婚姻費用・養育費の不払いと勤務先情報の開示手続について

 

 婚姻費用・養育費について公正証書や調停などで取り決めをしても、残念ながら途中で支払いが滞ってしまう例がありますが、今回は、不払いに対する対応手段として新設された制度についてお話しします。

 

口座の差押えは実行性が乏しいケースが多かった

 養育費などの未払いがあった場合、公正証書や調停調書などの債務名義があれば強制執行によって財産を差し押さえるというのがセオリーですが、養育費などの未払いをする人には財産もないことが多く、これまでは預金口座を差し押さえても空振りになる例が少なくありませんでした。

 

給与を差し押さえるのが有効だが職場が分からないことが課題だった

 そのため、婚姻費用や養育費の不払いがあった場合には給料に対する強制執行をするのが有効な手段でしたが、別居や離婚から時間が経過してしまうと相手がどこで働いているのかわからなくなる場合もあり、そのようなケースでは給料の差押えをすることもできないという問題がありました。

 

民事執行法の改正によって、勤務先情報を得られるようになった

 婚姻費用や養育費については女性が権利者になる例が多く、収入が乏しい場合は婚姻費用や養育費が生活維持にとって非常に重要となりますが、このように保護すべき要請が強い権利であるにもかかわらず強制執行に実効性が伴わない状態が続いていました。

 そこで、今回、民事執行法が改正され、2020年4月1日から婚姻費用や養育費などの権利を有する人が公正証書や調停調書、審判書、判決などの債務名義を有する場合、裁判所に対する申し立てによって市町村や日本年金機構、公務員の共済組合等から相手の勤務先情報の開示を受けることができるようになりました。

 

情報開示だけで不払いの解消につながる可能性もある

 裁判所が情報提供命令を発したことや給与情報が開示されたことは、不払いをしている債務者にも通知されます(民事執行法第206条2項、同205条3項、同208条2項)。

 この手続が実施されたことは強制執行の準備をしていることの表れですが、預金などの流動資産と違って勤務先は軽々に変えることができない場合が多いため、情報開示後に実際に差押手続にまで至らずとも、開示手続が開始された時点で差押えを恐れ、自発的に支払いをする債務者もいると思われます。

 また、このような制度があるということがきちんと知識として広まれば、給与所得を得ている債務者は差押えを嫌い、不払いが発生する事例も減っていくことが一定程度期待できます。

 

公正証書や調停調書などでは、「婚姻費用」や「養育費」と明確に定めるべき

 このように、婚姻費用や養育費の不払いについては勤務先情報の開示という新たな対抗手段が設けられましたので、給与所得者に限られるという限界はあるものの、これまで回収を断念していた方が強制執行によって回収できるようになる可能性が出てきましたし、これから養育費等の取り決めをする人についてもこの制度は有効な手段となり得ます。

 もっとも、勤務先情報は債務者に与える影響も大きく、そのために婚姻費用や養育費などの一定の権利に限って認められるものです。

 公正証書や調停調書などで「婚姻費用」、「養育費」などと明確に定めれば良いのですが、実務的には「解決金」や「和解金」なとという玉虫色の名目で取り決めをする例もあり、このような定め方をすると開示制度の利用ができない可能性もありますので、これから取り決めをする場合にはきちんと名目を明らかにしておく必要があります(なお、判決や審判であれば裁判所が決めるためそのような問題はありません)。

 

勤務先情報の開示を受けるには、いくつかの条件がある

 婚姻費用や養育費等の権利者がこの手続きを利用するには、概ね以下のような条件が必要となっていますが、これらの条件を自分だけでみたすのは難しい場合もあるかと思いますので、必要に応じて弁護士への相談を推奨します。

 

主な条件

①執行力のある債務名義を有していること

②債務者に対して債務名義の正本又は謄本が送達されていること

③3年以内に財産開示手続が行われたこと

④以下のⅰかⅱのいずれかをみたすこと

ⅰ 6か月以内に行われた強制執行(又は担保権の実行)による配当で全額の弁済を受けられなかったこと

ⅱ 債権者が通常行うべき調査をし、その結果判明した財産に強制執行等をしても全額の弁済が得られないことの疎明があったこと

 

 ③の財産開示手続とは、今回の改正で新設された第三者からの情報取得制度ができる前から存在した制度で債務者自身に財産状況を報告させる制度ですが、従来は罰則が軽かったこともありあまり活用されていませんでした。

 今回の改正によって、財産開示手続に対して正当な理由なく出頭を拒否したりや回答拒否をした場合には刑罰を科せられることになりましたので、第三者から勤務先情報を得る前に、まずは債務者自身に財産情報を開示させることが必要とされました。

 

 ④は、いわゆる執行不奏効要件といわれるものですが、ⅱに記載のあるとおり実際に強制執行をすることまでは必要ではありません。たとえば、財産開示手続に債務者が出頭しなかったり、あるいは開示された内容にめぼしい資産がなかった場合には、そのような財産開示手続の結果もⅱの条件をみたすかどうかの判断材料になると思われます。

 

 婚姻費用や養育費は、本来、配偶者や子どものセーフティネットとして位置づけられるべきものと思いますが、現状は残念ながらそのような機能を果たしているとは言い難く、経済的に苦しい思いをしている方が多くいらっしゃいます。今回の改正法の活用によって、婚姻費用や養育費の不払いで困る方が少しでも減ることを期待しています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

個人の自己破産の手続にかかる期間は?~自己破産⑫~

 

 自己破産を検討しているときに、どれくらいで手続が終わるのかとても気になると思います。

 

 個人の自己破産には、破産管財人がつかない簡易なケース(同時廃止)と、破産管財人がつくケース(管財事件)の2つのパターンがありますが、今回はその2つのそれぞれについて、概ねどれくらいで最後の手続まで終わるのかについてお話しします。

 

同時廃止

申立までの期間:1~3か月

 

 破産管財人がつかない簡易なケースは、基本的に財産がない場合で、かつ、借り入れの理由にも大きな問題がないパターンですので、準備期間にはそれほど時間はかかりません。

 

 もっとも、裁判所に提出する書類の中に、申立前2か月間の家計の収支を記載した収支表を添付する必要があり、経験上、この収支表をきちんと作るのに苦労するパターンが多くあるため、その他の書類の準備と合わせて少なくとも2か月間は準備期間を要することが多い印象です。

 

 もっとも、すでに給料の差押えがなされているなど緊急性が高い事案だと、それよりも短い期間で申し立てする場合もありますが、1か月未満で申し立ての準備ができる方はまれですので、事実上、1か月くらいはかかることが多いと思います。

 

 他方、2か月間というのもその他の書類をきちんと準備できる標準的なスケジュールであり、仕事をしながらの準備等でどうしても時間がかかることも多いため、当職の経験では3か月程度かかる場合もあります。

 

 このように、破産申立までの期間についてはご本人の状況にかかる部分も大きいため、早期の申立てを希望する場合には準備に力を入れて行うことが必要となります。

 

破産申立から破産手続開始決定まで:1週間~1か月程度

 

 この期間は裁判所が書類の審査をするものであり、申立時に提出した書類に不備がないかどうか、記載内容に不明な点がないかどうかによってまちまちですが、経験上、長くても1か月程度です。

 

 弁護士が関与する場合には、あらかじめどこが裁判所で問題になるかを予想し、申立の段階から必要な書類を提出したり上申書を作成して事情を説明して時間の短縮を図りますので、ここが弁護士に依頼するメリットの一つでもあります。

 

破産手続開始から免責決定まで:概ね3か月

 

 裁判所の審査が終わり、問題がなければ破産手続が開始され、それと同時に手続が廃止されますが(これが同時廃止)、その後、免責を検討するまでに概ね3ヵ月程度かかります。

 

 この期間については、完全に書面審査だけで終わる場合もあれば、免責審尋と言って裁判官の面接を受けるケースもありますが、同時廃止ということは概ね問題がないと裁判所が判断した場合ですので、ここまでくれば免責決定まではあと一息というところまで来ています。

 

免責決定の確定まで:概ね1か月

 

 免責決定が出ても、その後に官報公告と債権者の異議申立期間があるため、確定まで概ね1か月程度かかります。

 

 もっとも、債権者が貸金業者、信販会社などであれば異議を出してくることはほぼありませんので、あまり気にしなくても大丈夫なことが一般的です。

 

管財事件

申立までの期間:まちまち

 

 管財事件であっても、書類の準備そのものは同時廃止の場合とあまり変わりません。

 

 にもかかわらず申し立ての期間がまちまちなのは、管財事件の場合、申立費用が高額になる場合があるからです。

 

 管財事件の場合、非事業者であっても10~30万円程度(場合によっては50万円程度)の予納金を収める必要があり、自己破産を検討している方がこれを短期間で準備することは困難なことがあります。

 

 この場合、予納金を分割で準備することになりますが、そのためにかかる期間はご本人や家族の経済力に左右されるため、どうしても期間が読めないということになります。

 

 そのため、自己破産をするときに管財事件になる場合には、どれくらいの予納金が必要になるかを検討し、それをどのように準備するかをスケジューリングする必要がありますので、弁護士への相談が望ましいと思います。

 

破産申立から破産手続開始決定まで:1週間~1か月程度

 

 この点は同時廃止とあまり変わりません。

 

 もっとも、当初の予定よりも高額な予納金を求められることもありますので、その場合にはもう少し時間がかかることになります。

 

 予納金が不足した場合に裁判所がどこまで待ってくれるかは正直裁判官次第のため明確な指針はありませんので、ケースバイケースで対応し、残念ながら申立を一旦取り下げざるを得ないこともあります。

 

破産手続開始から免責決定まで:3か月以上(まちまち)

 

 管財事件の場合、概ね破産手続開始決定から3か月後に債権者集会が開かれ、財産の売却などが不要なケースであればそこで免責決定まで行くこともあります。

 

 他方、不動産の売却等の財産処分や配当を行うケースの場合には、3か月で終わらずにもっと時間がかかりますが、そのような事案もどの程度の時間がかかるかはケースバイケースです。

 

免責決定の確定まで:概ね1か月

 

 この点は同時廃止と変わりません。

 

 いかがでしょうか?

 

 ひとくちに自己破産といっても、その人の事情によって裁判所での手続きにかかる期間はまちまちですが、申立てまでにかかる準備期間や破産手続開始決定までの期間は事前準備によって短縮することができますので、準備は念入りに行うことをお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

 

 

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交通事故でむち打ちになった場合の注意点~交通事故⑱~

 

 車両同士の交通事故で相談が多いのがむち打ちの事例ですが、むち打ちによる交通事故賠償については他の怪我とは異なる注意点がありますので、今回はその点についてお話しします。

 

整形外科を継続的に受診することが望ましい

 整形外科に通う必要性はむち打ちだけに限る話ではありませんが、むち打ち特有の問題として、骨折などと異なり怪我をしたことがレントゲンやCT、MRIなどの画像に映りにくく、怪我の程度や治り具合を客観的に示す資料が乏しいということがあります。

 

 むち打ちの患者さんについて相談を受けていると、当初の数回は整形外科で受診したものの、その後は整骨院や治療院での施術がメインであるケースがありますが、整形外科での治療実績が極端に少ないと慰謝料の計算や後遺障害等級の認定を受ける段階で困ることがあるため注意が必要となります。

 

・整骨院などの施術は?

 

 整骨院等で施術を行う方は医師ではないため、施術の必要性があったかどうかが後で問題とされて慰謝料の計算に影響が出る可能性があり、また、整骨院等では後遺障害診断書を作成することができないことから、医師の継続的な治療を受けていないと事故後の治療経過が不明であったり必要な検査が受けられない結果、医師に後遺障害診断書の作成を断られる場合があります。

 

 そのため、症状の軽減目的で整骨院等に通うことは問題はありませんが、その後の示談交渉等を見据えた場合には、基本的には整形外科へ継続的に通院することが望ましいといえます。

 

適切な頻度で通院すること

 交通事故での通院による慰謝料は基本的には通院期間を基礎として計算されますが、通院の頻度があまりに少ないと相手方保険会社から不相当に低い慰謝料の提示がなされたり、後遺障害の認定上不利益を受けることがあります。

 

 たとえば、交通事故で首のむち打ちになり、半年程度経っても痛みが残って症状固定となった場合、その間、仕事でなかなか病院に通えず月に1回程度しか通院しなかったようなケースだと、そもそも大した怪我ではなかったから慰謝料の算定期間は半年ではなく3か月程度とすべきであるとか、実通院日数の3倍程度を目途に慰謝料を計算するべきであるなどと主張されることがあり、また、通院頻度が少ないことを理由の一つとして後遺障害等級について非該当と判定されることがあります。

 

 このようなケースでも、病院に通えなかったことにやむを得ない事由があったとして正当な金額を主張していくことになりますが、そもそも適切な頻度で通院をしていれば避けられる争いでもあるため、痛みがあるのであれば、可能な限り適切な頻度(概ね週に2~3回程度)での通院を心がけていただきたいと思います。

 

・後から通院を増やしても意味はない

 

 なお、通院頻度のお話をすると、当初は通院回数が少なかったのに治療後期になってから通院回数を増やした場合はどうなのかという問題がありますが、無理に通院頻度を増やしても意味はありません。

 

 なぜなら、人間の身体は事故から時間が経過していくことによって徐々に回復していくのですから、事故直後は痛みが強いため通院頻度が多く、時間の経過によって徐々に頻度が減っていくことが治療経過としても自然であってその逆は不自然だからです。

 

自覚症状は事故当初からすべて伝え、事故直後に必要な検査は受けておく

 むち打ちで後遺障害が残った場合は後遺障害等級認定を受けることになりますが、むち打ちはレントゲン等の画像に所見がみられないことが多いため、きちんとした認定をしてもらうためには、適切な通院頻度や後で述べる神経学的検査の受診などのほかに、症状の一貫性が重要となります。

 

 症状の一貫性とは、要するに事故直後から後遺障害診断時まで一貫して症状があることですが、後遺障害等級認定は書面審査であるため、当初の診断書に記載されていなかった自覚症状が治療途中や後遺障害診断書作成時に出現しているなど、症状に一貫性が認められない場合、そのことを理由に等級認定上不利益を受けることがあります。

 

 そのため、自覚症状がある場合には初めから医師に漏れなく伝えておくことが必要となります。

 

 また、むち打ちについては確かに画像に出にくいところではあるのですが、撮ってみれば画像上所見が得られる場合もありますので、後遺障害が予想されるのであればMRIまで受けておいていただきたいと思います。

 

後遺障害が残った場合には後遺障害診断書の作成前に病院で神経学的検査を受ける

 画像検査で所見が出ないことが多いというむち打ちの特徴から、むち打ちで適切な後遺障害の認定を受けるには神経学的検査を受けて医学的所見を得ておくことも重要です。

 

 代表的なものとしては、スパーリングテスト、ジャクソンテストといったものがありますが、そのほかにも関節の可動域検査や徒手筋力検査、筋萎縮検査、神経伝達速度検査などがあり、必要に応じて医師の検査を受診することになります。

 

 

 以上、むち打ちについては慰謝料や後遺障害の等級認定について気を付けるべき点がいくつかあることをご紹介しました。

 

 ここでお伝えしたようなことはあらかじめ知っていればどれも適切に対処できるものですが、すでに治癒したり症状固定してしまってからでは挽回することが困難な場合がありますので、交通事故でむち打ちになった場合には事故の初期段階から弁護士へ相談し、今後の対応を検討しながら治療にあたっていただきたいと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

 

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サクラサイト被害に遭ったらどうするか?

 

 ここ数年、いわゆるサクラサイトに関する被害相談が相次いでいます。

 

 サクラサイト被害は、古くは異性との出会いを目的として多額のポイントを消費したにもかかわらず、一向に出会えなかったという被害から始まりましたが、最近では必ずしも出会いを目的とせず、多額のお金がもらえる等と騙したり、難病にかかっているため話し相手になってほしい、芸能人の話し相手になってほしいなどと称してポイント購入費用を支払われせるなど手口が多様化しています。

 

 サクラサイトの特徴は、サイト内でやりとりをする相手方が実際には存在せず、業者の指示のもとポイントを使用させるために架空のキャラクターを演じる「サクラ」が存在する点にありますが、この種の被害に関するご相談を受けていると、相手方とのやりとりの中身が会員にポイントを使用させるためのものとしか思えないことがあります。

 

サクラサイトの違法性

 

 サクラサイトの運営業者は、異性との交際や金銭的な利益を得たいという希望、助けを求める者に対する親切心などの消費者の心理状態に付け込み、ポイント購入による利益を上げるために架空のキャラクターを用意して消費者を騙すものであって、そのような行為は詐欺として違法であることが明らかです。

 

 サクラサイトの違法性について判断したリーディングケースである東京高裁平成25年6月19日判決も、サクラの存在を認定したうえで、サクラを利用した運営業者の行為は詐欺であると厳しく非難しています。

 

サクラサイトに損害賠償請求をするには十分な事前準備が必要

 

 もっとも、サクラサイトに対して損害賠償を請求することを考えた場合、以下のような情報や証拠を確保できるかがカギとなります。

 

①運営業者の所在の特定

 サクラサイト運営事業者の責任を追及するためには、まずもって運営業者を特定できるかどうかが問題となります。

 

 サイト上には特商法に基づいて運営業者が表示されているはずですが、これが表示されていない場合には、法律に基づいて都道府県公安員会に提出された開業の届出書をもとに作成されるインターネット異性紹介事業者台帳などから特定を試みます

②サクラとのやりとりや損害額に関する証拠の確保

 サクラサイトが違法であることは被害者側が示さなければなりませんが、そのためには、被害者が相手から受け取ったメールの内容が不自然・不合理であることを立証し、そのような不合理な内容によって利益を得るのはサクラサイトの運営事業者しかいないことを明らかにする必要があります。

 

 そのためには、サイトの存在や相手方との過去のやりとりについて、日時や相手方が誰であるかが分かるように写真撮影したりスクリーンショットをとっておくことが必要となりますが、すでに業者と揉めてしまった後だと、会員ページにログインできなくなったりメッセージが削除されてしまうことがあり、事前にどこまで証拠を確保できるかが重要です。

 

 また、損害賠償請求をする場合には、被害額を証明する必要もありますが、実際に支払った金額が分かる資料も保存しておくことが必要となります。

 

サクラサイトの自力で解決することは非常に困難

 

 そもそもサクラサイトは、はなから消費者を騙すことを目的としているものであるため、個人が交渉しても解決できる可能性は非常に低いと言わざるを得ません。

 

 このような場合に被害者が取りうる手段としては、各地の消費生活センター等にあっせんを依頼する方法がありますが、センターの相談員の尽力によって解決に至るケースも多くあり、有力な解決手段となっています。

 

 もっとも、サクラサイトの運営事業者の中には、合理的な理由もないのに低額の和解案を提示してくるケースもあり、残念ながらセンターのあっせんでは満足のいく解決に至らない場合もありますので、このような場合には最終的には弁護士に依頼して交渉や訴訟による解決を図ることになります。

 

 サクラサイトからの回収可能性は一概には言えず、そもそも相談を受けた段階で運営事業者の所在すら分からない場合や証拠が残っていないケースもありますが、事業者の所在が明らかであり、事業者が今後もそのサイトを運営する意思があるケースであれば可能性はありますので、費用対効果の観点も踏まえて弁護士へ委任するかどうかを検討していただくことになります。

 

二次被害に注意

 

 サクラサイトの被害にあった場合、被害者はその被害回復についてもインターネット上の情報に頼ることがありますが、サクラサイトの被害回復を謳うサイトの中には、被害者からさらに金銭を騙し取る者もいるため注意が必要です。

 

 サクラサイトについて相談したい場合には、各地の消費生活センター等の公的機関か、各地に存在するサクラサイト弁護団に所属する弁護士に相談するのが無難ですので、不用意に動いて二次被害に遭うことのないよう、十分に気を付けていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月4日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

自己破産をするときにやってはいけないこと~自己破産⑪~

 

 個人の借金問題に関する債務整理の方法は、大きく分けると①任意整理、②自己破産、③個人再生がありますが、このうち自己破産と個人再生は法的整理と言われるとおり、法律に基づいた債務整理の方法です。

 

 いずれも適切なやり方をすれば、借金をなくしたり自宅を確保しながら負債を圧縮したりできる強力な手続ですが、その反面、知らずにやってしまうとそのような恩恵を受けられなくなったり、そこまでいかなくても手続面で不利な扱いを受ける行為というものがあります。

 

 今回は、法的整理のうち、自己破産を考えている方向けのお話として、どのようなことをしてはいけないのかについてお話したいと思います(なお、自己破産でやってはいけないことは基本的には個人再生でもやってはいけないことと思っていただいて差し支えありません)。

 

資産隠しや手続の直前に財産を移転すること

 自己破産における免責の制度は、誠実な債務者に立ち直りの機会を与えることを目的としていますので、財産をどこかに隠したり、処分を逃れるために親族や知人などに財産を渡したり名義を変えるような不誠実な者に対しては免責は許可されません。

 

 このような行為は、そもそも調べれば分かることがほとんですし、仮に発覚せずに手続きが終わったとしても、その後で資産隠しが判明した場合には免責が取り消されますので行うべきではありません。

 

 実際にも、破産直前に離婚して相手から解決金を受領したにもかかわらず、これを隠したという理由で免責不許可になったケースもあるようです。

 

虚偽の債権者名簿を提出すること

 これまで世話になったので返したいといった理由から、親戚など親しい人に対する負債を申告しなかった場合、単にその債権者に対する借金が免責されないだけではなく、借金全体について免責が認められなくなる可能性がありますので、債権者については正直にすべて申告することが必要です。

 

陳述書に虚偽の記載をしたり裁判所からの問い合わせに虚偽の事実を述べること

 自己破産をする場合、裁判所に「陳述書」という書類を作成して提出することになっていますが、その中で借入の経緯や過去に処分した財産などを記載する箇所があります。

 

 また、自己破産の申立をした後、裁判所が疑問に思ったことについて回答を求められることがあります。

 

 このような裁判所に提出する書類や問い合わせに虚偽を記載したり述べることも許されません。

 

 たとえば、ギャンブルや浪費等の免責不許可事由があっても、きちんと申告すれば、(そのような事情がない場合に比べて費用が高くなる可能性はありますが、)最終的に免責が許可される可能性の方がよほど高いため、正直に申告することが重要です。

 

一部の債権者にだけ特別に支払いをしたり財産に担保を設定すること

 これも親戚などからの借り入れがあった場合にありがちなケースですが、このような特別扱いをした場合、本来なら破産管財人がつくような事案ではないのに破産管財人が選任されて余分な費用がかかるほか、破産管財人によって財産の取戻しが行われることになり(否認権)意味がないばかりか、かえって相手にも迷惑をかけるだけで無意味な行いです。

 

免責審尋や債権者集会に正当な理由なく出席しないこと

 自己破産を申し立てると、免責を許可するかどうかを判断するために裁判所に出頭する手続(免責審尋)が開かれることがあるほか、破産管財人が選任されるケースでは債権者集会に出席する必要があります。

 

 免責審尋や債権者集会において裁判官や債権者からの質問等に答えることは債務者の誠実さに直結するものであり、これらの手続に出席しないと免責不許可になる危険性が高くなります。

 

 もっとも、病気等の正当な理由があれば、事前に相談したうえで出席しなくても手続を進められる場合がありますので、やむを得ない事由があるときは事前に代理人弁護士や裁判所と良く相談することが重要です。

 

破産管財人の調査を拒否したり妨害すること

 破産管財人が選任されるケースでは、破産管財人が破産者の財産状況や借入に至る経緯等を調査し、財産があればこれをお金に換えて債権者に分配する手続きが行われますが、その過程において、破産管財人から破産者に質問がなされたり、資料の提出を求められたり、財産の処分にあたって現地への立ち合いなどの協力を求められることがあります。

 

 破産者がこのような破産管財人からの調査要求を拒否したり妨害した場合、破産法上の義務に違反するため、免責が許可されなくなる危険性があります。

 

誠実さに勝る対策はない

 以上のとおり、自己破産においては破産者の誠実さが非常に重視されていることがお分かりいただけたかと思います。

 

 今回お話したような事情は法律を詳しく知らなくても問題があることは明らかですが、もしも判断に迷うことがあった場合には一人で悩むことなく、弁護士への相談や依頼をご検討いただければと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

独身であると嘘をついて交際した者に対する慰謝料請求と注意点

 

 前回のコラムで、既婚者であることを知らずに交際した場合に、交際相手の配偶者に対して慰謝料の支払義務が発生するのかということについてお話ししましたが、今回は、騙された側が交際相手に慰謝料の支払いを求めることができるのか、という点についてお話しします。

 

不法行為に基づき慰謝料を請求できる場合がある

 既婚者であることを隠して交際を申し込み、性的関係を含む交際を開始した場合、騙されて交際に至った側は、人格権ないし貞操権を侵害されたとして交際相手に慰謝料を請求できるとされています(東京地裁平成27年1月7日判決、東京地裁令和元年12月23日判決等)。

 

既婚者であることを知っていたはずという言い訳

 

 もっとも、この種の事案では、交際相手から、相手は自分が既婚者であることを知っていたはずであるから責任がない、という反論がなされることがあります。

 

 既婚者であることを知って交際関係に至った場合、そのような関係は法的に保護するに値しないため、原則として慰謝料の請求はできないとされているためです。

 

 したがって、このような反論が出ることが想定される場合は、メールやSNSのメッセージ等により、自分は交際相手が未婚であることを前提にしていたことを証明できるよう対策を講じておく必要があります。

 

既婚者であることを知っていた場合、請求のハードルは高い

 

 先ほど述べたとおり、既婚者であることを知った上で交際関係に至った場合、何らかの理由で関係が破綻したとしても原則として交際相手に慰謝料を請求することはできません。

 

 もっとも、交際関係を継続した動機が主として交際相手の詐言を信じたことにあるなど交際相手に大きな責任があり、交際相手の違法性が著しく大きい場合には、例外的に慰謝料の請求ができる場合もあります。

 

  たとえば、交際相手が妻とは関係が悪化しているから別れて君と結婚するなどと述べたが実際には離婚する意思などなかった場合が典型例ですが、このようなケースでも、本人の年齢や社会的地位、交際継続中の互いの行動などを総合的に考慮し、本人側の落ち度も相応にあるという場合には、交際相手の違法性が著しいとまではいえないとして慰謝料が認められないことがありますので、請求のハードルは決して低くはありません。

 

 また、このようなケースでは、そもそも交際相手は不誠実であることが多いため、いざ慰謝料の請求をすると、これまでの発言を翻して自分は結婚の約束などしていないなどと責任逃れをすることがあるため、慰謝料を請求したいのであれば、交際相手に具体的にどのような詐言があったのかを立証する材料を確保しておく必要があります。

 

交際相手の配偶者から慰謝料を請求されるリスクに注意

 既婚者であることを知らなかった、あるいは既婚者であると知っていたが交際相手の詐言があったとして慰謝料の請求をする場合、交際相手の配偶者から逆に慰謝料の請求を受けるリスクがあることには注意が必要です。

 

 まず、既婚者であることを知らなかったという場合には、単に知らなかったことだけではなく、既婚者であることを知り得なかった(=過失がない)ことを証拠に基づいて説得的に説明できなければ、配偶者からの慰謝料請求によって意味のない結果に終わってしまう可能性がありますので、ことを起こす前に、自分には過失もないと言い切れるだけの材料があるかどうかを慎重に吟味しなければなりません。

 

 これに対して、既婚者であることを知っていた場合には、たとえ相手の詐言があったにせよ既婚者であること自体は知っていた以上、客観的にみて婚姻関係が破綻してなかった場合には配偶者に対する慰謝料の支払義務は免れないと思われますので、リスクが大きいにもかかわらず、あえて慰謝料請求をする意味はどこにあるのかをよく考える必要があります。

 

 このように、交際相手が既婚者であることを知らなかった場合、理論的には慰謝料請求は可能ですが、それがきっかけとなって交際相手の配偶者から逆に慰謝料請求されるリスクがあり、実際、そのようなケースを担当したこともあります。

 

 慰謝料の請求をする場合には、そのような事態に至る可能性がどの程度あるのか、慰謝料を請求された場合にそれを退けられる材料があるかを吟味した上でアクションを起こす必要がありますが、その判断は非常に難しいところですので、弁護士への相談と依頼が必要と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月2日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

貸金業者や債権回収会社から時効債権を請求された場合の対応

 

 消費生活相談を受ける中で、何年も経ってから請求を受けたというご相談を受ける機会がコンスタントにあります。

 

 今回は、そのような場合の解決法である債務の「消滅時効」(しょうめつじこう)の制度についてお話ししたいと思います(※)。

 

※今回のお話は消費者金融会社や信販会社から金銭を借り入れした場合と、そこから債権回収会社に債権が移った場合を想定しています。負債の内容が異なる場合には以下の説明が当てはまらないことがありますので、くれぐれもご注意ください。

 

消滅時効期間・・・原則5年

 消費者金融会社や信販会社からの借入債務については分割払いの約束があることが通常ですが、この場合には債権者が権利を行使することができるようになった(ことを知った)とき、一般的には一括請求が可能になったとき(=期限の利益喪失)から5年が経過することで、支払義務がなくなったことを主張することができます。

 

 このような制度を「消滅時効」といい、相手に対して支払義務がなくなったことを主張することを消滅時効の「時効の援用」(えんよう)といいます。

 

判決などが確定している場合の例外・・・10年

 しかし、ここで注意しなければならないのは、支払いが滞った後、どこかの時点で債権者が裁判所を利用して「支払督促」(しはらいとくそく)訴訟(そしょう)を起こし、支払命令が確定してしまっている場合です。

 

 先ほど、時効の期間は原則として5年と書きましたが、裁判所の手続きを利用している場合には、消滅時効の期間が確定時点から10年に伸びるため、5年以上経過していても消滅時効が成立していないことになります。

 

 そのため、過去の記憶が曖昧な場合には、本当に裁判所での手続がなされていないかどうか慎重に検討した上で時効援用通知を送るかどうかを決める必要があります。

 

支払義務をなくすための手順(訴訟等がないケース)

 このような検討を経て消滅時効が完成している公算が高いという場合、消滅時効を援用しようとする者は、借り入れをした直接の会社や債権回収会社などに対して消滅時効を援用する旨の内容証明郵便を送りますが、それまで請求の書面が来ていたケースでも、内容証明郵便を差し出すことで請求が止まることが一般的です。

 

5年以上経過してから支払督促や裁判を起こされた場合の対応

 他方、単に業者から請求書面が来ていただけではなく、支払督促や訴訟が起こされ、慌ててご相談においでになる方もいらっしゃいます。

 

 このパターンでは、既に消滅時効の期間が経過しているにもかかわらず債権者が裁判所の手続を利用していることになりますが、このような場合、消滅時効期間が経過しているのだから大丈夫だと判断して裁判所の手続を無視してしまうと大きな問題が生じます。

 

 このような場合には、裁判所の手続の中で(内容証明郵便だけでは×)消滅時効を援用する旨明確に主張する必要があり、そのような主張をしていなかった場合、裁判所はそのまま債権者の言い分を認めて支払命令が確定してしまい、差押がなされる危険が生じます(※)。

 

 そのため、当職が時効債権について支払督促や訴訟を起こされたという相談を受けた場合には、まずは裁判所に督促異議の申し立てや答弁書を提出し、それとは別に念のため内容証明郵便も送付して消滅時効を援用する予定であることを通知しますが、そのような対応をすると、第1回の口頭弁論期日前に事件は取り下げによって終了することが一般的です(稀に取り下げがなされないケースもあり、そのまま時効完成による請求棄却判決を得ることもあります)。

 

※判決まで取られていると無理ですが、支払督促の方は判決と異なり「既判力」というものがないため、差押を受けた場合でも「請求異議の訴え」を起こして差押を解除できる可能性があります。ただ、そのようなケースだと、債権者から「債務者は支払督促に対して異議を申し立てて消滅時効を援用できたのにしなかったのだから今さら時効を主張するのは信義則に反する」として争われることがありますし、そもそも請求異議の訴えを自分一人で行うのは簡単なことではありませんので、支払督促に対してはきちんと異議を出して争うのがベストな対応です。

 

 

 以上ご説明したとおり、債権者側がどのような手続きをしているかによって時効債権の取り立てに対する対処方法は大きく異なります。

 

 特に、支払督促や訴訟を起こされている場合には、適時適切に対応できたかどうかによって結果が大きく変わる可能性がありますので、このようなケースでは早めに弁護士にご相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

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2020年6月1日 | カテゴリー : 消滅時効 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

知らずに既婚者と交際した場合と慰謝料の支払義務

 

 当事務所には男女間のトラブルに関するご相談も多く寄せられますが、その中でも比較的多くあるのは、交際相手が既婚者であることを知らずに交際してしまい、交際相手の配偶者から慰謝料の請求をされているというケースです。

 

 では、そのようなケースで、結果的に不貞行為をしてしまった者は慰謝料の支払義務を負うのか、というのが今回のテーマです。

 

「故意」又は「過失」があれば責任を負う

 不貞行為に基づいて慰謝料の支払義務を負うのは、交際相手が既婚者であることを知りながら交際した場合(故意)、既婚者であることは知らなかったが知ることができる状況だったにも関わらず交際した場合(過失)の2つの場合です。

 

 故意については分かりやすいところですが、今回のメインテーマのように交際相手が既婚者であることを隠して交際に至り、紛争になったケースの場合には、多くの場合過失を巡って争いになります。

 

どのような場合に過失が認められるのか?

 過失の有無は具体的な事情によって異なるため、これがあれば過失がある、過失はないと明確に決まっているものではありませんが、過失の有無に関係する事情としてはたとえば下記のようなものがあります。

 

 ①交際期間や会う頻度 

 交際期間や会う頻度が長ければ、それだけ得られる情報量が増えるため、既婚者であることを知りやすい状況だったという方向につながりやすい事情と言えます。

 

 ただし、交際相手が巧みに情報を隠すというケースもありますので、これのみで過失があるという結果につながるわけではありません。

 

 ②家族関係・親類との接触 

 たとえば、交際相手に子どもがいる場合だと、子どもがいない場合に比べれば既婚者である可能性が高いため、子どもの存在を知っていることは過失を肯定する方向の事情になり得ます(ただ、これも交際相手の説明次第であるため、これだけで過失ありとまでいえない点は①と同じです)。

 

 また、単なる交際の域を超え、将来の結婚まで約束している悪質なケースがありますが、そのようなレベルの交際であるにも関わらず交際相手が合理的な理由もなく自分の両親への挨拶を頑なに拒むような場合、既婚者であることを窺わせる事情として過失を肯定する方向に働きます。

 

 ③出会いの場や知り合ったきっかけ 

 同じ職場の場合、日常的な接触の中で既婚者であることを推知できる可能性があるため、過失を肯定する方向につながります。

 

 もっとも、同じ職場といっても、会社規模が大きく勤務する部門も異なるようなケースであれば必ずしも家族関係を知り得るとは限りませんので、この点も具体的に見ていく必要があります。

 

 また、いわゆる婚活サイトで知り合った場合だと、出会いの場それ自体が将来の結婚を前提にしたものである以上、交際相手が既婚者であると認識するのは困難であった(=過失がない)という方向につながりやすいと思いますので、知り合ったきっかけも重要です。

 

 ④相手の言動や行動 

 交際相手が交際前、あるいは交際中にどのような言動や行動をしていたかは、故意の有無のみならず過失の認定にも影響します。

 

 当職が過去に経験した事案では、交際相手が積極的に離婚した旨をアピールして独身であることを信じ込ませていたというケースがありましたが、そのような言動や行動があった場合には過失が否定される方向につながりやすいと思われます。

 

 他方、交際相手が婚姻関係について曖昧な態度をとっていたり説明を拒否したような場合には過失を肯定する方向につながりやすいと思います。

 

 【最終的には総合判断】 

 以上、過失の認定に影響しうる事情をいくつか例示しましたが、先ほども述べたとおりどれか一つでも当てはまれば即過失の有無が決まるというものではなく、それぞれの事案に応じて様々な事情を総合し、交際当時あるいは交際開始後に既婚者であると知り得る状況があったかどうかによって過失の有無が判断されることになります。

 

 そのため、慰謝料を請求する側、される側のどちらの立場であっても、上記のようなファクターを一つずつ見ていき、さらに個々の事情についてどこまで立証できるかも含めて丁寧に検討していく必要があります。

 

既婚者でないことを確認しなかったことが過失といえるか?

 この種のトラブルでは、既婚者であることを戸籍等で確認するべき義務があったのにそれを怠ったのが過失であるという形で争われることがあります。

 

 しかし、一般的には相手方の身分関係を確認する義務があるとまでは考えられておらず、具体的事実関係から離れ、身分関係の確認をしなかったことのみで即座に過失があると判断される可能性は非常に低いと思います。

 

 ただし、相手が既婚者であることを窺わせる具体的事情があったのであれば、その時点で身分関係を確認すべき義務が生じ、それを怠ってその後も交際関係を継続したときは過失があったと判断されることがあります。

 

 たとえば、相手がメール等で女性に明日の食事についてリクエストをしていたとか、子どもの行事についてのやりとりをしていた、あるいは指輪を見つけたといった場合であれば、既婚者であることを窺わせる事情があったとして、そのような事情が判明した時点で相手の身分関係を確認すべき義務があったとされる可能性はあります。

 

 そのため、そのような兆候があった場合、自衛手段としては身分関係をきちんと確認するか、それができないのであればただちに交際関係を解消する必要があります。

 

相手に口頭で確認すれば過失なしと言えるのか?

 なお、上記とは別の問題として、単に交際相手に既婚者ではないことを口頭で確認しておけばそれで過失がないと言えるのかという点がありますが、これも交際相手の態度や言動、それまでの交際状況などによって異なり一概には言えません。

 

 要するに、客観的にみて疑いが濃い状況であれば、それを払拭するために調査すべき程度も高くなりますし、疑おうと思えば疑えないこともないといった程度であれば、調査すべき度合いも高くはないと言えます。

 

 もっとも、どこまで調査すればよかったのかというのは、結局のところ後から判断されるものであり交際当時に的確に判断することは非常に難しいため、少なくとも交際相手に口頭で確認するだけでは危険な場合があります。

 

 そのため、いったん疑いが生じたのであれば、共通の知人がいるのであればその人に確認したり、メールやSNSのメッセージの提示を求めるなど交際相手の説明について裏付調査をした方が良いですし、場合によっては、それこそ公的身分証明書の提示まで求めることまで考えておく必要があると思います。

 

 なお、疑いがあるなら調査はした方が良いというお話をすると、交際関係の破綻を恐れて確認を求めることができないというお話も出てきますが、そのような事情は不貞行為の被害者たる配偶者にとっては関係のないことであり、疑わしい事情が判明した以上、交際破綻を恐れて確認できなかったという事情があるとしても、それ自体は過失を否定する事情にはならないものと考えます。

 

 既婚者であることを隠して交際に至った場合、配偶者から慰謝料請求を受ける可能性があり、ひとたびトラブルが発生した場合には感情もあいまって大きな紛争になることがあります。

 

 このようなケースでもっとも悪いのは当然ながら婚姻関係を隠した者であり、別途、離婚や慰謝料請求などが検討されるべきですが、そのことと配偶者との間の慰謝料の問題とは法的には別に対処する必要がありますので、トラブルが生じた場合には弁護士へご相談いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年5月28日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

占いサイトの利用について運営業者と代表者への損害賠償を認めた事例

 

 インターネットを利用して運勢などを占う「占いサイト」というものがありますが、近時、利用料が高額になったなどの理由でサイトの運営事業者とトラブルになるケースがあります。

 占いは元々不確実な内容を含むものであるためそれ自体が違法というわけではなく、全ての占いサイトが違法でもありませんが、ケースによっては運営事業者の行為が違法と判断されることもあり、今回ご紹介する裁判例(東京地裁平成30年4月24日判決)もそのひとつです。

 

事案の概要

 このケースは、インターネット上で鑑定を行うと表示している占いサイトに会員登録した方が、そこで購入したポイントを使用して鑑定士とやりとりをするうちに多額の負債を負ったところ、サイト運営事業者に違法行為があったとして損害賠償を求めたというものです。 

 

主な争点

 この裁判では、そもそも問題となった占いサイトには鑑定士は実在しないのではないか、仮に鑑定士が実在したとしても実際には個別に鑑定などしていなかったのではないか(=架空の鑑定によってポイントを消費させられ、そのような行為が違法ではないか)、という点が大きな争いになりました。

 

裁判所の判断

 裁判所は、以下の各事実から、問題となった占いサイトには実際には鑑定士は存在しないか、仮に存在するとしても会員のために個別に鑑定や占いをしておらず、鑑定士からのメール送信は単にポイントを費消させるための詐欺行為に該当するとして、運営事業者と代表者に対して損害賠償の支払いを命じました。

 

①サイトに所属している鑑定士から送られてきた運勢や個別鑑定の結果について、同一ないし類似の内容のメールが複数存在すること

 

②運営業者が、鑑定士の一覧、会社と鑑定士との契約関係、報酬の支払い状況、鑑定士の経歴を裏付ける客観的証拠、問題となった会員についてどのような方法による占いや祈祷を行ったかといった、容易に開示可能な情報を開示しなかったこと

 

③鑑定士が会員に対して返信等を促し、応答がない場合、鑑定士が繰り返し返信等を促すメールを送っていたこと

 

④会員が鑑定士にメール返信をしたり、鑑定や祈祷の結果を知るためには、有料のポイントが必要となること

 

→①②の事実からすると、サイト運営業者には鑑定士は存在しないか、仮に存在するとしても、少なくとも本件の原告について個別に占いや祈祷を行った事実は認められない。

 そうすると、サイト運営事業者は、占い等を行うと標榜しておきながら、実際には占い等を行っておらず、③④のとおり会員にポイントを購入させて利益を得ており、以上の事実関係に照らすと、サイト運営事業者の行為は詐欺に該当し、不法行為が成立する。

 

まとめ

 この判決は、「占い」というサービスを受けるための前提条件が果たしてあったのか(=鑑定士の存在)という点と実際にサービスが提供されたかどうか(=個別の占い行為)という2つの側面に着目し、具体的な事実関係をもとに、本当は鑑定士が存在しないか個別鑑定などしていないにもかかわらず、あたかも鑑定士が実在する、あるいは個別鑑定をしたかのように装っていたと認定して詐欺の認定を導いています(いわゆるサクラサイトにおける「サクラ」の存在の認定と似たような判断構造となっています)。

 本件では、鑑定士の実在性について占いサイトの運営事業者側が積極的に反証しなかったことや、鑑定士を名乗る複数の者から同じような内容のメールが複数届いていたという事実を重視して原告に有利な判断に至っていますが、同じような争い方をしたケースでも、占い師が実在しないとはいえない、あるいは個別鑑定をしなかったとはいえないとして利用者が敗訴した例も存在し、このようなアプローチをとったからといって必ず違法と判断されるとは限りません。

 もっとも、たとえ占い師の実在性や占い行為自体が認められたとしても、ことさらに利用者の不安や恐怖を煽るような不相当なやり方がなされ、正常な判断が妨げられた状態で過大なお金を支払わせたような場合には、社会的相当性を逸脱し違法であると判断される可能性もあります(大阪高裁平成20年6月5日判決参照)ので、トラブルに巻き込まれたときは弁護士など専門家への相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2020年5月25日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

投資用マンションの購入を勧誘した不動産業者の説明義務違反を認めて損害賠償請求が認められた事例

 

 消費者問題の相談を受けていると、投資経験のまったくない、あるいは経験の乏しい方が投資用マンションの購入を勧められたという相談に出会うことがあります。

 このようなケースでは、営業担当者が収益について過大な期待を持たせるようなことを説明する一方で、リスクについての説明がおざなりであることがあり、そのような不当な勧誘がなされた場合、購入者は投資用マンションの購入に伴う様々なリスクを具体的に認識することなく契約に至ってしまうことがあります。

 今回は、このような投資用マンションの勧誘について、顧客に対する説明義務違反があったとして、不動産業者に対する損害賠償請求が認められた裁判例(東京地裁平成31年4月17日判決東京高裁令和元年9月26日判決(控訴審))を紹介したいと思います。

 

事案の概要

 この事案は、不動産購入や投資経験がなく自己資金も乏しい公務員が投資用マンションの購入について勧誘を受けマンション2室を2回に分けて購入したものの、数年後に入居者が突然退去したため約1か月間家賃が入らなくなったことから不安に思い弁護士に相談をしたところ、違法な勧誘行為があったとの説明を受け、リスクに関する説明義務違反などを主張して損害賠償を求め提訴したというものです。

 

主な争点

 この裁判では、以下のような点が争点になりました。

 

1 勧誘の際、営業担当がマンション投資の各種リスク(空き室リスク、家賃滞納リスク、価格下落リスク、金利上昇リスクなど)について説明したといえるかどうか

 

2 業者の勧誘には、不利益事実の不告知、詐欺的勧誘、断定定期判断の提供、説明義務違反などがあり、違法ではないのか

 

3 損害はいくらか

 

4 購入者の落ち度の有無・程度(過失相殺)

 

5 消滅時効

 

争点1 リスク説明の有無

 【一審】(東京地裁平成31年4月17日判決) 

 被告は、不動産価格が変動すること、賃料収入は保証されないこと、計算例の値も保証されないことなどが抽象的に記載された「告知書兼確認書」に原告が署名・押印していることなどを根拠に、リスクについてはわかりやすく説明したと主張しました。

 これに対して一審判決は、営業担当がマンション投資のメリットを強調する説明をしていたことを前提に、原告はこのような営業担当のセールストークを信じていたためその書面の記載内容を十分に理解していなかった等として、十分なリスク説明がなされたとはいえないと判断しました。

 

 【控訴審】(東京高裁令和元年9月26日判決) 

 この点については控訴審でも争われましたが、控訴審は以下のように判示してリスク説明をした旨の被告の主張を重ねて排斥しています。

 

①営業担当者は、一審での証人尋問の際、「告知書兼確認書」を示して説明した旨の証言を全く行っておらず、営業担当が説明をしたと認めるに足りる証拠はない

 

②仮に営業担当が「告知書兼確認書」に沿って説明していたとしても、各勧誘の時点において、1室目のマンションについては計算例、2室目については手書きの書面をそれぞれ示したうえで、あたかも各種リスクが存在しないか無視できるほど小さいかのような不適切な説明を具体的な計算式等に基づいて詳細に行っていたのであって、これにより本人の投資判断を誤らせたことが明らかである

 

③業者が各売買の契約締結時に、各種リスクについて一般的・抽象的な解説をしただけの「告知書兼確認書」に沿って説明をしたとしても、それだけでは、リスクは存在しないか無視できるほど小さいものであるという原告の誤解が解けなかったとしても不自然ではなく、契約締結に至る経緯を全体的に見れば、「告知書兼確認書」は、業者が説明義務違反を問われないために体裁を整えただけの書面に過ぎないというほかはない

 

争点2 勧誘の違法性の有無

 【一審】 

 業者の勧誘行為の違法性については、争点1についての事実認定を前提に、一審は概ね以下のように判断し、業者に説明義務違反の違法性があることを認めました。

 

①不利益事実の不告知、詐欺的な勧誘、断定的判断の提供があったとまではいえない(理由は不明確ですが、内容が抽象的であったにせよリスクに関する書面が交付されていたことが理由ではないかと思われます)

 

②原告は高校教師であり、これまで不動産購入や投資を一切経験したことがなく、投資に充てられる資金もわずかであったこと

 

③②のような属性を有する原告に対して多額のローン債務を負担させてまでそれぞれ2000万円を超えるマンション投資を勧誘する営業担当としては、少なくともマンション投資についての空き室リスク、家賃滞納リスク、価格下落リスク、金利上昇リスク等を分かりやすく説明すべき注意義務を負っていたというべきである

 

④営業担当は、③のような説明を怠っている以上、営業担当の勧誘には違法行為(説明義務違反)があったと言わざるを得ない

 

⑤したがって、その使用者である業者は使用者責任(民法715条1項)を負う

 

 【控訴審】 

 控訴審でも、業者に説明義務違反があったという一審の判断が維持されています。

 

争点3 損害額

 【一審】 

 一審判決は、以下のような計算式で算出した金額を説明義務違反と因果関係のある損害として認めました。

 

①【購入代金+購入時の諸費用-売却代金】

 

②弁護士費用相当額

 

 なお、被告は、購入者はマンションの賃料収入を得ていたのであるから、その分の賃料収入は損害から差し引くべきである(損益相殺)と主張しましたが、裁判所は、賃料収入は原告が自らの意思によってマンションを保有し、賃貸し続けることで生じたものであるから、差し引くことはできないと判断しました。

 弁護士費用相当額については、後に記載する過失相殺後の正味の損害賠償額の約10%が損害として認められています。

 

 【控訴審】 

 控訴審でも基本的な計算式は一審の枠組みが維持されているようですが、一審よりも若干賠償金額が増加しています(原典に当たれていないため理由は不明確ですが、不動産取得税が購入時の諸費用に該当するとして、一審が認定した損害額に加算されたように読めました)。

 なお、購入者側は、購入時の諸費用だけではなく、購入後にかかった諸費用(管理費、固定資産税、都市計画税、ローン利益等)も損害として認めるべきであると主張しましたが、控訴審では、購入後に発生した賃料収入を損害から差し引かない以上、購入後に生じた費用を損害として認めないという計算方法も不合理とはいえないとして、購入者側の主張を退けています。

 

争点4 過失相殺

 【一審】 

 一審は、概要以下のような事情を指摘して、購入者側の過失を4割としています。

 

①勧誘時、高校教師として稼働するなど相応の社会的地位を有していたこと

 

②投資に充てられる自己資金が乏しいことを自覚していたこと

 

③告知書兼確認書の記載などから、投資用マンションの購入に関する危険を認識する契機は十分にあったこと

 

 【控訴審】 

 詳細は不明ですが、原審の判断が維持されているようです。

 

争点5 消滅時効

 【一審】 

 本件は不法行為に基づく損害賠償請求であったため、加害者及び損害を知ったときから3年の消滅時効にかかりますが、マンションを購入したのが平成23年であり、実際に提訴したのが平成29年であったため、消滅時効が完成しているのではないかが争われました。

 この点について裁判所は、原告が損害の発生を現実に認識したのは、突然の空き室によって約1ヶ月分の賃料が得られず、その間のローン返済を自己資産で返済しなければなくなった時点、すなわち投資用マンションの購入に伴う危険性が顕在化したことを経験した平成26年であり、そこが起算点であるとして、そこから3年以内に弁護士が催告書を送付し、6ヶ月以内に提訴しているため消滅時効は完成していないと判断しました。

 

 【控訴審】 

 原典に当たれていないため業者が時効の主張を維持したかどうかは不明ですが、控訴審でも賠償請求が認められていますので、仮に控訴審でも主張していたとしても時効の主張は認められなかったことになります。

 

 

 本件では、顧客の属性に着目して、投資用マンションを勧誘した事業者にはリスクに関する説明義務があり、かつ、リスクについて抽象的に記載した書面を交付したのみでは説明義務を果たしたとはいえないと判断されています。

 具体的な説明義務の内容や説明の程度は顧客の属性(年齢や投資経験、社会的地位、資産内容など)や対象物件の性質などによって変動しうるとしても、一般的に投資用マンションの購入には判決が指摘するような様々なリスクがある以上、本件のような顧客に対してはリスクについて具体的に説明すべきであったことは明らかです。

 本件では顧客側にも落ち度があったとして4割の過失相殺がなされており、大幅な過失相殺を認めることは利益のみを強調するような不適切な勧誘を助長する結果ともなりかねず疑問も残りますが、投資経験や自己資金が乏しいといった当事者の属性を踏まえた上で不動産業者側の説明義務違反を認めた点は正当な判断であったと考えます。

 投資用マンションの勧誘については、今回問題となった公務員のように職業的に安定している方を対象に行われることが多いと思われますが、金額が高額であるためリスクが顕在化したときの被害は甚大なものになる危険性があります。

 実際に不適切な勧誘が行われている実数がどの程度なのかは不明ですが、裁判例としてこのような実例が報告されている以上、中には不適切な勧誘を行う事業者が含まれている可能性があることは確かですので、リスクについて抽象的・曖昧な説明しか行わなかったり、利益をことさらに強調してリスクを過小に説明するような事業者については注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2020年5月22日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所