消滅時効期間の経過後に弁済してしまった場合でも、なお時効の援用はできるのか?

 

 借入をしてから長期間支払いをしていない状態が続くと、債務が時効によって消滅します(消滅時効)が、消滅時効は、時効期間の経過後に債権者に対して時効の通知を出すことで効果が生じます(時効の援用)。

 

 しかし、時効期間が経過し、本来であれば支払いをしなくても良いにも関わらず、それを知らないまま債権者から請求を受けて支払いをしてしまうケースがみられます。

 

 では、このように時効期間の経過後に一部支払いをしてしまった場合、それでもなお時効の援用ができるのでしょうか?

 

時効期間経過後に弁済してしまうと、時効援用権を喪失してしまうことがある

 この点については古い最高裁の判決があり、債務者が時効の完成後に、債権者に対して弁済など(債務の承認)をした場合には、債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも、消滅時効の援用をすることは信義則に反して許されないとされています(最高裁判所昭和41年4月20日判決)。

 

弁済をした理由や状況次第では、なお時効の援用ができることがある

 そうすると、時効の完成後に弁済をしてしまったときは、もはや一切時効の援用が許されなくなりそうですが、実際には絶対に時効の主張ができないとは考えられておらず、弁済してしまった事情や状況次第では、なお時効の援用ができる場合があります。

 

東京地裁平成28年10月27日判決

 たとえば、貸金業者が借主に対して時効完成後の債権について支払いを求めたこの事案では、裁判所は上記最高裁判決の存在を前提としつつ以下のように述べて、時効完成後に弁済行為があっても時効援用ができることを明確に判示しています。

 

(最高裁判決が時効完成後に弁済などをしたときに時効の主張を認めないのは、)「時効の完成後であっても、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないと解するのが、信義則に照らして相当であるとするところにある。

 そうすると、時効が完成した後に、債務者が債権者に対して債務の承認をしたとしても、承認前後の具体的事情等を考慮して、債権者において、債務者がした債務の承認が時効の援用をしない趣旨であると信頼することが相当とはいえない特段の事情があると認められる場合には、債務者において、消滅時効を援用することが信義則に反するとはいえないから、消滅時効の援用権を喪失するものではないと解するのが相当である。」

 

 そして、この判決では、本件では以下のような事情があるため、債務者が時効の援用をすることは信義則に反しないとして貸金業者の請求を棄却しています。

 

①原契約に基づく取引は6年半以上にわたり途絶したままであったこと

 

②貸金業者は、時効完成後1年9か月余り経過した後に至って、消滅時効の完成を認識した上で債務者に架電をして返済を求め、返済しない場合は利息制限法の利率を超える約定利率に従って計算した高額な遅延損害金等を含めて請求することもあり得ることを説明して早急な入金を求めて弁済をするよう促したこと

 

③債務者は弁済当時78歳と高齢であり、貸金業者からの電話の翌日に弁済をしたこと

 

④債務者は、弁済後1か月足らずのうちに、原契約について記憶がないなどとして支払義務について争う態度を示しており、③の弁済以降は弁済をしていないこと

 

⑤債務者は、長期間にわたり、原契約に基づく支払義務があることを前提とする態度を示したことはなく、本件弁済以前に弁済や合意書面の作成を一切行っていなかったこと

 

⑥①~⑤のように、弁済は貸金業者の電話による催告を受けて翌日に実行されており債務者の納得の下で行われたものか判然とせず、このような債務者の弁済前後の状況に加え、債務者が80歳に近い高齢者であり、弁済の意義についての理解の程度も判然としないことも考慮すると、債務者が原契約に基づく支払義務が真実存在することを前提として弁済を行ったものと解するには多大な疑問があること

 

⑦そうすると、貸金業者が本件弁済によって、債務者が今後消滅時効を援用しない旨信頼したとするには疑問があること

 

⑧それだけでなく、本件のように貸主において消滅時効の完成を認識し、借主が消滅時効が完成していることを知らないまま行動していることを認識しながら、消滅時効援用を阻止する目的で借主に督促し、借主がその趣旨を十分理解せずに一部弁済をしたという事実関係の下においては、貸主において借主が消滅時効を援用しないと信頼することが相当でないと解される特段の事情があるということができる

 

 

 このように、消滅時効が完成した後に支払いをしてしまった場合でも、債権者の属性(貸金業者など時効完成について十分に知っている場合等)、債務者の属性(年齢や知識・経験等)、返済前の交渉状況、返済を求められたシチュエーション、その後の返済回数などによっては、なお時効の主張が認められることが十分にあり得ます。

 

 当職が過去に処理したケースでも、債権回収業者が時効完成を十分に理解しながら、委託業者に予告なく債務者の自宅を訪問させ、その場で業者と通話させて返済を求めるなど強引な手法をしていたケースがあり、内容証明郵便で時効援用はいまだ可能であると主張したところ訴訟外で解決できたこともありますので、一部弁済をしてしまった場合にはすぐに諦めることなく、時効援用の可能性について弁護士に相談していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年5月30日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所