婚姻費用の減額請求が認められた結果、もらい過ぎた分について分割清算を命じられた事例

 

 一度取り決めをした婚姻費用であっても、その後、取り決めをした当時に予期できなかった事情変更が生じたことによって以前の金額を維持するのが不当になったときは、後になって婚姻費用の金額が変更されることがあります。

 このこと自体は比較的知られた話ではありますが、権利者の収入増加や義務者の収入減少などの事情変更が生じ、義務者から減額の申し入れがあったにも関わらずそのまま支払いを受け続けていると、裁判所で将来の分について減額されるほかに、その間もらいすぎていた分について、遡って返さなくてはならなくなる場合があることはあまり知られていません。

 そこで今回は、婚姻費用の減額請求が認められ、払い過ぎとなった過去の分について遡って清算を命じられた裁判例を紹介したいと思います。

 

福岡高裁平成29年7月12日付決定

  この事案は、以前の裁判所の審判で婚姻費用の支払いが命じられ、その際には権利者が障害基礎年金を受給していたことが計算の前提になっていたところ、その後に権利者が就職して給料をもらえるようになったため、義務者が婚姻費用の減額を申し立てたというケースです。

 このケースにおいて、裁判所は、権利者の就職による給与収入の発生は婚姻費用の減額を認める事情の変更にあたるとして義務者からの婚姻費用減額を認め、減額の効力は、減額審判の申立時まで遡ると判断しました。

 そして、婚姻費用の減額の効果が裁判所への審判申立の時まで遡った結果、審判の申立から審判までの間に権利者が受け取っていた婚姻費用の一部が過払いとなったため、権利者はその過払い分を返還する必要があるとし、ただ、一括での返還は権利者にとっても酷であるため分割での返済を命じています。

 

「上記のとおり、平成○年○月分に遡って抗告人の婚姻費用分担額を減額することとなるので、抗告人が相手方に対して前件審判に従って支払った同月分以降の婚姻費用の一部(月額2万円)は,過払となり、その精算を要する。
 現時点で、過払額は、平成○年○月分から同○年○月分までの○○万円となる。したがって,その返還を相手方に命じるのが相当である。
 ただし、即時に全額を支払うこととするのは、前件審判を前提として生活費を支出してきた相手方に酷であり、相手方において、今後,過払分を返還しながら生活を成り立たせていく必要がある点に配慮すべきである。このような事情に,減額後の婚姻費用額その他一切の事情を併せ考慮して,平成○年○月以降,月額2万円ずつを毎月末日限り支払うよう命じることとする。」

※注 抗告人=義務者 相手方=権利者

 

養育費の減額に伴う過払金の清算

 上記裁判例は離婚前の夫婦の婚姻費用に関する判断ですが、同様の問題は離婚後の養育費の場面でも起こりえます。

 養育費については、双方の収入の増減のほか、権利者が再婚して子どもと再婚相手を養子縁組させるという事情変更がまま見られますが、このような比較的明確な事情変更が生じ、義務者から具体的な減額等の申出があったにもかかわらず従前の金額をそのまま受け取っていると、あとで一部の返還を命じられる可能性があります。

 ただし、この点について判断した広島高裁令和元年11月27日付決定では、事情変更による養育費の過払い分について、家事審判手続の問題として清算を命じることはできず、不当利得として一般の民事訴訟で解決すべきであるとしています。

 広島高裁の枠組みに従うと、このような過払い金については、判決で分割払いを命じることはできないと思われるため、権利者側の負担はより大きなものになる可能性があります。

 

広島高裁令和元年11月27日付決定

「以上によれば、平成○○年○月分から審理終結日までに支払期が到来した・・・までの養育費は、・・・○○万円の過払が生じている。
この過払金については、相手方が抗告人に返還すべきものであるが、過払金の返還は、民事訴訟事項である不当利得の問題であるから、家事事件についての本決定において、その返還を命ずることはできない。
なお、この過払金については、裁判所の裁量判断で、将来の養育費の前払として扱うことも不可能ではないが、養育費の性質上、現実の支払がなされることが原則であり、また、本件で前払として扱った場合、長期間、養育費の全部又は一部の支払がなされない事態が生ずることから、将来の養育費の前払として扱うことはしない。」

※抗告人:義務者 相手方:権利者

 

 以上のように、婚姻費用や養育費の定めも絶対ではなく、事情の変更があった場合には金額が変わりうるものです。

 法的安定性を保つ観点から、金額の変更には予想できない事情変更が必要であるという一般的な縛りはあるものの、明らかな減額事由が生じたにもかかわらずそのまま受け取り続けていると、今回ご紹介した裁判例のようにあとから過払い分の清算を求められることがありますので、そのような事情が生じたり相手から具体的な減額の申し入れがあった場合には、弁護士に対応をご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮