時効期間の経過後に起こされた支払督促が確定しても、改めて消滅時効の援用ができるとした裁判例

 

 債務整理のご相談を受けていると、既に時効期間が経過した後に消費者金融や債権回収業者が裁判所に支払督促を申し立ててきたというケースに遭遇することがあります。

 

 この場合、決まった期限内にきちんと「督促異議」を申し立てて時効主張を行えば事なきを得ますが、中には裁判所からの手紙を無視してしまい、実際には時効が完成しているのにそのまま支払督促が確定してしまうという場合があります。

 

 今回は、このような場合にそれでもなお消滅時効の主張ができるのかというのがテーマです。

 

支払督促の効力・近時の業者の主張

 この点については、支払督促には判決とは異なり「既判力」(=裁判所の確定判断と異なる主張を後になってからすることはできなくなる効力)がないため、消滅時効期間が経過した後で支払督促が確定してしまっても、改めて消滅時効を主張して支払義務がないと争うことは可能であるという見解があります。

 

 ところが最近では、業者側において、債務者が完成した消滅時効の援用をしないまま支払督促が確定してしまった場合、もはや時効の援用はできなくなると主張してくる例があります。

 

宮崎地裁令和2年10月21日判決

 しかし、この点について争点となった上記判決では、「時効が完成した後に・・・民法147条各号(注 改正前民法所定の時効中断事由)が生じても,時効が中断することはない」、「本件仮執行宣言付支払督促は,これが確定した後でも既判力がない以上,この確定前に完成した本件貸金債権の消滅時効を援用することにより,本件貸金債権が確定的に消滅する」として、時効完成後に支払督促が確定しても、依然として消滅時効の援用は可能であると判断しました。

 

 また、このケースで業者側は、債務者が時効援用の機会を与えられておきながら援用しなかったにもかかわらず、その後に消滅時効の主張をするのは信義則に反するとも主張しましたが、裁判所は「そのような消極的な対応は,時効による債務消滅の主張と相容れないものとまではいえず,それゆえ,本件貸金債権の消滅時効の援用は,信義則に反するとはいえない」として信義則違反の主張も排斥しました。

 

 支払督促の確定と時効の援用については業者側の主張を認める裁判例も存在するようですが、上記のように時効の主張を認める判決がありますので、もしもそのような事態に陥った場合でもすぐに諦めることなく、弁護士へ相談していただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年6月12日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

消滅時効期間の経過後に弁済してしまった場合でも、なお時効の援用はできるのか?

 

 借入をしてから長期間支払いをしていない状態が続くと、債務が時効によって消滅します(消滅時効)が、消滅時効は、時効期間の経過後に債権者に対して時効の通知を出すことで効果が生じます(時効の援用)。

 

 しかし、時効期間が経過し、本来であれば支払いをしなくても良いにも関わらず、それを知らないまま債権者から請求を受けて支払いをしてしまうケースがみられます。

 

 では、このように時効期間の経過後に一部支払いをしてしまった場合、それでもなお時効の援用ができるのでしょうか?

 

時効期間経過後に弁済してしまうと、時効援用権を喪失してしまうことがある

 この点については古い最高裁の判決があり、債務者が時効の完成後に、債権者に対して弁済など(債務の承認)をした場合には、債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも、消滅時効の援用をすることは信義則に反して許されないとされています(最高裁判所昭和41年4月20日判決)。

 

弁済をした理由や状況次第では、なお時効の援用ができることがある

 そうすると、時効の完成後に弁済をしてしまったときは、もはや一切時効の援用が許されなくなりそうですが、実際には絶対に時効の主張ができないとは考えられておらず、弁済してしまった事情や状況次第では、なお時効の援用ができる場合があります。

 

東京地裁平成28年10月27日判決

 たとえば、貸金業者が借主に対して時効完成後の債権について支払いを求めたこの事案では、裁判所は上記最高裁判決の存在を前提としつつ以下のように述べて、時効完成後に弁済行為があっても時効援用ができることを明確に判示しています。

 

(最高裁判決が時効完成後に弁済などをしたときに時効の主張を認めないのは、)「時効の完成後であっても、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないと解するのが、信義則に照らして相当であるとするところにある。

 そうすると、時効が完成した後に、債務者が債権者に対して債務の承認をしたとしても、承認前後の具体的事情等を考慮して、債権者において、債務者がした債務の承認が時効の援用をしない趣旨であると信頼することが相当とはいえない特段の事情があると認められる場合には、債務者において、消滅時効を援用することが信義則に反するとはいえないから、消滅時効の援用権を喪失するものではないと解するのが相当である。」

 

 そして、この判決では、本件では以下のような事情があるため、債務者が時効の援用をすることは信義則に反しないとして貸金業者の請求を棄却しています。

 

①原契約に基づく取引は6年半以上にわたり途絶したままであったこと

 

②貸金業者は、時効完成後1年9か月余り経過した後に至って、消滅時効の完成を認識した上で債務者に架電をして返済を求め、返済しない場合は利息制限法の利率を超える約定利率に従って計算した高額な遅延損害金等を含めて請求することもあり得ることを説明して早急な入金を求めて弁済をするよう促したこと

 

③債務者は弁済当時78歳と高齢であり、貸金業者からの電話の翌日に弁済をしたこと

 

④債務者は、弁済後1か月足らずのうちに、原契約について記憶がないなどとして支払義務について争う態度を示しており、③の弁済以降は弁済をしていないこと

 

⑤債務者は、長期間にわたり、原契約に基づく支払義務があることを前提とする態度を示したことはなく、本件弁済以前に弁済や合意書面の作成を一切行っていなかったこと

 

⑥①~⑤のように、弁済は貸金業者の電話による催告を受けて翌日に実行されており債務者の納得の下で行われたものか判然とせず、このような債務者の弁済前後の状況に加え、債務者が80歳に近い高齢者であり、弁済の意義についての理解の程度も判然としないことも考慮すると、債務者が原契約に基づく支払義務が真実存在することを前提として弁済を行ったものと解するには多大な疑問があること

 

⑦そうすると、貸金業者が本件弁済によって、債務者が今後消滅時効を援用しない旨信頼したとするには疑問があること

 

⑧それだけでなく、本件のように貸主において消滅時効の完成を認識し、借主が消滅時効が完成していることを知らないまま行動していることを認識しながら、消滅時効援用を阻止する目的で借主に督促し、借主がその趣旨を十分理解せずに一部弁済をしたという事実関係の下においては、貸主において借主が消滅時効を援用しないと信頼することが相当でないと解される特段の事情があるということができる

 

 

 このように、消滅時効が完成した後に支払いをしてしまった場合でも、債権者の属性(貸金業者など時効完成について十分に知っている場合等)、債務者の属性(年齢や知識・経験等)、返済前の交渉状況、返済を求められたシチュエーション、その後の返済回数などによっては、なお時効の主張が認められることが十分にあり得ます。

 

 当職が過去に処理したケースでも、債権回収業者が時効完成を十分に理解しながら、委託業者に予告なく債務者の自宅を訪問させ、その場で業者と通話させて返済を求めるなど強引な手法をしていたケースがあり、内容証明郵便で時効援用はいまだ可能であると主張したところ訴訟外で解決できたこともありますので、一部弁済をしてしまった場合にはすぐに諦めることなく、時効援用の可能性について弁護士に相談していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年5月30日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

貸金業者や債権回収会社から時効債権を請求された場合の対応

 

 消費生活相談を受ける中で、何年も経ってから請求を受けたというご相談を受ける機会がコンスタントにあります。

 

 今回は、そのような場合の解決法である債務の「消滅時効」(しょうめつじこう)の制度についてお話ししたいと思います(※)。

 

※今回のお話は消費者金融会社や信販会社から金銭を借り入れした場合と、そこから債権回収会社に債権が移った場合を想定しています。負債の内容が異なる場合には以下の説明が当てはまらないことがありますので、くれぐれもご注意ください。

 

消滅時効期間・・・原則5年

 消費者金融会社や信販会社からの借入債務については分割払いの約束があることが通常ですが、この場合には債権者が権利を行使することができるようになった(ことを知った)とき、一般的には一括請求が可能になったとき(=期限の利益喪失)から5年が経過することで、支払義務がなくなったことを主張することができます。

 

 このような制度を「消滅時効」といい、相手に対して支払義務がなくなったことを主張することを消滅時効の「時効の援用」(えんよう)といいます。

 

判決などが確定している場合の例外・・・10年

 しかし、ここで注意しなければならないのは、支払いが滞った後、どこかの時点で債権者が裁判所を利用して「支払督促」(しはらいとくそく)訴訟(そしょう)を起こし、支払命令が確定してしまっている場合です。

 

 先ほど、時効の期間は原則として5年と書きましたが、裁判所の手続きを利用している場合には、消滅時効の期間が確定時点から10年に伸びるため、5年以上経過していても消滅時効が成立していないことになります。

 

 そのため、過去の記憶が曖昧な場合には、本当に裁判所での手続がなされていないかどうか慎重に検討した上で時効援用通知を送るかどうかを決める必要があります。

 

支払義務をなくすための手順(訴訟等がないケース)

 このような検討を経て消滅時効が完成している公算が高いという場合、消滅時効を援用しようとする者は、借り入れをした直接の会社や債権回収会社などに対して消滅時効を援用する旨の内容証明郵便を送りますが、それまで請求の書面が来ていたケースでも、内容証明郵便を差し出すことで請求が止まることが一般的です。

 

5年以上経過してから支払督促や裁判を起こされた場合の対応

 他方、単に業者から請求書面が来ていただけではなく、支払督促や訴訟が起こされ、慌ててご相談においでになる方もいらっしゃいます。

 

 このパターンでは、既に消滅時効の期間が経過しているにもかかわらず債権者が裁判所の手続を利用していることになりますが、このような場合、消滅時効期間が経過しているのだから大丈夫だと判断して裁判所の手続を無視してしまうと大きな問題が生じます。

 

 このような場合には、裁判所の手続の中で(内容証明郵便だけでは×)消滅時効を援用する旨明確に主張する必要があり、そのような主張をしていなかった場合、裁判所はそのまま債権者の言い分を認めて支払命令が確定してしまい、差押がなされる危険が生じます(※)。

 

 そのため、当職が時効債権について支払督促や訴訟を起こされたという相談を受けた場合には、まずは裁判所に督促異議の申し立てや答弁書を提出し、それとは別に念のため内容証明郵便も送付して消滅時効を援用する予定であることを通知しますが、そのような対応をすると、第1回の口頭弁論期日前に事件は取り下げによって終了することが一般的です(稀に取り下げがなされないケースもあり、そのまま時効完成による請求棄却判決を得ることもあります)。

 

※判決まで取られていると無理ですが、支払督促の方は判決と異なり「既判力」というものがないため、差押を受けた場合でも「請求異議の訴え」を起こして差押を解除できる可能性があります。ただ、そのようなケースだと、債権者から「債務者は支払督促に対して異議を申し立てて消滅時効を援用できたのにしなかったのだから今さら時効を主張するのは信義則に反する」として争われることがありますし、そもそも請求異議の訴えを自分一人で行うのは簡単なことではありませんので、支払督促に対してはきちんと異議を出して争うのがベストな対応です。

 

 

 以上ご説明したとおり、債権者側がどのような手続きをしているかによって時効債権の取り立てに対する対処方法は大きく異なります。

 

 特に、支払督促や訴訟を起こされている場合には、適時適切に対応できたかどうかによって結果が大きく変わる可能性がありますので、このようなケースでは早めに弁護士にご相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

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2020年6月1日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所