婚約破棄に正当な理由がない場合、婚約を破棄された側は相手に損害賠償を請求することができます。
正当な理由があるかどうかはケースバイケースの判断となりますが、今回は、婚約者の家族の抱える事情について相手に事前に明らかにしなければならない義務があるかどうかが争われ、そのような義務があるとは直ちにはいえないとして婚約破棄に正当な理由はないと判断した裁判例を紹介します。
東京地裁令和4年10月13日判決
この裁判例のケースは、婚約者の親が特定の宗教を信仰しており、そのことが事後的に判明したことを理由として相手が婚約を破棄したところ、婚約を破棄された側が不当破棄であるとして慰謝料の支払いを求めたものです。
まず被告は、結婚をする当事者は結婚後の生活に支障がないよう、当事者の家族が抱えるトラブルや問題(経済状態(借金)、家族の介護、新興宗教、親の離婚、DV、病気、浮気癖、肉体的精神的欠陥、複雑な親子関係、反社の問題)等について相手に事前に明らかにしなければならないと主張しました。
そして、以上を前提に、本件では原告において自分の親が宗教に入信していることについて問題があることを十分自覚していたにもかかわらず、その事実を意図的に隠して交際を続けていたとして、そのような不誠実な態度によって信頼が失われたから婚約破棄には正当な理由がある、と主張しました。
なお、判決文を読むと、婚約破棄をされた本人自身には特定の信仰はなかった模様です。
しかし、以上のような被告の主張について、裁判所は以下のように本件の婚約破棄には正当な理由はないとして慰謝料の支払いを命じました。
①結婚をする当事者の間において、その相手方に対し、自身はともかく結婚の当事者ではない家族の身上・経歴等についてまで詳細に明らかにすべき義務があると直ちに認めることは困難。 ②仮に、平穏な結婚生活を送るため、結婚する相手方に対し、結婚生活に悪影響を及ぼすような家族の事情や相手方が結婚するにあたって重視している家族の事情について明らかにすべきであるといえたとしても、以下のⅰ、ⅱのような事情からすると、被告による婚約破棄に正当事由があるとはいえない。 ⅰ 本件証拠をみても、原告の親が本件宗教を信仰していることで結婚生活に悪影響が及ぶおそれがあることはうかがわれない(被告自身、原告が本件宗教と関連するような行動をとっていたとの記憶はない旨述べている)。 ⅱ 被告が原告に対し、結婚をするにあたり原告やその家族が特定の宗教を信仰しているか否かを重視していることをあらかじめ伝えていたとは認められない。
そもそもこの裁判例では、婚約関係にある当事者が自分の家族の身上や経歴を相手に詳細に報告すべき義務があるとまでいうことは困難と判断していますが、仮にそのような事情を報告すべき義務があったとしても、本件では親の信仰が結婚生活に悪影響を与えるおそれがあるとも、被告が原告の親の信仰を重視していることを事前に告知していたともいえないとし、いずれにしても婚約破棄に正当な理由はないという結論を下しています。
憲法上、信教の自由が認められている以上、当人同士に信仰の相違があってもそのこと自体が婚約破棄の正当な理由とはなり難いように思われます(信仰の故をもつて婚約を破棄することは正当な理由とは認め難いと判断したものとして京都地裁昭和45年1月28日判決)。
本件では本人同士に信仰の相違があった場合ですらなく、親の信仰を理由とした婚約破棄ですが、このような事情は本人がコントロールし難いものであり、裁判所が認定した事情のもとでは婚約破棄について正当な理由がないという判断は妥当なものだったと思われるところです。
もっとも、本裁判例でも触れられているように、特定の事情を重視していることをあらかじめ相手に明示的に告知していた場合で、もしも相手がその点に関して積極的に嘘をついた結果、婚約に到ったようなケースであれば、そういった相手の不誠実な態度そのものが婚約破棄の正当な理由に該当する余地はあり得るのではないかとも思われます。
いずれにしても、実際のケースでは正当な理由があるかどうかは様々な事情を総合的に検討する必要がありますので、微妙な判断が求められる事案のときは専門家へ相談することをお勧めします。
弁護士 平本丈之亮