得ず、自ら誓約書に住所を記載して署名捺印したという事情があるとしてもその内容に客観的な合理性は認められない。

 

・本件接触禁止条項に違反して接触した場合の慰謝料額として合理性を有する金額は履行確保の目的が大きかったことを最大限考慮しても150万円が相当。

 

違約金の合意が公序良俗違反を理由として(一部)無効になり得ることは過去の裁判例でもいくつかみられるところですが、この裁判例では接触禁止条項の目的や不貞行為に基づく慰謝料との均衡を考慮し、公序良俗に違反するかどうかのライン(上限)を設定しています。

 

違約金は高額すぎても問題ですが、逆に低すぎても抑止力として不十分であり夫婦関係の修復という接触禁止条項の目的に反することになります。実際のケースにおいてどの程度の額が上限となるかは不貞行為の態様や期間、発覚後の相手方の対応なども影響してくるのではないかと思われ、裁判官の価値観によって判断に幅が出てきそうなところではありますが、接触禁止条項と違約金条項も万能ではないことを示す一例としてご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2025年7月11日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺言書の探し方

 

相続のご相談で、亡くなった親が遺言を作成していたかどうか調べたいというご質問を受けることががあります。

 

遺言を作成する場合、遺言をした方は関係者に遺言の存在を明かしていることも多いところですが、中には家族との関係を気にして生前に遺言の所在や内容を明確にしないまま亡くなってしまい、残された相続人が困るケースもあります。

 

公正証書遺言

 

平成元年以降に作成された遺言公正証書については遺言検索システムで管理されているため、公証役場で遺言公正証書の有無を検索することが可能ですが、この制度を利用する場合、①遺言者の除籍謄本等ご本人が死亡した事実を証明する書類、②相続人の戸籍謄本、③本人確認書類、を提出することになります(検索そのものについては費用はかかりません)。

 

この検索システムを利用した場合、公証役場から遺言検索照会結果通知書(遺言検索システム照会結果通知書)が発行され、これに遺言公正証書の有無が記載されます。

 

ただし、最寄りの公証役場で検索できるのは遺言公正証書の有無と保管先の公証役場などの基本的な情報にとどまりますので、遺言の内容を確認するには、別途、遺言を作成した公証役場に遺言公正証書のコピー(謄本)を申請する必要があります。

 

自筆証書遺言

 

令和2年から自筆証書遺言保管制度が始まったことにより遺言保管所(法務局)において自筆証書遺言の保管の有無などを確認することが可能となり、申請すると保管の事実の有無が記載された遺言書保管事実証明書が発行されます。

 

こちらの請求についても遺言者の死亡の事実を証明する書類の提出が必要ですが、それ以外にも請求者の住民票や相続人の戸籍謄本等の本人確認書類が求められるほか、手数料として800円分の収入印紙や、郵便で受け取るときは返信用封筒と切手が必要となります。

 

自筆証書遺言が遺言保管所に保管されている場合には、別途、遺言書情報証明書の交付請求を行うことで遺言書の内容を確認することができますが、遺言書保管制度によって保管された自筆証書遺言については家庭裁判所での検認手続が不要となります。

 

他方、遺言保管所に保管されていない自筆証書遺言書については、残念ながらこれといった決定的な探し方はありませんので、これまでどおり故人の自宅を捜索したり取引先の金融機関に貸金庫の有無を確認するなど地道な捜索活動が必要となります。

 

 

遺言は被相続人の最後の意思ですので、せっかく作成した遺言が行方不明になってしまわないよう、遺言の存在については慎重に調査していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2025年2月18日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用や養育費の不払いによる給与の差し押さえを取り消してもらうことはできるか?

 

婚姻費用や養育費を公正証書や裁判所で取り決めた場合、約束を破ると給与の差し押さえを受けることがありますが、その際、過去の滞納分だけではなく、将来分についてもあらかじめ差し押さえの手続きをとることができます(民事執行法第151条の2)。

 

このような差し押さえが可能とされているのは婚姻費用や養育費などが生活の維持に不可欠な権利であるためですが、将来分の差し押さえは義務者にとっても負担が大きいことから、これを取り消してもらうことができるかが今回のテーマです。

 

手段はあるがハードルは高い

 

方法としてまず考えられるのは、滞納分を速やかに支払ったうえで差し押さえをした権利者に差し押さえを取り下げてもらうよう依頼することですが、過去に滞納したからこそ差し押さえに至っている以上、権利者側から取り下げを拒絶されることもあります。

 

次に、民事執行法第153条では「執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。」との定めがあるため、この条文を根拠にして差し押さえの取り消しの申し立てをすることが考えられます。

 

もっとも、この点に関連する以下のような裁判例を見る限り、一度給与の差し押さえを受けると取り消してもらうことには相当なハードルがあります。

 

 

東京地裁平成25年10月9日決定

①差押命令の発令後、義務者は支払期限の到来していた養育費等を一括して支払い、その後も期限が到来した養育費を送金した。

 

②義務者が代理人に対して期限未到来分を含めた養育費全額相当額を預託し、権利者に期限未到来分も含めた養育費全額を直ちに支払うことを提案し、それを養育費の支払いに充てる旨を代理人とともに誓約した。

①②の事情から、客観的に養育費の任意履行が見込まれる状況にあり、差押命令発令時点で養育費支払義務の一部不履行があったことによる予備的差押えの必要性は現時点では失われたというべきと判断し、将来分のよる差し押えを取り消した。

東京地裁令和5年7月27日決定

「差押えがされた後において、任意履行の見込みがあることを理由として差押えを取り消すためには、債務者が任意履行の意思を表明しているというだけでは足りず、客観的にも将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情が必要」

義務者は過去の滞納分を支払い、今後の婚姻費用については毎月必ず遅れずに支払うことを誓約する旨の裁判所宛の誓約書を作成して提出したが、それを踏まえてもなお、「客観的に将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情は見当たらない」として取り消しの申立を却下。

※東京高裁令和5年10月31日付決定も原審の判断を維持。

 

以上の裁判例では、民事執行法第153条1項によって将来履行期が到来する部分に関する給与の差し押さえを取り消すには客観的にみて今後の履行が見込まれる事情が必要であるとされています。

 

取り消しが認められた平成25年の審判例では将来の養育費相当額の全額を代理人に預託したうえで支払いを誓約している点に特徴があり、取り消しが認められなかった令和5年の審判例では誓約書を提出しただけでは客観的に履行が見込まれるとはいえないとされています。

 

今回紹介した裁判例では具体的にどの程度の準備をすれば足りるのかまでは明確に判断していませんが、いずれにしても単に将来の支払いを約束した程度では取り消しを認めてもらうのは難しそうです。

 

このように婚姻費用や養育費の滞納によって給与の差し押さえがなされてしまうと、たとえその後に支払いを約束しても差し押さえを取り消してもらうのは容易ではありませんので、一度取り決めをしたらくれぐれも不払いがないように気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

妊娠中絶について男性に対する損害賠償請求が認められた3つのケース

 

 男女交際の結果として女性が妊娠したものの様々な事情から中絶を選択せざるを得なかった場合、女性側は精神的・肉体的、あるいは経済的にも非常に大きな不利益を受けることになります。

 

 このようなときに男性側に不誠実な対応があった場合、中絶した女性側が男性側に慰謝料等の損害賠償を請求したいと考えることはごく自然なことですが、過去の裁判例上もそのような請求が肯定された例が存在します。

 

 そこで、今回は中絶を選択した女性から男性に対する慰謝料等の損害賠償が認められた近時のケースを3つほど紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年11月16日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

中絶によって直接的に身体的及び精神的苦痛を受け経済的負担を負う女性は、性行為の結果として胎児の父となった男性から、それらの不利益を軽減し解消するための行為の提供を受け、あるいは、女性と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、男性は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負う。

【男性の対応と責任の有無】

 

・男性は妊娠判明後、話合いには応じたものの、産むか中絶するか、産んだ場合には2人で協力して育てるか、いずれか1人が育てるかを選択・決定しなければならない事態に至ると有効な解決策を提示できずに約2か月間を経過させ、翌日以降は話合いに応じなくなり、女性に中絶手術を受けるかどうかの選択を委ねることとなった。

 

→女性の上記法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず女性側に生じた損害を賠償する義務がある。

 

【損害の内容】

 

①慰謝料  60万円

 

②以下の支出額の2分の1

 

・妊娠判明後中絶までの産婦人科における診察、手術等の費用から出産育児一時金と男性の支出額を除いた額

 

・産婦人科の入通院に必要な交通費

 

・葬儀代等

 

・戒名代金・葬儀の際のお布施

 

※心療内科や皮膚科の診療費や通院交通費は因果関係不明として否定。

 

※弁護士費用相当額の請求はしていない。

東京地裁令和3年7月19日判決

【男性側の対応】

 

・男性がずっとそばで支えていくことが自分の責任である、女性からの中絶した後に捨てない保証はないとの言葉に対して努力するから信じてほしい等と述べ、女性はこのような男性の言葉を受けて信頼し、妊娠中絶するが交際は続ける、という選択をして中絶を決意した。

 

・しかし、男性は、女性の中絶後、その月と翌月に会った以降は女性と会おうとしなかった。

 

【男性の責任の有無】

・男性は妊娠発覚後の原告との話合いにおいて子を産むことに難色を示し続け、他方、交際関係を将来に渡り継続する旨述べたものの、中絶後はその月及び翌月に会った以降は原告と会おうとしていない。

 

→妊娠後の話合いにおいて示した交際関係を将来に渡って継続するという意向は、男性の真意とは異なったものと推認され、女性はこのような男性の言説を信用し中絶を決意したのであるから、このような言説は女性の出産するか否かの自己決定権を侵害するものであり不法行為を構成する。

【損害の内容】

 

①慰謝料   100万円

 

②弁護士費用  10万円

 

※慰謝料と弁護士費用以外の請求はしていない。

東京地裁令和元年12月19日判決

【男性の負うべきとされた義務の内容】

 

東京地裁令和4年11月16日判決と同じ。

 

【男性の対応と責任の有無】

・男性は女性が自分の子を妊娠する可能性があることは認識していたにもかかわらず、妊娠の事実を告げられるとその事実に向き合わず、子を産みたいと伝えられても結婚できないなどと述べるほかは具体的な対応をせずに女性からの連絡を避ける態度に終始した。

 

→男性は女性の法律上保護される法的利益を違法に侵害したものと認められるから損害賠償義務がある。

【損害の内容】

 

①慰謝料 100万円

 

②診療費や中絶費用の2分の1

 

③弁護士費用相当額(①②の合計額の約10%)

 

※休業損害の請求についてもあったものの、精神的苦痛が多大なものであったことはそのとおりであるが、慰謝料の算定基礎となることを超え、男性の不法行為と女性の所得減少との間に相当因果関係があるとは直ちに認め難いとして否定。

 

不誠実な対応には法的責任が生じる

 

 以上のとおり、近時の裁判例では妊娠発覚から中絶までの間の男性側の対応が不誠実と評価せざるを得ない場合、慰謝料等の支払義務を認めるものがみられます。

 

 今回ご紹介した事例は、①交際継続を中絶の事実上の条件としながら、実際にはそのような意思はなかったというパターン(東京地裁令和3年7月19日判決)、②妊娠という現実から逃避する態度をとったパターン(東京地裁令和4年11月16日判決、東京地裁令和元年12月19日判決)の2つですが、これ以外にも、たとえば中絶を何らかの形で強制したときには損害賠償責任が発生すると思われます。

 

 損害賠償責任が認められた場合の主な損害は、慰謝料のほか、産婦人科の診察料や手術費用等の2分の1といったものが認定されていますが、いずれにせよ自らの行為により妊娠という結果を生じた場合、男性にはその事実に誠実に向き合うことが(道義的にはもちろん、法的にも)求められているといえます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月26日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手が配偶者と「1回」連絡するごとに違約金を支払うという合意に関し、LINEによる連絡については1日単位で計算するのが相当としたケース

 

 不貞行為の示談に際し、今後、不貞相手が自分の配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束して、約束に反した場合には1回あたりいくら支払うといった違約金条項を定めることがあります。

 

 たとえば、「Aは、Bに対し、Cとの不貞関係を解消し、以後、正当な権利を行使する場合や業務上の必要がある場合を除きCと連絡・接触しないことを約束する。Aがこの約束に違反したときは違約金として1回あたり●万円をBに対し支払う。」などと定めるのが典型例です。

 

 このような接触禁止条項に反して違約金を実際に請求しようと思った場合、【連絡行為の回数×合意書所定の金額】という計算によって請求することになりますが、ここでいう「1回」が何を意味するのか必ずしも明確に定めない場合もあり、違約金の計算を巡って争いになることもあります。

 

 そこで今回は、このような違約金条項に関して、LINEトークを利用して連絡行為が行われた場合の「1回」の考え方を示した裁判例を紹介します。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

【問題となった条項】

1 被告は、原告に対し、今後○○との交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、○○と連絡・接触しないことを約束する。

 

2 被告が上記1の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円を原告に対し支払うものとする。

 

【連絡の方法】

LINEトークでのメッセージの送受信

 

【原告の主張】

「1回」とは個々の送信行為を意味する。

 

→6464回のメッセージ送信行為×30万円で計算するべき(日数は214日)

 

【裁判所の判断】

①ライントークの特質上、1回の送信行為にかかる個々のメッセージは一連性を有するやり取りの断片にすぎないから、社会通念上、それ自体が「連絡」とは通常考えられず、個々のメッセージの送信行為を基準に「1回」の連絡と解することは相当ではない。

 

②他方、一連性を有するやり取りを「1回」の連絡と捉えるとすると、一連性の範囲が一義的に明らかではないから、「1回」の連絡に該当するか否かの基準を曖昧にし、当事者の予測可能性を害することになる。

 

→そうすると、ラインメッセージの送信に係る「連絡」については、「1回」を1日単位で捉えることが、明確かつ合理的であり、相当である。

 

※なお、基本的には日数で計算しているものの、夫婦関係が破綻したといえる時期以降の部分は権利濫用として一部請求を制限。

 

 事例判断のため一般化はできないとは思われますが、LINEトークの性質上、短文での送受信を頻繁に繰り返すことがあるため断片的な1回の送信行為を基準に計算すると極めて高額になりかねず、結論としては妥当なものだったのではないかと思います。

 

 疑義をなくすならメッセージの送信行為1回ごとに計算する旨明確に合意することも考えられますが、仮にそのような定めをしてもあまりに高額になった場合は権利濫用として制限される可能性はありますので、今回ご紹介した裁判例のように1日単位で計算する旨を明記するか、送受信行為を基準にするとしても1回あたりの違約金額を低額に抑える、といった方法が無難かもしれません。

 

 なお、この裁判例では、婚姻関係が破綻した後の部分については違約金の合意に基づき請求することは権利の濫用にあたるとも判断していますが、こちらは別のコラムで解説します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月23日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚約者に自分の家族の身上経歴等を詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難であるとして、婚約破棄に正当な理由はないとしたケース

 

 婚約破棄に正当な理由がない場合、婚約を破棄された側は相手に損害賠償を請求することができます。

 

 正当な理由があるかどうかはケースバイケースの判断となりますが、今回は、婚約者の家族の抱える事情について相手に事前に明らかにしなければならない義務があるかどうかが争われ、そのような義務があるとは直ちにはいえないとして婚約破棄に正当な理由はないと判断した裁判例を紹介します。

 

東京地裁令和4年10月13日判決

 

事案の概要

 この裁判例のケースは、婚約者の親が特定の宗教を信仰しており、そのことが事後的に判明したことを理由として相手が婚約を破棄したところ、婚約を破棄された側が不当破棄であるとして慰謝料の支払いを求めたものです。

 

 

婚約破棄をした側(被告)の主張

 まず被告は、結婚をする当事者は結婚後の生活に支障がないよう、当事者の家族が抱えるトラブルや問題(経済状態(借金)、家族の介護、新興宗教、親の離婚、DV、病気、浮気癖、肉体的精神的欠陥、複雑な親子関係、反社の問題)等について相手に事前に明らかにしなければならないと主張しました。

 

 そして、以上を前提に、本件では原告において自分の親が宗教に入信していることについて問題があることを十分自覚していたにもかかわらず、その事実を意図的に隠して交際を続けていたとして、そのような不誠実な態度によって信頼が失われたから婚約破棄には正当な理由がある、と主張しました。

 

 なお、判決文を読むと、婚約破棄をされた本人自身には特定の信仰はなかった模様です。

 

 

裁判所の判断

 しかし、以上のような被告の主張について、裁判所は以下のように本件の婚約破棄には正当な理由はないとして慰謝料の支払いを命じました。

 

 

判断の要旨

①結婚をする当事者の間において、その相手方に対し、自身はともかく結婚の当事者ではない家族の身上・経歴等についてまで詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難。

 

②仮に、平穏な結婚生活を送るため、結婚する相手方に対し、結婚生活に悪影響を及ぼすような家族の事情や相手方が結婚するにあたって重視している家族の事情について明らかにすべきであるといえたとしても、以下のⅰ、ⅱのような事情からすると、被告による婚約破棄に正当事由があるとはいえない。

 

ⅰ 本件証拠をみても、原告の親が本件宗教を信仰していることで結婚生活に悪影響が及ぶおそれがあることはうかがわれない(被告自身、原告が本件宗教と関連するような行動をとっていたとの記憶はない旨述べている)。

 

ⅱ 被告が原告に対し、結婚をするにあたり原告やその家族が特定の宗教を信仰しているか否かを重視していることをあらかじめ伝えていたとは認められない。

 

 そもそもこの裁判例では、婚約関係にある当事者が自分の家族の身上や経歴を相手に詳細に報告すべき義務があるとまでいうことは困難と判断していますが、仮にそのような事情を報告すべき義務があったとしても、本件では親の信仰が結婚生活に悪影響を与えるおそれがあるとも、被告が原告の親の信仰を重視していることを事前に告知していたともいえないとし、いずれにしても婚約破棄に正当な理由はないという結論を下しています。

 

 憲法上、信教の自由が認められている以上、当人同士に信仰の相違があってもそのこと自体が婚約破棄の正当な理由とはなり難いように思われます(信仰の故をもつて婚約を破棄することは正当な理由とは認め難いと判断したものとして京都地裁昭和45年1月28日判決)。

 

 本件では本人同士に信仰の相違があった場合ですらなく、親の信仰を理由とした婚約破棄ですが、このような事情は本人がコントロールし難いものであり、裁判所が認定した事情のもとでは婚約破棄について正当な理由がないという判断は妥当なものだったと思われるところです。

 

 もっとも、本裁判例でも触れられているように、特定の事情を重視していることをあらかじめ相手に明示的に告知していた場合で、もしも相手がその点に関して積極的に嘘をついた結果、婚約に到ったようなケースであれば、そういった相手の不誠実な態度そのものが婚約破棄の正当な理由に該当する余地はあり得るのではないかとも思われます。

 

 いずれにしても、実際のケースでは正当な理由があるかどうかは様々な事情を総合的に検討する必要がありますので、微妙な判断が求められる事案のときは専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2024年1月19日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所