遺留分を下回る内容で遺産分割協議をした場合、協議は無効にならないのか?

 

 相続のご相談をお受けしていると、既に遺産分割協議が成立したが、あとで計算してみたところ、相続人に最低限確保されるべき遺留分を下回っている内容であったため遺産分割は無効ではないのか、というご相談をお受けすることがあります。

 

 そこで今回は、このような主張が成り立つのかどうかについてお話ししたいと思います。

 

 そもそも遺留分は、本来、自分の財産を自由に処分できる被相続人の財産処分権に制限を加え、相続人に最低限の取り分を保障するための権利であり、相続人が関与できない被相続人の生前の処分行為による不利益を緩和するための制度ですが、遺産分割協議は、被相続人自身による処分行為のない未分割遺産について、相続人間の協議によって遺産の取得割合や方法を決めるものであり、遺産分配のプロセスに相続人が関与します。

 

 このように、遺産分割協議は、他者との協議が必要であるにせよ最終的には自らの判断によって分割内容を決めるものであることから遺留分制度によって保護する必要がないため、遺留分を下回る内容で遺産分割を行うことも相続人の自由であり、(民法改正前の事案ではありますが、)近時の裁判例においても、遺留分に満たない内容の遺産分割協議でも無効になるものではないと判断されています。

 

東京地裁令和2年12月25日判決
「遺留分は、被相続人の意思によっても奪い得ない相続分であるが(平成30年法律第72号による改正前の民法1028条)、遺留分を侵害する遺贈等が当然に無効となるわけではなく、遺留分を侵害された者が遺留分減殺請求権を行使することによって初めて同侵害された遺留分を回復することができる(同法1031条)。この点に鑑みると、遺産分割協議において各相続人の遺留分を確保することが必須とはいえず、一部の相続人の遺留分が確保されていないことをもって、当該遺産分割協議の効力を否定することはできない。」

 

 遺産分割協議の過程に何らかの瑕疵があった場合、そのような協議が無効になる可能性はありますが、上記のとおり、単に遺留分を下回る内容という理由だけで無効とすることは困難と思われますので、遺産分割協議を成立させる際には、本当にその内容で合意して良いのか、慎重に判断していただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2022年5月26日 | カテゴリー : コラム, 相続 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

別居中、配偶者が所有する家から締め出されてしまった場合、対抗手段はあるか?

 

 夫婦関係が悪化して夫婦の一方が自宅を出て別居に至ることは良くありますが、この場合、残された配偶者や子どもが、出て行った配偶者が所有する建物にそのまま住み続けるパターンがあります(例 夫が出て行き、妻子が夫名義の家に住む)。

 

 このような場合、自分名義の家に配偶者が住み続けている状況に業を煮やした配偶者が無理やり荷物を搬出したり鍵を変えて相手を締め出すというケースが存在します。

 

 そこで、今回は、このようなケースにおいて、追い出された配偶者には自宅に戻るために何らかの対抗手段をとれるのかについてお話しします。

 

占有訴権

 

 ある物(不動産を含む。)を事実上支配(占有)している者は、法的に一定の保護が与えられているため(占有権)、他者から占有を奪われたり妨害された場合、占有権に基づいて妨害行為の排除等を裁判所に求めることができます(このような権利を占有訴権といいます)。

 

 通常、建物所有者の配偶者はその不動産について独立の占有をもたない(所有者である配偶者の占有補助者にすぎない)と考えられているため、今回のような夫婦間の締め出しのケースにおいて、締め出された側が訴えを起こすことができるかは一応問題となりますが、以下のように既に夫婦が別居状態である場合、居住する側の配偶者に独立の占有権を認め、妨害行為に対する排除等を命じた裁判例があります。

 

東京地裁令和元年9月13日判決

【事案の概要】

 被告は、被告名義の自宅を出て他の場所で寝泊まりするようになったが、配偶者である原告とその子どもは引き続きその建物で生活していた。ところが、被告は、原告が海外旅行で不在にしていた際、子どもが留守番をしていた建物を訪れて玄関の鍵を取り換え、建物内にあった原告の家財道具や衣類などを外部に搬出して原告と子どもが建物内に立ち入ることができないようにしたため、原告が妨害の停止や損害賠償などを求めた。

 

【裁判所の指摘した事情(要旨)】

①原告は、本件建物を購入した後、被告から追い出されるまでの間、本件建物に居住していた。

 

②原告と被告の子どもも、高校から大学にかけて留学していた期間以外は本件建物に居住していた。

 

③被告は、自分の衣類や身の回りのものを持ち出して本件建物を出て、本件建物にはたまに立ち寄ることがあった程度であった。

 

④被告は,原告が海外旅行中に本件建物を訪れ、留守番をしていた子どもを外出させた上で、同行させた業者に原告と子どもの衣類や荷物等を事前に準備していたウィークリーマンションや貸倉庫に搬出させ、本件建物の玄関の鍵を取り換えた。

 

→裁判所は、上記のような事情から、原告が自ら独立して本件建物を管理・支配(=占有)していたことは明らかであり、被告は実力をもって原告の占有を排除したものといえるため、被告は原告の占有権を違法に侵害したものと判断し、被告に対し、原告や原告が許諾する者が本件建物を使用することに対する妨害行為の禁止、被告が玄関入口に設置した施錠設備の撤去、妨害行為によって生じた損害の賠償(引越費用・賃料・家電購入費・慰謝料)、施錠設備が撤去されるまで1ヶ月あたり約25万円の賠償、をそれぞれ認めた。

 

自発的に出て行った場合は占有権を放棄したとされる可能性がある

 

 以上のように、別居中の配偶者が他方配偶者を一方的に自分名義の家から締め出した場合には、締め出された側は訴えによって妨害の排除や損害賠償を求めることができる可能性があります。

 

 もっとも、このような訴えが可能なのは、上記裁判例のように意思に反して締め出されたことが明らかなケースであり、何らかの事情によって自発的に出て行ったり、あるいは締め出された後、これを追認するような行動をとってしまうと、その時点で占有権を放棄したと判断される危険があります(下記裁判例参照)。

 

 そのため、少なくとも離婚するまではそこに住み続けたいと望む場合には、たとえ別居中の配偶者に自宅から出て行くように言われたとしてもその要求には応じず、妨害行為がひどい場合はこちらから裁判で妨害停止を求めることも選択肢に入ります。

 

東京地裁令和4年1月19日判決

【事案の概要】

 離婚の協議の過程で原告が自宅を出て行き、その後、自宅の鍵を交換した被告に対し、原告が自宅の引き渡しや損害賠償の請求を求めたもの。

 

【裁判所が指摘した事情(要旨)】

①原告が子どもと一緒に建物を訪れて被告に離婚届を書かせ、その後、身の回りの荷物のみではあるものの荷物を持って子どもとともに本件建物を去り,ホテルに宿泊した。

 

②原告は、被告に離婚の意思を明確に示すLINEを送信し、他方で、LINEの内容や言動が本心とは異なっていて実際には離婚をする気はなく、自宅に戻って被告と婚姻生活を今後も続けたいと考えていることなどは告げていなかった。

 

③原告は、本件建物の鍵が交換されて中に入れなくなった後も、本件建物での被告との共同生活を再開したいということを明確に申し入れることはなかった。

 

④原告が被告とのやりとりにおいて、離婚の意思はもっており離婚届も記入するが、提出時期は自ら決めるといった発言を繰り返していた。

 

⑤原告は、被告代理人と話すようになってから、生活に窮しており本件建物に戻りたい、離婚したくないという発言をしているが、他方で離婚の話は真意ではなかったといった発言がされたとは認められない。

 

→原告は①の時点で確定的に本件建物の占有を放棄したものというべきであると判断し、請求棄却。

 

※原告は、建物内に原告の荷物があるため、これが占有継続の根拠であるとも主張したようですが、裁判所は「離婚紛争となっていることからすると、本件建物に原告が置いている荷物については、原告が本件建物の占有権を有していないとしても、これを被告において勝手に処分等してはならないことは当然であるが、これら荷物があるからといって占有が継続しているとみることはできない」と指摘して排斥しています。

 

 離婚協議の過程では、夫婦関係の悪化によって様々な問題が生じ、一方配偶者が不当な対応をすることもまま見られます。

 

 このような場合、当事者は一層、感情的になり、その後の離婚協議が難航したり、新たな紛争が発生してしまう可能性があり、今回ご紹介したようなケースはまさにそうした一例といえます。

 

 離婚については方法を一つ間違えると紛争が大きく拡大する可能性がありますので、何らかの具体的なアクションをとる前には、弁護士に相談しアドバイスを受けることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年5月26日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

清算条項を含む離婚協議書の作成後、相手方が財産分与を求めてきた場合、財産分与の義務がないことを裁判で確認してもらうことはできるのか?

 

 離婚について協議がまとまった場合、夫婦における権利義務関係を確定するために離婚協議書を作成することがあり、この場合、紛争が蒸し返されないよう、当事者間ではこの協議書に定めたもののほか、互いに債権債務がないといった条項(清算条項)を記載するのが一般的です。

 

 このような清算条項は紛争の蒸し返しを目的とするものですから、清算条項を入れた離婚協議書の作成後に追加請求がなされることは通常ありませんが、相手方が何らかの理由によって離婚協議書の内容を争い、後日、財産分与などの請求を行うというケースは存在します。

 

 相手方が離婚協議書の効力を争う理由は様々ですが、この場合、任意の請求を拒否されれば、通常は相手方が財産分与を求めて調停・審判を申し立てるため、被請求側は相手方が申し立てた手続の中で財産分与請求権が既に存在しないことを主張していくことになります。

 

 ところが、相手方がこのような正規のルートにより請求するのではなく、事実上、直接の請求行為を繰り返すというケースもあり、このような場合には被請求側は対応に苦慮することになります。

 

 このようなケースにおいて、事実上の請求を受けている側としては、財産分与の義務が既に存在しないことを裁判で公的に確定してほしいというニーズが生じますが、他方、財産分与は一般の民事事件とは異なり、家庭裁判所において取り扱われる事件(家事審判事項)であることから、このような義務が存在しないことを裁判で確認してもらうことはできない(不適法)のではないかが問題となります。

 

東京地裁令和3年11月30日判決

 

 この点についてはあまり議論されていないところですが、東京地裁令和3年11月30日判決は、家事審判事項に該当する夫婦間の同居義務等も法律上の実体的権利義務であり、これを終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によるべきとした最高裁昭和40年6月30日決定を援用し,「財産分与義務自体の不存在の確定を求めて民事訴訟を提起することは妨げられない」と判断しています。

 

 先ほど述べたとおり、離婚協議書の効力を争って財産分与を請求したい場合、任意請求が功を奏しなければ調停や審判の申立をするのが筋ですが、中にはそのような正式手続を踏まずに当事者間の交渉で強引に解決しようとするケースもあり、被請求側としてはきちんと決着をつけたいニーズもあると思われます。

 

 したがって。万が一このようなトラブルに巻き込まれた場合は、財産分与義務の不存在確認の裁判を起こすということも選択肢に入ってくると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

リース会社はリース事業協会の自主規制規則に基づく施策を講じ、サプライヤーによる不当な勧誘等を防止し顧客を保護すべき信義則上の義務があると判断したケース

 

 商品等を事業に導入するための手段として利用されるリース契約のうち、リース会社と販売業者(サプライヤー)との間においてあらかじめ提携関係が結ばれ、サプライヤーはリース会社にユーザーをあっせんし、リース契約の事務手続もサプライヤーが代行するものをいわゆる提携リースといいます。

 

 提携リースは、リース会社にとっては顧客の開拓や事務手続を提携先であるサプライヤーに委ねることができ、サプライヤーにとっても代金を容易に回収できるメリットがありますが、サプライヤーがユーザーに対して虚偽説明をして不必要な契約を締結させたり過剰な契約(過量販売)を締結させる問題事例があるほか、サプライヤーがユーザーとの間で何らかの契約を締結し、サプライヤーが月額リース料と同額の金銭を振り込むため実質的な負担はない(「キャッシュバック」と呼称されています。)などと説明し、実際には途中で支払いがなくなってしまいリース料の支払いに窮してしまう、などのトラブルが生じています。

 

 そして、このような場合、ユーザーが契約の問題に気付いてリース契約を解約しようとしても、リース契約はリース会社とユーザーとの間の契約であるため、サプライヤーの勧誘行為の違法性がリース契約の効力に影響しないのではないかという問題があり、それ以外にも、ユーザーは(零細であることが多いとはいえ、形式的には)事業者であり、契約目的等との関係で特商法や消費者契約法といった消費者保護法を適用できないケースもあり、ユーザーがリース会社に苦情を述べても解決できずに、リース会社から裁判を起こされるケースが存在します。

 

 もっとも、先ほど述べたとおり、提携リースではリース会社とサプライヤーとの間に提携関係があり、リース会社はサプライヤーを利用することで利益をあげている実態に照らすと、自己の手足として利用していたサプライヤーが違法な勧誘行為を行ったにもかかわらず、それによって生じる不利益はユーザーだけが負担するのはおかしいのではないかと思えるところです。

 

 そのため、リース契約の締結過程にサプライヤーによる不当勧誘が存在した場合、裁判においてリース会社の請求が信義則上制限されるべきではないか問題となることがありますが、今回は、このようなユーザー側の主張を認め、リース会社が公益社団法人リース事業協会の定める自主規制規則に基づく施策を懈怠したことを理由にリース料の請求を一部制限した高裁裁判例(大阪高裁令和3年2月16日判決)を紹介したいと思います。

 

大阪高裁令和3年2月16日判決

【事案の概要】

 サプライヤーであるAが、ユーザー(個人事業者)に対し、無償でホームページを提供する代わり、ユーザーにAの販売するソフトウエアを目的としたリース契約を結んでほしいこと、ただし、別途、ユーザーがAと締結する広告契約に基づいてAから広告掲載料が支払われるのでユーザーには実質的な負担はない、などと勧誘し、これによりユーザーがリース会社とリース契約を締結したところ、のちにAが倒産し広告掲載料が支払われなくなりリース料を支払えなくなったため、リース会社が残リース料を請求したもの。

 

【登場人物等】

控訴人:ユーザー

被控訴人:リース会社

A:本件リース契約のサプライヤー

 

【裁判所の判断】

<リース事業協会の自主規制規則の指摘>

「被控訴人が賛助会員となっている公益社団法人リース事業協会(以下「リース事業協会」という。)は、平成23年頃には、リース会社とサプライヤーとの間の業務提携により、事業者(法人又は個人事業者)を対象として、比較的少額な案件を中心に行われる小口リース取引に関し、サプライヤーの販売方法(企業規模にそぐわない高額・高性能な物件を導入させられたとの「過量販売」やサプライヤーが月額リース料と同額を振り込むので実質負担がないとの説明を受けたとの「キャッシュバック」が把握されていた。)に対するものを含め、多数の苦情が発生するとの問題が生じていたことから、平成27年1月21日には「小口リース取引に係る自主規制規則(以下「本件自主規制規則」という。)を制定・施行した。」

 

<リース会社の信義則上の義務>

「被控訴人は、リース会社として、Aその他のサプライヤーと業務提携することにより、直接顧客に対する勧誘行為をしたり、自ら全ての事務手続を行ったりすることなく、リース契約を獲得するとの利益を得ているのであるから、サプライヤーの行為について全く責任を負わないと解するのは相当ではない。本件自主規制規則は、リース事業協会の内部規制にすぎないものではあるが、サプライヤーの販売方法に対する苦情その他の小口リース取引に係る問題がリースの社会的信用を損ねるものであるとの認識のもとに、これを改善するため、リース会社が遵守すべき業界のルールを対外的に公表したものとして、リース会社とサプライヤーの顧客との間の私法上の権利義務の内容を考えるに当たっても参照されるべきである。これらのことを勘案すると、サプライヤーと業務提携して小口リース取引を行うリース会社は、少なくとも本件自主規制規則に定める程度の各施策を講じることを通じて、サプライヤーの顧客に対する不当な勧誘等を防止し、顧客を保護することが私法上も期待されており、これを懈怠したことにより、顧客に不利益が生じたと認めるべき具体的事情が存在する場合には、リース契約が有効に成立している場合においても、リース会社の顧客に対するリース料の請求が信義則上制限される場合があるというべきである。」

「前記した本件自主規制規則制定の経緯に照らすと、被控訴人は、平成27年1月の時点で、本件リース契約のような小口リース取引について問題のある取引が発生していたこと、これを防止するために本件自主規制規則が設けられたことを認識していたというべきであるから、具体的にAに関する苦情やソフトウェアのリースに関する行政通達が存在しない場合でも、本件自主規制規則に定める程度の各施策を講じることにより、サプライヤーの顧客に対する不当な勧誘等を防止し、顧客を保護すべき信義則上の義務があったというべきである。」

 

<裁判所が認定した具体的事情等(要約)>

①ユーザー(控訴人)は、Aの担当者から、Aとユーザーが別途締結する広告契約(注:ユーザーのホームページや店舗内にAが指定する広告を掲載する契約)に基づいてAがユーザーに広告掲載料を支払い、ここからリース料金を支払うことで、ユーザーにはリース契約の経済的負担は生じない旨の説明を受けていた。

 

②①のような説明は虚偽事実の告知とまでは認められないものの、ユーザーが自ら債務を負担することになるリース契約を締結するか否かを的確に判断することを阻害する不適切な勧誘行為であったというべきである。

 

③本件自主規制規則では、リース会社からユーザーに対する電話確認において、サプライヤーとユーザーとの間の取引行為の状況を確認すると定めているが、本件のリース会社(被控訴人)による電話確認においては、Aとユーザーとの間の取引状況が確認されたとは認められない。

 

④そのような確認が行われた場合には、本件のリース会社は①の広告契約の存在を把握することができたといえ、そうすれば本件リース契約の締結に至ることはなかったと推認することができる。

 

→本件のリース会社がAとユーザーとの取引状況の確認を行わなかったことは、前記具体的事情(=「本件自主規制規則に定める程度の各施策を講じることを通じて、サプライヤーの顧客に対する不当な勧誘等を防止し、顧客を保護することが私法上も期待されており、これを懈怠したことにより、顧客に不利益が生じたと認めるべき具体的事情」)に該当するから、本件ではリース会社のユーザーに対するリース料の請求は信義則上制限される。

 

 以上のとおり、上記判決は、当該サプライヤーに関する具体的な苦情やソフトウェアリースに関する行政通達が存在しない場合であっても、リース会社には業界の自主規制規則が定めた施策を講じるべき信義則上の義務があったとし、この自主規制規則に基づく確認を怠ったことによってユーザーに不利益が生じたと認定して、リース会社によるリース料の請求を一部制限しています。

 

 そして、具体的な結論としては、①ユーザーが小規模とはいえ店舗を構える事業者であったこと、②Aとの取引が2回目であったこと、③ユーザーは集客効果を目的としてリース契約を締結していること、④リース会社に対してリース料の支払意思があることを表示していたこと、⑤ユーザーは不動産に根抵当権を設定して金融取引をする等の社会的経験を有すること、⑥リース会社に対して自らが債務を負担することになることは理解が困難なものではないこと、を指摘して残リース料の3割を制限する(=7割の請求を認容)と判断しています。

 

 提携リースは、それぞれの契約は比較的少額でも、問題のあるサプライヤーが小規模零細事業者をターゲットに勧誘を繰り返すことで全体としては多額の被害が発生する場合があり、今回ご紹介した判決もまさにそのようなケースでしたが、この判決が具体的な行政通達等がなくても業界内の自主規制規則が存在することを根拠にリース会社に信義則上の義務を認めたこと自体は、サプライヤーによる不当勧誘を抑止するうえで一定の意味があると思われます(ただし、3割の制限にとどまった点は、この程度の制限ではサプライヤーの不当勧誘を抑止する効果としては弱く、いわばやったもの勝ちに繋がってしまうのではないかとの懸念があるため個人的には物足りない結果です)。

 

 なお、この判決は、リース会社がサプライヤーとユーザーとの間の取引行為の状況を確認すべきであったにもかかわらず、サプライヤー・ユーザー間の広告契約(キャッシュバックの性質を有するもの)について確認しなかったことのみを取り上げてリース会社の義務違反を導いていますが、自主規制規則の内容はこれに限られません。

 

 たとえば、上記自主規制規則においては、リース会社が顧客に電話確認をする際は、①顧客のリース取引の理解度を把握し、その理解度に応じて当該リース取引の主要内容の説明を行うとともに、②リース取引の申込書等の書類の有無及び記載内容、③申込書等に記載されたリース物件の名称及び数量等の取引内容、サプライヤー等から搬入された物件の状況、④サプライヤー等から顧客に交付された物件見積書の有無及び記載内容、⑤サプライヤー等と顧客との間の取引行為の状況、を確認しなければならないとされていますので、少なくともここで規定されている内容はリース会社の信義則上の義務の根拠になり得ると思われます。

 

 したがって、悪質なサプライヤーによる問題のある勧誘がなされた場合には、このような点を意識して、リース会社の態様が自主規制規則に違反していないかどうかを細かく確認していくことが重要と考えます。 

 

 弁護士 平本丈之亮

2022年5月17日 | カテゴリー : 契約トラブル | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

非弁護士が関与して作成された不貞慰謝料の和解契約が公序良俗に反して無効とされたケース

 

 以前のコラムにおいて、不貞行為による慰謝料の合意をしても、そのような合意が無効となったり取り消されたりする場合もある、ということをお話ししました。

 

 不貞行為に基づく慰謝料の請求については、たとえ被害を受けた側であっても社会的に相当な方法によることが必要ですが、今回は、弁護士ではないにもかかわらず職業的に不貞関係に関する和解交渉について依頼を受け、交渉を行っていた者が関与していたケースにおいて、諸般の事情から和解契約が公序良俗に反して無効と判断されたケースを紹介します。

 

東京地裁令和3年9月16日判決

【関係者】

A:不貞行為を行った者(既婚者)

B:Aの配偶者(原告)

C:Bから有償で依頼を受けて和解交渉に関与した者(非弁護士)

D:Aと交際した者(被告)

 

【裁判所が認定した主な事実関係や評価など】

①Cは、職業的に不貞関係に係る和解交渉について有償で依頼を受け、本人と一緒に又は本人に代理して具体的交渉を行っていた者であり、本件についても、単なる立会人としてではなく具体的な交渉を含めて関与していた。

 

②Cは全く面識のないBの勤務先を訪問し、路上で突然声をかけるなどして交渉の場に同行させた。

 

③Cは、約8時間にわたってBと一緒にDと交渉を行った。

 

③②、③のような行動は交渉の場となった飲食店がある程度開放的な場所であったことを前提としても、一般人であるDにとって十分恐怖感を覚えるようなものであったといえる。

 

④和解合意書はBとCが準備したものであり、合意された慰謝料は500万円と一般的な不貞慰謝料に比して相当高額である。

 

⑤和解合意書にはDの父親の氏名や連絡先も記載させた。

 

⑥和解契約締結後、BとCは、ホテルの音声を出されるのは耐えられないと思うなどといったメッセージをDに送信しており、これは、Aとの関係やこれに関してDが望まない事実が公になる旨をあえて伝え、合意内容の履行を促すことを目的としたものといえる。

 

→「本件和解契約は、単にCが弁護士法に違反して関与したにとどまらず、Cにおいて具体的な交渉を含めて積極的に関与したものである上、その交渉態様は事後的な対応も含めて相当性を欠くものといわざるを得ないから、このような経緯で締結された本件和解契約は、公序良俗に反するものとして無効というべきである。」

 

 弁護士ではないものが報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱うことは弁護士法72条で禁止されていますが(非弁行為)、不貞行為を理由とした慰謝料請求に関する交渉は法律事務にあたりますので、職業的に有償で依頼を受けて交渉に関与した場合は弁護士法に違反することになります。

 

 この裁判例では、和解交渉に関与した者が弁護士法に違反していることのみを理由として和解契約の効力を否定したわけではありませんが、関与者が弁護士法に違反していたことに加え、その関与の度合いが積極的なものであったことや、そもそもの交渉態様が相当性を欠くことを指摘して和解契約は無効と判断しています。

 

 和解の効力を否定した結論自体は正当であると思いますが、非弁護士がこのような示談交渉に関与した場合、裁判例が指摘したように社会的にみて相当性を欠く手段による請求行為がなされることがありますし、その結果、本来、取得し得ないはずの不当な利益を獲得させることにもつながりかねませんので、弁護士法72条に違反する者が和解交渉に関与した場合には、その者の関与の積極性や交渉態様如何にかかわらず、端的に公序良俗に反して無効と判断されるべきではないかと考えます。

 

 なお、この裁判例では、和解契約の効力が否定されただけではなく、結局DにはAが既婚者であったことについて故意も過失もなかったとして慰謝料請求自体も棄却されていますが、本件とは異なり、交際相手に故意過失があることが明らかで慰謝料を請求できる正当な権利が認められるケースでも、そのような違法な交渉を行った場合には権利実現にとってマイナスに働くことも想定されます。

 

 たとえば、違法な交渉を行ったばかりに、その後の裁判での慰謝料請求が権利濫用として否定されてしまうリスクや、そこまでいかずとも、社会的に不相当な方法によって請求したという事実が裁判において慰謝料額を低減させる事情として斟酌される可能性もありますので、慰謝料請求を検討している方は、知らない間に違法行為に巻き込まれたり、それによる不利益を受けないように細心の注意が必要と思われます。

 

 また、慰謝料を請求された側としても、素性の知れない第三者が関与している場合にはその場で合意するのではなく、いったん持ち帰って検討することが必要となりますが、万が一合意してしまったとしても、今回紹介した裁判例のように事情次第では和解が無効と判断される場合もありますので、そのようなときは弁護士へご相談されることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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「不貞行為の慰謝料の示談が無効になったり取り消されることはあるのか?」

 

2022年3月26日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

建設アスベスト給付金の制度について(特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律)

 

 令和3年5月17日、アスベストの健康被害について最高裁判所が国の規制権限不行使の違法性を認める判決を下したことを受け、昨年成立した「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が、令和4年1月19日に施行されました。

 

 この法律は、アスベストの吹き付け作業などに従事して病気になった労働者、一人親方、中小事業主(家族従事者含む)やその遺族に対して、被害の程度に応じて給付金を支給するというものですが、今回は、この建設アスベスト給付金が具体的にどのような方に支給されるのかという点や、給付金の額、請求の手続などについて大まかな内容を説明したいと思います。

 

対象者

 

 建設アスベスト給付金の対象となるのは、以下の条件を満たす方です。

 

 ご覧のとおり、建設会社に雇われている労働者である必要はないため、いわゆる「一人親方」でも対象となりますし、アスベストの健康被害によって既に被災者が亡くなった場合には、遺族(受給できる順位は法律で決まっています。)が受給することができます。

 

支給対象者

1 日本国内において、以下の期間、以下の建設業務(※1)に従事したこと

 

【昭和47年10月1日~昭和50年9月30日】

 石綿の吹付け作業に従事

 

【昭和50年10月1日~平成16年9月30日】

 屋内作業場(※2)で行われた作業に従事

 

2 1の作業に従事したことにより石綿関連疾病(※3)にかかったこと

 

3 下記の者であること

①労働者(労働基準法第9条に規定する労働者)

 

②中小事業主

 対象となる時期と主たる事業の種類によって異なりますが、一定数以下の労働者を使用していた事業主が対象となります(詳細は割愛します)。

 

③一人親方

 会社などに雇用されずに自営業として個人で建設作業に従事していた方ですが、このような方で労災の対象にならないケースでも給付金の支給対象となります。

 

④家族従事者等

・中小事業主が行う事業に従事する家族従事者・代表者以外の役員

・一人親方が行う事業に従事する家族従事者等

 

⑤①~④の遺族

 遺族については、以下の通り対象者が決まっており、複数の順位の遺族がいるときは、上の方が優先されます・

ⅰ 配偶者(内縁を含む)

ⅱ 子

ⅲ 父母

ⅳ 孫

ⅴ 祖父母

ⅵ 兄弟姉妹

<※1 建設業務>

①土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体

②①の準備作業

③①②の作業に付随する作業(現場監督含む。)

 

<※2 屋内作業場>

 屋根があり、側面の面積の半分以上が外壁などに囲まれ、外気が入りにくいことにより石綿の粉塵が滞留する恐れのある作業場

 

<※3 石綿関連疾病>

①中皮腫

②肺がん

③著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚

④石綿肺(じん肺管理区分2~4のものやこれに相当するもの)

⑤良性石綿胸水

 

給付金の額

 

 給付金の額は、以下の表のとおりとなっています。

 

 ただし、一定の場合(※4)には減額されることとされており、また、国や建材メーカーなどから損害賠償を受けている場合には、国から受け取った分は全額、建材メーカー等から受け取った分は一定限度で給付金から差し引かれます。

 

 なお、給付金を受給後、症状が悪化したような場合には、請求期限(後述)を過ぎていなければ、当初の給付金額との差額を追加請求することができます。

 

1 石綿肺管理2(※5) 550万円
2 石綿肺管理2+じん肺法所定の合併症(※6)あり 700万円
3 石綿肺管理3 800万円
4 石綿肺管理3+じん肺法所定の合併症あり 950万円
5 中皮腫・肺がん・著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚・石綿肺管理4、良性石綿胸水 1150万円
6 上記1、3により死亡 1200万円
7 上記2、4、5で死亡 1300万円

<※4 減額される場合>

①短期ばく露による減額(10%)

・従事期間10年未満で肺がん・石綿肺になった場合

・従事期間3年未満で著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚になった場合

・従事期間1年未満で中皮腫、良性石綿胸水になった場合

 

②喫煙習慣により肺がんになった場合の減額(10%)

 

なお、①と②の両方にあてはまる場合は給付金の19%が減額となります。 

 

<※5 石綿肺管理区分(=じん肺管理区分)>

 じん肺健康診断の結果によってじん肺を区分したもので、区分1は所見がなく、2以降は所見が見られ、2~4に進むにつれてじん肺が進行していることを示しています。

 

<※6 じん肺法所定の合併症>

・肺結核

・結核性胸膜炎

・続発性気管支炎

・続発性機関誌拡張症

・続発性気胸

 

請求の期限

 

 この法律に基づく給付金の請求期限は以下の通りとなっています。

 

請求の期限

①②のいずれか遅い方から起算して20年

①石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断日

②じん肺管理区分2~4の決定日

 

・被災者が石綿関連疾病によって亡くなった日から20年

 

請求の方法と「労災支給決定等情報提供サービス」について

 

 請求の方法は、厚生労働省労働基準局労災管理課建設アスベスト給付金担当宛に、郵送で請求書や必要書類を送付するとされており、郵送以外の受付はありません。

 

<必要書類は?簡易な請求方法はあるか?>

 請求書や住民票、就業歴等申告書、医師の診断(意見)書、診断の根拠となる資料(医療記録や画像など)、遺族の場合には戸籍謄本や死亡届の記載事項証明書などの添付書類が必要となります。

 

 請求書や添付書類の様式は厚生労働省のHPに掲載されており、それ以外にも都道府県労働局や労働基準監督署の窓口でも入手できるため、通常はこれを適宜利用・参照しながら請求することになります。

 

  なお、労働者に該当して労災認定(特別加入制度による給付を含む)を受けている場合や、遺族が石綿救済法の特別遺族給付金を受けている場合には、厚生労働者の「労災支給決定等情報提供サービス」を利用して、労災認定等に用いられた情報の中で建設アスベスト給付金の請求に必要な情報をわかりやすく加工した通知書の提供を受けることができます。

 

 この通知書に記載された情報を利用することによって、請求書の記載がしやすくなったり、就業歴等申告書、労災保険給付や特別遺族給付金の支給決定通知書、じん肺管理区分決定の通知書といった添付書類を省略して請求できるようになるため、利用できる方はこれを利用すると請求しやすくなります(医師の診断書や診断根拠の資料についても、労災支給決定等情報提供サービスによって提供を受けた情報と同じ内容をもとに給付金を請求する場合には省略することが可能です)。

 

 

 今回の法律では、労働者はもちろん、労働者以外の一人親方や中小事業主、家族従事者、遺族も支給の対象となっており、請求できる方の範囲は広くなっています。

 

 既に労災認定を受けている等の場合は上記のとおり簡易な請求方法が可能であるためこれを積極的に利用するのが良いと思いますが、そのような方法がとれない一人親方等やその遺族については添付資料の準備などでつまずく可能性もありますので、最寄りの相談窓口や弁護士などに相談しながら、請求漏れがないようにしていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

過去の未払婚姻費用を計算する場合、改訂前と改訂後、どちらの算定表を使用するのか?

 

 婚姻費用と養育費については、令和元年12月23日に算定表が改訂され、それ以降は改訂後の算定表によって婚姻費用や養育費が計算されています。

 

 ところで、改訂前の算定表と改訂後の算定表を比べると、改訂後の算定表を使用した方が金額が高くなる傾向がありますが、過去の未払婚姻費用を計算する際にその計算期間が算定表の改訂時期を跨いでいた場合、改定前の期間の婚姻費用はどちらの算定表を使用することになるのでしょうか?

 

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつ紹介したいと思います。

 

宇都宮家裁令和2年11月30日審判

「改定標準算定方式及び改定算定表は、前記のとおり、税制等の法改正や生活保護基準の改定等を踏まえて、現状の社会実態を反映させたものであるところ、公租公課に関する税率及び保険料率については、平成30年7月時点のもの、職業費に関する統計資料としては、標準算定方式及び算定表の提案当時の資料に相当する資料のうち平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、特別経費に関する統計資料についても、職業費と同様に平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、ならびに生活費指数の算出のための生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料については、基本的には平成25年度から平成29年度までのもの(ただし、学校教育費のうち子が15歳以上の区分については、平成26年度から平成29年度までのもの)をそれぞれ用いるなどして算出した結果を取りまとめたものである(前記司法研究報告書参照)。
 以上によれば、改定標準算定方式及び改定算定表は、本件において未払の婚姻費用を算定するに際しても、当時の社会実態を踏まえて、これを反映させた考え方であるといえ、十分な合理性を有するものと認められる。
 したがって、本件婚姻費用分担額を算定するに当たっては、未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表を用いるのが相当である。」

 上記裁判例では、改訂算定表のもとになった統計資料中、公租公課に関する税率や保険料率が平成30年7月時点のものを使用していることや、職業費・特別経費・生活保護基準・学校教育費に関しては基本的に平成25~29年度までのもの(学校教育費のうち子が15歳以上の部分は平成26~29年度までのもの)を利用していることなどから、算定表改訂前の期間にかかる未払婚姻費用(令和元年8月~11月分)についても、そのまま改訂後の算定表を使用するという判断をしています。

 

 この裁判例とは異なり、算定表の改訂前後で適用すべき算定表を変えるという考え方もあり得るところですが、そもそも婚姻費用は請求の意思を明確にした時点以降について認めるというのが裁判所の傾向であることからすると、いずれの見解をとるにせよ、今後、純粋な婚姻費用の計算においてこの点が問題となることはなくなっていくように思われます。

 

 なお、過去の婚姻費用は、財産分与の場面でも問題となることがあり、過去に婚姻費用の未払いがある場合、未払分を考慮して財産分与額が決められる場合があります。

 

 財産分与においてどこまでの期間の未払分を清算の対象とするか、あるいは未払分のうちどの程度の割合を清算の対象にするかは裁判所の裁量ですが、このように財産分与を決める際の材料として過去の未払婚姻費用が考慮される場合があることからすれば、事案によっては財産分与額を決定する際、どちらの算定表を参照して過去の婚姻費用を計算すべきかを巡り争いになる可能性もありますので、財産分与で過去の婚姻費用が問題となったときはこの点を意識しておくのも良いかもしれません。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫婦の一方が自己名義の不動産を賃して賃料を得ていた場合、財産分与ではどう扱われる?

 

 離婚事件を扱っていると、夫婦どちらかの単独名義の不動産を賃貸して賃料収入を得ているケースに遭遇することがあります。

 

 この場合、財産分与について、不動産そのものの処理だけではなく、そこから発生した賃料の取り扱いを巡って対立することもあることから、今回はこの点をテーマにお話ししたいと思います。

 

 

・不動産が夫婦共有財産だった場合

 

 まず、問題の不動産が夫婦の実質的共有財産のケースですが、これについては、賃料が何らかの形で残っている場合と、既に残っていない場合とに分けてお話しします。

 

賃料が残っている場合

 賃料が預金や現金の形で残っている場合、賃料は夫婦共有財産から発生したものですから、残存している賃料は財産分与の対象となります。

 

 なお、どこまでの期間の賃料が清算対象になるかは何とも言えないところですが、財産分与の基準時を離婚時とすることについて当事者間に争いがなく、裁判所の記録上からもその時点で夫婦間の経済的協力関係が終了したと判断されたケースにおいて、離婚後に生じた賃料は対象にはならないとする裁判例(東京家裁平成28年3月30日審判)があることから、財産分与の基準時(原則として別居時)が終期となるように思われます(私見)。

 

賃料が残っていない場合

 これに対して、基準時に賃料が財産として残っていない場合、財産分与は基準時に存在する財産を分けるものですから、基本的には財産分与の対象にはならないと思われます(なお、賃料を浪費してしまった場合には、他の財産を分与する際の分与割合に影響する可能性はあります)。

 

過去に受領した賃料を、財産分与とは別に不当利得として請求できるか?

 以上のように、既に賃料が残っていない場合、夫婦共有財産から生じた過去の賃料を財産分与の対象として清算を求めるのは難しいように思われます。

 

 しかしながら、対象となる不動産が夫婦共有財産であるにもかかわらず、時期を問わずに過去の賃料すべてを名義人に独占させることには疑問もあり、財産分与の基準時(多くは別居時)に夫婦共有財産である不動産の持分がいわば顕在化したと解釈して、少なくとも別居から離婚までの間の賃料については、その持分割合の限度で返還されるべきではないか、という考え方もあり得ます。

 

 もっとも、財産分与は協議や審判などによってはじめて具体的な範囲や内容が確定するというのが裁判所の基本的な考え方であり(最高裁昭和55年7月11日判決)、それまでの間、配偶者の一方は夫婦共有財産について他方配偶者に対する具体的な権利を有さないと考えれば、結婚中に受領し、かつ、既に残っていない過去の賃料の一部を財産分与とは別に支払うよう請求することは難しいことになります。

 

 この点については、別居から離婚までの間に名義人が受け取っていた賃料の一部を不当利得として請求したケースにおいて、上記の最高裁判決の判断をもとに請求を否定した裁判例が存在しますが(東京地裁令和3年2月17日判決)、財産分与の具体的内容が協議や審判等によって形成されるという前提に立つ以上、個人的にもこのような請求は難しいのではないかと考えます。

 

 

・不動産が特有財産だった場合

 

 たとえば、配偶者の一方が親から受け継いだ不動産(特有財産)を賃貸に出していたような場合、その不動産は夫婦が築きあげたものではない以上、そこから発生する賃料は財産分与の対象にならないようにも思えます。

 

 しかし、特有財産である不動産からの収入であっても、その不動産の維持や賃料の発生に対して他方配偶者の貢献があったと認められれば、特有財産からの収入も財産分与の対象になり得ます。

 

 もっとも、どの程度の貢献があれば財産分与の対象になるのかや、対象になるとしてもどの程度の分与割合とするかは、その不動産の維持等に対する他方配偶者の関わり方によって異なるところであるため、明確な基準はなくケースバイケースの判断となると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

交通事故での受傷後、症状固定の前に、被害者が事故とは無関係の原因で死亡したとき、後遺障害に関する損害を請求できるのか?~交通事故㉙~

 

 交通事故で不幸にも受傷し、後遺障害が残った場合、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の請求をすることになります。

 

 通常、後遺障害事案では、一定期間の治療後、これ以上は治療しても効果があがらないという段階(症状固定)になってから損害額の計算をして示談交渉や裁判手続を行うことになります。

 

 もっとも、稀なケースとして、事故後、被害者が治療を継続している最中に、肺炎などの別の病気や自死によって死亡してしまうことがあり、このような場合、相手方の保険会社から、後遺障害が確定していなかった以上、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益は支払えない、という対応をされることがあります。

 

 今回は、このようなケースにおいて、本来であれば後遺障害が残っていたはずであるとして後遺障害に起因する慰謝料や逸失利益の請求はできるのか、という点についてお話しします。

 

後遺障害が残ることがはっきりしているようなケースのときは請求できる可能性がある

 この点については否定例と肯定例の裁判例がありますが、死亡しなかったとしても後遺障害が残存した蓋然性が認められる場合には、残存したであろう後遺障害に基づく損害賠償請求ができる可能性があります。

 

肯定例

 

大阪地裁平成19年2月16日判決(自死の事例)

「前記のとおり、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係は認められないが、仮にAが自殺をしなかったとすれば、後記のとおり、Aには後遺障害が残存した蓋然性が高かったと認められる。
 そのような場合は、残存する蓋然性が高いと認められる後遺障害を負ったものとして損害賠償請求権が成立するというべきである。」

 

→被害者の治療経過をもとに、被害者には13級相当の下肢短縮障害と12級相当の右股関節機能障害の併合11級の後遺障害が残存した蓋然性があるとした上で、被害者が症状固定前に死亡したことから障害が改善した可能性もあるとして、11級本来の労働能力喪失率20%から3%を減じた17%の労働能力喪失率を認め、これを前提に後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料を肯定した。

 

さいたま地裁平成30年10月11日判決(肺炎による死亡の事例)

「亡○は、本件事故により、脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となったことが認められる。被告は、亡○の症状は改善傾向にあったと主張し、確かに、△病院に転院した平成○年○月○日頃には、亡○は開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが(乙3)、上記各証拠によれば、同時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであったこと、全身の骨折について外科的整復は行わず保存的加療となったまま、療養目的で入院していたこと、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、医師からは回復の見込みはないと告げられていたことが認められるのであって、亡○の本件事故後の状態は、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、その状態で死亡に至ったものと認められる。
 とすると、亡○について、上記等級に対応する後遺障害慰謝料を認めるのが相当である。」

 

→後遺障害慰謝料を肯定(事故当時70歳を超える高齢者で生活保護受給者であったためか、逸失利益の請求はなし)。

 

東京高裁平成31年4月11日判決(上記さいたま地裁判決の控訴審)

「亡○は、本件事故により脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となり、平成○年○月○日頃には、開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが、その時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであり、全身の骨折についても保存的加療となったまま、療養目的で入院し、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、遅くとも死亡までには症状固定したと認めるのが相当であることは、前記1説示のとおりである。亡○の後遺障害診断書(甲4)の症状固定日が空欄であることは、上記認定の妨げにはならない。」

 

否定例

 

横浜地裁平成27年7月15日判決(交通事故後の別の医療事故による死亡事例)

「ところで、被害者が症状固定前に後発の事故により死亡した場合、先行事故による後遺障害の症状固定を前提とする損害の発生を認めることができるかであるが、先行事故による障害の治療中はそれによる後遺障害の有無、程度は不明であるし(殊に他覚的所見を伴わない「神経症状」については、死亡しなければ治療の継続により先行事故に基づく後遺障害が残存しなくなる可能性も否定できない。)、死亡時を症状固定時期とみなすことも著しい擬制を前提とすることになり相当とはいえない。」

「そうすると、・・・本件事故による上記障害の症状固定を前提とする逸失利益及び後遺障害慰謝料の請求はできないというほかない。」

 

→被害者は頸椎捻挫及び腰椎捻挫により両下肢の神経症状が残り歩行さえ困難となったとして、被害者の死亡時に症状が固定し、後遺障害等級9級10号に該当する後遺障害が残存したと主張したが、上記理由により後遺障害の主張は排斥。

 

 以上のとおり、治療中に事故とは無関係の理由によって被害者がお亡くなりになった場合に、そのまま治療を継続していれば残存していたであろう後遺障害に基づく損害の請求については、肯定例と否定例が存在します。

 

 もっとも、否定例をみても、先行事故による怪我の治療中は後遺障害の有無、程度が不明であることや、怪我の内容が他覚的所見を伴わない「神経症状」であったことが大きな理由になったものと思われるため、肯定例のように治療中の段階で既に後遺障害が残存する蓋然性が高く、その程度についてもある程度見通しがつくケースであれば、残存する蓋然性のある後遺障害等級を前提に後遺障害慰謝料や逸失利益の請求が認められる可能性があると思われます(要するに後遺障害が残ったであろうことを立証できるかどうかの問題)。

 

 確かに、頸椎捻挫のように、レントゲンやMRIでは所見が認められづらい傷害だと、将来、本当に後遺障害が残存するかどうか不明な場合が多いと思われますが、肯定例のように元々の怪我の程度が重かったり、治療経過からある程度残存しそうな後遺障害が予想できる段階にまで至っていれば、症状固定前になくなった場合でも後遺障害に起因する損害を請求できる可能性はあると思いますので、そのようなケースについては弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮