養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。
このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?
この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。
「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」
上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。
確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。
そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。
いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。
弁護士 平本丈之亮