知人や親族にお金を貸すときの注意点

 

 今も昔も知人や親族への貸付を巡った金銭トラブルは後を絶たず、私自身も個人間の貸付について返済がなくて困っているというご相談をお受けします。

 

 しかし、実際にご相談に来られるケースでは、様々な理由によって既に回収が非常に困難であることが多く、お金を貸す前にきちんとしておけばよかったと後悔される方も多い印象です。

 

 そこで今回は、知人や親族などにお金を貸す場合の最低限の注意事項についてお話しします。 

 

基本的対策は借用書(金銭消費貸借契約書)を作ること

 

 基本的対策としては、やはり借用書を作ることです(正式には「金銭消費貸借契約証書」とすることが多いですが、借用書という題名でも特に問題はありません。)

 

 お金の貸し借りのトラブルには色々なパターンがありますが、相手から「このお金はもらったもので返す必要がないものだ」として返済を拒絶されることがありますので、そのような言い訳を防ぐには借用書の作成をしておいた方が良いためです。

 

最低限書いておくべきこと

 

 では、借用書には、具体的にどのようなことを書いておくべきでしょうか?

 

 この点は相手の状況や支払いがなかった場合の備えをどうするか、あるいは利息・延滞金の約束などの条件によって様々ですが、ここでは利息等の約束がない場合を前提に、最低限書いてほしいことをご紹介します。

 

【当事者(貸主・借主)】

 誰が、誰に貸すのかを明らかにするものです。

 稀に、お金を実際に出した人と貸付の契約をした人が違うことがありますが、借主に請求できる権利者が誰であるかを明確にしておく必要があります。

 また、複数の名前が無造作に借主として連名で書いてあることがありますが、それらの人がそれぞれどういう義務を負うのか(連帯債務者として全額の支払義務を負うのか、それぞれが半分ずつ借りるのか)などを明確に記載しておくべきです。

 

【金額】

 後で貸した金額について争いがないようにするためです。

 複数回にわたって貸し付けることを予定しているときは、それぞれの貸付時期・金額を個別に書いておくと良いと思います。

 

【「貸した」との記載】

 基本的なところですが、渡したお金があげたものではなく貸したものであることを明確にするため、渡したお金が貸したものであることを明記します(「AはBに100万円を貸し渡した」など)。

 

【支払期限や方法】

 個人間貸付では返済期限が曖昧だったりまったく記載がないパターンがありますが、いつから正式に返済を請求できるかを明確にしておいた方が良いため、支払期限は日付で明らかにしておくことが望ましいところです(たとえば、「返済期限 令和〇年〇月〇日」とするなど)。

 

 なお、分割返済の場合は、さらに以下のような記載をしておくべきです。

 

①返済期間と返済の間隔・各回の返済日と返済額

 たとえば、「令和3年6月から令和4年5月まで、毎月末日限り、3万円ずつ」などとすると良いと思います。

 

②支払いを怠った場合に残金を一括払いしてもらうことと、その回数

 これを一般的に「懈怠約款」(けたいやっかん)とか「期限の利益喪失条項」と言いますが、これがあるのとないのとでは返済の意欲や後日の回収作業の難易度に違いが出てきますので入れておくべきものです。

 

【住所】

 住民票上の住所と実際の住所が異なっていることがあったり、あとで相手が転居して音信不通になってしまうことに備え、本籍地入りの住民票のコピーなどを確認し、さらに可能であれば住民票の記載内容をメモしておくのが望ましいと思います。

 

 住民票を渡すこと自体は相手に嫌がられることがありますので、どこまでの情報を提供してもらうかは貸主と借主の話し合いによって決めていただくことになりますが、音信不通になった場合にはその情報のあるなしがその後の展開に影響を及ぼすことがありますので、備えとして情報だけでも確保しておくのが無難です(なお、こちらが求める必要な裏付資料を全く提出しない相手にお金を貸すかという視点は貸す側にとっては重要な判断材料です)。

 

【契約日】

 基本的事項ですので忘れないようにしましょう。

 

【署名】

 契約が成立したことを証するため、署名欄を設け、自筆で書いてもらうことになります。 

 

 代書だからといって必ずも無効にならないこともありますが、代筆だと「これは自分が書いたものではない、筆跡が違う。」などと言われることがありますので、本人に面前で書いてもらうのが無難です。

 

【押印】

 法律上は実印である必要まではありませんが、可能なら実印を押してもらうのが無難ではあります(印鑑証明書の添付がなくてもそれだけで借用書が無効になるわけではありませんが、三文判だと、あとで「これは自分の印鑑ではない。誰かが三文判を用意して勝手に押したものだ。」などという言い訳が出ることがあります)。

 

 印鑑証明書そのものをもらうかどうかに決まりはありませんので、この点は話し合いによります。

 

 

借用書は公正証書にしておくべきか?

 

 借用書は当事者間で作成しても証拠としての価値はありますが絶対ではありませんし、そもそも借用書には後日の証拠になるという意味しかありません(当事者間だけで作った借用書ではいきなり差押えはできません)。 

 

 そのため、借用書の記載事項に不備がないか不安であるとか、あとで相手が「自分が書いたものではない」などと言うことを避けたい、あるいは裁判をしないですぐに強制執行できるようにしたいといったニーズがあるのであれば、公正証書を作った方が良いと思います。

 

借用書以外の対策

 

 以上が借用書を作る際の最低限の注意事項ですが、お金を貸すときには、そのほかにもいくつか気をつけておくべき点があります。

 

【返済能力の確認のための事情聴取】

 お金を借りるときは相手に手元にお金がないことが多いでしょうが、お金が返ってくるあてが本当にはあるのかを検討しておくのは非常に重要です。

 

 そのため、たとえば以下のような事情を確認し、場合によっては裏付の資料を提供してもらうことでこのまま本当に貸して良いかの判断に役立ちますし、後日のトラブル防止や回収にも有効です。

 

・勤務先や収入

・借金の有無や額

・借入金の使途

 

【お金の受け渡しの証拠】

 少数ながら、借用書は作ったが形だけでお金は実際には受け取っていないという言い訳が見られますので、お金を相手に渡したことも証明できるようにしておくと良いでしょう。

 

 たとえば、手渡しの場合はその場で必ず領収書をもらうようにして、但し書きにも「貸金」と明示して自筆で署名してもらい、印鑑は借用書と同じ印鑑を押してもらうのが良いと思います。

 

 銀行振込で貸すときは振込明細を保管する方法がありますが、失くしてしまうリスクを気にするのであれば、一旦自分の通帳にお金を入れて口座から口座へと送金しておくという方法もあります。

 

【電話番号(携帯・固定)情報の取得】

 電話は支払いが滞った場合の基本的な連絡手段となるほか、音信不通になった場合に住所調査をする手掛かりにもなりますので、確保しておくべき情報です。

 

【連帯保証人や担保はつけるべき?】

 よくあるご質問として、連帯保証人や不動産担保をつけてもらった方がいいか、という質問がありますが、金額がある程度の額であれば、貸主側の立場からすればつけてもらった方が良いのは間違いありません。

 

 最終的には借主の状況や金額の多寡、人間関係によってケースバイケースですが、あらかじめ検討しておくべき事項です。

 

 なお、連帯保証人を付けてもらう場合には、必ず連帯保証人に会って借用書を見せて保証意思を確認し、書面にも署名・押印してもらってください。書面によらない保証契約は無効ですし(民法446条2項)、実際の相談の中で、借主が勝手に保証人の名前を騙って借り入れをしていたことが後日判明したケースがあります。

 

 不動産に担保を付けるときはきちんと法務局で登記手続をする手続を組んでおかないと、後から何かと理由をつけて担保設定を拒むことがありますので、事前に司法書士に依頼することも検討事項となります。

 

 また、担保を設定する不動産に、既にほかの抵当権がついていないかもチェックが必要です。すでに先順位の権利が設定されていると後でつけた自分の担保には価値がなく、せっかくつけても意味がない場合があるからです。

 

 その他、価値のない二束三文の不動産(山林や原野)に担保を付けているケースも散見されますので、担保とする予定の不動産については、事前に固定資産評価証明書と登記簿謄本の写しをもらい、簡易的なものでも良いので不動産業者の査定を受けることをお勧めします。

 

それでも自己破産されてしまうと回収は難しくなる

 

 以上のように、個人間でのお金の貸し借りには気をつけておくべきことがたくさんありますが、いくら気をつけても自己破産されてしまえば直接回収することはできなくなりますので、そのリスクは常にあります。

 

 借主が自己破産したときには、不動産に担保をつけていたり保証人をつけている場合にはそちらからの回収を検討することになりますが、必ずしもうまくいくとも限りません。

 

 

 貸したお金が返ってこないときはその人との関係が壊れてしまいますし、それだけでなく貸した額が多額であれば自分の生活にも悪影響が出てしまいますので、お金を貸すときは今回お話ししたような点に気をつけながら、万が一回収できなかったときに自分の生活に影響がない範囲内にとどめるのが重要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

後部座席でシートベルトを着用せずに事故に遭った場合、過失相殺されるのか?

 

 平成20年6月1日から、一定の例外(疾病・負傷・障害・妊娠中などのためシートベルトを着用することが適当ではない場合や著しく肥満している者等)を除いて、運転者は後部座席に乗る者にシートベルトを着用させる義務が課せられました(道路交通法法第71条の3第2項)。

 

 このように、法律では後部座席のシートベルトの着用義務は運転者に課せられたものであり、後部座席に乗車した者自身に課せられたものではありませんが、シートベルトを着用せずに後部座席に乗車した者が交通事故によって損害を受けた場合、加害者側からシートベルト不着用という事実を減額事由(過失相殺)とすべきである、という主張がなされることがあります。

 

 今回は、後部座席のシートベルトの不着用と過失相殺についてお話しします。

 

過失相殺されるケースが多い

 結論から述べると、改正道路交通法施行後の裁判例では、後部座席に乗っていた者がシートベルトを着用していなかった場合、その事実が不利な事実として評価されて過失相殺されることが多いと思われます。

 

 具体的な割合は被害者側の落ち度の程度によって増減しますが、2016年版・民事交通事故訴訟損害倍書額算定基準(下巻)の裁判官の講演録によると、過去の裁判例では5~30%程度の範囲で判断され、典型的なシートベルト不着用の事案では5~10%の範囲内で収まっているかもしれないと指摘されています。

 

 また、当職においてもいくつか近時の裁判例を探してみましたが、見つけられた範囲では以下のとおり10%とする例がありましたので、被害者の落ち度が非常に大きいような特殊なケースを除くと、裁判例の傾向としては10%程度とされるケースが多いかもしれません。

 

シートベルト不着用で被害者の過失割合を10%と判断した事例

①大阪地裁令和2年10月23日判決

②大阪地裁平成31年2月27日判決

③仙台地裁平成29年11月27日判決

④横浜地裁平成29年5月18日判決

 

過失相殺されないこともある

 このように、後部座席のシートベルト不着用は被害者の落ち度と評価され、過失相殺されてしまうことがありますが、他方、以下のようなケースでは不利に扱われない場合もあります。

 

加害者の過失が非常に重大な場合

 

【大阪地裁令和元年10月29日判決】

 加害者がセンターラインをオーバーして被害者の乗用車両に正面衝突したケース

 

【大阪地裁令和元年10月2日判決】

 被害者は腰ベルトのみをして肩ベルトをしていなかったが、事故原因が加害者の赤信号無視であったケース

 

【京都地裁平成29年7月28日判決】

 死亡事故において、加害者の運転する車両の後部座席に乗っていた死亡被害者の遺族が、加害者である運転者を訴えたケース。

 加害者は、路面が滑りやすい状況のもと、制限速度50キロメートルの一般道路トンネルを時速約144.2キロメートルまで加速させるなどし、無謀運転によって事故を起こしたことや、加害者が被害者にシートベルトの着用を求めていなかったことから、過失相殺を否定した。

 

シートベルトを着用していても同じような怪我を負ったと考えられる場合

 

【名古屋地裁一宮支部平成30年12月3日判決】

 被害者の乗っていた車両は事故で横転し、水田に落下したところ、被害者の怪我は右顔面打撲、前額部挫創、両肩関節挫傷、両肋骨挫傷、腰椎捻挫及び頸椎捻挫であり、シートベルトを着用していなかったことによって損害を発生あるいは拡大させたとまで評価できないと判断されたケース

 

シートベルト装着義務が免除されている場合

 

 その他にも、先ほど紹介した講演録では、疾病等の事情によりシートベルトの装着義務を免除されている者が被害者になった場合にも、事案によるものの過失相殺するのは相当ではないとして、助手席に関する事案で過失相殺を否定したケースが紹介されています(東京地裁平成7年3月28日判決)。

 

 

 今回ご紹介した通り、後部座席に乗る者自身にはシートベルトの着用義務はありませんが、ひとたび事故が起きたときは損害賠償請求の場面で不利に扱われることがありますし、それよりも前に、まずはご自分やご家族の身を守るためにシートベルトを着用する(させる)ことを心がけていただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年5月16日 | カテゴリー : 過失割合 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用の金額は明確に取り決めをした方が良いというお話

 

 夫婦関係が悪化して別居をする場合などに、夫婦の一方から相手に対して、当面の生活費として婚姻費用の支払いを請求することがあります。

 

 婚姻費用については、いわゆる簡易算定表によって双方の収入や家族構成に応じたある程度相場がありますので、きちんとした手順を踏めば多くの場合請求できますが、別居の時点で明確な取り決めをしないと、調停の申立などをするまでの間、婚姻費用を支払ってもらえないことがあります。

 

 また、一応、夫婦間で話し合ったものの、内容をきちんと詰めずに口頭だけで済ませてしまった場合、相手が自発的に支払わないと後になって合意の成立が否定されてしまうことがあり得ます。

 

東京地裁令和2年11月5日判決

 例えば、過去に夫が妻に一定額の支払いをしていたことを根拠に婚姻費用についての約束があったとして、民事裁判で不払い期間の分や将来の分の支払いを求めたケースにおいて、東京地裁令和2年11月5日判決は「婚姻費用の分担額について,夫婦の協議または家庭裁判所の調停・審判により支払義務が具体的に確定していない場合,不適法な訴えとして却下すべきものと解するのが相当である。」と述べた上で、本件では「夫婦の資産、収入などを踏まえて具体的に婚姻費用分担金の金額について真摯な協議をしていた事情を認めることはできない。被告が上記支払をしていたのは、原告や原告の両親との円満な生活のために、単に支払うことができる金額の支払をしていただけにすぎないともいえる。」として婚姻費用の合意を否定し、民事裁判での支払請求を却下しました。

 

 このケースにおいて、もしも毎月の婚姻費用についてきちんと書面で取り交わしをしていたのであれば、当事者間で合意が成立していたとして支払請求が認められた可能性があります。

 

 このように、当事者間での合意内容が口頭だけにとどまっていると、不払いが発生した場合に結局は調停等の手続から始めなければならなくなり、手続の着手が遅れれば遅れるほど、最終的に支払ってもらえる額が少なくなる可能性があります。

 

 口頭での合意であっても相手が自発的に支払ってくれるのであれば特に問題はありませんが、今回裁判例をご紹介したとおり、ひとたび不払いが生じた場合は裁判では回収できない場合がありますし、だからといって改めて調停を申し立てても、それまでの期間の分は回収できなかったり、調停等で従前の合意金額が維持されるとは限りません(このことは離婚後の養育費でも同じと思われます)。

 

 したがって、当事者間で婚姻費用について取り決めをするときには、きちんと書面で明確にしておくのが無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

新型コロナウイルスの影響で個人事業主が自己破産をする場合の予納金(破産管財人費用)の立替制度について(終了)

 

 個人事業主が自己破産をする場合にネックになるのが、破産管財人の費用として裁判所に納めなければならない予納金です。

 

 この予納金は個人事業主の事業規模によって金額がまちまちですが、零細事業者でも20万円程度は収めなければならないことがあり、負債額が大きかったり、財産処分が必要など破産管財人の行う業務が多くなれば、その分金額が増えていきます。

 

 そのため、個人事業主が自己破産をするときは、まずは裁判所の予納金をどのように捻出するかが最優先の検討事項となることがありますが、一定期間、法テラスが一部の個人事業者について予納金の立て替えを可能にする制度を設けましたので、ここではこの制度の利用条件などについて説明します。

 

【令和3年7月28日追記】

本特例は、令和4年3月31日まで延長されることになったと法テラスより告知がありました。

 

【令和4年2月9日追記】

 本特例については、残念ながら令和4年3月31日をもって終了する旨、法テラスより告知がありました

 

新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置に関し、事業の継続が困難になったことに起因して支払不能に陥った場合であること

 この制度を利用できる個人事業者は、上記の通り新型コロナウイルスの感染拡大やその防止のための措置(営業自粛要請等)によって事業継続が困難になったことが条件となっています。

 

 そのため、新型コロナウイルスとは無関係の理由で支払不能になった場合(例えば浪費がメインの場合など)にはこの立替制度は利用できません。 

 

令和3年4月1日から9月30日までに支出申立が行われること

 この措置には利用期限があり、基本的には上記の期限内に支出の申立が必要となります。

 

 また、法テラスからの告知によると、予算が枯渇した場合には期間を短縮する可能性があるとのことですので、その点にも注意が必要です。

 

上限は20万円であること

 法テラスが立て替えてくれる予納金の上限は20万円となっていますので、事業規模がそれなりに大きい場合には不足分を自己資金で補う必要があります。

 

会社破産やその代表者の破産は対象外

 この制度は、あくまで個人事業者が自己破産をする場合に予納金を立て替えるものですので、会社破産には利用できません。

 また、会社が破産する場合、代表者も自己破産することがありますが、その際の代表者は個人事業者ではないため、同様にこの制度の対象外です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

遺産分割を早めに行うべき3つの理由

 

 相続が発生し、故人に遺産があるときは遺産分割の手続が必要になります。

 もっとも、遺産分割が必要だとはわかっていても、その手続きの煩わしさからついつい後回しになってしまうということも珍しくありません。

 しかし、弁護士として相続の相談を受けていると、本当は遺産分割が必要なのにこれを放置した結果、後になってからもっと面倒なことになったという例が多くみられます。

 そこで今回は、遺産分割を早めに行うべき理由についてお話ししたいと思います。

 

理由1 相続人が増えることによる弊害

 時間が経過すると、相続人の死亡によって相続人の数が増えることがあります(数次相続の発生)。

 たとえば、兄弟姉妹が元々の相続人である場合に、遺産分割前にそのいずれかが死亡してしまい、死亡した兄弟姉妹の配偶者や子どもが相続人になる、といったことが良く見られます。

 このように、時間の経過によって相続人が増えると、以下のような問題が生じることがあります。

 

①単純に交渉しなければならない相手が増え、手間やコストが増える。

 

②交渉相手が変わった結果、当初とは異なった意見が出てきてしまい、協議がまとまらなくなる。

 

 時間の経過によって相続人が増えてしまうことは良くあることですが、一次相続が発生してから何年も経過してから相談に来られる方の相続関係を確認すると、当初よりも大幅に相続人が増えてしまい、相続人全員の所在をつかむこと自体が一苦労、どうにか所在を掴めても関係が希薄なため交渉も難航、という事例があります。

 

理由2 行方不明の相続人の発生

 相続発生から時間が経過すると、相続人の一部がどこにいるか分からなくなってしまうことがあります。

 また、理由1にも関係するところですが、相続人の一人が死亡して相続関係が変わった結果、新たに相続人になった者がどこにいるかわからないというケースもあります。

 

 このようなケースが本当にあるのかと思われるかもしれませんが、当職の受ける相談のうち相続人の所在が分からないというケースはかなり多く、そのような事態に陥る原因の相当部分が、当初の相続発生から時間が経過しているところにあります。

 相続人の一部が行方不明の場合、まずは親族からの情報収集や戸籍関係の調査によって現在の所在地を探ることから始めますが、それでも見つからない場合はご本人が自力で探すのは困難であり、弁護士による調査や交渉が必要になるなど余計なコストが生じる原因にもなります。

 

 当職自身、相続人の一部が行方不明のため「弁護士会照会」という手続を利用してどうにか所在地を探り当てた経験がありますが、弁護士といえども確実に見つけられるとは限らず、そのような場合は別途裁判所に数十万円の費用を支払って不在者財産管理人の選任を申し立てなければならなくなる、というケースもあります。

 

理由3 認知症の相続人の発生

 時間の経過によって相続人自身の年齢が上がり、事案によっては相続人が認知症に罹患しているケースも見られます。

 

 相続人の中に認知症の方がいると、そのまま相続人間で話し合いをまとめることはできず、家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、成年後見人がご本人に代わって遺産分割協議を行う必要がありますが、このような状況になると、成年後見の申立という手続きが必要になるだけではなく、遺産分割の内容についても制限がかかります。

 本来、遺産分割は相続人の間で自由に取り決めができるものですから、たとえば相続人の一人が自分は遺産はいらないとか、法定相続分を下回っても良いと言っても、それはその相続人の自由です。

 しかし、相続人の中に後見人の選任が必要な方がいるとき、後見人は本人の利益を保護しなければならないため、遺産はいらないとか相続分を下回る内容でも良いとはいえません(家庭裁判所も容認しません)。

 

 このように、ひとたび認知症の相続人が生じたときは、それまでであれば比較的自由に分割内容を決められたのに、それができなくなってしまうことになります。 

 

 

 以上のような理由から、遺産分割については面倒であっても早期に手を付けるのが重要であり、これを怠って放置してしまうと後々になってかえって面倒なことになりますので、ご自分で進めることが難しいときは専門家に相談し、早めに手続に着手していただければと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

2021年5月3日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚約によって退職した場合、失った収入(逸失利益)を婚約破棄の損害として賠償請求できるか?

 

 婚約の不当破棄の際に請求するものとしてもっともポピュラーなのは慰謝料ですが、それ以外にも、仕事を辞めたことによる減収分も請求したいというご相談を受けることがあります。

 このような請求も過去の裁判例では認められることがありますので、今回はこの点に関する裁判例をいくつかご紹介します。

 

肯定例

東京地裁令和2年2月17日判決

 原告は、婚約後に子どもを出産しており、妊娠によるつわりや体調不良のために仕事に支障が生じ、その後、働けなくなったことから、その間に失った収入の賠償を求めました。

 これに対して裁判所は、働けていたもののつわりで体調が悪かった期間については従前の月額収入の半額を損害として認め、その後、働けなくなってから訴訟提起までの数か月分を損害として認めました。

東京地裁平成19年1月19日判決

 原告は、結婚して被告の住居地へ行くために退職し、その後、一定期間被告と同居したことから、被告との結婚のための準備が進展しなければ就労を継続していたはずであるとして、退職から婚約破棄までの期間の収入を賠償すべきであると主張し、裁判所もこれを認めました。

 

否定例

東京地裁平成15年7月17日判決

「…今日の社会は、両性の平等の理念のもと男女共同参画社会の実現を目指す段階に入っており(原告自身が陳述書の中で自己の職業意識について陳述しているとおりである。)、ことに原告と被告の世代においては、既に、「結婚退職」は社会通念上当然のことではなくなっていて、結婚を機に退職するか否かは、もっぱら当該本人の自由な意思決定に委ねられている。その際、将来の配偶者となる相手方との間で、将来の自分たちの婚姻生活のあり方の決定という意味で協議が行われるべきことは当然であり、その中で、事実上、一方が他方の意向を尊重した結果として一方の退職という選択がなされるということも十分考えられるけれども、最終的には、それは、自己の生き方を自己の意思により選択した結果に他ならない。

…退職による減収は、婚姻が成就しなかったことによって損害が生じたわけではなく(予定どおり婚姻が成就していれば減収にならなかったという関係にはない。)、客観的には、あくまでも原告が就労しなかったことに起因する減収に他ならない。
 以上により、退職による減収分の賠償を被告に命じることは相当でない。」

 

実際に認められるかどうかはケースバイケース

 以上のとおり、最近の裁判例でも、婚約に起因して退職した場合に、失われた利益を婚約破棄の損害として請求できるとしたケースがありますが、今回ご紹介した2つの肯定例は、妊娠や転居など婚約に起因して減収や退職を余儀なくされたケースに関するものであることに注意が必要です。

 

 退職した理由が本人の自発的な意思によると思われる場合、つまり、婚約相手が退職を特段求めておらず、客観的にみても本人が仕事を辞めなければならない状態ではなかったようなときは、退職の必要性はなかったとして否定されることがあり得ますし、否定例のようにそもそも逸失利益を婚約破棄の損害として認めない見解も存在するところです。

 

 また、仮に認められるとしても、当然ながら将来にわたって無制限に認められるわけではなく、再就職が現実的に可能となる期間までに限られると思われますので、実際上はあまり高額な金額にならないことも想定されます。

 

 このように、逸失利益が認められるかどうかは微妙な判断が必要になり、具体的な事情によっても変わり得るところですので、慰謝料のほかにもこの点を請求したいという場合には弁護士への相談をお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2021年5月3日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用の減額請求が認められた結果、もらい過ぎた分について分割清算を命じられた事例

 

 一度取り決めをした婚姻費用であっても、その後、取り決めをした当時に予期できなかった事情変更が生じたことによって以前の金額を維持するのが不当になったときは、後になって婚姻費用の金額が変更されることがあります。

 このこと自体は比較的知られた話ではありますが、権利者の収入増加や義務者の収入減少などの事情変更が生じ、義務者から減額の申し入れがあったにも関わらずそのまま支払いを受け続けていると、裁判所で将来の分について減額されるほかに、その間もらいすぎていた分について、遡って返さなくてはならなくなる場合があることはあまり知られていません。

 そこで今回は、婚姻費用の減額請求が認められ、払い過ぎとなった過去の分について遡って清算を命じられた裁判例を紹介したいと思います。

 

福岡高裁平成29年7月12日付決定

  この事案は、以前の裁判所の審判で婚姻費用の支払いが命じられ、その際には権利者が障害基礎年金を受給していたことが計算の前提になっていたところ、その後に権利者が就職して給料をもらえるようになったため、義務者が婚姻費用の減額を申し立てたというケースです。

 このケースにおいて、裁判所は、権利者の就職による給与収入の発生は婚姻費用の減額を認める事情の変更にあたるとして義務者からの婚姻費用減額を認め、減額の効力は、減額審判の申立時まで遡ると判断しました。

 そして、婚姻費用の減額の効果が裁判所への審判申立の時まで遡った結果、審判の申立から審判までの間に権利者が受け取っていた婚姻費用の一部が過払いとなったため、権利者はその過払い分を返還する必要があるとし、ただ、一括での返還は権利者にとっても酷であるため分割での返済を命じています。

 

「上記のとおり、平成○年○月分に遡って抗告人の婚姻費用分担額を減額することとなるので、抗告人が相手方に対して前件審判に従って支払った同月分以降の婚姻費用の一部(月額2万円)は,過払となり、その精算を要する。
 現時点で、過払額は、平成○年○月分から同○年○月分までの○○万円となる。したがって,その返還を相手方に命じるのが相当である。
 ただし、即時に全額を支払うこととするのは、前件審判を前提として生活費を支出してきた相手方に酷であり、相手方において、今後,過払分を返還しながら生活を成り立たせていく必要がある点に配慮すべきである。このような事情に,減額後の婚姻費用額その他一切の事情を併せ考慮して,平成○年○月以降,月額2万円ずつを毎月末日限り支払うよう命じることとする。」

※注 抗告人=義務者 相手方=権利者

 

養育費の減額に伴う過払金の清算

 上記裁判例は離婚前の夫婦の婚姻費用に関する判断ですが、同様の問題は離婚後の養育費の場面でも起こりえます。

 養育費については、双方の収入の増減のほか、権利者が再婚して子どもと再婚相手を養子縁組させるという事情変更がまま見られますが、このような比較的明確な事情変更が生じ、義務者から具体的な減額等の申出があったにもかかわらず従前の金額をそのまま受け取っていると、あとで一部の返還を命じられる可能性があります。

 ただし、この点について判断した広島高裁令和元年11月27日付決定では、事情変更による養育費の過払い分について、家事審判手続の問題として清算を命じることはできず、不当利得として一般の民事訴訟で解決すべきであるとしています。

 広島高裁の枠組みに従うと、このような過払い金については、判決で分割払いを命じることはできないと思われるため、権利者側の負担はより大きなものになる可能性があります。

 

広島高裁令和元年11月27日付決定

「以上によれば、平成○○年○月分から審理終結日までに支払期が到来した・・・までの養育費は、・・・○○万円の過払が生じている。
この過払金については、相手方が抗告人に返還すべきものであるが、過払金の返還は、民事訴訟事項である不当利得の問題であるから、家事事件についての本決定において、その返還を命ずることはできない。
なお、この過払金については、裁判所の裁量判断で、将来の養育費の前払として扱うことも不可能ではないが、養育費の性質上、現実の支払がなされることが原則であり、また、本件で前払として扱った場合、長期間、養育費の全部又は一部の支払がなされない事態が生ずることから、将来の養育費の前払として扱うことはしない。」

※抗告人:義務者 相手方:権利者

 

 以上のように、婚姻費用や養育費の定めも絶対ではなく、事情の変更があった場合には金額が変わりうるものです。

 法的安定性を保つ観点から、金額の変更には予想できない事情変更が必要であるという一般的な縛りはあるものの、明らかな減額事由が生じたにもかかわらずそのまま受け取り続けていると、今回ご紹介した裁判例のようにあとから過払い分の清算を求められることがありますので、そのような事情が生じたり相手から具体的な減額の申し入れがあった場合には、弁護士に対応をご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

挙式費用は特別受益にあたるか?

 

 遺産分割、あるいは遺留分の請求の場面においては、特定の相続人が生前に被相続人からお金を受け取ったとして、その受領した金銭を考慮すべきだという主張がよくなされます。

 このような被相続人からの生前の金銭授受の問題は、いわゆる「特別受益」に該当するかどうかの問題ですが、生前の金銭授受の中で特別受益に該当するのではないかと指摘されるもののひとつとして、挙式費用の問題があります。

 たとえば、遺産分割協議の場面において、特定の相続人が生前に挙式費用を受け取っているからそれを相続開始時の遺産に持ち戻したうえで相続分を計算すべきいう主張であったり、遺留分の請求をする側が、相手は生前に挙式費用をもらっていたから、その分は遺留分の計算をするうえで遺産に持ち戻して計算するべきだ、というような主張などがあります。

 

基本的には特別受益にはあたらない

 しかし、このような主張は、心情的には理解できるところですが、裁判所では挙式費用は特別受益にはあたらないと判断されることが多いと思われます。

 たとえば、近時の例でも、東京地裁平成30年3月27日判決は、「仮に亡○○が原告○○の婚礼費用を負担したことがあったとしても,相当額の挙式費用の負担であれば特別受益には当たらないと解される」としており、東京地裁平成28年10月25日判決でも、「挙式費用については,儀礼的な性格もあり,遺産の前渡しとはいえないから特別受益にならないと解するのが相当である。」と判断されています。

 

 被相続人と相続人との間の金銭授受が特別受益に該当するかどうかは、その金銭の授受が遺産の前渡しと評価できるかどうかという観点から判断されるものですが、平成28年の裁判例が述べるように、挙式費用は通常そのような性格がないことから、特別受益には該当しないと判断されることが多いという結論になります。

 もっとも、平成30年の判決でも「相当額の挙式費用の負担であれば」との縛りがあるように、挙式費用という名目でありさえすれば絶対に特別受益にあたらないということではなく、社会通念上、あまりにも過大な場合には、もはや儀礼的な性格を超え、遺産の前渡しとして特別受益に該当するという判断もあり得ますので、最後は金額や相続人あるいは被相続人の地位・資産状態などを考慮して個別に判断されることになります。

 

弁護士 平本丈之亮 

 

2021年3月29日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞行為を理由に社会的制裁を受けたことは、慰謝料の減額事由として考慮されるのか?

 

 不貞慰謝料については、不貞行為の期間や回数、婚姻期間の長さ、子どもの有無等の諸般の事情を総合的に考慮して決められるものですが、慰謝料を請求された不貞行為者側からは、慰謝料額を減額すべき事由として様々な事情が主張されることがあります。

  代表的な主張は、不貞行為時に既に夫婦関係が冷め切っていたというものですが、そのほかにも、不貞行為が職場に発覚するなどの社会的制裁を受けたことをもって慰謝料が減額されるべきであるという主張がなされることもあります。

 今回は、このような不貞行為者からの主張について判断した裁判例をいくつかご紹介したいと思います。

 

東京地裁令和2年9月25日判決

 このケースは、被告が不貞行為の発覚がきっかけとなって勤務先を退職せざるを得なくなるなどの社会的制裁を受けたとして、その点を慰謝料の減額事由として主張しましたが、裁判所は以下のように述べてその主張を排斥しました。

 

「被告が社会的な制裁を受けているとしても、不法行為制度における慰謝料の支払は制裁ではなく、また、訴外○○の方が交際に積極的であったとしても、それは訴外○○の責任が被告に比べてより重いということに過ぎないから、これらの事情を踏まえても慰謝料額についての上記認定は左右されない。」

東京地裁令和元年12月23日判決

 このケースでは、原告が被告の職場に申告を行った結果、被告が職場での信用を失墜し、今後何らかの処分を受ける可能性もあり、すでに社会的制裁に服したとして慰謝料の減額を求めましたが、この判決も以下のように述べてそのような主張を排斥しました。

 

「被告はすでに社会的制裁に服したなどと主張するが、これは、被告が自ら招いた事態ともいえるのであり、慰謝料の減額事由として斟酌することは相当でない。」

東京地裁平成30年1月29日判決

 このケースは、不貞行為の発覚によって不貞行為者自身が自分の配偶者と離婚するに至った点を慰謝料の算定要素として掲げています。

 

 「被告は、上記の結果としてBとの離婚に至っていることが認められ、これにより被告も相応の社会的制裁を受けたものと認められる。」

東京地裁平成28年9月7日判決

 このケースでは、被告は不貞行為が勤務先に発覚して退職を余儀なくされた、精神的ショックにより病気に罹患し再就職もできず生活保護を受給せざるを得なくなるなど既に社会的制裁を受け、過酷な生活状況にあると主張しましたが、理由は不明確なものの、この判決ではそのような主張は慰謝料の金額を左右する事情ではないと判断しています。

 

「被告において、既に社会的制裁を受けており、過酷な生活状況にあるなどとして、るる主張するところは、いずれも直ちに慰謝料の額を左右するものということはできない。」

東京地裁平成4年12月10日判決

 このケースでは、被告が不貞相手との関係解消に当たって勤務先を退職したこと等を慰謝料の算定要素として考慮しています。

 

「被告自身も・・・○○との関係解消に当たって、勤務先を退職し、意図していた・・・転職も断念して・・・の実家に帰ったことで、相応の社会的制裁を受けていること(これに対して、○○は、従来の職場に引き続き勤務しているものであって、少なくとも社会生活上の変化はない。)等の各事情が指摘できるところである。」

 

 以上、当職が見つけることのできた範囲で裁判例をいくつかご紹介しましたが、社会的制裁を受けたことを減額事由として考慮するかどうかは裁判所でも判断が分かれているようです。

 慰謝料の計算にあたってどのような事情を考慮するかは個々の裁判官の判断によると思われますが、上記の通り、必ず減額事由として考慮してもらえるといった類の話ではないように思われ、個人的には慰謝料の性質から考慮事情にならないと判断した令和2年判決の判断に説得力を感じます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年3月17日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

財産分与の支払いを確保するために不動産への抵当権設定を命じられた事例

 

 離婚に伴う財産分与の具体的方法については、当事者間で合意する場合は基本的にどのような方法でも自由ですが、裁判所によって財産分与を命令してもらうときは一定の金額の支払いか、不動産等の名義そのものを変更する内容となるのが一般的です。

 そして、このうち金銭の支払いについて相手の支払能力や支払意思に問題があったり、何らかの理由によって現時点ではなく将来の一定時点での支払いとせざるを得ないことが想定される場合には(将来の退職金など)、相手の支払いを確保するために相手名義の不動産に担保(抵当権)をつけたいというニーズがあります。

 そこで今回は、財産分与の内容として、金銭の支払いとともに相手名義の不動産への抵当権の設定を命じた裁判例を一つご紹介します。

 

東京地裁平成11年9月3日判決

 このケースでは、財産分与として一定額の清算金の支払いを命じるとともに、その清算金の履行の確保のため、併せて支払義務者名義の不動産に対する抵当権の設定を命じました。

 

「そして、原告が平成〇〇年〇月〇〇日に成立した家事調停に基づく婚姻費用の支払を一部怠っていること(第〇回口頭弁論調書参照)等を考慮し、右清算金の支払を担保するため、人事訴訟法一五条二項により、原告の取得する本件マンションに抵当権を設定し、その旨の登記手続を命じることとする。」

※この判決のいう人事訴訟法15条2項は旧法であり、現在は改正後の同法32条2項がこれに相当します。

 

 この判決が金銭の支払いに加えて抵当権の設定まで命じたのは、相手が過去に裁判所で取り決めた婚姻費用の支払いを一部怠っていたということが主な理由でしたが、そのような場合でなくても、財産分与の方法として、たとえば退職金をそれが実際に支給された将来の時点で分与することを命じたり、扶養的財産分与として、一定期間、定期的に金銭を支払うことを命じるようなときは、相手が支払いをしない場合に備えて担保権を設定する必要がある場合もあります。

 金銭給付に加えて相手の不動産に抵当権を設定するかどうかは、相手の財産状況や履行意思、金銭給付の内容(将来における給付や定期金給付など)といった事情を考慮して裁判所がその必要性を認めるかどうかにかかわると思われますが、そもそもこのような担保権設定は命じるべきではないとして反対する見解もあるようですので、求めれば必ず認められるというものではありません。

 もっとも、相手の支払意思などに具体的な問題があったり必要性が高いようなときは、その必要性を積極的に示して抵当権の設定を求めるのも一つの方法と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年3月11日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所