別居中、配偶者の一方が夫婦共有財産である他方配偶者名義ないし夫婦共有名義の不動産に住み続けることがあります。
このような場合、居住していない側の配偶者からの明渡請求は権利濫用等として否定される場合があり、離婚が成立するまでの間、居住していない側の配偶者が物件そのものの明け渡しを求めることは必ずしも容易ではありません。
そのため、このようなケースにおいて、非居住者側の配偶者が、居住者に対して夫婦共有財産に対する使用利益相当額の不当利得を主張して支払いを求める場合がありますが、今回は、このような権利は認められないとした裁判例を一つご紹介します。
東京地裁令和4年1月17日判決
このケースは、非居住者側の配偶者が居住者である他方配偶者に対して不当利得返還請求をするような典型的なケースではなく、婚姻費用について合意したがその支払いを一部しなかった非居住者側配偶者が、相殺によって自己の支払義務を減らす目的で居住利益相当の不当利得返還請求権の存在を主張したものですが、裁判所は以下のように述べてこの主張を排斥しました。
「夫婦共有財産については、その夫婦の婚姻関係が破綻して離婚に至った場合、実質的な夫婦共有財産を含めた財産の共有関係を清算するため、財産分与が予定されていることを考慮すると、婚姻中の夫婦の一方は、夫婦共有財産について、その清算をするに際して当事者間で協議がされるなど、具体的な権利内容が形成されない限り、相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきである。 →一方の配偶者が自宅不動産の建物の共有持分2分の1を有しているとしても、他方配偶者は自宅不動産に居住することによって利益を不当に利得したとはいえないと判示して不当利得返還義務を否定。
居住利益については、婚姻費用において考慮してもらえる可能性がある
上記判決は、夫婦共有財産については協議等によって内容が形成されない限り相手に主張できる具体的権利はないとして夫婦共有財産である預金の引出について不当利得返還請求を否定した裁判例(東京地裁平成27年12月25日判決)と同様の枠組みによって判断しています。
今回ご紹介した裁判例は下級審の裁判例ではありますが、夫婦共有財産については協議等によって具体的権利が形成されない限り、相手に対して直接返還請求できないとした裁判例が複数存在することからすると、このような形で相手に対して金銭の請求することは容易ではないものと思われます。
もっとも、一方の配偶者が夫婦共有財産である自宅、特に相手方が住宅ローンを負担している自宅に住み続けている場合には、一定の限度ではあるものの、婚姻費用の計算の場面において減額事由として考慮してもらえる可能性がありますので、このようなケースでは居住利益を直接請求するというやり方よりも、婚姻費用の計算の中で考慮してもらう方向で争う方が有効ではないかと思われます。
弁護士 平本丈之亮