男女交際の結果として女性が妊娠したものの様々な事情から中絶を選択せざるを得なかった場合、女性側は精神的・肉体的、あるいは経済的にも非常に大きな不利益を受けることになります。
このようなときに男性側に不誠実な対応があった場合、中絶した女性側が男性側に慰謝料等の損害賠償を請求したいと考えることはごく自然なことですが、過去の裁判例上もそのような請求が肯定された例が存在します。
そこで、今回は中絶を選択した女性から男性に対する慰謝料等の損害賠償が認められた近時のケースを3つほど紹介したいと思います。
東京地裁令和4年11月16日判決
【男性の負うべきとされた義務の内容】
中絶によって直接的に身体的及び精神的苦痛を受け経済的負担を負う女性は、性行為の結果として胎児の父となった男性から、それらの不利益を軽減し解消するための行為の提供を受け、あるいは、女性と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、男性は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負う。
【男性の対応と責任の有無】
・男性は妊娠判明後、話合いには応じたものの、産むか中絶するか、産んだ場合には2人で協力して育てるか、いずれか1人が育てるかを選択・決定しなければならない事態に至ると有効な解決策を提示できずに約2か月間を経過させ、翌日以降は話合いに応じなくなり、女性に中絶手術を受けるかどうかの選択を委ねることとなった。
→女性の上記法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず女性側に生じた損害を賠償する義務がある。
【損害の内容】
①慰謝料 60万円
②以下の支出額の2分の1
・妊娠判明後中絶までの産婦人科における診察、手術等の費用から出産育児一時金と男性の支出額を除いた額
・産婦人科の入通院に必要な交通費
・葬儀代等
・戒名代金・葬儀の際のお布施
※心療内科や皮膚科の診療費や通院交通費は因果関係不明として否定。
※弁護士費用相当額の請求はしていない。
東京地裁令和3年7月19日判決
【男性側の対応】
・男性がずっとそばで支えていくことが自分の責任である、女性からの中絶した後に捨てない保証はないとの言葉に対して努力するから信じてほしい等と述べ、女性はこのような男性の言葉を受けて信頼し、妊娠中絶するが交際は続ける、という選択をして中絶を決意した。
・しかし、男性は、女性の中絶後、その月と翌月に会った以降は女性と会おうとしなかった。
【男性の責任の有無】
・男性は妊娠発覚後の原告との話合いにおいて子を産むことに難色を示し続け、他方、交際関係を将来に渡り継続する旨述べたものの、中絶後はその月及び翌月に会った以降は原告と会おうとしていない。
→妊娠後の話合いにおいて示した交際関係を将来に渡って継続するという意向は、男性の真意とは異なったものと推認され、女性はこのような男性の言説を信用し中絶を決意したのであるから、このような言説は女性の出産するか否かの自己決定権を侵害するものであり不法行為を構成する。
【損害の内容】
①慰謝料 100万円
②弁護士費用 10万円
※慰謝料と弁護士費用以外の請求はしていない。
東京地裁令和元年12月19日判決
【男性の負うべきとされた義務の内容】
東京地裁令和4年11月16日判決と同じ。
【男性の対応と責任の有無】
・男性は女性が自分の子を妊娠する可能性があることは認識していたにもかかわらず、妊娠の事実を告げられるとその事実に向き合わず、子を産みたいと伝えられても結婚できないなどと述べるほかは具体的な対応をせずに女性からの連絡を避ける態度に終始した。
→男性は女性の法律上保護される法的利益を違法に侵害したものと認められるから損害賠償義務がある。
【損害の内容】
①慰謝料 100万円
②診療費や中絶費用の2分の1
③弁護士費用相当額(①②の合計額の約10%)
※休業損害の請求についてもあったものの、精神的苦痛が多大なものであったことはそのとおりであるが、慰謝料の算定基礎となることを超え、男性の不法行為と女性の所得減少との間に相当因果関係があるとは直ちに認め難いとして否定。
不誠実な対応には法的責任が生じる
以上のとおり、近時の裁判例では妊娠発覚から中絶までの間の男性側の対応が不誠実と評価せざるを得ない場合、慰謝料等の支払義務を認めるものがみられます。
今回ご紹介した事例は、①交際継続を中絶の事実上の条件としながら、実際にはそのような意思はなかったというパターン(東京地裁令和3年7月19日判決)、②妊娠という現実から逃避する態度をとったパターン(東京地裁令和4年11月16日判決、東京地裁令和元年12月19日判決)の2つですが、これ以外にも、たとえば中絶を何らかの形で強制したときには損害賠償責任が発生すると思われます。
損害賠償責任が認められた場合の主な損害は、慰謝料のほか、産婦人科の診察料や手術費用等の2分の1といったものが認定されていますが、いずれにせよ自らの行為により妊娠という結果を生じた場合、男性にはその事実に誠実に向き合うことが(道義的にはもちろん、法的にも)求められているといえます。
弁護士 平本丈之亮