婚約の不当破棄の際に請求するものとしてもっともポピュラーなのは慰謝料ですが、それ以外にも、仕事を辞めたことによる減収分も請求したいというご相談を受けることがあります。
このような請求も過去の裁判例では認められることがありますので、今回はこの点に関する裁判例をいくつかご紹介します。
原告は、婚約後に子どもを出産しており、妊娠によるつわりや体調不良のために仕事に支障が生じ、その後、働けなくなったことから、その間に失った収入の賠償を求めました。 これに対して裁判所は、働けていたもののつわりで体調が悪かった期間については従前の月額収入の半額を損害として認め、その後、働けなくなってから訴訟提起までの数か月分を損害として認めました。
原告は、結婚して被告の住居地へ行くために退職し、その後、一定期間被告と同居したことから、被告との結婚のための準備が進展しなければ就労を継続していたはずであるとして、退職から婚約破棄までの期間の収入を賠償すべきであると主張し、裁判所もこれを認めました。
「…今日の社会は、両性の平等の理念のもと男女共同参画社会の実現を目指す段階に入っており(原告自身が陳述書の中で自己の職業意識について陳述しているとおりである。)、ことに原告と被告の世代においては、既に、「結婚退職」は社会通念上当然のことではなくなっていて、結婚を機に退職するか否かは、もっぱら当該本人の自由な意思決定に委ねられている。その際、将来の配偶者となる相手方との間で、将来の自分たちの婚姻生活のあり方の決定という意味で協議が行われるべきことは当然であり、その中で、事実上、一方が他方の意向を尊重した結果として一方の退職という選択がなされるということも十分考えられるけれども、最終的には、それは、自己の生き方を自己の意思により選択した結果に他ならない。 …退職による減収は、婚姻が成就しなかったことによって損害が生じたわけではなく(予定どおり婚姻が成就していれば減収にならなかったという関係にはない。)、客観的には、あくまでも原告が就労しなかったことに起因する減収に他ならない。
以上により、退職による減収分の賠償を被告に命じることは相当でない。」
以上のとおり、最近の裁判例でも、婚約に起因して退職した場合に、失われた利益を婚約破棄の損害として請求できるとしたケースがありますが、今回ご紹介した2つの肯定例は、妊娠や転居など婚約に起因して減収や退職を余儀なくされたケースに関するものであることに注意が必要です。
退職した理由が本人の自発的な意思によると思われる場合、つまり、婚約相手が退職を特段求めておらず、客観的にみても本人が仕事を辞めなければならない状態ではなかったようなときは、退職の必要性はなかったとして否定されることがあり得ますし、否定例のようにそもそも逸失利益を婚約破棄の損害として認めない見解も存在するところです。
また、仮に認められるとしても、当然ながら将来にわたって無制限に認められるわけではなく、再就職が現実的に可能となる期間までに限られると思われますので、実際上はあまり高額な金額にならないことも想定されます。
このように、逸失利益が認められるかどうかは微妙な判断が必要になり、具体的な事情によっても変わり得るところですので、慰謝料のほかにもこの点を請求したいという場合には弁護士への相談をお勧めします。
弁護士 平本丈之亮