別居中の自宅退去の要求は認められるのか?

 

 夫婦関係が悪化して別居するパターンの一つとして、家の持ち主の方が出ていき、他方配偶者がそのまま自宅に残るケースがあります。

 

 このような形で別居が始まった場合、その後に離婚協議がスムーズに進めば良いのですが、そうならずに関係がさらに悪くなり、家を出た持主側が他方の配偶者に対して建物の明け渡しや使用利益の請求をすることがあります。

 

 今回は、このような請求が果たして認められるのかがテーマです。

 

離婚前の請求は認められない可能性がある

 本来、建物の所有者は誰を住まわせるかについて自由に決めることができますので、夫婦の片方が自分の家に住み続けている場合には明け渡しの請求が認められそうです。

 

 しかし、理由は様々ですが、過去の事例では離婚前の段階で夫婦の一方から他方に対する明渡請求が否定されている裁判例がありますので、まずは否定例をいくつか紹介し、その後、肯定例についても紹介したいと思います。

 

否定例

 

東京地裁平成30年7月13日判決

「夫婦は同居して互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法752条)、夫婦が夫婦共同生活の場所を定めた場合において,その場所が夫婦の一方の所有する建物であるときは、他方は、その行使が権利の濫用に該当するような特段の事情がない限り、同建物に居住する権原を有すると解するべきである。したがって、夫婦の一方である甲が所有する建物に、同建物に対する共有持分権や使用借権等の使用収益する権利を有しない夫婦の他方である乙が居住する場合であっても、乙が同建物に居住することが権利の濫用に該当するような特段の事情のない限り、乙は、甲乙の婚姻関係が解消されない限り上記の夫婦間の扶助義務に基づいて同建物に居住する権原が認められるというべきである(甲乙の婚姻関係が円満である限りにおいて乙が同建物に居住できるといった反射的利益を享受するというものではない。)。」

 

→配偶者の一方が居住することについて権利濫用に該当するような特段の事情はないとして、他方配偶者からの建物明渡請求と居住期間中の賃料相当損害金請求をいずれも棄却。

 

※このケースは建物が配偶者とその父の共有であり、配偶者だけでなくその父も請求していましたが、裁判所は最高裁昭和63年5月20日判決を引用し、「共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかった共有者は上記第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である」と述べ、本件では例外的に明け渡しを認めるべき特段の事情もないとして配偶者の父からの請求も退けています。

 

東京地裁平成25年2月28日判決

原告は、不貞及び悪意の遺棄をした有責配偶者であり、婚姻中の被告との同居期間が約21年であるのに対し、別居期間は約3年5か月間にすぎず、被告との間には子がなく、【原告の交際相手】との間に【原告と交際相手の間の認知済みの子】(今年19歳)がいることを考慮しても、原告が被告に対して現時点において裁判上の離婚請求をすることは信義則上許されないというべきである。
 そうすると、原告の被告に対する本訴明渡請求は、有責配偶者である夫が同居義務及び協力・扶助義務を負う妻に対して、婚姻中長きにわたって同居してきた本件建物を一方的に明け渡すよう請求するものであって、・・・原告の主張する事情を踏まえても,権利濫用として許されないものと解すべきである」。

 

→有責配偶者からの所有権に基づく建物明渡請求と居住期間中の賃料相当損害金請求を権利濫用として排斥。

 

※その他にも原告は、原告被告間には黙示の使用貸借契約が成立しており、原告がそれを解約したとして、予備的に使用貸借の解約も請求の根拠としていました。しかし、裁判所は「婚姻関係ないし被告の居住に関する問題が解決するまで、又は、これらの問題が解決するのに必要な相当な期間が経過するまで、特段の事情がない限り使用貸借契約を一方的に解約することはできない」として、本件では婚姻関係ないし被告の居住に関する問題が解決したわけでもなければ解決に必要な相当な期間が経過したともいえない、婚姻関係が完全に破綻して使用貸借契約の基礎となった信頼関係が失われたものともいえない、とし、その他、解約を正当化する特段の事情もないとして、こちらの主張も排斥しました。

 

東京地裁昭和62年2月24日判決

「夫婦が明示又は黙示に夫婦共同生活の場所を定めた場合において、その場所が夫婦の一方の所有する家屋であるときは、他方は、少なくとも夫婦の間においては、明示又は黙示の合意によつて右家屋を夫婦共同生活の場所とすることを廃止する等の特段の事由のない限り、右家屋に居住する権限を有すると解すべき」

 

→退去を求めた側は、相手は十分すぎる額の婚姻費用を得ているし婚姻関係も破綻しているとして明け渡しを主張したが、裁判所はそれらは特段の事情にはあたらないとして請求を棄却。

 

肯定例

 

東京地裁平成3年3月6日判決

「原告と被告とは平成元年一一月一三日以降別居状態にあることからしてその間の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできないものといわざるを得ず、しかも、右に認定した事実によれば右婚姻生活を破綻状態に導いた原因ないし責任は専ら被告にあることが明らかというべきである。
 以上の認定判断に徴すれば、本訴において被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し到底許されないものといわなければならない。」

 

→婚姻関係が破綻状態にあることに加え、その破綻の原因が居住している側にある(収入を家に入れない、賭け事、暴力、男女関係など)として、居住権の主張は権利濫用と判断。

 

 

 以上のとおり、過去の裁判例では別居中の配偶者からの明け渡しの求めを否定している例がある一方で、居住者側に大きな有責性がある場合には明け渡しが認められている例もあります。

 

 今回紹介したような裁判例を前提にすると、居住者側に大きな問題があるケース(典型的にはDVなど)では明け渡しが認められるものの、別居に至った原因が請求者側にあることが明白な場合や、そこまでいかずとも居住者側に明確な落ち度がないケースだと別居中の退去要求は認められない可能性がありそうです。

 

 最終的には別居に至った原因や双方の有責性など諸般の事情を考慮して判断するという話になりそうですが、少なくとも所有者だから当然に退去させられるはずという単純な話ではないことは確かですので、この点が紛争となった場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。 

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年5月26日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所