婚姻費用や養育費の不払いによる給与の差し押さえを取り消してもらうことはできるか?

 

婚姻費用や養育費を公正証書や裁判所で取り決めた場合、約束を破ると給与の差し押さえを受けることがありますが、その際、過去の滞納分だけではなく、将来分についてもあらかじめ差し押さえの手続きをとることができます(民事執行法第151条の2)。

 

このような差し押さえが可能とされているのは婚姻費用や養育費などが生活の維持に不可欠な権利であるためですが、将来分の差し押さえは義務者にとっても負担が大きいことから、これを取り消してもらうことができるかが今回のテーマです。

 

手段はあるがハードルは高い

 

方法としてまず考えられるのは、滞納分を速やかに支払ったうえで差し押さえをした権利者に差し押さえを取り下げてもらうよう依頼することですが、過去に滞納したからこそ差し押さえに至っている以上、権利者側から取り下げを拒絶されることもあります。

 

次に、民事執行法第153条では「執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。」との定めがあるため、この条文を根拠にして差し押さえの取り消しの申し立てをすることが考えられます。

 

もっとも、この点に関連する以下のような裁判例を見る限り、一度給与の差し押さえを受けると取り消してもらうことには相当なハードルがあります。

 

 

東京地裁平成25年10月9日決定

①差押命令の発令後、義務者は支払期限の到来していた養育費等を一括して支払い、その後も期限が到来した養育費を送金した。

 

②義務者が代理人に対して期限未到来分を含めた養育費全額相当額を預託し、権利者に期限未到来分も含めた養育費全額を直ちに支払うことを提案し、それを養育費の支払いに充てる旨を代理人とともに誓約した。

①②の事情から、客観的に養育費の任意履行が見込まれる状況にあり、差押命令発令時点で養育費支払義務の一部不履行があったことによる予備的差押えの必要性は現時点では失われたというべきと判断し、将来分のよる差し押えを取り消した。

東京地裁令和5年7月27日決定

「差押えがされた後において、任意履行の見込みがあることを理由として差押えを取り消すためには、債務者が任意履行の意思を表明しているというだけでは足りず、客観的にも将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情が必要」

義務者は過去の滞納分を支払い、今後の婚姻費用については毎月必ず遅れずに支払うことを誓約する旨の裁判所宛の誓約書を作成して提出したが、それを踏まえてもなお、「客観的に将来にわたり履行が見込まれるといえるだけの事情は見当たらない」として取り消しの申立を却下。

※東京高裁令和5年10月31日付決定も原審の判断を維持。

 

以上の裁判例では、民事執行法第153条1項によって将来履行期が到来する部分に関する給与の差し押さえを取り消すには客観的にみて今後の履行が見込まれる事情が必要であるとされています。

 

取り消しが認められた平成25年の審判例では将来の養育費相当額の全額を代理人に預託したうえで支払いを誓約している点に特徴があり、取り消しが認められなかった令和5年の審判例では誓約書を提出しただけでは客観的に履行が見込まれるとはいえないとされています。

 

今回紹介した裁判例では具体的にどの程度の準備をすれば足りるのかまでは明確に判断していませんが、いずれにしても単に将来の支払いを約束した程度では取り消しを認めてもらうのは難しそうです。

 

このように婚姻費用や養育費の滞納によって給与の差し押さえがなされてしまうと、たとえその後に支払いを約束しても差し押さえを取り消してもらうのは容易ではありませんので、一度取り決めをしたらくれぐれも不払いがないように気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮