衣類や装身具は財産分与の対象となるのか?

 

 離婚協議の中で財産分与が問題になる場合、通常は不動産や預金、有価証券などの処理を巡って話し合いがなされることが多いところですが,まれに、婚姻中に夫婦それぞれが購入した衣類や装身具(指輪など)が財産分与の対象になるかを巡って議論になることがあります。

 

 では、このような物が果たして財産分与の対象になるのか、というのが今回のテーマです。

 

夫婦それぞれの専用品は基本的に財産分与の対象にはならない

 

 以下の裁判例でも触れられているとおり、衣類や装身具など、社会通念上、夫婦それぞれの専用品とみるべき物は、基本的には財産分与の対象にはならないと考えられています。

 

名古屋家裁平成10年6月26日審判

「本件記録によれば、本件内縁期間中に申立人が相手方から買い与えられた宝石類は、ネックレス一点、指輪三点であり、その購入価格は、指輪一点が約八〇万円、他の指輪一点が約三〇万円であったことが認められ、なお、その余の価額は不明である。
 これらの宝石類は、社会通念に従えば申立人の専用品と見られるから、申立人の特有財産であるというべきであり、したがって、本件財産分与の対象とはならない。」

 

東京地裁平成16年2月17日判決

「前記美術品は夫婦共同財産であり、現在被告が管理している。この点について、被告は、被告の特有財産によって被告の好みにより購入したもので、被告の特有財産であると主張する。しかし、衣類や装身具等とは異なり、社会通念上これを被告の専用品とみることはできないうえ、相続財産を原資として取得されたと認めるに足りる証拠はないから(相続した預貯金あるいは現金等によって購入されたと認めるに足りる証拠はないから)、被告の特有財産ということはできない。」

 

 このように、衣類や装身具は、通常それぞれの専用品、すなわち特有財産として扱われるため基本的には財産分与の対象にはなりません。

 

 ただし、裁判例によれば、専用品として扱われるかどうかの基準は結局のところ「社会通念」という曖昧なものであるため、たとえば装身具ひとつみても、それ自体が非常に高額であったり、購入目的が着用という装身具本来の目的ではなく資産形成であったようなケースであれば、例外的に財産分与の対象となる可能性は残ります

 

 多くの場合、この点は話し合いによって解決されていると思われますが、専用品かどうかを巡って離婚協議等が難航する可能性もありますので、装身具などの処理を巡って本格的に問題が生じたときは、一度弁護士へのご相談をご検討いただければと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

離婚前に渡した財産は、離婚の際にどのように扱われるのか?

 

 夫婦間においては、婚姻中、配偶者の一方が他方に財産を渡すことがありますが、離婚のご相談をお受けしていると、離婚の条件を協議する際に、結婚中の財産の移転をどのように処理するかを巡りトラブルになることがあります。

 

 そこで今回は、離婚の前に渡した財産が離婚の際にどのように扱われるのかについてお話しします。

 

財産分与として渡したものは、離婚の際に清算される

 

 離婚前に渡した財産が夫婦の財産関係の清算である財産分与の趣旨であることが明らかな場合、前渡しした財産は最終的な財産分与の場面で清算されます。

 

 具体的には、夫婦の共有財産を全て合算して必要な限度で負債を控除し、それに取得割合を乗じて、そこから離婚前に前渡しを受けた分を控除するというやり方です(このような計算方法をとっている裁判例として、東京家裁平成30年3月15日判決)。

 

財産分与の前渡しをするときは、その趣旨を明確にしておくべき

 このように、離婚前に渡した財産が財産分与の前渡しであることが明確であれば、上記のように最終的な分与額の計算において考慮されることがあります。

 

 もっとも、ある財産を離婚前に前渡しする場合、そのお金の移動の趣旨はいくつかの可能性があり、それが財産分与の趣旨ではないと判断された場合には、このような控除計算はなされないことになります。

 

 たとえば、離婚前の別居段階で婚姻費用の未払いが長期間続いており、その清算として、離婚前にまとめて過去の婚姻費用を支払ったというケースが典型例ですが、このような未払婚姻費用の清算は財産分与とは性質上別個のものであるため、この場合は財産分与の計算上、考慮されません。

 

 実際のケースとしても、さきほど紹介した東京家裁平成30年3月15日判決では、離婚前に前渡しした金銭が財産分与の前渡しであるのか、それとも過去の未払い婚姻費用の清算であったのかが争われていますが、結論的には、前渡しした側が保育料や光熱費等を負担していたことなどの事情から、渡したお金は婚姻費用の清算ではなく財産分与の前渡しであったと認定されています。

 

 以上のように、具体的な離婚協議をする過程において、離婚成立前に一定の財産を相手に動かすことは、その趣旨が曖昧だと後々問題となることがあります。

 

 そのため、前渡しする必要がある場合には、その金銭の移動がいかなる趣旨であるかについてきちんと合意したうえで、書面等で明らかにしておく必要があります。

 

離婚が問題になる前に贈与した財産は?

 

 以上のように、離婚問題が浮上してから財産を移転するというのではなく、離婚が問題になる以前に、配偶者の一方が相手に財産を贈与することもよくみられます。

 

財産分与の前渡しとは評価されない

 このようなケースでは、贈与した側から、その贈与財産も財産分与の計算をする上で考慮してしてほしいという希望が出されることがありますが、そもそも離婚が現実的な課題として意識されていない段階での財産移転であれば、財産分与の前渡しとは評価できませんので、このような理屈で考慮してもらうことは難しいと思われます。

 

夫婦共有財産を贈与した場合、離婚時に清算の対象にしてもらえるか?

 また、贈与の対象となった財産が夫婦共有財産であった場合には、単に共有財産の名義や占有を相手に移転しただけにもみえるため、離婚時にこれを財産分与の対象として扱うべきではないか、具体的には、支払うべき金額からその分を控除したり、逆に相手が取りすぎであるため一部返還してもらいたい、という希望が出ることもあります。

 

 この点については、贈与当時の当事者双方の意思などにかかわるためケースバイケースの判断となりますが、当事者の意思によって確定的に財産の帰属を決めたのであれば、そのような贈与は清算的要素をもち、贈与対象財産はその時点で特有財産になるため財産分与の対象にはならない、と判断されることがあります。

 

 たとえば、大阪高裁平成23年2月14日決定では、不貞行為が疑われる状況下で配偶者の不満を抑える目的のもと不動産の持分を移転したというケースにおいて、そのような持分移転は清算的要素をもち、贈与の時点で不動産は特有財産になったと判断されています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(四輪車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉘~

 

 前回のコラムでは、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について説明しました。

 

 これに対して今回は、同じような事故状況のうち、自転車側ではなく、四輪車側に一時停止規制があった場合の過失割合についてお話しします。

 

典型的な事故状況

 

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=10:90】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【自動車が一時停止後、交差点に進入した場合】

自転車に対して+10% 

 このケースにおける基本的な過失割合は、自動車に一時停止義務違反があることを前提としたものであるため、自動車が一時停止義務を果たした場合には、その分、自動車側の過失割合が減る(自転車側の過失割合が増える)ことになります。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合(上記の図でいえば、Aの自転車が上から下に向けて右側走行していたケース)、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-5%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-5

重過失:自転車に対して-10%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

交通事故のご相談はこちら

メール予約フォーム 

 

019-651-3560

 

 【受付日・時間等】 

 お電話:平日9時~17時15分

 メール・WEB予約:随時

 

 【営業日時】 

 平日:9時~17時15分

 土曜日曜:予約により随時

信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(自転車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉗~

 

 これまで自転車と四輪車の接触事故に関する過失割合についていくつかのケースをご紹介してきましたが、今回は、自転車と四輪車の接触事故のうち、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について、別冊判例タイムズ38号をもとに説明します。

 

典型的な事故状況

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=40:60】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【夜間に起きた事故の場合】

自転車に対して+5% 

 夜間は見通しが悪くなりますが、自転車側からは前照灯をつけた自動車は発見しやすく、他方、四輪車からは自転車の発見が必ずしも容易ではないため、自転車側の過失が加重されます。

 

 なお、「夜間」とは、日没時から日の出までの時間をいいます。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-10%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が一時停止していた場合】

自転車に対して-10% 

 上記の基本的な過失割合は、自転車側に一時停止義務違反があることを前提としていますので、自転車が一時停止していた場合には過失割合が修正されます。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-10% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自転車が横断歩道を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 自転車横断帯がなく横断歩道しかない場所でも、そのような場所を通行する場合、自転車は横断歩道によって横断した方が安全と考えて通行する実情があり、自動車は歩行者と同様に注意してくれるであろうと期待して通行していることから、自転車横断帯ほどではないにしても、自転車側の過失割合が減算されます。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-10

重過失:自転車に対して-20%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

交通事故のご相談はこちら

メール予約フォーム 

 

019-651-3560

 

 【受付日・時間等】 

 お電話:平日9時~17時15分

 メール・WEB予約:随時

 

 【営業日時】 

 平日:9時~17時15分

 土曜日曜:予約により随時

不貞行為を1回するごとに違約金を支払う旨の合意について、不貞行為の時に婚姻関係が破綻していた場合には効力がないと判断したケース

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞相手に対して慰謝料を請求することがありますが、そのほかにも、今後、不貞行為に及ばないことを誓約させ、その約束を破った場合には一定の違約金を支払うことを合意することがあります。

 

 このような違約金の合意もあまりにも高額でない限りは有効と判断される傾向があると思われますが、他方で、このような合意を交わした後、時をおいて再び性的関係を結んだという場合に、合意に基づき違約金を支払う義務が生じるかどうかについては別途検討する必要があります。

 

 というのも、不貞行為に基づく慰謝料は婚姻共同生活の平和の維持という利益を侵害されたことに基づく責任であり、たとえ既婚者と性的関係を結んだとしても、その当時、既に婚姻関係が破綻していたときは慰謝料の支払義務は負わないとされているため(いわゆる破綻の抗弁)、違約金の合意をした後で夫婦関係が破綻してしまい、その後になって性的関係を結んだという場合、違約金の合意によって保護すべき法的利益は既になくなっているのではないかとも思われるからです。

 

 そして、この点が問題となった東京地裁令和2年6月16日判決は、以下のように述べて、婚姻関係破綻後については、このような違約金の合意は無効と判断しています。

 

東京地裁令和2年6月16日判決

「本件違約金条項は、被告と○○との不貞行為が原告の権利ないし法益を侵害することを前提とするものであるところ、不貞行為時において、既に婚姻関係が破綻していた場合には、それにより原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法益が侵害されたとはいえず、特段の事情のない限り、保護すべき権利又は法益がないというべきである。そうすると、本件違約金条項のうち、原告と○○の婚姻関係破綻後について定めた部分は、公序良俗に反し無効と解するのが相当である。」

 

 なお、このような違約金の合意は損害賠償の予定と推定され、従前の民法では、裁判所はこのような合意に基づく金額を増減させることができないとされていましたが(旧民法420条1項)、実際には裁判所が公序良俗違反を理由として合意に基づく違約金の請求を制限するケースがあったことから、改正後の民法420条1項ではこの部分が削除されています(なお、上記判決とは事実関係は異なりますが、違約金があまりも高額すぎるとして合意を一部無効としたものとして、東京地方裁判所平成17年11月17日判決があります)。

 

 そのため、違約金の合意の効力について公序良俗に反するか否かという観点から判断しているこの判決は特に目新しいものではありませんが、不貞に関係する違約金の合意の効力を判断する際に婚姻関係の破綻の有無を判断要素としている点は興味深いところです。

 

 この判決のような結論をとると、「再び不貞関係を結んだ場合は違約金を払う」という合意には意味がないようにも思えますが、そもそも、このような合意をするということは、一応、夫婦関係をやり直そうとするケースであると思われます。

 

 そうすると、違約金の合意をした後、別居もせずに一緒に住んでいたようなケースであれば、婚姻関係が破綻したとまではいえないと思われますので、その後に再び不貞関係を結んだ場合には、当初の合意に基づいて違約金の支払義務があると判断される可能性は十分にあるように思います。

 

 他方で、不貞行為が発覚した後にすぐに別居してしまい、数年後に夫婦間で離婚調停や訴訟が係属するようになってから再びそのような関係になったというようなケースであれば、この判決の考え方によれば、過去に結んだ違約金の合意に基づく請求までは認められないのではないかと考えられます(もちろん、当初の不貞行為に基づく慰謝料請求ができることは別論です)。

 

 このように、不貞行為発覚後に違約金の合意を結ぶ場合にはその効力を巡って後に紛争になることがありますので、くれぐれも注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年9月7日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手に対する慰謝料請求の際、不貞行為を行った配偶者が虚偽の書面を作成したことが、他方配偶者に対する不法行為にあたると判断されたケース

 

 不貞行為に基づく慰謝料は不貞行為に及んだ者に故意・過失があってはじめて請求できるものであるため、もしも交際当時、その者が、交際相手が既婚者であることを知らず、知ることもできないような状況だったときには、故意・過失がなく責任を負わないことになります。

 

 そのため、不貞相手に対して慰謝料の請求をする場合、不貞行為の存否の立証のほかに、不貞行為時における婚姻関係の認識(既婚者であることを知っていたかどうか)や交際当時の状況(既婚者であることを知ることが容易であったかどうか)が問題となることがあります。 

 

 もっとも、このような点については単独での立証が困難な場合も多いため、不貞行為を働いた配偶者の供述に頼らざるを得ないこともしばしばであり、不貞行為を行った配偶者の陳述内容は交際相手に対する慰謝料請求をする上で重要な証拠となります。

 

 今回は、不貞をされた側が不貞相手である交際相手に慰謝料請求をしたところ、不貞行為を行った配偶者が虚偽の書面を作成したというケースにおいて、そのような虚偽の書面を作成したことが、他方配偶者との関係で不法行為に該当すると判断した裁判例をご紹介します。

 

東京地裁令和3年1月21日判決

 このケースは、配偶者の一方(A)が他方配偶者(B)に不貞の事実を認め、自分が既婚者であることは交際相手(C)には伝えていたとBに述べていた、という事実関係を前提に、他方配偶者(B)が交際相手(C)に対して不貞慰謝料の請求をしたところ、不貞行為を行った配偶者(A)が、交際当時、自分は離婚していて独身であると偽っていたので交際相手に責任は一切ないと考えているという趣旨の書面を作成し、交際相手(C)の代理人弁護士に対して送付したという事案です。

 

 このケースにおいて裁判所は、まず、Aが、この書面を作成する前に他方配偶者(B)に対して陳述していた内容(自分が既婚者であることはCにも伝えていたという内容)の信用性を検討し、それが自己に不利益な内容を自認するものであって信用できると判断し、この陳述に矛盾する内容のAの書面は虚偽の内容を述べるものである、と認定しました。

 

 そして、そのような事実認定を前提に、交際相手(C)の代理人弁護士宛の虚偽内容の書面を作成したことについて,不貞行為における故意の立証は不貞当事者間の密室における言動によって多分に左右されると考えられるから、この点に関して虚偽の内容を記載した書面を作成することは、配偶者(B)の交際相手(C)に対する不貞行為に関わる損害賠償請求権の行使を困難にするものとして不法行為に該当する、と判断して慰謝料の支払いを命じました。

 

 不貞行為の責任を追及される者と虚偽の主張や虚偽の証拠を提出する者は一致することが多いため、そのことは不貞慰謝料の金額の増額要素として主張するにとどめ、虚偽主張等をしたこと自体について損害賠償責任を追及するケースは少ないのではないかと思われます。

 

 このケースは、以前に述べた内容を翻し、交際相手への慰謝料請求を妨害する虚偽の書面をあえて積極的に作成したという点で特に悪質性が強いように感じられるため、果たして虚偽主張等一般に妥当する判断といえるかは不明ですが、不貞行為当時の既婚者の認識の立証に関連して虚偽の内容の証拠を作成したことが慰謝料請求者との関係で違法性を帯びることがあると示したものであり、証明妨害行為に対して慰謝料という形で制裁が課されることがあると判断した例として興味深いため、ご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年9月1日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

育児休業給付金は、婚姻費用や養育費の計算において考慮されるのか?

 

 雇用保険に加入している労働者が育児休業を取得した場合、一定期間、雇用保険から育児休業給付金が支給されることがあります。

 

 では、このような育児休業給付金の支給が予定されている間に婚姻費用の請求があった場合、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金は収入として扱われるのでしょうか?

 

大分家裁中津支部令和2年12月28日審判

 この点に関しては、別居中の妻が夫に対して自分と子どもの分の婚姻費用の請求をしたが、夫には不貞相手との間に認知した子どもがいたというケースで、認知した子の母である不貞相手の育児休業給付金を収入として扱い、これをもとに妻と子の婚姻費用を算定した裁判例があります(大分家裁中津支部令和2年12月28日審判)。

 

 このケースは、権利者や義務者自身が育児休業給付金を受給していた場合ではなく、婚姻費用の計算において考慮する必要のある認知した子の生活費を計算する際に、その母親である不貞相手の育児休業給付金を収入として計算したというイレギュラーなケースです。

 

 もっとも、この裁判例は、育児休業給付金が婚姻費用の計算にあたって収入として扱うべきことを当然の前提としたものですので、たとえば妻が育児休業中に夫に婚姻費用を請求したようなスタンダードなケースでも、この裁判例と同様の立場に立てば育児休業給付金が収入として扱われるものと思われます(なお、この裁判例では、育児休業給付金が収入として考慮される理由について特段理由は述べていませんが、育児休業給付金が雇用保険給付の一つとして休業中の所得を補填とすることからすると、個人的にも収入として扱うことが妥当ではないかと考えます)。

 

職業費に注意を要する

 ただし、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金を収入として扱う場合には、育児休業期間中は職業費がかからない点を計算に反映させる必要があることに注意が必要です。

 

 いわゆる標準算定方式では、総収入に応じた一定のパーセンテージを乗じて「基礎収入」を算出し、それをもとに婚姻費用や養育費を計算しますが(このパーセンテージを「基礎収入割合」といいます。)、通常のケースで用いられる基礎収入割合は、働いている人に一定の職業費がかかることを前提としています。

 

 これに対し、育児休業給付金を受給している期間はこのような職業費が生じないため、このようなケースでは、基礎収入を計算するにあたり職業費がかからないことを前提に計算を修正する必要があります。

 

 この点について、上記裁判例では、統計上の資料から実収入に占める職業費の平均値が概ね15%であることに着目し、通常の計算の場合に利用される基礎収入割合に15%を加算して基礎収入を計算するという計算方法を採用していますので、同様のケースではこの方法を参考にすることが考えられるところです。

 

 たとえば、年額120万円の給与収入を得ている場合、通常の基礎収入割合は46%であるため基礎収入は120万円×46%=556,000円ですが、この120万円が育児休業給付金の場合、上記裁判例のような考え方だと46%に15%を加算し、基礎収入は120万円×61%=732,000円となり、これをもとに婚姻費用や養育費を算出します。

 

 

 婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金が問題になる例はそこまで多くはないと思いますが、最大で子どもが2歳になるまで受給できるものであるため、元々の収入が高いケースだと、これを収入に加えるかどうかによって計算が大きく変わってくることもあり得ます。

 

 今回ご紹介したように、育児休業給付金を受給していたりその予定がある場合には婚姻費用や養育費について特殊な計算が必要になる可能性がありますので、この点が問題となる場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

私立学校や大学の学費は養育費に加算してもらえるのか?

 

 養育費の交渉をするときに、子どもの学費が問題となることがあります。

 

 子どもが小さいときに離婚するケースでは、学費が将来どの程度かかるかを正確に計算することは難しいところですが、子どもがある程度大きくなり、たとえば私立学校や大学に進学するなど、学費の負担が現実的な話になった場合には、学費の費用負担を巡って交渉がシビアになることがあります。

 

 そこで今回は、子どもが私立学校や大学に進学する場合、その学費を養育費として請求できることがあるのか、という点についてお話ししたいと思います。

 

 

標準算定方式で考慮されている学費の範囲

 

 養育費の計算において広く使用されている「標準算定方式」では、あらかじめ双方が負担すべき学校教育費が考慮されているため、考慮済みの学費部分について重ねて負担を求めることは困難です。

 

 もっとも、標準算定方式において考慮されている「学費」とは具体的には公立高校までのものであるため、今回のテーマである私立学校や大学の学費については基本的な養育費には含まれないことになります。

 

 

私立学校や大学の学費を養育費として請求できる場合は?

 

 このように、標準算定方式では私立学校や大学の学費が養育費の計算において考慮されていないことから、子どもが進学を希望するときにその学費の負担を養育費の一環として請求しうるかが問題となります。

 

 この点については、当然に相手に対して負担させることができるとまではいえませんが、下記①②のような場合であれば負担を求めうると考えられています。

 

増額がなされるケース

①義務者が私立学校や大学への進学を承諾している場合

※承諾は黙示のものでも良いと考えられています。

 

②収入・資産の状況や親の学歴・地位などから私立学校や大学への進学が不相当ではない場合

 

 

具体的な負担額の計算方法は?

 

 上記のとおり、一定の場合には標準的な養育費のほかに私立学校や大学の学費の負担を求めることができることがありますが、その場合であっても学費の全額を負担するわけではなく、年間の教育費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を控除し、それによって算出された残額を父母が按分して負担しあうことになります。

 

【年間の教育費の内容は?】

 

 私立学校や大学の学費負担を相手に求める場合には、まず年間の教育費をいくらと見るべきかが問題となりますが、文部科学省の行っている子供の学習費調査に関する統計資料の用語解説では、「学校教育費」として授業料、通学費、図書費などの項目を列挙して示していますので、問題となる学費を算出するにあたってはこのような資料をもとに学費を積算していくことが考えられます。

 

 なお、子どもが奨学金を受けて学費を賄っていたり、アルバイトで学費を賄うことができるような状況のときは、義務者に私立学校や大学の学費分の追加負担を求める必要はないと判断されるケースもあります(婚姻費用の計算において学費の加算が問題となったケースとして東京家裁平成27年8月13日審判など)。

 

 この点に関連して、私立高校については高等学校等就学支援金制度の改正により、世帯収入によっては授業料が実質無償化されるためこれが加算額の計算に影響するかどうかが問題となり得ます。

 

 もっとも、婚姻費用に関する過去の裁判例では、公立高校の授業料の不徴収制度は婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(最高裁平成23年3月17日決定)や、子ども・子育て支援法の改正による幼稚園、保育所、認定子ども園等の利用料の無償化が婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(東京高裁令和元年11月12日決定)があることに鑑みると、私学加算の場面でも同様に考えるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

【年間の教育費から差し引くべき金額】

 

 次に、養育費に加算すべき額を算出するために、実際に生じる私立学校や大学の学費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を差し引くことになります(この計算をしないと、義務者に二重に教育費を負担させてしまう部分が生じるためです)。

 

 標準算定方式では、公立中学校の学校教育費として年間131,302円、公立高等学校の学校教育費としては年間259,342円が考慮されていますので、一つの方法としては、私立学校等の年間教育費からこれらの金額を控除する方法が考えられます(大学の進学費用の加算が問題となったケースで、公立高等学校の学校教育費を控除した例として大阪高裁平成27年4月22日決定参照)。

 

【義務者が負担すべき割合は?】

 

 以上のような過程を経て、標準算定方式では考慮されていない超過分の学費の額を計算したら、最後に義務者が負担すべき金額を計算することになります。

 

 分かりやすい計算方法としては、これまでの計算で得られた額を互いの基礎収入の割合で按分して義務者の負担額(年額)を計算し、これを12ヶ月で割って養育費の月額に加算するというものが考えられますが、最終的には裁判所が諸般の事情を考慮して負担額を決めることになります。

 

 

異なる計算方法もある

 

 以上のような計算方法は、公立中学校の子どもがいる世帯として約730万円、公立高等学校の子どもがいる世帯として約760万円の平均収入があることを前提にした簡易な計算方法であるため、義務者の収入がこの平均値と大きく異なる場合には、計算方法そのものを修正することが必要となる場合があります。

 

 この点は込み入った話になりますので詳細は割愛しますが、このような場合の計算方法として、まず、①私立学校や大学の学費を双方の基礎収入に応じて按分計算して義務者の負担額を計算し、これを12で割って月額に直し、次に、②標準算定方式によって義務者が負担する基本的な養育費を算出して、③②の中に含まれている教育費相当額を生活費指数(14歳以下では62分の11程度、15歳以上では85分の25程度)をもとに計算したあと、④最後に①の金額から③の金額を控除する、というものがあります。

 

 

計算例

 

 最後に、参考として計算例をひとつ示してみたいと思います。

 

計算例

【設例】

義務者(父・給与所得者):年額750万円

権利者(母・給与所得者):年額200万円

子ども(19歳):国立大学1年生

(奨学金はなく、アルバイトも困難とします。)

 

【学費】

年間授業料   535,800円(標準額)

学用品(年間)     60,000円

年間学費合計  595,800円 

(入学金は両親の合意のもと支払済みとします。)

 

【養育費(標準算定方式)】

概ね8万円

 

【標準算定方式では考慮されない学費相当額】

595,800円-259,342円=336,458円

 

【義務者(父)の負担すべき学費】

父の基礎収入:750万円×40%=3,000,000円

母の基礎収入:200万円×43%=860,000円

 

  336,458円

×3,000,000円÷(3,000,000円+860,000円)         

=261,495円(年額)(月約2.2万円)

 

【養育費総額】

 8万円+2.2万円=10.2万円

 

 養育費は子どものために支払われるものであり、今回ご紹介したように進学のために一定額を加算して支払わなければならない場合がありますが、基本的な養育費に加えて学費分の加算を求めるとなると計算や交渉が複雑化することがありますので、加算を求めるかどうかや求める加算額については、専門家と相談の上、十分に検討していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

養育費を請求しない旨の合意の有効性と合意後の事情変更

 

 法律相談のうち一定数ある類型として、離婚したときに養育費を請求しないという約束をしてしまったが、今から改めて請求はできないのか、というものがあります。

 

 離婚協議(公正証書含む)や離婚調停において養育費の請求をしないという合意をすること自体は、多くはないもののそれなりにあるという印象ですが、今回はこのような合意が有効かどうかについてお話ししたいと思います。

 

養育費を請求しないとの合意の有効性

 

 過去のいくつかの裁判例では、このような合意も未成年者らの福祉を害するなどの特段の事情がない限り法的には有効であるものの、例外的に合意時には想定できなかったような事情の変更があった場合には、改めて養育費を請求できると判断されています。

 

大阪家裁平成元年9月21日審判

『申立人と相手方は,前記離婚に際し、未成年者らの監護費用は申立人において負担する旨合意したものと認めることができ、こうした合意も未成年者らの福祉を害する等特段の事情がない限り、法的に有効であるというべきである。
 しかしながら、民法880条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるベき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は金審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所はその協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、同規定の趣旨からすれば、前記合意後に事情の変更を生じたときは、申立人は相手方にその内容の変更を求め、協議が調わないときはその変更を家庭裁判所に請求することができるといわなければならない。』

 

【事情の変更の有無】

①相手方は離婚当時無職で収入もなく、その後も安定した稼働状況とはいえず収入も安定したものではなかったが、途中から会社に勤務して経済的にも一応安定した生活状況となったこと

 

②他方、申立人の基礎収人は申立人と未成年者らの最低生活費をも下回るほどの少額であったこと

 

→遅くとも裁判所への申立て後には相手方は経済的に安定した状態となり、反面、申立人には同人と未成年者らの最低生活費をも下回る基礎収入しかないことから事情の変更が生じたとして,申立人が相手方に対して合意内容の変更を求めることができると判断した。

 

大阪高裁昭和56年2月16日決定

『民法八八〇条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、右規定の趣旨からすれば、抗告人と相手方が離婚する際相手方の方で子供三人全部を引取りその費用で養育する旨約したとしても、その後事情に変更を生じたときは、相手方は抗告人に右約定の変更を求め、協議が調わないときは右約定の変更を家庭裁判所に請求することができるものというべきである」。

 

【事情の変更の有無】

①離婚後、子どもらの成長に伴いその教育費が増加したこと

 

②相手方は子どもらとともに実家に同居しているが、相手方の両親も次第に老齢となり体力が衰え、相手方の父は職場を退職することになってており、それ以後はわずかばかりの農業収入が主な収入となること

 

③離婚後、予期に反して相手方の叔父から祖父の遺産につき分割の要求があり、相手方の父は孫の養育費にあてるためにとっておいた有価証券の大部分を遺産分割として叔父に譲渡したこと

 

④子どもらはいずれも大学進学を希望しており更に教育費の増加が予想されるのに、長女が満18歳となつたため、同人に関する児童手当の支給を打ち切られることになったこと

 

→上記各事実から、当事者間の事情に変更を生じたものと認め、養育費を支払わない旨の合意の変更を求めうるに至ったと判断した。

 

福岡家庭裁判所小倉支部昭和55年6月3日審判

『ところで、両親が離婚する際いずれか一方が養育費を負担することを定めて親権者を指定した場合、その合意に反して子を養育する親が他方の親に対してその養育費を請求することは原則として失当というべきで、現に養育する親が経済上の扶養能力を喪失して子の監護養育に支障をきたし、子の福祉にとつて十分でないような特別の事情が生ずるなど上記合意を維持することが相当でない特別の事情が生じた場合は子を養育する親から他方の親に対し養育費を請求しうるものと解すべきである。』

 

【特別の事情の有無】

 理由付けは不明確であるものの、請求者側に収入があり子どもと一応の生活をしていることや、相手方が再婚して子どもが生まれ、不動産などの資産もないという事実関係を前提に、「未だ相手方をして養育料を負担せしめるを相当とする特別の事情が生じたものと解することはできない。」と判断した。

 

 

子どもの扶養料請求の形で請求することの可否

 

 以上の通り、夫婦間での養育費を請求しないとの合意は一応有効であるとしても、このような合意はあくまで父母間でのものにすぎません。

 

 そこで、子ども自身が有している扶養料請求権を親が子の法定代理人として行使することで、実質的に養育費を請求するのと同じような結果にできるのではないか、という点が問題になることがあります。

 

 古い裁判例においては、扶養の権利は処分することはできないという理由のみで請求を認めるものもありますが(東京高裁昭和38年10月7日決定)、子の扶養需要が増大したり、親の一方又は双方の資力に変動を生じるなど、合意成立のときに前提となった諸般の事情に変更が生じた場合でなければそのような請求はできないと判断するものもあり(札幌高裁昭和51年5月31日決定)、裁判所の判断は分かれています。

 

 札幌高裁の決定を前提とすると、養育費として請求する場合であれ、子どもの扶養料請求権として請求する場合であれ、要するに合意当時から事情の変更があった場合でなければ請求は難しい、と整理することができるように思います。

 

 いずれが正当かは悩ましいところですが、この問題は、法的安定性と未成年者の保護の双方に目配りする必要があると思われるため、個人的には無制限に認める見解よりも、事情変更の有無を基準とする見解の方が説得力を感じるところです。

 

 

 以上、いくつかの裁判例をもとに御説明しましたが、一旦成立した合意を後から変更するのは簡単なことではありませんので、何らかの理由によって改めて養育費を請求したいと考える場合には弁護士への相談をご検討下さい。

 

  弁護士 平本丈之亮

 

個人の自己破産と免責審尋について

 

 個人が自己破産する場合の目的は、裁判所から免責許可決定をもらうことですが、裁判所が免責を許可するかどうかを判断する際に、「免責審尋」(めんせきしんじん)という手続が行われることがあります。

 

 今回は、このような免責審尋の意味や、それがどのような場合に行われるのか、また、免責審尋が行われる場合の注意点などについてお話しします。

 

 

免責審尋とは?

 

 免責審尋とは、自己破産した方の借金の責任を免れさせて良いかどうかを判断するため、担当の裁判官と裁判所で面談する手続です。

 

 免責審尋は、財産調査や売却などの換価手続、お金が集まった場合の債権者への分配手続など自己破産の一連の手続が全て終了した後に行われる最後の手続です。

 

 

どのような場合に行われる?

 

 自己破産の手続には、破産管財人が選任される「管財事件」と、選任されない「同時廃止」の2種類がありますが、管財事件の場合は必ず免責審尋が行われます。

 

 他方、「同時廃止」の場合は、借入の内容にギャンブルなどの問題があったり家計管理に問題があるなど、裁判所が直接ご本人の話を聞きたいという場合に行われます。

 

 他方で、盛岡地裁では、そのような点について何の問題もない場合には免責審尋が行われないこともあります。

 

 

免責審尋は一人でいかなければならない?

 

 自分で自己破産を申し立てた場合には、ご本人だけで裁判所に出頭しなければなりませんが、弁護士を代理人とした場合には弁護士も一緒に出頭します。

 

 

免責審尋の時間はどれくらい?

 

 管財事件の場合は、破産者の免責を認めるべきかどうかに関する調査も破産管財人の職務です。

 

 そのため、管財事件では、免責審尋前には破産管財人から裁判所に免責に関する意見書が提出されるため、改めて裁判所から細かく事情を聞かれることは少なく、その場合数分で終了します(稀にですが、あまりにも借入の理由が酷いようなケースだと、直接裁判官から厳しく追及されることもあります)。

 

 これに対して、同時廃止の場合は破産管財人が調査することがないため、裁判官から一通り事情聴取を受けますが、それでもせいぜい5分ないし10分程度であることが一般的です。

 

 

免責審尋では何を聞かれる?

 

 よく聞かれるのは、①借入が増えた経緯・理由、②支払不能になった理由・経緯、③反省点や現在の生活状況、④自己破産を決意してから気をつけていること、⑤今後、どうやって生活を立て直していくつもりか、といった点ですが、ケースによっては借入の内容(件数やおおよその金額)なども聞かれることがあります。

 

免責審尋を欠席したらどうなる?

 

 免責審尋は平日の日中に行われますが、正当な理由(急病や急な怪我など)なく欠席した場合、免責が不許可になる可能性があります。

 

 たとえば、新型コロナウイルスに感染したり、感染者の濃厚接触者となったような場合であれば正当な理由があるとして欠席が認められると思いますが、この場合には一旦期日を延期し、症状からの回復等を確認した上で、改めて免責審尋を実施することになります。

 

 単に仕事があるという理由で欠席すると免責の判断に不利に働く可能性がありますので、その日だけは休みを取っていただくことになります。

 

 

免責審尋の日は、いつ頃決まるのか?

 

 自己破産を申し立て、裁判所から指示された質問事項への回答や資料の追加提出(補正)が終わると、裁判所は破産手続開始決定を出す準備に入りますので、その際に決まります。

 

 免責審尋は自己破産の申立からおおよそ3ヶ月程度先に指定されることが多いため、急に仕事を休まなければならないということはありません。

 

 ちなみに、管財事件になった場合は破産手続がいつ終わるのか分かりませんので、この場合、免責審尋は破産手続の終結まで行われません。

 

 

免責審尋に出席する際の注意点(服装など)は?

 

 特に決まった服装はないため、例えばスーツで出頭するまでの必要はありませんが、最低現、清潔感があり、社会人として失礼にあたらないような服装は心がけていただければと思います。

 

 弁護士に依頼して自己破産の手続を進めているのであれば、弁護士からこの点のアドバイスを受けていただくことも考えられます(当職もたまに質問を受けることがあります)。

 

まとめ

 

 当職が関与したケースでは、これまで免責審尋で失敗して免責不許可になった例はありませんし、そもそも免責不許可となる割合も非常に低いため過度に心配する必要はありませんが、不安に思うことがあるときはここでお話ししたことを参考にしていただければ幸いです。

 

弁護士 平本丈之亮