遺留分の請求において、相続人に対する生命保険金が持ち戻しの対象となる場合は?

 

 遺留分制度は、相続人の生前の財産処分権に制限をかけて相続人に最低限の取り分を確保するための制度です。

 

 遺留分の基礎となる財産は基本的には相続開始時の遺産ですが、相続人に対する特別受益(典型的には金銭の生前贈与)があった場合には、一定の範囲でこれを加算して遺留分の基礎財産を算出します。

 

 そのため、請求される側の相続人に特別受益があったときは遺留分額が増えるという関係にあり、そのため、遺留分に関する紛争では請求された側に特別受益があったかどうかが問題になることが多くあります(なお、逆に請求する側の特別受益が問題となる場合もあります)。

 

 特別受益に該当するのは典型的にはまとまった金銭の贈与ですが、実際に相談を受けていると、特定の相続人を受取人とする生命保険金が特別受益に該当するかどうか問題となることがよくありますので、今回は、相続人に対して支払われた生命保険金が遺留分の請求においてどのように影響するのかについて、簡単にご説明したいと思います。

 

原則:生命保険金は遺留分に影響しない

 

 相続財産への持ち戻し(合算)の対象となるのは、条文上、①遺贈、②婚姻や養子縁組のためもしくは生計の資本としての贈与であるところ(民法903条1項)、生命保険金はそのいずれにもあたりませんので、原則として生命保険金は遺留分の計算において持ち戻し(合算)の対象にはなりません。

 

例外的に持ち戻しの対象になる場合

 

 もっとも、例外的に、受取人である相続人その他の共同相続人との間に生ずる不公平が、特別受益について定める民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものと評価すべき特段の事情が存する場合には、死亡保険金請求権も特別受益に準じて持戻し(合算)の対象となります(最高裁平成16年10月29日決定)。

 

 そして、生命保険金の受け取りによって生じる相続人間の不公平が著しいかどうかについては、①保険金の額、②保険金額の遺産総額に対する比率、③それぞれの相続人や被相続人との関係(同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど)、④各相続人の生活実態、といった点に着目して判断されます。

 

 このように、生命保険金について持ち戻しの対象になるかどうかは結局のところケースバイケースですが、実務的には、保険金と遺産総額を比べた場合の比率が比較的重視される傾向にあり、最近の裁判例(東京地裁令和3年9月13日判決)でも、まずはこの点から持ち戻しの可否を検討しています。

 

東京地裁令和3年9月13日判決

【裁判所の判断の要旨】

①被告が受領した死亡保険金の金額と被相続人の相続開始時における遺産の比率は93%程度と遺産の総額に匹敵すること

 

②死亡保険金と、被相続人の原告に対する特別受益を持ち戻した後の遺産総額に対する比率をみても67%程度であり,過半を占めるものであること

 

→被告は被相続人の養子となった日以降、被相続人の財産管理のほか、被相続人が入所する有料老人ホームとのやり取りをしたり外出する際は身の回りの世話をするなどしていた一方で、原告は被告の被相続人に対する生活への貢献を超える貢献は認められず、被相続人から離縁を求められていたという事情があったが、これを考慮しても、①②の事情からすると上記特段の事情がある。

 

→死亡保険金のもとになった保険料を全て被相続人が負担していることも考慮し,被告が受け取った死亡保険金額は被告の特別受益に準じて持戻しの対象となる。

 

 具体的にどの程度の割合に達すれば生命保険金が持ち戻しの対象になるかは最高裁は明言していませんが、調べた範囲では以下のような裁判例がありましたので、概ね4割を超えてくるようだと持ち戻しの対象にすべきと主張しやすいように思われます。

 

保険金と特別受益に関する裁判例

①生命保険金と遺産総額がほぼ同額(東京高裁平成17年10月27日決定)

・・・持ち戻し肯定

 

②生命保険金が遺産総額の約61パーセント(名古屋高裁平成18年3月27日決定)

・・・持ち戻し肯定

 

③生命保険金が遺産総額の約6パーセント(大阪家裁堺支部平成18年3月22日審判)

・・・持ち戻し否定

 

④生命保険金が遺産総額の約45%(東京地裁平成31年2月7日判決)

・・・持ち戻し肯定

 

 ただし、遺産分割に関する近時の裁判例において、生命保険金が遺産を超えていたにもかかわらずその他の事情を重視して持ち戻しを否定したものもありますので(関連するコラム参照)、持ち戻しするかどうかは事案ごとの判断となります。

 

 この点はケースバイケースの判断となり、どのような事情を主張・立証できるかによって結論が変わりうるところではないかと思いますので、生命保険金の持ち戻しが問題になったときは弁護士への相談や依頼を検討することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2022年7月11日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

個人再生の認可決定後、支払いできなくなったらどうする?

 

 個人再生は、債権の一部を減免してもらい、残りの借金を3年から5年以内で支払っていくことを内容とする法的手続ですが、自己破産と違って一定期間支払いを継続していくことが予定されている手続であるため、何らかの事情で支払いができなくなるケースもあります。

 

 認可決定された再生計画に基づく支払いを怠った場合、裁判所が評価した債権額の10分の1以上の債権を有する債権者は再生計画の取消を申し立てることできますが(民事再生法189条1項2号、同3項)、そうなった場合、それまで支払った分は無駄にはならないものの(同法189条7項)、元々の債務が復活してしまうという大きな不利益を受けることになります。

 

 そのため、事情によって再生計画の履行が困難となったときは何らかの対策をとる必要がありますが、今回は、再生計画の遂行が難しくなったときにどのような方法があり得るかお話ししたいと思います。

 

・再生計画の変更

 

 再生計画を遂行することが困難となった場合、一定の条件をみたせば、当初の再生計画の最終期限から2年以内に限り支払期限を延長することができます。(民事再生法234条1項)。

 

 なお、解釈上、全体で2年以内の範囲に収まれば延長回数自体は2回以上でも認められるとされていますが、変更できるのは期間のみであり金額の減免は認められていません。

 

 再生計画の変更が認められるには、①やむを得ない事由により、②再生計画を遂行することが著しく困難となったことが必要であり、具体的には債務者のコントロールが及ばない事情によって当初の計画では弁済を継続することは困難だが、期間を延長すれば何とかやりくりできそうだという場合を意味しますが、適用条件が厳しいため実際の利用件数は多くないようです。 

 

・ハードシップ免責

 

 また、再生計画の遂行が極めて困難な場合には「ハードシップ免責」(民事再生法235条)という制度により残債務の免除が認められますが、以下のとおり条件は非常に厳しいものとなっています。

 

①債務者の責めに帰することができない事由により再生計画の遂行が極めて困難となったこと

 

②各債権の4分の3以上の弁済を終えていること

 

③免責することが再生債権者の一般の利益に反しないこと

 

④再生計画の変更が極めて困難であること

 

 再生計画の変更は再生計画の遂行が「著しく困難」となったことが必要であるのに対し、ハードシップ免責では再生計画を遂行することが「極めて困難」となったことが要求されており(①)、再生計画の変更よりも条件が厳しく制限されています。

 

 また、③の要件についても、当初の再生計画案における清算価値を下回らないことが必要であることを意味することから、たとえば、当時の清算価値が200万であったため再生計画案に基づく米債総額が200万円になったようなケースだとこの条件を満たすたすことはできません(他方、負債の5分の1が200万円で、清算価値が100万だったため弁済総額が200万になったようなケースであればこの要件をクリアできます)。

 

 このように、ハードシップ免責は非常に条件が厳しいことから、この制度によって免責が得られる例は少ないと思います。

 

・再度の個人再生

 

 以上のような方法以外にも、再生計画の認可決定確定後に支払いが困難となった場合、再度の個人再生の申立が可能です(民事再生法190条)。

 

 再度の個人再生手続が開始されると、当初の認可決定によって減免された債務は元に戻りますが、それまでの間に行った弁済は有効です(民事再生法190条1項但書)。

 

・自己破産

 

 以上のいずれも難しい場合、そのままでは支払いができないわけですから、最終的には自己破産をせざるを得ないものと思われます。

 

 再生計画履行中に破産手続開始決定があった場合、個人再生によって減免された債権は既に支払った分を除いてもとに戻りますが(民事再生法190条1項)、破産手続によって免責されれば支払いをする必要はなくなります。

 

 

 以上の通り、個人再生の認可決定後に支払いが困難となった場合には法的な対処法がいくつかありますが、再生計画の変更などは要件が厳しくなっているため、早めに弁護士に相談していただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

遺留分を請求された場合、どう対応するか?

 

 当事務所では、遺留分について、請求側だけではなく請求された側の相談を受けることも多くあります。

 

 そこで今回は、遺留分を請求されてしまった場合の対処法についてお話ししてみたいと思います。

 

1 請求された金額が過大でないか検討する

 

 請求された遺留分が過大なケースとして、良くあるパターンは以下の2つです。

 

①遺産の評価額が過大なパターン

 遺産のうち、評価額について問題となることが多いのは圧倒的に不動産の価値です。

 

 不動産についてはいくつかの評価方法があり、固定資産評価額、相続税評価額、不動産業者の査定額、不動産鑑定評価などのいずれかを利用して金額を決めていくことになりますが、本来、計算の基礎となるべき評価額はあくまでその不動産の時価相当額です。

 

 そのため、請求者側の方で意図的に過大な評価額に依拠して遺留分額を請求してくるという場合があるため、そのような疑いがあるときはこちら側も積極的に不動産価格を調査して反論していくことが有効です。

 

 不動産以外にも、非公開会社の株式や自動車、美術品など評価額が問題となる遺産はあり、これも基本的には時価相当額はいくらかという観点から計算が過大でないかどうか検討していくことになります。

 

②請求者の特別受益が考慮されていないパターン

 請求者自身が自分の受けた特別受益を隠しているというのも良くあるパターンです。

 

 遺留分の請求には、その相続人が過去10年以内に受けた特別受益に該当する生前贈与を相続開始時の遺産に合算して基礎財産を計算したり、その後の計算によって算出された具体的な遺留分額から請求者である相続人の特別受益を控除する(こちらは10年の限定はありません。)といった複雑な計算が必要ですが、仮に請求者側に多額の特別受益があった場合には、その分、遺留分として支払うべき金額が少なくなります。

 

 ところが、請求する側が、意図的にこの点の情報を隠して請求してくることがあることから、遺留分の請求を受けたときは、請求者にそのような生前贈与が存在しないかを追及していくことにより、相手の請求額を削ることができる可能性があります。

 

2 時効が成立していないか確認する

 

 遺留分については、相続開始から10年という長期の期間制限のほか、相続開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年間という短期の期間制限があります。

 

 そのため、遺留分の請求を受けた時点で、このような期間制限を過ぎていないかを検討し、過ぎている場合には期限の経過を理由に請求を拒める場合もあります。

 

3 支払期限の猶予をもらう(期限の許与)

 

 以上のような様々な検討を踏まえても、やはりある程度の支払いはせざるを得ない場合、遺産の大部分が不動産などすぐにお金に換えることができないときは支払いに窮することがあります。

 

 このような場合には、裁判所の判断により、遺留分の全部又は一部について支払期限を延ばすことができる場合があり(期限の許与 民法1047条5項)、相手が裁判を起こしてきたときはその中でこれを主張し、逆に、こちらから裁判を起こして期限の許与を求めることもできるとされています。

 

 どの程度の猶予期間が得られるかは遺留分の金額や遺産の換金可能性などの事情によるためケースバイケースですが、たとえ支払い自体は避けられなくても資金準備のために時間を稼ぐ必要がある場合にはこれを活用することで強制執行のリスクを避けたり、遅延損害金の累積を防ぐことができます。

 

 

 以上、今回は遺留分の請求を受けた場合の対策についてお話ししました。

 

 遺留分の請求を受ける側は、自分が遺留分を侵害している、あるいは侵害しているかも知れないという負い目や親族間の力関係から、請求者に対して言うべきことを言えないということが良くあります。

 

 客観的にみて遺留分を侵害している場合には支払うべきことは当然ですが、法的に正当な主張をすることで不当な要求を避けられる場合もありますので、お困りのときは弁護士にご相談下さい。

 

弁護士 平本丈之亮 

2022年6月24日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

遺留分を考慮した遺言書の重要性について

 

 遺言は、被相続人の最後の意思を示すものですが、お世話になった者に財産を譲りたい、あるいはこの者にだけは財産を渡したくないなど、様々な理由から遺留分を侵害するような遺言を作ってしまい、そのような遺言によって被相続人の死後、関係者の間で紛争になることがあります。

 

 遺言がトラブルのもとになるケースは、大きく分けて、①遺言書の効力が問題となる場合と、②遺言の有効性を前提として相続人の遺留分が問題となる場合ですが、②が問題となるのは、被相続人が相続人の遺留分を考慮しない内容の遺言書を作成してしまうためです。

 

 たとえば、相続人である数人の子どもの一部にのみ財産のすべてを渡すといった極端な遺言書を作成し、財産を受け継ぐ者と受け継がない者との間で大きな格差が生じるケースがよく見られ、このような遺言書を作成してしまうと、相続発生後、親の遺産を巡って大きなトラブルに発展するこがあります。

 

・遺留分に配慮した遺言書を作ることが重要

 

 被相続人は遺留分制度について十分な知識があるとは限らないため、単純に特定の方に財産を譲りたいという思いから遺留分を侵害する内容の遺言を作ってしまうことがあると思います。また、遺留分を侵害する遺言であっても、権利者が遺留分を行使しない限り問題にならないため、遺留分を請求されないことを期待してそのような遺言を作るケースもあり得ます。

 

 もっとも、相続人の一部が遺留分を請求した場合には、請求された側は金銭で支払いをしなければならないため(令和元年7月1日以降の事案の場合)、遺産に預金などの流動資産が乏しいケースだと、遺産の評価額によっては大きな負担を強いられられるリスクがありますし、相続人間で遺留分が問題となったときは単なる経済的得失だけではない感情的なもつれが生じ、深刻なトラブルに発展することもあります。

 

 そのため、遺言書を作成する場合には、後日遺留分を請求される可能性があることを想定して、はじめから遺留分を確保する内容で作った方がトラブル防止の観点からは望ましく、遺言書作成についての相談を受けた場合、当職は遺留分に配慮した内容の遺言書作成を勧めています。

 

・遺言書に付言事項を記載する方法

 

 このように、遺言書を作成する場合は基本的には遺留分に配慮した内容にすることが望ましいと考えますが、何らかの理由によってそれができない場合には、次善の策として、そのような遺言書を作成した理由を付言事項として記載しておくことが考えられます。

 

 たとえば、法的な意味はないものの、財産を受け継ぐ者が重い障害を抱えており自宅で生活する必要性が高いため、遺産の大部分を占める自宅不動産をその者に相続させざるを得ないという理由を記載したり、少ない遺産しか受け取れない相続人に対する感謝や労い、謝罪などを丁寧に記載しておくことによって感情的な対立を和らげられる可能性があるため、そのような点を記載しておくことが考えられます。

 

 また、遺言によって財産をもらえなくなった側が被相続人から多額の生前贈与を得ていてこれが特別受益に該当するようなケースであれば、後日、遺留分侵害が問題となったとしても支払うべき金額が少なくなったり、そもそも遺留分侵害がないと判断される可能性があるところ、生前贈与の事実や金額などについて遺族は正確に分からないことがあるため、遺言書の中に生前贈与の時期、贈与した財産の種類や金額、贈与した財産の使用目的などについて記載しておくという対応も考えられます。

 

・専門家に相談しながら慎重に遺言を作る

 

 遺言を作成するほどの相続財産がある場合には遺留分の金額も高額となる可能性があり、被相続人や受遺者の当初の想定を超えて深刻なトラブルに発展するケースが実際にありますので、遺言書を作るときは、専門家に相談しながら慎重に進めることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年6月24日 | カテゴリー : 遺留分 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

個人再生で3年を超える弁済計画が認められるのはどういう場合か?

 

 個人再生は、住宅ローンや税金などを除く一般の債権者への債務の一部を減免し、残る負債を原則3年間で支払う法的整理手続です。

 

 しかし、債務額や資産が多い、あるいは収入が低いなどといった事情から、原則である3年間では完済できないというケースもあります。

 

 この場合、民事再生法では、最長で5年まで返済期間を延長することができるとされているのですが、それではいったい、どのような条件をみたせば3年を超える期間の再生計画案が認められるのでしょうか?

 

・「特別の事情」が必要

 

 民事再生法上、3年を超える再生計画案が認められるには「特別の事情」が必要とされていますが(民事再生法229条2項2号括弧書、244条)、これをわかりやすくいえば、3年では返済しきれないものの、収入の安定性や家族からの援助の可能性など本人の生活状況に照らし、返済期間を延長すれば支払えるといえることが条件となります。

 

・実際にはある程度広く認められている

 

 このように、3年以上の再生計画案が認められる条件が「特別の事情」と規定されているため、字面をみるといかにも条件が厳しいように見えますが、実際の運用上はそこまで厳しく制限されているというわけでもなく、(もちろん事情次第ですが)比較的緩やかに認められているという印象です。

 

・延長した期間でも履行可能といえることが必要

 

 もっとも、返済期間を延長できるとはいっても、あくまでも延長した期間内で完済できるといえることが必要であるため、たとえば5年間の返済計画案を立案しても、4年目に入った時点で定年退職し、収入が大幅に減少してしまうようなケースだと認められない可能性があります(定年後に年金を受給し、それで払えるといえるのであればできるケースもあります)。

 

 3年を超える再生計画案が認められるかどうかは、本人の収入や勤続年数、職歴、定年がある場合には定年までの残り年数、本人や家族の健康状態、家族の就業状況・収入、再生計画案における返済総額とこれを返済期間で割った場合の毎月の負担見込額、現時点における家計収支の状況、家族構成に照らした将来の支出増加の可能性の有無・程度など様々な要素が絡むため、裁判所に対してはこのような事情を説明し、3年以上の再生計画案であっても履行可能であることを積極的に説明することが重要です。

 

 個人再生は、様々な書類の提出だけではなく再生計画案を作成して提出することが必要であり、清算価値保障原則を満たす内容でなければならないなど手続自体が自己破産に比べて複雑ですが、それ以外にも、3年を超える再生計画案を作成する場合には上記のとおりやや難易度が上がりますので、個人再生に慣れた弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

主婦(主夫)は、個人再生を利用できるのか?

 

 債務整理の相談を受ける中で、相談者が主婦(主夫)であり自分自身には収入はないものの配偶者には収入があるというケースがあり、このよう場合、個人再生が認められるかが問題となることがあります。

 

 典型的な事案は、住宅ローンの主たる債務者が主婦(主夫)であり、ローンを組んだ時点では収入があったが、その後に主婦(主夫)になったケースや、年式が新しいため自己破産をすると売却されてしまう自動車を持っており、これを残したいといったケースですが、このような場合に、配偶者からの援助が得られることを理由として主婦(主夫)が個人再生を利用できるのでしょうか?

 

・無収入の場合、個人再生は難しい

 

 個人再生の基本的な利用条件の一つに「将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがあ」ることがありますが(民事再生法221条1項)、申立の時点において主婦(主夫)であって収入がまったくないという場合、たとえ配偶者からの援助が見込まれたとしてもこの条件をみたさないとして申立が認められられない可能性があり、実際、当事務所でも裁判所からそのような指摘を受けたケースがあります。

 

・パート収入等があれば認められる可能性はある

 

 以上に対して、全くの無収入ではなくパート収入を得ているようなケースであれば、勤続年数や本人の収入額、配偶者からの援助額などの事情次第ではあるものの手続を認めてもらえる可能性があります。 

 

・早期就労が鍵

 

 このように、全くの無収入の場合だと主婦(主夫)が個人再生を利用するのは難しいところですが、たとえ相談の時点では無収入であっても、その後に弁護士が介入して請求を止めつつ、その間に早期に就労することができれば、状況次第では個人再生を利用できる場合があります。

 

 就労までにあまりに時間を要するようでは債権者から裁判を起こされる等のリスクもあり、無限に先延ばしできるわけではありませんが、やり方次第では利用できる可能性はありますので、主婦(主夫)の方で個人再生をお考えの方は一度弁護士へのご相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

任意整理と自己破産、どちらをするべきか?

 

 債務整理のご相談を受けていると、任意整理(債権者との間で3年から5年の分割払いの合意をする債務整理の方法)が良いか、自己破産をするのが良いか迷っているという相談を受けることが多くあります。

 

 また、最近では、一度任意整理にチャレンジしたが、依頼した弁護士や司法書士に指示された積立ができず辞任されてしまい、やむなく別の専門家を探している、という流れで自己破産のご依頼を受けるパターンが増えています。

 

 そこで今回は、債務整理の方法について迷っている方や、任意整理を希望する方向けに、どのような点に気をつけるべきかについてお話ししたいと思います。

 

1 支払の原資を確保できる見込みがあるか

 

 まず、何よりも重要なのは、今後、3年ないし5年間程度、債権者に対して無理なく支払いを継続できるだけの原資を確保できるかどうかです。

 

 この点をクリアできない場合、任意整理にチャレンジして、たとえ一旦は合意ができたとしても、早晩破綻してしまい、それまでに弁護士や債権者に対して支払った額がすべて無駄になってしまうためです。

 

家計収支表の重要性

 そのため、任意整理ができるかどうかを検討するときには、まずはご自分の世帯収入と支出についてきちんと分析し、毎月一定の支払原資を捻出できるか、家計収支表を利用して計算してみることが有用です。

 

 ちなみに、家計収支表の書式はインターネットを検索すればすぐに出てきますのでどの様式を使っても問題ありませんが、自己破産の申立に使用するための書式を裁判所が公開していますのでそれが利用しやすいと思います。

 

 家計収支表を作成する場合に重要なのはどちらかというと収入よりも支出の方であり、特に、毎月は発生しないが一定のサイクルで必ず発生するもの(税金や車検代、アパートの更新料など)や臨時支出(冠婚葬祭費など)も考慮して、毎月問題なく返済に回せるであろう金額について厳しめに見積もる必要があります。

 

 このような家計収支表を作成した結果、黒字が発生し、現在の債務総額を一月あたりの黒字額で割った場合の年数が3~5年で収まるようであれば、任意整理がうまくいく可能性があります(例 債務総額:150万円 黒字:6万円 → 150万円÷6万円=25(2年1ヶ月))。

 

 もっとも、この計算は、あくまで現時点でのシミュレーションでしかないため、3~5年後までそのような計算が成り立つのか、今後の減収や生活費の増加の可能性も念頭において検討する必要がある点は注意が必要です。

 

 以上に対して、そもそも収支を計算したら±0に近い状態とか、黒字でも債務総額を黒字額で割った返済期間が5年を超えてくるようだと、方向性としては自己破産をするのが妥当ということになります(ただし、債権者によっては5年を超えた分割和解に応じてくれることもあるため、そのような債権者だけが対象であれば任意整理できる場合もあります)。

 

2 自己破産できない理由があるかどうか

 

 法律上、自己破産ができるのは支払不能の場合とされていますが、実際には、支払不能にも見えるが、頑張ればかろうじて支払いを継続していけそうだという場合もおり、任意整理、自己破産のいずれの方向性もあり得る方がいます。

 

 そのような方については、自己破産をすることができない特段の理由があるかどうかという点が、次の方針選択の基準となります。

 

 そのような理由として多いのは、たとえば、出勤用に使っている自動車にローンが残っていて自己破産をすると自動車を手放さなければならなくなるケースや、子どもの学資保険や自分の生命保険を解約されては困るケースなどがあります。

 

 もっとも、このうち保険についていえば、自己破産をしたとしても、解約返戻金と現預金などの他の資産を合計して99万円までなら「自由財産拡張」という制度を活用して残せることも多く、そもそも掛け捨ての保険であれば解約する必要もないいため、保険が自己破産の障害になるケースはあまりありません。

 

 また、自動車についても、親族に改めてローンを組んで買ってもらったり、家族が元々持っている車を利用させてもらう、安い中古軽自動車を現金で購入するなどによって対応可能な場合もあるため、そのような形で対応可能であれば、あえて無理な任意整理にチャレンジする必要がないこともあります。

 

※住宅ローンがあって残したいという場合には、別の法的手続である「個人再生」がありますが、今回は割愛します。

 

3 数年後、自分や家族がどうなっていたいか

 

 任意整理をした場合、3年から5年程度、毎月一定額の支払いを継続する必要があるため、その間、収入をストックすることができません。

 

 たとえば、振込手数料込みで毎月5万円を5年間支払う内容で任意整理した場合、5年間で300万円を債権者に対して支払うことになりますが、これだけの金額があれば、たとえば子どものために新たに学資保険に入ったり自動車を購入することも可能です。

 

 そのため、自己破産と任意整理のどちらでも可能性があるというケースでは、3~5年後に、自分や家族がどういう状況でいたいかということも重要な判断基準となります。

 

債務整理の方針選択は慎重に

 

 以上述べた視点以外にも、自己破産というものに対するイメージや、借りたものは返したいというお気持ち、家族の意向、保証人がいる場合の影響への懸念など、債務整理の方針を決定する上では考えなければならない点が多くあります。

 

 他方、昨今の債務整理の相談では、このような考えるべき事柄についてあまり深く検討されることなく、とにかく任意整理するということで進めた結果、失敗してしまったというケースが見られます。

 

 債務整理を検討している方は、精神的に追い詰められ、とにかく一刻も早く楽になりたいという一心で専門家に相談されると思いますが、むしろそのような状態だからこそ、安易に結論を出すのではなく幅広い観点から検討して決断していただきたいと思いますし、場合によっては複数の専門家に相談してから結論を出すという慎重さも必要になると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

扶養的財産分与として定期金を支払う旨を合意した後、減額や支払期間の短縮などを求めることはできるか?

 

 離婚した場合、夫婦は互いに扶養義務を負わなくなるため、原則として離婚後は生活費の支払いをする必要はありませんが、離婚の際の条件として、夫婦共有財産の清算や慰謝料、養育費といったものとは別に、相手方の離婚後の生活保障(=扶養的財産分与)として、一定期間、金銭を支払い続ける旨(定期金)を合意することがあります。

 

 しかしながら、当初、このような定期金の合意をしても、事後的に事情の変更が生じ、合意した金額や支払期間を少なくしたいというニーズが生じることがあります。

 

 では、扶養的財産分与として定期金の合意をした後、当初の合意内容の変更を求めることはできるのでしょうか?

 

民法880条の類推適用

 

 扶養的財産分与に基づく定期金は、上記の通り本来の扶養義務に基づくものではありません。

 

 しかし、上記のような合意をした後、それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたときは、民法880条の類推適用によって扶養的財産分与に基づく定期金の合意の変更や取消が認められる可能性があります(東京高裁平成30年8月31日決定参照)。

 

 具体的にどのような場合に変更を求められるかについては、上記裁判例では「それを維持することが当事者の衡平を欠くといえるような事情の変更を生じたとき」としか判示されていないため、事案に応じてケースバイケースというほかはありませんが、婚姻費用や養育費の増減額請求の場合には合意当時予測可能であった事情は変更理由にならないとされていますし、軽微な収入変動等で安易に変更を認めると離婚後の生活保障という扶養的財産分与の本来の趣旨が没却されるため、ハードルは相応に高いものと思われます。

 

 他方、扶養的財産分与の趣旨が離婚後の生活保障であることに鑑みると、たとえば権利者が定期金の支払期間中に再婚し、再婚相手の収入によって安定的な生活を送ることができるようになった場合であったり、合意当時の予想に反し、権利者が相当額の収入を得られるようになった場合であれば、事情変更があったとして当初の合意内容が変更される可能性があるように思われます(私見)。

 

 離婚の条件として、一定期間の生活費の支払いを合意するケースはそれなりにありますが、今回ご説明したとおり定期金の合意をした場合でも事後的な事情の変更によって変更される可能性があります。

 

 事情変更が認められるかどうかは義務者側に生じた事情の内容やその事情による義務者の生活への影響の程度、権利者側の保護の必要性など様々な事情を総合的に検討する必要があると思われますので、事情変更による変更を求めたい場合、あるいは変更を求められた場合には弁護士への相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

別居中、配偶者の一方が夫婦共有財産である自宅に居住していても、他方配偶者には居住利益相当額の不当利得返還義務はないとされたケース

 

 別居中、配偶者の一方が夫婦共有財産である他方配偶者名義ないし夫婦共有名義の不動産に住み続けることがあります。

 

 このような場合、居住していない側の配偶者からの明渡請求は権利濫用等として否定される場合があり、離婚が成立するまでの間、居住していない側の配偶者が物件そのものの明け渡しを求めることは必ずしも容易ではありません。

 

 そのため、このようなケースにおいて、非居住者側の配偶者が、居住者に対して夫婦共有財産に対する使用利益相当額の不当利得を主張して支払いを求める場合がありますが、今回は、このような権利は認められないとした裁判例を一つご紹介します。

 

東京地裁令和4年1月17日判決

 

 このケースは、非居住者側の配偶者が居住者である他方配偶者に対して不当利得返還請求をするような典型的なケースではなく、婚姻費用について合意したがその支払いを一部しなかった非居住者側配偶者が、相殺によって自己の支払義務を減らす目的で居住利益相当の不当利得返還請求権の存在を主張したものですが、裁判所は以下のように述べてこの主張を排斥しました。

 

東京地裁令和4年1月17日判決

「夫婦共有財産については、その夫婦の婚姻関係が破綻して離婚に至った場合、実質的な夫婦共有財産を含めた財産の共有関係を清算するため、財産分与が予定されていることを考慮すると、婚姻中の夫婦の一方は、夫婦共有財産について、その清算をするに際して当事者間で協議がされるなど、具体的な権利内容が形成されない限り、相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきである。

 

→一方の配偶者が自宅不動産の建物の共有持分2分の1を有しているとしても、他方配偶者は自宅不動産に居住することによって利益を不当に利得したとはいえないと判示して不当利得返還義務を否定。

 

居住利益については、婚姻費用において考慮してもらえる可能性がある

 

 上記判決は、夫婦共有財産については協議等によって内容が形成されない限り相手に主張できる具体的権利はないとして夫婦共有財産である預金の引出について不当利得返還請求を否定した裁判例(東京地裁平成27年12月25日判決)と同様の枠組みによって判断しています。

 

 今回ご紹介した裁判例は下級審の裁判例ではありますが、夫婦共有財産については協議等によって具体的権利が形成されない限り、相手に対して直接返還請求できないとした裁判例が複数存在することからすると、このような形で相手に対して金銭の請求することは容易ではないものと思われます。

 

 もっとも、一方の配偶者が夫婦共有財産である自宅、特に相手方が住宅ローンを負担している自宅に住み続けている場合には、一定の限度ではあるものの、婚姻費用の計算の場面において減額事由として考慮してもらえる可能性がありますので、このようなケースでは居住利益を直接請求するというやり方よりも、婚姻費用の計算の中で考慮してもらう方向で争う方が有効ではないかと思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年5月30日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮