失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮