時効期間の経過後に起こされた支払督促が確定しても、改めて消滅時効の援用ができるとした裁判例

 

 債務整理のご相談を受けていると、既に時効期間が経過した後に消費者金融や債権回収業者が裁判所に支払督促を申し立ててきたというケースに遭遇することがあります。

 

 この場合、決まった期限内にきちんと「督促異議」を申し立てて時効主張を行えば事なきを得ますが、中には裁判所からの手紙を無視してしまい、実際には時効が完成しているのにそのまま支払督促が確定してしまうという場合があります。

 

 今回は、このような場合にそれでもなお消滅時効の主張ができるのかというのがテーマです。

 

支払督促の効力・近時の業者の主張

 この点については、支払督促には判決とは異なり「既判力」(=裁判所の確定判断と異なる主張を後になってからすることはできなくなる効力)がないため、消滅時効期間が経過した後で支払督促が確定してしまっても、改めて消滅時効を主張して支払義務がないと争うことは可能であるという見解があります。

 

 ところが最近では、業者側において、債務者が完成した消滅時効の援用をしないまま支払督促が確定してしまった場合、もはや時効の援用はできなくなると主張してくる例があります。

 

宮崎地裁令和2年10月21日判決

 しかし、この点について争点となった上記判決では、「時効が完成した後に・・・民法147条各号(注 改正前民法所定の時効中断事由)が生じても,時効が中断することはない」、「本件仮執行宣言付支払督促は,これが確定した後でも既判力がない以上,この確定前に完成した本件貸金債権の消滅時効を援用することにより,本件貸金債権が確定的に消滅する」として、時効完成後に支払督促が確定しても、依然として消滅時効の援用は可能であると判断しました。

 

 また、このケースで業者側は、債務者が時効援用の機会を与えられておきながら援用しなかったにもかかわらず、その後に消滅時効の主張をするのは信義則に反するとも主張しましたが、裁判所は「そのような消極的な対応は,時効による債務消滅の主張と相容れないものとまではいえず,それゆえ,本件貸金債権の消滅時効の援用は,信義則に反するとはいえない」として信義則違反の主張も排斥しました。

 

 支払督促の確定と時効の援用については業者側の主張を認める裁判例も存在するようですが、上記のように時効の主張を認める判決がありますので、もしもそのような事態に陥った場合でもすぐに諦めることなく、弁護士へ相談していただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年6月12日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

中古建物のシロアリ被害について、売買の仲介業者が法的責任を負うことがある?

 

 中古不動産の購入後、その物件にトラブルが発生することがありますが、その中でも建物の大規模修繕や解体など深刻な問題に発展する可能性があるのがシロアリ被害です。

 

 中古不動産の購入後にシロアリ被害が判明した場合、売主との関係では「契約不適合責任」やその免除特約の有効性などが問題となり得ますが、中古不動産の売買について仲介業者が介在した場合には、仲介業者が買主から責任を問われるケースもみられるところです。

 

 そこで今回は、そのような中古不動産の売買仲介について、仲介業者が買主に法的責任を負うことがあるのか、ということをお話しします。

 

シロアリ被害が存在することを示唆する事情を仲介業者が認識していたときは法的責任を負う可能性がある

 この点については以下のような裁判例があり、仲介業者がシロアリ被害について一般的な調査義務や告知義務があるとまではいえないものの、シロアリ被害が存在することを示唆するような具体的事情があり、それを仲介事業者が認識していた場合には、その点を買主に説明したり調査する義務が課せられ、これを怠ったときは損害賠償責任を負うことがあります。

 

大阪地裁平成20年5月20日判決

「本件の場合、原告は、本件建物に居住する目的で本件契約を締結することとしたのであるから、その前提として、本件建物が居住に適した性状、機能を備えているか否かを判断する必要があるところ、被告代表者も、原告の上記目的を認識していたのであるから、本件建物の物理的瑕疵によってその目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識している場合には、原告に対し、積極的にその旨を告知すベき業務上の一般的注意義務を負う(なお、そのような認識に欠ける場合には、宅地建物取引業者が建物の物理的瑕疵の存否を調査する専門家ではない以上、そうした点について調査義務まで負うわけではない。)。本件不動産の価格設定の際、本件建物の価値は全く考慮されておらず、現状有姿で売主が瑕疵担保責任を負わない取引であったとしても、被告代表者が原告の上記目的を認識していた以上、上記結論は変わらない。」

 

→以上を前提に、本件では下記①②のような事情があったことから、仲介業者は下記①②のような事実を説明したうえで買主に更なる調査を尽くすよう促す業務上の一般的注意義務を負い、そのような義務に違反したとして仲介業者の責任を肯定した。

 

①仲介業者は、建物の見学において雨漏りの箇所が複数あると認識し、白アリらしき虫の死骸を発見し、白アリ被害について多少懸念を抱いていたこと

 

②1階和室以外に、玄関左右の端、浴槽、収納部分の角にも腐食があると認識していた上、柱にガムテープが貼られるなどしていることも認識していたこと

 

③売主自身も、長年建物に全く行っておらず、仲介業者もそのことを知っており、売主による建物の状況説明が現状を正確に反映していないことを疑う余地があったこと

 

東京地裁平成20年6月4日判決

「仲介業者である被告○○には、本件建物に雨漏りやシロアリの被害があることを疑わせるような特段の事情がない限り、シロアリ駆除業者等に依頼するなどして被害の有無を調査するまでの義務があったとはいえないというべきところ、本件において、上記特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。」

 

→このケースではシロアリの被害があることを疑わせるような特段の事情がなかったとして、仲介業者の責任を否定した。 

 

ホームインスペクションの活用も一考

 以上のとおり、仲介業者は、シロアリ被害があることを示唆する事情(雨漏り、腐食、シロアリの死骸等)を認識した場合には、そのような事実について買主に説明したりシロアリ被害の有無について調査する義務を負うことになります。

 

 このようなトラブルを避けるには、中古物件の購入前に住宅診断(ホームインスペクション)を実施しておくことが有効であり、(調査費用がかかる点はネックですが、)事前に調査しておくことでトラブルを回避できますし、中古不動産を売却しやすくなる副次的効果も期待できることから、中古物件の売買仲介の際には売主・買主・仲介業者が協力して信頼できる調査会社に調査を依頼することも検討した方が良いと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年6月9日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

自筆証書遺言に記載した日付と遺言書に印鑑を押した日が異なる場合、その遺言は有効か?

 

 遺言は本人の最後の意思を実現するものであるため、可能な限り本人の意思を尊重しなければなりませんが、他方で偽造防止等の観点からその方式は厳格に定められています(遺言の様式性)。

 

 そのため、法律で定められた方式に違背した遺言を作ってしまうとその遺言は無効になってしまいますが、遺言の中でも自筆証書遺言については、全文や日付・氏名のほかに押印も必要とされています。

 

 では、自筆証書遺言を作ることにして、先に日付や署名など他の部分は完成させた後に、最後の押印だけを別の日に行ったという場合、果たしてその自筆証書遺言は有効なのでしょうか?

 

最高裁令和3年1月18日判決

 この点について最高裁は、そのような場合には遺言書に記載されている日付と押印した日が相違していても、自筆証書遺言は有効と判断しました。

 

「自筆証書によって遺言をするには、真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照)、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年〇月〇日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されていることになる。

 しかしながら、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。

 したがって、【遺言者】が,入院中の平成27年△月△日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年〇月〇日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」

 

 このケースにおいて、原審の高等裁判所は遺言の様式性を重視して遺言を無効と判断しています。

 

 最終的に結論が覆ったとはいえ、最高裁までもつれ込む争いになってしまったのは要式性が厳格に求められる自筆証書遺言であったためと思われ、もしもこのケースで作られたのが公正証書遺言であったならば、少なくとも遺言の方式に関する紛争は起きなかったように思われます。

 

 自筆証書遺言には作る際の手軽さというメリットがあり、また、ご本人の体調との兼ね合いで公正証書遺言では対応できないケースもあると思われますが、遺言の様式性を巡って長い紛争になるリスクを考えると、公正証書遺言で対応できるケースはそちらを選択した方が無難であると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年6月7日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

親権者が再婚し、子どもが再婚相手と養子縁組した場合、養育費の支払義務はいつからなくなるのか?

 

 離婚後に親権者(養育費の権利者)が再婚し、子どもを再婚相手と養子縁組させた場合、事情の変更にあたり義務者の養育費の支払義務がなくなったり減額されたりすることがあります。

 

 では、そのような事情変更が生じた場合、養育費の減免はいったいいつから生じるのでしょうか?

 

考え方は大きく分けると3つあるが、決め手はない

 この点については、大きく分けると①免除の請求をした時点、②養子縁組をした時点、③変更の審判の時点、の3つの考え方があります。

 

 もっとも、いつの時点から養育費の減免を認めるかは、裁判所が当事者間に生じた諸事情、調整すべき利害、公平を総合考慮して、事案に応じて、その合理的な裁量によって定めることができるとされていますので(東京高裁平成30年3月19日決定)、具体的な判断も以下のように分かれています。

 

東京高裁平成30年3月19日決定

①養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたとの事情の変更は、養子縁組という専ら権利者側に生じた事由であること

 

②養育費を定めたときに基礎とした事情から養育費支払義務の有無に大きな影響を及ぼす変更があったことは権利者にとって一見して明らかといえ、権利者において、養子縁組以降は養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分可能であったこと

 

③他方、義務者は、養子縁組の事実を知らなかった時期までは養育費減額の調停や審判の申立てをすることは現実的には不可能であったから、養子縁組の日から養子縁組を知った日までの養育費の支払義務を負わせることはそもそも相当ではないこと

 

④また、それ以後の期間についても、権利者は、養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたことを認識していたことに照らすと、義務者が減額の調停や審判を申し立てなかったとしても、義務者の養育費支払義務が変更事由発生時に遡って消失することを制限すべき程に不当であるとはいえない。

 

→養子縁組した時点に遡って養育費の支払義務がなくなったとした。

 

東京高裁令和2年3月4日決定

①義務者は調停申立ての前月まで養育費を支払っており、支払済みの毎月の養育費は合計720万円に上る上、権利者は子どもの留学に伴う授業料も支払っているため、このような状況の下で既に支払われ費消された過去の養育費につきその法的根拠を失わせて多額の返還義務を生じさせることは、義務者に不測の損害を被らせるものであること

 

②義務者は、権利者の再婚後間もなく、権利者から再婚した旨と養子縁組を行うつもりであるとの報告を受けており、これにより義務者は、以後、子どもに養子縁組がされる可能性があることを認識できたといえ、自ら調査することにより養子縁組の有無を確認することが可能な状況にあったこと

 

③②のように、義務者は権利者の再婚や子どもの養子縁組の可能性を認識しながら、養子縁組につき調査、確認をし、より早期に養育費支払義務の免除を求める調停や審判の申立てを行うことなく720万円にも上る養育費を支払い続けたわけであるから、むしろ義務者は、養子縁組の成立時期等について重きを置いていたわけではなく、実際に調停を申し立てるまでは子どもらの福祉の充実の観点から養育費を支払い続けたものと評価することも可能であること

 

→調停申立時から支払義務がないとした。

 

東京高裁平成28年12月6日決定

・養育費額を変更すべき客観的な事情が発生し、当事者の一方がその変更を求めたにもかかわらず、他方がこれを承諾しない限り養育費額が変更されないというのは合理的ということはできないから、家事審判事件において養育費額を変更すべき事情があると判断される場合、養育費の増額請求または減額請求を行う者がその相手に対してその旨の意思を表明した時から養育費額を変更するのが相当である

 

→養子縁組を知り、養育費の支払いを打ち切った時点から支払義務がなくなったとした。

 

まとめ

 このように、養子縁組をしたことによっていつから支払義務がなくなるかはケースバイケースですが、上記のとおり具体的に請求した時点から減免を認める裁判例がありますので、養子縁組をしたことを理由に減免を請求したいのであれば、養子縁組の事実を知ったあと早期に手続に着手することをお勧めします。

 

 他方、養子縁組した側についても、今回紹介した裁判例では過去の受領分を遡って返還することが否定されたものがあるものの、そもそもどの時点から支払義務がなくなるかは裁判所の判断次第であり、場合によって過去分の返還が必要になる可能性もありますので、養子縁組をした際にはきちんと元配偶者に伝えた方が無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

盗まれた自動車で交通事故を起こされた場合、所有者が損害賠償責任を負うことがある?~交通事故㉕~

 

 自動車が盗難に遭い、その後、盗んだ者が交通事故を起こすことがあります。

 

 このような場合に、運転者が交通事故によって生じた被害について損害賠償責任を負うことは当然ですが、一定の場合、盗難に遭った自動車の所有者も法的責任を負う場合があることはご存じでしょうか?

 

 今回は、盗難車両の所有者が交通事故の責任を負う場合についてお話しします。

 

泥棒運転の被害者が責任を負う場合とは?

 車両の盗難に遭った者は基本的に被害者ですから、どのような場合でも必ず責任を負うわけではありません。

 

 他方で、過去の裁判例では、所有者が第三者の運転を容認していたと非難されても仕方ないような事情があった場合には、被害者である自動車の所有者が、その後に起きた交通事故について責任を負うことを認めています。

 

 そして、そのような場合に当たるかどうかは、主に以下のような事情を考慮して総合的に判断されます。

 

自動車盗難被害者の責任に関する判断要素の一例

①駐車場所

 

②駐車時間

 

③車両の管理状況

 

④泥棒運転の経緯・態様

 

⑥盗難から事故までの時間的・場所的近接性

 

⑦盗まれた者の行動

 

責任が認められやすくなる具体的事情

 以上のとおり、窃盗被害者である所有者が交通事故の責任を負うかどうかは様々な事情から判断されますが、責任が認められやすい事情についてもう少し具体的に説明すると、以下のようなものになります。

 

・公道や公道に面する出入り自由な場所に駐車していたこと

 

・エンジンキーをつけたままドアロックをせずに駐車していたこと

 

・盗難から交通事故発生まで1~2時間程度であること

 この点については、一応、盗難から事故発生まで時間が短い方が責任が認められやすいとは言えますが、過去の事例では盗難から5時間半程度経過していても責任を認めた事例や、事故から10日以上経過していても被害者が被害届を出していなかった点を捉えて責任を認めた事例もあるようですので、これだけで責任の有無が決まるわけではありません。

 

・盗難発覚後、被害者が被害届を出していなかったこと

 

・長時間駐車していたこと

 

過去の裁判例

責任の肯定例と裁判例が考慮した事情

①横浜地裁平成28年12月7日判決

 

※原付の盗難事例

 

・被告は東側が公道に面し、駐車場への出入りを制限する柵等の設備がなく、管理人が常駐せず照明灯も設置されていない駐車場の奥側の駐車場の端部分に、管理権限者等に無断で、エンジンキーを付け、被告車両を長期間駐車したままとしていたこと

 

・被告が帰宅した直後、被告車両が紛失していることを知り警察署に盗難届出をしようとしたが、型番や車両番号が不明であるとして受け付けてもらえず、車両の登録名義人と連絡を取ってこれらを聞き出すこともできなかったほかは車両を探そうとせず、放置したままであったこと

 

【結論】

 

 以上の事実に照らすと、被告は、第三者が被告車両を無断で運転することを容認していたとみることができるものであって、第三者が引き起こした本件事故についても,自賠法3条の運行供用者責任を負う。

 

 

②東京地裁平成22年11月30日判決

 

・被告車両が駐車されていた場所は被告の支店敷地内の駐車場であり、公道との間に外壁はなく、第三者が自由に出入りできたこと

 

・被告車両は施錠されず、鍵は運転席サンバイザーに挟まれていたこと

 

→そうすると、被告は、第三者が無断で被告支店駐車場に侵入し、施錠されていない被告車両を盗み出すことは容易に予想することができ、被告は第三者が運転することを容認していたと同視されると評価されてもやむを得ない。

 

【+αの事情】 

 

・被告車両が窃取されてから事故の発生まで長くても5時間半程度しか経過していないこと

 

・本件事故現場は窃取された場所から遠隔地でもないこと

 

・被告が被告車両を盗まれた後、事故が発生するまでの間に、被告車両が運転されないようにする措置を取った事実は認められないこと

 

【結論】

 

 そうすると、事故発生当時、被告は被告車両について運行供用者としての地位を失っていなかったというべきであり、被告は本件事故によって生じた原告の人身損害を賠償すべき責任がある。

 

※この判決は、上記理由から自賠法3条の運行供用者責任を認めて人身傷害については賠償責任を認めたものの、第三者が摂取した自動車を運転したことによって事故が起きたこと自体については過失が認められないとして、物損についての賠償責任は否定しています。

 

責任の否定例と裁判例が考慮した事情

①最高裁令和2年1月21日判決

 

・盗難被害者の会社は、自動車を会社の独身寮に居住する従業員の通勤のために使用させていたものであるが、第三者の自由な立入りが予定されていない独身寮内の食堂にエンジンキーを保管する場所を設けた上、従業員が自動車を駐車場に駐車する際はドアを施錠し、エンジンキーを保管場所に保管する旨の本件内規を定めていたこと

 

・駐車場は第三者が公道から出入りすることが可能な状態であったものの、近隣において自動車窃盗が発生していたなどの事情も認められないこと

 

→会社はこのような内規を定めることにより、自動車が窃取されることを防止するための措置を講じていたといえる。

 

【+αの事情】

 

 従業員は、以前にもドアを施錠せず、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で自動車を駐車場に駐車したことが何度かあったものの、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないこと

 

【結論】

 

 以上によれば、本件事故について、会社に自動車保管上の過失があるということはできない。

 

 

②名古屋地裁平成30年6月6日判決

 

【責任を肯定する方向の事情】

 

・被告の従業員が、週6日、毎朝、施設に弁当を配達する際、日常的にエンジンをかけたまま被告車両を停車し、その場を離れることを繰り返していたこと

 

・停車場所も施設の入口付近の路上であったこと

 

→本件事故当時、被告車両は相当程度窃取され易い状況にあったと評価すべきであり、窃取時点においては、第三者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない状況にあった。

 

【責任を否定する方向の事情】

 

・被告は、被告車両が窃取された後、1時間以内に警察に被害届を提出していること

 

・被告車両が窃取されてから事故までの間に約12時間、被害届が提出されてからでも約11時間が経過していること

 

・窃取場所から事故現場までの距離も直線距離で20.38km、最短走行距離でも24.4kmもあること

 

・加害者は、被告車両を運転中、コンビニエンスストアに立ち寄ったり、2回パトカーに追跡されながら逃げ切ったりした挙句、本件事故現場付近でもパトカーに追跡され、逃走中に本件事故を発生させていることなど

 

→これらの事情は、被告が被告車両の運転を客観的に容認していたことを否定する方向の諸事情といえる。

 

【結論】

 

 以上の諸事情を総合考慮すると、本件事故当時においては、もはや被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することは困難であると言わざるを得ないから、本件事故につき、被告の運行供用者責任を認めることはできない。

 

 

③東京地裁平成8年8月22日判決

 

・本件車両は、盗難に遭った際、ドアが施錠されており、エンジンキーは外部から一見して分からないような車輪泥よけの内側部分に収納されていたこと

 

・本件車両は、路上や空き地に漫然と駐車されていたものではなく、外部との遮断が十分でないとはいえ専用の駐車場に駐車されており、同駐車場には柵や看板等も設置されていたこと

 

【結論】

 

 以上からすると、本件車両は、外部とは区画された専用の駐車場に置かれていたものであり、その車両の形状、本件事故当時の施錠と鍵の収納状況等に照らし、被告に本件車両の盗難予防上の保管管理について過失があったとは認められない。

 

盗難被害者が責任を負わないための対策

 以上のように、被害者の駐車場所が第三者の自由な出入りを禁止する構造や管理状況であった場合や、きちんとエンジンキーを抜いて施錠していたケースでは所有者の責任が否定されており、そのほかにも、盗まれた後に速やかに被害届を出していることが責任を否定する事情として考慮されているケースもあります。

 

 また、最高裁判決で示されたように、従業員に自動車を使用させているケースでは、使用者の不注意で自動車を盗まれることのないように、所有者側が内規を定めるなど盗難防止の措置を講じていることが責任を否定する事情とされています。

 

 このように、盗難被害者が交通事故の責任を負わないためには、①盗難に遭いやすい場所に駐車することを避けたり、②自動車から離れるときはエンジンキーを抜いたり施錠する、③他人に貸すときは管理を徹底させるための指示をするなど、車両管理を徹底することが基本的な対策であり、万が一盗難に遭った場合には速やかに被害届を出すことも重要となります。

 

 路肩に一時停止して一時的に自動車から離れることは普段の生活の中でもあり得ますが、そのようなときに施錠を怠ったりキーをそのままにしていたりすると、窃盗の被害者であるにもかかわらず交通事故の責任を問われることがありますので、自動車の管理にはくれぐれも注意していただきたいと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

転貸可能な居住用賃借物件であれば、賃貸人の承諾なく民泊に利用しても問題はないのか?

 

 最近、「民泊」という言葉を聞くことがあると思います。

 

 民泊とは住宅を旅行者等に貸し出して有償で宿泊させることを意味するようですが、この民泊を自己所有物件ではなく居住用として借りた賃借物件で行い、しかも賃貸人からは承諾を得ていないというケースが散見されます。

 

無断での民泊利用は用法違反となる

 このような民泊利用について賃借人の承諾を得ていない場合、契約書で特にこれを承諾する定めがない限り通常は賃借物件の用法違反となりますので、そのような事実が発覚した場合は賃貸人から契約を解除されるおそれがあります。

 

転貸可能となっていても用法違反と判断されることがある

 では、同じく賃貸人の承諾がなかったとしても、賃貸借契約書の中に転貸が可能であるとの条項があった場合はどうでしょうか?

 

 契約書に転貸可能との記載がある以上、一見すると問題はなさそうにみえますが、このような記載があっても、以下のとおり無断での民泊利用は用法違反として契約が解除されてしまうことがあります。

 

東京地裁平成31年4月25日判決

「(1)本件賃貸借契約には、転貸を可能とする内容の特約が付されているが、他方で、本件建物の使用目的は、原則として被告の住居としての使用に限られている。
 これによれば、上記特約に従って本件建物を転貸した場合には、これを「被告の」住居としては使用し得ないことは文理上やむを得ないが、その場合であっても、本件賃貸借契約の文言上は、飽くまでも住居として本件建物を使用することが基本的に想定されていたものと認めるのが相当である。」

「(2)・・・特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用の場合と、1泊単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用の場合とでは、使用者の意識等の面からみても、自ずからその使用の態様に差異が生ずることは避け難いというべきであり、本件賃貸借契約に係る上記(1)の解釈を踏まえれば、転貸が可能とされていたことから直ちに民泊としての利用も可能とされていたことには繋がらない。本件建物を民泊の用に供することが旅館業法に違反するかどうかは措くとしても,前記認定事実によれば、現に、・・・他の住民からは苦情の声が上がっており、ゴミ出しの方法を巡ってトラブルが生ずるなどしていたのであり、民泊としての利用は、本件賃貸借契約との関係では、その使用目的に反し、賃貸人・・・との間の信頼関係を破壊する行為であったといわざるを得ない。」

 

 要するに、住む人が変わること(転貸)と不特定多数の人が出入りする宿泊施設として利用すること(民泊)は質的に異なるため、賃貸人が契約の際に転貸を承諾していたからといって民泊利用まで承諾していたとはいえない、ということです。

 

 賃借物件を無断で民泊に利用されると、不特定多数の宿泊者によって物件が想定以上に痛んでしまったり、集合住宅であれば他の居住者と宿泊者との間でトラブルが生じることなども予想され、賃貸人に予想外の不利益を与えることになります(上記裁判例でも他の住人とのトラブル発生が指摘されています)。

 

 そのため、たとえ契約書で転貸可能とされていたとしても、それだけで賃貸人が民泊利用まで許していたと解釈することは難しいように思われますので、そのような利用を用法違反とした上記判決の結論は妥当なものと考えます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年5月31日 | カテゴリー : コラム, 賃貸借 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

消滅時効期間の経過後に弁済してしまった場合でも、なお時効の援用はできるのか?

 

 借入をしてから長期間支払いをしていない状態が続くと、債務が時効によって消滅します(消滅時効)が、消滅時効は、時効期間の経過後に債権者に対して時効の通知を出すことで効果が生じます(時効の援用)。

 

 しかし、時効期間が経過し、本来であれば支払いをしなくても良いにも関わらず、それを知らないまま債権者から請求を受けて支払いをしてしまうケースがみられます。

 

 では、このように時効期間の経過後に一部支払いをしてしまった場合、それでもなお時効の援用ができるのでしょうか?

 

時効期間経過後に弁済してしまうと、時効援用権を喪失してしまうことがある

 この点については古い最高裁の判決があり、債務者が時効の完成後に、債権者に対して弁済など(債務の承認)をした場合には、債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも、消滅時効の援用をすることは信義則に反して許されないとされています(最高裁判所昭和41年4月20日判決)。

 

弁済をした理由や状況次第では、なお時効の援用ができることがある

 そうすると、時効の完成後に弁済をしてしまったときは、もはや一切時効の援用が許されなくなりそうですが、実際には絶対に時効の主張ができないとは考えられておらず、弁済してしまった事情や状況次第では、なお時効の援用ができる場合があります。

 

東京地裁平成28年10月27日判決

 たとえば、貸金業者が借主に対して時効完成後の債権について支払いを求めたこの事案では、裁判所は上記最高裁判決の存在を前提としつつ以下のように述べて、時効完成後に弁済行為があっても時効援用ができることを明確に判示しています。

 

(最高裁判決が時効完成後に弁済などをしたときに時効の主張を認めないのは、)「時効の完成後であっても、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないと解するのが、信義則に照らして相当であるとするところにある。

 そうすると、時効が完成した後に、債務者が債権者に対して債務の承認をしたとしても、承認前後の具体的事情等を考慮して、債権者において、債務者がした債務の承認が時効の援用をしない趣旨であると信頼することが相当とはいえない特段の事情があると認められる場合には、債務者において、消滅時効を援用することが信義則に反するとはいえないから、消滅時効の援用権を喪失するものではないと解するのが相当である。」

 

 そして、この判決では、本件では以下のような事情があるため、債務者が時効の援用をすることは信義則に反しないとして貸金業者の請求を棄却しています。

 

①原契約に基づく取引は6年半以上にわたり途絶したままであったこと

 

②貸金業者は、時効完成後1年9か月余り経過した後に至って、消滅時効の完成を認識した上で債務者に架電をして返済を求め、返済しない場合は利息制限法の利率を超える約定利率に従って計算した高額な遅延損害金等を含めて請求することもあり得ることを説明して早急な入金を求めて弁済をするよう促したこと

 

③債務者は弁済当時78歳と高齢であり、貸金業者からの電話の翌日に弁済をしたこと

 

④債務者は、弁済後1か月足らずのうちに、原契約について記憶がないなどとして支払義務について争う態度を示しており、③の弁済以降は弁済をしていないこと

 

⑤債務者は、長期間にわたり、原契約に基づく支払義務があることを前提とする態度を示したことはなく、本件弁済以前に弁済や合意書面の作成を一切行っていなかったこと

 

⑥①~⑤のように、弁済は貸金業者の電話による催告を受けて翌日に実行されており債務者の納得の下で行われたものか判然とせず、このような債務者の弁済前後の状況に加え、債務者が80歳に近い高齢者であり、弁済の意義についての理解の程度も判然としないことも考慮すると、債務者が原契約に基づく支払義務が真実存在することを前提として弁済を行ったものと解するには多大な疑問があること

 

⑦そうすると、貸金業者が本件弁済によって、債務者が今後消滅時効を援用しない旨信頼したとするには疑問があること

 

⑧それだけでなく、本件のように貸主において消滅時効の完成を認識し、借主が消滅時効が完成していることを知らないまま行動していることを認識しながら、消滅時効援用を阻止する目的で借主に督促し、借主がその趣旨を十分理解せずに一部弁済をしたという事実関係の下においては、貸主において借主が消滅時効を援用しないと信頼することが相当でないと解される特段の事情があるということができる

 

 

 このように、消滅時効が完成した後に支払いをしてしまった場合でも、債権者の属性(貸金業者など時効完成について十分に知っている場合等)、債務者の属性(年齢や知識・経験等)、返済前の交渉状況、返済を求められたシチュエーション、その後の返済回数などによっては、なお時効の主張が認められることが十分にあり得ます。

 

 当職が過去に処理したケースでも、債権回収業者が時効完成を十分に理解しながら、委託業者に予告なく債務者の自宅を訪問させ、その場で業者と通話させて返済を求めるなど強引な手法をしていたケースがあり、内容証明郵便で時効援用はいまだ可能であると主張したところ訴訟外で解決できたこともありますので、一部弁済をしてしまった場合にはすぐに諦めることなく、時効援用の可能性について弁護士に相談していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年5月30日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫婦の共有名義の不動産について共有物分割請求することの可否

 

 結婚して自宅を購入するときに、夫婦どちらかの単独名義にせず、共有名義にすることがあります。

 

 そのような共有不動産は、離婚の際には財産分与の問題として解決されることが多いと思いますが、そのような方法ではなく、離婚前に一方の当事者が「共有物分割請求」をし、自宅の売却や持分の買い取りを求めるケースがあります。

 

 今回は、そのような共有物分割請求が果たして認められるのか、ということをテーマにお話しします。

 

法律上、禁止する規定はないが、権利濫用として認められないことがある

 民法上、共有物については、共有状態を解消するために共有物分割請求をすることが認められており、夫婦の共有名義の不動産であることを理由として共有物分割請求を禁止する規定はありません。

 

 しかしながら、以下の高裁判決が判示するように、夫婦の共有名義の不動産に関する共有物分割請求は権利の濫用として認められないことがあります。

 

大阪高裁平成17年6月9日判決

「民法二五六条の規定する共有物分割請求権は、各共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能にするものであり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、十分尊重に値する財産上の権利である(最高裁判所大法廷昭和六二年四月二二日判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)。
 しかし、各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合があることはいうまでもない。」

 

東京高裁平成26年8月21日判決

「民法258条に基づく共有者の他の共有者に対する共有物分割権の行使が権利の濫用に当たるか否かは、当該共有関係の目的、性質、当該共有者間の身分関係及び権利義務関係等を考察した上、共有物分割権の行使が実現されることによって行使者が受ける利益と行使される者が受ける不利益等の客観的事情のほか、共有物分割を求める者の意図とこれを拒む者の意図等の主観的事情をも考慮して判断するのが相当であり(最高裁判所平成7年3月28日第三小法廷判決・裁判集民事174号903頁参照)、これらの諸事情を総合考慮して、その共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合には権利濫用として許されないと解するのが相当である。」

 

どのような事情があれば権利の濫用になるのか?

 では、具体的にどのような事情があれば共有物分割請求が権利の濫用になるのか、という点ですが、東京高裁の枠組みによれば、最終的には「共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合」には権利濫用になることになります。

 

 そして、そのような場合に当たるかどうかは、①分割請求している側が得る利益、②分割請求された側が共有物分割によって被る不利益、といった客観的事情と、③分割請求する側の目的・意図、④請求を拒む側の意図、といった主観的事情を考慮して判断することになります。

 

 以下では、この点が問題になった過去の裁判例において裁判所が指摘した事情と結論についてご紹介したいと思います(すべての事情を網羅できていない可能性もありますが、その点はご容赦ください)。

 

大阪高裁平成17年6月9日判決(権利濫用)

①夫が病気になり、余命を考慮して負債を整理するために共有物分割請求をしたという事情があるが、どうしても不動産を早期に売却しなければならない理由は認められないこと

 

②建物には60歳を超える妻が精神疾患の子どもと同居しており、共有物分割請求が認められた場合には経済的に苦境に陥ることになること

 

③夫が妻と子どもを置き去りにするような形で別居し、病気のために減少傾向があるとはいえ、いまだ相当額の収入があるにもかかわらず婚姻費用の分担もほとんどせず、婚姻費用の調停が成立した後もわずか月3万円の支払いしかしていないこと

 

→夫からの請求を権利濫用にあたるとして棄却

 

東京高裁平成26年8月21日判決(権利濫用)

①夫が建物から転居して別居を開始し、妻を相手方とする離婚調停手続と平行して共有物分割請求と建物の明渡しの請求をするに至ったが、妻はこれによる心痛によって精神疾患に罹患して現在通院せざるを得ない負担を負っていること

 

②妻は、過重労働をしながら子らと3人で建物に居住することによって、ようやく現在の家計を維持している状況にあること

 

③夫は妻との間で、子らが27歳に達するまで妻が無償で建物に居住することを合意していたこと

 

④既に成立した婚姻費用分担調停における調停条項において、妻が建物に無償で居住することを前提として夫が支払う婚姻費用分担額が定められ、夫が建物の住宅ローン及び水道光熱費等を引き続き負担することを確認する合意がされていること(おそらく、妻の居住利益分を何らかの形で差し引く内容だったことが窺われます)

 

⑤夫による共有物分割請求と建物の明渡しの請求は③④の各合意と相反し、これを覆すものであること

 

⑥妻との離婚協議が整わないまま夫の共有分割請求と明渡しの請求が実現され、妻が子らとともに退去を余儀なくされるとすれば、妻子らの生活環境を根本から覆し、現在の家計の維持が困難となること

 

⑦他方、夫は現在もその生活状況に格段の支障はなく、共有物分割請求を実現しないと生活が困窮することは認めることができないこと

 

⑧夫は有責配偶者であること

 

→夫からの請求を権利濫用として棄却

 

東京地裁平成27年7月2日判決(権利濫用ではない)

①共有物分割請求をした妻は現在無職であり、17万円程度の賃料収入がある一方で、建物にかかる税金等の費用として年間約100万円をすべて負担していること

 

②敷地は妻が所有し、建物の持分は妻が5分の4を保有し、夫の持分5分の1も実質的には妻の父親が負担したものであること

 

③妻は夫に対して離婚訴訟を提起し、離婚事由も皆無とはいえないこと(夫は不貞行為を否定しているが、特定の女性と車で一泊するような関係について合理的な説明をしておらず、仕事を頼んでいる女性といいつつ腕を組んでいるような写真があること)

 

④夫には近隣には家族が居住しており、一時的にではあっても家族の元に居住することは可能であると考えられること

 

⑤夫が経営する会社は共有建物を事務所としているが、必ずしも事務所としてその建物が必要不可欠とまではいえず、事務所を移転したとしても直ちに信頼が失われたりするわけではないこと

 

→妻からの共有物分割請求は権利濫用に当たらないとして請求認容

 

東京地裁平成29年12月6日判決(権利濫用)

①不動産の処理が財産分与手続に委ねられた場合には、現在の居住状況や不動産の取得に関する当事者の意向等に照らして妻が単独取得することとなる可能性があること

 

②他方、これを共有物分割手続で処理したときは、資力に乏しいと思われる妻が単独取得する余地はなく、共有物分割手続は妻による不動産の単独取得の可能性を奪うこととなり、実家に近くその建物を家族生活の本拠としていた妻にとって酷な結果となること

 

③他方、夫は共有状態を続けることにより借入金の分割払を余儀なくされ、公租公課も負担し続ければならない経済的不利益を受けることがあるが、少なくとも妻から別件の離婚訴訟を提起される前の時点では、妻が夫の住宅ローン債務を負担することを条件に妻が単独取得することを自ら提案し、妻もこれを承諾していたこと

 

④③からすると、夫の被る経済的不利益も、妻による債務引受又は履行引受によって容易に回避し得る程度のものにとどまること

 

⑤別件の離婚訴訟における財産分与手続に相応の期間を要することを考慮しても、その間に生ずる夫の経済的不利益は事後的に金銭的な調整がされることとなるから、不動産のみの帰すうを先に決するために共有物分割手続によるべき必要性は必ずしも高いとはいえないこと

 

⑥むしろ、本件不動産の帰すうを財産分与手続に委ねた方が、夫婦共有財産の清算のみならず、過去の婚姻費用や離婚後の扶養のための給付も含めて分与額・方法を定めることができ、妻のみならず夫にとっても、夫婦間の権利義務関係を総合的に解決し得るという意味では利点があること

 

⑦妻には不貞という有責性が認められるが、夫にも暴力等の有責性が認められる可能性があり、婚姻関係が破綻した原因は夫婦双方にあったと評価される余地があることから、妻からの別件の離婚訴訟で離婚が認められ、財産分与手続が進む可能性があること

 

→夫の請求は権利濫用として棄却

 

東京地裁平成30年2月14日判決(権利濫用ではない)

 妻(原告)から夫(被告)に対する共有物分割請求について、「原告と被告との婚姻関係が既に破綻しているとの離婚訴訟の第一審判決がされていること」を理由に共有物分割請求は権利濫用ではないとして請求を認容(ただし、他の争点に関する判断において、夫との関係が原因で妻がうつ病に罹患したことが認定されており、そのような事情が判断に影響している可能性がある)。

 

 過去の裁判例をみていくと、請求された側が生活の本拠を失うケースであったりそもそもの経済的基盤が弱いケースでは権利濫用として共有物分割請求が認められていませんが、請求された側が生活の本拠を失う可能性がある場合でも、被請求者側に有責性があったり請求者側の負担が重い場合には認められるなど、裁判所は幅広い事情を考慮していることがわかります。

 

 このように、夫婦共有財産の共有物分割請求が認められるかどうかはケースバイケースであり結果の見通しをつけにくい特徴がありますので、事案によっては無理をせずに財産分与の段階で解決するのが良い場合もあり得ます(先行する共有物分割請求が権利濫用として排斥された場合、その裁判で認定された事実が離婚手続で不利益に働く可能性もあります)。

 

 いずれにせよ、夫婦共有不動産に対する共有物分割請求については、離婚や財産分与との関係も絡み複雑な問題ですので、この点が問題になる場合には弁護士への相談や依頼をご検討いただければと思います。

 

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年5月29日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

別居中の自宅退去の要求は認められるのか?

 

 夫婦関係が悪化して別居するパターンの一つとして、家の持ち主の方が出ていき、他方配偶者がそのまま自宅に残るケースがあります。

 

 このような形で別居が始まった場合、その後に離婚協議がスムーズに進めば良いのですが、そうならずに関係がさらに悪くなり、家を出た持主側が他方の配偶者に対して建物の明け渡しや使用利益の請求をすることがあります。

 

 今回は、このような請求が果たして認められるのかがテーマです。

 

離婚前の請求は認められない可能性がある

 本来、建物の所有者は誰を住まわせるかについて自由に決めることができますので、夫婦の片方が自分の家に住み続けている場合には明け渡しの請求が認められそうです。

 

 しかし、理由は様々ですが、過去の事例では離婚前の段階で夫婦の一方から他方に対する明渡請求が否定されている裁判例がありますので、まずは否定例をいくつか紹介し、その後、肯定例についても紹介したいと思います。

 

否定例

 

東京地裁平成30年7月13日判決

「夫婦は同居して互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法752条)、夫婦が夫婦共同生活の場所を定めた場合において,その場所が夫婦の一方の所有する建物であるときは、他方は、その行使が権利の濫用に該当するような特段の事情がない限り、同建物に居住する権原を有すると解するべきである。したがって、夫婦の一方である甲が所有する建物に、同建物に対する共有持分権や使用借権等の使用収益する権利を有しない夫婦の他方である乙が居住する場合であっても、乙が同建物に居住することが権利の濫用に該当するような特段の事情のない限り、乙は、甲乙の婚姻関係が解消されない限り上記の夫婦間の扶助義務に基づいて同建物に居住する権原が認められるというべきである(甲乙の婚姻関係が円満である限りにおいて乙が同建物に居住できるといった反射的利益を享受するというものではない。)。」

 

→配偶者の一方が居住することについて権利濫用に該当するような特段の事情はないとして、他方配偶者からの建物明渡請求と居住期間中の賃料相当損害金請求をいずれも棄却。

 

※このケースは建物が配偶者とその父の共有であり、配偶者だけでなくその父も請求していましたが、裁判所は最高裁昭和63年5月20日判決を引用し、「共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかった共有者は上記第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である」と述べ、本件では例外的に明け渡しを認めるべき特段の事情もないとして配偶者の父からの請求も退けています。

 

東京地裁平成25年2月28日判決

原告は、不貞及び悪意の遺棄をした有責配偶者であり、婚姻中の被告との同居期間が約21年であるのに対し、別居期間は約3年5か月間にすぎず、被告との間には子がなく、【原告の交際相手】との間に【原告と交際相手の間の認知済みの子】(今年19歳)がいることを考慮しても、原告が被告に対して現時点において裁判上の離婚請求をすることは信義則上許されないというべきである。
 そうすると、原告の被告に対する本訴明渡請求は、有責配偶者である夫が同居義務及び協力・扶助義務を負う妻に対して、婚姻中長きにわたって同居してきた本件建物を一方的に明け渡すよう請求するものであって、・・・原告の主張する事情を踏まえても,権利濫用として許されないものと解すべきである」。

 

→有責配偶者からの所有権に基づく建物明渡請求と居住期間中の賃料相当損害金請求を権利濫用として排斥。

 

※その他にも原告は、原告被告間には黙示の使用貸借契約が成立しており、原告がそれを解約したとして、予備的に使用貸借の解約も請求の根拠としていました。しかし、裁判所は「婚姻関係ないし被告の居住に関する問題が解決するまで、又は、これらの問題が解決するのに必要な相当な期間が経過するまで、特段の事情がない限り使用貸借契約を一方的に解約することはできない」として、本件では婚姻関係ないし被告の居住に関する問題が解決したわけでもなければ解決に必要な相当な期間が経過したともいえない、婚姻関係が完全に破綻して使用貸借契約の基礎となった信頼関係が失われたものともいえない、とし、その他、解約を正当化する特段の事情もないとして、こちらの主張も排斥しました。

 

東京地裁昭和62年2月24日判決

「夫婦が明示又は黙示に夫婦共同生活の場所を定めた場合において、その場所が夫婦の一方の所有する家屋であるときは、他方は、少なくとも夫婦の間においては、明示又は黙示の合意によつて右家屋を夫婦共同生活の場所とすることを廃止する等の特段の事由のない限り、右家屋に居住する権限を有すると解すべき」

 

→退去を求めた側は、相手は十分すぎる額の婚姻費用を得ているし婚姻関係も破綻しているとして明け渡しを主張したが、裁判所はそれらは特段の事情にはあたらないとして請求を棄却。

 

肯定例

 

東京地裁平成3年3月6日判決

「原告と被告とは平成元年一一月一三日以降別居状態にあることからしてその間の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできないものといわざるを得ず、しかも、右に認定した事実によれば右婚姻生活を破綻状態に導いた原因ないし責任は専ら被告にあることが明らかというべきである。
 以上の認定判断に徴すれば、本訴において被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し到底許されないものといわなければならない。」

 

→婚姻関係が破綻状態にあることに加え、その破綻の原因が居住している側にある(収入を家に入れない、賭け事、暴力、男女関係など)として、居住権の主張は権利濫用と判断。

 

 

 以上のとおり、過去の裁判例では別居中の配偶者からの明け渡しの求めを否定している例がある一方で、居住者側に大きな有責性がある場合には明け渡しが認められている例もあります。

 

 今回紹介したような裁判例を前提にすると、居住者側に大きな問題があるケース(典型的にはDVなど)では明け渡しが認められるものの、別居に至った原因が請求者側にあることが明白な場合や、そこまでいかずとも居住者側に明確な落ち度がないケースだと別居中の退去要求は認められない可能性がありそうです。

 

 最終的には別居に至った原因や双方の有責性など諸般の事情を考慮して判断するという話になりそうですが、少なくとも所有者だから当然に退去させられるはずという単純な話ではないことは確かですので、この点が紛争となった場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。 

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年5月26日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

もらい事故と示談交渉~交通事故㉔~

 

 交通事故に遭った場合、普通の方は、自分の加入している保険会社が自分に代わって示談交渉してくれるから安心だ、と考えるのが普通だと思います。

 

 このような感覚は、自分の側にも過失(落ち度)がある場合には正しく、多くの事故ではまずは保険会社同士の話し合いから示談交渉が始まります。

 

 しかし、信号待ちで追突された場合やセンターラインをオーバーして衝突されたなど、被害者にまったく落ち度のない「もらい事故」の場合、自分の加入している保険会社が示談交渉を代行してくれないということは意外に知らない方がいらっしゃいますので、今回はもらい事故と示談交渉についてお話しします。

 

もらい事故で保険会社が示談交渉できない理由

 保険会社が本人に代わって示談交渉を代行できるのは、保険会社が相手に支払いをする必要があるから、つまり保険会社自身が事故の当事者の立場に立つためですが、本人にまったく過失のないもらい事故の場合、保険会社は相手に支払いをする必要はなく、事故について法律上の利害関係はありません。

 

 そして、このような無関係の者が事故の賠償問題に介入することは、法律事務の取り扱いを弁護士にのみ許している弁護士法によって禁止されることから、もらい事故では保険会社は示談代行を行うことができないのです。

 

もらい事故での示談交渉の方法

自分で交渉する

 

 このように、もらい事故では保険会社に示談代行をお願いすることはできませんので、基本的には自分で相手方保険会社や本人と交渉をする必要があります。

 

弁護士に依頼する

 

 もっとも、交通事故の経験の乏しい被害者と日常的に事故処理に携わっている保険会社の担当者とでは知識も経験も全く異なります。

 

 そして、交通事故賠償の場面では、残念ながら裁判であれば認められるであろう水準の賠償額の提案がなされていないケースがあります。

 

 そのため、そのような知識・経験の差を埋めて適正な賠償を受けるため、弁護士への委任が選択肢の一つとなります。

 

弁護士費用特約

 弁護士に依頼するか自分で交渉するかを判断する際の重要な判断材料としては、やはり弁護士費用の問題があると思います。

 

 この点、交通事故の分野では示談交渉や裁判手続のための弁護士費用を本人に代わって負担してもらえる弁護士費用特約が普及していますので、この特約に加入している場合には、特約を利用することによって弁護士費用がカバーされることがあります。

 

 弁護士費用特約には限度額があり全額がカバーされないこともありますが、もらい事故で弁護士への委任を考えているときは、まずこの特約の有無を確認していただきたいと思います。

 

 また、最近では、ある程度の増額が見込めるようなケースであれば、回収額の中から費用を清算する成功報酬制で依頼を受ける事務所もありますので、弁護士費用特約に加入していない場合には相談してみるのも一つの方法です。

 

 

 もらい事故に遭った場合、被害者は自分に落ち度がないにもかかわらず保険会社に交渉を任せられないため、大きなストレスがかかります。

 

 交通事故は一生に何度もあるような出来事ではありませんので、中には相手の保険会社の担当者と話をするのも心理的に辛いという方もいますし、実際に相談を受けていると相手の提案してきた内容に疑問のあるケースもありますので、もし疑問や不安がある場合には一度弁護士へのご相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮