結婚して自宅を購入するときに、夫婦どちらかの単独名義にせず、共有名義にすることがあります。
そのような共有不動産は、離婚の際には財産分与の問題として解決されることが多いと思いますが、そのような方法ではなく、離婚前に一方の当事者が「共有物分割請求」をし、自宅の売却や持分の買い取りを求めるケースがあります。
今回は、そのような共有物分割請求が果たして認められるのか、ということをテーマにお話しします。
民法上、共有物については、共有状態を解消するために共有物分割請求をすることが認められており、夫婦の共有名義の不動産であることを理由として共有物分割請求を禁止する規定はありません。
しかしながら、以下の高裁判決が判示するように、夫婦の共有名義の不動産に関する共有物分割請求は権利の濫用として認められないことがあります。
「民法二五六条の規定する共有物分割請求権は、各共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能にするものであり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、十分尊重に値する財産上の権利である(最高裁判所大法廷昭和六二年四月二二日判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)。
しかし、各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合があることはいうまでもない。」
「民法258条に基づく共有者の他の共有者に対する共有物分割権の行使が権利の濫用に当たるか否かは、当該共有関係の目的、性質、当該共有者間の身分関係及び権利義務関係等を考察した上、共有物分割権の行使が実現されることによって行使者が受ける利益と行使される者が受ける不利益等の客観的事情のほか、共有物分割を求める者の意図とこれを拒む者の意図等の主観的事情をも考慮して判断するのが相当であり(最高裁判所平成7年3月28日第三小法廷判決・裁判集民事174号903頁参照)、これらの諸事情を総合考慮して、その共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合には権利濫用として許されないと解するのが相当である。」
では、具体的にどのような事情があれば共有物分割請求が権利の濫用になるのか、という点ですが、東京高裁の枠組みによれば、最終的には「共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合」には権利濫用になることになります。
そして、そのような場合に当たるかどうかは、①分割請求している側が得る利益、②分割請求された側が共有物分割によって被る不利益、といった客観的事情と、③分割請求する側の目的・意図、④請求を拒む側の意図、といった主観的事情を考慮して判断することになります。
以下では、この点が問題になった過去の裁判例において裁判所が指摘した事情と結論についてご紹介したいと思います(すべての事情を網羅できていない可能性もありますが、その点はご容赦ください)。
①夫が病気になり、余命を考慮して負債を整理するために共有物分割請求をしたという事情があるが、どうしても不動産を早期に売却しなければならない理由は認められないこと ②建物には60歳を超える妻が精神疾患の子どもと同居しており、共有物分割請求が認められた場合には経済的に苦境に陥ることになること ③夫が妻と子どもを置き去りにするような形で別居し、病気のために減少傾向があるとはいえ、いまだ相当額の収入があるにもかかわらず婚姻費用の分担もほとんどせず、婚姻費用の調停が成立した後もわずか月3万円の支払いしかしていないこと →夫からの請求を権利濫用にあたるとして棄却
①夫が建物から転居して別居を開始し、妻を相手方とする離婚調停手続と平行して共有物分割請求と建物の明渡しの請求をするに至ったが、妻はこれによる心痛によって精神疾患に罹患して現在通院せざるを得ない負担を負っていること ②妻は、過重労働をしながら子らと3人で建物に居住することによって、ようやく現在の家計を維持している状況にあること ③夫は妻との間で、子らが27歳に達するまで妻が無償で建物に居住することを合意していたこと ④既に成立した婚姻費用分担調停における調停条項において、妻が建物に無償で居住することを前提として夫が支払う婚姻費用分担額が定められ、夫が建物の住宅ローン及び水道光熱費等を引き続き負担することを確認する合意がされていること(おそらく、妻の居住利益分を何らかの形で差し引く内容だったことが窺われます) ⑤夫による共有物分割請求と建物の明渡しの請求は③④の各合意と相反し、これを覆すものであること ⑥妻との離婚協議が整わないまま夫の共有分割請求と明渡しの請求が実現され、妻が子らとともに退去を余儀なくされるとすれば、妻子らの生活環境を根本から覆し、現在の家計の維持が困難となること ⑦他方、夫は現在もその生活状況に格段の支障はなく、共有物分割請求を実現しないと生活が困窮することは認めることができないこと ⑧夫は有責配偶者であること →夫からの請求を権利濫用として棄却
①共有物分割請求をした妻は現在無職であり、17万円程度の賃料収入がある一方で、建物にかかる税金等の費用として年間約100万円をすべて負担していること ②敷地は妻が所有し、建物の持分は妻が5分の4を保有し、夫の持分5分の1も実質的には妻の父親が負担したものであること ③妻は夫に対して離婚訴訟を提起し、離婚事由も皆無とはいえないこと(夫は不貞行為を否定しているが、特定の女性と車で一泊するような関係について合理的な説明をしておらず、仕事を頼んでいる女性といいつつ腕を組んでいるような写真があること) ④夫には近隣には家族が居住しており、一時的にではあっても家族の元に居住することは可能であると考えられること ⑤夫が経営する会社は共有建物を事務所としているが、必ずしも事務所としてその建物が必要不可欠とまではいえず、事務所を移転したとしても直ちに信頼が失われたりするわけではないこと →妻からの共有物分割請求は権利濫用に当たらないとして請求認容
①不動産の処理が財産分与手続に委ねられた場合には、現在の居住状況や不動産の取得に関する当事者の意向等に照らして妻が単独取得することとなる可能性があること ②他方、これを共有物分割手続で処理したときは、資力に乏しいと思われる妻が単独取得する余地はなく、共有物分割手続は妻による不動産の単独取得の可能性を奪うこととなり、実家に近くその建物を家族生活の本拠としていた妻にとって酷な結果となること ③他方、夫は共有状態を続けることにより借入金の分割払を余儀なくされ、公租公課も負担し続ければならない経済的不利益を受けることがあるが、少なくとも妻から別件の離婚訴訟を提起される前の時点では、妻が夫の住宅ローン債務を負担することを条件に妻が単独取得することを自ら提案し、妻もこれを承諾していたこと ④③からすると、夫の被る経済的不利益も、妻による債務引受又は履行引受によって容易に回避し得る程度のものにとどまること ⑤別件の離婚訴訟における財産分与手続に相応の期間を要することを考慮しても、その間に生ずる夫の経済的不利益は事後的に金銭的な調整がされることとなるから、不動産のみの帰すうを先に決するために共有物分割手続によるべき必要性は必ずしも高いとはいえないこと ⑥むしろ、本件不動産の帰すうを財産分与手続に委ねた方が、夫婦共有財産の清算のみならず、過去の婚姻費用や離婚後の扶養のための給付も含めて分与額・方法を定めることができ、妻のみならず夫にとっても、夫婦間の権利義務関係を総合的に解決し得るという意味では利点があること ⑦妻には不貞という有責性が認められるが、夫にも暴力等の有責性が認められる可能性があり、婚姻関係が破綻した原因は夫婦双方にあったと評価される余地があることから、妻からの別件の離婚訴訟で離婚が認められ、財産分与手続が進む可能性があること →夫の請求は権利濫用として棄却
妻(原告)から夫(被告)に対する共有物分割請求について、「原告と被告との婚姻関係が既に破綻しているとの離婚訴訟の第一審判決がされていること」を理由に共有物分割請求は権利濫用ではないとして請求を認容(ただし、他の争点に関する判断において、夫との関係が原因で妻がうつ病に罹患したことが認定されており、そのような事情が判断に影響している可能性がある)。
過去の裁判例をみていくと、請求された側が生活の本拠を失うケースであったりそもそもの経済的基盤が弱いケースでは権利濫用として共有物分割請求が認められていませんが、請求された側が生活の本拠を失う可能性がある場合でも、被請求者側に有責性があったり請求者側の負担が重い場合には認められるなど、裁判所は幅広い事情を考慮していることがわかります。
このように、夫婦共有財産の共有物分割請求が認められるかどうかはケースバイケースであり結果の見通しをつけにくい特徴がありますので、事案によっては無理をせずに財産分与の段階で解決するのが良い場合もあり得ます(先行する共有物分割請求が権利濫用として排斥された場合、その裁判で認定された事実が離婚手続で不利益に働く可能性もあります)。
いずれにせよ、夫婦共有不動産に対する共有物分割請求については、離婚や財産分与との関係も絡み複雑な問題ですので、この点が問題になる場合には弁護士への相談や依頼をご検討いただければと思います。
弁護士 平本丈之亮